建設省住指発第三〇二号
昭和六二年九月三日

特定行政庁建築主務部長あて

建設省住宅局建築指導課長通知


社会福祉施設等における防火安全対策について


昨年七月三一日兵庫県神戸市精神薄弱者援護施設「陽気寮」において、さらには本年六月六日東京都東村山市特別養護老人ホーム「松寿園」において発生した火災により多数の死傷者を出したことは、誠に遺憾である。
これらの火災事故にかんがみ、特別養護老人ホーム、精神薄弱者授産施設等の施設であって施設の性格上自力で避難することが困難な者が多数入所する施設(以下「社会福祉施設」という。なお、社会福祉施設は、建築基準法施行令(昭和二五年政令第三三八号)第一一五条の二第一号に掲げる児童福祉施設等の中に含まれる施設である。)及び社会福祉施設と類似点を有する病院における防火安全対策の実効性を高めるため、今般、総務庁、厚生省、建設省、消防庁等の職員、関係団体の代表者及び学識経験者により構成する「社会福祉施設等における防火安全対策検討委員会」において、防火安全対策について検討した結果、別添のとおり結論を得たところである。
ついては、その実施を図る必要があるので、建設省においては、所要の措置を検討しているところであるが、貴職におかれては、当面、本検討委員会の検討結果の趣旨を踏まえ、特に左記の事項に留意して、社会福祉施設等における防火安全対策に遺憾なきを期されたい。
なお、前記関係省庁においても本検討委員会の検討結果を踏まえ、所要の措置を検討しており、その結果を関係部局に対して通知することとしているので、左記の事項を指導するに当たっては、関係部局との連絡を密にするようにされたい。

1 新築建築物等に対する防災対策の推進

社会福祉施設の新築、増築等にあっては、別添の第3の1の(2)のイのバルコニー、同第3の1の(2)のウの避難路及び同第3の1の(4)のイの防煙垂れ壁の設置について、その防火安全性について十分配慮し、施設の実態に即した防火・避難施設の適切な指導を行うこと。
なお、病院についても、これに準じた指導を行うこと。

2 既存建築物に対する防災対策の推進

既存建築物の防災対策については、「既存建築物の総合的な防災対策の推進について(昭和六〇年三月二九日付け建設省住防発第一一号建設省住宅局長通達)」に基づき推進しているところであるが、同通達に基づき作成される既存建築物総合防災対策推進計画の中でのこれら社会福祉施設等の位置付けを明確にし、個々の対象建築物に対する指導を徹底すること。
なお、この場合において、避難路の適切な管理、改修の計画等防災対策に特に配慮した維持保全計画の作成指導を重点的に考慮すること。


別添

社会福祉施設等における防火安全対策について

昭和六二年八月二八日
社会福祉施設等における防火安全対策検討委員会

はじめに

去る六月六日(土)深夜に発生した東京都東村山市特別養護老人ホーム「松寿園」の火災では、寝たきり老人を含め、死者一七名、負傷者二五名の犠牲者を出した。
この火災で多数の死傷者が発生した原因については現在調査中であるが、現時点で判明している事実から判断する限り、当該施設は、消防法及び建築基準法の防災関係規定並びに社会福祉施設としての設置基準等からみて、所要の措置が講じられていた施設であった。それにもかかわらず多数の者が犠牲になったことが深刻な問題を提起している。
このことは、昨年七月三一日に発生した兵庫県神戸市精神薄弱者援護施設「陽気寮」火災(八名死亡)においても同様である。
当委員会では、このような事実を踏まえ、両施設を含め、この種の施設で火災が発生した場合の問題点を整理するとともに、関係省庁等で講ずべき対策について緊急に取りまとめることとしたものである。
第1 検討の対象範囲

この委員会では、消防法施行令別表第一(六)項ロ(老人福祉施設、身体障害者更生援護施設等)の施設であって、施設の性格上自力避難困難な者が多数入所する施設(以下「社会福祉施設」という。)を検討の対象とした。
なお、社会福祉施設と相違はあるが、類似点を有する(六)項イ(病院)についても、検討の対象とした。

第2 社会福祉施設等における火災の問題点

社会福祉施設等において火災が発生し、初期消火に失敗した場合には、入所者等を避難させることは一般に極めて困難となる。
自力避難困難な者については、担架、車椅子等により搬送する必要があるうえ、自力避難可能な者であっても、火災情報の覚知能力、状況の理解・判断能力、行動能力等について、大きなハンディキャップを有している。
火災が十分な数の職員のいる時に発生した場合には、あらかじめ、ソフト面、ハード面で入念な準備をしておけば、初期消火を含めた人的初動対応によって安全性を担保することはある程度可能であるが、夜間、休日等、職員数が少なくなった時に火災が発生した場合には、人的対応に頼るだけでは、初期消火に失敗する可能性も高くなるうえ、その後の避難誘導等が極めて困難となる。

第3 社会福祉施設等について今後講ずべき防火安全対策

第二に述べたような問題点を有する社会福祉施設等の防火安全対策としては、初期消火、避難誘導・搬送、早期通報等が極めて重要であり、あわせて、出火防止対策を含む防火管理体制についてもその徹底を期していく必要がある。
現行法令においても、また、消防機関等の指導の際にも、基本的にはこのような考え方に立って、防火安全対策が講じられてきているが、陽気寮、松寿園の両火災の経験に基づき、今後、新たに以下の対策を講じるべきである。

1 社会福祉施設における防火安全対策

(1) 初期消火対策

ア スプリンクラー設備の設置対象の拡大

スプリンクラー設備は、通常の火災の初期消火に関し一〇〇%に近い奏効率を示す極めて有効な自動消火設備である。
設置費が他の消防用設備等と比べて高額に上ることもあり、現在、他の不特定多数の者が入所する施設と同様に、原則として延べ面積六、〇〇〇m2以上の施設に設置することが義務付けられているが、初期消火に失敗した場合の入所者の避難・搬送等が極めて困難であることが、陽気寮、松寿園の両火災によって改めて明らかになったことに鑑み、その設置対象を、一定の条件を満たす防火対象物を除き、延べ面積一、〇〇〇m2以上のものにまで拡大すべきである。
また、それ以外のものについても自主設置に努めるべきである。
なお、スプリンクラー設備の未警戒部分については、スプリンクラー設備の配管から分岐した補助散水栓で警戒することにより、スプリンクラー設備と屋内消火栓設備を併設することがないよう配慮することが必要である。

イ 屋内消火栓設備の改善等

現在、法令で定められている屋内消火栓設備の基準は、操作性より消火能力を重視したものとなっており、その結果、実際に設置されている屋内消火栓設備は、複数の者でなければ使用できないものが多い。比較的少数の者で夜間の防火安全に万全を期さなければならない社会福祉施設においては、放水量等を小さくしてでも、操作性が高く一人でも容易に使用できる屋内消火栓設備を設置し得るよう、基準の見直しを行うべきである。
また、屋内消火栓設備の設置対象については、スプリンクラー設備の設置対象の拡大に伴い、所要の調整を図る必要がある。

(2) 避難対策

ア 自力避難困難な者の避難階への入所

スプリンクラー設備が設置されていない社会福祉施設の場合は、自力避難困難な者の居室は、極力、避難・搬送の容易な避難階に設けるよう指導すべきである。

イ バルコニーの設置

外気に面して適切に設置されたバルコニーは、避難した者の一時避難場所や自力避難困難な者の一時搬送の場として、また、消防隊の消火、救助活動の場として有効なものであり、松寿園火災においてもその効果が改めて明らかになったことに鑑み、今後建設されるものについて、社会福祉施設の二階以上の部分に居室を設ける場合には、当該室に面し避難・搬送及び消防活動上有効なバルコニーの設置を推進すべきである。

ウ 避難路の構造の改善

社会福祉施設においては、避難又は搬送の際に、歩行器、車椅子、担架等を使用することが多いので、避難路となる部分は、これらの器具を使用しても容易に避難できるよう、避難路となるバルコニー等を含め、床の段差、傾斜、溝、幅、手すり等について、特段の配慮をすべきである。

エ 避難誘導設備の改善
社会福祉施設においては、目や耳が不自由な者が入所している場合も多いため、これらの者に火災であることを知らせるための閃光型警報装置、これらの者の自力避難を助けるための点滅型誘導灯、誘導音装置付誘導灯等を、施設の実態に応じて設置することが望ましい。

(3) 一一九番通報装置の改善

社会福祉施設の夜間の火災において、当直職員だけで入所者全員の避難誘導・搬送を行うことは極めて難しいので、できる限り早期に消防機関に連絡し、消防隊が迅速に消火・救助活動を行うことができるようにする必要がある。
このため、宿直室等必要な場所に一の押しボタン操作で通報可能な電話機等の設置やこれに準じた有効な通報手段の確保を図るべきである。さらに、非火災報対策が十分に行われている自動火災報知設備については、当該設備の受信機から前述の機器等を介して直接火災信号を消防機関に送るシステムの整備を図る必要がある。

(4) その他

ア 出火防止対策

1) 暖房機器の改善

転倒、可燃物の接触等により、出火原因となり易い放射形又は自然対流形の石油ストーブ等については、原則として、社会福祉施設における使用を禁止し、ストーブ類を使用する場合には、強制対流型のストーブと同等以上の火災安全性を有する器具の使用の推進を図るべきである。

2) 防災寝具等の設置

第一着火物となりやすい物品の防炎化、難燃化を推進することは、出火防止及び延焼拡大の遅延を図るうえで極めて有効である。
社会福祉施設においては、壁、天井等の内装や、カーテン、じゅうたん等の調度類等、既に法令で一定の防炎化、難燃化が義務付けられている部分を除くと、内部の可燃物のうち、布団、毛布、シーツ、枕、枕カバー等の寝具類や寝巻等の寝衣類の占める割合は極めて大きい。
松寿園の火災において、これらの物品が着火物となり、延焼拡大を早めた可能性があることに鑑み、寝具類については一定以上の防炎性能を有するものを使用することを促進すべきであり、寝衣類についても同様に使用することが望ましい。この場合において、これらの防炎製品の使用形態、個人的嗜好等について配慮する必要がある。

3) 出火防止のための周知徹底等

出火防止対策の強化を図るため、夜間巡回の強化、夜間におけるリネン室等の施錠、喫煙場所の指定等の指導が必要である。

イ 延焼防止及び防煙対策
社会福祉施設についても、今後建設されるものについては、病院等と同様に、間仕切壁を防火上有効に小屋裏又は天井裏に達せしめることが必要である。また、防煙垂れ壁の設置等についても防煙対策として有効であると考えられるので設置の推進を図ることが望ましい。
ウ 防火管理体制の整備

以上の措置を前提としたうえで、夜間等における災害発生時に的確な初動対応ができるよう、夜間の人的体制や災害が発生した場合の職員動員体制について指導を行うことが必要である。
そのため、職員の宿舎を同一の敷地又は近隣に設けること等についても配慮すべきである。
さらに、発災時の初動対応、消防機関と連携した職員等の教育訓練、夜間等における避難訓練、日常における防火戸や防火設備の点検・維持管理、可燃物の保管状況の点検等のあり方について検討する必要がある。
なお、これら防火管理体制のあり方については、社会福祉施設の特性に応じた具体的な指針を作成し、その普及を図る必要がある。

エ 近隣住民等との応援・協力体制の確立

社会福祉施設の火災においては、施設職員による対応だけでは必ずしも十分でない場合も多く、また、避難・搬送・救助された者を一時的に収容する場も必要である。
このため、社会福祉施設の設置者等は、当該施設の防火安全対策に関して、消防機関に相談するとともに、社会福祉施設相互間並びに他の施設、近隣住民及びボランティア組織とも日常の連携を密にし、施設の構造、入所者の実態を認識してもらうよう努力することにより、万一の場合の応援・協力体制等について、事前に十分準備しておくことが望ましい。
また、必要に応じ、地域における福祉関係者等と消防関係者の連絡会議の設置の推進を図る。

2 病院における防火安全対策

病院と社会福祉施設との相違点に鑑み、第3、1、(1)初期消火対策のうち、スプリンクラー設備の設置対象については、延べ面積三、〇〇〇m2以上のものとする。その他の防火安全対策については、病院の特殊性を考慮しつつ、社会福祉施設に準じた対策を講ずべきである。

第4 防火安全対策の推進に係る留意事項

1 既存の施設に係る措置

第3に掲げる対策は、原則的には、既存の施設についても遡及的に実施されるべきものであるが、大規模な工事を伴うものについては、入所者(入院患者)を多数かかえるこの種の施設では、工事内容・工程管理等に極めて難しい問題が多い。
また、新設のものに比べて工事費がかなり割高になるという問題もある。
このような実態を踏まえ、既存の施設に対する防火安全対策の実施にあたっては、経過的措置について特段の配慮を行うことや屋内消火栓設備、スプリンクラー設備の水量等の低減、屋内消火栓設備のスプリンクラー設備への改造、これらの消火設備に代るパッケージタイプの消火設備の設置等防火対象物の実態に応じた弾力的な対応をとることが必要である。
なお、既存の施設に対する整備にあたっては、特に重度の障害等を有する者が多数入所する施設から優先して推進すべきである。

2 援助措置

第3に掲げる対策のうち、例えばスプリンクラー設備は効果の大きい反面、設置に係る経費が大きいため、この種の設備を新たに設置することには大きな困難がある。
従って、これらの防火安全対策の実施にあたっては、国、地方公共団体等は、必要な援助措置を講ずるよう努める必要がある。

3 円滑な実施の確保

本報告に示された対策の円滑な実施を確保するため、関係省庁及び関係者が定期的に協議することが必要である。

4 その他

以上検討してきた施設以外の社会福祉施設等についても、本検討結果を踏まえ、その実態に応じた適切な防火安全対策を推進する必要がある。
なお、社会福祉施設等におけるスプリンクラー設備の普及に鑑み、今後、きめ細かく、施設の特性を配慮したより適切なものとなるよう研究開発が必要である。
また、在宅の一人暮しの老人や身体障害者のいる家庭等に係る住宅防火対策、非常時の安全対策等についても、具体的な検討が必要である。



参考

社会福祉施設等における防火安全対策検討委員会設置要綱

(趣旨)
第一条 特別養護老人ホーム松寿園火災にかんがみ、自力避難が困難な者を収容する施設における夜間の防火管理体制のあり方及び消防用設備等の設置のあり方等に係る今後の対策について調査検討を行うため、「社会福祉施設等における防火安全対策検討委員会(以下「委員会」という。)」を設置する。
(検討事項)
第二条 委員会は、次の事項について調査検討を行う。

一 自力避難困難な者を収容する施設における消防用設備等のあり方
二 前記施設における防火管理のあり方
三 その他

(委員会)
第三条 委員会は、二〇名以内の委員をもって構成する。
2 委員は、学識経験者、関係省庁職員、消防機関職員及び関係団体の代表者とし、消防庁長官及び厚生省社会局長が委嘱する。
3 委員会に委員長を置く。
4 委員長は、消防庁次長をもって充てる。
5 委員長は、委員会を主宰する。
(庶務)
第四条 委員会の庶務は、消防庁予防課が処理する。
(補則)
第五条 この要綱に定めるもののほか、委員会の運営に関し、必要な事項は、委員長が定める。



附 則
この要綱は、昭和六二年六月一一日から実施する。

社会福祉施設等における防火安全対策検討委員会
委員名簿〔略〕


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