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10月15日付朝日新聞「窓」の報道に対する建設省の書簡について

11月15日付け朝日新聞論説主幹宛公開書簡




朝日新聞社 論説主幹 佐柄木 俊郎 殿


 当方からの10月22日付け書簡に対して、11月5日付けの回答書簡を頂きました。ご回答を頂いたことについて、お礼申し上げます。

 頂いた書簡を拝見した結果、貴紙「窓」の「真実を隠し、国民をだます」と断定した中核的な主張が、客観的な事実であるとするには疑義がある伝聞などを含む資料に基づいて行われ、しかもそれらの主張を貴社は「真実」であると断言されていることが明らかになりました。
 正確で公平な報道が求められ、影響力も大きな報道機関が、「建設省のウソ」という建設行政の誠実性を端的に否定する見出しを付した上で、このような断定をしたことについては、問題ではないかという思いを一層強く持つに至っております。

 そこで、今回の書簡においては、論点の中核的事項に関した建設省の考え方をご説明させて頂くとともに、貴社のご見解も伺いたいと考えております。
 各論的事項については、中核的事項に係る貴社のご見解を頂いた上で、次回以降の書簡で、さらに事実関係を確認させて頂きたいと考えておりますが、今回の書簡においても、若干のご質問を加えさせて頂いております。


(建設省が行っている情報公開や対話活動について)


 貴社は、10月15日付け「窓」における記述において、建設省の長良川河口堰をめぐる言動を指して「真実を隠し、国民をだます」と断定されています。
 しかし、建設省は、長良川河口堰について、これまで、様々な手段と機会を通じて情報の公開を行うよう努めてきました。
 貴社のご指摘を頂いている長良川におけるアユ、サツキマス、ヤマトシジミの環境調査結果についても、すべて例外なく公開してきております。
 また、これらの調査の実施にあたっては、調査の立案、実施、とりまとめ方法等について、生態を始めとする各分野の学識経験者で構成され公開の場で開かれているモニタリング委員会からご指導を得ており、現場における調査自体も全て公開で行っております。
 今までのモニタリング委員会の結果をまとめた年報は、全6巻、約3,000ページ、資料編は全13巻、約9,000ページにも及びます。
 このほか、建設省はこれら公表データをもとに、私どもとは異なる見解を持つ市民団体等との対話も行ってきております。
 平成11年7月16日には、財団法人日本自然保護協会の主催した公開シンポジウムに出席し、日本自然保護協会報告書「長良川河口堰が自然環境に与えた影響」の内容と、建設省等が実施する長良川河口堰モニタリング結果を対比し、調査方法、データの見方、評価、解釈等について約3時間半にわたって出席者の方々と討論しています。「別紙1」は、その際の模様を伝える雑誌「河川」に掲載された記事ですのでご参照下さい。

ここで、
  1 貴社は、このような各種の情報公開の積み上げの事実、モニタリング年報の内容、及び各種団体との対話活動も踏まえた上で、建設省の河口堰をめぐる言動を「真実を隠し、国民を騙す」と断定されたのでしょうか。
なお、万一、モニタリング年報の内容の詳細をご存じないのでしたら、当該年報を貴社にお貸しする用意があります。
  2 我々は、建設省の河口堰をめぐる言動が「真実を隠し、国民をだましている」かどうかは、調査等を通じて得られたデータや知見を国民の手が届く方法で公開しているかどうかという観点から、測られるべきものではないかと考えておりますが、この点について貴社はどのように認識されているのでしょうか。


(貴社が問題にしている建設省の資料について)

 貴社の11月5日付け書簡によれば、書簡添付の建設省の資料において「堰運用開始後も、アユは順調に遡上していること」、「サツキマスやシジミの漁獲量も著しい減少は見られない」と記述していることを「建設省がだましている」と断定されています。
 この建設省の資料は、長良川河口堰運用開始により、アユ、サツキマス、シジミ等の環境・漁獲がどのような状況となっているかという点について、根拠となるデータの一端を示した上で、現状での建設省の判断を簡潔に示したものです。
 貴社が、建設省がこの資料に掲載されているデータのみに基づいた見解を述べ、他の事実を隠しているとご判断されているのであるとすれば、建設省が調査を行っている他の全ての調査結果も公開してきている点を改めて指摘させていただきたいと思います。

ここで、
  3 私どもが全ての情報を公開しながら各種の科学的調査を進めている事実には一切触れずに、私どもの見解を簡潔に示した1つの資料のみで、「建設省のウソ」、建設省は「真実を隠し、国民をだます」と、非常に大きな影響力を持つ貴紙の紙上で断定されたことは、適切とお考えなのでしょうか。


(貴社のいう「真実」について)

 貴社は、11月5日付けの書簡において、「長良川河口堰の運用後、天然アユは順調に遡上・降下していないこと。天然サツキマスや、長良川河口部のヤマトシジミの漁獲量は著しく減少していること」を「真実」と断定し、建設省はそれに反して、「堰運用後も、アユは順調に遡上し、サツキマスやシジミの漁獲量も著しい減少は見られない」と説明しているから、建設省は「真実を隠し、国民をだます」と主張しておられます。
 貴社の主張が成立するためには、貴社がここで「真実」であると断定している内容が、単なる貴社の主張でなく、どのような角度からみても誤りのない、文字通りの真実である必要がありますが、貴社の書簡の中でこれらの「真実」の根拠として上げられている内容は、特定の方が記述あるいは口述されておられる内容を断片的に示されているものに過ぎないように見受けられます。

そこで、
  4 貴社がここで「真実」であると断定されておられる内容が、どのような角度からみても誤りのない、文字通りの真実であることを、本書簡でお尋ねする他の論点も踏まえた上で、ご説明いただくよう求めます。
  5 一つの客観的見解として、平成10年12月17日に行われた、名古屋高等裁判所平成6年(ネ)第529号長良川河口堰建設差止請求控訴事件の判決があります。この判決内容(別紙2)は、貴社が「真実」であると断定されておられる内容に反していると考えられますが、この点についての貴社の見解をお聞かせ下さい。


(各論的事項に関する質問)

 次に、いくつかの各論的事項について確認したい事項がありますのでご回答下さい。

  6 貴社書簡では「木曾三川河口資源調査報告書より、遡上量は1000万尾から2000万尾と推定されている」とありますが、一般読者が読む新聞紙上の「窓」で「何千万匹もが、幅600mの河口を遡上していたはずだ」と表現されています。「1000万尾から2000万尾」の「推定」された数字を、「何千万匹もが」と数量について誤った印象を与える表現を用い、しかも「遡上していたはずだ」と断定的表現で報道されたのは適切であるのか、貴社の見解をお示し下さい。
  7 また、そもそも、上記の「1000万尾から2000万尾」という数値は、昭和30年代前後のデータに基づく「推定値」であり、その後の流域の開発、汚濁負荷の流入による水質の変化等により河川の環境が大きく変化する中で堰の建設又は運用を開始する直前の状況とは異なっているものと考えられます。長良川河口堰の影響を論じるのであれば、堰の建設又は運用を開始する直前時期のアユの遡上量と、堰運用後のアユの遡上量を比較すべきと考えますが、貴社の見解をお示し下さい。なお、堰の運用前後のアユの遡上量については長良川忠節橋地点においてモニタリングを行っており、それによれば堰運用前の平成5年、6年には約700万尾、堰運用後の最近の状況としては平成10年に約750万匹、平成11年に約600万尾となっています。
  8 アユの遡上量に関する「堰ができる前は何千万匹」(11月5日付け貴社回答書簡によれば、正しくは「1000万尾から2000万尾」)という数値の推定方法と、モニタリング調査で行われている遡上量計算方法とは異なると考えますが、これらを直接対比させた記述を行ったことは適切であったのか貴社の見解をお示し下さい。
  9 貴社書簡では『放流量(重さ)の10倍を放流漁獲量とし、総漁獲量との差を、遡上してきた天然アユ(遡上漁獲量)と推定することが一般的に行われています』とありますが、放流稚魚の重さが大きく変わってきている最近の状況においても、この関係が当てはまるのか貴社の見解をお示し下さい。
  10 貴社書簡では、「放流した稚アユが翌年は成長して漁獲される」と記されています。稚アユの放流は春に行なわれ、その年の中で漁獲されることが、アユの通常の生態すなわち「年魚」であると当方は認識しておりますが、貴社の認識をお示し下さい。
  11 貴社書簡では、一市民の談話のみから「長良川河口にシジミ漁に出る漁師は昨冬から一人もいなくなった」としていますが、赤須賀漁協のデータによれば長良川河口部でシジミは漁獲されています。「いま漁に出る漁師は一人もいない」と断定する際に、現地への問合せ、取材等を行って確認したのでしょうか。差し支えない範囲でご教示下さい。
  12 貴社書簡では、建設省が隠している真実とは、「長良川河口堰の運用後、天然アユは順調に遡上・降下していないこと。」とあり、「堰の運用が始まる前との比較がありません」としていますが、堰の運用前後のデータとしては、上述したように長良川忠節橋地点における遡上数をモニタリング年報等で公開しています。その内容についてもご存じの上で、かかる記述をされているのでしょうか。ご回答下さい。
  13 貴社書簡では、新村氏の論文において、下流域のサツキマスの漁獲量を含めれば、94年と比較して96年は約5分の1に減っているとの趣旨の記述があることを根拠として、サツキマスの漁獲量は「著しく減少している」と断定していますが、長良川産のサツキマスの岐阜市場への入荷量は、94年の1,258尾に対して96年は1,438尾と逆に増えているというデータ(別紙3、「平成10年度長良川河口堰モニタリング年報」3-57頁資料)もある中において、この断定が適切な判断と言えるのか、貴社の見解をお示し下さい。


(報道の基本的姿勢について)

 私どもは、対立する見解が存在する案件を扱う場合には、それぞれの見解や論拠を確認して行うのが、報道の基本ではないかと考えております。特に、片方の側を非難する内容を記述する際には、非難を受ける側の主張や論拠を十分に取材した上で報道することが不可欠ではないかと考えます。

  14 この点で、今回の「窓」の対応は、適切であったのか、貴社の見解をお聞かせ下さい。





 長良川河口堰の運用によって、環境へどのような影響が生じたかということについては、人により判断が異なる部分も依然として多く存在しているのが現状であろうかと思います。
 例えば「アユの遡上は順調である」という見方について、建設省としては今までに公開してきた調査結果に基づいて判断した結果の適切な主張であると考えているのに対して、その主張を是としない方々がいらっしゃることも承知しております。

 複雑な自然生態系に対するこのような見解の相違があることを私どもは何ら否定することはありません。  しかし、貴社のような正確を期すべき報道機関に、新聞紙上という公の場で、「建設省のウソ」と断定されたことは、見解の相違というレベルの問題ではないと認識しております。このような断定をしたのは貴社であり、その説明責任は貴社にあると考えられますので、誠意ある回答を宜しくお願いいたします。

 また、今回の「窓」の論説に係る貴社との書簡の往復については、今後とも国民にとってわかりやすいものにして参りたいと考えております。宜しくご協力賜りますようお願いいたします。


平成11年11月15日

〒100-8944 東京都千代田区霞が関2-1-3
建設省河川局開発課長 横塚 尚志
建設大臣官房文書課広報室長 西脇 隆俊