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10月15日付朝日新聞「窓」の報道に対する建設省の書簡について

12月13日付け建設省宛朝日新聞論説主幹発書簡




建設省河川局開発課長    横塚 尚志殿
建設大臣官房文書課広報室長 西脇 隆俊殿

1999年12月13日
朝日新聞社 論説主幹 佐柄木俊郎




 11月15日付けの再質問書にお答えいたします。

 再質問書を拝読しました。この書簡では、ご質問に答えつつ、逆にこちらから質問をさせていただきますので、誠実にお答えくださるようお願いいたします。

 (1)まず、1999年11月24日付けの『FOCUS』誌によりますと、この論争は竹村公太郎河川局長が全責任を負っているとのことです。そうであるなら、なぜ河川局長ご自身が質問者になっていないのでしょうか。

 (2)また、再質問書を拝読しますと、論議を本題からそらそうとしていらっしゃっるように感じられます。この論争の中心的な論点は、「長良川河口堰では、堰運用(95年7月)後、アユは順調に遡上し、サツキマスやシジミの漁獲量も著しい減少は見られない」という建設省の説明が事実なのかどうか、という点です。事実なのかどうか、事実なら、どのような根拠に基づいてそう判断しているのか、それを改めてお尋ねいたします。

 以上をお尋ねしたうえで、再質問書に対する考え方を述べたいと思います。

 まず、「建設省が行っている情報公開や対話活動について」です。
 再質問書の1および2について。私たちは、建設省が再質問書で述べられたような情報公開や対話活動を行っていることを承知しています。しかし、そのことと建設省が真実をありのままに語っているかどうか、とは別の問題だと考えています。
 たとえば、モニタリング委員会は97年度から公開の場で開かれていますが、実質的な議論は非公開のワーキンググループで行われているようです。それは、「ワーキンググループで述べたように」という発言が、モニタリング委員会の席上しばしば聞かれることから推測されます。
 また、「魚類等の遡上・降下の状況」に関していえば、モニタリング委員会での検討はきわめて粗雑なものです。
 まず、アユの遡上について和田吉弘委員は、河口堰に設けられた魚道での計測(95年に開始)と、忠節橋地点での計測(93年開始)を主な根拠にして「遡上は順調」との結論を出しています。しかし、後に詳しく述べますように、忠節橋での計測結果では天然アユの遡上量は分からないのです。
 次に、サツキマスの遡上については、38キロ地点の二人の漁業者による漁獲量と、岐阜市場における入荷量を主な根拠にして「漁獲量に著しい減少は見られない」との結論を出しています。しかしこれは、後に詳しく述べますように、二つの点で誤っています。第一に、38キロより下流で漁をしていた漁業者たちの漁獲量が激減していることを無視している点(このことは、11月5日付けの前回の書簡で指摘いたしました)、第二に、漁獲されたサツキマスのかなりの部分は、漁業者と料理店の直接取引および進物等によって消費され、市場にすべて出回るわけではないことを見誤っている点、です。

 そこで、さらにお尋ねいたします。

 (3)建設省は二つの質問書を通じて、調査結果も委員会も公開していると強調していらっしゃいます。それならなぜ、モニタリング委員会のワーキンググループの会合は、公開してこなかったのでしょうか。今後、似たような委員会が開かれる場合は、ワーキンググループのような会合も含めて、すべて公開する意思はおありでしょうか。

 (4)河口堰が自然環境に与えた影響については、研究者や市民のグループが建設省と独立してモニタリング調査を実施しており、建設省のモニタリング委員会の認識とは異なる結果を報告しています。これらの研究者・市民グループと、モニタリング委員会委員との徹底的な公開討論を実施する意思はおありでしょうか。

 (5)建設省はたしかに、モニタリング委員会に提出した資料はすべて公開しています。しかし、これが調査したもののすべてでしょうか。

 (6)長良川、揖斐川、木曽川の木曽三川について、過去にどのような調査が行われたか、また現在どのような調査が行われているのか、そのリストと調査結果をすべて公開していただきたいと考えます。それが公開されてはじめて、建設省の情報公開は本物だといえるでしょう。それができない限り、真実を隠していると判断せざるをえません。

 次に、「貴社が問題にしている建設省の資料について」論じたいと存じます。
 再質問書の3について。この資料は、建設省の見解を簡潔に示したものであると、再質問書で自ら認めていらっしゃいます。それならば、この資料をもとに建設省の見解の当否を判断して、なぜいけないのでしょうか。
 この資料については、いくつか疑問があります。

 (7)そもそも、この資料は誰の責任で作成したものですか。

 (8)また、この資料の作成にあたって、どなたか専門家と相談されたのでしょうか。もし相談したのであれば、その方の氏名を公表してください。

 (9)この資料の内容は、モニタリング委員会の見解と一致しているのでしょうか。モニタリング委員会の了承を得られたのでしょうか。

 (10)この資料はどのようなところに配布したのですか。配布先をすべて明らかにしていただきたいと思います。

 「貴社のいう『真実』について」に移ります。
 再質問書の4について。私たちが「真実」であると断定している内容が「どのような角度からみても誤りのない、文字通りの真実であることを」説明せよとのお求めですが、そう主張されるのであれば、建設省が「正確で公平であるべき報道機関」に配布した資料もまた、「どのような角度からみても誤りのない、文字通りの真実である」必要があると考えます。資料に記載された内容のすべてが、そのような「真実」なのでしょうか。

 なお、再質問書の5にある名古屋高等裁判所の判決は、河口堰の建設で著しい環境破壊などが生じ、住民らの生命などを侵害する具体的な危険が認定できるかどうか、が争われ、そうした具体的な危険は認められない、と判断されたものです。
 しかも、アユとサツキマスの遡上数については、「堰建設後97年までの間に大幅に減少しているものではない」と判断しているにすぎません。環境への影響について建設省が5年間のモニタリング調査を実施しているのに、その結論の出る前に出された判決です。これにとらわれるべきではないと考えます。

 「各論的事項に関する質問」に移ります。
 再質問書の6について。かつてのアユの遡上量について「何千万匹もが、河口を遡上していたはずだ」と記述したのは、百万単位でなく、千万単位であることを分かりやすく表現したもので、許容される表現だと考えます。もともと「1000万尾から2000万尾」というのも推定にすぎません。

 再質問書の7と8について。私たちも、堰の建設または運用を開始する直前のアユの遡上量とその後の遡上量を比較すべきだと考えます(その場合、93年と94年は冷夏と異常渇水でアユの漁獲量は減少していましたので、正確な比較のためには、堰運用前の5年ないし10年のデータが必要でしょう)。しかし、これらを直接対比すべきデータを建設省自身が示していないのです。
 再質問書は、忠節橋地点での計測結果がそれに当たると主張していますが、この計測結果は天然アユの遡上量を正確に表してはいません。
 すなわち、この計測結果は、忠節橋下流の調査地点を通過した(天然遡上のアユと漁協が調査地点周辺で放流したアユを区別せず合計した)アユの数にしか過ぎません。目測による計測では、放流魚と遡上魚を区別することは現実的に不可能です。しかも、いったん計測したアユが降雨などの影響で調査地点の下流にまで流されるケースは全く考慮されておらず、再遡上してきたものも数えています。さらに、遡上は降雨による増水の後に集中して起こる傾向がありますが、増水時の目視調査はしばしば中止され、また行われても、水が濁っているため、その精度は著しく低下すると考えられます。
 このような計測結果を主な材料にして「アユの遡上は順調」と説明していることこそ、国民を惑わすものではないでしょうか。

 再質問書の9は、放流量の10倍を放流漁獲量とみなすのが適当かどうかを問題にしています。たしかに最近は、放流稚魚の重さが変わってきているようです。しかし、ここで重要なのは、計数を何倍とみなすのが適当かどうかではありません。堰のない揖斐川での漁獲量にほとんど変化が見られないのに対して、長良川の三つの漁協の漁獲量が93年ごろから減少し、97年以降さらに減少していることこそ、問題とされるべきです。三つの漁協のうち、堰にもっとも近い長良川漁協の落ち込みがもっとも大きくなっています。この事実をどのようにお考えでしょうか。

 再質問書の10について。私どもの書簡で「放流した稚アユが翌年は成長して漁獲される」と記述したのは、正しくは「放流した稚アユが成長して」と記すべきでした。しかし、この修正は私どもの主張の当否とは関係ないと考えます。

 再質問書の11について。私たちが「いま漁に出る漁師は一人もいない」と記したのは、かつてヤマトシジミの良い漁場だったところについて述べたものです。この点について、該当箇所を明確にしなかったのは舌足らずでした。
 長良川河口にシジミ採りに行く漁業者は最近もいます。しかしそれは、「なぎさプラン」によって人工的に砂をまかれた河岸に生息しているシジミを採るためです。この事実はむしろ、河口堰の運用開始後、長良川河口の生態系に大きな変化が出た証拠とこそとらえるべきでしょう。

 シジミに関してはもっと重大な事実があるので、お尋ねいたします。

 (11)長良川モニタリング委員会の和田吉弘委員は、11月22日に開かれた今年度第2回委員会の席上、およびその後の記者会見において、「ヤマトシジミが激減することは堰建設の前から予想されていたことであり、その通りになっている」という趣旨の発言をされました。長良川河口におけるシジミの漁獲量が激減している事実は、この委員会に提出された「赤須賀漁協への聞き取り調査結果に基づく区域別集計表」にも明瞭に表れています。それにもかかわらず建設省はなぜ、「漁獲量に著しい減少は見られない」と主張されるのでしょうか。これでは、「真実を隠し、国民をだま」していると判断されても仕方がないのではありませんか。

 再質問書の12については、忠節橋地点でのアユの計測結果が天然アユの遡上数と考えるわけにはいかないことを、すでにご説明いたしました。

 再質問書の13について。すでに述べたように、サツキマスは、漁業者と料理店との直接取引や進物用などによって消費されるものもあるため、岐阜市場への入荷量が漁獲量を正確に表しているとは考えられません。

 そこで、さらに質問いたします。

 (12)私どもの書簡の指摘が間違っているというのであれば、建設省が下流域の漁業者の漁獲量を調査し、公表していただけませんでしょうか。

 なお、長良川産のサツキマスの岐阜市場への入荷量は94年より96年の方が増えているというデータを、再質問書が記していることについて、サツキマス研究会の新村安雄氏から大要次のような指摘がありましたので、お伝えいたします。新村氏は、私どもが前回の書簡で引用した調査をされた方で、この往復書簡を建設省のホームページで見て、知らせてくださったものです。

 新村氏の指摘する第一点。再質問書に添えられた「別紙3」によれば、長良川産サツキマスの岐阜市場への出荷量について、96年分から「38キロ地点で採捕されたもの」が別記されるようになりました。つまり、このころから、それまでは岐阜市場に出荷していなかった、38キロ地点の二人の漁業者も市場に出荷するようになったのです。その理由は、サツキマスの遡上時期が本来の時期より2、3週間遅れたことです。サツキマスが五月に採れなくなったのです(こうした漁期の変化自体、注目しなければならない生態系の重大な変化だと、私たちは考えております)。
 長良川においては、5月15日の鵜飼いの開催に合わせてアユ漁が解禁になり、市場の嗜好はアユに変わります。料理屋が季節はずれのサツキマスの買い取りを中止したため、二人の漁業者が市場に出荷するようになったわけです。
 この二人の漁業者の出荷量を除いた市場への入荷量は、漸減傾向にあると考えます。具体的な数字は次の通りです。

  1994年 1258尾
    95年  709尾
    96年 1054尾
    97年  947尾
    98年  905尾
 (なお、38キロ地点の二人の漁業者の漁獲量が今年は激減したことは、すでに私たちが前回の書簡で指摘した通りです)

 新村氏の指摘する第二点。再質問書の反論は、建設省の「平成10年度長良川河口堰モニタリング年報」3−57ページの資料に基づいてなされています。この例が示すように、建設省は一次資料からパンフレットや概要版を作成するとき、データを恣意的に抽出される傾向が見受けられます。こうしたことは、60年代の木曽三川河口資源調査(通称「KST」)の報告以来、しばしば行われ、事実を隠してきました。この姿勢が依然として続いているように見えるのは残念です。

 さらに、お尋ねいたします。

 (13)新村氏の第一の指摘をどのようにお考えでしょうか。

 (14)新村氏の第二の指摘をどのようにお考えでしょうか。

 最後に、「報道の基本姿勢について」述べます。

 再質問書の14について。建設省の主張はモニタリング委員会の報告や関連の資料によつて十分に承知しています。それを簡潔に表したのが、前回の書簡に添付した資料です。それらをもとにした、今回の「窓」の取材に落ち度があったとは考えておりません。

 以上、再質問書にお答えしつつ、私たちの考えを述べ、14の点についてお尋ねをいたしました。重ねて申し上げますが、この論争の中心的な論点は「堰運用後、アユは順調に遡上し、サツキマスやシジミの漁獲量も著しい減少ほ見られない」という建設省の説明は事実かどうか、という点にあります。説明責任も立証責任も、建設省にこそあるのです。行政機関として、その点を見誤らないでいただきたいと考えます。
 誠意あるご返事をお待ちいたします。
 また、この書簡は全文を公開していただくようお願いいたします。

以上。