子供のための安全な公園づくりとは

子供のための安全な公園づくりとは

 私が小学生だった頃に、公園の遊具で子供がケガをするという事故が多発したことがあった。その結果、公園から遊具が失われていった。子供達の安全を考えての施策なのだろう。だが、私はどうしても遊具をなくすことが良い方法とは思えない。他に、もっと良い方法はないのだろうか。

 私も、小学校の中学年の頃に、遊具で遊んでいてケガをしたことがある。「うんてい」という遊具で遊んでいた時、足を滑らせて落ちたのだ。幸い、それは大したケガではなかった。だが、その数ヶ月後、私が通っていた小学校の一年生が遊具で遊んでいて死亡するという、最悪な事故が起きた。ランドセルを背負ったまま遊んでいたため、ランドセルが「うんてい」にひっかかって首がしまったのだ。その事故がきっかけで、周辺の公園には遊具で遊ぶ時の服装の注意をよびかける看板が設置され、「うんてい」は取り外される事になった。私がよく遊んでいた公園の場合、「うんてい」だけにとどまらず、その後も「危険」と思われる遊具は次々と取り外されていった。だが、注意をよびかける看板を設置したなら、遊具をなくす必要はあるのだろうか。確かに、危険な遊具を取り外すことによって、公園の遊具での事故は聞かなくなった。だがそれは、単に遊具が減って公園の利用者数が減少したからではないのか。私は、「安全な公園をつくる」という事は、公園の利用者数の増加につながると思っている。だが、実際はどうだろうか。私は夏休みに入ってから何度かその公園を訪れた。だが、いつ見ても公園の利用者は少なく、以前ほど活気は感じられなかった。これではまるで逆ではないか。現在、子供のインドア化が社会問題としてあげられる。だが、私はこれでは仕方がないと思う。公園の遊具をなくすという事は、公園の安全性を高めるだけではなく、同時に子供達の遊び場を奪う事になるからだ。「子供達は公園から遊具がなくなっていく事を望んでいるのか」気になった私は、実際にそれを子供達にきいてみた。その結果、「望んでいる」と答えた子供はいなかった。私の妹はよくその公園を利用するのだが、「昔より楽しくなくなった。遊具が減ったらつまらない。」と言っていた。そして、「遊具がなくなってほしくない。」とも。私だったら、遊具が減ってつまらなくなった公園で遊びたいとは思わない。そして、そんな気持ちが子供のインドア化につながっていくのだと思う。

 やはり私は、公園から遊具を取り外すのは良くないと思う。公園が安全になる事は事実だが、それにともなって公園の利用者数も減っていく事もまた、まぎれもない事実だからだ。大人には、子供達の安全のため工夫をこらす義務はあっても、子供達から遊び場を奪う権利はないと思う。事故が起きたらすぐに遊具を取り外すのではなく、事故の過程を知り、その原因を取り除く事が大切ではないだろうか。そうでないと、本当の意味で大切な公園はつくれないと思う。まずは、周囲の大人達が子供に安全をよびかけて、一人一人が正しい使い方を身につける事が先けつだろう。そうすれば、事故はしだいに減ってゆくのではないだろうか。

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