「今後の賃貸住宅政策の方向について」

- 中 間 報 告 -

平成10年8月

住宅宅地審議会住宅部会

基本問題小委員会

目 次


はじめに

 近年、行財政改革、規制緩和など住宅政策を取り巻く状況は大きく変化してきている。このため、平成9年6月2日の住宅宅地審議会において、今後の住宅政策の進め方について、住宅部会を中心に調査、検討を行うこととされた。これを受けて、同日に開催された住宅部会において、この問題について集中的、専門的に調査・検討を行うことを目的として、基本問題小委員会の設置が決定された。
 基本問題小委員会は、おおむね2年程度の検討期間を予定し、住宅部会に適宜、検討状況の中間報告を行うものとされているが、平成9年6月13日の第1回の小委員会において、平成7年6月の住宅宅地審議会答申「21世紀に向けた住宅・宅地政策の基本的体系について」のフォローアップ及び住宅政策を取り巻く社会経済情勢の変化についての検討を行った。その結果、今後の住宅政策の中でも、特に、欧米と比較して居住水準の面で大きく立ち後れている賃貸住宅問題が重要であることを踏まえ、当面、新たな賃貸住宅政策のあり方について検討していくこととした。
 これを受けて、基本問題小委員会は、本年1月に賃貸住宅が国民生活や住宅市場、都市構造の改善において果たす役割、賃貸住宅の供給に対する市場の条件整備や公的関与のあり方などを中心に中間取りまとめを行ったところであるが、その後、さらに検討を重ね、その結果を本中間報告としてまとめたものである。
 なお、今後、基本問題小委員会では、賃貸住宅政策を含め住宅政策全般について引き続き検討を行うこととしている。


委員名簿

委員長  救仁郷 斉  (財)建築行政情報化センター理事長(住宅部会長)

委 員  金平 輝子  (財)東京都歴史文化財団理事長

 〃   小林 重敬  横浜国立大学教授

 〃   佐藤 正明  全国建設労働組合総連合書記長

 〃   高城申一郎  住友不動産(株)会長

 〃   新村 保子  (株)住友生命総合研究所主席研究員

 〃   吉野源太郎  日本経済新聞社論説委員

臨時委員 巽  和夫  京都大学名誉教授

専門委員 紺谷 典子  (財)日本証券経済研究所主任研究員

 〃   袖井 孝子  お茶の水女子大学教授

 〃   高橋 久二  品川区長

 〃   田中 啓一  日本大学教授

 〃   八田 達夫  大阪大学社会経済研究所長

 〃   丸山 英気  千葉大学教授


 

目  次

1.賃貸住宅問題についての取り組みへの視点

2.賃貸住宅の現状と課題

3.賃貸住宅政策の基本的方向

4.賃貸住宅政策として今後実施すべき施策の方向


1.賃貸住宅問題についての取り組みへの視点

1)経済社会構造の転換を踏まえた賃貸住宅問題への取り組み

 これまでは、地価や所得の上昇が見込まれる中、「資産としての住宅」の保有に大きなメリットが感じられ、また、賃貸住宅は持家取得までの仮住まいであるとの感覚も働いていたことから、消費者の持家に対する意識と賃貸住宅に対する意識との間には大きな隔たりが存在していた。このため、良質な住宅を求める需要の相当部分は持家市場に向かい、供給される住宅の質の面でも、結果として持家と賃貸住宅との間で大きな格差が生じてしまっている。
 しかしながら、今日、経済社会構造は、右肩上がりから安定成長に移行しつつある。その結果、住宅保有のメリットも相対的に低下し、消費者意識においても、持家、賃貸住宅それぞれの特性を踏まえ、その時々の状況に応じて持家居住、借家居住を選択できることが望ましいと感じるようになってきている。この傾向は、若年層、特に、中堅所得以上の若年層においてより顕著となっているが、このような持家、賃貸住宅に対する「意識面でのボーダーレス化」が進んでいるにもかかわらず、依然として供給面での質の格差は残されたままとなっている。

 このような傾向に加え、近年の雇用情勢の悪化等を背景とした将来への先行き不透明感から、長期の住宅ローンを組むことへの不安感が増大しており、地価下落による住宅価格の低下にもかかわらず、持家取得は停滞し、これを代替するように良質な賃貸住宅への需要が増大している。しかしながら、我が国の賃貸住宅は、約半数が40u未満であり、先進諸外国では大部分が60u以上であるのに対して、我が国では60u以上のものは2割に満たないなど、質の面で大きく立ち後れている。

 このため、国民一人一人が、持家、賃貸住宅を含めた全体の住宅の中から、それぞれの人生設計にかなった住まい方を、その時々の事情に応じて自由に選択し、実現できるようにしていけるよう、持家と賃貸住宅の供給面での格差縮小を図っていくことが第一に必要である。
 さらに、これと併せて、持家の賃貸住宅化、賃貸住宅の持家化といったストックの流動化を円滑にする仕組みづくりも必要である。例えば、一人暮らしのお年寄りで、戸建て持家に住んでいる人が、持家を賃貸し賃料収入を得ながら、自分は高齢者サービスの備わった賃貸住宅に居住するといった居住形態を求めていくことも考えられる。これが可能となるには、受け皿となる高齢者向けの良質な賃貸住宅の供給と併せて、持家を円滑に賃貸住宅化でき、必要な時に当該賃貸住宅を円滑に持家に転換できる仕組みが必要である。

2)少子・高齢化への視点

 賃貸住宅は、居住を通じて人々の生活を支えるものであるので、賃貸住宅問題に取り組むに当たっては、生活に大きな問題をもたらす少子・高齢化についても、積極的に対応していくことが求められている。

 高齢化問題については、介護保険法の成立によって、今後、介護の場が施設中心から在宅中心に移行し、在宅介護向けサービスの拡充が期待されることから、これを踏まえた賃貸住宅政策の推進が必要となっている。
 第一に、介護の場としての住宅の機能強化が求められ、とりわけ介護コストの軽減の観点から住宅のバリアフリー化が重要課題となっていくと考えられ、賃貸住宅においても積極的にバリアフリー化を図ることが必要となってきている。特に、賃貸住宅は持家に比べてバリアフリー化が遅れており、その早急な改善が必要である。
 第二に、今後、必要な生活支援サービスを受けながら賃貸住宅に居住する高齢者が多くなることから、ケアハウス、有料老人ホーム等生活支援と居住サービスを一体的に提供する施設と賃貸住宅との垣根が無くなっていくと考えられ、賃貸住宅もこうした高齢者の生活の場としての役割を果たしていくことが求められてくる。このため、福祉・医療との連携をより積極的に図り、高齢者のニーズに応じて良質な生活支援サービスを享受できる賃貸住宅の供給促進が必要となってきている。

 しかしながら、民間賃貸住宅の家主の大部分は個人であり、経営上の不安から、高齢者に対応できない傾向にある。このため、まず、公共賃貸住宅においてバリアフリー化と福祉・医療との連携促進を率先して進めていくことが求められている。特に、今後、低所得高齢借家世帯の急増に対応するため、公営住宅に加え、既存の公共賃貸住宅についても、このような観点から活用することについて検討する必要がある。

 さらに、介護保険導入は、民間に新たなビジネスチャンスをもたらし、多様な民間事業者の参入を促進させると考えられ、今後、不動産業や賃貸住宅管理業もこの分野に多数参画することが予想されることから、その活力を最大限活用し、賃貸住宅のバリアフリー化と福祉・医療との連携促進を図っていく必要がある。現に、介護保険導入を見据えて、福祉・医療関係者と連携して高齢者向けに賃貸住宅を積極的に供給する賃貸住宅管理業者も現れており、このような動きを今後活発化させる必要がある。

 一方、少子化問題については、基本的には、その背景として、晩婚化、女性の社会進出、養育費の問題等の構造的要因が重なり合って生じているものと考えられる。また、住宅が狭い、ローン返済や家賃が家計を圧迫していることなどの厳しい住宅事情も大きな要因となっていると考えられる。このため、住宅政策においても積極的な取組みが必要であり、特に、我が国の賃貸住宅においては、持家と比較し、質の面で大きく劣っており、とりわけ世帯人数が増加するほど居住水準が悪化していることから、子育てしやすい環境整備を図る観点からも、賃貸住宅の質の向上、特に、ファミリー向けの良質な賃貸住宅の供給が必要である。

 さらに、女性の社会活動の活発化に対応し、夫婦が仕事や社会活動をしながら子育てをしやすい環境整備を進めることが重要である。そのためには、都心部における賃貸住宅供給により、職住近接のための都心居住の推進を図る他、地域に必要な保育所などと賃貸住宅との併設等厚生・福祉分野との連携を積極的に図っていく必要がある。

3)財政構造改革等への視点

 行財政改革、規制緩和、地方分権等社会システムの見直しが必要とされている中、財政の健全化が重要な課題となっている。既に、平成7年の住宅宅地審議会答申においても、民間の住宅供給能力の充実や財政制約の強まり等を踏まえ、住宅政策について、地方公共団体等の公的主体による直接供給、公的支援を中心とする体系から、市場全体に視野を広げた新しい体系へと再編することが示されている。
 その後、財政健全化を図りつつ、将来に向けて更に効率的で信頼できる行政を確立し、豊かで活力ある社会を実現するため、より大胆な構造改革が必要とされてきている。即ち、単なる財政支出の改善に止まることなく、官民の適切な役割分担、効率的・効果的事業の実施、必要な情報の公開等財政の構造についての見直しが必要とされている。住宅政策についても、平成7年の答申を更に進めて、政策の視野を広げるだけでなく、このような観点を踏まえ、政策対象全体について必要な見直しを行うことが肝要である。
 現在、立ち後れた賃貸住宅の改善が重要な課題であることから、これに対する政策的取り組みが必要であるが、この場合においても、以上の観点から市場機能を十分に発揮させることを第一として、その的確な条件整備を図るとともに、これを補完するものとして公的主体による直接供給や公的支援による施策を実施していくこととし、公的な支援施策については、民間の市場だけでは真に対応できない範囲に限定していくとともに、常に、民間市場による供給との比較考慮を行い、その必要性・内容を再検討していく必要がある。

 特に、住宅・都市整備公団については、民間で実施可能な分譲住宅供給から原則として撤退することとしているが、廃止後の新法人を設立する際、賃貸住宅供給についても、既成市街地の再開発や都心居住に資するもので基盤整備を伴うもの、地方公共団体の住宅施策と連携・協力するもの、老朽化したストックの建て替えを行うものなどの政策的意義の大きい事業に限定する方向で、今後引き続き検討していく必要がある。

 今後は、以上のような経済社会構造の転換を踏まえた賃貸住宅を巡る課題に対応する必要がある。

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2.賃貸住宅の現状と課題

1)賃貸住宅の現状と見通し

 現在、1570万世帯が賃貸住宅に入居しており、借家世帯が全世帯の約4割を占めるなど賃貸住宅は国民の住生活の中で大きなウェイトを占めている。しかし、持家の水準が欧米と比較しても遜色ないのに対して、最低居住水準に達しない住宅の8割が賃貸住宅であるなど、賃貸住宅の水準は大きく立ち後れており、特に、ファミリー借家世帯での居住水準の立ち後れが目立っている。また、今後、高齢借家世帯の急増が見込まれるが、賃貸住宅のバリアフリー化の遅れや、経営上の不安から家主が高齢者に対応できない傾向があるなど、現在の市場メカニズムに委ねただけでは的確な受け入れがなされない恐れがある。
 このような中で、地価の沈静化、所得の伸び悩み等を背景に賃貸住宅への志向の変化も見られ、本格的居住の場としての賃貸住宅を求める世帯も相当程度増加していくと考えられる。賃貸住宅は、持家と比較して住み替えが容易であり、多様化する住生活のニーズに応え居住の選択肢を高める上で大きな役割を果たすことが期待できる。これまで、賃貸住宅は持家取得までの仮住まい的住宅として見られがちであったが、今後は、住生活の選択の幅を広げる役割を果たすものとして、積極的に位置づけ、本格的居住の場としてその水準の向上を図っていく必要がある。

 一方、賃貸住宅は、移動世帯の多い都市の中心的居住機能を担っており、この傾向は、今後の雇用流動性の高まりとともに、都市の国際化、高度情報化、ライフスタイルの変化等による居住形態の多様化から、より一層強くなっていくと考えられる。また、都市居住の進展に伴い、賃貸住宅に対して求められるニーズも、基本的な性能に加え、空間の豊かさ、利便性、うるおいや安らぎ、眺望、医療・介護サービスの提供、情報ネットワーク等、より高度化、多様化していくものと予想される。このため、21世紀の都市居住にふさわしい多様で高質なストックの形成を図っていく必要がある。
 さらに、都市内においては、老朽木造密集地域等防災上、住環境上改善が必要な地域が多数存在するとともに、産業構造転換から、工場跡地等多数の低未利用地が発生している。また、近年、中心市街地における人口減少、商業機能の停滞等により、その活性化が重要課題となっている。これら都市における諸問題の解決に当たっては、都市構造の再編、市街地環境の改善、都市機能の向上といった観点から、基盤整備等と一体的に、持家と相まって良質な賃貸住宅の供給を図る必要があり、今後は、住宅単体に着目するだけでなく、市街地全体の改善に着目した賃貸住宅供給を推進していく必要がある。

 このように、多様化、高度化する賃貸住宅へのニーズに応えていくには、これまで以上に多様な賃貸住宅サービスが円滑に提供される市場環境の整備が必要とされており、それを可能とする市場の活性化が求められている。賃貸住宅は、内需の柱である住宅建設の約4割を占めており、長期的に持家住宅への投資が減少していく中で、持続的内需主導型の経済成長を実現する上でも大きな役割を果たしていくものと考えられ、このような観点からも市場活性化による質の向上を促進していく必要がある。

 なお、家賃の年収に占める割合は、長期的には家賃改定に伴い上昇してきているが、全国の民営賃貸住宅の場合でも1割程度に止まっている。
 このうち、首都圏の新規募集の家賃について見ると、構造別、建築時期別、沿線別、距離帯別に大きく異なっているが、首都圏の平均で見ると、家賃は平成3、4年をピークに低下してきており、アパート、賃貸マンションの家賃は年収の1割から2割程度となっている。

2)賃貸住宅政策における課題

 以上のような現状と今後の見通しを踏まえ、賃貸住宅政策における今日的課題を整理すると、以下の通りである。

 イ)ファミリー向け賃貸住宅を中心として立ち後れた居住水準の改善

 近年、従来のように地価上昇が見込まれず、持家を持つ優位性が相対的に低下していること、所得の伸びの低下と経済情勢の先行き不透明感の増大等に伴い長期の住宅ローンを組むことへの不安感が増していること、住宅の量的充足と少子社会を背景として、将来、親の住宅の相続が見込まれ、持家取得の切迫感が少ない層もでてきていること、多様な消費生活が可能となっており、持家取得より消費を優先する考え方が一定程度広がっていること等を背景に、持家より賃貸住宅を志向する世帯が増加している。
 しかしながら、ファミリー向け賃貸住宅は、面積当たりの収益性が低いこと等から、市場では十分な供給がなされていない状況にある。
 また、家主は小さな子供のいる世帯を敬遠する傾向があることから、子育てファミリー世帯が安心して入居できる賃貸住宅の供給が必要である。特に、少子社会においては、住宅は住居費、広さの点で少子化問題とも密接に関連していることから、その対策が求められている。
 このため、民間によるファミリー向け賃貸住宅投資を活発化させる必要があり、そのための制度インフラとなる借家制度等の改善を図っていく必要がある。また、各種助成措置による市場誘導策を講じるとともに、適切な官民の役割分担のもと、市場を補完するため、公的主体による供給も検討する必要がある。

 ロ)豊かな長寿社会を支える新たな賃貸住宅政策の構築

 今後、借家世帯の中でも高齢世帯が急増すると予想され、賃貸住宅は豊かな高齢化社会を支える上で重要な生活基盤となる。特に、稼得能力が失われ、家賃等の住居費負担ができない高齢者も増加すると見込まれることから、社会のセーフティーネットとして公営住宅等低所得者向けの住宅対策の充実が不可欠である。しかし、財政制約の中でその充実を図る必要があることから、既存ストックの活用や民間活力の活用等できる限り効率的な供給方式を採用していくことが必要となっている。
 また、高齢者は、フローとしての所得は低くとも金融資産等のストックを所有している者も多くいることから、入居者の所得だけでなく資産にも着目してそれぞれの負担能力に応じたよりきめ細かな住宅供給を推進することにより、高齢者世帯の急増に対応して、その状況に応じて効果的に公的支援による住宅を提供する必要がある。

 民間による高齢者向け賃貸住宅の供給も積極的に促進する必要があるが、民間賃貸住宅においては、家主が様々な不安から高齢者を敬遠する傾向が見られ、これら不安を解消する措置を講じる等市場の条件整備を進めていく必要がある。
 また、今後、在宅介護を中心として介護需要が増加していくと予想されるが、在宅介護サービスについては、介護保険制度の導入によりその充実が期待できることから、これとの連携を図ったバリアフリー賃貸住宅サービスの供給を積極的に促進する必要がある。
 特に、介護保険導入により、様々な事業主体、とりわけ不動産、賃貸管理等住宅関連業者の生活支援サービスへの参入により、賃貸住宅のバリアフリー改造の促進と福祉・医療と連携した賃貸住宅サービスの供給促進が期待できることから、このような動きを活発化させる必要がある。また、賃貸住宅分野における緊急時対応等の生活支援サービスの提供は、家主の高齢者に対する不安軽減にも資すると考えられ、これに向けた積極的な取り組みが必要である。
 既存の公営、公団住宅団地については、長寿社会を支える地域福祉の拠点として機能するよう、その再整備を進めることが適当であり、その際、既に居住する低所得高齢者等の居住の安定に配慮する必要がある。

 ハ)都市構造の改善に向けた賃貸住宅供給の推進

 大都市の居住水準は全国平均と比較し劣っているが、大都市ほど賃貸住宅比率が高くなる傾向にあり、賃貸住宅問題は都市住宅問題における最も重要な課題となっている。
 特に、通勤時間の長時間化、都心空洞化の進展が、生活のゆとりの減少、交通混雑とエネルギー浪費、地域コミュニティーの衰退等の問題をもたらしており、都心居住の推進が大きな課題となっている。また、仕事や社会活動をしながら子育てをしている世帯にとっても、職住近接のための都心居住の推進が課題となっている。
 さらに、今後、都市の国際化、高度情報化、ライフスタイルの変化等から、職住遊学が近接した高質な住サービスを求めてそのニーズは増大していくと考えられるが、このような居住形態は、その時々の必要に応じて移動傾向が高いと考えられることから、その相当部分は賃貸住宅が担っていくと考えられる。このため都心部において、分譲住宅とあわせて、単身者、ファミリー等様々な人々が、働き、住まい、遊び、学び、交わり、参加し、憩い、潤うことができる、21世紀の都市居住にふさわしい多様なタイプの高質な賃貸住宅ストックの形成を図っていく必要がある。

 一方、都市において多数存在する老朽木造密集市街地は、戦後の都市への急速な人口流入の拡大を背景として、十分な基盤整備無しに現在の水準からみると低質な賃貸住宅が多く建設された地域であり、賃貸住宅と市街地の一体的改善が不可欠である。また、都市における産業構造転換から、工場跡地等多数の低未利用地が発生しており、昨今の景気後退に伴い都市部において大量の低未利用地が放置されたままとなっていることから、都市機能更新の観点から積極的な土地利用転換を図る中で必要な賃貸住宅の供給を基盤整備と一体的に推進していく必要がある。
 さらに、衰退する商業地等中心市街地の活性化に資するため、都市活性化の観点から分譲住宅に加えてより積極的に良質な賃貸住宅の建設を促進していく必要がある。この場合の賃貸住宅は、単なる居住機能だけでなく、都市活性化の観点から、若者の地方定住を促進し、また、文化、芸術、アート、ファッション等都市の諸活動を支える多様な人々の居住を促すものとする必要がある。また、同時に、市街地全体の街並み景観をより積極的に改善し、にぎわいを創出する観点から、商業・利便施設を適切に併設しながら、地域のイメージアップを図るものとする必要がある。
 なお、賃貸住宅方式は、中心市街地活性化を始め、まちづくりのための手法としても有効であることから、その積極的活用を図っていく必要がある。

 ニ)市場の活用に向けた歪みの是正等賃貸住宅市場の構造改革の推進

 社会的ニーズが、量的拡大から質的な充足へと変化しており、住宅に対するニーズも、空間、総合的住生活の充実等質的なものへと高度化してきている。また、解決すべき課題も多元化してきており、市場全体の活力を活用して、これら変化に応えていく必要があるが、我が国の賃貸住宅市場は、先進諸外国と比較して、極めて狭小なストックを中心に構成されており、提供される住宅のバリエーションも非常に少ない状況にある。特に、不良ストックの存在自体が、良質な賃貸住宅の供給の足かせとなっていることに留意する必要がある。さらに、供給も個人の土地所有者による小規模なものが中心であり、賃貸住宅に対する投資も、例えばオフィス以上に賃貸住宅経営に対して大口の投資がなされている米国などと比較すると、非常に限られたものとなっている。また、質の面での充足を図るには、蓄積されたストックが、必要とされる人々に適正に分配されるよう、ストックの円滑な流動化を促進させていく必要があるが、我が国においては、子育て世帯が狭小な賃貸住宅に居住することが余儀なくされている一方で、広い持家に一人暮らしの高齢者が住んでいるといったミス・マッチが見られるなど、ストックの円滑な流動化が必ずしも十分実現していない状況にある。
 このため、まず、賃貸住宅市場の改善を実現する市場の活性化が不可欠であり、多くの事業者の参入と多様な資金の投入を促し、既存ストックの改善を含む良質なストック形成を促進するとともに、ストックの流動化を円滑化し、さらには、介護サービスやリフォーム等住宅関連サービスまで含めた様々なバリエーションの住宅サービスが提供されるよう、市場の条件整備を進めることにより、国民の選択肢をできる限り拡充していく必要がある。
 このためには、先行的基盤整備等により、不良ストックの改善を図りつつ、これまで以上に市場に透明性と公正性を高め、消費者、事業者、投資家に対して、判断に必要な十分な情報が提供され、公正かつ適正な取引が、自己責任と明確なルールの下、的確に行われることにより、適切な資源配分がなされるようにする必要がある。特に、賃貸住宅市場は、他の財・サービスと異なり、生活の基盤となる重要なサービスが対象となっていることから、より高い公正さが求められる。また、賃貸住宅供給の大部分が個人によりなされていることから、賃貸住宅市場においては、一般国民は、賃借人としての立場と賃貸人としての立場の両面を有しており、両者にとってバランスの取れた公正さが求められる。

 具体的には、第一に、借地借家法の制約により、家主が正当事由なくして借家契約の更新拒絶ができず、また、建替えに伴う退去に際して多額の立ち退き料を要するなど、借家人の権利が厳重に保護されているため、良質な住宅ストックの借家としての円滑な流動化や家主の良質な借家供給意欲を阻害し、賃貸住宅市場を歪める要因のひとつになっているものと考えられることから、その改善が必要である。借家制度は、絶対量で住宅が不足していた戦中・戦後において、国民の居住の安定に一定の役割を果たしてきたが、今日、住宅は一応の量的な充足を見ており、むしろ良質なストックの円滑な流動化が課題となっている。国民の多様なニーズに対応して住宅サービスを効率的に提供していくためには、自由な市場の機能を最大限活用していくことが必要であり、我が国の借家制度について、このような観点から、グローバル・スタンダード化を図り、21世紀の国民生活にふさわしい制度に改めることが必要とされている。
 第二に、費用負担についてのルールが不明確であったり、契約の書面化がなされていないなど、公明で公正な取引に必要な契約ルールが十分普及していない状況にあり、この改善が必要である。
 第三に、賃貸住宅供給は、他の商業系開発と比較して投下資本の回収等に長期間を要し、極めて投資リスクの大きなものとなってしまうため、多様な民間資金の投入がなされていない状況にある。このため、プロジェクトファイナンスの充実を図るとともに、投資資金の小口流動化の促進、地方公共団体、公団等公的主体による先行的基盤整備の実施による投資リスクの軽減等を図っていく必要がある。
 今後、賃貸住宅においても質の面での改善が重要課題となってくることから、21世紀に通用する賃貸住宅市場構築に向けて、その構造改革に早急に取り組む必要がある。

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3. 賃貸住宅政策の基本的方向

1)市場における条件整備

 今後、様々な質の多様な賃貸住宅サービスが求められてくることから、まず、賃貸住宅市場の投資環境を整え、市場をより活性化していくことが重要である。また、借り手にとっても、必要な情報が豊富に入手でき、適切な選択が可能となるようにするとともに、入居後にトラブルが生じないよう、負担関係についてあらかじめ明確となっているよう、市場のルール化を推進していく必要がある。
 このため、良質な賃貸住宅の供給、流通、管理、改善が適切になされるような制度的枠組み(制度インフラ)が必要であり、健全な賃貸住宅産業の育成とともに、円滑な市場取引の妨げとなる歪みの是正、消費者、供給者が主体的に判断できる的確な情報の提供、紛争を未然に防止する契約ルールの普及、賃貸住宅市場の情報の流通の円滑化と市場ルールの確立、借り主、貸し主双方を対象とする第三者による相談機能の充実、医療・福祉、情報等周辺サービス産業との連携システムの構築等市場活性化のための基礎的条件を整備していく必要がある。
 特に、借家制度については、ストック流動の円滑化を図り、住生活ニーズの多様化に対応して、国民の選択肢を拡充する上で、必要な改善を図っていくべきである。
 一方、現行税制上の特例措置は、住宅取得促進税制等の持家取得のための税制について、多額の減収額が計上されているが、良好な持家・借家ストックがバランスよく存在する状況をもたらすように、税制上の特例措置の整備を行いながら、優良な賃貸住宅の供給促進を図っていく必要がある。

2)市場の誘導

 市場の条件整備を行った上でも、なお、市場に委ねただけでは適切な供給がなされないと考えられる高齢者向け賃貸住宅やファミリー向けの良質な賃貸住宅等政策的に必要な賃貸住宅については、各種政策的誘導策を的確に実施していく必要がある。
 この場合、市場の多様なニーズに的確かつ迅速に対応できるよう、良質賃貸住宅の新規供給に加え、リフォーム、リモデリング等既存賃貸住宅ストックの活用を図ることが重要であり、それを支援する政策の強化を検討する必要がある。
 また、このような市場ニーズに的確に対応した新規供給、リフォーム等が行われるためには、市場動向を常に把握しながら、それを具体の住宅の改善に結びつける経営的感覚が不可欠である。このため、市場の条件整備としての健全な賃貸住宅産業の育成とともに、これら産業を政策的誘導にあたって活用していくことを検討する必要がある。

3)市場の補強・補完

 市場メカニズムが有効に機能するためにも、民間では対応できない賃貸住宅供給、即ち、低所得高齢借家世帯等住宅困窮者に対する的確な賃貸住宅の供給や、街路、公園等の都市基盤整備、市街地環境の整備、都心居住の推進等、都市構造の再編と一体となった賃貸住宅供給、さらには、地方都市や過疎町村等における若者のUJIターン向けの地方定住促進のための賃貸住宅等の供給が必要であり、これら分野では地方公共団体、公団等公的主体の積極的取り組みが必要である。
 特に、老朽木造密集市街地等防災上、住環境上改善が必要な地域には、多数の賃貸住宅が存在しており、公共施設整備と一体となった賃貸住宅の建設が必要とされていること、国民のニーズも、空間的なゆとりや市街地環境を重視する傾向が強まっていることから、今後は、賃貸住宅供給においても、オープンスペースの確保や公共施設の一体整備がより一層求められてくると考えられるが、これらは、外部経済性が高く、市場メカニズムに委ねただけでは十分な供給がなされない可能性がある。したがって、このようなオープンスペース等良好な居住環境を有し、基盤整備を伴う賃貸住宅供給においては、地方公共団体、公団等公的主体の積極的取り組みが不可欠と考えられる。
 しかしながら、この場合においても、財政制約を踏まえ、できる限り民間活力を活用するよう効率的な方法により行われる必要がある。特に、民間活力の活用は、多様な世帯が居住する健全な地域社会の形成を図る上で、また、多様化、高度化する住生活ニーズに的確に応える上でも重要であり、さらに、公的主体により整備されるオープンスペースや基盤整備による効果をより多くの住宅に及ぼすことを可能とすることから、できる限り官民協調によるプロジェクトの推進を図っていく必要がある。

 一方、賃貸住宅の中でも高齢者向け賃貸住宅や、面積の大きなファミリー向け賃貸住宅は、民間だけでは十分な供給がなされない恐れがあること等を踏まえ、官民の適切な役割分担のもと、地方公共団体、公団等公的主体による一定量の補完的な供給が必要と考えられる。
 ただし、公的主体による供給は、民間では供給困難な事業で、かつ、街づくりと一体となった賃貸住宅供給など、政策的に必要性の高い事業に重点化するとともに、借上げ方式の活用等効率的な手法による供給に心がける必要がある。
 なお、現在の公団住宅ストックについては、良質な住環境を有するまとまった住宅市街地を形成しており、今後の賃貸住宅への本格居住ニーズや少子・高齢化等各種政策課題に応じた住宅サービスを供給する上で、国民の貴重な財産であり資源であることから、市場の補完としてその有効活用を図っていく必要がある。
 そのためには、適切なグレードアップが必要であり、具体的には、

等が求められている。このため、リニューアル等改善活用や、敷地の適正利用と居住水準の向上を図る建て替えを着実に推進していく必要がある。
 この場合、建て替えに当たっては、既存入居者の居住の安定に配慮するとともに、地域社会の拠点としての機能を有効に発揮させる観点から、公営住宅との連携、公共団体や周辺も含めた住宅市街地整備との連携を積極的に図っていく必要がある。
 また、今後の低所得高齢借家世帯の急増に対応するため、公団既存住宅ストックを積極的に活用して、バリアフリー化した低廉な家賃による低所得高齢者向け住宅として供給することを検討する必要がある。

 なお、公団住宅の家賃については、市場家賃との乖離により極めて高い入居倍率や空き家の発生等の問題が生じたことから、市場家賃とのバランスを図る必要があるとされてきたところであるが、公庫融資賃貸住宅等他の公的賃貸住宅の家賃が市場家賃を基準としており、公営住宅家賃についても市場家賃を上限とする応能応益家賃等市場家賃を一定の基準として用いる方式に変更されたことから、公団住宅について原価に基づき家賃を算定する方式を維持する合理的根拠は失われてきており、公団住宅の家賃は原則市場家賃とすべきである。
 ただし、継続居住者に対しては、居住の安定に配慮することとし、特に、低所得高齢者世帯等弱者世帯については、家賃上昇を抑えるための措置を講じる必要がある。

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4.賃貸住宅政策として今後実施すべき施策の方向

 以上のような方向に加え、今後、以下のような施策の推進により、総合的に賃貸住宅施策を実施していく必要があるが、その場合、施策の内容について不断の再検討を行いながら、財政改革の方向や政策効果を十分踏まえつつ、施策の重点化、効率化を図る必要がある。

 1)総合的な賃貸住宅供給促進のための制度インフラの整備

 2)良質なファミリー向け賃貸住宅の供給促進

 3)豊かな長寿社会を支える賃貸住宅政策

 4)都市居住の中心を担う賃貸住宅供給の促進


審議会関係資料