社団法人日本不動産鑑定協会会長あて
記
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「投資信託及び投資法人に関する法律(投信法)」に係る不動産の鑑定評価上の留意事項について (平成一二年一一月二九日)
((社)日本不動産鑑定協会)
I 投信法の特定資産に係る不動産の鑑定評価の特徴
1 投信法が対象とする特定資産と不動産の鑑定評価の意義
(1) 投信法の目的
「投資信託及び投資法人に関する法律」(昭和二六年法律第一九八号。平成一二年改正、平成一二年五月三一日公布、同年一一月三〇日施行。以下「投信法」という。)は、投資信託又は投資法人(注)を用いて投資者以外の者が投資者の資金を主として有価証券等(不動産を含む。)に対する投資として集合して運用し、その成果を投資者に分配する制度を確立し、これらを用いた資金の運用が適正に行われることを確保するとともに、この制度に基づいて発行される各種の証券の購入者等の保護を図ることにより、投資者による有価証券等に対する投資を容易にし、もって国民経済の健全な発展に資することを目的とする(投信法第一条)。この投信法は、二一世紀を展望した金融サービスに関する基盤整備の一環として、多様な投資商品の提供を促進し、特に不動産市場への資金供給の円滑化を図る目的として改正されたものである。
(注) 投資信託には、委託者指図型投資信託と委託者非指図型投資信託とがある。
委託者指図型投資信託とは、信託財産を委託者の指図に基づいて主として有価証券、不動産等の特定資産に対する投資として運用することを目的とする信託であって、投信法に基づき設定され、かつ、その受益権を分割して複数の者に取得させることを目的とするものをいう(投信法第二条第一項)。
委託者非指図型投資信託とは、一個の信託約款に基づいて、受託者が複数の委託者との間に締結する信託契約により受け入れた金銭を、合同して、委託者の指図に基づかず主として特定資産に対する投資として運用することを目的とする信託であって、投信法に基づき設定されるものをいう(投信法第二条第二項)。
投資法人とは、資産を主として特定資産に対する投資として運用することを目的として、投信法に基づき設立された社団をいう(投信法第二条第一九項)。
(2) 投信法が対象とする特定資産と不動産の鑑定評価の必要性
1) 投信法は、特定資産を主として有価証券、不動産その他の資産で投資を容易にすることが必要であるものとして政令で定めるものと規定している(投信法第二条第一項)。このうち、特定資産が不動産の場合、投信法上、外部の不動産鑑定士による鑑定評価を踏まえた適正な価格調査が必要とされている。さらに、投信法においては明記されていないが、実際上、不動産鑑定士が価格調査の対象として関与し得る資産としては、不動産担保付指名金銭債権及び信託財産を不動産又は不動産担保付指名金銭債権とする信託受益権等がある。
2) 投信法において、特定資産としての不動産について鑑定評価を必要としている理由は、一昨年制定された「特定目的会社による特定資産の流動化に関する法律(SPC法)」(平成一〇年法律第一〇五号)と同様に、価格形成が一般の財と相違する不動産について、投資家保護の観点から客観的な評価を行い得る専門的知識と豊富な経験を有する外部の不動産鑑定士による鑑定評価が必要であるとの考え方に基づいている。
(3) 特定資産としての不動産の特性
特定資産が不動産である場合又は不動産を信託財産とする信託受益権である場合には、それらは投資信託及び投資法人の運営並びに投資家の立場から見ると次の特性を有する。
1) 対象不動産の生み出すキャッシュフロー(投資期間中の純収入(期間収入)と転売時点の売却に伴う収入をいい、以下「キャッシュフロー」という。)を主要な源泉とする利益(償却前)が、投資信託約款又は投資法人規約に従って行われる投資信託又は投資法人の運営の基盤となる。
2) 運用対象となる不動産全体の生み出すキャッシュフローを主要な源泉とする利益(償却前)が、投資家にとっての元本回収及び配当の原資となる。
3) 対象不動産の生み出すキャッシュフローが予測を大きく下回る場合、投資家が損失を蒙り、さらには投資信託又は投資法人の破綻に繋がるような事態も生じ得る。
このように、特定資産が不動産又は不動産を信託財産とする信託受益権である場合は、運用対象となる対象不動産の収益力と投資信託又は投資法人の運用者(投資信託委託業者(委託者指図型投資信託又は投資法人)又は信託会社(委託者非指図型投資信託))による不動産全体の運用の巧拙が投資家の収益に直結することとなる。
このため、特定資産としての不動産(信託財産である場合を含む。)は、一般にその収益力が価格形成面で極めて重要な役割を果たすものであり、収益力が低い不動産は、基本的には特定資産(信託受益権である場合を含む。)となるのは難しいと考えられる。
(4) 投信法における不動産の鑑定評価の位置付け
投信法における不動産の鑑定評価額は、投資家保護の観点のほか、次の諸点で重要な位置付けを持つ。
1) 不動産の鑑定評価額は、運用者や投資対象物件拠出者の意思決定に当たっての重要な指標として活用される。
(注) 投信法においては、「(一部略)特定資産の取得又は譲渡その他総理府令で定める行為が行われたとき(一部略)、当該特定資産の価格その他総理府令で定める事項を調査させなければならない」(投信法第一六条の二、第四九条の一一、第三四条の四)としており、資産の取得、譲渡等の後、価格調査を行うべきこととしている。しかし、実務においては、タイミングが重視される投資の機動性を重視し、鑑定評価が先行する場合が多くなるものと推測される。
2) 投資信託委託業者と投資信託財産間の取引、投資信託委託業者による、その運用の指図を行う投資信託財産相互間の取引、投資法人と投資信託財産間の取引等の利益相反取引の指図等において、(双方の)受益者又は投資主の保護に欠けるおそれが少ないものとして認められる場合(投信法第一五条第一項、投資信託及び投資法人に関する法律施行令(以下「令」という。)第一六条、第一七条、第一八条)に、取引価格の参考として不動産の鑑定評価が利用される。
3) 発行証券の基準価格の算定に当たり、特に上場されていないものについて、特定資産である不動産の鑑定評価額が参考とされる。
4) 発行される投資法人債等のデットファイナンスについて格付機関による格付けがなされる場合に、不動産の鑑定評価書の記載事項が重要な参考資料とされる。
5) 受益証券又は投資証券、投資法人債券の販売等に際し、証券の販売会社による販売価格の決定等における参考資料とされ、また上場時の有価証券届出書の記載事項とされる。
6) 運用期間中の各決算期毎に特定資産の評価額に関する情報開示を行う場合に、鑑定評価が利用される。
(5) 投信法において不動産の鑑定評価が必要とされる局面
1) 投信法において不動産の鑑定評価が義務づけられているのは、運用者が、投資信託又は投資法人について、特定資産として不動産の取得又は譲渡をした際に、不動産鑑定士による鑑定評価を踏まえた価格調査を行う場合(投信法第一六条の二第二項、第四九条の一一、第三四条の四第二項)である。また、この鑑定評価は、前記(4)2)の受益者又は投資主の保護に欠けるおそれが少ないものとして認められる取引を行った場合に受益者等へ交付する書面の内容としても利用される(投信法第二八条第一項、投資信託及び投資法人に関する法律施行規則(以下「規則」という。)第四四条第一項第五号)。
なお、特定資産が不動産の賃借権や地上権である場合には、特定資産の取得又は譲渡をした際に、不動産鑑定士による鑑定評価を踏まえた賃料又は地代の調査も行われる(投信法第一六条の二第二項、第四九条の一一、第三四条の四第二項、規則第三三条第三項第六号、第七号、第五四条第二項)。
(注) 不動産鑑定士による鑑定評価を踏まえた価格調査を行う者は、利害関係のない、当該鑑定評価を行う者以外の、弁護士、公認会計士、不動産鑑定士(特定資産が不動産及び不動産のみを信託する信託の受益権の場合)等である(令第二二条、第四九条、第三四条)。
2) さらに、投信法には規定はないが、次の場合も同様の趣旨から不動産の鑑定評価が求められる局面があると考えられる。
i 運用期間中の各決算期毎に特定資産の適正な価格に関する情報開示として、投資信託委託業者又は信託会社が作成する運用報告書に不動産の評価額が記載される場合(投信法第三三条、第四九条の一一、投資信託財産の貸借対照表、損益及び剰余金計算書、附属明細書並びに運用報告書に関する規則第五八条第一項第八号)。
ii 運用期間中の各決算期毎に特定資産の適正な価格に関する情報開示として、投資法人が作成する資産運用報告書に不動産の評価額が記載される場合(投信法第一二九条第一項第三号、投資法人の貸借対照表、損益計算書、資産運用報告書、金銭の分配に係る計算書及び附属明細書に関する規則第五九条第一項第七号)。
iii 特定資産が不動産であるときに、資産対応証券(投信法に基づいて発行される受益証券、投資証券等をいい、以下「証券」という。)についての公募が行われるとき、有価証券届出書に、投資状況等として投資不動産の価格を記載する場合(特定有価証券の内容等の開示に関する総理府令別紙様式第四号、第四号の二)。
iv 上場されていない証券の買取等を行う場合(投資信託において、受益証券を公正な価額で買い取る場合、投資信託約款の変更を行う場合において当該変更に反対する受益者が当該受益証券を公正な価額で買い取るべき請求を行う場合、投資法人が投資口の払い戻しを行う場合)に、買取価格等の算定に当たり、特定資産である不動産の鑑定評価額が参考とされる場合。
v 特定資産が不動産を信託財産とする信託受益権である場合に、信託設定時や受益証券の取得時等に当該不動産の鑑定評価を行う場合。
vi 特定資産又は受託資産である債権が不動産担保付債権である場合に、当該不動産を対象不動産として、担保不動産の鑑定評価を行う場合。
以下においては、投信法に係る不動産の鑑定評価のうち、不動産を譲渡する場合並びに前記2)iv及びviを除く鑑定評価を「本鑑定評価」という(不動産を譲渡する場合並びに前記2)iv及びviを除く理由については、後記3参照。また、これらについての留意事項については、必要とする限度において記述するにとどめる。)。
2 本鑑定評価に当たっての基本的姿勢等
(1) 不動産市場と証券市場の峻別
1) 不動産を特定資産とする証券の価格は、不動産市場で形成される不動産価格とは別に、専ら証券市場において形成されるものである。すなわち、証券は特定資産としての不動産の価格及び将来収益予測を価格形成の基盤としつつ、小口化、証券化された投資商品として証券会社による引受け、募集及び委託売買がなされるなど、投信法、商法及び証券取引法等に基づく制度の適用を受け、また、これらの諸制度を仕組みとして活用するものである。さらに、証券が投資法人債券等である場合は、必要に応じて、その支払いについての保証、保険の付与、格付会社による格付の取得等の不動産以外の要因も考慮されて証券の価格が決定される。
2) 本鑑定評価は、運用者等又は投資家が自己責任に基づき投資判断を行うための資料を提供する目的を有するものであって、証券市場においてその価格が形成される証券価格の評価にまで立ち入るものではない(注)。
投資家は、不動産鑑定士の鑑定評価に基づく調査価格のほか、投資信託、投資法人等の内容及び投資信託約款、投資法人規約等の開示事項を総合し、証券の適正な投資価値を自ら判断する。したがって、特定資産としての不動産の鑑定評価に当たっては、前記1)のとおり、不動産市場と証券市場とが異なることを明確に認識した上で行う必要があることに留意しなければならない。これは、特定資産が不動産の信託受益権である場合の信託財産としての不動産の場合及び特定資産が指名金銭債権又はその信託受益権である場合のこれらに係る担保不動産等の場合も同様である。
(注) これは、不動産鑑定士が証券評価を行うべきではないということではなく、むしろ特定資産の主要部分が不動産であることを考えれば、不動産鑑定士は証券評価に関するコンサルタントの役割を引き受ける専門的能力を十分有するものであり、その中心となるべきものと考えられる。特に、特定資産の集合体としての運用資産を構成する複数不動産を一括した評価は、専門職業家としての不動産鑑定士がもっとも能力を発揮する分野である。複数不動産の一括評価は運用資産全体の評価のための最も重要な分野をなす。運用資産全体に係る発行証券の市場価格は、基本的には運用資産全体の内容を反映して形成されるが、証券化の仕組みとしての小口化、証券化に加えて、権利利益の内容の異なる数種の証券の発行、格付け、保証等の仕組みの活用等がなされることもあり、さらに証券市場にあっては、将来の値上がり期待、値下がり懸念を過度に反映した価格形成がなされる傾向がある。すなわち、個別不動産の鑑定評価、複数不動産の一括評価(複数不動産への投資はリスク分散がなされることもあり、その評価額は、必ずしも個別不動産の価額の単純な合計額ではない。)、運用資産全体の評価、証券評価は、それぞれ異なるものである。
(2) 本鑑定評価に当たっての基本的姿勢
1) 投信法に基づく不動産の証券化は、投資家保護を前提として行われる仕組みであるが、その中で、
i 投資家には、投資信託約款(投信法第二五条、第二六条、第四九条の四)又は投資法人規約(投信法第六七条、商法第一六六条第四項)、受益証券記載事項(投信法第五条、第四九条の五)又は投資口申込証記載事項(投信法第七一条第二項)、投資法人債申込証記載事項(投信法第一三九条の四第二項)、目論見書(投信法第二六条第二項他)等についての情報開示が、不動産の調査価格と併せてなされ、
ii 投資家は前記iの情報に基づく自らの投資信託又は投資法人に対する評価に基づき、その発行証券の投資価値を判断する、
こととなる。
このように不動産の調査価格について情報開示を行う投信法の立法趣旨は、特定資産の過大な評価を排除し、投資用不動産としての投資採算価値を適正な価格として投資家に開示することにあり、これを不動産の鑑定評価により行うこととしたものと考えられる。
2) 本鑑定評価に当たっては、対象不動産が投資信託、投資法人を通じた投資の目的とされるという性格から、求める価格は、賃貸用不動産(貸家及びその敷地)を中心とする収益用不動産の収益価格に基づいた、いわば投資採算価値を求めることとなることに十分に留意する必要がある。なお、この投資採算価値は、様々な投資基準を持つ個別の投資家を前提として求めるものではなく、個別不動産に投資する標準的投資家を前提とするものである。
3) 投信法により証券化される不動産は、単独の不動産としてとともに、複数の不動産の組み合わせとして、投資信託や投資法人に組み込まれることも多い。この複数の不動産の組み合わせの如何により発行される証券の価値も異なることとなる。しかし、組み合わされた複数の不動産を前提とする評価は、投信法に係る鑑定評価では証券の価値の判断との区分が不明確であり、本鑑定評価として行うのは、あくまでも個別の不動産としての投資採算価値を求めるものとする。
以上のことを踏まえ、本鑑定評価に当たっての基本的姿勢としては、
i 対象不動産が有している収益力を価格に的確に反映させることを基本とし、
ii 詳細な調査に基づく確実なデータを前提とした合理的なものとすることが必要不可欠であるとともに、
iii 調査によって判明しない部分についてはリスクとして評価し、
対象不動産が有する個別の収益力を的確に反映した適正な投資採算価値を表わす価格を求めて鑑定評価するものである。
3 求める価格の種類
(1) 本鑑定評価において求める価格の種類
本鑑定評価の対象不動産は、投信法に基づくそれぞれの制度に応じた条件(具体的内容については、IV2(1)A参照)を所与の条件とする投資用不動産である(注)。本鑑定評価は、前記のとおり、対象不動産について、制度に応じた条件を所与の条件とする投資用不動産としての適正な投資採算価値を表わす価格(以下「投資採算価格」という。)を求めることが適当であり、ここにおいて求める価格の種類は、次の理由から、不動産鑑定評価基準(以下「基準」という。)における特定価格となると考えられる。
基準によれば、特定価格とは、「不動産の性格により一般的に取引の対象にならない不動産又は依頼目的及び条件により一般的な市場性を考慮することが適当でない不動産の経済価値を適正に表示する価格」とされているが、本鑑定評価において求める特定価格の性格は、この後者に相当するものである。
すなわち、本鑑定評価は、
i 投信法は、投資家保護の観点から鑑定評価を求めており、投信法に係る鑑定評価は、投信法に基づく不動産の証券を購入することを通じて不動産の生み出すキャッシュフローから利益を得ようとする投資家にとって、開示される情報として有用なものでなければならないこと(前記2(2)1)参照)、
ii したがって、取得等の場合の鑑定評価は、投信法上の各制度による制度に応じた条件を所与として、対象不動産が生み出すと予測されるキャッシュフローに基づく不動産の投資採算価格を求めることが適切であること、
iii 前記の観点から、適用する評価手法としては、原則として不動産が生み出すキャッシュフロー、すなわち、投資期間中の純収入(期間収入)と転売時点の売却に伴う収入を正確かつ明瞭に分別把握して評価する評価手法であるDCF(ディスカウンティド・キャッシュフロー)法を基本として評価すること(取引事例比較法や原価法はその検証手段となる(後記IV1参照)。)、
等の特性をもつものである。
(注) 個別の不動産は、投資信託又は投資法人という「箱」の中に組み込まれることによって、制度による程度の差異はあるものの、運用者及び管理会社の信用力及び運用の巧拙等による何らかの収益力への影響を受けることとなる。
(2) 本鑑定評価の各局面における検討
次に、本鑑定評価が必要とされる各局面について詳細に検討する。
1) 特定資産の取得時:投資信託、投資法人が当該資産を取得する場合において、本鑑定評価により求める価格は、前記した本鑑定評価の特性から、投資採算価格であるべきものと考えられる。
(注) 契約自由の原則のもと、投資信託、投資法人が実際に取得する価格は、鑑定評価額に拘束されず、取引当事者間の合意により定まるので、必ずしも鑑定評価額とは一致しない。しかし、鑑定評価は、投資家に対する情報開示項目としての調査価格の基礎資料を提供するという意味において制度の重要な役割を担うものである。また、適正な市場価格としては、正常価格が鑑定評価書に付記される。
2) 保有期間中の時価開示時:証券化後は、受益証券、投資証券等は、不動産市場とは別の市場原理により価格が決定される証券市場で取引されるが、特定資産としての不動産の収益力と将来についての期待は、証券の価格形成に著しい影響力を持つものである。したがって、投資期間中の投資判断の材料としての情報を提供する役割を持つ本鑑定評価は、投資採算価格として鑑定評価するのが適当である。また、適正な市場価格としては、正常価格が鑑定評価書に付記される。
なお、帳簿上の価額は、現在の公正妥当な会計基準により、取得原価主義に拠ることとされている。
(3) 特定資産の譲渡時において求める価格
特定資産の譲渡時の鑑定評価は、一般的な不動産市場での売却可能価格を判断するためのものであるので、一般的な不動産市場において成立するであろう適正な価格、すなわち正常価格の鑑定評価を行うことが適当である。
投資信託の終了期限が迫ることによる売り急ぎ要因も考えられるが、計画的な売却を行えば買主側にも競争が生じるので、一般的にはこのような事態は回避できると考えられる。また、通常の取引においても決算期までに売却するという事例もよくみられるが、計画的に行われている場合は正常取引として行われている。
投資法人等の解散に伴う場合は、売却後瑕疵担保責任の追及ができない場合が多いという買主のリスクも考えられるが、この場合の減価は正常価格の範囲内で加味して評価することが可能である。
(4) 受益証券等の買取価格等の算定資料として求める価格
受益証券等の買取価格等の算定根拠として保有期間中の特定資産である不動産の鑑定評価を行う場合には、実際に対象不動産の譲渡も考えられること、及び買取等の申出者とそれ以外の証券保有者との公平性を担保するため、一般的な不動産市場での売却可能価格(正常価格)とすべきである。
(5) 特定資産が債権又はこれを信託財産とする信託受益権である場合の担保不動産の価格
一般の債権の元利払いの原資は、債務者の資力であり、それは担保不動産の生み出すキャッシュフローに限定されるものではない。したがって、一般の担保不動産の鑑定評価に準じ、原則として正常価格の鑑定評価を行うこととなる。なお、被担保債権が対象不動産から生ずる収入のみを返済原資とするノンリコースローンのような場合は、一般の担保評価と異なり、貸付債権の投資採算価格として本鑑定評価に準じた特定価格とするのが適当と考えられる。
4 不動産鑑定士の責任
(1) 情報開示と投資家保護
前記の投信法における情報開示の諸規定は、同法に基づいて発行される証券に対する投資を容易にするための、投資家保護の諸制度の重要な一環をなす。これによって、投資家は自らの投資行動についてのリスクを負担する。情報開示は、投資家保護の反面において投資家へのリスクの移転を意味するものである。
しかし、情報の開示が不動産鑑定士の不当な鑑定評価により適正さを欠く場合は、そのリスクは、最終的に不動産鑑定士に移転することとなるので、投信法に係る不動産の鑑定評価に当たって、まず、このことを十分に認識する必要がある。
また、鑑定評価書自体が証券購入者等に対して開示される可能性もあることに、十分留意する必要がある。
(2) 投信法に係る不動産の鑑定評価に当たっての社会的責任
不動産鑑定士は、不動産の鑑定評価に関する法律(昭和三八年法律第一五二号)に基づき、その業務に従事するに当たり、良心に従い、誠実に不動産の鑑定評価を行うとともに、その信用を傷つけるような行為をしてはならない(同法第三七条)。
投信法に係る不動産の鑑定評価の意義は、前記のように鑑定評価に基づく調査価格を開示することにより、投資信託又は投資法人の業務の適正な運営を確保し、発行される各種の証券の購入者、すなわち、投資家の保護に資することにある。ここにおける投資家は、不特定多数より成り、かつ、必ずしも不動産市場に精通した者ばかりではなく、また、特定資産の投資期間も少なくとも数年以上の比較的長期に及ぶものである。
このため、投信法に係る不動産の鑑定評価が適正を欠く場合は、投資信託又は投資法人の運営の健全性を害し、資本の充実を損ね、これにより不特定多数の投資家に多大の損害を与えるおそれがあることに留意する必要がある。
(3) 法的責任
A 依頼者に対する責任
不動産鑑定士の責任は、専ら不動産の鑑定評価に関するものに限定される。このため、例えば証券そのものの発行に係る事項や投資信託又は投資法人の運営に係る事項等については責任を負うことはない。
不動産の鑑定評価においては、依頼者と不動産鑑定業者又は不動産鑑定士との法律関係は有償委任と解される。この場合、不動産鑑定業者又は不動産鑑定士には善管注意義務があり(民法第六四四条)、これに違反したことにより依頼者に損害を与えた場合は依頼者に対し債務不履行による責任を負わなければならない。さらに不動産鑑定業者に所属する不動産鑑定士に責任があるときは、不動産鑑定士は不動産鑑定業者より求償権行使の対象とされ得る(民法第七一五条第三項)。
不動産担保付指名金銭債権若しくは不動産又は不動産担保付指名金銭債権を信託財産とする信託受益権の評価において、不動産鑑定士と弁護士又は公認会計士等が共同して業務を受任したときは、依頼者に対し連帯して責任を負う。ただし、受任者相互間の関係においては、不動産鑑定業者と不動産鑑定士に債務不履行が無いときは、不動産鑑定業者及び不動産鑑定士が責任を負うことはない。
B 証券取引法等に関する責任
受益証券又は投資証券等が上場又は公募される場合に、有価証券届出書等に投資不動産の価格が鑑定評価額により記載された場合において、鑑定評価書の内容が故意又は過失により適正さを欠く場合には、通常の責任に加え、証券取引法等上の責任が問われることもあり得る。
II 一般的留意事項
1 依頼受付時の留意事項
投信法に係る不動産の鑑定評価は、その影響が広汎に及ぶため、当該依頼の受付に際し、依頼者及び対象不動産について、特に次の諸点に留意する必要がある。
(1) 依頼者についての留意事項
投信法に係る不動産の鑑定評価は、投資信託又は投資法人が不特定多数の投資家から資金を集め、特定資産に運用する、証券による不動産投資の仕組みの一環をなすので、まず投資信託委託業者や信託会社、設立企画人等の信用と企画力が重要な役割を果たすことに留意しなければならない。例えば、資金のみを集めて投資を行わない事態等の不測の事態に巻き込まれるようなことも有り得るからである。依頼者等の信用等の調査方法としては、次のような方法がある。
1) 投資信託委託業者は、投資信託委託業又は投資法人資産運用業を営むにあたり、金融再生委員会の認可を受けなければならず(投信法第六条)、本店、支店その他の営業所ごとに定められた標識を掲示しなければならないとされている(投信法第一一条)。また、投資法人は、登記され(投信法第一六五条、第一六六条)、金融再生委員会の投資法人登録簿に登録される(投信法第一八七条、第一八九条)。さらに信託会社については、株式会社であり金融再生委員会の免許又は認可を受けねばならない等の規制がある(信託業法第一条第一項、第二条、金融機関の信託業務の兼営等に関する法律第一条第一項)。
2) 明らかに投資不適格な不動産や担保としての適格性を欠く不動産の鑑定評価の依頼を受けた場合は、当該依頼者の信用を疑うに足る理由があると考えられる。
3) 依頼時に、実現性や合法性を欠く「想定上の条件」を付すことや何らかの推定価格を前提とした評価額を要請するなど、良識を欠く依頼者は、信用を疑うに足る理由があると考えられる。
(2) 対象不動産についての留意事項(投資適格性)
特定資産としての不動産等は、運用者の運用資産全体の運用方針により個々の不動産の投資適格性が判断され、選択されるので、不動産鑑定士は、対象不動産の投資適格性を直接的に判断する立場にはないが、明らかに投資不適格であると判断される対象不動産の鑑定評価の依頼に応ずることは、投信法に基づく資産運用制度の本旨に反するので、その依頼は謝絶すべきである。
特定資産としての不動産の投資適格性の要件は、まず担保適格性と共通する、次の1)から3)の三つの基本的な原則が考えられる。さらに、担保評価では元本の回収可能性が重視されるが、投資適格性の判断に当たっては元本の回収だけでなく、投資に対する収益(インカムゲイン及びキャピタルゲイン(開発利益を含む))が確保できるかが重要である。
1) 安全性:投資期間は数年又はそれ以上の長期に及ぶことが多いので、対象不動産は、所有権等の権原に関し、あるいは維持・管理面からみて長期的な安全性を有するものでなければならない。
2) 流動性:特定資産としての不動産は、換価処分可能なものでなければならず、また、担保不動産は、担保期間中いつでも換価処分が容易にできる可能性を持ったものでなければならない。
3) 確実性:対象不動産は、将来長期にわたって価格や収益が確実性を持ったものでなければならない。
(注) 投資信託や投資法人の投資対象となる不動産は、それぞれの運用資産全体の運用方針に基づき、あるいは他の不動産等との組み合わせによるリスク分散等により、ハイリスクのものも含まれると考えられる。投資適格性の判断に当たってはこの点に注意が必要があるが、不動産鑑定士は不動産の専門家として投資家保護の観点から個別の不動産の投資適格性の判断を行う必要がある。(運用者は投資家ではない。)
2 本鑑定評価の条件
本鑑定評価の条件は、次のとおりとする。
1) 本鑑定評価は、投資家保護を目的としているため安易な鑑定評価の条件を付することは許されず、原則として現況に基づく条件の設定により鑑定評価を行うものとする。現況に基づく条件とは、物理的な現況及び現況の用益権の存在を所与とした条件をいい、担保権の存在等は不動産の価値自体に対する影響はないものと考える。なお、開発計画のある不動産については、現況評価の例外としての条件の設定が必要な場合も生じ得る(注)。この場合の条件の設定は、慎重に行わなければならない。
(注) 開発計画のある不動産の場合は、その実現性に十分留意した上で、開発計画に即した評価を行う。
2) 本鑑定評価は投資採算価格を求めるものであり、投資採算価格を求めるためには、不動産投資において一般的に資金調達として借入金と自己資本が併用されることを考慮し、借入金償還余裕率(DSCR)の活用により各期の借入金返済余力を確保する方法は不可欠である。したがって、DCF法の適用においては、このような手法を採用するものとする(DSCRの基準及び借入条件については、当分の間、投信法の本旨及びこれまでの一般の不動産投資の状況に基づいて設定した「標準性ガイドライン」(末尾参考1参照)に基づき設定する。)。
(注) 投資信託の場合は、発行される証券は優劣区分のない受益証券であるが、借入を行うことは認められている。
なお、当初より転売までの期間収入が期待されていない開発型の不動産については、この間についてのDSCRチェックは行わない。
3) さらに本鑑定評価は、投信法に基づく制度に応じた条件を所与として行うものとする。制度に応じた条件の内容については、後記IV2(1)Ab参照。
4) 委託者指図型投資信託約款、委託者非指図型投資信託約款又は投資法人規約のうち、対象不動産の運用に係る内容については、その内容を検討し、それが本鑑定評価上適切であると判断される事項については、当該事項を考慮した条件を所与とし、鑑定評価書にその旨を記載する。
3 不明事項
投信法に係る不動産の鑑定評価に当たっては、後記IIIのとおり、その対象となる不動産に関して広範かつ詳細な調査を行う必要があるが、不良債権担保不動産と異なり、所有者等の協力が得やすいと考えられるので、重要な部分での不明事項は少ないと考えられる。なお、従前の修繕経緯等不明な事項については、その具体的内容を明確にして、調査し得た範囲から想定される標準的な内容を条件として鑑定評価を行う。ただし、この場合は不明事項について想定したことをリスクとして把握して、割引率や還元利回り等に加算する等により評価に反映させる必要がある。
4 価格時点
投信法に係る不動産の鑑定評価における価格時点の設定は、原則として不動産の取得又は譲渡の(予定)日、特定資産の評価基準日等の鑑定評価が求められる時点とする。実査日は、不動産の変動状況を考慮し、価格時点以降一ケ月以内とすることが望ましい。
III 調査
1 総論
投信法に係る不動産の鑑定評価では、対象不動産に関して物理的側面、法律的側面、経済的側面、環境的側面等について広範かつ詳細な調査を行って、その結果を不動産の鑑定評価に適切に反映させる必要がある。したがって、調査の範囲は、当協会でまとめた「不良債権担保不動産の適正評価手続における不動産の鑑定評価に際して特に留意すべき事項について」(平成一〇年九月、以下「適正評価手続留意事項」という。)と少なくとも同程度のものを必要とする。
2 市場調査
投資家は常に他の代替投資物件と比較を行い、市場データと自己の投資判断基準に基づいて投資判断を行う。このような投資家に対する情報開示の役目を負っている投信法に係る不動産の鑑定評価においては、特に十分な市場調査とその分析に基づいた価格を求める必要がある。
3 収支に関する調査
投信法に係る不動産の鑑定評価における各種調査において特に重要となるのは、対象不動産の収支に関する調査である。この場合、賃借人の属性についての調査も重要であり、適正評価手続留意事項と同等のものが必要となる。
例えば、所有者等の協力が得られない場合には、不明な事項を想定しながらリスクとして評価せざるを得ないので、そのリスク部分を割引率や還元利回り等に加算して評価することになり、対象不動産の評価が低くならざるを得ないことを所有者等に説明し協力を得る必要がある。
一般に、投資家は資産の収益性に着目して投資行動をとるため、不動産の鑑定評価上も対象不動産の将来の収支予測、特にキャッシュフロー分析をいかに確実に行うかが重要となる。その予測に当たっては、前記2のように市場データを多数分析する必要がある。調査に当たっては、個別の不動産の特性に応じて最も妥当と判断される方法を採用することが望ましい。また、対象不動産の収支に関する留意事項については後記IV2(1)Bbを参照のこと。
IV 不動産鑑定評価上の留意事項
1 基本的方針
本鑑定評価の対象不動産は、保有期間後の転売収入を含むキャッシュフローを生み出す投資用不動産(取得予定のものも含む。)であって、ここでは、対象不動産として多くを占めると考えられる賃貸不動産(貸家及びその敷地)等の収益用不動産を中心として述べることとする。
本鑑定評価は、前記のように投資採算価格を求めるものであるので、投資家の立場から求める収益価格に基づいて鑑定評価額を決定する。
この収益価格の信頼性を高めるためにはDCF法の適用が不可欠である。なぜなら、不動産への投資家又はそれを化体した証券への投資家は、不動産が生み出すキャッシュフロー、すなわち投資期間中の収入(期間収入)と転売時点の収入が最大の関心事であり、両収入を正確かつ明瞭に分別把握して評価する評価手法、つまりDCF法を本鑑定評価の中心的手法として採用することが適当であるからである。
しかし、収益還元法で適用する手法としては、現状の日本における不動産取引の実態及び収集できる資料や予測要素等からみて、DCF法に加えて直接還元法も採用して、DCF法による価格を検証する。さらに、市場性や収益価格の妥当性の検証等のために比準価格、積算価格も求める必要がある。
また、エンジニアリング・レポートや契約関係の調査報告書等の他の専門家による調査報告の内容を判断し、原則としてこれらを尊重して鑑定評価を行う必要がある。
2 収益用不動産(賃貸不動産等)
(1) 収益還元法
A 総論
a 手法の適用方針
本鑑定評価に当たっては、投信法に基づく制度に応じた条件を所与とするDCF法の適用を基本とし、転売予測価格を求める手法は直接還元法によることを原則とする。
不動産への投資は、借入金等を併用して、優劣区分のある資金により行われることが一般的であることから、不動産の投資採算価値を求める本鑑定評価においても、投資信託、投資法人ともに借入金併用を前提とした評価を行うこととする。
不動産投資における借入金は、鑑定評価上はノンリコースローンとして扱うべきものであるので、その返済リスクのチェックとして、また投資法人等の運営の安全性を確認するために、DSCRを用いる必要がある。
さらに、DCF法によって求めた収益価格を検証するために、直接還元法を適用した収益価格を求める。
b 前提条件としての制度に応じた条件
DCF法の適用に当たっての制度に応じた条件としては、具体的には、次に掲げる事項が該当する。
1) 制度の別(投信法第二条):委託者指図型投資信託、委託者非指図型投資信託又は投資法人の制度による投資と不動産への直接投資との相違、さらにそれぞれの制度の別により運営支出等が相違する。
2) 特定資産の別(投信法第二条):特定資産が不動産であるか、不動産を信託財産とする信託受益権であるか等により取得等に係る税制上の取扱いや運営支出等が相違する。
3) 対象不動産の管理会社等:対象不動産に係る管理会社及び運用者の信用度及び管理の質等が賃料や管理費等についての所与の条件(要因)となる。
4) 運用者による資産運用:投信法に基づく各制度における不動産運用は、投信法に規定する能力等の要件を満たす運用者によって行われる。
前記3)、4)は、DCF法の適用上、各種利回り等の査定におけるリスクの程度を計るときに考慮する。
以下の事項については、制度に応じた条件とせず、DCF法の適用に当たっては一般の不動産投資と同様とする。
1) 資産保有期間(投資期間):運用者が計画している投資期間は、運用資産全体の運用の中で考えられているので、個別不動産を対象とする本鑑定評価での条件とはしない。また、投資信託では信託契約期間の制約も考えられるが、DCF法適用上の保有期間(転売時点までの各年度のキャッシュフローを査定する期間)は、運用者が計画している投資期間の如何にかかわらず、保有期間中各期の現在価値の総和部分と復帰価格に基づく価値部分との比率を考慮しながら予測可能範囲内で査定する。
2) 借入制限:投資信託約款(投信法第二五条第一項第一三号、第四九条の四第二項第一四号)又は投資法人規約(投信法第六七条第一項第一六号)において、借入限度額等の規定がなされるが、通常、SPC法に基づく特定目的会社のような、一時的かつ大量の空室の発生や不測の建物損傷等が生じた場合への対応が困難となるような厳しい規制ではないと考えられる。
c 直接還元法とその適用方法
直接還元法(Direct Capitalization Method)としては、対象不動産の標準的な単年度(多くは初年度)の収益を適切な還元利回りで除する手法が一般的である。この還元利回りの主な査定方法としては、対象不動産と類似の不動産の取引事例等の取引利回りから求める手法(以下「取引利回り法」という。)がある。
取引利回り法により求められた還元利回りには投資家等の投資判断が集約されているので、この利回りに基づく直接還元法は、不動産市場の状況(価格時点における予測の精度)によってはDCF法より信頼性があることもある。ただし、単純な形で類似不動産の取引利回り等を採用しているため、利回り等についての、いわば取引事例比較法ともいえるので、投資採算を適切に表わしているか否かに十分留意する必要がある。また、採用する取引事例の種別、類型、所在地域等の類似性や利回り等、採用する収入の種別(粗収入、純収入等)に応じた比準に当たっての妥当性にも留意する必要がある(後記Bf参照)。さらに、投資法人の場合は、後記のように、借入金返済リスクを考慮するので、対象不動産の適切な借入比率と借入金の元利均等償還率を査定し(「標準性ガイドライン」(参考1参照))、これにより査定した還元利回りからDSCRを求め、それが適正な数値かどうか確認する。
直接還元法は、単年度収益を単純に還元利回りで割って価格を求めるため対象不動産の将来のキャッシュフロー変動予測やリスク変動を予測した利回りなどが詳細には反映しきれないという性質を持つが、DCF法での転売予測価格を求める場合に適用されるほか、DCF法による収益価格の妥当性の検証手段としても有用である。
B DCF法の適用に当たっての留意事項
DCF法の適用に当たって用いる数値の設定は、次のとおりとする。
a 保有期間
DCF法適用における保有期間の設定は、米国等の状況をみると、通常は一〇年を中心として五〜一五年程度と言われている。ただし、現在の我が国の不動産をめぐる状況(標準的な賃貸借契約期間が二年を基準として考えられていること、先行き不透明のため価格変動率及び収支の予測可能期間が短いこと等)を考慮し、対象不動産の収支等の予測確実性の程度に応じて五年から一〇年程度までの間とし、標準とする期間は七年とする。なお、長期の定期借家契約がなされている場合には、賃料収入予測が可能であることを考慮して、保有期間の査定を行う。
この期間は、保有期間中のキャッシュフローに基づく現在価値部分と復帰価格に基づく価値部分との比率を考慮しながら予測可能範囲内で査定する。
b 収支の把握
1) 収支の把握は投資信託又は投資法人が採用する信託の計算又は企業会計による損益把握とは異なり、対象不動産の各年度の実際のキャッシュフロー予測に基づいて査定する。
2) 純収入は、有効総収入から運営支出と資本的支出とを控除して求め、減価償却前のものでかつ税引前のものとする。すなわち、建物等の償却については実際のキャッシュの支出ではなく、保有期間部分については転売価格の評価減に加味され、n+一年後の永久還元部分については償却資産部分の償却率を還元利回りに加算するなどの方法で調整されるものであり、また、所得課税については、通常投資信託又は投資法人内での課税が発生しない仕組みとなっているので、税引前キャッシュフローで把握することが妥当であることによる。
3) 収入及び支出の各項目の査定及び変動予測については、原則として各年度毎に査定することとする。多額の収入又は支出(一時金の受渡や大規模修繕等)を年度末として把握することが妥当でないと判断されるような場合は、各月毎の査定及び予測を行うことが望ましい。
なお、収支の各要素について以下に記載がないものについては、本留意事項の趣旨に反しない限り、「不良債権担保不動産の適正評価手続における不動産の鑑定評価に際して特に留意すべき事項について(その二 デフォルト状態にない不良債権の担保不動産)」(平成一〇年一一月、以下「適正評価手続留意事項(その二)」という。)の担保としての評価による。
c 有効総収入
有効総収入は、可能総収入から空室損失及び貸倒れ損失を控除し、一時金、共益費等及びその他収入を加算して求めるものとする。その査定に当たっては、対象不動産の総収入に影響を与えると判断される賃貸市場の動向分析をできる限り詳細に行って判断する。
(a) 可能総収入(PGI(Potential Gross Income))
満室の状態で、賃借人が賃料を契約どおり全額支払っている場合の総賃料収入をいい、賃料は原則として実際支払賃料(賃貸借契約書に記載された金額でないことも多いことに留意)により求め、空室分は当該部分の募集賃料も参考にして、賃貸事例比較法により新規に賃貸することを想定したものとして求める。
賃料の予測に当たっては、近隣地域や同一需給圏内の類似地域の現行の賃料水準の把握とその動向の把握が重要である。賃料の動向の予測は、現状の契約内容等を踏まえ、過去の動向にも留意しつつ行う。また、対象不動産の価格時点の賃料が市場の賃料水準と乖離している場合は、想定される賃借人の交代や賃料更改の状況について留意する必要がある。
なお、定期借家契約がある場合の賃料改定条項及び借地借家法第三二条に規定する借賃増減請求要因、すなわち固定資産税等の変動状況、不動産の価格の変化、近隣の賃料の動向など賃料変更要因と継続賃料の固定性・非弾力性等にも留意する。
(b) 空室・貸倒れ損失
1) 空室損失は、現に空室である割合を十分考慮するとともに、建物の経過年数や設備の状況及び賃料水準による空室率への影響を、対象不動産の近隣地域や同一需給圏内の類似地域の賃貸市場等の動向、特に競合する他の賃貸不動産との関係も踏まえ十分に考慮する。建物老朽化、設備の陳腐化等は、一定時期を超えると急速に空室率を高める要因となることにも留意する。また、一棟貸し、サブリースや定期借家契約等の賃貸借契約内容による空室率への影響も十分に考慮する(一棟貸しの解約リスクは、割引率の査定に反映させる。)。
賃借人の交代時の空室期間(解約予約によりカバーされるものは除く。)は、過去の実績を踏まえ適切に判断し、新賃借人を入れる際に要する修繕等の期間について未収入期間が発生することにも留意する。また、大規模修繕時には長期休業を要する場合もあることにも留意する。
新築物件については満室の状態になるまでの期間とその経過の予測を十分行う必要があるとともに、募集費用も考慮する必要がある。
2) 貸倒れ損失は、賃借人の信用状況や特性を精査し、過去の実績も踏まえ、貸倒れ損失の可能性を適切に見積もる。特に、賃借人として不適格な賃料延滞又は不払い者がいることによる、空室率の増大、賃料水準の低下、賃料延滞者等の増加等の、他の賃借人への影響も考慮する。
一時金で担保される部分についても貸倒れ損失として計上する。
(c) 一時金
保証金等の預り金については、保有期間中は次のいずれかの方法により査定する。転売時には保証金等の返還債務の引継ぎを行うものとして算定する。
1) 全額を受渡時の収入又は支出として把握する。
2) 全額を支払準備金等として、金融機関等に流動性のある資金として預託するものとし、一旦預託年度の支出としたあと各年度で予測される短期運用利回りに基づく各年度の運用益を収入とする(取得時は、前所有者からの保証金債務相当額の収入と支払準備金への支出とし、転売時は、支払準備金からの収入と購入者への支出とする。)。
権利金等の賃借人への返還義務の無い一時金は、受入れ年度の収入とする。一般的に売買時の受渡は無いので、○年度及び転売時にも受渡が無いものとして査定する。全期間(有期を想定し、その全期間)で償却益を考慮する直接還元法との差が生じることに留意する。
更新料は前記権利金等に準じて処理する。
(d) 共益費等
賃借人から建物賃貸借に関連して賃料以外に共益費等として収受しているものである。これは、賃借人から徴収する実額とし、通常は賃料相当額分以外は計上しないが、ここでは水道光熱費、冷暖房費、清掃費等の実費相当分も含めて支出の共益費と両建てで計上する。また、空室損失等を考慮しないので、空室部分については計上しない。変動予測は、過去の実績に基づいて行うが、支出増加以上の増収は原則として見込まない。
(e) その他収入
建物賃貸借関連以外の収入で、駐車場収入や広告看板収入等がある。これらは、過去の実績に基づき査定し、借家部分の入居率及び当該施設の稼働率等を考慮して変動予測を行う。
d 運営支出
運営支出とは、管理費、修繕費、公租公課、損害保険料等の賃貸用不動産を運営していくために必要な支出である。建物の用途により大きく異なることに留意する。
(a) 管理費
投資信託及び投資法人は、自らは対象不動産の賃貸経営管理を行わない、いわゆる「箱」であるため、賃貸不動産の物的管理及び賃貸経営管理は当然アウトソーシングされることになる。したがって、対象不動産の物的な維持管理費や賃借人管理費(プロパティマネジメントフィー)とともに、対象不動産の賃貸経営に係る管理費(アセットマネジメントフィー(注))も計上する。投資信託制度においては、信託報酬又は投資信託委託業者への報酬の中に各管理費が含まれることになるが、ここで計上するのは、対象不動産の前記管理に係る分である。また物的な維持管理費や賃借人管理費については、外部に再委託する場合があるので、二重に計上しないよう留意しなければならない。
なお、(b)以下に掲げる運営支出の中には管理契約に基づき管理会社に支払う額の中に含まれるものもあるので、管理契約の内容を検討し、二重に計上しないよう留意しなければならない。
また、管理者の運営能力如何は、賃料収入の多寡と深く関わることになるので、管理者の経歴、資本金、従業員数、実績等を勘案して収支に反映させなければならない。
(注) アセットマネジメントとは、物的な維持管理者や賃借人の管理者を統括し、賃貸経営に係る高位の意思決定(賃借人の選択等の賃貸戦略等)に関する管理をいう。なお、投資信託や投資法人全体の資産運用に係る部分と対象不動産のみに関する部分とを特に区分していない場合が多いと考えられるが、本鑑定評価においては、ヒアリング等により対象不動産のみに関する部分を対象とし、投資信託や投資法人全体の資産運用に係る部分は考慮外とする。
(b) 共益費
水道光熱費、冷暖房費、清掃費等であり、収入と両建てで計上する。通常過去の実績に基づき査定するが、将来の入居率等を考慮する。
(c) 修繕費
対象不動産の使用に伴う軽微な損傷や消耗に対する修繕や取り替え等である。
過去の修繕実績及び今後の修繕計画に基づき査定し、支出予定年度に割り振って計上する。修繕すべきものが行われていない場合は、原則として初年度にこの分も計上する。なお、修繕費の額、支出年次などは、エンジニアリングリポートを参考にして査定する。
(d) 公租公課
実額を調査の上計上するが、将来の課税標準や税率(特例を含む。)の変化も考慮する。
(e) 損害保険料
実額を計上するが、付保額が過大又は過小でないか確認を要する。過小と判断される場合は、適切な付保額とした場合の保険料を計上する。これについても修繕費と同様、地震保険等に関するエンジニアリング・レポートを参考としつつ保険料の十分性を考える。
(f) 賃借人募集経費
賃借人を募集するために支出する仲介手数料や広告費等である(賃借人管理費の中に計上している場合は計上しない。)。賃貸借契約の終了(更新される場合は除く。)時期を予測し、それに応じた金額及び支払時期を査定する。
(g) その他支出
その他収入に係る支出(建物賃貸借と一体として前記支出で計上しているものは除く。)や借地権付建物の場合の地代等である。その他収入に係る支出については、過去の実績に基づき査定するが、将来の稼働率等も考慮する。地代については実際の契約に基づく支払額を原則とするが、標準的な契約内容のものからの乖離に留意する。
e 資本的支出
資本的支出とは、固定資産の取得時又は取得後において行われた支出で、その資産の能率又は能力を高めるか、資産価値が増加するか、耐用年数が延長するものである。例えば、建物の増築や用途変更、設備の増設、取替えなどに要した支出である。これは、企業会計上、資産として計上し、損益計算上は減価償却費として期間配分されるが、キャッシュフローの査定上は前記の運営支出と同様に支出として計上する。
その計上方法は、建物(躯体及び設備)の状態や修繕経緯及び長期修繕計画並びに競合する不動産の状況をはじめとする地域の賃貸市場の動向等により、対象不動産の状況を考慮した上での標準的な支出の時期及び金額を査定し、その支出する年度に計上し、原則として単に平均的な支出としては捉えないものとする。
ただし、保有期間が長期である場合等で、大規模修繕費を平準化するために、修繕計画にそって毎年の積立金として支出されることも考えられる(この場合は、厳密には、各年度で具体的に支出される金額との差額に係る運用益又は金利も考慮する。)。
取得時の鑑定評価の場合は、資本的支出の査定に当たり、当初(取得時)に多額の支出が発生することが多いことに留意が必要である。
大規模修繕等の修繕計画に沿った資本的支出は、別途余裕金等で資金手当てがなされている場合が多いので、この場合の資本的支出は、後記DSCRの査定上考慮外とする。
f 適用利回り(割引率)
保有期間の各年度の純収入及び保有期間終了時の復帰価格を価格時点の価値に割り引く割引率の査定は、次のとおりとする。
(a) 基本的な考え方
1) 後記iDCF法により求める価格の査定方法のとおり、(暫定)総合割引率と借入条件に基づき価格を査定するので、(暫定)総合割引率とともに借入金の割引率(金利)も査定する。
2) 土地、建物を別個のものと見ることなく、一体の利回りを査定する。
(b) 借入金(他人資本)の割引率(金利)
金融機関のノンリコースの不動産事業向け長期貸出金利(保有期間中は固定金利)(把握が困難な場合は長期貸出金利の平均)を標準とし、これに保有期間を通じた純収入の変動予測に基づく対象不動産の個別のリスク等を考慮して査定する。(参考一「標準性ガイドライン」参照)
(c) 総合割引率
ここでは、一定の幅で総合割引率を査定する。原則として、取引利回りに基づく手法、投資家等の意見による手法及び積上げ法を併用し、類似投資資産の期待利回りを考慮して査定する。
1) 取引利回りに基づく手法
本手法は、対象不動産と類似性の高い収益用不動産の市場における取引利回りを分析し、これによって対象不動産の利回りを査定する方法である。通常は、取引事例から把握できるのは純(総)収入を取引価格で割った初年度の還元利回りなので、総合割引率を求める場合は、次のような分析を行って求める必要がある。
取引事例の初年度純収入と取引価格が判明しているので(総収入ベースの場合は経費率又は支出額も査定)、純収入の変動と転売価格の予測を行い、内部収益率(IRR)を求める手法により、各取引事例の総合割引率をそれぞれ求めて比準する方法がある。
なお、不動産の価格がその収益力を重視せずに決定されている地域等における取引利回り法に基づく総合割引率は、投資採算から乖離した価格を追認することになってしまうので、重視すべきではない。
(注) 本手法は、取引事例を利回り査定の基礎とするので、まず多数の賃貸不動産等の取引事例(収入及び取引価格)を収集する必要があり、利回りの査定に用いる取引事例は、対象不動産と物的内容、市場動向、収益構造等が類似しているものを選択し、比準(利回りの比準であることに留意)に当たっては時点修正を含む補修正にも留意する必要がある。また、取引事例の借入条件が判明していてもその条件(借入条件、借入金比率)が標準的ではないと判断できる場合はその事例は原則として採用すべきではない。
なお、適切な取引事例の把握ができない等により信頼性のある取引利回りが査定できない場合は、この手法に高い信頼性をおくべきではない。
2) 投資家等の意見による手法
類似性の高い不動産への投資を行っている多数の投資家へのヒアリング結果を分析して求める。
3) 積上げ法
国債等の安全性の高い長期債券(残存期間が保有期間に見合った期間のもの)の市場における取引利回り等を基に不動産投資の特性(安全性、流動性、管理の困難性等)を考慮したリスクプレミアムを加算した不動産投資の標準的利回りを基本とし、次に掲げる対象不動産の地域性及び個別性並びに本鑑定評価に当たって付された条件に基づく要因を考慮して査定する。
i 地域別、用途別、類型別のリスク及び収益力格差
ii 対象不動産の個別性に基づくリスク及び収益力格差
iii 投信法に基づく制度に応じた条件が収益力及びリスクに及ぼす影響の程度(ただし、複数不動産への投資に起因するものを除く。)
4) 類似投資資産からの比較
株式等の他の類似投資資産の期待利回りから比較して求める。
g 復帰価格
復帰価格は、保有期間(予測可能期間)終了時(n年末)の転売予測価格から売却費用を控除して求める。
(a) 転売予測価格
転売予測価格は、転売時点の市場価格であるので、原則としてn+1年目の純収益を転売時還元利回り(ターミナルキャップレート)で還元して求める。すなわち、収益還元法においては、転売時の購入者もn+1年以降の純収益予測に基づいて価格を決定するものと予測するのが適当であることによる。また、DCF法は基本的に永久に続く収益を期間を区分して試算しているにすぎないものという観点から考えても、転売予測価格は原則としてn+1年以降の純収益のn年末時点における現在価値の総和(適用する利回りは価格時点のものとは異なる)として求めるべきである。
なお、n+1年以降に最有効使用の変化等に伴い現況用途と異なる用途への変更が見込まれる不動産の場合等、キャッシュフローの大きな変化が予測される場合は、その変化を純収益やターミナルキャップレートで十分に調整を行う。この調整を行ってもキャッシュフローの変化を転売価格に適切に反映できないと判断される場合には、積算価格や比準価格に予測価格変動率を乗じた価格をも考慮して求めることができるものとする。
(b) 純収益の把握
原則として、n+1年目(転売初年度)の純収益とする。n+1年以降の純収益の変動が予測できるときは、それを転売時還元利回りに加味する。
n+1年目(転売初年度)の純収益は、保有期間中と異なり永久還元を行う対象となるので、資本的支出や空室率、権利金等の平準化も行う必要があり、各年毎のキャッシュベースの収入でない点に留意する。
(c) 転売時還元利回り(ターミナルキャップレート)
n+1年目の純収入を還元するときの利回り(転売時還元利回り)は、転売時点における需要者にとっての初年度還元利回りである。これは、初年度の収入から価格を求めるための率であり、割引率ではないことに留意する。その査定方法は、次の1)のように行い、2)及び3)により検証する。
1) 前記Ac直接還元法で査定する総合還元利回りを基に、価格時点に比べての予測不確実のリスクを考慮の上、転売時還元利回りを査定する。転売時還元利回りは、保有期間以降の予測収支については、保有期間中の予測収支に比べ信頼性・確実性が劣ること及び建物が古くなっていること、並びに将来時点におけるその時点の半永久の予測による還元利回りであること等の理由により、初年度還元利回りより高めになるのが通常である。
債券利回りや不動産の取引利回りの水準自体の変動が予測できる場合には、この変動も考慮に入れる。
(注) 転売時還元利回りは、償却前収益を永久還元する利回りなので、建物等の償却資産部分についての償却率相当分に対応する利回りが織り込まれ、また、償却費相当分以外に、純収入の変動に一致しない元本価格変動(n年まで及びそれ以降とも)をも十分考慮した利回りである。
2) 取引事例の分析や投資家へのヒアリング等から直接転売時還元利回りを求め検証する。
3) 転売時還元利回りは、純収入の変動率がプラスのときは、多くの場合割引率よりも低い(なお、転売時点までの、純収入の変動と一致しない元本変動や、建物等の償却率相当分が大きい場合は、このようにならないこともある。)ので、この観点から収益価格の試算後に適用利回りの妥当性を検証する。
(d) 売却費用
仲介手数料と印紙税等の契約書作成費等である。仲介手数料は宅地建物取引業法に定める報酬額上限をもってその額とする。
h 買主として不動産を購入する場合の費用
受託者(投資信託)又は投資法人が、買主として不動産を購入する場合の費用(仲介手数料、不動産取得税、登記費用(信託登記分も含む。)、印紙税等)については、買主の総投資額を構成するので、取得を前提とする投資採算価格から控除する。
i DCF法により求める価格の査定方法
本鑑定評価で用いるDCF法により求める価格は、キャッシュフロー表に基づき、次の手順により求める。
(a) 暫定の収益価格の査定
純収入等のキャッシュフロー並びに暫定総合割引率(前記f(c))及びこれに基づく転売時還元利回りにより、暫定の収益価格を求める。
(b) 暫定の借入金元利支払額の査定
暫定の収益価格及び対象不動産のリスクに応じた借入条件(借入比率・借入期間・借入金利(参考1「標準性ガイドライン」参照))により、借入金のキャッシュフローを作成する。なお、借入金の返済方法は、原則として元利均等償還方式による(注)。
(注) 元利均等償還方式を採用する理由は、
i 賃貸不動産等の不動産投資の場合の借入金返済方法は、支払負担平準化のために元利均等償還方式が採用されていることが多いこと、
ii 鑑定評価上、元利支払後の純収入の把握をするとき、支払額が平準化している方が適切であること
iii 期日一括返済方式による返済方法は貸し手のリスクが高い等により一般化していないこと、
である。
(c) DSCRによる検証及びDCF法により求める価格の決定
本鑑定評価においては特定資産の投資採算性を重視するため、対象不動産の保有期間中の各年毎に借入金返済の確実性を担保した上で、自己資本に対する投下資本利益を確保する必要があるので、次のようにDSCRによる検証を行って収益価格を査定する。
保有期間中の純収入及び復帰価格(転売収入)並びに借入金のキャッシュフローにより、DSCRチェックを行い、保有期間中平均(注1)一・二〇以上、最低一・〇超、転売収入一・二〇以上となっているかを確認する(なお保有期間中平均及び転売収入DSCR基準は、対象不動産のリスクの程度に応じ参考1「標準性ガイドライン」を参照。)。
基準を下回る場合は、総合割引率等の引上げ及び借入比率の引下げにより調整し、基準を満たしたところで収益価格を決定する。
さらに、前記各手順を見直し、総合的な調整を行って、全ての項目を適正と判断したうえで(注2)、DCF法による収益価格を決定する(注3)。
(注1) 保有期間中平均とは、保有期間各年のDSCRの平均をいう。
(注2) 自己資本割引率の水準の妥当性、総合割引率と初年度還元利回り、転売時還元利回り相互の関係や保有期間中のキャッシュフローに基づく現在価値部分と復帰価格に基づく価値部分との比率等の確認も行う。
(注3) 前記手法のほか、まず総合割引率ではなく、自己資本割引率を求め、DSCRの最低基準から借入金額と自己資本投資額を求めて、DCF法による価格を求める手法もある(参考2参照)ので、適用利回り等の検証のためにこの手法も適用する。なお、この手法の適用は、評価作業の中で行い、鑑定評価書への記載は不要とする。
なお、不動産を取得するための鑑定評価を行う場合は、さらに前記hの購入費用を控除してDCF法による価格を求める。
(d) DCF法による価格の検証等
1) DCF法による価格の検証として、直接還元法によるもののほか、次のような財務比率分析を行うことが有用である。
i 損益分岐比率(BER)により、空室率の許容される程度を判断する。(通常九〇%以下)
ii 運営支出比率(OER)により、類似不動産との比較における運営支出と有効総収入との対比率の分析を行う。
2) 借入比率と、実際の投資法人の投資法人債発行と借入金の合計額の資金調達額全体に対する割合との乖離が大きい場合は、その旨を鑑定評価書に記載する。
(2) 原価法
本手法は、収益価格の検証のために適用する。
この検証に当たっては、原価法を適用して求めた「貸家及びその敷地」の積算価格は土地建物一体としての市場性を必ずしも十分に反映していないこと、また一般的には、「貸家及びその敷地」の上限値としての価格であることに留意する必要があるほか、次に掲げる点にも留意する。
1) 本鑑定評価において求めた収益価格は、投信法に基づく制度に応じた条件を考慮したものであるが、積算価格はこの点が考慮されていないこと。
2) 対象不動産が、大規模複合開発に基づく不動産である場合などにおいて、合理的かつ計画的な経営管理がなされていることにより、通常以上の収益を生じていることもあるので、収益価格が積算価格を上回る場合も生じ得ること(後記(4)参照)。
(3) 取引事例比較法
本手法も原価法と同様に、収益価格の検証のために適用する。
この検証は、詳細な市場分析に基づいて求めた収益価格が本鑑定評価における調査の結果を反映し、投資採算価格を適切に反映しているかどうかを判断するためのものである。
対象不動産の多くを占めると考えられる「貸家及びその敷地」は複合不動産であって、その有形的利用のみならず賃貸借契約の内容、契約締結の経緯及び経過した借家期間等により極めて個別性が強く、かつ、契約内容の十分な調査が困難であるために信頼性が十分でないことが多いことに留意しなければならない。実務上は、事例資料の制約から、本手法の適用が困難である場合が多いので、この手法を効果的に適用するためには、今後とも取引事例調査の内容を充実させる必要がある。
この検証に当たっては、前記(2)原価法において述べた1)及び2)と同様の留意が必要である。
(4) 収益価格の検証及び鑑定評価額の決定
本鑑定評価においては、DCF法により求められた価格を標準とし、直接還元法による検証を行って求めた収益価格に基づき鑑定評価額を決定する。この決定に当たっては、積算価格、比準価格による収益価格の妥当性の検証を行うものとする。
1) DCF法により求められた価格については、直接還元法で査定した還元利回りとDCF法から求められた初年度還元利回りとが近似しているか否かを検証し、近似していない場合は、その原因となるキャッシュフローの変動や借入条件、総合割引率等の見直しを行う。
2) 収益価格が積算価格若しくは比準価格又はその双方を上回る場合においては、次のように賃料等の将来予測や賃借人に係るリスク等、その要因を調査分析して、再検討する。
i 収益価格が積算価格等を上回る要因として、不動産価格の下落傾向のもとにおける、賃料の遅行性による一時的現象(土地価格の急激な下落等によるものと考えられる場合は、土地価格等の上昇の可能性を検討する。)又は市場原理を反映しない当事者間における貸手優位の契約内容によることも多いと考えられるので、このような場合は将来予測や賃借人のリスク等を再検討する。
ii 収益価格が積算価格等を上回る要因が管理会社の優れた管理能力等によるときは、収益配分の妥当性、純収益の持続性と安定性が十分に考慮されているかどうかについて再検討する。
3) 収益価格が積算価格等を著しく下回る場合は、転売価格を含む将来予測や利回り等の妥当性を再検討する。この場合は、対象不動産が、投資不適格の不動産である可能性が大きいので、鑑定評価額と正常価格の乖離の状況及びその理由について鑑定評価書に記載し、その内容について依頼者に十分説明する(この場合は鑑定評価の依頼の取消しとなることも考えられる。)。
3 更地等
本鑑定評価の対象となるのは、キャッシュフローの把握可能な賃貸用不動産が中心となるが、その他の対象としては、開発行為により資産の形態を変更することでキャッシュフローを生み出す対象としての更地、低未利用地(以下「更地等」という。)(注)がある。
(注) 利用又は売却に際して除去する必要のある建物等が存する土地は、更地や未利用地と同様に考える。
このほか、経営委託に係る事業用不動産も考えられるが、事業用不動産についてのDCF法の適用方法は、基本的に賃貸用不動産とほぼ同一と見ることができるので省略する。
底地や借地権等は、期間収益が期待されている場合は、収益用不動産として評価し、開発目的の場合は、更地等として評価を行う。
特定資産が、地上権等の場合の地代等の鑑定評価は、正常賃料又は継続賃料として行う。
(1) 総論
開発対象としての更地等については、本来、開発に伴うリスクが大きく、また開発が完了し販売又は賃貸が可能となるまで対象不動産に基づく配当ができないため本鑑定評価の対象になりにくいことに留意すべきである。本鑑定評価の対象となる不動産は、開発の可能性が十分あると判断される不動産、例えば開発に伴う許認可の取得が可能であり、市場の動向分析から判断して分譲又はテナントの入居が十分に見込める不動産である。
市街地開発事業又は市街地再開発事業に係る不動産については、原則として、次の要件を具備することが必要と考えられる。
ア 開発許可等の行政上の手続を終了していること又は確実に終了する見込みであること。
イ 事業期間が長期に及ぶものについては、その見通しが明らかになった段階のものであること。
(2) 計画の実現性
開発対象としての更地等については、前述のごとく開発の実現リスクがあり、安易に鑑定評価を行うことは避けるべきである。その開発計画の実現性について十分に検討すべきであり、その留意点としては以下のとおりである。
1) 開発計画についてはその計画について、許認可の取得が既に完了しているか、又は完了間近であることが望ましい。少なくとも、官公庁との事前の審査は終了していることが実現性の判定では必要であること。
2) 開発予定期間の見込が標準的で、工程の進行に無理がないことが認められること。
3) 開発計画の内容が具体的な資金計画に裏付けられていることが確認できること。
4) 事業計画について今後の市場動向から予測して確実性が見込まれること。
(3) 更地等の鑑定評価
更地等については、開発法に基づく試算価格あるいはDCF法に基づく収益価格を標準とし、収益還元法(土地残余法)に基づく収益価格を比較考量して鑑定評価額を決定する。このとき、取引事例比較法に基づく比準価格による検証を行う。
DCF法は「適正評価手続留意事項III3(4)1)現状は低未利用地の状態にある不動産」に準じて適用する。この場合、対象不動産が不良債権担保不動産ではないことによる手法適用上の相違点(賃貸不動産として保有する場合もあること、早期売却の必要性の有無(適用利回り、開発期間等の相違)等)に留意する。なお、開発法の適用については「開発法の適用に係る鑑定評価手法に関する研究について」(平成九年三月)を参照のこと。
A 賃貸用建物の開発の場合
開発計画が賃貸用建物を建築し、竣工後賃貸運営を行うものである場合は、適用手法の中心はDCF法である。この場合の留意点としては以下のとおりである。
1) 建設を見込む建物は計画内容に準じた建物を想定し、賃貸条件等も建築計画に基づき設定すること。
2) 賃貸事業によるキャッシュフローは収益用不動産の場合に準ずること。
3) 建物竣工までの資金計画についても実際的な計画で設定すること。
4) 割引率及び還元利回りの決定に当たっては、開発に伴うリスクを考慮すること。
B 分譲用建物の開発の場合
開発目的が建売ビルや戸建分譲、マンション分譲など分譲用建物を建築し、竣工後販売するものである場合は、適用手法の中心は開発法である。この場合の留意点としては以下のとおりである。
1) 開発目的が建売ビル等の収益用不動産である場合は、販売予測価格は、DCF法又は直接還元法によること。
2) 開発目的が戸建住宅やマンション等の収益用不動産でない場合は、原価法又は取引事例比較法によって販売予測価格を求めることになるが、この場合の予測価格は価格変動率を予測して求めた販売時点における価格であること。
3) 販売に着手することとして想定する時点は、開発目的である建物等が完成した時点であること。
4) 販売等のすべての業務が外部委託で進められることが多いために、委託料等の支払が発生すること。
5) 投下資本収益率の決定に当たっては、開発に伴うリスクを考慮すること。
4 担保不動産の鑑定評価
特定資産が一般的な不動産担保付債権(その信託受益権のときも含む。)であるときの担保としての鑑定評価上の留意事項は、当協会でまとめた「担保不動産の鑑定評価」(平成元年三月)、「抵当証券交付申請書添付鑑定評価書に係る不動産鑑定評価上の留意点について」(平成一一年一二月第一一次通知文)、「適正評価手続留意事項」及び「適正評価手続留意事項(その二)」による。
なお、特定資産である不動産担保付債権がノンリコースローンである場合は、その返済リスクの観点から、特定資産が不動産である場合に準じて鑑定評価を行うものとする。
V 鑑定評価書記載事項
1 付加的記載事項
鑑定評価書には通常の必要的記載事項に加えて次の事項も記載することとする。
・対象不動産の種別・類型
・現地調査立会人
本鑑定評価の求める価格の種類の記載は「特定価格(適正な投資採算価格)」とし、正常価格を付記する。なお、対象不動産の個別の投資採算に基づく価格であることを注記する。
本鑑定評価の依頼目的については、次のように記載する。
1) 特定資産の取得時:「投信法に基づく不動産の証券化のため」
2) 各決算期等における価格開示の場合:「投信法に係る特定資産の適正な価格開示のため」
3) 特定資産が信託受益権であるときの受益証券の取得時:「投信法に基づく不動産の証券化のため」
また、投信法に係る鑑定評価のうち正常価格を求める場合は、次のように記載する。
4) 特定資産の譲渡時:「売却のため」
5) 受益証券又は投資証券の買取等の価格査定時:「買取(払戻し)価格査定の参考のため」
6) 特定資産が債権である場合の担保評価:「担保評価のため」
2 記載上の留意事項
鑑定評価書の作成に当たっては、依頼者その他第三者に対して、その調査内容及び鑑定評価額の決定理由を十分説明し得るものとする。この場合、次の事項に留意しつつ、鑑定評価の判断内容について十分説明する必要がある。
1) 対象不動産についての物的、法的側面
2) 投信法に基づく主要な制度に応じた条件の概要と鑑定評価手法適用において設定した前提条件との関連
3) 近隣地域及び同一需給圏内の類似地域等の市場分析(賃料、空室率、需給動向、競合関係にある不動産の状況等)
4) 対象不動産及び市場の将来予測(賃料、空室率、需給動向、競合関係にある不動産の状況等の予測)内容及びその判断根拠
5) エンジニアリング・レポート等の他の専門家による調査報告書の概要
6) 割引率や還元利回り、変動率等の判断根拠
以上
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参考1 「標準性ガイドライン」
(注1)
表中のDSCRは保有期間平均及び復帰価格。単年度の最低は1.0超とする。BERは各年度。
(注2)
a 低リスク案件
優良テナント又はリスクが分散される複数のテナントに長期的に賃貸されることが、事実上確定している新規賃貸ビル投資案件等。
b ハイリスク案件
耐用年数の2/3を超えた中古建物や特殊な用途の建物を含む投資案件等。
c 中間リスク案件
低リスク案件とハイリスク案件との中間的なリスクを伴う投資案件。
(注3)
rは、平成12年11月現在では、3.5%程度を設定。(金利固定期間が5〜7年程度の貸出金利を参考。本留意事項作成時点の標準値であり、金融情勢の変化に対応して適宜変更する。)
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参考2 自己資本割引率を求め、DSCRの最低基準から借入金額と自己資本投資額を求めて、DCF法による価格を求める手法
1 自己資本割引率の査定
本文中で総合割引率を求める手法と同様に、原則として取引利回りに基づく手法、投資家等の意見による手法及び積上げ法を併用し、類似投資資産の期待利回りを考慮して査定する。ただし、取引利回りに基づく手法による場合は、借入金の元利支払いを含むキャッシュフローを査定する必要があることに留意する。
2 借入金元利支払額の査定
まず、借入金元利支払額を次の手順により暫定的に査定する。(借入金の返済方法は、原則として元利均等償還方式による。)
次のようにDSCRを用いて元利支払額を査定する。
1) 対象不動産の純収入の安定性(リスク)等を考慮し、DSCR平均を最低限1.2以上(参考1)「標準性ガイドライン」参照)とする。
2) 保有期間中の純収入の合計を上記DSCRで除することによって、保有期間中の元利支払額総額を求め、これを期間年数で除して、暫定的に保有期間各年の借入金元利支払額とする。さらに、各年のDSCRが1.0超であるかチェックし、1.0超でない場合は、借入金元利支払額を引下げる。
3 借入金額及び自己資本投資額の算定
1) 上記DSCRから求めた暫定的な各年毎の元利支払額に基づいて、借入金利及び借入期間(参考1)「標準性ガイドライン」参照)により、暫定借入金額を算定する。さらに、転売時の借入残高を求め、その借入残高に対する復帰価格との比率が前記DSCRを上回っているか否かを検証する。
2) 各年毎の純収入(保有期間終了時の復帰価格を含む。)から1)の各年毎の借入金元利支払額を控除して、各年度の自己資本に帰属する純収入を求め、自己資本割引率に基づいて、価格時点における暫定的な現価の総和を求める(自己資本投資額)。
4 借入比率の検証及びDCF法により求める価格の決定
上記31)と2)により、借入比率を求め、対象不動産のリスクに応じた「標準性ガイドライン」(参考1参照)の借入比率以下であるか否かを検証し、当該比率以下である場合は暫定借入金額をもって借入金額を決定した上で、1)借入金額と2)自己資本投資額とを合計し、DCF法により求める価格とする。当該比率以下でない場合は、当該比率以下になるようにDSCRを査定し直して(引上げて)求める。また、この方法により求められた総合割引率を、取引利回りに基づく手法による総合割引率により検証する。
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「資産の流動化に関する法律(資産流動化法)」に係る不動産の鑑定評価上の留意事項について (平成一二年一一月二九日)
((社)日本不動産鑑定協会)
I 資産流動化法の特定資産に係る不動産の鑑定評価の特徴
1 資産流動化法が対象とする特定資産と不動産の鑑定評価の意義
(1) 資産流動化法の目的
「資産の流動化に関する法律」(平成一〇年法律第一〇五号。平成一二年五月三一日公布、同年一一月三〇日施行。以下「資産流動化法」という。)は、「特定目的会社による特定資産の流動化に関する法律」(以下「SPC法」という。)の改正法として制定されたものである(主な改正内容については末尾参考3参照)。
資産流動化法は、特定目的会社(以下「SPC」という(注1)。)に加えて特定目的信託(注2)を創設し、これらを用いた資産の流動化が適正に行われることを確保するとともに、資産の流動化の一環として発行される各種の証券の購入者等の保護を図ることにより、一般投資者による投資を容易にし、もって国民経済の健全な発展に資することを目的とする。(資産流動化法第一条)(以下、SPCを活用した資産流動化を「SPC制度」といい、特定目的信託を活用した資産流動化を「特定目的信託制度」という。)。
この資産流動化法は、SPC法に要請された目的を引継ぎ、今日の資産流動化に対する要請、すなわち新たな投資資金流入による不動産取引の活性化、一般企業への新たな資金調達手段の提供及び一般投資家への新たな投資商品の提供による金融市場等の活性化を図るという社会経済上の要請を背景として制定されたものである。
(注1) SPCは、Special Purpose Companyの略。
(注2) 特定目的信託とは、資産流動化法の定めるところにより設定された信託であって、資産の流動化を行うことを目的とし、かつ、信託契約の締結時点において委託者が有する信託の受益権を分割することにより複数の者に取得させることを目的とするものをいう(資産流動化法第二条第一二項)。
(2) 資産流動化法が対象とする特定資産と不動産の鑑定評価の必要性
1) 資産流動化法は、特定資産を資産の流動化に係る業務として、特定目的会社が取得した資産又は受託信託会社等が取得した資産とし、広く財産権一般に拡大している(資産流動化法第二条第一項)。このうち、特定資産が不動産の場合、資産流動化法上、外部の不動産鑑定士による鑑定評価を踏まえた適正な価格調査が必要とされている(注1)。さらに、資産流動化法においては明記されていないが、実際上、不動産鑑定士が価格調査の対象として関与し得る資産としては、不動産担保付指名金銭債権及び信託財産を不動産又は不動産担保付指名金銭債権とする信託受益権等がある(注2)。
(注1) ただし、次の資産は取得対象資産には含まれない(資産流動化法一五一条第一項)。
1 組合契約(民法第六六七条の組合契約)の出資持分(不動産特定共同事業契約の一部等は除く(「資産の流動化に関する法律施行規則」(以下「規則」という。)第四三条第一項))。
2 匿名組合契約(商法第五三五条の匿名組合契約)の出資持分(不動産特定共同事業契約の一部等は除く(規則第四三条第二項))
3 金銭の信託受益権(貸付信託、投資信託、特定目的信託の各受益権は除く(規則第四三条第三項))。
4 合資会社の持分等(規則第四四条)
また、資産流動化法においては、不動産とは、「土地若しくは建物又はこれらに関する所有権以外の権利をいう」(資産流動化法第三八条第二項第九号、第一一〇条第二項第一四号)とされた。
(注2) 信託制度を利用する仕組みに、信託受益権を信託財産として受け入れることは、例外的ケースと考えられるので、実務上、特定資産が信託受益権である場合は、SPC制度を活用する場合に限定されるものと考えられる。
2) 資産流動化法において、特定資産としての不動産について鑑定評価を必要としている理由は、価格形式が一般の財と相違する不動産について、投資家保護の観点から客観的な評価を行い得る専門的知識と豊富な経験を有する外部の不動産鑑定士による鑑定評価が必要であるとの考え方に基づいている。
(3) 特定資産としての不動産の特性
特定資産が不動産である場合又はSPC制度において不動産を信託財産とする信託受益権である場合には、それらはSPC又は特定目的信託の運営及び投資家の立場からみると次の特性を有する。
1) 不動産の生み出すキャッシュフロー(投資期間中の純収入(期間収入)と転売時点(注)の売却に伴う収入をいい、以下「キャッシュフロー」という。)を主要な源泉とする利益(償却前)が、資産流動化計画に従って行われるSPCの経営の基盤となるとともに特定目的信託においては資産信託流動化計画に従って行われる信託運営の基盤となる。
2) 不動産の生み出すキャッシュフローを主要な源泉とする利益(償却前)が、投資家にとっての元本回収及び配当の原資となる。
3) 不動産の生み出すキャッシュフローが計画を下回る場合、投資家が損失を蒙り、さらにはSPC又は特定目的信託の経営や運営の破綻に繋がるような事態も生じ得る。
SPCを資金調達と資金運用の面から見ると、ノンリコースファイナンスとしての性格を有し、特定資産が不動産又は不動産を信託財産とする信託受益権である場合は、対象不動産の収益力とその管理会社の運用の巧拙がSPC又は信託経営の成否に直結することとなる。
また、特定目的信託についても、受益証券を取得した投資家は特定資産から得られるキャッシュフローを期待する。したがって、対象不動産の収益力とその管理会社の運用の巧拙が投資家の利益に直接結びつくこととなる。
このため、特定資産としての不動産は、一般にその収益力が価格形成面で極めて重要な役割を果たすものであり、収益力が低い不動産が、特定資産となるのは難しいと考えられる。
(注) ここでいう転売には、SPCの計画期間終了に伴う特定資産の転売及び特定目的信託の終了の場合の特定資産の処分が含まれる。以下、留意事項本文において同じ。
(4) 資産流動化法における不動産の鑑定評価の位置付け
資産流動化法における不動産の鑑定評価額は、投資家保護の観点のほか、次の諸点で資産流動化計画又は資産信託流動化計画において重要な位置付けを持つ。
1) 不動産の鑑定評価額は、オリジネーター(SPCや特定目的信託の仕組みを組成する事業者。資産の譲渡者あるいは原委託者(信託会社等と特定目的信託契約を締結する者をいう。)であることが多い。)やアレンジャー(SPC又は特定目的信託の組成から証券の販売までを企画する者)の業務運営上の意思決定及びSPC又は特定目的信託の資産流動化計画又は資産信託流動化計画の内容を検討するに当たっての重要な指標として活用される。
2) 特定目的会社又は受託信託会社等の本店及び支店に備え置かれる資産流動化計画又は資産信託流動化計画に記載される特定資産の調査価格の基礎資料として活用される場合がある。
3) SPCにより発行される特定社債や特定目的信託の受益証券(注)について格付機関による格付けがなされる場合に、不動産の鑑定価格書の記載事項が重要な参考資料とされる。
4) SPC又は特定目的信託により発行される証券についての公募が行われるとき、証券の引受会社による引受価格及び募集価格の決定に関する参考資料とされる。さらに、証券取引法上の有価証券届出書の記載事項とされている。私募のときは、引受価格の決定における参考資料とされる。
(注) 一般的に、受益証券は、特定資産の元本価額の変動に伴う収益も含むために、格付の対象とはなりにくい。しかし、特定目的信託の仕組みにおいては種類の異なる受益証券の発行が可能であり、格付の対象となる受益証券の発行もあり得る。
(5) 資産流動化法において不動産の鑑定評価が必要とされる局面
1) 資産流動化法において不動産の鑑定評価が義務づけられているのは、次の場合である。
i SPC制度において、特定資産が不動産であるときで「特定資産の価格につき調査した結果」を優先出資申込証又は特定社債申込証に記載する場合。(資産流動化法第三八条第二項第九号、第一一〇条第二項第一四号)。
この調査結果は、資産流動化計画に特定資産の取得価格として記載される場合がある(資産流動化法第五条第一項第三号、規則第一六条第四号)。
ii 特定目的信託制度において、特定資産が不動産であるときに、資産信託流動化計画に「特定資産の価格につき調査した結果」として特定資産の価額を記載する場合(資産流動化法第一六五条第一項第二号、規則第五五条第四号)。
この調査結果は、受益証券の募集等の相手方が、受託信託会社等に対し、特定目的信託契約に定める費用を支払って交付を請求する書面の内容にも含まれる(資産流動化法第二二五条第二項、規則第七三条第二号)。
2) さらに、資産流動化法に規定はないが、次の場合も同様の趣旨から不動産の鑑定評価が求められる局面があると考えられる。
i 特定資産が不動産であるときに、SPC又は特定目的信託により発行される証券についての公募が行われるとき、有価証券届出書に管理資産又は特定信託財産を構成する内容として、当該不動産の価格を記載する場合(特定有価証券の内容等の開示に関する総理府令別紙様式第五号の二、第五号の四)。
ii 保有期間中の各決算期ごとに特定資産の適正な価格に関する情報開示を行う場合。
iii 資産流動化計画の終了に係る仮清算又はSPCの解散若しくは特定目的信託の終了における、特定資産の適正な売却処分価格の判断及び情報開示を行う場合。
iv 特定資産である債権が不動産担保付債権である場合に、当該不動産を対象不動産として、担保不動産の鑑定評価を行う場合。
v SPC制度において特定資産が不動産を信託財産とする信託受益権である場合に、信託設定時や信託受益権の取得時等に当該不動産の鑑定評価を行う場合。
vi 資産流動化計画又は資産信託流動化計画の変更決議を行う場合に、当該決議に反対する優先出資社員又は受益証券の権利者が当該優先出資又は当該受益権を公正な価額で買い取るべき請求を行う場合に、特定資産である不動産の鑑定評価額が参考とされる場合。
以下においては、資産流動化法に係る不動産の鑑定評価のうち、上記2)iii、iv、viを除く鑑定評価を「本鑑定評価」という(上記2)iii、iv、viを除く理由については、後述。また、これらについての留意事項については、必要とする限度において記述するにとどめる。)。
2 本鑑定評価に当たっての基本的姿勢等
(1) 不動産市場と証券市場の峻別
1) 不動産を特定資産とする資産対応証券(資産流動化法に基づく優先出資証券、特定社債券、転換特定社債券、新優先出資引受権付特定社債券、特定約束手形及び受益証券。以下「証券」という。)の価格は、不動産市場で形成される不動産価格とは別に、専ら証券市場において形成されるものである。すなわち、証券は特定資産としての不動産の価格及び将来収益予測を価格形成の基盤としつつ、小口化、証券化された投資商品として証券会社による引受け、募集及び委託売買がなされるなど、資産流動化法、商法及び証券取引法等に基づく制度の適用を受け、また、これらの諸制度を仕組みとして活用するものである。さらに、証券が特定社債、特定約束手形、受益証券等である場合は、必要に応じて、その支払いについての保証、保険の付与、格付会社による格付の取得等の不動産以外の要因も考慮されて価格が決定される。
2) 本鑑定評価は、SPC又は投資家が自己責任に基づき投資判断を行うための資料を提供する目的を有するものであって、証券市場においてその価格が形成される証券価格の評価にまで立ち入るものではない(注)。
投資家は、不動産鑑定士の鑑定評価に基づく調査価格のほか、SPC又は特定目的信託の内容及び資産流動化計画又は資産信託流動化計画の開示事項を総合し、証券の適正な投資価値を自ら判断する。したがって、特定資産としての不動産の鑑定評価に当たっては、上記1)のとおり、不動産市場と証券市場とが異なることを明確に認識した上で行う必要があることに留意しなければならない。これは、特定資産が不動産の信託受益権である場合の信託財産としての不動産の場合及び特定資産が指名金銭債権又はその信託受益権である場合のこれらに係る担保不動産等の場合も同様である。
(注) これは、不動産鑑定士が証券評価を行うべきではないということではなく、特定資産の主要部分が不動産であることを考えれば、不動産鑑定士は証券評価に関するコンサルタントの役割を引き受ける専門的能力を十分有するものであり、その中心となるべきものと考えられる。特に、特定資産の集合体としての運用資産を構成する複数不動産を一括した評価は、専門職業家としての不動産鑑定士が能力を発揮できる分野である。複数不動産の一括評価は運用資産評価のための最も重要な分野をなす。運用資産に係る発行証券の市場価格は、基本的には運用資産の内容を反映して形成されるが、証券化の仕組みとしての小口化、証券化に加えて、権利利益の内容の異なる数種の証券の発行、格付け、保証等の仕組みの活用等がなされることもあり、さらに証券市場にあっては、将来の値上がり期待、値下がり懸念を過度に反映した価格形成がなされる傾向がある。すなわち、個別不動産の鑑定評価、複数不動産の一括評価(複数不動産への投資はリスク分散がなされる等の事情もあり、その評価額は、必ずしも個別不動産の価額の単純な合計額ではない。)、運用資産評価、証券評価は、それぞれ異なるものである。
(2) 本鑑定評価に当たっての基本的姿勢
1) 資産流動化法に基づく不動産の証券化は、投資家保護を前提として行われる仕組みであるが、その中で、
i 投資家には、SPC及び資産流動化計画又は特定目的信託及び資産信託流動化計画についての情報開示が、不動産の調査価格を併せてなされ、
ii 投資家は上記iの情報に基づく自らのSPC又は特定目的信託に対する評価に基づき、その証券の投資価値を判断する、
こととなる。
このように不動産の調査価格について情報開示を行う資産流動化法の立法趣旨は、特定資産の過大な評価を排除し、投資用不動産としての投資採算価値を適正な価格として投資家に開示することにあり、これを不動産の鑑定評価により行うこととしたものと考えられる。
2) 本鑑定評価に当たっては、対象不動産がSPC又は特定目的信託を通じた投資の目的とされるという性格から、求める価格は、賃貸用不動産(貸家及びその敷地)を中心とする収益用不動産の収益価格に基づいた、いわば投資採算価値を求めることとなることに十分に留意する必要がある。なお、この投資採算価値は、様々な投資基準を持つ個別の投資家を前提として求めるものではなく、個別不動産に投資する標準的投資家を前提とするものである。
3) 資産流動化法により証券化される不動産は、単独の不動産としてとともに、複数の不動産の組み合わせとして、SPC又は特定目的信託に組み込まれることも多い。この複数の不動産の組み合わせの如何により発行される証券の価値も異なることとなる。しかし、組み合わされた複数の不動産を前提とする評価は、前記の運用資産の価値の範疇に含まれるものであり、本鑑定評価として行うのは、あくまでも個別の不動産としての投資採算価値を求めるものである。
以上のことを踏まえ、本鑑定評価に当たっての基本的姿勢としては、
i 対象不動産が有している収益力を価格に的確に反映させることを基本とし、
ii 詳細な調査に基づく確実なデータを前提とした合理的なものとすることが必要不可欠であるとともに、
iii 調査によって判明しない部分についてはリスクとして評価し、
対象不動産が有する個別の収益力を的確に反映した適正な投資採算価値を表わす価格を求めて鑑定評価するものである。
3 求める価格の種類
(1) 本鑑定評価において求める価格の種類
本鑑定評価の対象不動産は、資産流動化法に基づくそれぞれの制度に応じた条件(具体的内容については、IV2(1)A参照)を所与の条件とする投資用不動産である(注)。本鑑定評価においては、対象不動産について、このような要因を所与の条件とする投資用不動産としての適正な投資採算価値を表わす価格(以下「投資採算価格」という。)を求めることが適当であり、ここにおいて求める価格の種類は、次の理由から、不動産鑑定評価基準(以下「基準」という。)における「特定価格」になると考えられる。
基準によれば、特定価格とは、「不動産の性格により一般的に取引の対象にならない不動産又は依頼目的及び条件により一般的な市場性を考慮することが適当でない不動産の経済価値を適正に表示する価格」とされているが、本鑑定評価において求める特定価格の性格は、この後者に相当するものである。
すなわち、本鑑定評価は、
i 資産流動化法が、投資家保護の観点から鑑定評価を求めていることを踏まえ、資産流動化法に基づく不動産の証券を購入することを通じて不動産の生み出すキャッシュフローから利益を得ようとする投資家にとって、開示される情報として有用なものでなければならないこと(前記2(2)1)参照)、
ii したがって、資産流動化法の制度に応じた条件のもとにおいて、対象不動産が生み出すと予測されるキャッシュフローに基づく不動産の投資採算価格を求めることが適切であること、
iii 上記の観点から、適用する評価手法としては、原則として不動産が生み出すキャッシュフロー、すなわち、投資期間中の純収入(期間収入)と転売時点の売却に伴う収入を正確かつ明瞭に分別把握して評価する評価手法であるDCF(ディスカウンティド・キャッシュフロー)法を基本として評価すること(取引事例比較法や原価法はその検証手段となる(後記IV1参照)。)、
等の特性を持つものである。
(注) 不動産は、SPC又は特定目的信託の中に組み込まれることによって、制度による程度の差異はあるものの、その保有期間、資金調達、運用面の制約、管理会社の信用力及び資産運用の巧拙等による何らかの収益力への影響を受けることとなる。
(2) 本鑑定評価の各局面における検討
次に、本鑑定評価が必要とされる各局面について詳細に検討する。
1) 特定資産の譲受け時・受託時:SPCがオリジネーター又は一般の不動産市場から当該資産を取得する場合又は信託会社等が原委託者から当該資産を特定目的信託の信託財産として取得する場合において、本鑑定評価により求める価格は、前記した本鑑定評価の特性から、投資採算価格であるべきものと考えられる(SPC又は特定目的信託の受託者たる信託会社等が実際に取得する価格、若しくは当該信託会社等が信託財産残高表(普通銀行の信託銀行の兼営等に関する法律施行規則第一一条)に計上する価額は、必ずしも鑑定評価額とは一致しない。)(注)。
(注) 契約自由の原則のもと、取引価格等は、当事者間の合意により定まる。しかし、鑑定評価は、投資家に対する情報開示項目としての調査価格の基礎資料を提供するという意味において制度の重要な役割を担うものである。
2) 優先出資申込証又は特定社債申込証等の記載事項の調査時:投資家は証券の裏付けとなっている不動産の調査価格及び資産流動化計画又は資産信託流動化計画についての開示された情報に基づき、自らのリスクを評価して投資判断を行うものである。そのため、調査価格を求めるための不動産の鑑定評価に当たっては、投資採算価格を求めることが適当である。
3) 保有期間中:証券は不動産市場とは別の市場原理により価格が決定される証券市場で取引されるが、特定資産としての不動産の収益力と将来についての期待は、証券の価格形成に著しい影響力を持つものである。したがって、投資期間中の投資判断の材料としての情報を提供する役割を持つ本鑑定評価は、投資採算価格として鑑定評価するのが適当である。また、適正な市場価格としては、正常価格が鑑定評価書に付記される。
ただし、発行証券の買取価格の算定根拠として保有期間中の評価を行う場合は、証券所有者間の公平性を担保するため、一般市場での売却可能価格(正常価格)とすべきである。なお、帳簿上の価額は現在の公正妥当な会計基準により、取得原価主義に拠ることとされている。
(3) 特定資産の売却時において求める価格
特定資産の売却時の鑑定評価は、一般市場での売却可能価格を判断するためのものであるので、一般的な不動産市場において成立するであろう適正な価格、すなわち正常価格の鑑定評価を行うことが適当である。
特定社債の償還期限や資産流動化計画又は資産信託流動化計画の期限が迫ることによる売り急ぎ要因も考えられるが、計画的な売却を行えば買主側にも競争が生じるので、一般的にはこのような事態は回避できると考えられる。また、通常の取引においても決算期までに売却するという事例もよくみられるが、計画的に行われている場合は正常取引として行われている。
売却後、SPC又は特定目的信託等が解散又は終了していて瑕疵担保責任の追及ができない場合が多いという買主のリスクも考えられるが、この場合の減価は正常価格の範囲内で加味して評価することが可能である。
(4) 特定資産が債権又はこれを信託財産とする信託受益権である場合の担保不動産の価格
一般の債権の元利払いの原資は、債務者の資力であり、それは担保不動産の生み出すキャッシュフローに限定されるものではない。したがって、一般の担保不動産の鑑定評価に準じ、原則として正常価格の鑑定評価を行うこととなる。なお、被担保債権が対象不動産から生ずる収入のみを返済原資とするノンリコースローンのような場合は、一般の担保評価と異なり、貸付債権の投資採算価格として本鑑定評価に準じた特定価格とするのが適当と考えられる。
4 不動産鑑定士の責任
(1) 情報開示と投資家保護
資産流動化法における情報開示の諸規定は、同法に基づいて発行される証券に対する投資を容易にするための、投資家保護の諸制度の重要な一環をなす。これによって、投資家は自らの投資行動についてのリスクを負担する。情報開示は、投資家保護の反面において投資家へのリスクの移転を意味するものである。
しかし、情報の開示が不動産鑑定士の不当な鑑定評価により適正さを欠く場合は、そのリスクは、最終的に不動産鑑定士に移転することとなるので、資産流動化法に係る不動産の鑑定評価に当たって、まず、このことを十分に認識する必要がある。
(2) 資産流動化法に係る不動産の鑑定評価に当たっての社会的責任
不動産鑑定士は、不動産の鑑定評価に関する法律(昭和三八年法律第一五二号)に規定されているように、その業務に従事するに当たり、良心に従い、誠実に不動産の鑑定評価を行うとともに、その信用を傷つけるような行為をしてはならない(同法第三七条)。
資産流動化法に係る不動産の鑑定評価の意義は、前記のように鑑定評価に基づく調査価格を開示することによりSPC又は特定目的信託の業務の適正な運営を確保し、発行される各種の証券の購入者、すなわち、投資家の保護に資することにある。ここにおける投資家は、不特定多数より成り、かつ、必ずしも不動産市場に精通した者ばかりではなく、また、特定資産の投資期間も少なくとも数年以上の比較的長期に及ぶものである。
このため、資産流動化法に係る不動産の鑑定評価が適正を欠く場合は、SPC又は特定目的信託の運営の健全性を害し、資本の充実を損ね、これにより不特定多数の投資家に多大の損害を与えるおそれがあることに留意する必要がある。
(3) 法的責任
不動産鑑定士の責任は、専ら不動産の鑑定評価に関するものに限定される。このため、例えば、証券そのものの発行に係る事項やSPCや特定目的信託の運営に係る事項等については責任を負うことはない。
不動産の鑑定評価においては、依頼者(一般的に、SPC、オリジネーター、委託者、原委託者又は受託会社)と不動産鑑定業者又は不動産鑑定士との法律関係は有償委任と解される。この場合、不動産鑑定業者又は不動産鑑定士には善管注意義務があり(民法第六四四条)、これに違反したことにより依頼者に損害を与えた場合は依頼者に対し債務不履行による責任を負わなければならない。さらに不動産鑑定業者に所属する不動産鑑定士に責任があるときは、不動産鑑定士は不動産鑑定業者より求償権行使の対象とされ得る(民法第七一五条第三項)。
不動産担保付指名金銭債権若しくは不動産又は不動産担保付指名金銭債権を信託財産とする信託受益権の評価においては、不動産鑑定士と弁護士又は公認会計士等が共同して業務を受任したときは、依頼者に対し連帯して責任を負う。ただし、受任者相互間の関係においては、不動産鑑定業者と不動産鑑定士に債務不履行がないときは、不動産鑑定業者及び不動産鑑定士が責任を負うことはない。
資産流動化法に基づき発行される証券が公募される場合には、目論見書、有価証券届出書の記載事項として鑑定評価額が利用されることがある。この場合に、鑑定評価が故意又は過失により適正を欠く場合は、証券取引法等上の責任が問われることもあり得る。
II 一般的留意事項
1 依頼受付時の留意事項
資産流動化法に係る不動産の鑑定評価は、その影響が広汎に及ぶため、当該依頼の受付に際し、依頼者及び対象不動産について、特に次の諸点に留意する必要がある。
(1) 依頼者についての留意事項
資産流動化法に係る不動産の鑑定評価は、SPCの証券発行又は受益権の分割により不特定多数の投資家から資金を集め、特定資産に運用する資産流動化の仕組みの一環をなすので、まず、オリジネーターや受託者となる信託会社等の信用と企画力が重要な役割を果たすことに留意しなければならない。例えば、資金のみを集めて事業を行わない事態やしくみの組成以前に関係者の倒産等、不測の事態に巻き込まれるようなことも有り得るからである。依頼者の信用等の調査方法としては、次のような方法がある。
1) 資産流動化に係る事業は、あらかじめ金融再生委員会に届け出なければ行うことができず(資産流動化法第三条、第一六四条)、届出されたSPCについては、地方財務局等に備え付けられている特定目的会社登録簿によりその内容を閲覧することができる(資産流動化法第八条第一項)。これによって、依頼者がSPCとされている場合、それが届出済みであるか否か、及びその届出内容を知ることができる。信託会社等については、株式会社であり金融再生委員会の免許又は認可を受けなければならない等の規制がある。(信託業法第一条第一項、第二条、金融機関の信託業務の兼営等に関する法律第一条第一項)
2) 明らかに投資不適格な不動産や担保としての適格性を欠く不動産の鑑定評価の依頼を受けた場合は、当該依頼者の信用を疑うに足る理由があると考えられる。
3) 依頼時に、実現性や合法性を欠く「想定上の条件」を付すことや何らかの推定価格を前提とした評価額を要請するなど、良識を欠く依頼者は、信用を疑うに足る理由があると考えられる。
(2) 対象不動産についての留意事項(担保適格性と投資適格性)
不動産鑑定士は、対象不動産の投資適格性及びそれが債権担保である場合の担保適格性を直接的に判断する立場にはないが、明らかに投資不適格であると判断される対象不動産の鑑定評価の依頼に応ずることは、資産流動化法に基づく資産流動化の制度の本旨に反するので、その依頼は謝絶すべきである。
特定資産としての不動産の投資適格性の要件は、まず、債権担保の場合における担保適格性と共通する、次の1)から3)の三つの基本的な原則が考えられる。さらに、担保評価では元本の回収可能性を重視すべきであるが、投資適格性の判断に当たっては元本の回収だけでなく、投資に対する収益(インカムゲイン及びキャピタルゲイン)が確保できるかが重要である(なお、担保の場合も流動性等を判断するためには収益性の判断も重要である。)。
1) 安全性:投資又は担保期間としては数年又はそれ以上の長期に及ぶことが多いので、対象不動産は、所有権等の権原に関し、あるいは維持・管理面からみて長期的な安全性を有するものでなければならない。
2) 流動性:特定資産としての不動産又は不動産を信託財産とする信託受益権は、計画期間終了時には換価処分可能なものでなければならず、また、担保不動産は、担保期間中いつでも換価処分が容易にできる可能性を持ったものでなければならない。
3) 確実性:対象不動産は、将来長期にわたって価格や収益が確実性を持ったものでなければならない。
2 本鑑定評価の条件
本鑑定評価の条件は、次のとおりとする。
1) 本鑑定評価は、投資家保護を目的としているため、安易な鑑定評価の条件を付することは許されず、原則として、現況に基づく条件の設定により鑑定評価を行うものとする。現況に基づく条件とは、物理的な現況及び現況の用益権の存在を所与とした条件をいい、担保権の存在等は不動産の価値自体に対する影響はないものと考える。なお、開発計画のある不動産については、現況評価の例外としての条件の設定が必要な場合も生じ得る(注)。この場合の条件の設定は、慎重に行わなければならない。
(注) 開発計画のある不動産の場合は、その実現性に十分留意した上で、開発計画に即した評価を行う。
2) 本鑑定評価は投資採算価格を求めるものであり、投資採算価格を求めるためには、不動産投資において一般的に資金調達として借入金と自己資本が併用されることを考慮し、借入金償還余裕率(DSCR)の活用により各期の借入金返済余力を確保する方法は不可欠である。したがって、DCF法の適用においては、このような手法を採用するものとする(DSCRの基準及び借入条件については、当分の間、資産流動化法の本旨及びこれまでの一般の不動産投資の状況に基づいて設定した「標準性ガイドライン」(末尾参考1参照)に基づき設定する。)。
なお、当初より転売までの期間収入が期待されていない開発型の不動産については、この間についてのDSCRチェックは行わない。
3) さらに本鑑定評価は、資産流動化法に基づく制度に応じた条件を所与として行うものとする。制度に応じた条件の内容については、後記IV2(1)Ab参照
4) 資産流動化計画又は資産信託流動化計画については、それらが策定されている場合はその内容を検討し、それが本鑑定評価上適切であると判断される事項については、当該事項を考慮した条件を所与とし、適切でないと判断される事項及び資産流動化計画又は資産信託流動化計画が策定されていない場合は、対象不動産に応じて適切と判断できる鑑定評価の条件を設定し適用する。この場合は鑑定評価書にその旨を記載する。なお、資産流動化計画又は資産信託流動化計画が策定されていない場合は、これらの流動化計画に記載されるべき事項の具体的内容について、依頼者へのヒアリングを行う。
3 不明事項
資産流動化法に係る鑑定評価に当たっては、後記IIIのとおり、その対象となる不動産に関して広範かつ詳細な調査を行う必要があるが、不良債権担保不動産と異なり、所有者等の協力が得やすいと考えられるので、重要な部分での不明事項は少ないと考えられる。なお、従前の修繕経緯等不明な事項については、その具体的内容を明確にして、調査し得た範囲から想定される標準的な内容を条件として鑑定評価を行う。ただし、この場合は不明事項について想定したことをリスクとして把握して、割引率や還元利回り等に加算する等により評価に反映させる必要がある。
4 価格時点
資産流動化法に係る不動産の鑑定評価における価格時点の設定は、原則としてSPCによる不動産の取得(予定)時点、特定目的信託の設定時、又は優先出資等申込証の作成時点等の鑑定評価が求められる時点とする。実査日は、不動産の変動状況を考慮し、価格時点以降一ケ月以内とすることが望ましい。
III 調査
1 総論
資産流動化法に係る不動産の鑑定評価では、対象不動産に関して物理的側面、法律的側面、経済的側面、環境的側面等について広範かつ詳細な調査を行って、その結果を不動産の鑑定評価に適切に反映させる必要がある。したがって、調査の範囲は、当協会でまとめた「不良債権担保不動産の適正評価手続における不動産の鑑定評価に際して特に留意すべき事項について」(平成一〇年九月、以下「適正評価手続留意事項」という。)と少なくとも同程度のものを必要とする。なお、資産流動化法に係る不動産の鑑定評価のうち正常価格を求める場合においても、調査内容については本鑑定評価と同様である。
2 市場調査
投資家は常に他の代替投資物件と比較を行い、市場データと自己の投資判断基準に基づいて投資判断を行う。このような投資家に対する情報開示の役目を負っている本鑑定評価においては、特に十分な市場調査とその分析に基づいた価格を求めることとなる。
3 収支に関する調査
本鑑定評価に係る各種調査において特に重要となるのは、対象不動産の収支に関する調査である。この場合、賃借人の属性についての調査も重要であり、適正評価手続留意事項と同等のものが必要となる。
例えば、所有者等の協力が得られない場合には、不明な事項を想定しながらリスクとして評価せざるを得ないので、そのリスク部分を割引率や還元利回り等に加算して評価することになり、対象不動産の評価が低くならざるを得ないことを所有者等に説明し協力を得る必要がある。
一般に、投資家は資産の収益性に着目して投資行動をとるため、不動産の鑑定評価上も対象不動産の将来の収支予測、特にキャッシュフロー分析をいかに確実に行うかが重要となる。その予測に当たっては、前記2のように市場データを多数分析する必要がある。調査に当たっては、個別の不動産の特性に応じて最も妥当と判断される方法を採用することが望ましい。また、対象不動産の収支に関する留意事項については後記IV2(1)Bbを参照のこと。
IV 不動産鑑定評価上の留意事項
1 基本的方針
本鑑定評価の対象不動産は、特定資産の転売収入を含むキャッシュフローを生み出す投資用不動産(取得予定のものも含む。)であって、ここでは、対象不動産として多くを占めると考えられる賃貸用不動産(貸家及びその敷地)等の収益用不動産を中心として述べることとする。
なお、SPC法に基づくSPCについては資産流動化法の規定の適用はないので、SPC法に基づくSPCに関する鑑定評価を行う場合は、借入制限が緩和されたものではないこと等に留意する。
(注) SPC法に基づくSPCの場合は、DCF法の適用に当たり、保有期間中の最も低い単年度の純収入のDSCRを一・二以上として、末尾参考二のように自己資本割引率から価格を求める。資産流動化法に基づく制度の場合は、借入制限の緩和等により後記のとおり総合割引率から価格を求め、DSCRチェックは、標準的な投資採算基準によることとした。
本鑑定評価は、前記のように投資採算価格を求めるものであるので、投資家の立場から求める収益価格に基づいて鑑定評価額を決定する。
この収益価格の信頼性を高めるためにはDCF法の適用が不可欠である。なぜなら、不動産への投資家又はそれを化体した証券への投資家は、不動産が生み出すキャッシュフロー、すなわち投資期間中の収入(期間収入)と転売時点の収入が最大の関心事であり、両収入を正確かつ明瞭に分別把握して評価する評価手法、つまりDCF法を本鑑定評価の中心的な手法として採用することが適当であるからである。
しかし、収益還元法で適用する手法としては、現状の日本における不動産取引の実態及び収集できる資料や予測要素等からみて、DCF法に加えて直接還元法も採用して、DCF法による価格を検証する。さらに、市場性や収益価格の妥当性の検証等のために比準価格、積算価格も求める必要がある。
また、エンジニアリング・レポートや契約関係の調査報告書等の他の専門家による調査報告の内容を判断し、原則としてこれらを尊重して鑑定評価を行う必要がある。
2 収益用不動産(賃貸用不動産等)
(1) 収益還元法
A 総論
a 手法の適用方針
本鑑定評価に当たっては、資産流動化法に基づく制度に応じた条件を所与とするDCF法の適用を基本とし、転売予測価格を求める手法は直接還元法によることを原則とする。
さらに、これによって求めた収益価格を検証するために、直接還元法を適用した収益価格を求める。
b 資産流動化法に基づく制度に応じた条件
DCF法の適用に当たって留意すべき資産流動化法の制度に応じた条件としては、具体的には、次に掲げる事項が該当する。
1) 制度の別(資産流動化法第二条):SPC制度又は特定目的信託制度による投資と不動産への直接投資との相違、さらに、SPC制度又は特定目的信託制度の別により取得等に係る税制上の取扱いや運営支出等が相違する。
2) 特定資産の別(資産流動化法第二条):特定資産が不動産であるか、不動産を信託財産とする信託受益権であるか等により取得等に係る税制上の取扱いや運営支出等が相違する。
3) 管理会社・オリジネーター・受託会社(資産流動化法第五条第一項第四号、第一六五条第一項第四号):不動産の管理にかかる企画力、信用度及び管理の質等が賃料や管理費等についての所与の条件(要因)となる。DCF法の適用上、各種利回り等の査定におけるリスクの程度を計るときに考慮する。
4) 特定資産の処分の制限(資産流動化法第一五二条、第一六五条第一項第四号、規則第五七条):SPC及び特定目的信託は、各流動化計画に定められた場合を除いて、計画期間中は特定資産を自由に処分できず、期間終了後は必ず処分しなければならない。このため、値上がりや値下がりを予測した、好機を捉えた取得と処分が困難となる場合もある。ただし、当分の間、価格形成面での影響度は中立的なものとして取り扱う。
5) 余裕金運用の制限(資産流動化法第一五三条、第一七一条):一時金等の余裕金の運用方法が特定されていることによるデメリットがある(反面リスクは小さくなる。)。
以下の事項については、制度に応じた条件とせず、DCF法の適用に当たっては一般の不動産投資と同様とする。
1) 計画期間(資産流動化法第五条第一項第一号、第一六五条第一項第一号):資産保有期間(投資期間)は証券の評価とは密接な関係を有する。ただし、DCF法適用上の保有期間(転売時点までの各年度のキャッシュフローを査定する期間)は、流動化計画等の計画期間の如何にかかわらず、保有期間中各期の現在価値の総和部分と復帰価格に基づく価値部分との比率を考慮しながら予測可能範囲内で査定する。
2) 借入制限(資産流動化法第五条第一項第五号、第一五〇条の六、第一七〇条、規則第一八条、第六五条):SPC及び特定目的信託は金融機関等からの一般の借入が制限されているが、SPC法に比し、制限が緩和されているので、通常、SPC法に基づくSPCのような、一時的かつ大量の空室の発生や不測の建物損傷等が生じた場合への対応が困難となるような厳しい規制ではないと考えられる。
c 直接還元法とその適用方法
直接還元法(Direct Capitalization Method)としては、対象不動産の標準的な単年度(多くは初年度)の収益を適切な還元利回りで除する手法が一般的である。この還元利回りの主な査定方法としては、対象不動産と類似の不動産の取引事例等の取引利回りから求める手法(以下「取引利回り法」という。)がある。
取引利回り法により求められた還元利回りには投資家等の投資判断が集約されているので、この利回りに基づく直接還元法は、不動産市場の状況(価格時点における予測の精度)によってはDCF法より信頼性があることもある。ただし、単純な形で類似不動産の取引利回り等を採用しているため、利回り等についての、いわば取引事例比較法ともいえるので、投資採算を適切に表わしているか否かに十分留意する必要がある。さらに、本鑑定評価では、借入金返済リスクを考慮するので、対象不動産の適切な借入比率と借入金の元利均等償還率を査定し(「標準性ガイドライン」(参考1参照))、これにより査定した還元利回りからDSCRを求め(参考4(6)参照)、それが適正な数値かどうか確認する。また、採用する取引事例の種別、類型、所在地域等の類似性や利回り等、採用する収入の種別(粗収入、純収入等)に応じた比準に当たっての妥当性にも留意する必要がある(後記f参照)。
直接還元法は、単年度収益を単純に還元利回りで割って価格を求めるため対象不動産の将来のキャッシュフロー変動予測や、リスク変動を予測した利回りなどが詳細には反映しきれないという性質を持つが、DCF法での転売予測価格を求める場合に適用されるほか、DCF法による収益価格の妥当性の検証手段としても有用である。
B DCF法の適用に当たっての留意事項
DCF法の適用に当たって用いる数値の設定は、次のとおりとする。
a 保有期間
DCF法適用における保有期間の設定は、米国等の状況をみると、通常は一〇年を中心として五〜一五年程度と言われている。ただし、現在の我が国の不動産をめぐる状況(標準的な賃貸借契約期間が二年を基準として考えられていること、先行き不透明のため価格変動率及び収支の予測可能期間が短いこと等)を考慮し、対象不動産の収支等の予測確実性の程度に応じて五年から一〇年程度までの間とし、標準とする期間は七年とする。なお、長期の定期借家契約がなされている場合には、賃料収入予測が可能であることを考慮して、保有期間の査定を行う。
この期間は、保有期間中のキャッシュフローに基づく現在価値部分と復帰価格に基づく価値部分との比率を考慮しながら予測可能範囲内で査定する。
b 収支の把握
1) 収支の把握はSPCが採用する企業会計による損益把握又は特定目的信託による信託の計算とは異なり、対象不動産の各年度の実際のキャッシュフロー予測に基づいて査定する。
2) 純収入は、有効総収入から運営支出と資本的支出とを控除して求め、減価償却前のものでかつ税引前のものとする。すなわち、建物等の償却については実際のキャッシュの支出ではなく、保有期間部分については転売価格の評価減に加味され、n+1年後の永久還元部分については償却資産部分の償却率を還元利回りに加算するなどの方法で調整されるものであり、また、所得課税については、通常SPC及び特定目的信託での課税が発生しない仕組みとなっているので、税引前キャッシュフローで把握することが妥当であることによる。
3) 収入及び支出の各項目の査定及び変動予測については、原則として各年度毎に査定することとする。保有期間が短期の場合や多額の収入又は支出(一時金の受渡や大規模修繕等)を年度末として把握することが妥当でないと判断されるような場合は、各月毎の査定及び予測を行うことが望ましい。
なお、収支の各要素について以下に記載がないものについては、本留意事項の趣旨に反しない限り、「不良債権担保不動産の適正評価手続における不動産の鑑定評価に際して特に留意すべき事項について(その二 デフォルト状態にない不良債権の担保不動産)」(平成一〇年一一月、以下「適正評価手続留意事項(その二)」という。)の担保としての評価による。
c 有効総収入
有効総収入は、可能総収入から空室損失及び貸倒れ損失を控除し、一時金、共益費等及びその他収入を加算して求めるものとする。その査定に当たっては、対象不動産の総収入に影響を与えると判断される賃貸市場の動向分析をできる限り詳細に行って判断する。
(a) 可能総収入(PGI(Potential Gross Income))
満室の状態で、賃借人が賃料を契約どおり全額支払っている場合の総賃料収入をいい、賃料は原則として実際支払賃料(賃貸借契約書に記載された金額でないことも多いことに留意)により求め、空室分は当該部分の募集賃料も参考にして、賃貸事例比較法により新規に賃貸することを想定したものとして求める。
賃料の予測に当たっては、近隣地域や同一需給圏内の類似地域の現行の賃料水準の把握とその動向の把握が重要である。賃料の動向の予測は、現状の契約内容等を踏まえ、過去の動向にも留意しつつ行う。また、対象不動産の価格時点の賃料が市場の賃料水準と乖離している場合は、想定される賃借人の交代や賃料更改の状況について留意する必要がある。
なお、定期借家契約がある場合の賃料改定条項及び借地借家法第三二条に規定する借賃増減請求要因、すなわち固定資産税等の変動状況、不動産の価格の変化、近隣の賃料の動向など賃料変更要因と継続賃料の固定性・非弾力性等にも留意する。
(b) 空室・貸倒れ損失
1) 空室損失
現に空室である割合を十分考慮するとともに、建物の経過年数や設備の状況及び資料水準による空室率への影響を、対象不動産の近隣地域や同一需給圏内の類似地域の賃貸市場等の動向、特に競合する他の賃貸不動産との関係も踏まえ十分に考慮する。建物老朽化、設備の陳腐化等は、一定時期を超えると急速に空室率を高める要因となることにも留意する。また、一棟貸しやサブリースや定期借家契約等の賃貸借契約内容による空室率への影響も十分に考慮する(一棟貸しの解約リスクは、割引率の査定に反映させる。)。
賃借人の交代時の空室期間(解約予約によりカバーされるものは除く。)は、過去の実績を踏まえ適切に判断し、新賃借人を入れる際に要する修繕等の期間について未収入期間が発生することにも留意する。また、大規模修繕時には長期休業を要する場合もあることにも留意する。
新築物件については満室の状態になるまでの期間とその経過の予測を十分行う必要があるとともに、募集費用も考慮する必要がある。
2) 貸倒れ損失
賃借人の信用状況や特性を精査し、過去の実績も踏まえ、貸倒れ損失の可能性も適切に見積もる。特に、賃借人として不適格な賃料延滞又は不払い者がいることによる、空室率の増大、資料水準の低下、資料延滞者等の増加等の、他の賃借人への影響も考慮する。
一時金で担保される部分についても貸倒れ損失として計上する。
(c) 一時金
保証金等の預り金については、全額を受渡時の収入又は支出として把握する。ただし、SPC及び特定目的信託には前記のように資金運用制限があるので、全額を支払準備金等として、金融機関等に流動性のある資金として預託するものとし、一旦預託年度の支出とした後各年度で予測される短期運用利回りに基づく各年度の運用益を収入とする。転売時には保証金等の返還債務の引継ぎを行うものとして算定する(取得時は、前所有者からの保証金債務相当額の収入と支払準備金への支出とし、転売時は、支払準備金からの収入と購入者への支出とする。)。
権利金等の賃借人への返還義務の無い一時金は、受入れ年度の収入とする。一般的に売買時の受渡は無いので、○年度及び転売時にも受渡が無いものとして査定する。全期間(有期を想定し、その全期間)で償却益を考慮する直接還元法との差が生じることに留意する。
更新料は上記権利金等に準じて処理する。
(d) 共益費等
賃借人から建物賃貸借に関連して賃料以外に共益費等として収受しているものである。これは、賃借人から徴収する実額とし、通常は賃料相当額分以外は計上しないが、ここでは水道光熱費、冷暖房費、清掃費等の実費相当分も含めて支出の共益費と両建てで計上する。また、空室損失等を考慮しないので、空室部分については計上しない。変動予測は、過去の実績に基づいて行うが、支出増加以上の増収は原則として見込まない。
(e) その他収入
建物賃貸借関連以外の収入で、駐車場収入や広告看板収入等がある。これらは、過去の実績に基づき査定し、借家部分の入居率及び当該施設の稼働率等を考慮して変動予測を行う。
d 運営支出
運営支出とは、管理費、修繕費、公租公課、損害保険料等の賃貸用不動産を運営していくために必要な支出である。建物の用途により大きく異なることに留意する。
(a) 管理費
SPCは、自らは対象不動産の賃貸経営管理を行わない、いわゆる「箱」であるため、賃貸不動産の物的管理及び賃貸経営管理は当然アウトソーシングされることになる。したがって、対象不動産の物的な維持管理費や賃借人管理費(プロパティマネジメントフィー)とともに、賃貸経営に係る管理費(アセットマネジメントフィー(注))も計上する。特定目的信託制度においては、信託報酬の中に各管理費が含まれることになるが、物的な維持管理費や賃借人管理費については、受託会社が管理する場合と外部に業務委託する場合がある。
なお、(b)以下に掲げる運営支出の中には管理契約に基づき管理会社に支払う額の中に含まれるものもあるので、管理契約の内容を検討し、二重に計上しないよう留意しなければならない。
また、管理者の運営能力如何は、賃料収入の多寡と深く関わることになるので、管理者の経歴、資本金、従業員数、実績等を勘案して収支に反映させなければならない。
(注) アセットマネジメントとは、物的な維持管理者や賃借人の管理者を統括し、賃貸経営に係る高位の意思決定(賃借人の選択等の賃貸戦略等)に関する管理をいう。
(b) 共益費
水道光熱費、冷暖房費、清掃費等であり、収入と両建てで計上する。通常過去の実績に基づき査定するが、将来の入居率等を考慮する。
(c) 修繕費
対象不動産の使用に伴う軽微な損傷や消耗に対する修繕や取替え等である。
過去の修繕実績及び今後の修繕計画に基づき査定し、支出予定年度に割り振って計上する。修繕すべきものが行われていない場合は、原則として初年度にこの分も計上する。なお、修繕費の額、支出年次などは、エンジニアリングリポートを参考にして査定する。
(d) 公租公課
実績を調査の上計上するが、将来の課税標準や税率(特例を含む。)の変化も考慮する。
(e) 損害保険料
実額を計上するが、付保額が過大又は過小でないか確認を要する。過小と判断される場合は、適切な付保額とした場合の保険料を計上する。これについても修繕費と同様、地震保険等に関するエンジニアリング・レポートを参考としつつ保険料の十分性を考える。
(f) 賃借人募集経費
賃借人を募集するために支出する仲介手数料や広告費等である(賃借人管理費の中に計上している場合は計上しない。)。賃貸借契約の終了(更新される場合は除く。)時期を予測し、それに応じた金額及び支払時期を査定する。
(g) その他支出
その他収入に係る支出(建物賃貸借と一体として前記支出で計上しているものは除く。)や借地権付建物の場合の地代等である。その他収入に係る支出については、過去の実績に基づき査定するが、将来の稼働率等も考慮する。地代については実際の契約に基づく支払額を原則とするが、標準的な契約内容のものからの乖離に留意する。
e 資本的支出
資本的支出とは、固定資産の取得時又は取得後において行われた支出で、その資産の能率又は能力を高めるか、資産価値が増加するか、耐用年数が延長するものである。例えば、建物の増築や用途変更、設備の増設、取替えなどに要した支出である。これは、企業会計上、資産として計上し、損益計算上は減価償却費として期間配分されるが、キャッシュフローの査定上は前記の運営支出と同様に支出として計上する。
その計上方法は、建物(躯体及び設備)の状態や修繕経緯及び長期修繕計画並びに競合する不動産の状況をはじめとする地域の賃貸市場の動向等により、対象不動産の状況を考慮した上での標準的な支出の時期及び金額を査定し、その支出する年度に計上し、原則として単に平均的な支出としては捉えないものとする。ただし、保有期間が長期である場合等で、大規模修繕費を平準化するために、修繕計画で毎年の積立金として支出されることも考えられる(この場合は、厳密には、各年度で具体的に支出される金額との差額に係る運用益又は金利も考慮する。)。
なお、実際には保有期間が中短期である場合等における取得時の鑑定評価の場合は、資本的支出の査定に当たり、当初(証券発行前)に多額の支出が発生することが多いことに留意が必要である。このような証券発行前に実施する大規模修繕や、大規模修繕等の修繕計画に沿った資本的支出は、既に余裕金等で資金手当てがなされている場合が多いので、この場合の資本的支出は、後記DSCRの査定上考慮外とする。
f 適用利回り(割引率)
保有期間の各年度の純収入及び保有期間終了時の復帰価格を価格時点の価値に割り引く割引率の査定は、次のとおりとする。
(a) 基本的な考え方
1) 後記iDCF法により求める価格の査定方法のとおり、(暫定)総合割引率と借入条件に基づき価格を査定するので、(暫定)総合割引率とともに借入金の割引率(金利)も査定する。
2) 土地、建物を別個のものと見ることなく、一体の利回りを査定する。
(b) 借入金(他人資本)の割引率(金利)
証券の発行条件の如何にかかわらず、金融機関のノンリコースの不動産事業向け貸出金利(注)(把握が困難な場合は長期貸出金利の平均)を標準とし、これに保有期間を通じた純収入の変動予測に基づく対象不動産の個別のリスク等を考慮して査定する。
(注) ノンリコースローンについては、現在五年から七年程度の期間のものが多いが、期間内の返済額は二〇年程度の元利均等返済などにより計算され、期間満了時に借換などにより残債を返済するものが多くみられる。
(c) 総合割引率
ここでは、一定の幅で総合割引率を査定する。原則として、取引利回りに基づく手法、投資家等の意見による手法及び積上げ法を併用し、類似投資資産の期待利回りを考慮して査定する。
1) 取引利回りに基づく手法
本手法は、対象不動産と類似性の高い収益用不動産の市場における取引利回りを分析し、これによって対象不動産の利回りを査定する方法である。通常は、取引事例から把握できるのは純(総)収入を取引価格で割った初年度の還元利回りなので、総合割引率を求める場合は、次のように分析を行って求める必要がある。
取引事例の初年度純収入と取引価格が判明しているので(総収入ベースの場合は経費率又は支出額も査定)、純収入の変動と転売価格の予測を行い、内部収益率(IRR)を求める手法により、各取引事例の総合割引率をそれぞれ求めて比準する方法がある。
なお、不動産の価格がその収益力を重視せずに決定されている地域等における、取引利回り法に基づく総合割引率は、投資採算から乖離した価格を追認することになってしまうので、重視すべきではない。
(注) 本手法は、取引事例を利回り査定の基礎とするので、まず多数の賃貸不動産等の取引事例(収入及び取引価格)を収集する必要があり、利回りの査定に用いる取引事例は、対象不動産と物的内容、市場動向、収益構造等が類似しているものを選択し、比準(利回りの比準であることに留意)に当たっては時点修正を含む補修正にも留意する必要がある。また、取引事例の借入条件が判明していてもその条件(借入条件、借入金比率)が標準的ではないと判断できる場合はその事例は原則として採用すべきではない。
なお、適切な取引事例の把握ができない等により信頼性のある取引利回りが査定できない場合は、この手法に高い信頼性を置くべきではない。
2) 投資家等の意見による手法
類似性の高い不動産への投資を行っている多数の投資家へのヒアリング結果を分析して求める。
3) 積上げ法
国債等の安全性の高い長期債券(残存期間が保有期間に見合った期間のもの)の市場における取引利回り等を基に不動産投資の特性(安全性、流動性、管理の困難性等)を考慮したリスクプレミアムを加算した不動産投資の標準的利回りを基本とし、次に掲げる対象不動産の地域性及び個別性並びに本鑑定評価に当たって付された条件に基づく要因を考慮して査定する。
i 地域別、用途別、類型別のリスク及び収益力格差
ii 対象不動産の個別性に基づくリスク及び収益力格差
iii 資産流動化法に基づく制度に応じた条件が収益力及びリスクに及ぼす影響の程度(ただし、複数不動産への投資に起因するものを除く。)
4) 類似投資資産からの比較
株式等の他の類似投資資産の期待利回りから比較して求める。
g 復帰価格
復帰価格は、保有期間(予測可能期間)終了時(n年末)の転売予測価格から売却費用を控除して求める。
(a) 転売予測価格
転売予測価格は、転売時点の市場価格であるので、原則としてn+1年目の純収益を転売時還元利回り(ターミナルキャップレート)で還元して求める。すなわち、収益還元法においては、転売時の購入者もn+1年以降の純収益予測に基づいて価格を決定するものと予測するのが適当であることによる。また、DCF法は基本的に永久に続く収益を期間を区分して試算しているにすぎないものという観点から考えても、転売予測価格は原則としてn+1年以降の純収益のn年末時点における現在価値の総和(適用する利回りは価格時点のものとは異なる)として求めるべきである。
なお、n+1年以降に最有効使用の変化等に伴い現況用途と異なる用途への変更が見込まれる不動産の場合等、キャッシュフローの大きな変化が予測されるときは、その変化を純収益やターミナルキャップレートで十分に調整すべきである。この調整を行っても転売価格に適切に反映できないと判断される場合には、積算価格や比準価格に予測価格変動率を乗じた価格をも考慮して求めることができるものとする。
(b) 純収益の把握
原則としてn+1年目(転売初年度)の純収益とする。n+1年以降の純収益の変動が予測できるときは、それを転売時還元利回りに加味する。n+1年目(転売初年度)の純収益は、保有期間中と異なり永久還元を行う対象となるので、資本的支出や空室率、権利金等の平準化も行う必要があり、各年毎のキャッシュベースの収入でない点に留意する。
(c) 転売時還元利回り(ターミナルキャップレート)
n+1年目の純収入を還元するときの利回り(転売時還元利回り)は、転売時点における需要者にとっての初年度還元利回りである。これは、初年度の収入から価格を求めるための率であり、割引率ではないことに留意する。その査定方法は、次の1)のように行い、2)及び3)により検証する。
1) 前記Ac直接還元法で査定する総合還元利回りを基に、価格時点に比べての予測不確実のリスクを考慮の上、転売時還元利回りを査定する。転売時還元利回りは、保有期間以降の予測収支については、保有期間中の予測収支に比べ信頼性・確実性が劣ること及び建物が古くなっていること、並びに将来時点におけるその時点の半永久の予測による還元利回りであること等の理由により、初年度還元利回りより高めになるのが通常である。
債券利回りや不動産の取引利回りの水準自体の変動が予測できる場合には、この変動も考慮に入れる。
(注) 転売時還元利回りは、償却前収益を永久還元する利回りなので、建物等の償却資産部分についての償却率相当分に対応する利回りが織り込まれ、また、償却費相当分以外に、純収入の変動に一致しない元本価格変動(n年まで及びそれ以降とも)をも十分考慮した利回りである。
2) 取引事例の分析や投資家へのヒアリング等から直接転売時還元利回りを求め検証する。
3) 転売時還元利回りは、純収入の変動率がプラスのときは、多くの場合割引率よりも低い(なお、転売時点までの、純収入の変動と一致しない元本変動や、建物等の償却率相当分が大きい場合等は、このようにならないこともある。)ので、この観点から収益価格の試算後に適用利回りの妥当性を検証する。
(d) 売却費用
仲介手数料と印紙税等の契約書作成費等である。仲介手数料は宅地建物取引業法に定める報酬額上限をもってその額とする。
h 買主又は受託者として不動産を取得する場合の費用
SPCが、買主として不動産を購入する場合の費用については、買主の総投資額を構成するので、これらの購入費用を控除して投資採算価格を求める。
信託会社等が、受託者として不動産を取得する場合の費用については、受託資産の元本価額から控除されるので、これらの費用を控除して投資採算価格を求める。
(注) 取得税等の流通税については、資産流動化法のSPC及び特定目的信託に適用される租税特別措置法の規定等に留意する。SPC制度においては、仲介手数料、不動産取得税、登記費用、印紙税等。特定目的信託制度においては、登録免許税、不動産取得税等。
i DCF法により求める価格の査定方法
本鑑定評価で用いるDCF法により求める価格は、キャッシュフロー表に基づき、次の手順により求める。
(a) 暫定の収益価格の査定
純収入等のキャッシュフロー並びに暫定総合割引率(前記f(c))及びこれに基づく転売時還元利回りにより、暫定の収益価格を求める。
(b) 暫定の借入金元利支払額の査定
暫定の収益価格及び対象不動産のリスクに応じた借入条件(借入比率・借入期間・借入金利(参考1「標準性ガイドライン」参照))により、借入金のキャッシュフローを作成する。なお、借入金の返済方法は、原則として元利均等償還方式による(注)。
(注) 元利均等償還方式を採用する理由は、
i 賃貸不動産等の不動産投資の場合の借入金返済方法は、支払負担平準化のために元利均等償還方式が採用されていることが多いこと、
ii 鑑定評価上、元利支払後の純収入の把握をするとき、支払額が平準化している方が適切であること
iii 期日一括返済方式による返済方法は貸し手のリスクが高い等により一般化していないこと、
である。
(c) DSCRによる検証及びDCF法により求める価格の決定
本鑑定評価においては特定資産の投資採算性を重視するため、対象不動産の保有期間中の各年毎に借入金返済の確実性を担保した上で、自己資本に対する投下資本利益を確保する必要があるので、次のようにDSCRによる検証を行って収益価格を査定する。
保有期間中の純収入及び復帰価格(転売収入)並びに借入金のキャッシュフローにより、DSCRチェックを行い、保有期間中平均(注1)一・二〇以上、最低一・〇超、転売収入一・二〇以上となっているかを確認する(なお保有期間中平均及び転売収入DSCR基準は、対象不動産のリスクの程度に応じ参考1「標準性ガイドライン」を参照。)。
基準を下回る場合は、総合割引率等の引上げ及び借入比率の引下げにより調整し、基準を満たしたところで収益価格を決定する。
さらに、上記各手順を見直し、総合的な調整を行って、全ての項目で適正と判断したうえで(注2)、DCF法による収益価格を決定する(注3)。
(注1) 保有期間中平均とは、保有期間各年のDSCRの平均をいう。
(注2) 自己資本割引率の水準の妥当性、総合割引率と初年度還元利回り、転売時還元利回り相互の関係や保有期間中のキャッシュフローに基づく現在価値部分と復帰価格に基づく価値部分との比率等の確認も行う。
(注3) 上記手法のほか、まず総合割引率でなく、自己資本割引率を求め、DSCRの最低基準から借入金額と自己資本投資額を求めて、DCF法による価格を求める手法もある(参考2参照)ので、適用利回り等の検証のためにこの手法も適用する。なお、この手法の適用は、評価作業の中で行い、鑑定評価書への記載は不要とする。
なお、SPCが不動産を取得するための鑑定評価を行う場合は、さらに前記hの購入費用を控除し、特定目的信託制度においては信託設定費用を控除してDCF法による価格を求める。
(d) DCF法による価格の検証等
1) DCF法による価格の検証として、直接還元法によるもののほか、次にような財務比率分析を行うことが有用である。
i 損益分岐比率(BER)により、空室率の許容される程度を判断する。(通常九〇%以下)
ii 運営支出比率(OER)により、類似不動産との比較における運営支出と有効総収入との対比率の分析を行う。
2) 借入比率とSPC制度におけるSPCの社債発行割合との乖離が大きい場合は、その旨を鑑定評価書に記載する。
(2) 原価法
本手法は、収益価格の検証のために適用する。
この検証に当たっては、原価法を適用して求めた「貸家及びその敷地」の積算価格は土地建物一体としての市場性を必ずしも十分に反映していないこと、また、一般的には、「貸家及びその敷地」の上限値としての価格であることに留意する必要があるほか、次に掲げる点にも留意する。
1) 鑑定評価において求めた収益価格は、証券化のしくみに組み込まれる資産としての特性を踏まえた価格であり、さらに資産流動化法に基づく制度に応じた条件を考慮したものであるが、積算価格はこの点が考慮されていないこと。
2) 対象不動産が、大規模複合開発に基づく不動産である場合などにおいて、合理的かつ計画的な経営管理がなされていることにより、通常以上の収益を生じていることもあるので、収益価格が積算価格を上回る場合も生じ得ること(後記(4)参照)。
(3) 取引事例比較法
本手法も原価法と同様に、収益価格の検証のために適用する。
この検証は、詳細な市場分析に基づいて求めた収益価格が本鑑定評価における調査の結果を反映し、投資採算価格を適切に反映しているかどうかを判断するためのものである。
対象不動産の多くを占めると考えられる「貸家及びその敷地」は複合不動産であって、その有形的利用のみならず賃貸借契約の内容、契約締結の経緯及び経過した借家期間等により極めて個別性が強く、かつ、契約内容の十分な調査が困難であるために信頼性が十分でないことが多いことに留意しなければならない。実務上は、事例資料の制約から、本手法の適用が困難である場合が多いので、この手法を効果的に適用するためには、今後とも取引事例調査の内容を充実させる必要がある。
この検証に当たっては、前記(2)原価法において述べた1)及び2)と同様の留意が必要である。
(4) 収益価格の検証及び鑑定評価額の決定
本鑑定評価においては、DCF法により求められた価格を標準とし、直接還元法による検証を行って求めた収益価格に基づき鑑定評価額を決定する。この決定に当たっては、積算価格、比準価格による収益価格の妥当性の検証を行うものとする。
1) DCF法により求められた価格については、直接還元法で査定した還元利回りとDCF法から求められた初年度還元利回りとが近似しているか否かを検証し、近似していない場合は、その原因となるキャッシュフローの変動や借入条件、総合割引率等の見直しを行う。
2) 収益価格が積算価格若しくは比準価格又はその双方を上回る場合においては、次のように賃料等の将来予測や賃借人に係るリスク等、その要因を調査分析して、再検討する。
i 収益価格が積算価格等を上回る要因として、不動産価格の下落傾向の下における、賃料の遅行性による一時的現象(土地価格の急激な下落等によるものと考えられる場合は、土地価格等の上昇の可能性を検討する。)又は市場原理を反映しない当事者間における貸手優位の契約内容によることも多いと考えられるので、このような場合は将来予測や賃借人のリスク等を再検討する。
ii 収益価格が積算価格等を上回る要因が管理会社の優れた管理能力等によるときは、収益配分の妥当性、純収益の持続性と安定性が十分に考慮されているかどうかについて再検討する。
3) 収益価格が積算価格等を著しく下回る場合は、転売価格を含む将来予測や利回り等の妥当性を再検討する。この場合は、対象不動産が、投資不適格の不動産である可能性が大きいので、鑑定評価額と正常価格の乖離の状況及びその理由について鑑定評価書に記載し、その内容について依頼者に十分説明する(この場合は鑑定評価の依頼の取消しとなることも考えられる。)。
3 更地等
本鑑定評価の対象となるのは、キャッシュフローの把握可能な賃貸用不動産が中心となるが、その他の対象としては、開発行為により資産の形態を変更することでキャッシュフローを生み出す対象としての更地、低未利用地(以下「更地等」という。)(注)がある。
(注) 利用又は売却に際して除去する必要のある建物等が存する土地は、更地や未利用地と同様に考える。
このほか、経営委託に係る事業用不動産も考えられるが、事業用不動産についてのDCF法の適用方法は、基本的に賃貸用不動産とほぼ同一と見ることができるので省略する。
底地や借地権等は、期間収益が期待されている場合は、収益用不動産として評価し、開発目的の場合は、更地等として評価を行う。
(1) 総論
開発対象としての更地等については、開発に伴うリスクが大きく、また、開発が完了し販売又は賃貸が可能となるまで対象不動産に基づく配当ができないため本鑑定評価の対象になりにくいことに留意すべきである。しかし、対象となる不動産について、開発計画が資産流動化計画又は資産信託流動化計画として開発の予定期間及び開発内容など具体的に定められている場合(資産流動化法第五条第一項第四号、第一六五条第一項第四号)に、計画の実現性が極めて高く、市場の動向分析から判断して優良な案件で事業が確実に見込める等、開発に係るリスクが限定された場合については本鑑定評価の対象となるものと考えられる。
(2) 計画の実現性
開発対象としての更地等については、前述のごとく開発の実現リスクがあり、安易に鑑定評価を行うことは避けるべきである。その開発計画の実現性について十分に検討すべきであり、その留意点としては以下のとおりである。
1) 開発計画についてはその計画について、許認可の取得が既に完了しているか、又は完了間近であること。少なくとも、官公庁との事前の審査は終了していることが実現性の判定では必要であること。
2) 開発予定期間の見込が標準的で、工程の進行に無理がないことが認められること。
3) 開発計画の内容が具体的な資金計画に裏付けられていることが確認できること。
4) 事業計画について今後の市場動向から予測して確実性が見込まれること。
(3) 更地等の鑑定評価
更地等については開発法に基づく価格あるいはDCF法に基づく収益価格を標準とし、収益還元法(土地残余法)に基づく収益価格を比較考量して鑑定評価額を決定する。なお、取引事例比較法に基づく比準価格による検証を行う。
DCF法は、「適正評価手続留意事項III(4)1)現状は低未利用地の状態にある不動産」に準じて適用する。この場合、対象不動産が不良債権担保不動産ではないことによる手法適用上の相違点(賃貸不動産として保有する場合もあること、早期売却の必要性の有無(適用利回り、開発期間等の相違)等)に留意する。また、開発法の適用については「開発法の適用に係る鑑定評価手法に関する研究について」(平成九年三月)を参照のこと。
A 賃貸用建物の開発の場合
開発計画が賃貸用建物を建築し、竣工後賃貸運営を行うものである場合は、適用手法の中心はDCF法である。この場合の留意点としては以下のとおりである。
1) 建設を見込む建物は計画内容に準じた建物を想定し、賃貸条件等も建築計画に基づき設定すること。
2) 賃貸事業によるキャッシュフローは収益用不動産の場合に準ずること。
3) 建物竣工までの資金計画についても実際的な計画で設定すること。
4) 割引率及び還元利回りの決定に当たっては、開発に伴うリスクを考慮すること。
B 分譲用建物の開発の場合
開発計画が建売ビルや戸建分譲、マンション分譲など分譲用建物を建築し、竣工後販売するものである場合は、適用手法の中心は開発法である。この場合の留意点としては以下のとおりである。
1) 開発目的が建売ビル等の収益用不動産である場合は、販売予測価格は、DCF法又は直接還元法によることが望ましいこと。
2) 開発目的が戸建住宅やマンション等の収益用不動産でない場合は、原価法又は取引事例比較法によって販売予測価格を求めることになるが、この場合の予測価格は価格変動率を予測して求めた販売時点における価格であること。
3) 販売に着手することとして想定する時点は、開発目的である建物等が完成した時点であること。
4) 販売等のすべての業務が外部委託で進められることが多いために、委託料等の支払が発生する場合があること。
5) 投下資本収益率の決定に当たっては、開発に伴うリスクを考慮すること。
4 担保不動産の鑑定評価
特定資産が一般的な不動産担保付債権(その信託受益権のときも含む。)であるときの担保としての鑑定評価上の留意事項は、当協会でまとめた「担保不動産の鑑定評価」(平成元年三月)、「抵当証券交付申請書添付鑑定評価書に係る不動産鑑定評価上の留意点について」(平成一一年一二月第一一次通知文)、「適正評価手続留意事項」及び「適正評価手続留意事項(その2)」による。
なお、特定資産である不動産担保付債権がノンリコースローンである場合は、その返済リスクの観点から、特定資産が不動産である場合に準じて鑑定評価を行うものとする。
V 鑑定評価書記載事項
1 付加的記載事項
鑑定評価書には通常の必要的記載事項に加えて次の事項も記載することとする。
・ 対象不動産の種別・類型
・ 資産流動化計画等が策定されているときは、その概要
・ 現地調査立会人
本鑑定評価の求める価格の種類の記載は「特定価格(適正な投資採算価格)」とし、正常価格を付記する。なお、対象不動産の個別の投資採算に基づく価格であることを注記する。
依頼目的については、次のように記載する。
1) 特定資産の譲受け時・受託時:
「資産流動化法に基づく不動産の証券化のため」
2) 特定社債申込証記載のための場合:
「資産流動化法に基づく特定社債申込証への価格調査のため」(注)
3) 優先出資申込証記載のための場合:
「資産流動化法に基づく優先出資申込証への価格調査のため」(注)
4) 保有期間中の場合:「資産流動化法に係る資産評価のため」
(注) 2)及び3)共通の場合は、「資産流動化法に基づく特定社債及び優先出資申込証への価格調査のため」とする。
また、前記I1(5)2)ii、iii、vの場合は正常価格を求めることとなるので、次のように記載する。
5) 特定資産が債権である場合の担保評価:「担保評価のため」
6) 特定資産の売却時:「売却のため」
7) 証券の買取価格の参考とする場合:「証券買取価格の参考のため」
2 記載上の留意事項
鑑定評価書の作成に当たっては、依頼者その他第三者に対して、その調査内容及び鑑定評価額の決定理由を十分説明し得るものとする。この場合、次の事項に留意しつつ、鑑定評価の判断内容について十分説明する必要がある。
1) 対象不動産についての物理的、法的側面
2) 資産流動化計画等のうち主要な制度に応じた条件の概要と鑑定評価手法適用において設定した前提条件との関連
3) 近隣地域及び同一需給圏内の類似地域等の市場分析(賃料、空室率、需給動向、競合関係にある不動産の状況等)
4) 対象不動産及び市場の将来予測(賃料、空室率、需給動向、競合関係にある不動産の状況等の予測)内容及びその判断根拠
5) エンジニアリング・レポート等の他の専門家による調査報告書の概要
6) 割引率や還元利回り、変動率等の判断根拠
以上
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(参考1) 「標準性ガイドライン」
(注1)
表中のDSCRは保有期間平均及び復帰価格。単年度の最低は1.0超とする。BERは各年度。
SPC法に基づくSPCの場合は、DSCRの単年度の最低は1.2以上。
(注2)
a 低リスク案件
優良テナント又はリスクが分散される複数のテナントに長期的に賃貸されることが、事実上確定している新規賃貸ビル投資案件等。
b ハイリスク案件
耐用年数の2/3を超えた中古建物や特殊な用途の建物を含む投資案件等。
c 中間リスク案件
低リスク案件とハイリスク案件との中間的なリスクを伴う投資案件。
(注3)
rは、平成12年11月現在では、3.5%程度を設定。(金利固定期間が5〜7年程度の貸出金利を参考。本留意事項作成時点の標準値であり、金融情勢の変化に対応して適宜変更する。)
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参考2 自己資本割引率を求め、DSCRの最低基準から借入金額と自己資本投資額を求めて、DCF法による価格を求める手法
1 自己資本割引率の査定
本文中で総合割引率を求める手法と同様に、原則として取引利回りに基づく手法、投資家等の意見による手法及び積上げ法を併用し、類似投資資産の期待利回りを考慮して査定する。ただし、取引利回りに基づく手法による場合は、借入金の元利支払いを含むキャッシュフローを査定する必要があることに留意する。
2 借入金元利支払額の査定
まず、借入金元利支払額を次の手順により暫定的に査定する。(借入金の返済方法は、元利均等償還方式による。)
次のようにDSCRを用いて元利支払額を査定する。
1) 対象不動産の純収入の安定性(リスク)等を考慮し、DSCR平均を最低限1.2以上(参考1「標準性ガイドライン」参照)とする。
2) 保有期間中の純収入の合計を上記DSCRで除することによって、保有期間中の元利支払額総額を求め、これを期間年数で除して、暫定的に保有期間各年の借入金元利支払額とする(SPC法に基づくSPCの場合は、保有期間中の最も低い純収入を上記DSCRで除する。)。さらに、各年のDSCRが1.0超であるかチェックし、1.0超でない場合は、借入金元利支払額を引下げる。
3 借入金額及び自己資本投資額の算定
1) 上記DSCRから求めた暫定的な各年毎の元利支払額に基づいて、借入金利及び借入期間(参考1「標準性ガイドライン」参照)により、暫定借入金額を算定する。さらに、転売時の借入残高を求め、その借入残高に対する復帰価格との比率が前記DSCRを上回っているか否かを検証する。
2) 各年毎の純収入(保有期間終了時の復帰価格を含む。)から1)の各年毎の借入金元利支払額を控除して、各年度の自己資本に帰属する純収入を求め、自己資本割引率に基づいて、価格時点における暫定的な現価の総和を求める(自己資本投資額)。
4 借入比率の検証及びDCF法により求める価格の決定
上記31)と2)により、借入比率を求め、対象不動産のリスクに応じた「標準性ガイドライン」(参考1参照)の借入比率以下であるか否かを検証し、当該比率以下である場合は暫定借入金額をもって借入金額を決定した上で、1)借入金額と2)自己資本投資額とを合計し、DCF法により求める価格とする。当該比率以下でない場合は、当該比率以下になるようにDSCRを査定し直して(引上げて)求める。また、この方法により求められた総合割引率を、取引利回りに基づく手法による総合割引率により検証する。
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参考3 「資産流動化法」における主な改正事項
1 全体
2 特定目的会社制度
3 特定目的信託制度の創設
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