「21世紀の国土のグランドデザイン」 第1部 第1章 第2節

第2節 国土構造転換の必要性


 現在の国土構造は、東京を頂点とする太平洋ベルト地帯に人口や諸機能が集中しているが、これは経済面を中心とする欧米への最短コースでのキャッチアップという20世紀の歴史的発展段階を色濃く反映したものである。経済の量的拡大を優先してきたことの成果が今日の経済水準の高さであるが、もう一方の帰結が東京という一極、太平洋ベルト地帯という一軸に集中した国土構造である。以下にみるような、活気に乏しい地方での生活、ゆとりのない大都市での生活、劣化した自然、美しさの失われた景観、局所の災害から全国が重大な影響を受けるという脆弱性等の諸問題は、まさしく国土構造上の問題である。


  (一極一軸集中に至った過程)

 今日の国土構造が形づくられていく過程は、戦前期の中央集権的な政府主導の下、軍需色の強い重化学工業化が図られる中で、資源輸入に有利な臨海型の工業配置が太平洋岸に形成されたことに始まる。戦争による打撃と復興を経て、この重化学工業化の基礎のある地域には、欧米へのキャッチアップを目指した官民の集中的な投資が行われて産業が集積し、就業機会を求めて人口が移動した。その結果、軸状に都市の連たん化が進み、太平洋ベルト地帯が形成されていった。この地域が我が国の高度経済成長を牽引したが、過密問題も抱えることとなった。他方で、太平洋ベルト地帯から離れた地域は、生産活動や自然や国土の保全等の面で役割を果してきた側面はあるものの、人口が流出し、都市の利便性を享受しにくい地域を中心に過疎問題が深刻化した。このようにして、一軸集中というべき国土構造が形成されるとともに、地域間格差が拡大していった。

 高度成長期末期には、以前からの政策誘導に加え、太平洋ベルト地帯内での過密問題や公害が深刻化したことから重厚長大型産業を中心に地方に分散する傾向を示したものの、この傾向は2次にわたる石油危機によってとん挫した。安定成長期に入ると、素材型産業の構造的不振、加工組立産業の隆盛等を背景に太平洋ベルト地帯内の発展に不均等化が生じた。その後は、経済のサービス化、ソフト化から企業の中枢管理機能や金融の東京集中がさらに進み、東京一極集中へとつながった。

 近年、最大の課題となっていた東京一極集中の状況に変化の兆しがみられ、地方圏では高速道路を中心とする高速交通ネットワークの整備を背景に中枢・中核都市は拠点性を高め、その効果が周辺地域にも広く及びつつある。しかしながら、東京圏への集中度は依然として高い。


  (国土が抱える諸問題)

 太平洋ベルト地帯から離れた地域においては、工業立地はあるものの高次の管理機能や研究開発機能を持たない生産機能中心であり、しかも、経済のグローバル化により地域が厳しい国際競争にさらされる中で、生産機能の海外移転に直面している。国際交流はもちろんのこと国内の交流でも大都市圏の国際交流機能、高次都市機能に依存することが多く、マスメディア等を通じた東京発の文化や情報に依存するなど、地域固有の文化や交流の歴史、豊かな自然は十分に活かされているとはいえない。また、県内またはブロック内での一極集中が懸念される地域もみられる。中枢・中核都市の利便性を享受しにくい地域を中心に、人口減少や高齢化が顕著に進行しており、特に、国土の多くを占め、国民全体の生活に多様な役割を果たしてきた中山間地域等においては、地域社会の担い手である若者の流出等にともなって過疎化がさらに進行し、地域社会の諸機能の維持が困難になったところが多くなっている。このため、国土管理上重要な農地や森林等の管理が行き届かず、環境保全や防災、食料生産力の確保等国民生活の安全・安心を確保する上で様々な問題が生じている。

 太平洋ベルト地帯内部においては、大都市を中心に、人口、諸機能の過度の集中により、居住環境の悪化、交通渋滞、大気や水質の汚染等環境への負荷の高まり、水需給の逼迫等様々な過密問題が発生している。都市の連たん化にともない農地や森林が大幅に減少したことや、河川や沿岸では、水質の悪化、親水性への配慮を欠いた堤防や護岸により水面から隔てられたこと等により、人々が身近な自然に親しむ機会が大幅に減少してしまったところが多い。近代的ではあるが無機質で画一的な地域形成が進んだ結果、各地の文化と生活様式の多様性が失われた。過密問題が解決をみない一方で、東京を始めとする大都市の都心部では人口空洞化から地域社会の崩壊が進んでおり、工業の集積地では産業構造や物流形態の変化から臨海部の工場跡地、鉄道跡地等の低未利用地が発生している。

 東京圏では、首都機能があることに加え、東京に集中している企業の中枢管理機能や国際交流機能等の諸機能が経済社会に果たす役割が拡大し、他地域の東京依存を強めている。このため、大規模地震等において東京圏の機能が麻痺した場合、全国的にも大きな混乱を引き起こすおそれがある。また、太平洋ベルト地帯に集中する交通需要に対応するための主要幹線経路が一部では非常に狭い範囲内に集中して配置されていることから、大規模地震、洪水等による災害によって、これら幹線が被害を受けると全国の機能に影響を及ぼしてしまう懸念がある。
 こうした国土の状況が続くのでは、これからの経済社会の発展に明るい展望が開けないことは明らかである。


  (21世紀への展望を開く国土構造の転換)

 我が国においては、それぞれの時代状況を反映した国土構造が形成され、変遷を重ねてきた。経済社会の発展にともない、国土構造を規定する要因も地形、気候等の自然条件に始まり、政治体制、産業や交通のあり方、文化の担い手や海外との交流のあり方等へと複雑多様化してきた。その長い歴史を視野に入れるならば、東京を頂点とする太平洋ベルト地帯に集中した国土構造の形成が進んだのは高々この 100年間のことであり、現在の国土構造を固定的なものととらえるべきではない。しかも、この変化を主導してきた人口急増と工業化の進展を背景とする都市の成長は、目前に迫った人口減少局面、産業構造の変化を背景に局面を替えてきており、国土構造形成の流れを転換することが十分に可能な状況が醸成されつつある。

 国民意識及び時代の潮流の大きな転換を踏まえ、21世紀の文明にふさわしい国土づくりを進めていくためには、国土構造形成の流れを太平洋ベルト地帯への一軸集中から東京一極集中へとつながってきたこれまでの方向から明確に転換する必要がある。


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