客員研究官論文集
「ネットワークに対する費用便益分析−理想的基礎−」
客員研究官城所幸弘(東京大学空間情報科学研究センター助教授)
◆要旨
本稿では、ネットワーク性を明示的に考慮した場合、通常の費用便益分析の方法を変更する必要があるかどうかを理論モデルを用いて検討する。得られる結論
は、どれほど複雑なネットワークであっても、ある点の費用の低下やキャパシティーの増加による便益は、その点を通過するネットワークサービスに関する消費
者余剰の変化から、混雑している点で発生する純混雑外部性を引いたものになる、というものである。この結果は、ネットワーク性を考慮した場合でも、通常の
費用便益分析の方法は有効であり、あらたにネットワークが生む効果等を考慮する必要がないことを示している。
「欧州連合(EU)におけるコースタル・ゾーン政策の展開」
客員研究官庄司克弘(横浜国立大学大学院国際社会科学研究科助教授)
◆要旨
コースタル・ゾーン(Coastal Zone)とは、「環境の性質及び管理の必要に応じて幅が変化す
る、陸及び海の細長い一帯」と定義され、生態学的、経済的及び社会的に重要であることは長く認識されてきたにもかかわらず、依然として悪化し続けている。
これに対処するためのEU
政策が、「統合的コースタル・ゾーン管理」(Integrated Coastal Zone Management:ICZM)である。ICZMは、コースタ
ル・ゾーンの持続可能な管理を推進することを目的とする。ICZM
の「統合的」(Integrated)とは、諸目的の統合化及びこれらの目的を達成するために必要な多様な手段の統合化の2つを意味する。ICZMの「管
理」(Management)とは実際には、情報収集、立案、政策決定、管理及び実施監視というサイクル全体を包含する概念である。
1996年に欧州委員会の環境総局、漁業総局及び地域政策総局は、他の研究・情報関連の総局及び欧州環境庁の支援を得て、共同イニシアティブとして「総合
的コースタル・ゾーン管理(ICZM)に係るデモンストレーション・プログラム」(Demonstration Programme on Integrated Coastal Zone Management)を立ち上げた。このプログラムは99年まで続けられ、欧州にお
けるICZMを奨励するために必要な措置に関するコンセンサスを形成することを目的として、ICZMの適用を実地に示すための約35の地方(市町村レベル)及び地域
(都道府県又は州レベル)におけるプロジェクト、一連のテーマ横断的な分析・調査プロジェクト等が行われた。欧州委員会はこのデモンストレーション・プロ
グラムの経験に基づき、2000年9月27日に「統合的コースタル・ゾーン管理−欧州戦略−」と題する欧州委員会コミュニケーション
(Communication from the Commissionto the Council and the European Parliament on Integrated Coastal Zone Management:
AStrategy for Europe)、また、2000年9月8日に「欧州における統合的コースタル・ゾーン管理の実施に係る勧告」草案
(Proposal
for a European Parliament and Council Recommendation concerning the implementation of Integrated Coastal Zone Management in Europe)を採択した。
以上のプログラム及び文書を概観することにより、EUのコースタル・ゾーン政策は、欧州の長年にわたる特徴である多様性の尊重を反映したものであることが
わかる。地方レベルでの市民からのインプット及び現地での実施を重視する一方、EU
及び中央政府からの枠組み提供という2本立て、すなわち「ボトムアップ+ボトムダウン」の組み合わせが想定されている。EUと各国中央政府の関係は、EC
条約に規定されている「補完性原則」の適用によりEUに補充的な役割が付与されるにとどまる。
しかし、欧州委員会はICZM政策における補充的役割に満足しているわけではない。補完性原則による補充的役割という限定の下で政策の拡充を意図している
ように思われる。すなわち、欧州委員会はコースタル・ゾーンのみならず、EU
の領域全体における役割を統合的領域管理というアプローチにより模索しているところである。その動きはすでに「欧州空間開発展望」
(the European Spatial Development Perspective :ESDP)という政策に表れている。また、ニース条約による改正の結果、EC条約第175
条2項には(環境政策の一環であり、また、理事会の全会一致という要件に変更はないが)、「国土整備」
(l'amenagement du territoire)に影響を及ぼす措置をEU
として採択できることが明確化されている。EUが「国土整備」でいかなるイニシアティブを今後とろうとするのか、欧州委員会の動向に注目し続ける必要があ
る。
「公共事業の予算配分に関する経済学的分析」
客員研究官土居丈朗(慶應義塾大学経済学部専任講師)
◆要旨
近年の財政政策の有効性をめぐって、公共事業の予算配分のあり方が盛んに議論されている。しかし、予算編成過程にさかのぼってそのあり方について議論され
ているものは、印象論や個別特殊事例の言及にとどまっているものがほとんどである。政策決定過程に関してより客観的で一般論的な議論は、近年「政治経済学
(political economy)」と称される研究分野で盛んになり、海外では多くの研究成果が上がっている。
近年の「政治経済学」での研究は、主に次のような点で従来の研究とは異なる特徴がある。第一に、政治活動を行う主体は、標準的な経済理論で想定している効
用や利潤や利得を最大化することを前提に、その行動をミクロ経済学的基礎付け(microeconomic
foundation)をもって分析することである。第二に、政治過程における主体間の相互関係を非市場取引とみなして、ゲーム理論の純粋理論で得られた
高度で新しい成果を積極的に応用していることである。第三に、現実の政治現象を、政治過程に関わる主体に内在する要因(目的や選好)よりも、政治過程を取
り巻く制度に伴う要因で説明する志向が強いことである。こうした特徴をもつ分析手法で、わが国における公共事業の予算配分について研究することは、そのあ
り方を考える上でも有用であると考えられる。
本稿では、わが国の現行制度をより忠実に描写できる理論モデルを構築し、その下でどのような要因が作用して現状の予算配分が実現しているかについて、経済
学的に分析する。本稿の構成は次の通りである。第2
節で、理論的分析の枠組みをを用いて提示する。そこでは、本稿が前提とする経済におけるパレート最適な資源配分の状況を示すとともに、税収の増加が無制約
に補助金分配に充てられる状況では、パレート最適な資源配分が実現しないことを明らかにする。第3
節では、消費税率と各圧力団体に(均等に)補助金として支出する財源に充当する割合を適切に設定することによって、パレート最適な資源配分が実現できるこ
とを示す。そして第4 節では、本稿の分析結果をまとめる。
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