I.全国総合開発計画の今日的意義と役割
1.国土をめぐる諸状況の大きな転換−戦後50年とこれからの50年−
(1) 我が国社会の方向転換
戦後50年の経済発展の成果として、我が国は世界有数の高所得国となり、各地域の所得水準も地域間格差は依然として残されているものの、大幅に向上してきた。一方で、都市化の進行や地域の開発等に伴い、自然の量的減少、質的低下や景観の美しさが失われるといった事態が多くの地域でみられてきた。このような状況を背景として、「物の豊かさより心の豊かさ」、「生活の利便性より自然とのふれあい」という方向で人々の価値観の変化が進行し、ライフスタイルの面でも「レジャー・余暇生活の重視」、「居住における地方志向の高まり」、「組織への帰属より、個人・家族の重視」等の傾向が強まってきた。こうした価値観、ライフスタイルの変化は、我が国が物質的、量的豊かさを求めて経済拡大を優先するという段階を既に終了し、画一性、均一性よりも、個性、多様性の重視という観点に立って、人の活動と自然との調和を含め、経済社会の様々な側面で、効率性の向上とあわせて質的向上を目指すべき段階に入っていることを示している。
また、戦後50年の経済発展を支えてきた様々な制度・慣行が経済社会情勢の変化に対応できなくなっている面も見られ、規制緩和・地方分権等に向けた制度の見直しが進められているほか、経営システム等の民間部門の制度慣行についても大きな変化の兆しが表れている。
これらの変化は、我が国社会の長期的な潮流を形成するものと考えられ、社会の有様は大きく変貌することが予想されるが、その姿はいまだ明確ではない。今後は、これまで長期にわたり実質上の社会目標となってきた「欧米へのキャッチアップ」に代わるものとして、経済のみでなく、生活、文化、環境といった様々な価値を全体として実現する方向で、新たな目標を見出していくことが求められている。
(2) これからの経済社会の有様を規定する大きな条件変化
さらに、これからの我が国経済社会をとりまく諸条件はこれまでの50年とは大きく異なるものになることが見通され、特に次の3つの時代認識に表されるような条件変化は、これからの50年の経済社会の有様を大きく規定するものとなろう。
- 1)地球時代
- 人類の経済社会活動の規模の拡大や技術革新による人、物、情報等の移動に関する時間・距離の大幅な縮小、冷戦構造の崩壊による国境の垣根の低下等から、今や地球全体が様々な意味において一つの圏域と化しつつあり、国内問題が地球規模での問題と直結する傾向がますます強まっていこう。
- これから50年の地球社会を展望すると、a. 中国、アセアン等の急速な経済発展により、遠からず東アジアの経済規模は我が国を大きく上回るようになり、アジア発着の人、物の交流量が世界の過半を占めるとともに、我が国とアジアとの交流量が飛躍的に拡大する、b. 21世紀半ばには地球人口が 100億人に達することも予想されるなかで、先進国における大量消費、大量廃棄型の生活様式、途上国における資源消費型の経済成長が続けば、温暖化等の地球環境問題が一層進行するとともに、食料、資源・エネルギーの供給制約が表面化する可能性が高まる、c. 経済社会の一層のボーダレス化に伴い、経済活動の分野で国境を超えた地域間競争が世界的に厳しさを増す一方で、我が国においても国内にとどまらず広く世界を舞台とする人々の活動が日常化し、また、企業のみでなく個人のレベルでも最適な活動の場を求めて国を選択するという傾向が強まる等の状況が想定される。
- 2)人口減少・高齢化時代
- 我が国の総人口は、出生率の低下を主因にこのところ急速に伸びが鈍化してきており、新しい全国総合開発計画の概ねの目標年次である2010年を待たず、1億 2,800万人前後でピークを迎えることがほぼ確実である。その後本格的な人口減少局面に入り、出生率の動向にもよるが、2050年頃までには1億人を下回ることも想定される。同時に高齢化が一層進行し、総人口に占める65歳以上人口の比率は現在の約14%から、今後30年程度の間にほぼ倍増することとなろう。
- このような人口減少・高齢化の進行は、21世紀初頭以降の経済成長率の低下と投資余力の減少をもたらすほか、地域社会の大きな変容も伴うこととなろう。すなわち、最近の人口の社会移動の傾向が続くとすれば、大都市圏や拠点性を強めている地方中枢・中核都市及びその周辺地域においては、今後30年程度の間に65歳以上の高齢者の数が2倍程度に膨らむ形で高齢化が進行する一方、都市集積から離れた中山間地域等においては、高齢者の数はわずかな増加にとどまるものの、地域の主たる担い手となる20−64歳人口が大幅に減少するという形で高齢化が進行するという状況も想定される。
- 一方で、医療技術の進歩や所得水準の向上にともない、高齢化は健康で社会参加の意欲も高く、また、自由度の高い生活を享受できる人々の増加という側面を有しており、これからの政策を考えるに当たって、活き活きとした高齢社会をイメージしておくことも重要である。
- 3)高度情報化時代
- 情報の交流可能量がおよそ10年ごとに千倍単位で増加していくという状況のなかで、21世紀においては、国内に限らず地球的な規模で時間・距離の制約が克服され双方向のフェース・トゥ・フェースに近い交流環境が実現することにより、経済社会の様々な側面において情報の果たす役割が飛躍的に高まることとなろう。
- 個人の生活の局面では、居住地の選好、高齢者・障害者をはじめとするあらゆる人々の社会参画等において、人々の活動・選択の自由度は飛躍的に拡大する。
- 産業活動の局面では、多くの分野において今後不可欠となるグローバルな情報、人材の活用や、経営の意思決定等本社機能を含めた企業立地の自由度の拡大を可能とし、また、環境負荷の軽減と産業の高効率化の両立を可能とする。さらに、情報通信分野を中心にして新たな産業の出現が期待されるなど、経済フロンティアの拡大につながる。
- 以上のこと等により、人間の知的生産活動の所産である情報、知識の自由な創造、流通、共有化を実現し、我が国が抱える生活、産業、環境等の分野における諸課題を全体として調和しうる形で解決していくことが可能になる。
2.全国総合開発計画の今日的意義と役割
以上のように、これからの我が国の経済社会状況は、これまでの50年と比べて大きく異なることが見通される。新しい全総計画は、こうした時代の転換とも言える状況のなかで、これまで実施されてきた国土総合開発政策の成果の点検の上に立って、全総計画の今日的意義と役割を明らかにしつつ策定することが求められる。
(1) これまでの全総計画の役割と評価
全総計画は、1962年の「地域間の均衡ある発展」を基本目標とする第一次の計画から1987年の「東京一極集中是正と多極分散型国土の形成」を基本目標とする現行の第四次計画(四全総)まで、これまで4次にわたり策定されてきたが、その根底に流れる共通の課題は、経済成長の過程で深刻化した人口・諸機能の特定地域への過度の集中と所得水準等の地域間格差を是正し、国土の均衡ある発展を図ることであった。また、国土の安全性や経済社会活動と自然環境との調和も重要な課題とされてきた。
これらの課題の実現に向けて、国土の長期的な将来展望を踏まえつつ、時々の経済社会情勢に対応した開発方式を始めとする政策指針が提示され、それに基づいて様々な地域開発プロジェクトを含む地域振興政策や社会資本整備等が実施されてきた。
こうした政策の成果もあって、地域間の所得格差は、依然として残されているものの、全総計画策定前の1960年代始めまでと比べ縮小しており、各地域の所得水準、生活水準は大幅に向上してきた。また、社会資本整備も、分野により、あるいは地域によりばらつきはあるものの着実に進展してきた。
人口・諸機能の集中問題については、最大の課題となっていた東京一極集中問題が人口の社会移動の面で転出超過に転じるなど新たな局面に入っており、地方圏では中枢・中核都市を中心に四全総の目指した多極が形成されつつある。
しかしながら、大都市圏、特に東京圏の集中の程度は依然として高い一方、地方圏では、太平洋ベルト地帯から離れた北東地域、西南地域、日本海沿岸地域において、中枢・中核都市の利便性を享受しにくい地域を中心に、人口減少・高齢化が顕著に進行しており、国境を超えた地域間競争の進行と本格的な人口減少・高齢化時代の到来が見通されるなかで、これら地域の活性化が大きな課題となっている。
こうした国土の状況は、特に、大都市圏においては国土の安全性、人の居住環境、環境への負荷等の面で、また、太平洋ベルト地帯から離れた地域においては地域の自立、国土資源の管理等の面で様々な問題を発生させているほか、a. 国としての経済力や所得水準の高さと比べて生活の豊かさが実感できない、b. 多くの地域で自然の量的減少と質的劣化が見られ、また、都市や農山漁村の景観に美しさが失われてきた、c. 国土の自然災害に対する脆弱性が高まっている等の指摘の原因ともなっている。
このように、これまでの4次にわたる全総計画は、過度の集中の是正と地域間格差の是正等について一定の成果を挙げてきたが、これらの課題を含め、未だ解決すべき多くの課題が残されているといえる。
(2) 新しい全総計画の意義と果たすべき役割
阪神・淡路大震災の経験や時代の大きな転換に直面して国民が国土や生活の将来に関し懸念を抱いており、また、様々な意味で将来の方向づけが見えないという状況のなかで、新しい全総計画において、これからの国土づくりの方向とその具体化に向けての政策のあり方を示す意義は従来以上に高まっている。
さらに、戦後50年の経済発展と経済社会情勢の大きな変化の結果、「国土総合開発」における開発理念が変化してきており、新しい全総計画においては、次のような「国土総合開発」における開発理念の変化を踏まえた上で、国土づくりの新しいビジョン(国土づくりの基本目標と政策課題及び対応の方向)を提示し、残された諸課題と新たに生じている諸問題に適切に対応しつつ、21世紀における望ましい国土の実現を目指していくことが重要な役割である。
- (「国土総合開発」における開発理念の変化)
- 1)「開発」への要請の変化
- 「開発」への要請が次のような方向で変化してきており、単なる経済的発展のための「開発」から、自然とのよりよい共存や国土の質的向上を重視したものへと「開発」の重点が移ってきている。
- ア.戦後50年の我が国の経済発展を牽引してきた三大都市圏を含む太平洋ベルト地帯では、既に、経済の量的拡大を主眼とした開発の時代は終わっており、自然の回復・創出、都市環境の修復・改善、経済面でのリストラ等の国土の質的向上を目指す時代に入っている。
- イ.既存の集積から離れた地域では、依然として経済発展を目指した開発への要請は高いが、こうした地域は一方でこれまでの開発の波に洗われていない自然や暮らしが残された地域であり、21世紀の新しいライフスタイルを実現できる地域として残された貴重な国土のフロンティアでもある。したがって、新しい時代に対応した経済発展を図るとともに、自然の保全と適切な利用や伝統的な地域の暮らしとのバランスのとれた開発が求められている。
- 2)「開発」の主体の変化
- 地域の個性、多様性が求められているなかで、国主導の地域開発の時代から地域が自らの選択と責任で地域づくりを行うことが要請される時代に移行しており、これを踏まえて、国と地方の役割分担を明確化する必要がある。
- 3)「開発」の視点の変化
- ア.これからの国土づくりにおいては国内的視点のみでなく、地球的視点が求められており、我が国の発展のみを目指すのではなく、地球環境問題の解決への貢献や世界、特にアジアとの交流、連携等を通じて世界との共生に資する国土づくりを行うことが重要となっている。
- イ.また、これからは国や地域といった視点のみでなく、個人の生活の視点も加えて「開発」の課題を設定することが重要であり、特に、人々の価値観が多様化するなかで豊かさを実感できる生活を実現していくためには、価値観に応じた暮らしの選択可能性の拡大が重要な課題となろう。
- なお、これまでの全総計画の共通のテーマである「国土の均衡ある発展」については、新しい全総計画においても引き続き継承していくべきものである。その際、一部地域における過度の集中等の国土構造上のひずみを是正することとあわせて、各地域の個性や独自性を伸ばし、多様性のある国土を形成していくという方向で施策の展開を図ることが求められる。