III.新しい全国総合開発計画における主要計画課題
上述した「生活の豊かさと自然環境の豊かさが両立する世界に開かれた活力ある国土の構築」という国土づくりの基本目標を踏まえ、また、目指すべき国土構造の姿を念頭に置きつつ、新しい全総計画では次のような主要計画課題に取り組むこととしたい。
1.対応を迫られる自然災害への懸念と高齢社会への不安
−生活の豊かさの基礎としての国土の安全と暮らしの安心の確保−
(1) 自然災害への懸念と国土の安全性の向上
阪神・淡路大震災は、高齢化時代を迎えて以降、高密度な都市化が進んだ地域における初めての大規模な地震災害であった。これまで、自然災害に対する安全な国土の形成に向けて様々な取組が行われてきたが、この震災の発生を契機に、改めて全ての人間活動の基礎として、「安全」の大切さが国民に認識されるとともに、国土の安全性の向上に対する要請が飛躍的に高まっている。
ふりかえれば、我々の先祖は、多様な自然を有する国土において、自然の恩恵と自然の脅威という自然の二面性を理解し、長い歴史過程のなかで、生活の智恵ともいうべき自然との様々なつきあい方を形成してきた。それは、地域特有の文化として根をおろしてきたが、近年、人口の流動化の進行等による地域コミュニティの崩壊、技術の発達や防災対策の進捗による災害頻度の減少等により、その継承が困難となってきている。一方、21世紀を目前にした現在、環境問題等を契機に「克服すべき自然」ではない人と自然との新たな関係が各方面で模索されつつあり、自然災害についても単に克服すべき対象としてだけではなく、人と自然との関わりあいの基本に遡って対応を検討する必要がある。
このような認識を踏まえれば、自然災害に対しては、a. 自然災害の発生の可能性を前提とした対応、b. 自然や人間諸活動に対する科学的知見と技術の成果、経験を総合的・体系的に活用した対応、c. 被害の最小化に向けた地域住民の判断と行動を基礎とした対応を基本として、具体的な対策を実施することが重要となっている。
以上のような視点に立って、大規模な地震、津波、洪水、渇水、土砂崩壊等による自然災害に対して安全な国土を形成するため、a. より一層の分散型国土の形成を目指すとともに、分散が困難な機能についてはバックアップシステムを整備すること、b. 基幹的な交通、情報通信ネットワークについてリダンダンシーを確保すること、c. 気候、地形等の自然条件等に基づき、国土資源の適切な管理を行うとともに、水資源の安定的確保を図ること、d. それぞれの地域の特性を踏まえた国土利用を図るとともに、危険地域においては国土保全施設等を重点的に整備すること、e. オープンスペースの確保により、アメニティの向上を図りつつ、災害に強い都市構造を構築すること、f. ライフラインについて多重化、多元化等を図ること、g. 重要度に応じて施設の耐災性を高めること、などを推進する必要がある。また、地域の被害を最小限に抑えるための初期対応の基本は、まず、個人であり、地域であることを踏まえ、災害、防災に関する情報を可能な限り提供し、個人レベル、地域レベルで自らが対応できるようにするとともに、地域防災拠点を核とした地域の防災生活圏を形成し、それらのネットワーク化等により広域的な防災生活圏の形成を図る必要がある。さらに、被害の規模を迅速に把握し、災害の初期段階から適切な対策を講ずることができるような危機管理体制の充実を図る必要がある。
なお、阪神・淡路地域の復興については、様々な意味でこれからの安全な国土づくり、地域づくりのモデルとなるものであり、国としても引き続き積極的な支援を行っていく必要がある。
(2) 老後の暮らしへの懸念と高齢者が安心して暮らせる地域社会の条件整備
我が国の高齢者数は今後急速に増加し、65歳以上人口は今後20年ほどの間に現在の約 1,800万人から 3,000万人を超える水準に達するものとみられる。
これに伴い、介護を必要とする高齢者の数も今後大幅に増加すると見込まれ、介護が必要になった場合でも十分な保健福祉サービスを受けながら安心して暮らしていける地域社会の条件整備が急務となっている。このため、a. 高齢者の介護に対するニーズへの適切な対応を図り、高齢期における不安を解消する観点からの介護サービスの量的・質的な拡充、b. 保健、医療、福祉にわたるサービスが相互に連携して提供されるようなシステムの構築が必要である。
また、介護サービスの充実に当たっては、高齢化の進行状況や社会的条件の相違など地域の実情に即して整備することが求められる。例えば、大都市では今後高齢者数の大幅な増加という形で高齢化が進行することが見込まれることから、用地確保の問題にも配慮しながら、福祉施設等の量的な整備を促進することが特に重要である。また、都市集積から離れた地域では、地域の主たる担い手の減少という形で高齢化が進行することから、主として介護を支える人材の確保が重要であるとともに、後述する地域連携等によるハード・ソフト面での広域的なサービス供給体制の整備が重要である。
一方、21世紀の高齢者の多くは、健康で、社会参加意欲も高く、活動的である。こうした高齢者、さらには障害者が意欲に応じて社会活動に積極的に参加し、地域社会で安全に安心して行動できるように、住宅、歩行空間や公共施設等のバリアフリー化等を推進するとともに、その経験や技術を生かせる就業、余暇・学習活動や地域活動の機会提供のための環境整備を一層促進することが必要である。
2.価値観に応じた暮らしの選択可能性の拡大
(1) 地域の個性、多様性の尊重と地域の自立の促進
我が国は、都市集積の面からも、また、自然環境、歴史、風土、文化等の面からも多様な地域から構成されており、それぞれの地域が直面する様々な課題を解決することにより、選択可能性の高い魅力ある居住空間を構築するポテンシャルは非常に高いと考えられる。
人々の価値観がますます多様化していくなかで、豊かさを実感できる生活を実現していくためには、こうした国土の特性を生かしつつ、多様な価値観に応じた暮らしの選択可能性を広げていくことが重要である。そのためには、それぞれの地域において質の高い生活・就業の機会を確保し、創出していくとともに、自然環境、歴史、風土、文化あるいは地理的特性等の地域の個性、多様性を生かした、画一的ではない地域づくりを進めていくことが求められる。
そのための基礎として、後述するように、a. 居住地域のいかんにかかわらず、生活に必要な様々なサービスが一定の条件内で享受でき、また、b. 地域の自助努力による発展が可能となるインフラが一定の範囲内で整備されているという地域の自立のための条件を整備することが必要である。さらに、人口減少・高齢化や国境を超えた地域間競争が進行するなかで、地域の自立を促進していくためには、現行の行政区域の枠を超えた広域的な地域間の連携が重要となる。特に、既存の大集積から離れた地域においては、それぞれの地域が単独で地域の発展に取り組んでいくよりも、複数の地域がそれぞれの特性に応じた適切な役割を担い、相互に補完・連携しあいながら総体として地域の発展を図っていくことが、地域の自立性を高めていくためのより有効な方策となりえよう。
また、今後は人口減少地域が拡大していくものと見込まれることから、各地域における人口の定住促進を図るとともに、他地域との交流に着目した「交流人口」の考え方に基づく施策を展開することも重要である。
さらに、各地域がそれぞれの地域の実情に応じ、地域の個性を伸ばしていくためには、地域が自らの選択と責任のもと、主体的にその地域の課題に取り組むことが必要であり、そのための新たな枠組みを構築していくためにも、地域開発等における国と地方の役割分担のあり方等について検討を深めていくことが必要である。近年、地域づくりにおいて、地域住民や地域の企業、非営利団体等の果たす役割が高まっており、既存の公的機関も含め、これらの多様な主体が地域づくりに積極的に参画できるようなシステムづくりについてもあわせて検討を進めていく必要がある。
(2) 誇りの持てる美しい国土空間、地域空間の創出
明治以来の欧米へのキャッチアップの過程において、科学的合理的精神のもとに実利や経済効率性が優先され、東京を中心とした人、物、情報の流れが形成されるに伴い、我が国の文化は画一的な方向に向かい、地域において保存・伝承されてきた伝統芸能、風俗慣習等の伝統文化や歴史的建造物等の文化財、二次的自然としての景観等が徐々に失われてきた。また、太平洋ベルト地帯を中心とする国土構造の形成は、それぞれの地域の長い歴史的な交流の中で生まれ、育まれてきた文化的なつながりを分断するという側面も有していた。
近年、生活水準の向上等に伴い、創造力豊かな個性や美的な感性が尊重される時代に移行しつつあるが、21世紀において、世界における我が国の文化的なアイデンティティを創造していくためにも、各地域において歴史的に蓄積・形成されてきた特性を再評価し、失われてきた地域における歴史・文化のつながりを回復するとともに、21世紀にふさわしい新しい文化を創出していくことが大きな課題となっている。
21世紀に向けて、各地域がこうした歴史・文化のつながりを自覚し、それぞれの創意と工夫の積み重ねによって、特色ある地域文化の発信と誇りの持てる美しい国土空間、地域空間の回復・創出に主体的に取り組むことが重要であり、a. 地域文化の情報発信力の強化及び地域の特色ある文化活動や文化財等の資源を活用した地域づくりに対する支援、b. 地域の自然や歴史に根ざした美しい景観を守り育て、居住環境の魅力を高めるための施策の充実、c. 歴史、文化のつながりを有する地域どうしの連携・交流を促進するための条件整備が必要である。
3.人と自然との望ましい関わりの再編成
(1) 自然の保全、回復、創出
国土に展開する自然は、人間活動と良好な生活環境を支える重要な要素として現代世代が将来世代と共有する財産であり、また、人類共通の生存基盤である地球環境の一部を構成するものである。しかしながら、戦後の急激な都市化と開発の進行等に伴い、国土の自然の量的減少と質的劣化が進んでおり、国土の多様な生態系の健全性が損なわれつつある。
このため、生物の多様性の確保の視点を踏まえつつ、a. 良好な状態に維持されてきた自然を適正に保全すること、b. 開発地の再自然化を含め自然を積極的に回復・創出すること、また、c. これらをネットワーク化することにより、国土の自然の生態系としての安定、強化を図っていくこと等が必要となっている。
このような取組のなかで、国土の自然環境の核となる森林については、将来にわたり持続可能な森林経営の推進に努めていくことが重要と考えられる。
また、人と自然との関わりが希薄になりつつある状況を踏まえ、国土の多様な自然を活用して人と自然とのふれあいの場を確保していくことも重要である。
(2) 環境への負荷の低減
経済社会活動の飛躍的拡大は、一面で我々の生活を豊かにしたが、他方で、様々な環境への負荷を発生させている。
すなわち、我が国においては、大量生産、大量消費、大量廃棄型の経済社会活動や生活様式の定着と大都市への人口・諸機能の集中により、廃棄物の大量発生とこれに伴う処分場の不足、不法投棄といった問題が生じているほか、生活排水や自動車の排気ガス等に起因する、いわゆる都市・生活型公害の改善が十分に進まない状況にある。
また、国際的には、先進国における資源の大量消費や二酸化炭素等の大量排出、開発途上国における人口の増大と急速な経済発展等を背景として、温暖化等による地球環境の悪化が懸念されている。
このため、a. 省資源・省エネルギー技術、新エネルギー技術等の開発・普及を進めること、b. 自然の再生能力や浄化能力を活用しつつ、生産、流通、消費、廃棄等の経済社会活動の全過程を通じて資源・エネルギーの循環的・効率的利用を進めること等により循環型国土を形成し、国土を持続可能な形で利用していく必要がある。
4.経済構造の変革と地域経済基盤の強化
今後の我が国の産業構造は、医療・余暇関連をはじめとする経済全体に占める消費の割合が増加するとともに、企業におけるサービスの外生化が進むなど、サービス化が一層進展し、就業面でも第1次産業及び製造業での就業者の減少をサービス産業を中心とする第3次産業の就業者増で吸収するなど大きく変化するものとみられる。また、円高等に伴う海外生産シフトの進行、様々な規制や従来の商習慣等に起因する高コスト構造等から、産業、特に製造業の空洞化や今後の我が国の成長力に関して懸念が表明されており、研究開発力を高め、知識・技術集約度の高い分野でのフロンティアを切り拓いていくなど産業の活性化を促進するための構造変革をなし遂げる必要に迫られている。
一方、地域の経済発展に大きな影響を及ぼす産業立地の動向をみると、アジアを中心とする海外立地が急速に進展しており、国内の地域間で立地環境を競う時代から国境を超えた地域間競争の時代を迎えている。
このような状況を踏まえれば、これからは企業立地の促進を図るのみでなく、各地域が、我が国の産業構造の変化・変革に柔軟に対応して、それぞれの地域が有している特性・条件を最大限に生かして、新たな成長産業の創出・育成等を通じて地域経済の活性化と雇用の創出を図る必要がある。そのため、a. 地域の産業を担う人材の育成・確保と研究開発力の向上、b. 高度情報化への対応、国際交流機能の強化等都市の集積の高質化と広域的活用、c. 地域連携による生産・流通、研究開発等広範な分野における新しい形での各種機能の強化、d. 物流、エネルギー、流通、通信、金融等我が国経済システム全体の高コスト構造の是正等を進めることによって、総合的な立地競争力の強化を図り、国境を超えた地域間競争に対応できるような地域の経済基盤を形成していくことが課題となっている。
また、農林水産業については、新たな国際環境、内外の長期的な需給動向等を踏まえ、生産構造の変革や国内生産力の維持・強化を図っていく必要がある。このため、生産性の向上と多様なニーズへの対応を基本に、a. 経営感覚に優れた安定的な経営体の育成、b. 創意工夫の発揮や効率的な経営展開を一層推進するための条件整備、c. 革新的な生産・加工・流通技術の開発・導入等を進める必要がある。
5.アジアとの相互依存関係の深化と世界への積極的貢献
地球社会の一体化と各国、各地域間の相互依存関係の深まりが進行していくなかで、我が国の発展を図っていくためには、これからますます世界、特にアジアの一員として、多面的な交流・連携を積極的に推進していくことが重要になろう。
経済面では、アジアの急速な発展は我が国産業にとって大きな市場機会の拡大をもたらすものであり、内需拡大、規制緩和、国際分業の進展等を通じ輸入の増加を図りつつ、アジア市場の拡大が提供する機会を我が国産業の活力を維持するために有効に活用し、拡大均衡による相互依存関係の深化を図っていくべきである。
その結果、我が国とアジアとの人、物、情報等の交流量は飛躍的に拡大していくことが予想され、交流の拠点となる世界的な水準と運営体制をもった空港、港湾等の国際交流基盤を国土の中に適切に配置していくことが必要である。特に、世界との交流という観点からは、アジア諸国における大規模な国際交流基盤の整備が進められていることを念頭に置きつつ、拠点性の高い国際交流基盤を時機を失することなく整備していくことが必要である。
また、これからは経済面のみならず、文化、学術、研究、スポーツなどの分野においても国際的に重要な役割を担うことが必要である。国際的な交流・連携は地域の活性化の原動力となり得るものであり、それぞれの地域がその特性に応じた役割を担うことが期待される。このため、国土全体において多様な世界都市機能を展開するとともに、我が国を訪れる外国人観光客等にとって魅力のある世界に開かれた地域づくりや地域情報の発信を行うことが重要である。
さらに、アジア地域の経済発展に伴い、アジア全域において環境問題が深刻化することも懸念される。例えば、アジア地域における酸性雨については、その一因となる硫黄酸化物の降下量が、適切な対策が講じられない場合には21世紀初頭までの間にも、現在のヨーロッパのレベルを超える可能性があるなど、我が国を含めアジア地域に大きな影響を及ぼす可能性もある。このため、我が国の技術や経験を生かしながら、アジア地域の持続可能な発展に向けた環境や地域づくりの分野における積極的な協力の推進が必要である。