社団法人日本不動産鑑定協会会長あて
記
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民事再生法に係る不動産の鑑定評価上の留意事項について (平成一二年八月一〇日)
I 民事再生法の目的と不動産の鑑定評価
1 民事再生法の目的
民事再生法(以下「法」という。)は、経済的に窮境にある債務者についてその債権者の多数の同意を得、かつ、裁判所の認可を受けた再生計画を定めること等により当該債務者とその債権者との間の民事上の権利関係を適切に調整し、もって、当該債務者の事業又は経済生活の再生を図ることを目的としている。
ここにおける再生手続は、債務者が破産の状態に陥る以前に、一定の要件の下に(破産の原因たる事実の生ずるおそれのあるとき、又は、事業の継続に著しい支障を来すことなく、弁済期にある債務を弁済することができないとき)、法に基づく手続の適用を受け、原則として、債務者による業務執行とその財産の管理権を維持しつつ、その営業又は事業(営利目的又は非営利目的の事業をいい、以下、これらを総称したものを「事業」、営利を目的とした事業を「営業」という。)の再生を図るものである点に特徴がある。なお、ここにおける債務者は、法人であると個人であるとを問わず、法人は、営利法人であると非営利法人であるとを問わない。
多くの場合、倒産法制に係る再建又は清算手続においては、債権の調査と確定及び債務者の財産調査並びに価額評定等を必要とする。法に基づく再生手続においても、原則として、これらを必要としており、その一環としての不動産の価額の評定においては、不動産鑑定士による鑑定評価の活用が予定されている。
2 不動産の鑑定評価が必要な局面
(1) 鑑定評価が必要な局面
再生手続において不動産鑑定士による鑑定評価の活用が予想される局面は、まず、法に規定する裁判所の選任による「評価人」(法第一二四条第三項、第一五〇条第一項)としての評価がある。(注)
1) 再生手続開始後、遅滞なく再生債務者に属する一切の財産を構成するものとしての不動産の価額を評定する場合(法第一二四条第三項。以下「法一二四条三項評価」という。)。この場合は、必要に応じ、「事業を継続するものとして」不動産の価額を評定することを求められることも想定される(最高裁判所規則第三号:民事再生規則第五六条第一項ただし書。以下最高裁判所規則を「規則」といい、この評価を「法一二四条三項・規則五六条一項ただし書評価」という。)。
2) 再生債務者等(管財人が選任されていない場合は再生債務者、選任されている場合は管財人をいう。)の担保権消滅許可申立てに対する担保権者の「財産の価額」決定請求において、不動産の価額を評定する場合(法第一四八から一五〇条。以下「法一五〇条一項評価」という。)。
(注) 法に規定する「評価」とは裁判所の任命する「評価人」の評価であって、必ずしも不動産鑑定士による鑑定評価を意味しない。このため、例えば「農地、採草放牧地」のような不動産の鑑定評価に関する法律第五五条第一号に規定する規制対象外の評価も含まれるが、土地及びその定着物(民法第八六条第一項)全般について、不動産鑑定士が最も高い専門知識を有するものであることから、実務上は、不動産の鑑定評価が活用されることが想定されている。(最高裁判所事務総局民事局監修「条解民事再生規則」(法曹会)規則第七一条・第七九条解説及び注、一三一、一四八頁)
なお、規則第二四条、第二六条及び第二七条において、監督委員、調査委員、管財人及び保全管理人は、必要があるときは、裁判所の許可を得て、鑑定人を選任することができることとされている。この場合において、鑑定人は、直接、裁判所の監督を受けるのではなく、選任を行った監督委員等の監督を受けるとされている(前掲書、規則第二四条解説、五二頁)。
次に、法に具体的な規定はないが、不動産の鑑定評価の活用が予想される局面としては、次の場合がある。
3) 再生債務者等が裁判所へ提出する再生手続開始後における財産目録及び貸借対照表作成のため、その属する財産のうちの不動産の鑑定評価を依頼する場合(法第一二四条第一項)(以下「法一二四条一項評価」という。)。この場合は、必要に応じ、「事業を継続するものとして」不動産の価額を評定することを求められることも想定される(規則第五六条第一項ただし書。以下「規則五六条一項ただし書評価」という。)。
4) 再生債務者等が裁判所に対する担保権消滅許可申立てのため、担保権の目的とされている不動産の鑑定評価を依頼する場合(法一四八条第一項及び第二項・規則第七一条第二号。以下「法一四八条評価」という。)。
5) 担保権者が担保権消滅許可申立書(法第一四八条第二項)記載の価額に異議申立てをなし、裁判所に価額決定の請求をする目的で不動産の鑑定評価を依頼する場合(法第一四九条第一項・規則第七五条第四項。以下「法一四九条一項評価」という。)。
6) 再生手続開始後、再生債務者等が営業の全部又は重要な一部を譲渡する場合における当該営業に属する不動産の鑑定評価を依頼する場合(法第四二条、第四三条第一項。以下「法四二条関連評価」という。)。
7) 再生債務者等又は再生債権者が、法人たる再生債務者の役員の責任に基づく損害賠償請求権の目的として、当該役員の財産のうちの不動産の鑑定評価を依頼する場合(法第一四二条第一項から第三項、一四三条第一項及び第二項。以下「法一四三条関連評価」という)。
上記評価のうち、1)から5)までの鑑定評価(再生債務者の財産価額の評定に係る1)及び3)、並びに担保権消滅許可に係る2)、4)及び5))を以下では「本鑑定評価」という。
(2) 各局面における不動産鑑定士の役割
不動産鑑定士は、以下のように不動産の鑑定評価を通じて、法に係る手続のそれぞれの局面において、重要な役割を果たすものと考えられる。
1) 再生手続開始決定後における法一二四条三項評価、法一二四条三項・規則五六条一項ただし書評価、法一二四条一項評価及び規則五六条一項ただし書評価は、再生手続開始時の再生債務者の財産目録及び貸借対照表作成の基礎資料として、事業の再生又は清算の選択の重要な資料となる。
2) 担保権消滅許可に関連する法一五〇条一項評価、法一四八条評価及び法一四九条一項評価は、担保権消滅許可の可否についての判断資料として再生計画の成否とその内容に関わりを有する。
3) 営業等の譲渡に関連する法四二条関連評価は、当該譲渡決定の可否についての判断資料として再生計画の成否とその内容に関わりを有する。
4) 役員に対する損害賠償請求権に関連する法一四三条関連評価は、利害関係当事者間の各般にわたる分野での利害の調整のための判断資料を提供する。
3 不動産鑑定士の社会的使命と責任
前記二記載の鑑定評価は、法の円滑な運用に寄与するものでなければならず、法が鑑定評価に求めていることは、その趣旨に沿い、再生債務者及び再生債権者等の権利関係の円滑な調整にある。具体的には、窮境にある債務者若しくは債権者より再生手続開始の申立てがあった場合の裁判所による事業の再生手続決定の可否の判断と、再生手続が決定された場合の再生計画の策定等(利害関係の調整)の重要な基礎資料を提供するものである。一般に、再生債務者に属する一切の財産に占める不動産の価額の割合は、不動産が高額な財産であるゆえに高率であることが少なくないため、不動産鑑定士の果たす任務は重い。鑑定評価に当たり、不動産鑑定士は、社会的使命が重大であることを自覚する必要がある。
鑑定評価の依頼者としての再生債務者等又は再生債権者と不動産鑑定業者又は不動産鑑定士との法律関係は有償委任と解される。この場合、不動産鑑定業者及び不動産鑑定士には善管注意義務があり(民法第六四四条)、これに違反した場合は、依頼者に対し債務不履行による責任を負わなければならない。このとき、不動産鑑定業者に所属する不動産鑑定士に責任があるときは、不動産鑑定士は、不動産鑑定業者より求償権行使の対象とされ得る(民法第七一五条第三項)。さらに、不動産鑑定士の責に帰すべき理由によって鑑定評価が適切を欠き、これによって再生債務者又は再生債権者等に損害を及ぼした場合にも、責任を負わなければならない。これは、裁判所の依命による場合であっても、同様である(裁判所の命令による評価は、事務の遂行につきその指示に従うこととなる。)。(注)
(注) これとは別に、不動産鑑定業者及び不動産鑑定士等(不動産鑑定士及び不動産鑑定士補)には「不動産の鑑定評価に関する法律」に基づく信義誠実義務(第三七条)及び守秘義務(第三九条)の履行が求められる。
II 求めるべき価格の種類
1 前提とする市場の性格
(1) 求めるべき価格の性格
再生債務者の財産の価額の評定に係る評価のうち法一二四条一項評価及び担保権消滅許可に係る法一五〇条一項評価において、規則は「財産を処分するものとしての価格」(規則第五六条第一項、第七九条第一項)を求めることとしている。この価格は、再生債務者の財産の価額の評定に係る法一二四条三項評価、担保権消滅許可に係る法一四八条評価及び法一四九条一項評価にも共通するものであり、これらの局面において求める価格は「財産を処分するものとしての価格」となる。
「財産を処分するものとしての価格」とは、これらの局面において、債務者のおかれた状況から債務者が破産した状況を前提に、直ちに不動産を処分し、事業を清算することを想定した価格であり、対象不動産の種類、性格、所在地域の実情に応じ、早期の処分可能性を考慮した市場を前提とする適正な処分価格である。なぜならば、再生債務者は再生計画がなければ破産に到る可能性が大きく、この場合は、直ちに財産を処分し、処分代金を債権者に分配する必要に迫られており、再生債務者の財産価額の評価に際しては、このような状況を反映した鑑定評価を行う必要が求められるためである。
また、規則五六条一項ただし書評価及び法一二四条三項・規則五六条一項ただし書評価においては、「事業を継続するものとしての評定」を行うものとされているが、この場合において求める価格も債務者の置かれた状況から債務者が破産した状況を前提に、ただちに事業を譲渡することを想定した価格であり、上記同様に早期の処分可能性を考慮した適正な処分価格となる。
再生債務者の財産状況の調査及び担保権消滅許可のための鑑定評価は、鑑定評価の目的を異にするものである(注)。しかし、本鑑定評価において求めるべき価格は、すべて、再生債務者の置かれた状況を所与の条件とした早期売却市場において成立する処分価格である点において共通しており、いずれの局面においても鑑定評価において求めるべき価格の種類は同じである。両者には、担保権消滅許可に係る鑑定評価に関しては、当該申請がなされる時点においては、再生手続申立て後の再生債務者の財産状況の調査の時点に比し、再生計画の見通しがやや容易になっている場合があり得ることと、対象不動産確定上の相違がある。
(注) 一般的には、鑑定評価の目的の相違は、鑑定評価額には反映されない個々の事案に固有の事情とともに裁判所が裁量し、再生手続運用上の評価額を決定するものと予想される。このことは、不動産鑑定士による鑑定評価又は評価人による評価の結果は、そのまま、再生手続運用上の数値として採用されるものではなく、その基礎資料を提供するものであることを意味する。
(2) 前提とする市場の性格―早期売却市場
一般に、早期売却市場においては、市場参加者は市場の事情に精通し、取得後、これを転売して利益を得ることを目的とする卸売業者を主体とする。すなわち、この場合において想定する市場は、対象不動産を現状有姿のまま又はそれによってより多くの利益を見込み得るときは、これに開発、改良、改善を施し、最終的には最終需要者に転売して利益を得ることを目的とする不動産業者や投資家が主として買取りを行う市場であって、投資の利潤動機が作用する市場ということができる。当該市場のうち、不動産の種類によってはこれら不動産業者や投資家のほかに最終需要者も多く参入するが、価格形成の主体となるのは、転売目的の下に購入する上記のような需要者である(注)。
(注) 不動産については、目に見える形で開設されている卸売市場は存在しない。しかし、卸売市場に類するものとして、転売による利潤動機に基づいて行動する不動産業者及び投資家を主要な需要者とする「需要と供給の作用する領域」としての市場は存在しており、その一つのやや特異な例としての競売市場においては、近時、最終需要者の参入もみられる。民事再生手続で想定される早期売却市場は、最終需要者をも含む幅広い参入者を前提とした市場である。転売による利潤を購入動機としない最終需要者が存在することにより、不動産業者及び投資家による買取価格は引き上げられる方向に働くことになり、取引事例に係る取引価格に影響を与える。このことは、鑑定評価の手法の適用上は早期売却市場減価、還元利回り、投下資本収益率等の査定に反映されることとなる。
一般的には、同種の不動産が多く存する居住用不動産及び事務所用賃貸不動産については早期売却市場の想定が容易であるが、事業用不動産、特に特殊用途の不動産については、このような市場の存在を想定することは容易ではない。しかし、これらの不動産を必要とする需要者は、全国的に見れば多数存在するゆえに、当該不動産の流動性に基づくリスクを考慮して買取りや転売により利益を得ることを目的とした不動産業者や投資家を想定することは、可能である。すなわち、市場を広域にとることによって(例:工場、流通業務基地等)、市場参入者の層を厚くみることは可能であって、早期売却市場の存在を想定することができる。
2 求めるべき価格の種類
本鑑定評価において求めるべき価格は事業の清算のための早期売却を条件とした不動産の処分価格である。このように、本鑑定評価では、特定の依頼目的及び条件により一般的な市場性を考慮することが適当でない不動産の経済価値を求めることになるから、求めるべき価格は、不動産鑑定評価基準(以下「基準」という。)における「特定価格」として分類されるものと考えられる(注)。
なお、本鑑定評価以外についての求めるべき価格は、法四二条関連評価においては、営業の継続を前提とする処分価格を求めるものであることから特定価格であり(V1注参照)、法一四三条関連評価においては、損害賠償の法理を考慮すべきであることから、正常価格である。
(注) 「不良債権担保不動産の適正評価手続における不動産の鑑定評価に際して特に留意すべき事項について」との比較
本会が平成一〇年九月にとりまとめた「不良債権担保不動産の適正評価手続における不動産の鑑定評価に際して特に留意すべき事項について(その一)及び平成一〇年一一月にとりまとめた同(その二)」(以下それぞれ「留意事項(その一)及び「留意事項(その二)という。)において求めるべき価格も特定価格であるが、以下の点において本留意事項が対象とする鑑定評価と異なる。
1) 留意事項(その一)は、デフォルトした債務者の所有する不動産について、社会的要請に基づき、不良債権の早期処理の目的で任意売却する場合の、合理的な最低価格(不明事項、不動産をめぐる権利関係の錯綜、売主の瑕疵担保責任の負担能力について最悪の事態を想定し、かつ、即時に売却可能であることを前提とした最低の価格)を求めるものである。
2) 留意事項(その二)は、デフォルト状態にはないが、債務の返済には懸念があり、安全性を考慮することが特に要請されている不良債権の担保不動産について、社会的要請に基づき、不良債権の早期処理の目的で、担保不動産を早期に確実に売却する場合の合理的な価格と、債権を売却等する場合の担保としての価格をそれぞれ求めるものである。
不動産を売却する場合については、留意事項(その一)との差は早期売却の必要性の程度の差異が主要をなし、その必要性の程度により同一不動産について種々の段階の評価がありうることとしているほか、不明事項、不動産をめぐる権利関係錯綜及び売主の瑕疵担保責任の負担能力についての取扱いを、同様の観点から「最悪の事態」の想定より軽減している。
担保としての価格は、早期売却の減価ではなく、被担保債権が不良債権であることを踏まえた市場性や価格変動リスク等の担保としての安全性をとくに考慮した価格である。
3) 本鑑定評価において求める「処分価格」の特定価格は、鑑定評価の前提としての再生債務者の事業の状態を留意事項(その一)と同等とみなすものであり、求めるべき価格は、この状態において早期売却市場において任意売却する場合に成立する適正な価格である。これを留意事項(その一)と比較すると、前提とする市場と早期売却の程度においておおむね差異はない。しかし、再生債務者は、なお、事業を継続していることから、鑑定評価に当たって必要な資料の収集が容易であって、不明事項及び不動産をめぐる権利関係の錯綜及び瑕疵担保責任の負担能力については「最悪の事態を想定した最低の価格」を求めるものでない点に著しい差異がある。この点において留意事項(その二)に近いが、実務上は、再生債務者の財産状況の実態によるものの、不明事項と権利関係錯綜等において、さらに条件が緩和される場合が多いものと予想される。
4) 株式会社に適用される会社更生法においても、管財人は、更生手続開始後遅滞なく、手続開始の時における会社に属する一切の財産につき価額を評定しなければならない旨の規定があり、この評定は、会社の事業を継続するものとしてしなければならないこととされている(同法一七七条)。この財産評定は、企業の維持、継続と清算の判断に、また、担保目的物の評価額を明らかにし、利害関係者の公平な権利の分配(権利調整)のために行うものである。「事業の継続を前提とする」評価に関する会社更生法と民事再生法との違いは、前者が比較的規模の大きい株式会社への適用を前提とした「会社営業」の存続を前提とした評価であるのに対し、後者は法人であると個人であるとを問わず、営利法人であると非営利法人であるとを問わず、「事業そのもの」の継続を前提とした評価である点である。また、前者にあっては、別除権は否定され、担保権は、会社の更生を前提とした更生担保権となる。
実際上も、会社更生法の運用においては、倒産の雇用面等の社会的影響に配慮した財産評定がなされるようである。しかし、いずれにおいても、事業継続を前提とする価格と清算価格との比較により、債権者等との権利調整を考慮して、開始決定または計画策定の判断を行うものである点において共通する。
III 一般的留意事項
法に係る鑑定評価全般を通じて特に留意すべき事項は次に掲げる事項である。
1) 現況評価を原則とする。これは、財産を処分することを前提とする場合と、事業の継続を前提とする場合とを問わない。
2) 専門職業家の意見を利用しなければならない場面がある。対象不動産の権利の確定について弁護士に、また、事業継続を前提とする収益還元法の適用に関連して当該事業の財務諸表の内容について公認会計士に、さらに工場財団評価等における機械評価について機械設備の専門家に、それぞれ、意見を徴すべき場合がこれに該当する。
3) 迅速な鑑定評価の作業を必要とする。これは、事業の再生が時間との戦いであって、再生手続の遷延が事業のさらなる劣化をもたらして再生を困難なものとするおそれがあることによるものである。
IV 調査
1 総論
本留意事項が対象とする鑑定評価の資料の収集、整理及び検討は、基準に従い実施されなければならない。すなわち、資料の収集及び整理は、鑑定評価の作業に活用し得るように適切、かつ、合理的な計画に基づき、豊富に秩序正しく誠実に行わなければならず、公正妥当を欠くことがあってはならない。
一方において、本留意事項が対象とする鑑定評価は、次の特性を有し、資料収集面に反映される特性を有する。
1) 事業の劣化を防ぐため、迅速な鑑定評価作業が必要であるため、資料収集は短時間で実施しなければならないこと
2) 対象不動産の範囲及び内容は、原則として、再生債務者等及び再生債権者等の提出資料によるものであること
3) 事業調査、早期売却市場(卸売市場等)の取引事例等の資料収集が必要であること
また、本留意事項が対象とする鑑定評価において、資料を収集し、その内容を整理・検討する場面として、次に掲げる三つが考えられる。
1) 再生債務者等より対象不動産の確定された依頼内容に応じて収集する、確認資料の収集、整理及び検討
2) 一般の鑑定評価と同様、基準に基づく資料の収集、整理及び検討
3) 事業調査等の本鑑定評価固有の資料の収集、整理及び検討
2 資料収集
実地調査は、原則として、再生債務者等よりあらかじめ提出を受けた資料を検討し、必要に応じて補充資料を収集の上、当該再生債権者等の案内により、現地における照合、突合等の方法を用いて実施する。鑑定評価が裁判所の依命によるものでない場合は、当該資料に基づいて作成した鑑定評価書が主として裁判所に提出する目的のものであることを相互に確認することにより、信頼度の高い資料の徴求に努める。
対象不動産の現況及び権利の調査は、原則として、留意事項(その一)「別紙調査統括表」による(注1)。ただし、日程等の格別の事情によりやむを得ない場合は、競売手続における裁判所執行官による「現況調査報告書」の内容を上回る程度のものとする。(注2)
(注1) 調査統括表は調査のチェックリストとして活用する(この点は、次項、市場調査も同じ)。
(注2) 現況調査報告書の内容は、不動産の形状、占有関係、その他の現況(民事執行法第五七条第一項)等よりなる。民事執行規則第二九条には、現況調査報告書に次に掲げる事項を記載することとしている。
一 事件の表示
二 不動産の表示
三 調査日時、場所及び方法
四 調査の目的物が土地であるときは、次に掲げる事項
イ 土地の形状及び現況地目
ロ 占有者の表示及び占有の状況
ハ 占有者が債務者以外の者であるときは、その者の占有の開始時期、権限の有無及び権限の内容の細目についての関係人の陳述又は関係人の提示に係わる文書の要旨及び執行官の意見
ニ 土地に建物が存するときは、その建物の種類、構造、床面積の概略及び所有者の表示
五 調査の目的物が建物であるときは、次に掲げる事項
イ 建物の種類、構造及び床面積の概略
ロ 前号ロ及びハに掲げる事項
ハ 敷地の所有者の表示
ニ 敷地の所有者が債務者以外の者であるときは、債務者の敷地に対する占有の権限の有無及び権限の細目についての関係人の陳述又は関係人の提示に係わる文書の要旨及び執行官の意見
六 (略)
3 市場調査
要因資料の収集及び市場調査は、基準に従い、かつ、原則として、留意事項(その一)「別紙 調査総括表」に基づいて実施する。
この場合、市場調査は、最終需要者の動向に加えて、本鑑定評価において求めるべき価格の種類により想定される早期売却市場における市場参加者、需給状況、価格水準等の調査を行う必要がある。
事例資料については、一般の不動産市場(最終需要者を中心とする市場)における取引事例のほか、不動産業者による買取事例、業者間取引事例や競売における競落事例が有力な資料となる。
4 事業調査
ここにおける事業調査とは、再生債務者の事業の内容、事業の用に供されている財産の状況と財務の内容、収支の状況、事業の現状と将来の見通し等についての調査をいう。
再生債務者の事業を継続するものとしての不動産の鑑定評価においては、事業の見通しについての資料は、原則として、再生債務者等又は事業の譲受を予定する者の提出した資料による。これらの資料には、これまでの再生債務者の事業実績(営業報告書等)のほか、事業の譲受を予定する者の策定した事業計画等が含まれる。この場合は、次のとおり、資料の信頼度をチェックする。
1) 依頼者が監査対象法人であるときは、当該監査法人又は公認会計士の意見を徴する。
2) 法一二四条三項評価、法一二四条三項・規則五六条一項ただし書評価及び法一五〇条一項評価の場合、鑑定評価書は裁判所へ提出されることから、監督委員(一般に、弁護士が選任されると考えられる。)の補助者として公認会計士が選任されているときは(公認会計士が補助者として選任されるケースは比較的多いと考えられる。)、監督委員の了解を得て、当該公認会計士への意見照会を行う。
3) 法四二条関連評価の場合は、営業等の譲渡が再生手続と密接な関係にあること、また、再生債務者が株式会社である場合は、裁判所は営業譲渡につき、株主総会の決議に代わる許可をすることができることとされていることから、監督委員の了解を得て、その補助者たる公認会計士に意見照会を行う。
4) 依頼者が監査対象法人でない場合又は公認会計士が補助者として選任されていない場合は、別途、公認会計士への照会を行う。
なお、次に掲げる資料を収集し、再生債務者等に対するヒアリングによって得た資料とともに、事業計画の妥当性を検証するための資料とする。
(ア) 研究機関、金融機関等による業界事情、産業調査の資料
(イ) 経済誌、業界紙に掲載の業界事情、産業調査の資料
(ウ) 主要企業経営分析(日本銀行)、中小企業経営指標、中小企業原価指標(中小企業庁)、日経経営指標(日本経済新聞社)、TKC経営指標(TKC全国会)等の経営指標
(エ) 各種データベースによる資料
V 本鑑定評価において適用する手法
1 原 則
再生債務者の財産状況の調査に関する価額評定の基準を定めた規則第五六条第一項及び担保権消滅許可に関する財産評価の基準を定めた規則第七九条第一項は、ともに、「財産を処分するものとして」の価額を評定することとし、規則第七九条第二項は、「評価人は、財産が不動産である場合には、その評価をするに際し、当該不動産の所在する場所の環境、その種類、規模、構造に応じ、取引事例比較法、収益還元法、原価法その他の評価の方法を適切に用いなければならない」としている。また、「事業を継続するものとして」の価額の評定については、特に規定はないが、これに準ずべきものと解される。
「財産を処分するものとして」の本鑑定評価は、対象不動産の早期売却市場における適正な処分価格(特定価格)を求めるものである。
この場合は、早期売却市場を前提とした上で、基準に従い、原則として、鑑定評価の三手法を併用し、原価法、取引事例比較法及び収益還元法を適用して、積算価格、比準価格及び収益価格を求め、比準価格と収益価格を関連づけて鑑定評価額を決定する。この決定に当たっては、積算価格による検証を行う。この場合において、資料収集面の制約等によって、一部の手法を適用できないときは、適用可能な手法の試算価格に基づいて鑑定評価額を決定するものとする。ただし、この場合にあっても、できる限り適用を省略した手法の考え方は参酌しなければならない。
「事業を継続するものとして」の本鑑定評価においても、一般に、事業を早期に処分する場合の適正な処分価格を求めることとなると予想される(注)。
この場合は、早期処分を前提とし、収益還元法を適用して求めた収益価格を標準とし、比準価格を比較考量して鑑定評価額を決定する。この決定に当たっては、積算価格による検証を行う。
(注) 不動産鑑定士による鑑定評価額は裁判所による財産の価額評定の基礎資料としての位置付けをなす。このため、早期処分を前提としない「事業を継続するものとして」の鑑定評価を求められることも予想される。この場合、鑑定評価の対象不動産は、事業の拘束下にあり、鑑定評価によって求めるべき価格の種類は、当該拘束の状態を所与の条件とする適正な価格であることから、「依頼目的及び条件により一般的な市場性を考慮することが適当でない不動産の経済価値を適正に表示する価格」(基準第五三(一)三)としての特定価格である。
2 手法適用上の留意事項
(1) 総論
本鑑定評価においては、基本的には、前記の原則に従い、鑑定評価の三手法を適用することが原則である。資料の制約等から三手法の適用が困難である場合には、鑑定評価の手法を適用する局面と対象不動産の種類、資料の信頼度等に応じて実務的な手法として早期売却市場を想定した減価の手法(以下「早期売却市場減価の手法」という。)を適用することができるものとする。この手法は、正常価格を決定した上で、この価格に早期売却市場で成立する価格であることによる減価の修正を行い、対象不動産の試算価格を求める手法であり、基準の三手法の応用的手法として位置付けることができるものである。この場合、減価率を採用する際には、どのような考え方、データに基づき当該数値を採用したかについて明確にすることが求められる。
具体的には、「処分価格」を鑑定評価する場合、事業を継続するものとしての価格及び営業等の譲渡を前提とする価格を鑑定評価する場合は、それぞれ次の方針に拠ることとする。(注)
1) 「処分価格」を鑑定評価する場合は、原則として早期売却市場を前提とした鑑定評価の三手法を適用することとするが、資料収集面の制約等によりこれに拠り難い場合は、早期売却市場減価の手法に基づく試算価格をもって鑑定評価額として決定する。
2) 事業を継続するものとしての価格及び営業等の譲渡を前提とする価格の鑑定評価に当たっては、原則として早期売却市場を前提とした鑑定評価の三手法を適用することとするが、資料収集面の制約等により、これに拠り難い場合は、収益還元法に基づく収益価格を標準とし、早期売却市場減価の手法に基づく試算価格を参考に鑑定評価額を決定する。
以下、手法適用上の留意事項について述べることにする。
(注) 本鑑定評価においては、「処分価格」としての特定価格を求めるときの適用手法は、早期売却市場減価の手法が実務上、資料面の制約等から中心的役割を果たすものと考えられる。これに対して、留意事項(その一)及び留意事項(その二)においては、前提とする市場を同様に早期売却市場としつつも、中心的役割を果たす適用手法をDCF法としている。この相違は、次の理由によるものである。
第一に、本留意事項と留意事項(その一)及び留意事項(その二)の指向する目的の相違に基づく。すなわち、本鑑定評価は民事再生法の円滑な運用に資することを目的とし、依頼目的が「財産を処分するものとしての価額評定」である場合と「事業を継続するものとしての評定」である場合とを明確に区分し、前者にあっては、正常価格に基礎をおく手法としての早期売却減価の手法を、後者にあっては、収益還元法を中心的役割を果たすものとして想定した。留意事項(その一)及び留意事項(その二)にあっては、鑑定評価の立場から金融機関の不良債権問題の早期処理に資する目的をもって、幅広い需要者層を形成するものとして外国人投資家をも視野に入れ、グローバル・スタンダードとしてのDCF法を中心的手法として位置付けたものである。
第二は、対象とする不動産の種類の相違に基づく実務上の要請による。本鑑定評価の対象とすべき不動産は、これまで判明しているデータによれば、製造業に係るものが多数を占め、不動産業及び建設業に係るものは、全体に占める割合は比較的少ないため、DCF法を有効に適用し得るものは少ない。これに対して、留意事項(その一)及び留意事項(その二)において想定している鑑定評価の対象不動産は、DCF法を最も効果的に適用し得る賃貸用不動産を主体とするものである。
(2) 早期売却市場減価の手法
A 総論
本手法は、対象不動産について、一般の不動産市場を前提とする正常価格を求め、この価格に早期売却市場において成立する価格であることによる減価の修正を行い、対象不動産の試算価格を求める手法である(注)。この手法による価格は、早期売却市場における実証性に富む価格としての性格を有する。この場合、対象不動産の正常価格からの減価修正は、一般の不動産市場における価格水準に対する早期売却市場の価格水準の減価率を判定し、これに基づいて判断する。
B 適用手法
早期売却市場減価は、原則として、事例資料に基づいて判断した一般の不動産市場と早期売却市場との価格水準格差により求められた減価率をもとに査定する。
早期売却市場において成立した取引とみなし得る不動産業者の買取事例、業者間取引事例等は、収集可能な事例の量的制約があるため、これらの事例資料に基づく取引事例比較法の適用は容易ではない。よって、広域にわたって収集した類似地域の早期売却市場における事例資料(資料収集上の制約があるときは、必ずしも同一需給圏内の事例であることを要しない。近隣地域との価格水準格差は、ある程度大であっても差し支えない。)に基づいて判定した対象不動産の種類に照応する一般の不動産市場と早期売却市場との価格水準格差率(早期売却市場減価率)による方法が、実務上、適切であると考えられる。したがって、本手法の適用に当たっては、次に掲げる事項に留意する必要がある。
1) 一般の不動産市場と早期売却市場との価格水準の対象不動産の種類に応じた格差率は、市場に参入する不動産業者、投資家等にとって利潤動機の基盤となるものである。
2) このため、早期売却市場の特性を十分に分析しなければならない。すなわち、市場の圏域を広範にとり、市場参加者の属性を調査し、取引事例に加えて、売り希望価格、買い希望価格、成約動向等を調査、検討することによって需給動向を把握することが必要である。
本手法の適用においては、早期売却市場における取引が短期に転売して利益を得ることを目的とした市場参入者を主体とする卸売市場的な性格を実態として有していることから、転売目的の取得採算価格(転売予測価格から転売までの費用と利潤を控除して求める価格)による検証を行うことが、実務上有効であると考えられる。
競売市場は、早期売却市場に準じた市場として考慮することができる。これは、競売市場に参入する需要者の多くが、不動産業者等の競売物件を買い受けることにより利益を得ることを目的とするものであることによる。しかし、競落価額は、競売特有の減価要因があるために、これをもって、直ちに、本留意事項において想定する早期売却市場で成立した価格とみなすことはできない(注1)。
競売市場における競落価額の最低売却価額に対する倍率も「最低売却価額」を基礎とする早期売却市場減価を判断する有力な資料であるが、これらには、競売特有の減価要因が反映されている。よって、競売に係る資料によって、減価率を判定する場合は、競売特有の減価要因を検討し、事情補正を行う必要がある(注2)。
本手法の適用において、売主の瑕疵担保責任能力及び対象不動産に係る権利関係の錯綜等について、特に減価すべき要因があるときは、留意事項(その二)と同様にこれを考慮し、不明事項があるときもリスクに見合う減価を考慮する。
(注1) 近時、競落事例に関する情報収集環境が次第に整ってきた。
例えば、東京地裁民事二一部では、「インフォメーション二一」として、競売物件(落札価額を含む)に関するFAXによる情報サービスを行っている。
また、競落物件の内容、落札価額についての民間刊行物も多く発行されるようになった。
(注2) 昭和六二年七月二四日付、最高裁判所事務総局民事局第一課長より地方裁判所民事首席書記官宛通知された司法研修所において開催された「民事執行事件における不動産の売却」を研究課題とする協議結果「最低売却価額に関する民事実務研究会における協議結果」は、減価額判断の参考として有用である。以下は、その一部の抜粋である。
・最低売却価額は、鑑定評価理論でいう正常価格を基準とすべきものではない。
競売は、競争売買であり、多数の参加者があることにより、その公正も維持されるという関係にある。そうすると、買受人として想定すべき者は、当該物件の最終需要者に限るべきではなく、買い受けたうえで転売するいわゆる不動産業者(卸売業者)も含めなければならない。最低売却価額は、このような卸売業者でも競売に参加できる価格、すなわち、卸売業者が不動産物件を仕入れる場合の価格を参考としなければならない。
・このような卸売の市場価格を参考にするとしても、複数の評価人にその市場価格の評価を依頼すれば、異なる価格が出されるのが自然である。最低売却価額は、そのうちの中間の価格ではなく、「最低」という以上はその最低のラインでなければならない。
・いくつかの庁でこの倍率(本留意事項補足説明:実際に売れたときの売却価額の最低売却価額に対する倍率)を計算した結果によれば、競争売買が実現している庁では、倍率が一・四から一・七である物件の数が多い(以下、略)。
本鑑定評価においては、早期売却市場を前提とし、最低価額ではなく、ここにおいて成立する中間的価格を求めることを目的とする。さらに、価格に関する次に掲げる競売特有の要因のうち、本手法の適用において考慮すべきは、一般に、情報提供期間の制約のみである。
1) 売主である所有者の協力を得られないのが常態であること
2) 競売物件であるが故の心理的抵抗感があること
3) 買受希望者が事前に物件に立ち入って確認できないこと
4) 代金を即納しなければならないこと
5) 物件の引渡しを受けるために法定の手続をとらねばならないことがあること
6) 情報提供期間が短いこと
(3) 収益還元法
A 総論
本手法は、対象不動産から将来得られる純収益(又は純収入)の現価の総和として対象不動産の試算価格を求める手法である。この手法は、早期売却市場減価の手法の適用において、正常価格を求める段階において適用する場合と早期売却市場を前提として収益還元法を適用する場合の二つの場合に用いられ、後者にあっては、早期売却の必要を還元利回り又は割引率の査定において適切に反映させることになる。また、本手法は、事業用不動産及び賃貸用不動産(以下賃貸用不動産を「事業用賃貸不動産」という。)に有効に適用し得るものであるが、以下においては、本鑑定評価の対象不動産として主体を占めると想定される事業用不動産を中心として記述する。
本手法は、一般企業用不動産についての収益還元法の適用手法による。すなわち、事業に基づく純収益より不動産以外の資産に帰属する純収益を控除した残余として求めた不動産に帰属する純収益に基づいて収益価格を求める手法、すなわち、不動産残余法である(DCF法によるときは、キャッシュベースの計算)。この手法の適用に当たっての基本的な考え方は次のとおりである。
1) 事業単位ではなく、不動産単位による。すなわち、事業経営においては、各所に分散した複数の不動産をもって、経営がなされている例が多く見受けられるが、これらの不動産を一括して収益価格を求めるのではなく、個々の不動産を対象不動産として確定し、手法を適用する(注1)。ただし、これらの不動産が比較的近接して所在し、機能的一体性を保持していると認めうる場合は、この限りではない。(注2)
2) 本鑑定評価においては、原則として、事業の継続に基づく純収益から対象不動産に帰属する純収益を求め、これを還元利回りで還元することにより収益価格を求める直接還元法と、各期の純収入を適切な割引率によって現在価値に割り戻し現価の総和としての収益価格を求めるDCF法を、対象不動産の種類、その属する地域要因等に応じて選択し、適用する。事業の継続による収益には、営業収益のほか、賃貸による収益も含まれる。
(注1) 各所に散在する複数事業用不動産について事業の継続を前提とする評価、特に、収益還元法の適用に関しては、二つの考え方がある。一つは、個々の不動産単位をもって対象とし、個別に評価し、それぞれの評価額を積み上げる考え方であり、もう一つは、事業全体を一括し、その純収益又は純収入に基づいて全体としての不動産を一括評価した上で、評価額を積算価格比等によって、個別の不動産単位に割り振るという考え方である。会社更生法に基づく更正手続においては、「会社」が対象とされていることもあって、会社更生法一二四条の二の継続企業価値については、企業全体を一体として評価した後、その範囲内で個々の財産を評価する方法により将来の計画内容、市場価額等を考慮して算定する方法を支持した判例がある(大阪地裁、平成一〇年一月三〇日判決)。複数不動産を一括して求めた収益価格は、個々の不動産の収益価格の合計というよりは、経営の巧拙を反映する立地条件を考慮した多数不動産の組み合わせを反映した収益価格である。すなわち、このような対象に対する手法の適用は、「不動産の継続企業価値」を求めるものであり、「事業評価」「営業(企業)評価」に近づくものである。再生手続において不動産鑑定士がこのような価額の判断を求められた場合は、コンサルタントとして依頼を受けるべきものである。
(注2) 例えば、道路を隔てて存在する量販店と駐車場、又は1km離れて専用岸壁を有する工場用地の如く、機能的に一体であるような不動産がこれに当たる。
B 適用手法
収益還元法は、対象不動産の種類と資料の信頼度等に応じて、直接還元法又はDCF法を適宜、適切に選択し、適用する。
a 直接還元法の概要
直接還元法とは、対象不動産の標準的な単年度(多くは、初年度)の賃貸又は事業運用に基づく純収益を適切な還元利回りで除して試算価格(収益価格)を求める手法である。すなわち、次の算式で表すことができる。
V=NOI/Ro
V :対象不動産の収益価格
NOI:単年度の標準的純収益
Ro:総合還元利回り
総合還元利回り等の適用数値は、一般に、正常価格を求めるときと特定価格を求めるときとでは相違する。
本手法の適用の基本は、本会・平成一一年一一月一六日付「特定目的会社による特定資産の流動化に関する法律(SPC法)に係る不動産鑑定評価上の留意事項について」(以下「SPC法留意事項」という)IV2(1)Acによる。また、特定価格を求めるときの適用数値、減価要因及び不明事項の取扱い等についての考え方は、主として留意事項(その一)・(その二)による。
b DCF法の概要
DCF法とは、対象不動産について将来期待可能な賃貸又は事業運用に基づく純収入を確実性の高い予測期間と確実性の劣る予測期間に区分し、前者については毎期のキャッシュベースでの収入を、後者については直接還元法による収益価格でのキャッシュベースの売却収入を前提として適切な割引率により現在価値に割引き、これによって試算価格(収益価格)を求める手法である。すなわち、次の算式で表すことができる。(注)
V=
![]() (ak/(1+Yo)k)+(R・P/(1+Yo)n)
ak:各期の純収入
Yo:総合割引率(資本収益率)
R・P:復帰価格(Net Resale Price)
n:保有期間
R・P=an+1/RT
an+1:(n+1)年度の純収益
RT:ターミナルレート
本手法の適用の基本は、SPC法留意事項及び留意事項(その一)・(その二)による。
割引率等の適用数値は、一般に、正常価格を求めるときと特定価格を求めるときとでは相違する。DCF法適用における総収入、運営支出、割引率及び還元利回り等についての基本的な考え方は、主として、SPC法留意事項に、特定価格を求めるときの適用数値、減価要因及び不明事項の取扱い等についての考え方は、主として、留意事項(その一)・(その二)による。
(注) 売却収入を求める手法には、このほか、いくつかの方法があるが、ここでは、収益方式の一貫性を保つ考え方に拠った。
C 本鑑定評価における直接還元法及びDCF法の適用
直接還元法及びDCF法の適用に当たっては、対象不動産の有形的利用の状態、権利関係の態様及び錯綜の状況に応じ、必要な前提条件の設定は許容される(後記3参照)。
a 純収益(純収入)の求め方
純収益とは、不動産に帰属する適正な収益をいい、収益目的のために用いられている不動産とこれに関与する資本(不動産に化体されているものを除く。)、労働及び経営(組織)の総収益に対する貢献度に応じた適正な分配分を控除した残余の部分をいう(基準・第7(四)2)。
純収益(キャッシュフローベースでは、純収入。以下同じ。)は、一般企業用不動産にあっては、売上高から売上原価、販売費及び一般管理費並びに正常運転資金の利息相当額その他純収益を求めるために控除することを必要とする額を控除して求める(注)。「その他純収益を求めるために控除することを必要とする額」には、不動産に化体されていない資本の部分に対する配当、資本利子及び経営に帰属する収益としての役員賞与等が含まれる。
(注) 運転資金とは営業に必要な資金であり、通常、「流動資産―流動負債」である運転資本とは区別される。その定義は、各種統計によって一様ではない。以下は、その一例である。
1) 建設省経営審査=受取手形+完成工事未収入金+売掛金+未成工事支出金−(支払手形+工事未払金+買掛金+未成工事受入金)
2) 通産省貿易統計=受取手形+売掛金+棚卸資産+その他流動資産−(支払手形+買掛金+その他の流動負債)
事業用不動産に収益還元法(直接還元法又はDCF法)を適用し、純収益を求めるときは、次に掲げる事項に留意する。
1) 不動産に帰属する純収益(直接還元法の場合)又は純収入(DCF法の場合)は、原則として、現状の業種の経営による事業のもたらす収支に基づき、その内容を検討し、当該事業に基づく純収益(純収入)より不動産以外の資産に帰属する部分を控除した後の残余として求める。この場合、前記IV4「事業調査」による資料を活用し、収支の見通しを検討する。
2) 事業用賃貸不動産である場合を除いて、採用した資料の規範性・信憑性、予測の確実性等の観点から、その信頼性は高くない。現実的には、過去数年にわたる決算報告書等の財務関連諸資料が得られる場合や標準値のデータが得やすい業種に限り可能となる。
3) 事業として複数の業種を経営し、これに係る不動産が各所に分散していることがある。この場合は、一般に、稼動不動産単位での財務諸表は存在しない。当該単位での事業実績も不明であることが多いので、財務諸表、会計帳簿その他の資料に基づき、稼動不動産について、それぞれ、単独のものとみなした事業実績を把握しなければならない。
4) 事業に係る収益の検討のため決算報告書等を見るときは、必要に応じ、公認会計士の意見を徴するものとする。
5) 再生債務者が破産に近い状況となった経緯を検討し、収支予測に反映させる。
b 還元利回り及び割引率の求め方
本鑑定評価において特定価格を求める場合は、還元利回りや割引率の決定に当たって早期売却市場であることを前提とした評価であることを適切に反映させることになるほか、次に掲げる事項に留意する必要がある。
1) 事業のリスクは不動産にも帰せられるため、個別の事業により事業の安定性(リスク)が異なること。
2) 買い主として想定できるのは、同業者がほとんどで、さらに用途の特殊性が強いほど市場が限定される性格を持ち、賃貸用である場合を除いて市場性が劣ること。
3) 市場における不動産の取引利回りのほか、営業利益に対する有形固定資産の比率データを分析して査定する方法も参考となる。このデータには、当該経営主体の過去における財務諸表の分析若しくは経営の将来計画により得られるデータと一般的統計資料に基づくデータがある。
c 土地建物以外の事業用資産の評価
(機械設備、備品等)
企業収益に基づいて、事業用不動産の収益価格を求める場合は、不動産残余法によることから、事業に供せられている不動産以外の機械設備、備品等の評価を要する。これについては、取得時期、取得価格に基づき、取得時点から価格時点までの当該資産の価格変動率を乗じて得た額に取得後の改造、改良、製造会社、性能等を総合的に考慮して求める方法のほか、汎用機械等については、中古市場の形成されているものもあるので、市場データによる方法等がある。しかし、一般的には、機械設備の専門家に委嘱することが望ましい。(注)
これらについては、会社売買、営業譲渡等に当たり、実務界において簿価による売買が行われることもあるので、やむを得ない場合は、適宜、簿価をもって評価額とすることも考えられる。
(のれん等の営業権)
営業収益に基づいて、事業用不動産の収益価格を求める場合は、不動産残余法によることから、一体として事業を形成している「のれん」等の営業権についての評価も必要とする場合がある。一般に、財産権としての営業権の存在は、当該営業の同業種の類似企業を上回る超過収益力に由来する。よって、再生債務者の営業に関しては、営業権の存在を認め得るケースは少ないと考えられるが、例えば、特許、フランチャイズ加盟権等を有償で取得している場合及び優れた販売組織が超過収益力の源泉として認め得る場合等は、これを評価し、評価額を不動産残余法の適用に当たって、控除しなければならない。これらについては、超過収益力に基づく価額決定のほか、原則として、簿価を基準とし、権利利益の内容に基づいて評価する方法が考えられる。なお、必要に応じ、専門家に照会して適正な価額の把握に努めるべきである。(注)
不動産残余法の適用上の控除方法としては純収益・純収入レベルで控除する方法と、価格レベルで控除する方法がある。機械設備、備品、のれん等に帰属する純収益・純収入の把握が困難と考えられる場合は、後者による。
(注) 再生手続開始時の再生債務者等の「一切の財産の価額の評定」(法第一二四条第一項)及び裁判所の依命による(同条第三項)評価においては、その一環として機械設備、営業権等の評価もなされると考えられるので、当該評価額の妥当性を検討のうえ、採用する方法も考えられる。
3 手法適用の前提条件
対象不動産は、再生債務者の事業の用に供されているものとその他の不動産があり、債務者が窮境にあることから、種類、有形的利用の状態及び権利関係において多様なものが含まれる場合を想定し得る。このような場合は、鑑定評価の手法の適用に当たって、前提条件を設定すべき場合が少なくない。この場合の前提条件は、手法適用上の便宜によるものであることから、現況評価の原則と矛盾するものではない。具体的には、次に掲げる前提条件は本鑑定評価において設定可能である。
1) 更地等での建物建設想定、又は容易に建て替えができると判断される場合の建て替え想定
2) 事務所ビルにおいて、自社ビルを賃貸ビルとして、自用部分を賃貸する想定(明け渡し、又は現所有者への賃貸について懸念のない場合)
3) 賃貸用不動産において、現所有者との関係で市場賃料に比し割高の賃料を支払っている借家人についての適正賃料の想定
4) ホテル等の事業用不動産(自用)を賃貸不動産とする想定
5) 店舗ビルを事務所ビルとし、又は事務所ビルやホテルをマンションとすることが容易である場合の用途変更の想定
6) 最悪でも法的整理による強制的手段により解決できることを前提とした将来における権利関係の整序や妨害行為の除去の想定
VI 鑑定評価書
鑑定評価書の記載事項は、不動産の鑑定評価に関する法律第三九条第一項、同施行規則第三五条第一項、かつ、基準第九二における鑑定評価報告書の記載事項に従い、様式は適宜とする。規則七九条第三項は、民事執行規則第三〇条第一項を準用し、裁判所の依命による評価人の評価において提出する「評価書」に記載すべき事項を定めているが(注)、鑑定評価書がその内容において、規則七九条第三項に掲げる事項を網羅していれば、鑑定評価書をもって、「評価書」に代えて提出することができるものと解される(このときは、あらかじめ、裁判所の了解を得ておくべきものと考えられる。)。裁判所より「評価書」の提出を要請されたときは、その指示に従う。
(注) 民事執行規則第三〇条第一項は、評価書の記載事項を次のとおり掲げている。
一 事件の表示
二 不動産の表示
三 不動産の評価額及び評価の年月日
四 不動産の所在する場所の環境の概要
五 評価の目的物が土地であるときは、次に掲げる事項
イ 地積
ロ 都市計画法(昭和四三年法律第一〇〇号)、建築基準法(昭和二五年法律第二〇一号)その他の法令に基づく制限の有無及び内容
ハ 規準した公示価格その他の評価の参考とした事項
六 評価の目的物が建物であるときは、その種類、構造及び床面積並びに残存耐用年数その他の評価の参考とした事項
七 評価額算出の過程
八 その他執行裁判所が定めた事項
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民事再生法に係る不動産の鑑定評価上の留意事項について(各論) (平成一二年八月一四日)
((社)日本不動産鑑定協会)
民事再生法に係る鑑定評価は、「民事再生法に係る不動産鑑定評価上の留意事項について」(以下、「本論」という。)を基本とし、対象不動産の種類と法に基づく鑑定評価を求める局面に応じ、以下に定める運用指針(各論)に拠るものとする。
I 不動産の種類ごとの鑑定評価上の留意事項
民事再生法に係る鑑定評価において対象となる不動産は、事業用不動産、事業用賃貸不動産、居住用不動産及び価格時点において利用に供されていない遊休不動産等である。
1 事業用不動産
事業用不動産は、営利目的の用に供される不動産のみならず、病院、学校等の非営利目的の用に供される不動産を含む。これらのうち営利目的に供される事業用不動産とは、商工業用として、通常、事業設備等の他の生産要素(不動産に化体されているもの以外の資本、労働、経営又は組織)と一体となって収益をあげることを目的とする、自用の建物及びその敷地又は借地権付建物(建物自用)あるいは区分所有建物及びその敷地(建物自用)をいう。基準にいう一般企業用不動産と同義である。
(1) 処分価格の鑑定評価
事業用不動産について処分するものとしての価格を求める場合(法一二四条一項評価・法一二四条三項評価、法一四八条評価、一四九条一項評価、一五〇条一項評価)においては、原則として、「本論V本鑑定評価において適用する手法・一原則」のうち「財産を処分するものとして」の本鑑定評価の手法に拠る。
資料収集面の制約等によってこれに拠り難い場合は、「早期売却市場減価の手法」に基づく試算価格をもって鑑定評価額として決定する。この決定に当たっては、転売目的の取得採算価格による検証を行うことが実務上、有効である(注)。検証においては、一般の不動産市場と早期売却市場の価格水準格差が転売目的で不動産を取得する投資家による裁定取引を誘引し、利潤の源泉となるものであることから当該価格差と投下資本収益率を比較検討し、必要に応じて、手法適用の各段階を再検討する。
なお、本鑑定評価は対象不動産の業種、性格が多様であるうえに、早期売却市場を前提とする特定価格を求めるものであることから、上記手法の適用上、収集可能な資料面の制約も少なくないと予想される。このような場合は、案件に応じ、信頼性の優る手法に基づく試算価格(取得採算価格を含む。)を標準とし、他の試算価格を参考価格として鑑定評価額を決定する。
また、一部の手法について、省略を余儀なくされることも予想されるが、このような場合にあっても、省略した手法については、鑑定評価額の決定に当たって、できる限り、その趣旨を考慮すべきである。
(注) 転売目的の取得採算価格を求める方法
この方法は、適正な利潤を得て最終需要者に転売する目的で不動産を取得する投資家(主として不動産業者)の取得採算価格を転売予測価格から転売にいたるまでの費用と利潤を控除して求める方法であり、「早期売却市場減価の手法」に基づく試算価格の検証手段等として有効である。以下においては、この方法によって求めた価格を「取得採算価格」という。
取得採算価格を求める方法は、次のとおりである。
1) 対象不動産の価格時点における正常価格をまず求め、次いで、転売までに必要な期間を見積もる。
2) 転売予測期間中の価格変動率を予測し、これを正常価格に乗じて転売予測価格とする。この場合、価格変動率は、土地、建物一体のものとして予測する。
3) 取得コスト、保有期間中の対象不動産の生み出す総収入、保有期間中に必要な保有コスト並びに転売コストを査定し、これらと転売収入(転売予測価格)に基づき、取得から転売に到る対象不動産の生み出すキャッシュフローを予測する。
4) 転売までの期間に応じた適切な投下資本収益率を査定する。
5) 対象不動産の生み出すキャッシュフローを投下資本収益率によって、現在価値に割戻し、これを以ってこの手法に基づく試算価格とする。
取得採算価格を求めるに当たって、最有効使用の観点から用途変更、改良、改造を施すことが合理的と判断されるときは、キャッシュフローの査定に当たって、転売予測価格にこれを反映させるとともに、当該コストを考慮する。
転売予測期間は、対象不動産の種類等ごとの流動性に応じて、また、不動産をめぐる権利関係の錯綜があるときは、権利関係整序の難易度に応じて判断する。
ここにおいて想定する投資家のリスクは、保有を目的とした賃貸用不動産等に対する投資に比し、転売目的の事業に伴うリスクとして、価格下落リスク、流動性リスクが大きい。特に、本鑑定評価において対象となる不動産については流動性が低いものも予測され、また地域的な市場限定や用途限定のある事業用不動産については、収益状況が良好である場合を除いて、リスクは大きい。さらに、不明事項、売主の瑕疵担保責任能力、及び権利関係の錯綜については予測転売期間と総合的に考量のうえ、必要に応じリスクとして投下資本収益率等の適用数値に盛り込み、取得採算価格を求める。
(2) 事業の継続を前提とした処分価格の鑑定評価
民事再生法に係る鑑定評価の対象となる不動産は、事業の用に供せられている不動産又は財団若しくは工場抵当法第三条に基づく目録に掲載された機械、器具を含む土地、建物であって、事業そのものではない。よって、対象不動産は、事業用不動産を主体とする。ただし、一体として譲渡を予定している場合等は、一部に非営利事業用不動産を含み、社宅等の住宅、未利用地等の遊休不動産を含むことも考えられる。この場合は、これらについては、継続中の事業を前提とする事業用不動産とは切り離し、個別に、対象不動産の種別、類型を適切に確定し、確定した条件に応ずる手法を適用する(本論V2(3)A注1注2)。
事業の継続を前提とした処分価格を求める場合(法一二四条三項・規則五六条一項ただし書評価、規則五六条一項ただし書評価及び法四二条関連評価)は、原則として、「本論V本鑑定評価において適用する手法・一原則」のうち「事業を継続するものとして」の本鑑定評価の手法に拠る。
資料収集面の制約等によってこれに拠りがたい場合は、収益還元法により求めた収益価格を標準に、「早期売却市場減価の手法」を参考として鑑定評価額を決定する。このとき、「取得採算価格」による検証を行う(注)。
ここにおける収益還元法は、特定価格を求める手法として適用する。このとき、再生債務者又は譲受人の事業計画があるときは、その内容を検討し、手法適用の前提となる営業利益をこれに基づいて査定する。内容の検討に当たっては、安定期における再生債務者の過去の実績、業界動向及び同業他社の状況を踏まえ、その妥当性を検証する。譲受人による事業計画は、経営主体変更後の利益計画を従前の実績に比し、大きく上回るものとして策定されている可能性があるので注意を要する。このときは、その適否の検討を行う。
還元利回り等の適用数値の決定に当たっては、当該事業の業種、業界における地位、業界動向等を考慮する。譲受人の事業能力や資金力は考慮しないが、早期売却の必要を考慮した特定価格を求めるという目的に関しては、その決定は留意事項(その一)・(その二)に準ずる。
(注) 事業用不動産については、一般に、実務上の要請から直接還元法を適用する場合が多いと予想される。事業用不動産は、事業用賃貸不動産を除き、他の生産要素との比較における不動産の収益に対する貢献度は、業種によりまちまちである。ホテルのように一般的に、営業収益に対し、立地や建物等の不動産に関する部分が大きく影響する場合もあるが、不動産以外の要素の影響がかなり大きいものもある。また、不動産以外の生産要素(たとえば経営主体の経営能力や技術力等)が計量困難である結果として、不動産への帰属収益の判定が困難である場合も少なくない。従って、不動産の営業収益に与える度合いが比較的大きく、かつ何らかの便法を用いながらも他の生産要素への帰属収益の配分が可能な場合に、営業収益に基づく収益価格を求めることが可能となる。とくに、DCF法については、これが顕著であって、ホテルのほか、量販店、各種飲食店、パチンコ店、ゴルフ場、ボーリング場、風俗営業店等に適用が限定される傾向がある。
2 事業用賃貸不動産(オフィスビル等)
事業用賃貸不動産とは、事務所、店舗を中心とする商業用途(一部に居住用途が混在しているものも含む)を目的として賃貸されている、貸家及びその敷地又は借地権付建物(建物が賃貸されている場合)あるいは区分所有建物及びその敷地(建物が賃貸されている場合)をいう。
事業用賃貸不動産については、処分するものとしての価格を求める場合(法一二四条一項、法一二四条三項評価、法一四八条評価、法一四九条一項評価、法一五〇条一項評価)と事業の継続を前提とした処分価格を求める場合(法一二四条三項・規則五六条一項ただし書評価、規則五六条一項ただし書評価及び法四二条関連評価)との如何を問わず、原則として、「本論V本鑑定評価において適用する手法・一 原則」のうち「事業を継続するものとして」の本鑑定評価の手法に拠る。
資料収集面の制約等に拠ってこれに拠り難い場合は、収益還元法による収益価格を標準とし、早期売却市場減価に基づく手法による試算価格を比較考量して鑑定評価額を決定する。この決定に当たっては、取得採算価格による検証を行う。
事業用賃貸不動産については、原則として、現況に従い、現状有姿のまま、手法を適用するが、現行賃貸借契約の条件(例:市場賃料より割高)又は現状有姿の状態(例:老朽化)等によっては、必要に応じ、「本論V本鑑定評価において適用する手法・三手法適用の前提条件」において述べた鑑定評価の手法適用上許容される前提条件(以下、「手法適用の前提条件」という。)を適切に設定するものとする(例:適正賃料に補正又は更地化想定)。
なお、本鑑定評価は早期売却市場を前提とした処分価格を求めるものであることから、収集可能な資料面の制約等の事情によって、一部の手法について、適用の省略を余儀なくされることも予想されるが、このような場合にあっても、省略した手法については、鑑定評価額の決定に当たって、できる限りその趣旨を考慮すべきである。
3 居住用不動産
居住用不動産とは、居住の用に供するための、若しくは居住の用に供される自用の建物及びその敷地又は貸家及びその敷地、借地権付建物あるいは区分所有建物及びその敷地で、戸建住宅、アパート、マンション等のことをいう。
居住用不動産について処分するものとしての価格を求めるに当たっては(法一二四条一項評価、法一二四条三項評価、法一四八条評価、法一四九条一項評価、法一五〇条一項評価)、原則として、「早期売却市場減価の手法」に基づく価格を標準として鑑定評価額を決定する。この決定に当たっては、取得採算価格による検証を行う。検証においては、一般の不動産市場と早期売却市場の価格水準格差が転売目的で不動産を取得する投資家による裁定取引を誘引し、利潤の源泉となるものであることから当該価格差と投下資本収益率を比較検討し、必要に応じて、手法適用の各段階を再検討する。
なお、居住用不動産のうち賃貸の用に供することが適切であるものについては、事業用賃貸不動産に準じて鑑定評価を行う。
本鑑定評価は早期売却市場を前提とする特定価格を求めるものであることから、上記手法の適用上、収集可能な資料面の制約があることが予想される。このような場合は、案件に応じ、信頼性の優る手法に基づく試算価格(取得採算価格を含む。)を標準とし、他の試算価格を参考価格として鑑定評価額を決定する。
また、一部の手法について、省略を余儀なくされることも予想されるが、このような場合にあっても、省略した手法については、鑑定評価額の決定に当たって、できる限りその趣旨を考慮すべきである。
4 遊休不動産
遊休不動産は、これを現状有姿のまま、若しくは、開発、改造又は改良し、又は、用途変更をして、事業用、賃貸用、居住用等に使用し得るものについては、適宜、手法適用の前提条件を設定し、これらの分類に応じた手法の適用による鑑定評価を行う。
現状は低、未利用の状態にある不動産等については、留意事項(その一)(その二)に準ずる。
II 手続の局面ごとの鑑定評価上の留意事項
1 再生債務者の財産状況の調査に係る鑑定評価
再生債務者の財産状況の調査に係る鑑定評価は、法一二四条三項評価、法一二四条三項・規則五六条一項ただし書評価、法一二四条一項評価、規則五六条一項ただし書評価が該当する。
(1) 財産状況調査の意義と鑑定評価
法第一二四条は、「再生債務者等は、再生手続き開始後遅滞なく、再生債務者に属する一切の財産につき再生手続き開始の時における価額を評定しなければならない」とし(第一項)、これに基づいて作成した財産目録及び貸借対照表を裁判所へ提出しなければならないとしている(第二項)。
これら再生債務者に属する一切の財産についての報告の目的は、裁判所及び再生債権者等が再生債務者等によって作成された再生計画の決議及び認可の可否を再生計画との比較において検討するための基礎資料とするためのものである。(注)
(注) 裁判所は、再生計画案の決議が再生債権者の一般の利益に反するときは、再生計画の不認可の決定をする(法第一七四条二項四号)。どのような場合が「一般の利益に反するとき」に当たるかについては、再生債権者が再生計画によって取得すべき利益と再生債務者の破産によって再生債権者が受けるべき配当とを比較して、前者が後者よりも不利益な場合はこれに当たることになると解される。従って、再生債務者に属する一切の財産の処分価額を明らかにすることは、裁判所にとっては将来の再生計画の認可又は不認可の判断資料となり、再生債権者にとっては再生計画によって取得すべき最低限の利益を把握して再生手続に臨む方策を検討していく上で極めて重要となる。すなわち、財産状況の調査における「一切の財産の価額の評定」は、再生計画により債権者が満足を受けるであろう効果と債務者が倒産した場合に債権者に分配されるであろう金額との比較を行う資料とされるものであり、一切の財産を構成する不動産の評価を行うに当たっては、債務者が倒産した場合に債権者に分配されるであろう価額を査定する前提の下に評価を行う必要がある。
再生手続開始決定後に行う再生債務者の一切の財産の価額の評定においては、必要がある場合、これと併せて、全部又は一部の財産について「再生債務者等の事業を継続するものとして」、これを実施することができることとされている。法一二四条三項・規則五六条一項ただし書評価及び規則五六条一項ただし書評価がこれに該当する。
事業の継続を前提とする財産価額の評定を要する場合として多く想定されるのは、再生債務者等が事業の譲渡を検討している場合であって、その譲渡価額が個別財産の処分による譲渡価額よりも高額であることを見込み得るときである。このときは、事業の譲渡による方が、債権者は、より高額の弁済を受けることができ、価額評定の意味がある。
(2) 対象不動産の範囲
再生債務者の財産状況の調査に係る鑑定評価の対象とされる不動産は、再生債務者に属する一切の財産のうちの不動産であり、「土地及びその定着物」(民法第八六条第一項)及びこれらに係わる所有権以外の権利を含む。
このため、例えば農地を農地として評価する場合等をも含むものである(注)。
再生債務者等に係る法的関係等の視点からみた鑑定評価の対象とされる不動産の範囲は、次の通りである。
1) 再生債務者に属する一切の財産のうちの不動産である。
2) 破産手続、整理手続、特別清算手続中の再生債務者について、その財産に属する不動産も対象となる。
3) 対象不動産は、原則として、別除権ある不動産(法第五三条第一項)、再生債権の強制執行の目的とされている不動産、再生債務者の財産関係の事件で行政庁に係属しているものの手続の目的とされている不動産を含む。
(注) 「不動産の鑑定評価に関する法律」は、「農地、採草放牧地、森林(これら以外のものとするための取引を除く)の取引価格」の評価を規制の対象外とする。これは、不動産鑑定士がこの分野での業務上の独占を排除されていることを意味しているものの、業務そのものが排除されていることを意味するものではない。工場財団(一般に、全体としての評価額に占める組成物件のうちの不動産の評価額の割合が大きい)評価は、担保目的を中心にこれまで機関鑑定による多くの実績があるが、法律上は、農地等と同様に位置付けられるものである。
(3) 対象不動産の確定
対象不動産の確定は、裁判所の依命事項又は再生債務者等からの依頼の受付に当たっての再生債務者等との打ち合わせによる。この場合において、法一二四条三項評価及び法一二四条三項・規則五六条一項ただし書評価にあっては、その内容が確定されたものとして、裁判所(又は監督委員、調査委員、保全管理人若しくは管財人)より呈示されるものと予想される。法一二四条一項評価及び規則五六条一項ただし書評価にあっては、不動産鑑定士は再生債務者等と打ち合わせのうえ、鑑定評価手続における基本的事項の確定の一環として、対象不動産の確定を行う。この確定に当たっては、次に掲げる事項に留意する。
1) 対象不動産は、原則として、現況に従い確定する(現況評価の原則)。ここにおける現況評価とは、物的現況及び権利面での現況の両面を意味し、権利面での現況とは、用益権が設定されている対象不動産について、当該用益権の存在を所与として鑑定評価の条件を設定すべきことを意味している。
2) 再生債務者が裁判所に提出した再生手続き開始申立書の規則第一四条に基づく添付書面記載の「財産目録」(第四号)及び「再生債務者財産に属する権利で登記又は登録がされたものについての登記簿の謄本又は登録原簿に記載されている事項を証明した書面」(第七号)によって、対象不動産の内容を確認する(注1)。
3) 現況と不動産登記簿の記載内容が一致しない場合、対象不動産と不動産登記簿記載不動産との同一性の確認を行い、現況を以って対象不動産を確定する。この場合は、不動産登記簿の表示と現況の表示を鑑定評価書に対照表示する(注2)。
4) 未登記建物は、建築確認通知書、建築図面、固定資産評価証明等により、現況と照合のうえ、確定する。これらの資料が存在しない場合は、実地調査による概略の内容による確定もやむをえないと考えられる。
5) 対象不動産に係る附加物(民法第三七〇条)は、附加が他人の財産権に属するものであるとき、この部分を除外して対象不動産を確定する。附合物(同法二四二条)及び従物(同法第八七条第二項)は、対象不動産を構成するものとして取り扱う(注3)。
対象不動産に係る担保権は、鑑定評価の考慮外とする。すなわち、担保権は価値権を表すものであり、依頼目的はまさしく価額の評定にあることから、これを考慮外とすることは現況評価の原則と矛盾するものではない。
対象不動産に係る賃借権等の用益権は、原則として、権利の存在を所与の条件として対象不動産を確定する。対象不動産の類型が貸家及びその敷地、借地権、底地又は借家権である場合は、原則として、価格時点における賃貸借契約の内容を所与の条件として確定する。従って、契約期間、賃料及び貸主の借主に対する返還債務としての敷金、保証金(借主の債権)等について、賃貸借契約の内容に照応する鑑定評価を行う。借主が必要費、有益費(民法一九六条)を支出した場合も、賃貸借契約にこれに関する定めがあるとき、これに準ずる(注4)。
なお、対象不動産に係る用益権は、賃借権のみならず、地役権、区分地上権等の物権、一時使用の借地権及び使用借権等多様な権利の存することに留意しなければならない。
(注1) 実務上は、依命若しくは依頼の受付時に、これらの書面を資料として対象不動産を確定することが多いと考えられる。
(注2) 本来は、変更登記等によって、現況と登記面を一致させた後、鑑定評価を実施すべきであるが、本鑑定評価の性格からそのような時間的余裕のないことが多いと考えられる。
(注3) 附加物には、造作(借地借家法第三三条)を含む。近時、建物付属物にはリース物件が使用されていることも少なくない。また、一見、不動産の附加物のごとく見えて独立の動産として扱うべきものも存在する。このため、対象不動産の確定には、注意を要する。
(注4) 敷金、保証金、附加、附合に関して生じた債権債務関係等を所与の条件として、鑑定評価上対象不動産を確定することと、これらが再生債権として取り扱われることとは、別個の問題である。当該取り扱いの如何によっては、依頼内容に応じ、敷金、保証金等に係る債権債務関係を考慮外とし、賃貸用不動産を「自用の建物及びその敷地」として確定する鑑定評価の条件を付すことが必要となる場合もあり得る。この場合は、鑑定評価書に現況評価の例外をなす条件を付した理由を明記しなければならない。不動産鑑定士による鑑定評価額は、裁判所による再生債務者の財産の価額評定の基礎資料を提供するものである所以である。
(4) 価格時点
再生債務者の財産状況の調査における価格時点は、法第一二四条において「再生手続開始の時における価額」と定められていることから、再生手続開始決定時を価格時点とする。
(5) 鑑定評価手法の適用
A 処分価格の鑑定評価
鑑定評価手法の適用については、「本論V本鑑定評価において適用する手法」並びに「I不動産の種類ごとの鑑定評価上の留意事項」による。
B 事業の継続を前提とした処分価格の鑑定評価
事業の継続を前提とする不動産の鑑定評価は、前記、「本論V本鑑定評価において適用する手法」並びに「I不動産の種類ごとの鑑定評価上の留意事項」による。
資料収集面での制約等による事業収支の予測困難又は不動産帰属収益の算定困難等の事情によって、事業の継続を前提とした鑑定評価が不能であるときは、依頼者にその旨説明し、本鑑定評価の依頼を辞退する(注)。
(注) 資料の制約のほか、事業用資産に占める不動産の投資比率が低い場合は、不動産帰属収益の算定に著しい振れ(誤差)を生じる可能性が大きい。
事業の継続を前提とする処分価格を求め得ないときは、再生手続は次のいづれかの方向で進行するものと予想される。
1) 後日、再生計画が策定された段階で、改めて当該計画を前提とした「事業を継続するものとしての」価額評定又は鑑定評価がなされる。
2) 「財産を処分するものとしての」価額評定又は鑑定評価をもって足るものとし、再生手続が進められる。
2 担保権消滅許可に係る鑑定評価
本鑑定評価は、法一五〇条一項評価、法一四八条評価及び法一四九条一項評価の三つの場合がある。
いずれの場合も、鑑定評価の適用手法に変わるところはない。
(1) 担保権消滅許可の意義と鑑定評価
A 意義
法第一四八条以下第一五三条までに規定される担保権消滅許可とは、再生債務者の事業の継続に不可欠な財産の上に設定された一定の担保権(注)を再生債務者が、担保物件の価額に相当する金銭を裁判所に納付することによって当該担保権を消滅させることができる制度である。法においてこの制度が定められている背景には次の事由がある。
すなわち、法の定める再生手続きにおいては、一定の担保権に別除権が与えられ、再生手続きによらないで担保権を行使することができるものとされている。しかし、再生手続外での担保権の実行を何ら制約しないものとすると、再生債務者の事業の継続に欠くことのできない財産についても担保権が実行され、その結果として事業の継続が不可能となる恐れがある。担保権の実行を回避する方法として被担保債権の全額を弁済する方法があるが、被担保債権の額が担保財産の価額を上回っている場合等において担保財産の価額を超えて弁済することは一般債権者等との公平を害し、また再建にも支障をきたす原因となる。従って、法においては担保権消滅許可の制度を設け、再生手続開始当時に再生債務者の事業の継続に不可欠な財産の上に設定された一定の担保権を消滅させることにより、事業の継続に必要な当該財産の確保を図ることを可能としている。
(注) ここでいう一定の担保権とは、再生債務者の財産の上に存する特別の先取特権、質権、抵当権及び商法の規定による留置権である(法第一四八条第一項、第五三条第一項)。このほか、「仮登記担保契約に関する法律」に基づく仮登記担保権も別除権を有する(付則第一八条)。また、非典型担保である譲渡担保、所有権留保、ファイナンスリース等について担保権消滅許可の対象となるか否かについては議論のあるところであり、今後の裁判所の解釈に委ねられている。
B 鑑定評価の特徴
裁判所の決定により価額が定められたとき、その決定は、価額決定の請求をしなかった債権者に対しても効力を有する(法第一五〇条第二項、第四項)。本鑑定評価における法一五〇条一項評価は、その意味において、法的効果に直接係り、他の二つの評価も法的効果に関連を有するものである。
本鑑定評価のうち、とくに法一五〇条一項評価にあっては、担保権者(価額決定の請求をしなかった担保権者を含む)の評価人に対する協力義務が規則により定められている(規則第七〇条)。これは、本評価が関係者間の利害関係調整において重要な役割を果たすことを示したものに他ならず、他の二つの場合の本鑑定評価もこれに準ずるものである。
本鑑定評価にあっては、同一の事案について、裁判所、再生債務者等及び担保権者よりほぼ同時期に不動産鑑定業者又は不動産鑑定士が依命又は依頼を受ける可能性が極めて高いことに留意すべきである。
(2) 対象不動産の範囲
担保権消滅許可との係わりにおいて鑑定評価の対象とされる不動産は、別除権を有する担保権の目的とされている不動産であって、次に掲げる制約がある。制約を受ける主体は再生債務者であり、不動産鑑定士は、直接の係りを有しない。しかし、専門家として、鑑定評価の対象不動産についての条件を理解しておく必要はあると考えられる。
1) 対象となる不動産は、再生債務者の財産権に属するものでなければならない。一般の担保目的の鑑定評価においては、不動産の付属物、附加物であって他人の財産に属するもの、若しくは物上保証の目的とされたものである場合は、担保権の効力の及ぶ限り、これらを鑑定評価の対象不動産の部分に含め、若しくは対象不動産として確定し、鑑定評価の対象とする。しかし、本鑑定評価においては、担保権の効力が及ぶ不動産の部分若しくは担保権の目的とされる不動産であっても、他人の財産権に属するものは、鑑定評価の対象たり得ない。
2) これとは逆に、被担保債務が第三者の債務であるときも、担保権の目的が債務者の財産であるときは、対象となる。
3) 法が別除権を有する担保権としているのは、前記のとおり、特別の先取特権、抵当権等である。
4) 対象となる不動産は、「事業の継続に欠くことのできないもの」(法一四八条第一項)でなければならず、その範囲は、再生手続の目的を達成するうえで、最小限の範囲に限定される。
(3) 対象不動産の確定
対象不動産は、再生債務者等、若しくは裁判所に価格決定請求を行う当事者としての再生債権者が、上記(2)に掲げる制約のもとにおいて決定する。この場合において、法一五〇条一項評価にあっては、その内容が確定されたものとして、裁判所(又は監督委員、調査委員若しくは管財人)より呈示されるものと予想される。法一四八条評価及び法一四九条一項評価にあっては、不動産鑑定士は依頼者と打ち合わせのうえ、鑑定評価手続における基本的事項の確定の一環として、対象不動産の確定を行う。この確定に当たっては、次に掲げる事項に留意する。
1) 対象不動産の付属物、附加物、造作等については、担保権の効力の及ぶものであっても、他人の財産権に属するものは、除外する。
2) 対象不動産は、担保権の実行としての競売が実行された場合を想定し、競売実行後の権利関係を所与の条件として当該権利の内容を確定する。現に存する対象不動産に設定されている第三者の用益権であって、担保権の実行により消滅するものは、これをないものとして権利関係を確定することになる。
3) 土地又は建物の一方が抵当権の目的とされ、競売を想定した場合、法定地上権成立の要件を充足しているときは、土地に地上権が設定されているものとみなして、対象不動産を確定する。すなわち、対象不動産が建物であるときは、「建物の部分鑑定評価」として対象を確定することなく、法定地上権付建物として対象を確定し、土地であるときは、「建付地の部分鑑定評価」として対象を確定することなく、法定地上権の付着した底地として対象を確定する(注)。この場合、地上権は、所在地域の標準的権利の内容を標準とし、地上建物の状況を考慮して当該権利の内容を確定するものとする。
担保の目的に供せられている不動産をめぐっては、抵当権をはじめとする各種担保権のほかに、民法、借地借家法に関連する複雑な権利関係の存する場合があり、鑑定評価の対象不動産の確定(権利の確定)には、判例の調査を要する場合も少なくないことに留意しなければならない。この場合は、必要に応じ、弁護士の意見を徴する。
(注) 評価人の行う財産の評価は、担保権者が把握している担保価値を保証するという見地から、担保権の実行としての競売がされた場合に生ずる権利関係(法定地上権の成否や担保権に対抗できない用益権の消滅等)を前提(評価の条件)として行うことになると考えられることから、担保権の実行がされた場合の法定地上権の成否を確認する必要がある。(法曹会刊、最高裁判所事務総局民事局監修「条解民事再生規則」第七六条解説、一四一ページ)
(4) 価格時点
価格時点は、再生債務者等による担保権消滅許可申し立ての日(法一四八第一項)若しくはこれと著しい隔たりのない範囲内の実査日とする。
(5) 鑑定評価手法の適用
鑑定評価手法の適用については、「本論V本鑑定評価において適用する手法」並びに「I不動産の種類ごとの鑑定評価上の留意事項」による。
3 営業等の譲渡に係る鑑定評価
法四二条関連評価がこれに該当する。これは、再生債務者等が再生手続開始後その営業の全部又は重要な一部を譲渡するときの営業に供せられている不動産の鑑定評価である。
手法の適用及び鑑定評価に当たって留意すべき事項は、本鑑定評価に準じ、「本論V本鑑定評価において適用する手法」並びに「I不動産の種類ごとの鑑定評価上の留意事項」による。
ここにおいて求めるべき価格は、早期売却を条件とすることの可否及びその内容等についての依頼に当たって依頼者の付す条件によって、早期売却市場を前提とする処分価格又はこれを前提としない処分価格となる(注)。
(注) 法四二条関連評価においても、一般的には、早期売却を余儀なくされる場合が多いと予想されるものの、再生債務者の営業の一部門として収益力に勝る部門があり、この部門の買収を希望する企業が多数存在するとき、また、従前の取引関係から当該営業の部門を必要とする企業が他の企業に買収されることを回避するために、早期処分を前提としない対価での買収を予定する等の場合も考えられる。この場合において成立する価格は、特定価格ではあるが、早期の売却を前提とするものではない。
4 損害賠償請求に係る鑑定評価
法一四三条関連評価がこれに該当する。ここにおいては、損害賠償の法理を反映した財産の評価が要請される。よって、鑑定評価において求めるべき価格は、正常価格であり、基準に準拠した鑑定評価を行う。
III 鑑定評価書
本鑑定評価における鑑定評価書記載上、とくに留意すべき事項は、次のとおりである。
1) 再生手続開始決定後の鑑定評価にあっては、対象不動産は、債務者の財産権の及ぶ範囲に限定され、担保権消滅許可に係る鑑定評価にあっては、これに加えて競売による競落後を想定した権利を以って鑑定評価の対象とする。
「鑑定評価の条件」欄においては、対象確定条件を明確に記載し、対象不動産に係わる権利の内容を明示する。
2) 「依頼目的」欄は、民事再生法に係る鑑定評価である旨及び本論I2(1)に掲げる手続の局面ごとの依頼目的を明記する。
3) 事業の継続を前提とする鑑定評価にあっては、鑑定評価は当該事業の業績見通しを基礎とする。業績見通しに関する事項を、その基礎資料の出所ととも「鑑定評価額決定の理由の要旨」欄等に明示する。
4) 依頼目的及び鑑定評価に当たって付された条件に即し、想定する市場の性格との関連を明示して、「鑑定評価額決定の理由の要旨」欄等において「求めるべき価格の種類」としての特定価格の内容について説明する。
5) 正常価格を鑑定評価額としての特定価格に付記する。「鑑定評価額決定の理由の要旨」欄等の適宜の欄に両者の関連を明記する。
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