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第1章 ITS推進の意義

 1.1 ITSとは何か
 1.2 ITS推進の背景と意義
 1.3 世界における日本の課題
 1.4 ITS全体構想策定の意義
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1.1 ITSとは何か

 高度道路交通システム(Intelligent Transport Systems:以下ITSと呼ぶ)は、最先端の情報通信技術等を用いて人と道路と車両とを一体のシステムとして構築することにより、ナビゲーションシステムの高度化、有料道路等の自動料金収受システムの確立、安全運転の支援、交通管理の最適化、道路管理の効率化等を図るものである。
 ITSは安全、快適で効率的な移動に必要な情報を迅速、正確かつわかりやすく利用者に提供するとともに、情報、制御技術の活用による運転操作の自動化等を可能とするシステムである。これによりITSは、高度な道路利用、運転や歩行等道路利用における負荷の軽減を可能とし、道路交通の安全性、輸送効率、快適性の飛躍的向上を実現するとともに、渋滞の軽減等の交通の円滑化を通し環境保全に大きく寄与する等真に豊かで活力ある国民生活の実現に資することに貢献する。

図表1.1.1 ITSのシステム概念図
ITSのシステム概念図

1.2 ITS推進の背景と意義

 ITSは交通事故や交通渋滞など、今日の道路交通が抱えている諸問題の解決に大きく貢献すると同時に、自動車・情報通信関連産業の市場の拡大と新たな創出を担うものと考えられる。さらには、21世紀に向けた高度情報通信社会の実現の重要な一翼を担うものと期待される。

 (1)道路交通問題解決の切り札

 自動車による道路交通は社会経済の発展に大きく貢献し、今日の社会システムの中で重要な役割を果たしている。しかし、一方では交通事故が減少せず、年間死亡者数が1万人以上に達したまま推移している他、都市部を中心として交通渋滞が拡大し、それによる経済損失が12兆円、時間損失が56億人時間*に達すると試算されるなど、安全性や輸送効率において大きな問題が生じている。また、沿道環境の悪化、地球環境との不調和、エネルギー消費の増大などの問題が顕在化し、これらの問題の解決が強く求められている。
 さらに、我が国の自然条件や社会条件は多様であることから、積雪、降雨や風水害等に対する交通の信頼性の向上や地方部における公共交通機関のサービス水準の向上等が求められている。
 また、21世紀には、高齢化や少子化の進展と生産年齢人口の減少などの社会的制約が顕在化することが明らかであり、道路交通面においてもドライバーの負担をできるだけ軽くするようなシステムの実現が要請されている。また、利用者がさまざまな交通手段を快適かつ効率的に利用することができるよう交通機関相互の連携が要請されている。
 こうした要請に対し、ITSを推進することにより、交通事故は削減され、渋滞による多大な時間損失を軽減でき、かつ、各地域のニーズに応じて信頼性や利便性の高い移動が可能となる。また、渋滞の軽減や交通流動あるいは交通量の適正化により効率的なエネルギー利用を実現するとともに、排ガス等の削減を実現し、沿道環境や地球環境の保全に対して寄与できる。さらに、ITSによる運転負荷の軽減は、高齢化社会の到来の中にあっては高齢者に利用しやすい道路交通システムを提供することができる。また、産業の動脈でもある物流事業に対してはドライバーに大きな負担を求めない事業環境を提供することができる。
 このように、ITSの推進は道路交通に起因する諸問題を解決する切り札として、また、日本の産業基盤として重要な役割を担う道路交通システムを強化する施策としても期待できる。
  * 建設白書(平成5年)

 (2)新しい産業の創出

 低成長期にある我が国の経済状況や昨今の景気動向に鑑み、成長が期待される新たな産業の姿を明確化し、新たな需要喚起と市場創出を導き経済を活性化することが求められている。このため今後の社会経済動向を見据え、21世紀に向けて新たな研究開発や、設備投資、生産活動の牽引役となり、世界規模での市場展開が可能な産業分野を創出することが必要である。
 こうした中、ITSはマルチメディア事業の中核をなすものとして市場性が大いに期待されている分野であり、需要の面においても1995年度にはカーナビゲーションシステムの累計出荷台数が100万台を突破するなど大きな市場を形成しつつある。ITSは、国民生活に密着した道路交通の世界に導入されるものであり、情報化に対する利用者の期待も高いことから、利用者のニーズに対応した実用化を促進することにより、自動車産業、情報通信産業等に関連する分野において、大規模でかつ新たな市場の形成に結びつくことが期待できる。

 (3)高度情報通信社会の先導

 自動車による個人の自由かつ広範囲な移動、高速鉄道や航空機による遠隔地間の高速移動、電話や通信ネットワークによるグローバルかつ容易なコミュニケーションは、豊かで活力ある生活実現のための必要条件となっている。高度情報通信社会は最先端の情報通信技術に支えられ、情報の即時、双方向、大量伝達が可能な社会であり、今や一刻も早い実現が求められている。
 ITSは国民生活に密着した道路交通を通じて国民に高度情報通信社会の具体的な姿を示すものである。また、ITSの実現には、多様な分野で進展する情報通信技術等の利用が必要となるが、同様にITSの推進は、情報関連機器等の高度化を促し、高度情報通信社会の他分野での進展を支援するものである。
 ITSは社会的な強い要請により既に全国展開を念頭に実用化が始まっているものもあり、ITSの推進において他分野の情報化と調和を保つことにより、高度情報通信社会を先導する役割をも期待できる。

図表1.2.1 ITS推進の背景と意義
ITS推進の背景と意義


1.3 世界における日本の課題


1)ITSを巡る国際的動向

 ITSは、日米欧を中心として世界的な規模で開発が進められている。特に欧米では、体制、計画策定、予算等ITS推進の環境を整え、道路交通政策上の中心的プロジェクトとして体系的かつ積極的にITSを推進している。また、我が国と共通の課題を抱えるアジア・太平洋地域においてもITSへの取り組みが始まっている。

 (1)米国の動向
 米国における道路交通の情報化に関しては、1960年代後半に取り組まれたERGS(Electronic Route Guidance System:電子経路案内システム)があり、路側との双方向通信によって経路誘導の指示をするものであったが1970年に中止された。この後、こうした取り組みがしばらく行われていなかったが、1988年に非公式のスタディチームMOBILITY 2000が組織され新たな取り組みが始まり、こうした動きを本格化するものとして、1990年IVHS AMERICA(Intelligent Vehicle Highway Society of America)が設立された。さらに1991年12月にISTEA(Inter-modal Surface Transportation Efficiency Act:総合陸上輸送効率化法)が成立し、ITSが道路交通政策の中心的な一つのプロジェクトとして位置づけられた。
 こうしたITS推進の環境が整えられる中、まずITS推進に係る計画づくりが注力され、1992年5月にはIVHS AMERICAにより今後20年間にわたるITS推進のグランドデザインとしてIVHS戦略計画(Strategic Plan for Intelligent Vehicle-High-way Systems in the United States)が策定された。また、1995年3月には連邦DOT(Department of Transportation:連邦運輸省)とIVHS AMERICAが1994年9月に改称したITS America(Intelligent Transportation Society of America)により国家的な計画として全米ITSプログラムプラン(NATIONAL ITS PROGRAM PLAN)が策定され、ITSの開発や展開における最終目標等ITS導入に関する総合的な計画資料が提供された。
 さらにISTEAの成立により具体的なシステム開発の推進が積極的に行われており全米80カ所以上でフィールドテストが実施されているほか、NAHSC(National Automated Highway System Consortium)による基幹プロジェクトであるAHS(Automated Highway System)が政府の積極的な関与のもと推進されている。また、ITSによって実現されるサービスの網羅的な枠組みやシステム間の相互関係を明らかにすべく連邦DOTが中心となってシステムアーキテクチャーを開発中で、1996年6月に最終報告が予定されており、ITS推進の計画に関する集大成が完成することとなっている。
 さらにシステムアーキテクチャー構築の動向を踏まえ、米国のITSの推進は計画策定の段階からインフラ整備への段階に移行しつつあり、1996年1月には今後10年の目標として75の大都市にITSを実現するためのITI(Intelligent Transportation Infrastructure)を導入するとした「オペレーション・タイムセイバー」が連邦DOTにより発表された。

 
 (2)欧州の動向
 欧州においては、双方向通信による経路誘導を行うALI(Autofahrer Leit und Informations System)の開発が1970年代中葉にドイツにて進められ、その後、1986年には民間主導のPROMETHEUS(Programme for a European Traffic with Highest Efficiency and Unprecedented Safety)、1988年には官主導のDRIVE(Dedicated Road Infrastructure for Vehicle Safety in Europe)が始まった。両プロジェクトはそれぞれ、PROMOTE(Programme for Mobility in Transportation in Europe)、TELEMATICS APPLICATIONS PROGRAMMEとして現在推進されており、欧州のTransport Telematicsプロジェクトの調整や実用化に向けての支援を行う官民合同の機関としてERTICO(European Road Transport Telematics Implementation Coordi-nation Organization)が設置されている。
 また、欧州では標準化の問題が積極的に取り組まれており、ISO(国際標準化機構:International Organization for Standardization)/TC(Technical Committee)204に先立って1990年にCEN(欧州標準化委員会)/TC278が発足し、標準化作業を開始している。

 (3)アジア・太平洋地域における動向
 アジア・太平洋地域においては、多くの国々で都市への人口集中と急激なモータリゼーションの進展により道路交通問題が深刻化している。これに対応すべくインフラ整備に合わせてITS導入も進められつつあり、香港、マレーシア、シンガポールでは自動料金収受システムへの取り組みがなされている他、他の国々においてもITSへの取り組みが開始されている。

2)日本のITSの取り組み


 (1)第1期
 我が国のITSへの着手時期は世界的に見ても早く、1973年には通産省によりCACS(Comprehensive Automobile traffic Control System:自動車総合管制システム)への取り組みを開始し、経路誘導システム等の開発と試験運用を行った。この時代をITS開発の第1期と位置づけることができる。

 (2)第2期
 1980年代には建設省によるRACS(Road/Automobile Communication System:路車間情報システム)、警察庁によるAMTICS(Advanced Mobile Traffic Infor-mation and Communication Systems:新自動車交通情報通信システム)が手がけられ、電波システムの開発、標準化を手掛けてきた郵政省と共にVICS(Vehicle Information and Communication System:道路交通情報通信システム)へと発展した。
 また、1980年代末から1990年代にかけて、道路と車両の一体化による道路交通の高度化に関する全体概念を構築したARTS(Advanced Road Transportation Systems:次世代道路交通システム)(建設省)、自動車交通システムの高知能化を目指したSSVS(Super Smart Vehicle System:高知能自動車交通システム)(通産省)、自動車安全技術の研究・開発の推進を目指したASV(Advanced Safety Vehicle:先進安全自動車)(運輸省)、道路交通の発生にまで踏み込んだ総合交通管理を目指したUTMS(Universal Traffic Management Systems:新交通管理システム)(警察庁)、などのプロジェクトを進めてきた。また、具体的なシステムあるいは技術開発への取り組みとして、自動車の衝突防止等に重要な役割を担う小電力ミリ波レーダー(郵政省)、有料道路等の料金所で一旦停止することなく自動的に料金の支払いを可能とするノンストップ自動料金収受システム(郵政省、建設省)、ノンストップ自動料金収受システム等への応用が期待されるワイヤレスカードシステム(郵政省)の研究開発などを進めてきた。
 一方、産学により道路・交通・車両インテリジェント化推進協議会(VERTIS)が組織され、ITS America、ERTICOとともに、世界会議の事務局、欧米との情報交換等ITSに関するさまざまな活動を行っている。また、民間企業によるITSの市場形成に向けた努力も積極的になされ、官民が共同で開発したデジタル道路地図等をベースにGPS等を利用したカーナビゲーションシステムが商品化されたことによって、1995年度には累積出荷台数が100万台を突破するなど新たな有望市場を築いている。この1980年から1995年初頭までをITS開発の第2期と位置づけることができる。

 (3)第3期
 こうした中、内閣総理大臣を本部長とする高度情報通信社会推進本部が1995年2月に決定した「高度情報通信社会推進に向けた基本方針」を受け、関係5省庁は1995年8月に「道路・交通・車両分野における情報化実施指針」を策定し、ITSの統一的な方針に基づく開発・実用化への取り組みを開始した。VICSの実用化等に見られるこの統一的な取り組み以降をITS開発の第3期と位置づけることができる。
 実施指針の策定を受け、各省庁において、ナビゲーションシステムの高度化に向けたインフラ整備や安全運転の支援のための研究開発、交通管理の最適化等ITS各分野の開発・展開を進めている。また、1995年11月には、第2回ITS世界会議'95横浜が開催され、現在における我が国の取り組み状況を世界各国の研究者、実務者等に紹介するなどして、各国との技術交流、人的交流を行っている。
 また、平成8年度においては、ITSの実用化とインフラ整備に向けた事業費として596億円、ITSの研究開発等に向けて74億円の予算を計上し、より積極的なITS推進のための環境を整えている。

図表1.3.1 日米欧のITS開発年表
日米欧のITS開発年表

3)国際的視野からみたITS推進の課題

 我が国のITS推進状況を国際的視野からみると、以下に示す国際協力・協調に関する課題が存在する。

 (1)欧米との協力・協調へ向けた取り組みの必要性
 我が国のITSに対する個別の取り組みは世界的にみても早く、これまでにITSに関する多くの研究開発成果を蓄積してきた。この結果我が国は、道路地図データベース、ナビゲーションシステム、路車間通信等、世界との比較においても展開が先行しているいくつかの分野を有している。
 このため、世界的な規模でITSを効率的に推進していくにあたっては、我が国が保有する先進的な技術の提供を図るなど、国際的な貢献を積極的に行うとともに、欧米等の先進的な取り組みに関する技術・情報を取り入れるため欧米をはじめとして各国との情報交換や人的交流を行っていくことが不可欠である。

 (2)アジア・太平洋地域にふさわしいITS実現への取り組みの必要性
 我が国は、道路交通問題の解決に向けて量的に不足している道路インフラ等の着実な整備と、ITS推進による道路利用の高度化を同時に進める必要がある。このような状況は我が国固有のものではなく、道路インフラの整備が必ずしも十分ではないところに急激なモータリゼーションが進展しつつあるアジア地域の各国に共通の課題である。
 我が国におけるITSの開発は、アジア・太平洋諸国のITSのモデルケースとなり得るものであり、アジア・太平洋地域の一員として積極的に技術交流、人的交流を行い、アジア・太平洋地域にふさわしいITSの実現を支援する必要がある。

 (3)ITSに係わる国際標準化への取り組みの必要性
 ITSは世界規模での取り組みを要するものであるため、標準化の必要性が国際的な課題として認識されており、その取り組みが国際的組織のもとで行われている。
 ISO/TC204*及びITU-R**(International Telecommunication Union-Radio Comm-unication Sector:国際電気通信連合無線通信部門)では、TICS(Transport Information and Control Systems)の名称のもとでITSに係わる標準化について取り組んでいる。
 我が国においても、ITSの効率的かつ着実な推進を図るため、国内のITS関連産業における開発動向を反映させつつ、世界の中で主体性をもち積極的に標準化活動への取り組みを進めていく必要がある。
*ISO:鉱工業等の産業分野の国際的な標準化を図る非政府間機構
**ITU:電気通信分野における国際連合の専門機関


1.4 ITS全体構想策定の意義


 ITSは道路、交通、車両、情報通信など広範な分野に及ぶものであり、警察庁、通商産業省、運輸省、郵政省、建設省の関係5省庁はもとより産学官の連携・協力の下に、はじめて実現可能となる国家的プロジェクトである。このような国家的プロジェクトの推進にあたっては、全体構想のもとでの戦略的な取り組みが不可欠である。
 我が国では、今日までITSの核となりうる研究開発に積極的に取り組み実用化に結びつけるなど効率的な研究開発を行ってきたところであるが、今後習熟した技術開発の経験を活かし、新たな段階としてITSへの体系的な取り組みが必要になっている。
 ITSに係わる全体構想は、国民にとってはITSと生活との係わりを明確にするものであり、このことを通じてITSの必要性についての理解を深めることが期待される。また産学官の関係者にとっては、その役割、研究開発の意義等について共通の認識や目標となり、体系的、効率的な取り組みを計画的に実施可能とするものである。さらには、我が国のITSへの取り組みを世界に示し、国際協力・協調を円滑に行う上での一助ともなる。
 このような背景に鑑み、本全体構想は、「高度情報通信社会推進に向けた基本方針」及び「道路・交通・車両分野における情報化実施指針」を受け、関係5省庁が相互に連携を図り、我が国のITSの構築が、利用者の視点に立って、体系的、効率的に推進されるよう、目標とする機能、開発・展開に係わる基本的な考え方等を長期ビジョンとして策定したものである。