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10月15日付朝日新聞「窓」の報道に対する建設省の書簡について

平成12年6月9日付け朝日新聞論説主幹宛公開書簡





朝日新聞社 論説主幹 佐柄木 俊郎 殿

 5月2日付け書簡をお送りいただきありがとうございました。

 今回の貴社からの書簡では、昨年の12月27日付けで当方からお送りした書簡の多くの質問についてお答えいただけず、また一方的に議論を打ち切る通告がなされました。

 貴社は、昨年12月13日付け書簡の冒頭で、「この書簡では、ご質問に答えつつ、逆にこちらから質問をさせていただきますので、誠実にお答えくださるようお願いいたします」と要求されています。これに対して当方は、同年12月27日付け書簡において、貴社からの本論からかけ離れた質問も含めて全てに誠実にお答えしたつもりです。

 私どもとしては、貴社からも当方の質問に対して誠意ある回答を頂けるものと期待しておりましたが、4ヶ月以上にもわたって、なしのつぶての状態を続けられた上に、当方からの質問にまともに答えることもせず、ついには一方的に議論の打ち切りを通告されたことは大変遺憾なことです。

 そもそも、今回の議論は昨年の10月15日付け貴社夕刊コラム「窓」(以下、本書簡では単に「窓」と呼びます)に発端があります。

 貴社が「建設省のウソ」との見出しで、「真実を隠し、国民をだます」と断じておられることについて、私どもとしては多くの疑問を持つとともに、かねてからモニタリングに関する全ての情報を積極的に公開しつつ進められていた事業に関する報道でもあり、国民への説明責任もあることから、公開による書簡の往復により、事実関係を明らかにしようとするものでした。

 議論の中心部分である、貴社が主張されるような「真実」が存在するのか、また、建設省は「真実を隠し、国民をだまし」ているのかについて、当方はこれまで様々な角度から論拠を提示し、貴社のご質問にも個々に誠実に回答し、より論点が明らかとなるよう努めてきたつもりです。

 私どもは、今回の議論を通じて、貴社から明確な回答がいただけなかった部分については、貴社が一方的に議論の打ち切りを主張されている以上、私どもの主張が少なくとも妥当であることの証左と理解いたします。

 また、いただいている回答を拝見する限り、これまでと同様その多くが一部の方の見解や推定であり、それをもとに「真実を隠し、国民をだます」と断じたことは、公平中立な報道を行うべき報道機関の姿勢として疑問を持ちます。

 さらに、これまでの私どもの書簡の中でも指摘させていただいているように、少しでも建設省側への取材を行っていれば、事実と異なると考えられる表現は防げたものと考えられます。

 真実を伝え、社会の木鐸としての使命を持つべき報道機関の対応としては、多くの読者に対しても不誠実ではないでしょうか。

 さて、貴社との書簡の往復について、私どものところに寄せられる意見の中には、議論の範囲が多岐に及んでわかりにくいという指摘が多くあります。そこで、これまでの往復書簡の主要な論点と主な議論の内容等を私どもで簡潔に整理し、以下に示させていただきます。


(1)総論1:建設省は、真実を隠し、国民をだましているのか?

*  「窓」によると、「アユは順調に遡上。サツキマスやシジミの漁獲量も著しい減少は見られない」との建設省の見解に対し、「真実を隠し、国民をだます」ものと結論づけています。

*  報道機関が行政組織について「真実を隠し、国民をだます」と断定する場合、

1) 建設省の見解と異なる「真実」が存在し、その「真実」について建設省が知っているのに隠しているか否か。

2) 調査等を通じて得られたデータや知見を国民の手が届く方法で公開しているか否か。
などを踏まえたうえで判断する必要があると考えております。

*  これに対し、貴社は、建設省が「情報公開や対話活動を行っていることを承知」しているものの、「そのことと建設省が真実をありのままに語っているかどうか、とは別の問題」であると主張され、また、総論2で述べる貴社の主張する「真実」について、その根拠を問う当方の質問に対しても明確な回答を示されませんでした。

*  また、私どもが全ての情報を公開しながら各種の科学的調査を進めている事実などに一切ふれず、また、「隠す」、「だます」という点に関しての事実確認も満足に示されないまま、建設省は「真実を隠し、国民をだます」と断定されたことが適切かどうかについても、回答をいただけませんでした。


(2)総論2:朝日新聞社のいう「真実」とは何か?

*  貴社の主張によると、建設省が隠している「真実」とは、「長良川河口堰の運用後、天然アユは順調には遡上・降下していないこと。天然サツキマスや、長良川河口部のヤマトシジミの漁獲量は著しく減少していること」であるとされています。

*  アユ、サツキマスの遡上に関しては、後述する平成10年12月に示された「名古屋高等裁判所」の「判決理由要旨」や、平成12年3月3日にモニタリング委員会が公表した「長良川河口堰に関する当面のモニタリングについて 提言」(以下、本書簡では単に「提言」と呼びます)では、いずれも貴社の主張する「真実」と相反する見解が示されています。

*  また、貴社の主張する「真実」と相反する様々な内容のデータ等も、これまでの書簡の中でお示ししてきたところです。

*  こうした貴社の主張と明らかに異なる客観的な第三者の見解が存在するなかで、なお「建設省が隠している真実」があると断定される場合、貴社が主張される「真実」がどのような角度から見ても誤りのないものであることを、貴社自らが証明する必要があるものと考えますが、このことについて議論をすり替える主張しかお示しいただけませんでした。


(3)総論3:朝日新聞社の報道の基本姿勢はどのようなものか?

*  私どもは、対立する見解が存在する案件を扱う場合には、それぞれの見解や論拠を確認して行うのが、報道の基本姿勢ではないかと考えており、今回の「窓」の対応が適切であったか疑問をもっています。

*  貴社の回答によると、「建設省の主張はモニタリング委員会の報告や関連の資料によって十分に承知」しており、「今回の『窓』の取材に落ち度があったとは考えていない」とのことです。

*  しかしながら、「堰運用の前は放流ものの漁獲量の2.5倍もの総漁獲量があり、その差が天然アユだった」、「長良川ではシジミは死滅し、いま漁に出る漁師は一人もいない」といった、貴社も認める事実を誤認した表現は、関係者への事実確認を行っていれば防げたものと考えられるとともに、「真実を隠し、国民をだます」と紙上で断じる前に、建設省の見解を確認するための適切な取材を、事前に行うべきであったのではないかと考えております。


(4)各論1:名古屋高裁判決について

*  アユ、サツキマスの遡上に関する一つの客観的見解として、平成10年12月に示された名古屋高等裁判所の判決があります。判決理由要旨では「アユ・サツキマスの遡上数も、堰建設後平成9年までの間に大幅に減少しているものではない」と述べているとおり、貴社の主張と相反する認定が行われています。

*  これに対して貴社は、「建設省が5年間のモニタリング調査を実施しているのに、その結論が出る前に出された判決」であり、「これにとらわれるべきではない」との考えを示しておられます。

*  名古屋高等裁判所の審理にあたっては、平成9年度までのモニタリング結果も証拠として採用され、原告・被告双方の主張を公平な立場で聴き、慎重に下された判決に対し、貴社からは、「それにとらわれるべきではない」という一方的解釈しかお示しいただけませんでした。

*  なお、その後5年間にわたるモニタリングの結果が「提言」として公表されていますが、そこでは「魚類等については、順調な遡上、降下が確認」されるなど、名古屋高等裁判所の判決理由要旨と同様の見解が示されています。


(5)各論2:サツキマスの漁獲量について

*  貴社は「窓」に「絶滅が危ぶまれる種のサツキマスにいたっては、今年は 278匹しか取れなかった」と掲載し、「サツキマスの漁獲量は著しく減少している」と主張する根拠として、下流域でサツキマス漁をしている29人の漁師の聞き取り調査により推定された結果を挙げています。

*  これに対し、長良川産のサツキマスの岐阜市場への入荷量は増えているというデータもある中で、貴社は、「サツキマスは、漁業者と料理店との直接取引や進物用などによって消費されるものもあるため、岐阜市場への入荷量が漁獲量を正確に表しているとは考えられない」と主張されています。

*  私どもは、岐阜市場への入荷量は、漁獲量を正確に表しているものではないにしても、統計的に得られる重要な参考データの一つであることに変わりないと考えています。一方、貴社の主張が成立するためには、以前は直接取引や進物等による市場を通さない大量の流通があり、それが現在は激減していることが必要となるため、このことを具体的に示していただくよう貴社に求めているところですが、回答をいただけませんでした。

*  なお、「提言」によると、「サツキマスの長良川38kmにおける採集数や岐阜市場への入荷数は、平成11年は平成6年〜10年に比べて減少した。しかし、平成11年は隣接する木曽川や揖斐川におけるサツキマスも減少していることから、年変動の範囲であることが考えられる。」との見解が示されているところです。


(6)各論3:アユの遡上、漁獲量について

*  「窓」によると、「アユは、堰の両端に設けられた幅10mの魚道をさかのぼった数を観測し、今年は600万匹を超えたという。でも、堰ができる前は何千万匹もが、幅600mの河口を遡上していたはずだ。」と主張されていますが、貴社が根拠とされている報告には、「遡上量は1000万尾から2000万尾と推定されている」と記述されています。貴社は、この数字とモニタリング結果とを比較して、アユの遡上は順調ではない旨の主張をしています。

*  これに対し、長良川河口堰の影響を論じるのであれば、堰の建設又は運用を開始する前後のできるだけ同じ方法による調査結果によって、アユの遡上量を比較すべきと私どもは考えています。

*  河口堰の運用によるアユの遡上量の変化を比較する資料として、堰運用直前の忠節橋地点のデータよりも、モニタリングとは調査方法も異なり、かつ昭和30年代前後のデータに基づく推定値を用いることが適切かどうかについて、貴社からは、明確な回答をいただけませんでした。

*  さらに、「窓」では、「堰運用の前は放流ものの漁獲量の2.5倍もの総漁獲があり、その差が天然アユだった。最近は漁獲量が放流漁獲量に届かないほどに減ってしまった。」としています。

 貴社によると、稚アユの成長分を見込んで「放流量(重さ)の10倍を放流漁獲量とし、総漁獲量との差を、遡上してきた天然アユ(遡上漁獲量)と推定」されているとのことですが、その後の書簡において、貴社も「放流稚魚の重さが変わってきている」ことを認めており、貴社の主張を支える根拠がなくなったものと考えられます。


(7)各論4:シジミ漁について

*  「窓」によると、「はるかによい漁場だった長良川でシジミは死滅し、いま漁に出る漁師は一人もいない。」と、一市民の談話のみを根拠として断定しています。

*  赤須賀漁協のデータによれば、長良川河口部でシジミは漁獲されており、貴社が現地への問合せ、取材等を怠っていた結果、このような記事となったものと推測しますが、貴社は「私たちが『いま漁に出る漁師は一人もいない。』と記したのは、かつてヤマトシジミの良い漁場だったところについて述べたもの」であり、この点を明確にしなかったのは「舌足らずでした。」としています。

*  朝日新聞読者に対して流された誤った情報を、「舌足らず」であったという一片の文言でもって弁明とするのは、責任ある報道機関としていかがなものかと考えます。

 さらに、以下で貴社5月2日付け書簡の2ページ目3段落以降で述べられている個別事項について、これまでの書簡でも述べてきましたが、再度私どもの見解を簡潔にコメントさせていただきます。


1.サツキマスについて

 貴社5月2日付け書簡では、「サツキマスの長良川38kmにおける採集数や岐阜市場への入荷数は、平成11年は平成6−10年に比べて減少した。しかし、平成11年は隣接する木曽川や揖斐川におけるサツキマスも減少していることから、年変動の範囲であることが考えられる。」と「提言」の一部を引用し、「年変動の範囲であるかどうかは、今後の実績を見なければならないとしても、少なくとも建設省の文書のように『サツキマスの漁獲量に著しい減少は見られない』とはとても言えないでしょう。このモニタリング調査には後に述べるように疑問も多いのですが、建設省の文書はそれさえも正確に反映していない」と主張されています。

 まず、モニタリングにおけるサツキマスの長良川38km地点の漁獲調査や岐阜市場への入荷量調査は、河口堰を運用することによる影響を把握することに目的があります。そうしたことから、私どもの資料においては、当方12月27日付け書簡で示したとおり、モニタリングで把握した木曽川や揖斐川からの入荷量のデータも踏まえ、建設省の見解として「サツキマスの漁獲量に著しい減少は見られない」と記し、河口堰の影響は大きくない旨の見解を示したものです。

 なお、この点について「提言」においても、平成11年は長良川のみが減少していたのならともかく、隣接する木曽川や揖斐川においても長良川と同様に減少していることから、「年変動の範囲であることが考えられる」と記されています。


2.ヤマトシジミについて

 貴社5月2日付け書簡では、「ヤマトシジミは、堰の運用後に減少すると予測されたため、事業者において漁業補償されてきたところであるが、モニタリング結果においても、堰の上流水域と下流水域のしゅんせつ工事を実施した区域や底質の細粒化や還元化がみられる箇所では、ほとんどみられない」と「提言」の一部を引用し、「モニタリング委員会はこのように、ヤマトシジミについてもはっきりと減少を認めています。建設省の文書のように『漁獲量に著しい減少は見られない』と断定するのは、やはり間違いではないでしょうか。」と主張されています。

 この「提言」は、モニタリング委員会の指導・助言のもとに、5年間にわたって実施されたモニタリング結果について、モニタリング委員会での審議を踏まえた上でとりまとめ、公表されたものであり、建設省においても堰の建設により長良川におけるシジミの漁獲量に影響が出ることは、これまでも認めているところですし、そのための漁業補償等も行ってきたところです。

 一方、貴社が問題としている建設省資料(以下、本書簡では単に「建設省資料」と呼びます)において、「シジミの漁獲量も著しい減少は見られない」としているのは、前回の書簡でも述べたように、長良川河口堰建設後もこの地域でシジミ漁を営む赤須賀漁業協同組合が堰運用後も著しい漁獲量の減少に見舞われていないことを端的に示したものです。建設省資料では、「近年の木曽三川下流部におけるシジミの年度別漁獲量」との表題で、長良川に限定したデータではないことを明確に示しています。


 なお、貴社は、建設省資料におけるシジミの漁獲量に関する見解について、前回の当方の書簡で上記の主旨の回答をしたことに対し、「この文書はそもそも、長良川河口堰の影響についての説明文書です。この文章の前と後の文章から見ても、ここでは長良川河口堰の影響について述べていると、普通の国民なら考えるでしょう。このような弁明をすることこそ、『国民をだます』ことなのです。あるいは、このような弁明のできる記述にしておくことが、『国民をだます』ことなのです。」と主張されています。

 繰り返しになりますが、グラフの説明として「近年の木曽三川下流部におけるシジミの年度別漁獲量」と明示されております。これはシジミ漁データの対象範囲を木曽三川下流部と明確にし、正確さを期すためのものです。

 私どもがこうした記述を明記したグラフを添付しなかったり、グラフの説明を全く省いたのならいざ知らず、明確に「木曽三川下流部」と記載したにもかかわらず、貴社が「国民をだます」と断定されることは、私どもとしては全く理解に苦しみます。


3.アユについて

3.1 忠節橋地点における遡上調査について

 貴社5月2日付け書簡では、日本自然保護協会保護委員会河口堰問題小委員会が本年2月にとりまとめた「長良川河口堰が汽水域の河川生態系に与えた影響」の中から新村安雄氏が担当した「長良川河口堰建設による魚類−特にアユ、サツキマスに対する影響」から引用して「稚アユの順調な遡上の根拠とした、忠節橋地点の遡上推定値は『虚構に近いもの』だというのです。」「詳しくは前記の報告書を見ていただきたいのですが、この2度にわたる補正の仕方がおかしいために、『日平均遡上尾数』が過大になっている、と新村さんは指摘しています。しかも、その過大とみられる値を調査全期間にわたって続いた遡上数とみなしているのです。余りにも乱暴な推定と言わざるをえません。考えてもみてください。実際の目視尾数がゼロの日でも、調査を計画したが天候の都合で中止した日でも、 5万8323尾が遡上したとして計算されているのです。この方法が妥当とするならば、遡上の多いときだけ調査をして『日平均遡上尾数』を大きくし、調査期間の日数を増やせば増やすほど、推定数の合計は増えていきます。素人でもおかしいと分かる話です。このような手法で、98年には、162万尾の実測数から750万尾の推定数がはじき出されました。この推定数は、河口堰に付置された魚道で計測された遡上推定数、543万尾を大きく上回っています。これもおかしな話です。アユはどこかから湧いてきたのでしょうか。」と主張されています。

 まず、忠節橋地点での遡上調査について「乱暴」とのご指摘ですので、その詳細について以下に述べます。

 遡上調査は、左右岸の2地点と左右岸の観測地点の間の4地点の合計6地点で6時〜18時までの間、原則として左右岸のみの観測を週に1回、河川横断方向全体(6地点)の調査を週に2回の合計週3回実施しています。これら6地点において観測された遡上実数を、下記に示す方法により補正し、アユの推定遡上数を算出しています。


 1) 個々の観測日において、ある地点の一部の時間帯で観測に欠測があった場合、当該地点のその日の単位時間当たりの遡上実数の平均値から、欠測時間の遡上数を補填して、その日の遡上数を推計する。

 2) 調査箇所6地点のうちいずれかの地点が1日通して欠測である場合は、原則として河川横断方向全体で調査した全ての結果の平均遡上比率を用いて補填する。この場合、左岸と右岸の観測地点の間の4地点は、10分観測、10分休憩の繰り返し観測であることから遡上実数を2倍する。

 3) 左右岸のみの観測を実施した日における遡上数は、左右岸のみの観測値をもとに、河川横断方向全体で調査した観測日の観測結果から得られた、左右岸と中間の観測地点との平均遡上比率を用いて補填する。

 4) 調査した全ての遡上数を合計し、調査日数で除して1日当たりの平均遡上数を算出する。

 5)1日当たりの平均遡上数を遡上期間日数(初遡上確認日から調査終了日まで)に乗じて「推定遡上数」を算出する。

 忠節橋地点での遡上数は、上記のような方法で推定しており、この手法は平成5年以降基本的に変えていません。

 前回の当方の書簡でも述べたように、モニタリングにおけるアユの遡上調査の目的は、河口堰を運用することによる影響を把握することにあり、遡上量の絶対数の精密な把握に主眼を置いたものではありません。この目的からすれば、河口堰運用前後でできるだけ同じ方法で調査したデータにより比較することが最も適切であると考えています。

 また、貴社の書簡では、「遡上の多いときだけ調査をして『日平均遡上尾数』を大きくし、…」とご懸念を示されていますが、調査は遡上が多いときだけ実施されているわけではありません。推定遡上数の算出方法や遡上調査日などについては、モニタリング委員会資料として公表していますので、改めてご確認下さい。

 加えて、忠節橋地点での計測数が、河口堰地点での計測数より大きいとの新村氏の指摘を引用されていますが、そもそもフィールド調査では観測精度に限界を伴うことは当方12月27日付け書簡で述べたとおりです。また、河口堰地点のアユの遡上数を連続して計測しているのは、堰に設けられた魚道のうち、左右岸の呼び水式魚道とせせらぎ魚道であり、ロック式魚道は目視が困難なため計測していないことから、忠節橋地点と河口堰地点との比較をすることにはあまり意味がありません。


 なお、魚類等の遡上・降下の状況に関しては、貴社12月13日付け書簡において、「モニタリング委員会での検討はきわめて粗雑」なものと断言されていることに対し、当方12月27日付け書簡の8(ケ)で、「河川の魚類の調査又は検討について、どのような要件が該当するときに『厳密』なのか、あるいは『きわめて粗雑』なのか」、具体的に貴社の考え方を示して下さるよう質問し、また(コ)で、その「貴社の考え方について、学会における常識的な考え方と異なるものではないことを示す資料等があればご教示」下さるよう質問しているところですが、貴社5月2日付け書簡では全く回答がありませんでした。


3.2 木曽三川河口資源調査(KST調査)結果との比較について

 貴社5月2日付け書簡では、「アユについて、新村さんはさらに指摘しています。河口堰に付置された魚道での稚アユの遡上調査の結果を、建設省が河口堰建設前に実施した『木曽三川河口資源調査』(通称『KTS』(正しくは『KST調査』以下同じ))の結果と比較したところ、河口堰の運用後、遡上時期の遅れと稚アユの小型化が見られるというのです。KTSは、堰建設前に行われた重要な調査と建設省自身が説明しているものです。したがって、『事前の』KTSと『事後の』モニタリング調査を比較し、堰運用による長良川の生態系に与える影響を検討するのは、事業者としての当然の責務ではありませんか。モニタリング委員会と建設省はなぜ、データの比較や解析を行わないのでしょうか。」と主張されています。

 これについては、当方11月15日付け書簡において、堰ができる前のアユの遡上量に関する質問(7)で、「『1000万尾から2000万尾』という数値は、昭和30年代前後のデータに基づく『推定値』であり、その後の流域の開発、汚濁負荷の流入による水質の変化等により河川の環境が大きく変化する中で堰の建設又は運用を開始する直前の状況とは異なっているものと考えられます。長良川河口堰の影響を論じるのであれば、堰の建設又は運用を開始する直前時期のアユの遡上量と、堰運用後のアユの遡上量を比較すべきと考えますが、貴社の見解をお示し下さい」とお尋ねしたのに対して、貴社12月13日付け書簡(10)より5段落ほど下では「私たちも、堰の建設または運用を開始する直前のアユの遡上量とその後の遡上量を比較すべきだと考えます」というお答えをいただいており、この点については、貴社と意見が一致していると考えていたのですが、このような前回の発言を覆す質問に接し、驚きと失望の念を抱いているところです。


3.3 長良川漁業協同組合のアンケート等について

 貴社5月2日付け書簡では、「アユの遡上は順調ではないという私たちの判断は、長良川で川漁を営む人たちの認識とも一致します。長良川漁業協同組合(岐阜市)が今年1月に実施したアンケート結果によれば、河口堰運用後のアユの遡上について『大きく減少した』と回答した人が72%、『少し減少した』が18%で、合わせて90%の人が影響を実感しています。個人個人の漁獲量についても、63%が『大きく減少』、28%が『少し減少』と回答しています。『多くなった』はわずか1%でした。同漁協によると、アユの遡上が一週間、サツキマスは約二週間ほど遅れ、旬の時期に出荷する数量が減ったうえ、天然アユの魚体が小さくなったといいます。」と主張されています。

 建設省としては、このアンケートがどのように行われたのか詳細に把握していませんので、仔細にコメントを申し上げるのはいかがかと考えております。

 しかしながら、同じアンケート結果によると、治水面については、良くなったと答えた人が9%であるのに対して、悪くなったと答えた人の割合は45%に上っていますが、この治水面での回答結果は、長良川流域沿川で毎年水防活動を実施している方々の評価とあまりにも異なるということを指摘させていただきます。

 実際、平成11年9月14日から15日にかけての長良川の出水時においては、河口堰の建設に伴う長良川下流部の浚渫の効果により、墨俣地点の水位を約1.1m低下させるなど、治水面での効果が確実に上がっているのが事実です。


3.4 漁協組合員の声について

 貴社5月2日付け書簡では、「アンケート結果をもとに、長良川漁協は、長良川中央漁協(岐阜県美濃市)とともに、環境庁に対し、独自に堰の影響を調査してほしいと要望しています。建設省に対する不信の現れと考えられます。こうした漁協組合員たちの生活実感に根ざした声に、建設省はもっと耳を傾けるべきです。」と主張されています。

 しかし、私どもでそれぞれの漁協役員の方から確認したところでは、本年2月21日に環境庁に対してアンケート結果をもとに要望されたのは、長良川漁協や長良川中央漁協としてではなく、組合員の方数名が個人的に行ったものであることを指摘しておきたいと思います。

 なお、「耳を傾ける」ことについては、私どもはこれまでも各漁協の方々と定期的に意見交換を行うなどして、ご意見を伺いながらモニタリング等を実施してきましたが、今後も、これまでと同様漁協の方々のご意見を伺いながらフォローアップ調査等を実施していきたいと考えています。


4.モニタリング委員会について

 貴社5月2日付け書簡では、「日本自然保護協会小委員会の中間報告書は、長良川河口堰モニタリング委員会について、『建設省を指導・助言するというよりも、むしろ建設省の結論の正当性を追認する機関として機能してきたにすぎない』と指摘しています。この組織を建設省は便宜的に使っているように思えます。調査結果をもとに『河口堰の影響は軽微』という結論を出していることがその一つです。委員会の最終報告は、『長期的な観測を必要とするものもないとは言いきれない』などの理由を挙げ、『早急に結論付けを行うことは必ずしも適切でない』と言っているにすぎないのにです。また建設省は、委員会と建設省の立場をその時々に応じて使い分け、責任の所在をあいまいにしたまま、自分に都合のよい行政を続けてもいます。ここに、建設省を含む日本の中央官庁の行政の問題点が現れています。」と主張されています。

 貴社は、建設省の主張と異なった意見を有する方の見解を取り上げ、長良川河口堰モニタリング委員会を一方的に「建設省の結論の正当性を追認する機関として機能してきたにすぎない」という日本自然保護協会の指摘を引用し、「この組織を建設省は便宜的に使っているように思えます。」と評価されています。

 防災、水質及び底質、生態及び地震などについての専門家の方々により構成された長良川河口堰モニタリング委員会に対し、こうした評価をされた以上、私どもは、これまでの当方の書簡でも指摘させていただいているところですが、貴社がどのような根拠に基づいてそう判断したのか、その科学的かつ客観的裏付けなどについて、国民の前に明らかにする責務があると考えていますが、そのお答えもありませんでした。


5.参考資料について

 貴社5月2日付け書簡には、日本自然保護協会保護部長の吉田正人氏の「建設省ホームページで公表されている建設省及び朝日新聞社の公開討論に関する見解」が添付されています。

 議論の当事者でない吉田氏の見解については、基本的に本書簡においては言及するつもりはありませんが、「論争の本質や問題点を整理しています。また、論争の当事者には言いにくいことも指摘しています。」と貴社は評価されています。

 不思議なのは、このことに対する貴社の見解が一言も述べられていないことです。貴社は、こうした吉田氏の見解に対して、御自身の言葉で見解を明らかにすべきではないでしょうか。

 以下に、吉田氏の見解に対して一点だけ引用して、私どもの考えをコメントさせていただきます。


 吉田氏は、今回の公開討論について「朝日新聞社は、建設省の公開質問状に正面をきって回答し、その回答もホームページに掲載するよう求めているので、合意の上での公開討論であるといえる。しかし建設省は、長良川河口堰に関する番組や記事に少しでも事実誤認や見解の相違があると、メディアに対して文書による回答を求め、ホームページ上に掲載するという手段をとりはじめている。このようなやり方を続ければ、長良川河口堰問題はメディアの中では、一種のタブーとなってしまい、自主規制が行われるようになってしまうことが危惧される。ホームページは、うまく使えば誰もが見ることができる公開討論の場ともなるであろうが、使い方を誤れば中国文化大革命時代の壁新聞にもなりかねない。」という見解(参考資料の最終段落)を示されております。


 私どもは、こうした見解に対し、以下に述べる見解にたち、インターネットという開かれた場を介して意見交換を行ってきました。


*  何人も自己の主張を公表し見解を示そうとする場合は、その根拠を明らかにすべきであること。
 このことは、行政機関であれマスコミであれ同様の責任を有しているものと考えます。
*  異なった見解が存在する問題について議論が行われる場合、当事者双方の主張、見解は公平に取り扱われるべきであること。
*  国民生活に密接に関連するなど重要な課題については、十分な公開性を持つべきであること。


 私どもは、今回の議論について、双方の書簡を全て公開し、互いの主張が論じ合われている状況を、インターネットを介して国民が直接見ることで、国民の一人一人が自己の判断により、問題点をより良く理解できるという意味で、意義のあるものと考えております。

 吉田氏の指摘に対し、貴社御自身の言葉での表明が一切ないため、一体貴社がどうお考えになっているのか、はかりかねるところでありますが、今回の議論のプロセスと手法とその結果が「タブー」をつくるかどうかは、国民の方々により判断していただけるものと考えております。


 最後に、建設省の川づくりに対する考え方を申し述べておきます。


 我が国がおかれている自然条件、社会条件を踏まえると、治水や利水のためにどうしても河川に手を加えざるを得ない場合があるのが現状です。その際、河川環境に与える影響を極力軽減することはもちろん、河川が生物の良好な生息空間となるなど、生物の多様性を保つ上で重要な役割を果たすことを認識し整備していくことが求められます。


 もとより自然現象は複雑であり、河川に関する様々な現象が全て解明されている状況にはないことは、私どもも承知しています。


 だからこそ、自然環境や自然現象に対する姿勢としては、試行錯誤を繰り返しながら、より良い方向へと一歩一歩近づくべく努力を積み重ねていくべきと考えております。


 そういった意味でこれからも、私どもは一つ一つデータを積み重ね、その結果に基づき過去の経験や、最新の知見も踏まえた上で影響を予測し、新たな技術も採用しながら、より良い川づくりを目指すこととしております。

 建設省河川局としては、今後ともこうした姿勢を持ち続け、自然環境との調和を図りつつ川づくりを進めていく考えでおります。もちろん「長良川河口堰」をはじめとする所管事業の実施に当たっては、情報の公開を引き続き推進しつつ、施策の展開を図っていく所存であります。

 平成12年6月9日

〒100-8944 東京都千代田区霞が関2-1-3

建設省河川局開発課長    横塚 尚志

建設大臣官房文書課広報室長 西脇 隆俊