防災問題懇談会提言
I  はじめに


1 本懇談会の方針と提言の性格

 本懇談会は、自然災害に対応した国、地方公共団体等による防災体制の在り方について検討するため、平成7年3月28日に内閣総理大臣により設置されたものである。懇談会においては、4月以降6回にわたり審議を重ね、阪神・淡路大震災の教訓を活かし新たな防災施策の確立を目指して、1)災害情報の収集及び伝達体制の在りかた、2)消防・救急・警察・医療・自衛隊等に係る緊急即応体制の在りかた、3)広域連携体制の在りかた、4)その他の災害対応体制の在りかた、について次に述べる基本的認識のもとに、II(運用・実務面の改善を行うべき施策)及びIII(法改正など制度面の改善を行うべき施策)に述べる提言をまとめたものである。
 なお、本懇談会における審議においては、人命救助及び被災者保護という観点から、災害応急対策のための組織・体制、施設の在り方について検討することを主眼とした。そのため、地震の調査研究等の科学技術に関する事項、災害からの復旧復興に関する事項、自然災害以外の災害対策の具体化に関する事項等については、本提言では触れていないが、これらの点についても、政府において積極的に改善を図ることを強く望むものである。

2 基本的認識

 1)阪神・淡路大震災の教訓
 平成7年1月17日に発生した阪神・淡路大震災は、死者 5,502人、負傷者41,527人、全壊家屋 100,282棟、避難者最大時約32万人、被害総額約10兆円という甚大な被害をもたらした。死者の多くは家屋倒壊や家具転倒に起因した圧迫等による死亡であったと報告されており、建築物の耐震性の確保及び住民による家庭内の身近な安全対策の実施が大きな課題であることがあらためて明らかになった。
 一方、救助・消火活動については、災害の規模や激甚さに加え、被災地方公共団体の初動体制や要員等の限界などから、地域の対応能力を超える状況にあった。これに対して直ちに広域応援体制による大量の要員・資機材の投入が必要であったにもかかわらず、広域応援を行うための各種機能、システム、指揮調整の面で万全とはいえず、実行性及び迅速性を欠いたことは大きな反省点である。
 今回の教訓から、応急対策の面で被害の軽減に関わる問題点を整理すると、概ね次のとおりである。

  1. 被害情報の収集・伝達についての問題
     地元地方公共団体及びその職員が被災し、初動対応能力が低下したことや体制面・訓練習熟面の問題から、情報連絡及び意思決定のシステムが十分機能せず、被害調査、報告、応援要請その他の基本的な対応が発災直後困難となる状態に陥ったこと。

  2. 国等の緊急即応体制についての問題
     国及び周辺の地方公共団体は、発災直後に地元地方公共団体との連絡を開始したが、被災地からの確定情報が必ずしも十分でない等の事情から、初動対応の迅速かつ効果的な実施に支障をきたしたこと。

  3. 広域連携についての問題
     地方公共団体相互の応援協定は一部についてはあったものの、全体としてみると、要請・応援のシステムが大規模災害時の混乱の中で円滑に作動しなかったこと。

  4. 緊急輸送等についての問題
     道路の損壊及び車両の集中による極度の渋滞に加え、鉄道及び港湾の損壊も著しく、要員や物資の緊急輸送に著しい支障が生じたこと。
     また、断水等により消防水利の確保が困難となったこと。

また、被災者の生活支援の面でも、以下のような教訓を得ることとなった。

  1. 被災者、国民への的確な情報提供の重要性
  2. 多数の避難者に対する生活必需物資、避難所等の提供のための備えの重要性
  3. ボランティアによるきめ細かな諸活動の重要性
  4. ライフラインや交通網の耐震性及び機能の確保の重要性

 2)災害対応の考え方

 災害には、第一次的には、住民に最も身近な行政体としての市町村が当たるものであるが、これを支援する都道府県、そしてさらに広域的支援を行う国が密接に連携する必要がある。また、災害から生命・財産を守ることは行政の防災活動だけで対応できるものではなく、国民一人ひとりの役割が重要である。本懇談会はこのような観点から、以下に述べる基本的な対応をそれぞれの主体に求めるものである。
 また、災害への対応は、災害の発生から時間を経るにしたがって刻々変化するものであり、それに見合った対応及びその準備を行うべきである。

      
  1. 地方公共団体の責務
     防災に関し第一次的な権限及び責任を有する市町村並びにそれを直接支援する都道府県は、住民の安全を守る責任を果たすため、災害対策の制度、システムを理解し、習熟しておくことが必要である。特に都市直下型地震に対する認識等、その地域における災害時の状況を予想し、対応することが必要である。的確な情報と迅速な行動が応急対策の成否を分けるとの認識の下に情報収集、応援要請等について、訓練等により円滑な対応がとれるよう準備することが重要である。
     発災直後は、現地の消防・警察等が、外部からの支援や指示を待つまでもなく、持場においてただちに救助・消火活動等に全力を挙げることが応急対策の基本であるが、大規模災害に対処するためには、被災地外の地方公共団体及び国による広域的な応援体制が必要となる。そのため他の地方公共団体と協定を積極的に締結するとともに、要請及び応援の迅速な実施のための手続きを定めておく必要がある。特に都道府県にあっては、市町村への支援、国への連絡等その機能を十分発揮できるよう体制整備に努める必要がある。
     また、住民の防災意識の高揚や自主的な防災組織への参加促進を図ることは、地方公共団体としての大きなテーマであり、学校教育、社会教育も含めさまざまな場で住民に対し周知することが重要である。

      

  2. 国の責務
     国は、国民の安全な生活を確保する上で大きな責任と能力を有している。地方公共団体が独力で大規模災害に必要な体制整備を行うことは困難であり現実的でもなく、その能力には限界がある。したがって、大規模災害時には国において、積極的に地方公共団体の応急対策の支援を行うべきである。特に被災地方公共団体の機能が災害により低下している場合には、国は、都道府県、市町村との役割分担を尊重しつつも、総理大臣を陣頭に国の能力を発揮し、各行政機関等が一体となって緊急事態に対処することが求められる。
     このため、国は平時から地方公共団体との連携を強化するとともに、大規模災害時には国として、自ら迅速に情報を収集し、必要な支援を行える体制を整える必要がある。

      

  3. 国民の役割
     行政はもとよりであるが、国民は災害に対して危機意識を常に持ち、防災面での対応力を高めることが重要である。一人ひとりの国民が、少なくとも発災当初は自分の身を守るのはまず自分自身であるという意識を持ち、各種の災害についての対処の仕方を身につけ、住宅、家具、身近な危険物等の対策を含む事前の安全対策、水、食料、医薬品等の備蓄に努めるとともに、地震が発生した場合における対応を確実に実行できるよう訓練等で身につけておくことが望ましい。
     また、発災直後には、地方公共団体の救援が行われるまでにある程度の時間が必要であるので、個人が家族や近隣の人と協力し、あるいは自主防災組織の活動に参加して、初期消火や安否の確認、救助、災害弱者の援助等の個人の力でもできる初期対応を行うことが重要である。
     さらに、企業は災害に対して自衛することはもとより、地域社会の一員として災害時には応急対策活動の面で積極的な貢献が一層望まれる。