異常気象と災害
変動する地球環境と異常気象の発生形態
 東京大学気候システム研究センター助教授 木本昌秀

30年に1回程度の確率で起こる異常気象
 
2000年に入っても、世界各地では「異常」とも思える気象が相次いでいる。1月から続いた大雨で、大洪水に見舞われたモザンビーク。2月末にはサイクロンの来襲で少なくとも17人が犠牲となり、3月14日現在、約32万9000人が家を失ったと伝えられている。
 
 
1月28日、ここ50年間では初めてという降雪を記録したエルサレム。「黄金の岩のドーム」も白銀に包まれた
 

最近は夏に高温が続き、場所によっては集中豪雨に見舞われるケースが増えているので、異常気象ではないかとよくいわれる。しかし、短期間のデータをもって気象に異変が生じたかのように判断することは危険である。地球の大気や海洋の動きは、決して一定ではなく絶えず変化している。地球上の気象、そしてその長期間平均としての気候の形成と変動には複雑な要素が絡み合い、まだまだ解明できない問題がたくさん残っている。 一般に異常気象といった時、二通りの使われ方がされている。災害をもたらす集中豪雨のような数日で終わるイベントを指す場合と、月平均やひと夏の平均値のような「天候」の異常を問題にする場合である。大気、海洋などからなる「気候システム」は自然の状態でもゆらぎを持っているため、毎年同じような平年並みの夏が来ることはなく、天候は年ごとに異なっている。しかし、人が一生に一度出合うか出合わないかのような稀な現象を経験すれば社会的にも影響は大きい。そこで、月平均値などの統計量を扱う時には、人の平均的な活動期間である30年間に1回程度の確率で起こるような極端な値が観測された時、異常気象と呼ぶことが多い。逆に言えば、30年に1回くらなら起こってもおかしくないということで、世界中を見渡せばどこかでこのような「異常」天候が起こっているのがむしろ常態であるといえる。災害をもたらすような短期の気象擾乱もまた、ある確率で毎年生じるのが自然な状態である。この場合、「異常」とはそれらの発生頻度や強さが平均的な統計の範囲を著しく逸脱するかどうかによって判断される。例えば、1時間降水量の最大値がひと夏に何度も更新されたり、年平均気温の最高値が10年も続けて塗り替えられたりした時には、気候システムに今だ知られざる変調が起こっているということを疑ってみるべきである。 我が国において本格的な気象観測が始まったのは、第二次世界大戦の頃からである。そして1959年、気象庁にコンピュータが導入され、今日のベースとなる数値予測[注1]が開始された。77年には静止気象衛星ひまわりが打ち上げられ、88年にはスーパーコンピュータが導入されて、かなり精度の高い数値予報が行われるようになった。とはいえ、全地球的にはたかだか数十年の観測資料、10年余りのスーパーコンピュータ予報経験を考えると、本格的な「異常」気象の解明は、まだまだこれからであるといってよい。

 

異常気象はどこまで解明されているのか

未知の分野の多い異常気象研究において、比較的理解の進んでいる現象もある。エルニーニョ現象やラニーニャ現象である。エルニーニョとは、数年に一度の割合で日付変更線付近から東の赤道太平洋一帯で海面水温が上がる現象をいう。気象庁は、赤道東太平洋に設定したエルニーニョ監視海域の水温が、平年より0.5度C以上高い状態が半年以上続いた時をエルニーニョ現象と定義づけている。 一方、ラニーニャとは赤道太平洋の水温分布がエルニーニョ現象とは逆になり、東で低く西で高くなる状態をいう。赤道東太平洋のエルニーニョ監視海域の水温が平均より低く、5か月移動平均値が- 0.5度C以下で、それが6か月以上続いた時にラニーニャ現象が発生する。これらの現象の解明は現在かなり進んでおり、その影響を受ける熱帯の国々の天候はある程度の精度をもって予測されている。 日本の夏は、太平洋高気圧の勢力とその中心位置に支配される。太平洋高気圧の位置に影響を与えるのは熱帯地方の活発な積雲対流の中心位置だが、エルニーニョになると、積雲対流の中心は日本から遠く離れた熱帯太平洋中部に出来る。逆にラニーニャになると、積雲対流の中心が日本に近いフィリピン付近に出来る。そこでエルニーニョの時とラニーニャの時では、日本の夏の天候は大きく変わってしまう。台風もこれらの現象と深く関連している。台風は熱帯西太平洋域における水温の影響を直接受ける。エルニーニョの年、熱帯西太平洋域では水深200 mぐらいまでの水温が平年より低くなり、海からのエネルギー供給、そしてそれを上空に運ぶ積雲対流が弱まり、台風は発生しにくくなる。しかしラニーニャの場合は、熱帯西太平洋域に暖かい海水が溜まり積雲対流活動が活発になるので、台風を多く発生させる要因になる。

ラニーニャ現象も影響した99年夏の集中豪雨
 
6月末の梅雨前線による大雨で一面水浸しとなった福岡市内。1999年の夏は西日本で大雨、東日本は晴天という特異な気象状態が続いた
 

エルニーニョに伴う積雲対流の分布の変化は、西太平洋での大気循環の変化を通して日本にも影響を与える。エルニーニョ時には、平年に比べると日本に南西風が入りやすい状態になるため、冬なら暖冬、梅雨期には前線を強める傾向をもたらす。特に梅雨末期を含む7月の天候はエルニーニョの影響を強く受け、集中豪雨の確率が高くなる。梅雨末期の集中豪雨は、梅雨前線に湿った南西風が吹き込むことからもたらされるが、エルニーニョがそれを強化する方向に働くのである。冬の場合は南西風が季節風(モンスーン)[注2]を弱める方向で働くので、97 ミ 98年の冬のように極端な暖冬になる。 日本の地理的位置は大陸と太平洋に挟まれ、しかも比較的低い緯度にあり、ジェット気流[注3]が南下する東の端にある。そのため、夏には熱帯で降るようなバケツをひっくり返したような短時間豪雨を経験することもあるし、その天候は海の影響も、また大陸からの影響も受ける。例えば昨年の夏は、激しい集中豪雨に見舞われ、特に都市部に多くの被害をもたらした。この時の大規模な状況を分析すると、熱帯西太平洋の海面水温はラニーニャの影響で高温傾向で、積雲対流が起こりやすい条件を提供していた。フィリピン東沖に活発な積雲対流が起これば、日本全体が暑い夏になるはずであったが、インドからのモンスーンの影響を受けて対流の中心が北西にずれ、沖縄に近づいたため、西日本が低気圧、東日本は高気圧という特異な気圧配置となった。南海上の対流域からたびたび北上する熱帯低気圧が西日本を中心に豪雨をもたらし、逆に東日本は晴天が続いた。大きく見れば、ラニーニャの影響で西太平洋で対流が活発だったのだが、モンスーンの影響を受けてその微妙な位置が変わってしまったのである。 エルニーニョやラニーニャ現象の影響は、日本の長期予報の重要なファクターの1つとなっているが、それ以外の要因も多々関わってくるため、天候変動の解明は難しいのである。集中豪雨のような災害をもたらす気象擾乱はせいぜい数日の寿命しか持たず、空間的な規模も小さい。したがって、そのような擾乱がいつどのように発生するかをあらかじめ予測することは難しいが、それらの発生場所の傾向や強さの特徴は、エルニーニョやモンスーンのような、ゆっくりと変化し空間スケールも大きい現象に、ある程度規定されていると考えることができる。

 

地球の温暖化と集中豪雨の発生メカニズム

異常気象を考えるうえで、エルニーニョやラニーニャ現象と並んで、注目しなければならないものに地球温暖化がある。人間の産業活動で増え続ける大気中の二酸化炭素が、地球に熱を閉じ込める温室効果によって気温を上げているのである。結論から言うと、今後、地球の温度は確実に上昇する。我々のシミュレーションでは、70年後に全地球平均でおよそ2度C上昇すると予測されている。2度Cぐらいならそんなに問題がないと思われるかも知れないが、これは地球全体の平均温度である。したがって海上ではこれより低くなり、陸地では高くなる。陸地でも熱帯地方よりは北極や南極に近い高緯度地方が高くなる。場所によっては年平均5Ccネ上に達する所も出てくる。現在のところ、地球温暖化予測の精度はあまり良くないので、研究機関によって気温の上昇量に1 - 3.5度C程度の幅があり、地域的な詳細となるともっと不確定である。ともあれ、各種の予測は大まかな点では一致している。地球の温度が上昇すると、極域の氷の溶け出しと海水の膨張によって、海面が70年で15- 70 cm程度上昇する。また、温度が上がると空気中の水蒸気の量が多くなる。したがって海の水が蒸発して、それが雲になり、その雲が雨を降らせるという水循環が活発になる。水蒸気は二酸化炭素以上の温室効果を持つため、温暖化を増幅する働きがある。水循環が活発になると、もともと降雨量の多い地域ではさらに雨量が増し、逆に乾燥地域ではさらに乾燥が激しくなる。また、場所によっては降雨量が多い地域でも乾燥化が進むというように、気候が大きく変化する。 地球温暖化は日本へどのような影響を及ぼすだろうか。前述したように、日本には梅雨期に熱帯地方から湿った空気が南西流に乗ってやって来るが、我々のシミュレーションでは、その湿った空気の流れが、温暖化した時に強まる傾向がある。湿った南西流は集中豪雨のエネルギー源であるため、その頻度や強さの増加傾向が懸念される。 今のところ、過去数十年の観測データにこの傾向を見ることはできないが、引き続いて監視する必要がある。そして、異常気象や集中豪雨の振る舞いの変化を含めた地球温暖化予測の精度向上が期待される。

人間は大自然の逆鱗に触れる力を持った!?

1万年前には全陸地の34 %を占めていた森林面積が、現在では26 %程度まで減少しているという推算がある。1960年代以降、サハラ砂漠の南方では砂漠化が深刻である。アマゾンの森林破壊も問題になっている。太陽光をよく吸収し、保水力に富んだ森林の破壊は、乾燥化・砂漠化をもたらす。森林面積の減少は人為的な要因によるところが大きく、それによって気候が変わってしまう、あるいはすでに変わってしまっていることは疑いないが、その程度についてはまだはっきりしない部分も多い。異常気象に与える影響は言わずもがなである。森林は気候を変え得るが、当然気候の影響も受けている。自然生態系と気候の相互作用の解明は、気候変化の理解と予測にとって重要である。 二酸化炭素だけでなく、人間の活動は大気中に様々な物質を撒き散らしている。大気汚染の原因となる硫酸エアロゾルと呼ばれる「塵」もその1つである。実は塵が気候に大きな影響を与えていることが、近年にわかに注目を集めるようになった。エアロゾルは太陽光を反射するため、地球温暖化を和らげる方向に働くはずだというのである。公害の原因が、同時に地球温暖化の緩和剤とは皮肉なことである。エアロゾルは雲粒が出来る時の核にもなるし、種類によっては太陽光を反射せず吸収するものもある。人為起源以外のエアロゾルも含めて、その実態の解明が急ピッチで進んでいる。 人間は地球上に多くの文明を築いてきたが、エネルギー的にいえば、大自然の圧倒的な力の前にはなす術もないというのが現実である。現にこれだけ科学技術が発達しても、まだ台風の進路を変えることすらできない。しかし、自然の中に人為起源の物質を注入することで、自然の営みのバランスを崩してしまい、本来のパワーでは起こせなかったような大きな気候や環境の変化を誘起させてしまった。その意味で、人間はすでに大自然の逆鱗に触れる力を持ってしまったといえる。これまでのように無放任な生産活動を続けるわけにはいかなくなった。そして、図らずも起こしてしまった気候の変化を正しく把握し、対処していく必要が出てきたのである。

 
人間活動による地球温暖化の進行シミュレーション。地球全体の平均気温の推移を予測したもので、観測された1961- 1990年の平均値を基準(= 0.0)に演算。黒線は1997年までの観測値で、それ以外の色線がシミュレーション結果である。色の違いは1990年以降の二酸化炭素やエアロゾルなど人為起源物質の放出量の制限の仕方をそれぞれ変えてシミュレートしたものであるが、程度の差こそあれ、いずれも昇温を示している。また、観測値をみても1997年は観測史上最高値を記録しており、1979年頃から気温が上昇傾向に転じているのが分かる。東京大学気候システム研究センターと国立環境研究所の共同研究による
 
 
人間活動による地球温暖化の進行シミュレーション。地球全体の平均気温の推移を予測したもので、観測された1961 - 1990年の平均値を基準(= 0.0)に演算。黒線は1997年までの観測値で、それ以外の色線がシミュレーション結果である。色の違いは1990年以降の二酸化炭素やエアロゾルなど人為起源物質の放出量の制限の仕方をそれぞれ変えてシミュレートしたものであるが、程度の差こそあれ、いずれも昇温を示している。また、観測値をみても1997年は観測史上最高値を記録しており、1979年頃から気温が上昇傾向に転じているのが分かる。東京大学気候システム研究センターと国立環境研究所の共同研究による