建設省中建審発第一九号
平成五年一二月二一日

各省大臣各庁長官等・各都道府県知事あて

中央建設業審議会会長通知


公共工事に関する入札・契約制度の改革について


1 はじめに

(1) 「公共工事に関する特別委員会」の設置

本年(平成五年)に入り、地方公共団体の首長と我が国建設業界を代表する企業の幹部が公共工事をめぐる贈収賄容疑によって相次いで逮捕・起訴されたことによって、公共工事の執行、ひいては公共事業そのものに対する国民の信頼が著しく損なわれるに至った。
当審議会はこのような事態を重く見て、本年七月、公共工事の入札・契約制度全般に亘る思い切った改革に着手することとし、「公共工事に関する特別委員会」(以下「特別委員会」という。)を設立した。特別委員会はこのような設立経緯から、当審議会の通常の構成とは異なって、学識経験者のみによって構成され、八月二日の第一回委員会以来、一二月二一日までの約五か月間に一一回の委員会を開催し、精力的な検討を行ってきた。また、特別委員会では、国のみならず、地方公共団体における入札・契約制度の改革を十分視野に入れながら検討を行ってきたところである。今般、その審議結果が総会において報告され、それを基に、ここに当審議会の建議を行うものである。
もとより、公共工事の入札・契約制度全般に亘る広範なテーマについて、極めて限られた期間において検討したものであるので、改革の方向を指し示すに止まらざるを得なかった事項もある。また、入札・契約制度の改革のみで、一連の公共工事をめぐる問題のすべてを解決できる訳ではない。より広く、政治、経済など社会全体のシステムの構造的な改革に待たなければならない部分も多く残されている。
しかしながら、本建議は、入札・契約制度改革の主要なテーマをほぼ網羅し、そのそれぞれについて具体的な提案を行ったものであり、公共工事に対する国民の信頼回復の礎となることを期待している。国、地方公共団体を始め、あらゆる関係者においては、まず自ら襟を正し、今まで以上に厳正かつ公正な任務の執行を行うべきことはいうまでもないことであるが、今後、本建議を踏まえて、早急に制度の具体化に向けての検討を行い、実現可能なものから、可及的速やかに実行に移すとともに、粘り強く改革を推し進めていかなければならない。

(2) 今回の改革の歴史的意義

我が国においては、明治三三年の指名競争方式の創設から数えれば約九〇年、公共工事の入札・契約制度としては、指名競争方式を基本としてきた。
指名競争方式それ自体は諸外国でも使われており、正しく使われれば効率的な制度である。住宅・社会資本整備が遅れている我が国において、効率的に、良質のストックを形成するのに指名競争方式は貢献してきた。しかし、今回、一連の不祥事が明らかにされる中で、指名競争方式の根幹である、発注者は「公正で中立である」という前提に大きな不信が投げ掛けられた。「信頼のできる業者を選ぶ」と同時に「不正が起きにくい」システムを構築するため、今まさに公共工事の入札・契約制度に関する従来の考え方の転換に踏み切るときが来た。
すなわち、公共工事の入札・契約制度の改革の柱として一般競争方式を本格的に採用するときが来たと考えるべきであろう。一般競争方式の採用自体は、昨年一一月の当審議会の答申においては「引き続き幅広い検討を重ねることが必要」としたところであるが、その検討を大幅に前倒しし、実行しようとするものである。
今回の改革は部分的な修正ではなく、抜本的な改革を目指したものである。入札・契約制度の改革は、単に指名競争方式を一般競争方式に変えれば済むというものではなく、システム全体の改革であり、その意味で歴史的な改革である。

(3) 入札・契約制度に関する基本的認識

公共工事に関する入札・契約制度は、国により、時代により様々である。各国の制度を概観してみると、米国は一般競争方式、日本は指名競争方式、その中間に欧州諸国が位置する。英国は一九六〇年代に一般競争方式から指名競争方式へと重点が移行し、今、日本は「指名競争方式が基本」から「一般競争方式の本格的な採用」へと移行しようとしている。米国の一般競争方式も、時代により様々な工夫が加えられてきた。
すなわち、入札・契約制度は社会的、文化的、歴史的環境に大きく依存している。これらの環境が変われば制度も変わるし、変えなければならない。したがって、各種の入札・契約制度の良いところだけを集めた一つの制度を作ることは困難であり、状況が多様であるならば、これに応じた多様な制度を考えることがより現実的であろう。

(4) 制度改革の留意点

国民の税金を使って行う公共工事の発注はとりわけ公正でなければならない。今回の改革の大きな狙いは、入札・契約手続きの「公正さ」を確保することであり、「公正さ」は、適正な競争と透明な手続きを通じて生み出される。そしてこのことが不正を起きにくくするだけでなく、適正な競争を通じ、技術革新へのインセンティブ、価格引下げの効果がもたらされ、納税者に利益をもたらすことになる。
しかし、不公正を生み出す余地の少ない制度にしようとすれば、それだけ手続き上、実態上のコストが増加する場合があることも留意する必要がある。手続き事務の増加等に加えて、不良業者参入による品質低下や工事の途中放棄の危険、さらには建設産業自体の混乱などの心配も想定され、これらのコストを最小化する努力が必要である。
結局、不公正さを排除することによって期待できる利益と公正さを担保するために必要となるコストのバランスをどのようにとるかも制度改革に当たって見逃してはならないポイントであり、制度の改革に当たっては、この点についての見極めと国民的合意が必要である。

2 入札・契約制度改革の基本的視点

(1) 現在の問題点

1) 入札・契約手続きにおける不正行為の発生

当審議会において、特別委員会を設置し、入札・契約制度に関して検討を行うこととなった直接の契機は、公共工事をめぐる汚職などの不祥事の発生にある。
その背景としては、発注者及び建設業者のモラルの問題に加えて、選挙に金がかかることや議会のチェック機能の低下、いわゆる「天下り」等様々な政治的、社会的要因等も指摘されているところであるが、あわせて入札・契約制度についても問題点が明らかにされたところである。
すなわち、今回の一連の事件においては、発注者の恣意的な指名の運用が行われた可能性が指摘され、そのような不正行為に対するチェックシステムが現行の入札・契約制度において十分用意されていなかったという欠陥が表面化することとなった。
また、一部の発注者に見られる、工事完成保証人を入札に参加した者同士(いわゆる「相指名業者」)に限定したり、共同企業体の結成に当たって予備指名を行うような行為が、建設業者間の談合を誘発しているのではないかという意見や、あるいは予定価格が事前に建設業者に漏洩しているのではないかという疑念が提起されている。それとともに、不正行為を行った建設業者に対するペナルティが軽すぎ、不正行為の歯止めとしての役割を十分果していないのではないかという指摘も行われている。
したがって、今回の事件を単なる発注者及び建設業者のモラルの欠如に帰着させるのではなく、そのようなモラルの欠如を招いた社会的背景にも洞察を加えながら、それを抑制する制度的担保措置についても検討を行うことが重要な課題となっている。

2) 建設市場の国際化への要請

我が国の建設市場に関する制度は、内外無差別を基本として運用されている。しかしながら、一〇年程前までは、外国企業の参入希望もほとんどなかったため、我が国の制度が主として国内企業を念頭に置いて定められているものであることは否めない。
今日、建設工事に係る新しい国際調達のルールが定められようとしている状況を踏まえ、外国企業の競争参加を念頭に置きながら、国際的に見て十分なじみやすく、わかりやすいシステムとなっているかどうかを改めて見直す必要が生じている。

(2) 改革の基本的視点

今回の制度改革の主たる目的が公共工事の発注をめぐる不正行為の防止にあることに鑑みれば、不正の起きにくいシステムの構築が、検討に当たっての第一の視点となるべきことは言うまでもない。そのためには、手続きの透明性・客観性・競争性を高めるための様々な工夫がなされなければならない。具体的には、
ア 発注者の恣意的な判断の入り込む余地の少ない制度を採用するとともに、諸基準の制定・公表により、手続きの客観性を高めること。また、発注者が信頼できる建設業者を的確に選定するために、建設業者に関する客観的なデータを集積し、これを活用すること、
イ 手続きの透明性を高めるため、特に第三者による監視を強めること。第三者を関与させる方法としては、競争参加の資格条件の設定・資格の確認、苦情処理、入札監視など様々な場面が考えられるが、これらの活用に当たっては、いたずらに組織のみが拡大しないように、効率的な制度の構築に留意すること、
ウ 競争性が発揮されやすい条件整備を行うことにより、入札談合等の不正を排除すること、
エ ペナルティの強化を図り、公正なルールが守られるようにすること、

などの措置を構ずることが重要である。

同時に、不正防止のためのシステムを検討するに当たっては、公共工事の質の低下や工期の遅れなど「角を矯めて牛を殺す」ことにならないよう十分注意することが必要である。建設工事は、その契約時点では目的物が存在していないうえ、仮に工事に瑕疵があったとしても、引渡しを受けた段階で直ちにそれを発見することは極めて困難であり、結果として納税者に損失をもたらしたり、場合によっては、国民の生命・安全が脅かされることにつながるおそれもある。したがって、適正な工事の執行を確保するためには、入札・契約手続きにおいて、現場条件が各々異なる個別の工事に見合った信頼のおける施工業者の選定を的確に行い得るかどうかが重要である。
また、実務的には、事業の円滑な執行という観点も忘れてはならない。公共工事は、年間約四七万件も発注されており、その円滑な執行は国民生活上も国民経済上も重要であり、入札・契約手続き及び工事監督に要するコスト、労力及び時間をなるべく少なくすることが必要である。
さらに、今日の建設市場の国際化の拡大に伴い、公共工事の入札・契約制度についても国際性を加味した見直しを行うとともに、外国企業の競争参加が容易となるような条件整備を進めることが必要である。
以上の視点は、手続きの透明性・客観性を高めることが国際性の拡大につながるように互いに補完し合う場合もあるが、手続きの透明性・客観性を単純に高めようとすると、工事の質の低下や事務量の増大を招く場合もあり、互いにトレードオフの関係に立つ場合もある。
一方、現在の我が国の公共工事に係る市場の実態に目を転ずると、発注者の態様、工事の規模や性格、それを受注する建設業者の状況のそれぞれが非常に多岐に亘っており、それを一律に論ずることには無理があると言わざるを得ない。
したがって、今回の入札・契約制度の改革が主として不正防止の観点から行われるとしても、具体的にどの視点をどの程度重視すべきであるかについては、このようなトレードオフの関係や公共工事に係る市場の実態を十分に踏まえた検討を行う必要がある。
また、建設業は、特に地方においてはその地域の経済と雇用を支える基幹産業となっているが、競争参加に係る資格審査が不十分なままに、誰でも自由に市場参入が認められることとなると、かつて我が国でも経験したように不良不適格な企業が伸長し、「技術と経営に優れた」良質な企業が市場から排除され(「悪貨が良貨を駆逐する」)、雇用不安を始めとした大きな社会的混乱が生ずるおそれがある。このため、入札・契約制度の検討を行うに当たっては、建設業者の実態を十分踏まえた選択と運用が必要である。

(3) 改革の基本的考え方

1) 一般競争方式の採用

指名競争方式が悪用されたことが今日の深刻な不祥事を引き起こす一因になったことに鑑みれば、不正の起きにくい入札・契約方式への改革が必要である。このため、
i) 手続きの客観性が高く、発注者の裁量の余地が少ないこと、
ii) 手続きの透明性が高く、第三者による監視が容易であること、
iii) 入札に参加する可能性のある潜在的な競争参加者の数が多く、競争性が高いこと、が求められており、これらの点に大きなメリットを有している一般競争方式の採用の可能性について、まず第一に検討されるべきである。

しかしながら、無制限の一般競争方式による場合には、誰でもが競争に参加できるため、施工能力に欠ける者が落札し、公共工事の質の低下や工期の遅れをもたらすおそれがある。このため、そのような競争方式が公共工事において用いられている国は見当たらず、各国とも不良不適格業者の排除に様々な工夫をしているところである。例えば、一般競争方式を採用している米国においては、入札ボンドによる審査、発注者による事前・事後の審査等により、何重ものセーフガード(信頼できる業者を選択するための担保措置)を講じている。
一般競争方式は、その他にも入札・契約や工事監督に係る事務量の増大、受注の偏りや過大受注のおそれなどの問題も有しており、そのようなデメリットを極力少なくするための方策について検討することが必要である。

2) 指名競争方式の改善

一般競争方式については、不良不適格業者の排除等の措置に限界があることから、発注される工事の規模や内容によっては一般競争方式のデメリットが顕在化することがある。このような場合には、信頼できる建設業者の選定、入札・契約や工事監督に係る事務の簡素化、受注の偏りの排除、良質な施工に対するインセンティブの付与などのメリットを有する指名競争方式を活用することが適当である。
この場合においても、指名競争方式の透明性・客観性、競争性を格段に高めることが必要であり、その具体的な改善方策について検討する必要がある。

3) 多様な入札・契約方式の活用

競争入札方式は、一般的には、価格によって落札者が決定される。しかし、技術競争を促進しながら、公共工事の質を高めるためには、公共工事契約の相手方の選定に際し、価格以外の技術的要素を重視することも重要な方法であると考えられる。
このため、価格だけでなく、工期、安全性、維持管理費用、デザインなどの要素をも総合的に評価することにより契約の相手方を決定する技術提案総合評価方式の導入を検討すべきである。
また、災害復旧工事等の緊急を要する工事や特殊な技術を要する工事については、随意契約によることが適当であると考えられるが、その場合にも手続きの透明性・客観性を高める工夫が必要である。
従来、ともすればある一つの方式(例えば指名競争方式)がすべての公共工事を通じて最もふさわしい入札・契約方式であるというように考えられがちであったが、多様な入札・契約方式の中から、それぞれの方式の特徴を勘案しながら、対象工事の性格、建設業者の状況等市場の特性に応じた最適な方式を、新しい視点に立って選択することこそが基本となるべきである。

3 入札・契約方式改革の基本方針

(1) 一般競争方式の採用

1) 適用の対象

一般競争方式の対象範囲については、工事の特性及び我が国の建設市場の状況を十分踏まえた検討を行うことが必要である。
一般競争方式のメリットを十分に活かし、そのデメリットをできるだけ顕在化させないためには、資格審査等の制度的工夫を図ることが必要であるが、当面、次の理由により、一定規模以上の大規模工事について一般競争方式を採用することが合理的であると考えられる。
i) 施工の難易度という点からは、大規模工事ほど施工業者の選定について慎重とならざるを得ないが、現実には、大規模業者については経営能力や施工の信頼性に不安の残る者はほとんどいないのに対して、規模が小さくなるに従って、財務・経営能力や信用力に不安の残る者が増大する傾向にあること。
ii) 大規模業者については過去の工事実績等に関する情報が豊富であり、発注者においても容易に施工業者の能力が判断できること。
iii) 不良不適格業者の参入は小規模工事の方が容易であること。
iv) 小規模工事は発注件数が多く、事務量が膨大となること。
v) ガット政府調達協定改定交渉の進展等大規模工事の分野について国際調達のルールが定められつつあること。

一般競争方式の対象となる工事は、国、公団等については、原則として、各々一定規模以上の大規模工事とするが、地方公共団体の工事については国、公団等の規模を参考としながら、工事の内容、さらには不良不適格業者の混入可能性等を総合的に考慮して定められるべきである。
一定規模以下の工事については、どのような発注方式を採用するかは基本的には発注者の選択に委ねられるべきであると考えられるが、その現実的な選択として、指名競争方式を主として活用するものとしても、大幅に透明性・客観性・競争性を高める措置を講ずる必要がある。
将来に向けては、資格審査体制の充実を図るとともに、建設業界における競争体質の強化、入札手続き及び施工監督に係る事務量の軽減方策の検討を進め、また、一般競争方式の実施状況を勘案しながら、一般競争方式の対象範囲を拡大することが必要である。

2) 競争参加者の資格審査の必要性

ア セーフガード(信頼できる業者を選択するための担保措置)の必要性

一般競争方式は、一定の資格を満たす者であれば誰でも競争に参加できる仕組みであり、競争性が高い反面、不良不適格業者の混入する可能性も大きいことから、セーフガードの重要性は高い。このことは一般競争方式を採用している各国に共通する考え方である。
この場合、ペーパーカンパニーや暴力団関係企業のように、そもそもの営業に問題がある者のみならず、一般には優良企業とされている者であっても、対象工事の規模や必要とされる施工技術等からみて的確な施工に不安が生ずる場合、他に多くの工事を抱え過大受注となる場合なども、的確に選別することができるものでなければならない。

イ セーフガードの一層の充実

我が国においては、建設業法による許可制度、経営事項審査をベースとして各発注者において競争参加資格の審査を行い、さらに有資格者名簿に登録された業者の中から信頼できる業者を指名することによって、セーフガードが講じられてきた。
このうち、建設業の許可制度は建設業の営業のための最低必要条件であるに止まり、工事規模、施工技術の程度等に差異がある個別的な建設工事の適正な施工を確保するには不十分である。
今後、一般競争方式を幅広く採用していくとすれば、建設業許可の段階における不良不適格業者の的確な排除に一層努めるとともに、経営事項審査や個別工事に係る技術力の審査等資格審査体制の充実により、的確なセーフガードが構築されなければならない。

ウ 我が国における入札ボンド制度導入の可能性

入札に参加するに当たって実質的な事前審査としての役割を果たす入札ボンド制度を導入してはどうかとの議論がある。
この制度は、米国、カナダ等で広く使われているが、ヨーロッパ等他の国ではほとんど使われていない。
入札ボンドは落札者が契約を締結することを保証するものであるが、契約時には履行ボンドの提出が求められるため、入札ボンドの発行時には、履行ボンドの発行を前提とした審査が行われている。
本制度は、第三者による審査であり発注者の恣意から独立していること、ボンド会社自らの経営に影響するので真剣な審査が期待できること、与信枠の設定等により過大受注の防止が図られること、保証会社に審査を委ねられるので発注者の審査業務の軽減が図られることというメリットを有している。
その反面、入札ボンド審査の内容は財務・経営状況の審査が主であって、技術審査については技術者の保有状況等の一般的な審査に止まらざるを得ないこと、ボンド会社は営利企業であること等の限界があり、米国においても、入札ボンド制度に加えて、発注者による厳格な審査が行われている。
米国のボンド制度は一〇〇年以上の歴史の中で資格審査機能の充実が図られたものであり、法律によりほとんど全ての公共工事について入札・履行ボンドが義務付けられていることにより成り立っているものである。我が国においては、現状ではこれらの素地があるとはいい難いが、履行ボンドの検討状況を踏まえながら、今後引き続き、入札ボンドについても検討されてしかるべき課題であると考える。

3) 競争参加資格の設定と確認等

ア 総合的経営力・技術力の審査と評価結果の活用

一般競争方式の参加者を的確に審査するためには、米国で行われている入札ボンド審査と同様に、参加者の総合的な財務・経営状況や技術力について、客観的に判断する必要がある。このための方法としては、我が国で既に定着している経営事項審査の充実・活用を図ることが妥当である。
競争参加者の資格要件として経営事項審査の評価結果を活用するに当たっては、競争性の確保の観点から十分な競争参加資格者が確保される必要があり、あまりに制限的にならないようにすべきである。

イ 個別工事に係る条件の提示

公共工事の発注に当たって、具体的な工事に照らして本当に施工能力があるかどうかを判断するためには、過去の同種工事の実績、十分な資格・経験を有する技術者の配置等を条件とすることが必要である。これらの条件については、入札に参加しようとする者が条件に適合しているか否かを自ら判断できるように、客観的かつ具体的に公告しなければならない。
また、特に施工の難易度が高い工事については、予め当該工事に係る施工計画の提出を求め、それについての事前技術審査を行う方式(「施工計画審査型」)も考えられる。
手持ち工事量からみた受注可能量、過去の工事成績、労働安全の状況等については、今すぐ客観的な条件として設定することは困難であるが、いずれも受注者の選定に当たって重要な事項であり、その条件化の方法について早急に検討する必要がある。
競争参加資格条件の設定に当たっては、予め条件の設定の考え方(基準)を制定・公表するとともに、具体的な条件設定に当たっても、合議制を活用すべきである。また、必要に応じ、学識経験者の意見を聴くことも検討すべきである。

ウ 競争参加資格の確認等

競争参加資格者の確認については、必要に応じて合議制を活用しながら、入札の実施前に行うこと(事前審査方式)とし、特に技術的難度の高い工事等にあっては、学識経験者による専門的意見を聴くことも検討すべきである。
米国の連邦工事等においては、入札ボンド審査に加えて、入札後の審査制度が設けられている。入札後の審査制度は、最低価格入札者のみを審査すればよいので審査業務が軽減され、その分念入りな審査が可能となるというメリットがある。しかし、事前審査と異なり、契約をほぼ手中にしている者を入札後の審査により失格とすることは、当事者間の紛争の激化、異議申立てによる手続きの遅延等をもたらすことから、よほど重大な事由がない限りは、入札・契約手続きの最終段階で最低価格入札者を失格とすることは相当の困難を伴うこととなる。
参加資格の確認結果については、申請者全員に対して通知するとともに、資格がないと認められた者に対しては、その理由を明記すべきである。
参加資格が認められた業者名や業者数は、競争性を維持する観点から、入札時まで伏せておくことが適当である。
なお、入札終了後においては、入札経緯及び結果について閲覧方式により速やかに公表すべきである。

(2) 指名競争方式の改善

現行の指名競争方式は、その運用において透明性・客観性、競争性に欠ける場合が見られるなどの問題があり、今後、この方式を採用する場合には、その大幅な改善が必要である。
1) 指名基準の公表等による透明性・客観性の確保

指名基準及びその運用基準の策定及び公表、指名業者名並びに入札経緯及び結果の公表、入札辞退の自由の確保等これまでの当番議会の答申・建議の実施の徹底を早急に図ることに加えて、後述するように非指名理由等の説明、第三者機関における苦情処理など手続の透明性・客観性の確保を図る制度の創設を行うべきである。

2) 建設業者の技術力、受注意欲を反映した指名競争方式の改善

建設業者の技術力、受注意欲を反映した指名を行うため、昨年一一月の当審議会答申・建議に基づく「技術情報募集型」及び「意向確認型」の指名競争方式を発展させ、新たに対象を広げつつ、「公募型」及び「工事希望型」の指名競争方式の導入を図るべきである。
これらの方式は、いずれも入札参加意欲の確認を行うとともに、簡易な技術資料の提出を求めたうえで指名を行うものであり、技術資料を提出したにもかかわらず指名から外れた者に対しては、その要請に応じ、非指名理由を説明することとし、一層の透明性、客観性の向上を図ることとする。

(3) その他の入札・契約方式

1) 技術提案総合評価方式

現行の入札制度においては、最低の価格を提示した業者が自動的に落札者となるため、工期、安全性、維持管理費用、デザインなどの競争が発注者にとってメリットとなる場合にも、それらは落札者の決定に反映されないという問題がある。
また、現行入札・契約制度の下では、価格のみが重視されるため、不良な建設業者にとっては、公共工事が格好の参入のターゲットになるおそれがある(現にニューヨーク市ではそのような指摘がなされている。)うえ、価格以外の要素による競争が欠落しているため、入札談合を誘発しやすい側面も見られる。
したがって、民間の技術開発の著しい分野で特に施工実績の少ない工事などを対象に、技術提案総合評価方式の導入を図ることとし、総合評価のための評価要素である価格、工期、安全性、品質などの評価手法の開発を早急に進めるべきである。
この場合、総合評価の基準については公表することとし、審査に当たっては合議制の機関によるとともに、必要に応じ、学識経験者の意見を聴くことが適当である。

2) 随意契約

随意契約については、現在災害等の緊急時を除いてはあまり活用されていないが、手続の透明性・客観性を確保しつつ、特殊な技術を要する工事などもっと活用が図られてよい考えられる。すなわち、随意契約のむやみな拡大は厳に慎むべきではあるが、随意契約によることが適当な場合にまで形式的に指名競争方式を活用することはかえって不自然な結果を招くこととなるので、制度の的確な運用が必要である。

4 制度改革の具体的提案

(1) 競争参加資格審査制度の改善

1) 現在の競争参加資格審査制度

我が国の競争参加資格審査制度は、入札参加希望者が欠格要件に該当しないかを審査した後、客観的事項と主観的事項について審査した結果を点数化し、その総合点数に応じ順位付けを行った上で、A〜E等の等級に区分する仕組み(いわゆる「格付け」)を採っている。
客観的事項は、各発注機関に共通の審査項目であり、建設業者の施工能力や経営状況を客観的な指標で評価するものであることから、実際には、ほとんどの発注機関で建設業法上の制度である「経営事項審査」(建設業法第四章の二)が利用されている。
また、主観的事項は、工事成績、安全成績等発注者ごとの評価項目を示すものである。

2) 競争参加資格審査制度の改善

資格審査の一層の合理性を確保するとともに、その機能を高めるため、次の事項について改善を図るべきである。
ア 透明性・客観性の確保

経営事項審査については、誰が見ても分かりやすいものとなるよう総合評価の算定方法の見直しを行う。
従来、各発注者ごとに行っている主観的事項とされてきた「工事の安全成績」、「労働福祉の状況」について、経営事項審査の評価項目に加え、全国統一の項目とする方向で検討を行う。
なお、工事成績等については、現在は、各発注者が自らの発注工事の実績に基づき評価しているものであるが、工事の質の確保を図る上で極めて重要な項目であることから、評価の客観化を行い、全国統一の項目とすることを検討する必要がある。
経営事項審査の結果について異議のある建設業者は再審査の申立てができることとされている(建設業法第二七条の二八)が、加えて、その結果を公表することとする。その具体的な方法等については、さらに検討を行う。
各発注者における資格審査及び格付けの結果についても同様に公表することを検討する。

イ 審査精度の向上

経営事項審査については、各評価項目のウェイトの見直し、技術者のカウント方法の改善等により評価精度を高めることが重要である。

ウ 経営事項審査の義務付け

適正な公共工事の施工を確保するため、公共工事を施工しようとする建設業者は、予め、必ず経営事項審査を受けなければならないこととする。また、それに対応して、建設業者に関する客観的な評価を発注者間で共有するため、全ての発注者は資格審査に経営事項審査を活用することが期待される。
建設業者が経営事項審査の申請に当たり、虚偽の記載等を行った場合についての罰則規定を設けるべきである。

エ 外国企業の適正な評価

建設市場の国際化に対応し、国際的視点に立った企業評価の見直しを行うべきである。
経営事項審査における技術者数及び営業年数の評価に当たっては、海外における技術者数及び営業年数も対象とするべきである。このうち、特に外国企業の技術者の資格については、我が国のものと同程度の資格であるかどうかは、直ちに明らかになるものではないので、当面は、建設大臣の個別審査による特認制度とすることが適当である。
また、外国企業の工事成績、安全成績等についても、発注者への個別問合わせや証明書の提出等の方法により、内外無差別かつ客観的に評価する方法について検討すべきである。
さらに、海外においては、持ち株会社等によるグループ経営を行っている企業も存在しており、その場合においては、持ち株会社等の保証によりグループ全体の能力を基準として評価する方法も考慮されるべきである。同様に、海外企業が日本法人を設立している場合においては、親会社の保証により、親会社を含めた能力を基準とする評価手法の導入についても考慮する必要がある。

オ 評価システムの定期的なチェック

経営事項審査制度の重要性に鑑み、制度の透明性・客観性の確保、審査精度の向上等の観点から、制度全体について定期的に点検を行う必要がある。

(2) 苦情処理制度の創設

一般競争方式においては、発注者において競争参加資格がないと認めた者に対して、その理由を付して通知するとともに、その者の要請に応じて競争参加資格がないと認めた理由の説明を行うことが適当である。
指名競争方式においては、不良不適格業者による非指名理由説明要求の濫用を排除するため、当面、公募型及び工事希望型入札方式について、技術資料の提出者に対し、要請に応じて非指名理由の説明を行うことが適当である。
「技術提案総合評価方式」が導入された場合には、非落札者に対する非落札理由の説明も行う必要がある。
また、手続きの透明性・客観性を一層高めるため、これらの発注者の理由説明に不服のある場合は、公正かつ独立した第三者機関に対してさらに申立てできる制度を検討することとする。

(3) 入札監視委員会(仮称)の設置

資格審査・格付け、競争参加条件の設定・資格の確認(又は指名業者の選定)、資格停止(又は指名停止)等の手続きの透明性を高めるためには、第三者を活用することが有効である。
第三者の活用の方法としては、競争参加条件の設定・資格の確認(又は指名業者の選定)等の行為そのものに第三者を関与させる方法もあるが、第三者の人選や中立性の確保の困難性、行政責任の不明確化等の問題があることを考慮すれば、それらの行為の運用状況について第三者による事後的なチェックを受けるものとすることが適当である。
第三者の関与の具体的方法としては、競争参加条件の設定・資格の確認(又は指名業者の選定)等の経緯及び理由について、発注者から定期的に報告を受け、その内容について監査、勧告することを目的とする入札監視委員会(仮称)の設置が考えられる。
同委員会は学識経験者等によって構成することとし、勧告内容についても公表することが望ましい。
委員会の具体的な設置の根拠、業務内容等については、既存の監査組織等との役割分担の整理が必要であり、苦情処理に係る第三者機関との関連を含めて検討をすすめ、委員会が実質的に機能するよう十分配慮すべきである。

(4) 建設業者選定のためのデータベースの整備

発注者がより客観的な基準により信頼のおける建設業者を選定するためには、建設業者に関する財務・経営情報に加え、過去の工事実績及びその成績、手持ち工事量、技術者データ、労働福祉の状況等の客観的なデータをなるべく多く集積し、それを活用することが望まれる。
このことは、入札・契約手続きの透明性・客観性の向上につながるのみならず、入札・契約事務の効率化にも資するものである。
このようなデータの収集及びデータベースの整備は、各発注機関がばらばらに行うことは非効率であり、各発注機関が共同で利用できるようなデータベースの整備を進めることが必要である。この場合、発注者が各種データを入手するために複数のデータベースにアクセスする必要が生ずるようなことにならないよう、データ管理及びデータ提供の在り方を十分検討する必要がある。
一方で、建設業者の立場を考え、収集したデータの情報管理の在り方について慎重な検討が必要であるとともに、本人からの開示請求及び誤記入の場合の訂正要求の制度を用意すべきである。
また、特定の建設業者がどの工事の入札に参加し、落札したかの実績を一覧できるようにすることによって、透明性・客観性を高める効果も期待できることから、そのようなデータの集計・公表についても検討を行うべきである。
なお、的確な施工確保のためには、建設業法に定める専任技術者の的確な配置が必要であるが、専任技術者の確認システムの構築には時間を要するため、当面、契約から竣工までの間、指定建設業監理技術者資格者証の提出を求める等簡易な方式の検討が必要である。

(5) 履行保証制度の抜本的見直し

1) 工事完成保証人制度

工事完成保証人制度は、工事請負者が万一工事を完成できない場合に、他の建設業者(工事完成保証人)が本来の請負者に代わって工事を続行し、完成を保証するという役務的保証制度であり、経済的負担なしに工事の完成を確保できるという面で発注者にとってメリットの大きい制度である。
しかしながら、本来競争関係にあるべき建設業者が何らの対価なしに他の建設業者の保証をするということの不自然さ、特に相指名業者が保証人になる場合には落札者よりも高い価格で応札した者が万一の場合に工事を引き受けなければならないことの不合理、「談合破り」に対して工事完成保証人となることを拒否するという形で談合を助長する可能性等の問題点が指摘されている。
したがって、現行の工事完成保証人制度については、廃止することとする。しかし、それに代わるべき代替措置を直ちに体系化し、整備することは困難であるので、概ね一年程度を目途に検討し、新しい履行保証システムを早急に確立すべきである。
なお、それまでの間においては、工事の完成そのものを担保することの必要性を勘案しながら、工事完成保証人を活用することもやむを得ないが、その場合においても、相指名業者から工事完成保証人を選定してはならないこととすべきである。

2) 金銭保証人及び履行保証保険等

現行の「公共工事標準請負契約約款」においては、工事完成保証人と並んで、金銭保証人及び履行保証保険が規定され、工事契約においてこれらを選択できることとされている。EC諸国においては、金銭保証が主流となっているほか、我が国でも横浜市、神戸市等において履行保証保険が広く用いられていることに鑑みれば、新しい履行保証システムにおいても、金銭保証人及び履行保証保険が従来以上に活用されてよいと考えられる。
なお、東京都においては、既に工事完成保証人を廃止し、その代替措置として、実績のない建設業者については履行保証保険を求める一方、実績のある者については無保証としているところであり、そのような方法も検討に当たっての参考とされるべきである。

3) 履行ボンド制度

工期の遅延が極めて重大な支障を招く場合等において、金銭保証では履行保証として十分でなく、直接工事の完成そのものを保証する役務的保証が必要となる場合もあると考えられることから、現行の工事完成保証人に代わる新たな役務的保証機能についても検討する必要がある。
役務的保証制度の一つの方式である履行ボンド制度は、特に米国において普及しているが、米国の社会状況、多年に亘る経験の蓄積等米国固有の条件に基づく部分も大きく、我が国では、米軍発注工事を除き、ほとんど利用されていない。
したがって、役務的保証に対する発注者のニーズがどの程度強いかを踏まえつつ、履行ボンド制度の形態、整備すべき条件等について検討すべきである。

(6) 共同企業体制度の改善

1) 共同企業体制度の現状と問題点

現状の特定建設工事共同企業体を見ると、受注機会の配分と誤解を招くような共同企業体がかなり存在している。特に、会社の規模に大きな差がある者の組合わせによる共同企業体の場合には効果的な共同施工の確保が困難であり、施工の効率性を阻害している場合もある。また、予備指名制度が談合を誘発しているのではないかと批判されていること、共同企業体の運用基準が未制定の発注者があることなど様々な問題点が指摘されている。

2) 単体発注の原則の徹底

受注機会の配分と誤解を招くような特定建設工事共同企業体を排除するため、「単体発注の原則」をより一層徹底し、特定建設工事共同企業体の対象工事の規模の引上げを行う。なお、特定建設工事共同企業体により施工することとした工事であっても、単体で施工できる業者がいる場合には、単体と特定建設工事共同企業体との混合による入札を容認する方向で検討すべきである。ただし、大規模であって、かつ、技術上の必要性が高い工事については、特定建設工事共同企業体のみの工事とすることが適当な場合も多い。
共同企業体の結成方法としては、予備指名は行わないこととし、企業の自主的な結成に委ねることが適当である。
特定建設工事共同企業体の構成員数は二〜三社とするとともに、施工技術上の特段の必要性がある場合を除き、最上位等級と第三位等級以下の組合わせによる特定建設工事共同企業体は廃止することが望ましい。
共同企業体の運用基準を定めていない公共工事の発注者にあっては、早急に基準を定め、公表すべきである。

(7) コンサルティング業務発注の透明性・客観性、競争性の向上

建設コンサルタント業者への委託契約発注に当たっては、指名競争方式がかなり採用されている。しかしながら、欧米においては価格のみによる競争はほとんど行われていないうえに、我が国のコンサルティング業務発注については、発注される業務の内容、時期、方法等が外部から分かりにくいとの批判もあることから、今後、国際化の動きに的確に対応する観点からも、手続きの透明性・客観性、競争性を高める工夫が必要である。
そのため、公募型プロポーザル方式等発注業務の内容を事前に公表し、受注希望者を募る方法を新たに導入するとともに、苦情処理システムの検討、外国企業を含めた企業評価方法の改善、技術者の適正な評価方法の検討、随意契約ガイドラインの制定、指名基準等の策定及び公表、データベースの整備等を早急に行うことが必要である。
また、建設コンサルタント業者の守秘義務を明確化するとともに、書面により発注者の承諾を得ている場合など、手続きの透明性・客観性が確保されている場合以外は、建設コンサルティング業務についての再委託の禁止を徹底する等、建設コンサルタント業者の中立性・独立性を強化する。
企画段階におけるアイデア提供を無償で行わせることは、手続きが不透明であり、国民の疑惑を招く恐れがあるので、発注者において積極的にアイデア等を求めようとする場合においては、適正な対価の支払いを行うこととすべきである。

(8) 制裁措置の強化

1) 違法行為等に対する制裁措置(ペナルティ)の強化

談合、贈収賄等を行うことが、当該企業にとって、社会的、経済的にも大きな損失となるよう、建設業許可行政庁による監督処分及び発注者による指名停止措置のそれぞれについて、適切な見直しを行い、ペナルティの強化を図ることが必要である。
また、不正行為防止の観点からは、建設業法以外の領域の問題もあるので、これらに関する法制的対応等を通じ効果的なペナルティの強化を図ることも検討されるべきであろう。
建設業法に基づく監督処分については、処分の基準を制定・公表するとともに、営業停止処分の対象を公共工事に係る営業に限定したり、地域を限定するなどにより、機動的かつ長期間にわたるより効果的な処分とすることも検討すべきである。あわせて、許可の取消等が行われた場合、新たな許可の取得を禁止する欠格期間を延長すべきである。
一般競争方式において、一定の不誠実な行為等について資格登録の一時停止を行うため、「一般競争参加資格停止要領(仮称)」を早急に策定する必要がある。
指名停止に係る措置要領を策定又は公表をしていない発注者にあっては、早急にその策定、公表を行うべきである。

2) 談合情報対応マニュアルの作成

談合情報については、その内容の信憑性、入札までの時間的余裕の有無等が区々であり、一律の対応をとることは困難であるが、発注者においては、公正取引委員会への通知等を含めた手続きの流れについてマニュアル化し、その内容を公表することについて検討すべきである。

3) 入札談合が行われた場合の独占禁止法に基づく損害賠償請求

談合の防止を図る観点からも、特に談合金の授受がある場合など損害額の認定が容易な場合には、発注者において損害賠償を請求するようにすべきである。

(9) 予定価格をめぐる措置

最近、予定価格の漏洩と談合により落札価格が予定価格の直下となっている事例があるのではないかという疑念が出されている。
このため、予定価格の事前公表を行うことにより、予定価格を探ろうとする不正な動きを防止し、不自然な入札を行いにくくすべきであろうとする意見がある。また、予定価格の事前公表をしても、競争的環境の下では必ずしも談合を助長しないという意見もある。
しかしながら、事前公表については、入札談合がさらに容易に行われるようになる可能性があり、競争を通じて納税者の利益を最大限に実現するという競争契約制度の根幹に触れること、建設業者の真面目な見積もり努力のインセンティブが失われること、予定価格直下への入札価格の集中をもたらすおそれがあること等から、予定価格の事前公表を行うことは問題が多い。
一方、事前公表をすべきでないとしても、不自然な入札のチェックが可能となること、積算の妥当性の向上に資すること等から入札後の公表を行ってはどうかとの意見がある。これについては、以降の同種工事の予定価格を類推させ、事前公表と同様の弊害を誘発する等の問題があり、事後公表の適否については慎重に検討する必要がある。
以上、当審議会としては、不自然な価格による入札を防止する措置について検討を重ねたが、現時点で、ここに示されている以上の結論を得るには至らなかった。しかしながら、予定価格の漏洩をめぐり国民からいささかも疑念を持たれることのないよう、以上のような観点を踏まえ、より効果的な漏洩防止対策などについて、今後とも幅広く検討を進める必要がある。

5 新しい競争体制に向けての課題

(1) 競争条件の整備

1) ダンピング防止等

公共工事における競争は、価格のみの競争に陥り易い性格があり、特に一般競争方式が本格的に採用される新しい競争体制の下では、ダンピングに対する注意が一層不可欠となる。
いわゆるダンピング受注は、公正な取引秩序を歪め、建設業の健全な発展を阻害するとともに、特に、工事の手抜き、下請へのシワ寄せ、労働条件の悪化、安全対策の不徹底等につながりやすく、その的確な排除が特に必要である。
このため、発注者においては、現行の低入札価格調査制度及び最低制限価格制度の積極的な活用を図る必要がある。また、適正な積算に基づく入札を確保する新たな方策についても検討すべきである。
また、一部の発注者において見られる不採算工事の受注強制などは、厳に慎むべきであり、入札辞退の自由の確保等、発注者と受注者の対等な契約関係の樹立に努めるべきである。

2) 元請責任の強化等

建設業においては、企業数が多いうえ、現場が常に移動することから、製造業に比べて元請・下請関係が流動的であり、また、必要以上の重層下請などと相まって、十分な元請け責任を果たしていない例も見られる。一方、下請契約を結ぶに当たって、下請けからの積上げでなく、「指値」によって契約価格が決定される場合も多いと言われている。
建設大臣等建設許可行政庁においては、建設業法に定める一括下請負の禁止や下請保護に関する規定が遵守されるよう一層の指導の強化を図るとともに、建設現場における技術者の適正設置を一層徹底する必要がある。また、公正取引委員会とも適切な連携を図りながら、定期的に、あるいは問題のありそうな事例に着目して、報告徴収及び立入検査を実施するよう努めるべきであり、そのための業務執行体制の在り方についても検討する必要がある。
公共工事を施工する元請けが一定金額以上の工事を下請施工させようとする場合には特定建設業の許可を要すること(建設業法第三条第一項第二号)の徹底を図るとともに、特定建設業者としての施行体制台帳の整備の義務付け等元請け責任の明確化、強化についても検討する必要がある。
専門工事業者においても、新しい技術に対応できなかったり、契約、積算、経理等を不得手とする施工業者が存在しており、当該企業の努力とともに、元請企業においても適切な指導を行うことが望まれる。

3) 中小企業の受注機会の確保

公共工事の発注に当たっては、「官公需についての中小企業者の受注の確保に関する法律」に基づく、いわゆるランク別の発注標準の遵守、工事の態様に応じた分離発注等を引き続き推進するとともに、発注標準の一層の適正化を進めることとすべきである。
なお、発注標準については公表することとされており、その徹底を図るべきである。
共同企業体の運用における「単体発注原則」の徹底は、従来、共同企業体が特に地方公共団体において、地元企業の育成のためにしばしば使われてきたという事実に鑑みれば、何等かの代替措置を講ずることが必要となる。例えば、地方公共団体事業である場合には、下請業者に関する要件(下請比率、対象企業の属性等)を予めて条件として提示し、それを満たす企業に発注する方法も一案として考えられることから、その具体的運用方策について検討する必要がある。

4) 建設産業の将来ビジョンの策定

建設産業が活力にあふれ、若者にとっても魅力ある産業へと転換することが強く求められている。特に、新しい競争体制の下で、中小企業を中心に建設産業の将来に不安感が高まっていることから、建設産業についての詳しい実態調査や産業組織論的な分析を行い、業種・業態別の産業ビジョンを早急に提示すべきである。
このビジョンは、現在の五二万業者体制をそのまま維持するということではなく、「技術と経営に優れた企業」が伸長し、企業競争の結果、その努力に欠ける企業は淘汰されることにもなるという考え方に基づいたものでなければならない。
なお、建設業が受注産業であり、在庫を持てないという特性から、受注獲得競争に走らざるを得なくなるという側面も見られ、年度内における発注量のばらつきがその傾向を加速しているとも考えられるので、発注の平準化や発注予定工事情報の事前公表にも努めるべきである。

(2) 発注体制の改善

1) 地方公共団体等に対する改善策の徹底

発注者の恣意的な運用を排除するためには、単なるモラルの強調だけでなく、制度的な歯止め措置を講ずることが必要である。各地方公共団体にあっては、入札・契約制度の運用に係る諸基準の制定、公表が正しく行われているかどうかを再度点検し、不十分なものについては、早急に措置すべきである。
建設省及び自治省においては、地方公共団体の入札・契約制度の運用改善を進めるために、諸基準のモデル案(ひな型)を提示する等的確な助言、指導を行うとともに、定期的に実態調査を行うべきである。
また、地方公共工事契約業務連絡協議会(地方公契連)等の一層の活用を図るべきである。

2) 技術力の脆弱な地方公共団体に対する業務支援

現在、特に小規模な市町村においては技術者の不足から、発注体制が不十分な例も見られ、それを補完・支援する体制の整備が必要になっている。具体的には、公団、事業団等における受託制度を活用するとともに、都道府県における建設技術センター等の新設、拡充を促進すべきである。
また、特殊用途の建築物や特殊な構造物に関する工事などの特別の工事や、大規模地域開発に係る工事等については、都道府県等の発注体制の現状を考慮しつつ、ブロック単位などの広域的な技術支援組織を検討する必要がある。
民間の技術力を積極的に活用するため、CM方式(コンストラクション・マネジメント。発注者との契約に基づき、設計の検討、工程管理、品質管理、費用管理などの全体又は一部について受託した業務を行う方式)についても、適用事業の考え方、発注者との役割分担の明確化などについて検討を進めるべきである。

3) 発注者等における業務執行体制の整備

入札・契約制度の改善を図ることにより、いわば「公正さを担保するためのコスト」として入札・契約手続きや監督・検査に要する事務が増大することが予想され、それに的確に対応するため、業務執行の効率化と定員の確保等体制の整備を図る必要がある。
また、建設業法に係る諸規定の的確な運用を図るためには、報告徴収及び立入検査を積極的に活用する必要があるが、建設省及び各都道府県の建設業行政担当部局の業務執行体制の現状はそれに対応できる状況になく、その整備も今後の課題である。

(3) 建設業界の信頼回復

1) 新しい行動理念の樹立

今回の事件を個別企業の問題としてではなく、業界全体の問題として重く受け止め、建設業界再生のための「新しい行動理念」を樹立し、国民の信頼回復に真剣に取り組むことが必要である。
一般競争方式の本格的実施等により、建設業界としては新たな競争的環境に置かれることとなるが、独占禁止法等の法令遵守とともに、「企業の自己責任原則」を明確にし、それに則り行動する必要がある。
さらに、建設業界全体として、受け身となりがちであったこれまでの姿勢を正し、建設業界の将来像や建設業を取り巻く様々な課題に対して積極的に発言していくことが強く求められている。このため、建設業者団体においては、団体活動の適正化、公益活動の充実を図るとともに、外部に開かれた組織体制への見直しが必要であり、行政としても適切な助言、指導をしていく必要がある。

2) 法令遵守の徹底

建設業界においては、選挙協力等政治との関わりについて様々な指摘がなされているところであり、公職選挙法や政治資金規正法等の遵守を徹底するほか、次のような課題に重点的に取り組む必要がある。
ア 談合防止の徹底

公共工事は国民の税金によって賄われるものであり、公正な競争によって形成された価格により契約が締結されることが基本である。したがって、いわゆる談合によって競争が制限され、適切な価格形成が妨げられることのないよう、建設業界を挙げて取り組む必要がある。

イ 使途不明金の解消

使途不明金の存在は、企業の経理内容を不透明にするとともに、真実の所得者に課税されないことから税負担の公平の阻害につながる。加えて、違法な政治資金や暴力団への資金提供など違法・不当な支出の源泉となるおそれがあるばかりでなく、建設業界が不明朗な取引きに支配されているとの印象を与えることになるので、その解消に努めるべきである。
架空取引を偽装すること等によるいわゆる「裏金」の捻出は、到底容認できるものではなく、そのような行為が決して生じることのないよう徹底が図られるべきである。

ウ 暴力団対策の強化

建設業は、暴力団の標的とされやすい特性を有しており、その排除対策の徹底を図ることが肝要であり、警察との連携の強化を図るとともに、建設業の許可において、暴力団関係企業の排除を行うほか、各建設業者においても暴力団対策責任者の明確化、社内の連絡相談体制の整備等全社的な取組みを行うことが必要である。

3) 社内管理体制の強化等

企業活動の適正化を図るためには、まず、内部組織の管理体制面からの総点検を実施し、法務担当部局等による社内管理体制の充実を図るとともに、社員に対する教育・研修の計画的な実施、社外監査役の活用等を図る必要がある。

6 おわりに

今回の建議は、入札・契約制度全般に亘る思い切った改革を提案したものであるが、言うまでもなく、公共工事にまつわる不正は、これらの制度の改革のみによって防止できるものではない。広く関係者の意識改革を始め、政治改革の実施、不正行為の取締りの強化等総合的な取組みが不可欠である。
また、多種多様、かつ、多数存在する発注者の実態を見れば、全ての発注者が同一歩調で一気に改革を実現しようとすることは不可能に近い。そのようなことをしようとすればかえって無用の混乱を招くことにもなりかねない。したがって、各発注者においては、まずできるところから速やかに実施に移すという姿勢が必要である。
特に、履行保証制度のように新たなシステムの構築が必要になる場合や、資格登録制度のように特定の時期に切替えが行われるような場合には、一定のタイミングを把えて実行に移すことも有効な考え方である。
さらに、地方公共団体における入札・契約制度の改革については、全国三三〇〇の地方公共団体を一律に論ずることはできないが、各地方公共団体にあっては、本建議の内容を十分参酌し、自ら率先して実効性の高い対策をとることが期待されている。
今回の改革が制度の抜本的な変更を意味するものであることから、その改革の影響を現時点ですべて見通すことは困難である。したがって、いわば試行錯誤の中から新しい秩序をつくり上げていく覚悟が必要である。このため、本建議の実施状況についての定期的なフォローアップを行い、制度や運用を絶えず見直し、その改善に対し持続的な努力を払うことが重要である。
生活空間の豊かさが求められている今、住宅・社会資本整備に寄せる国民の期待は高く、その担い手としての建設業の役割も大きい。また、地域の経済を支える基幹産業として、さらには、我が国産業全体における重要な雇用の場として、その役割は重い。建設業は、本来「夢を形にする」ダイナミックでロマンにあふれた産業である。いかに現在の試練が厳しくても、これを乗り越えてこそ明るい未来も開けてくる。発注者、受注者、そしてすべての関係者においては、今般の改革が、公共工事に関する行政の見直しや建設業界の構造変革につながるものであるという自覚を持ち、本建議の内容の実現に向けて、強い決意をもって、粘り強くかつ着実に取り組んでいくことが強く求められている。


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