[はじめに]

現在の船舶の定期的検査の基本的枠組みは昭和38年(1963年)に定められたものであり、以降、船舶に係る技術進歩、運航に係る状況変化、船舶の構造・設備に関する国際的規制の動向等船舶検査を取り巻く状況は大きく変化してきている。
本審議会においては、このような状況の変化を考慮して、船舶の安全性の確保を図りつつ、船舶検査の受検者の負担の軽減及び利便の向上を図るため、総合的視点に立って、船舶の定期的検査の今後のあり方について検討を行った結果、以下のとおりの結論を得た。
I.現状に対する基本的認識

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1.現行国内検査制度の概要
(1) 船舶安全法の概要
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船舶の堪航性及び人命の安全を確保することを目的として定められた船舶安全法は、船舶の構造・設備に関する技術基準を定め、船舶の就航前及び就航後の一定期間ごとにこの基準への適合性を確認するため、船舶所有者が検査(定期的検査)を受検することを義務付けている。定期的検査のうち定期検査に合格した船舶には、船舶の航行上の条件を定めた船舶検査証書を交付することとされており、有効な証書を受有しない船舶は、航行することが禁止されている。
(2) 定期的検査の種類及び時期
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定期的検査には、定期検査と中間検査の2種類がある。
定期検査は、船舶を初めて航行の用に供するとき又は船舶検査証書の有効期間が満了するとき(一定の船舶を除き4年ごと)に行う精密な検査である。
中間検査は、定期検査と定期検査との間に行う簡易な検査であり、船底検査を含む第1種中間検査と浮上中に設備の現状検査を中心に行う第2種中間検査の2種類がある。中間検査の実施時期は、船舶の種類に応じて以下に掲げるとおりである。
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外航及び内航旅客船 | :第1種中間検査 | :定期検査又は第1種中間検査に合格した日から1年後 |
外航貨物船 | :第1種中間検査 | :定期検査又は第1種中間検査に合格した日から2年後 |
| 第2種中間検査 | :定期検査又は第1種若しくは第2種中間検査に合格した日から1年後 |
内航貨物船及び漁船 | :第1種中間検査 | :定期検査又は第1種中間検査に合格した日から2年後 |
(3) 船舶検査の合理化制度
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船舶検査を円滑に実施するための予備検査制度や型式承認制度、民間能力を活用するための認定事業場制度や小型船舶検査機構及び船級協会の検査の活用等の合理化制度が設けられている。
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2.国際的な規制との関係
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船舶は国際輸送に従事するので、船舶の安全性等を確保し、かつ、国際航海を容易にするという各国共通の利益を確保するため、「1974年の海上における人命の安全のための国際条約(SOLAS条約注))」等、船舶の構造・設備に関する技術基準及びその認証制度を統一する条約が設けられている。これらの条約の内容は、我が国をはじめ多くの国に取り入れられており、世界の海上交通において、一般的かつ基本的な規制として確立されたものとなっている。
我が国は、これらの条約の非適用船舶に対しては、条約をベースとしつつ、我が国の船舶の航海の態様等を考慮して、適切な規則を適用している。
注:International Convention for the Safety of Life at Sea, 1974
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3.船舶検査を取り巻く状況の変化
(1) 船舶に係る技術の進歩
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船舶及び舶用機器は、材料技術、工作技術の進歩等によりその品質及び耐久性が向上したこと、損傷事例の解析技術が進歩したことにより設計への迅速な反映が可能となったこと、非破壊検査法の活用により船舶及び機関の欠陥を微小な段階で容易に発見することができるようになったこと等に伴い、その信頼性は30年前と比較して向上している。
(2) 海難の状況
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我が国周辺における海難事故は、プレジャーボート等の一部の船舶を除き、昭和50年代以降減少傾向にあり、主機関損傷等、施設の点検、整備又は取扱い不良に起因すると考えられる事故件数は、低い水準で推移している。このことは、船舶及び舶用機器の品質や耐久性が向上したこと及びハード面の安全管理が有効に機能していることの一証左と考えられる。
(3) 船舶の運航に係る状況変化
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海上輸送ニーズの多様化に応えるため、船舶の大型化、高速化、専用船化等が急速に進展し、これに伴い、船舶の構造・設備に関する技術基準及び検査は、複雑化してきている。
また、従来、海上航行中の船舶は、自己完結機能を有することを前提として、機関等の保守整備においても、熟練船員の知識と経験により不具合を早期に発見する手法がとられてきたが、近年では、舶用機器の電子化、システム化が進んだこと等により、機器の操作はより単純化している反面、故障した際の修理や不具合等の診断はより高度化・専門化してきている。このため、事故等の未然防止の観点から、従来の船上保守整備に加え、陸上管理部門による計画的な保守整備の実施がより重要になってきている。また、これらの保守整備については、機器の作動状態の継続的監視による新しい保全方法が導入されつつある。
(4) 国際規制の動向
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船舶の安全に関する国際的規制の検討の場である国際海事機関(IMO注1)において、従来から、重大な海難事故を契機として、主として船舶の構造・設備に関する技術基準及び検査について強化が図られてきた。近年では、これに加えて、国際規則を満足しない船舶(いわゆるサブスタンダード船)の増加等を背景として、船舶の運航者に対して船舶の安全運航の管理システムの構築、実施及び維持を義務づける国際安全管理コード(ISMコード注2)の強制化等、ソフト面の規制の強化が進められている。
一方、条約に基づく検査の円滑な実施、受検者利便の向上を目的として、@関係条約間において証書の有効期間を統一すること、A証書の有効期間の起算日を、旧証書の満了日の3月前以降に検査に合格した場合は原則として旧証書の満了日の翌日とすること、B証書の満了日に受検地に入港することができない船舶に対して認めていた証書の有効期間の延長特例を、全ての証書について3月とすること、C証書の有効期間内に行われる検査の受検時期は、原則として検査基準日(証書の有効期間の満了日に相当する毎年の日)の前後3月の期間内とし、当該期間内に検査が完了する場合は次回の検査時期を変更しないこととすることを
主な内容とする「検査と証書の調和システム(HSSC注3)」を導入することとし、1988年に「1974年の海上における人命の安全のための国際条約に関する1988年の議定書(SOLAS88議定書注4)」及び「1966年の満載喫水線に関する国際条約に関する1988年の議定書(LL88議定書注5)」が採択された。両議定書は未だ発効していないが、IMOにおいて発効前であってもその内容を実施するよう勧告されているため、世界の主要海運国はこの検査システムに移行しつつある。
また、主要海運国及び主要船級協会においては、従来は我が国同様4年を基本的な検査間隔としていたものを5年とすることが大勢となっている。
注1:International Maritime Organization
注2:International Safety Management (ISM) Code
注3:Harmonized System of Survey and Certification
注4:Protocol of 1988 relating to the International Convention for the Safety of Life at Sea, 1974
注5:Protocol of 1988 relating to the International Convention on Load Lines, 1966
II.定期的検査の間隔と実施時期及び実施内容の見直し

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1.見直しの視点
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国民の生命・身体・財産を保護することは国の最も基本的な責務の一つであることから、船舶の安全性の保持に関して、国が一定の関与を行うことは必要である。
しかしながら、船舶の安全性の確保の仕方は、船舶及び舶用機器の信頼性の向上、船舶の保守管理環境の変化等に応じて変わるべきものであり、国の関与のあり方についても、これらの状況の変化に対応して見直しを図っていく必要がある。また、第3次行政改革審議会等においても、安全・環境等に関する社会的規制であっても、社会経済情勢の変化や技術革新の進展等を踏まえ、必要最小限の規制とすることが求められており、船舶検査制度についても、このような観点からさらに見直すことが必要である。
一方、我が国は、国際条約の義務を確実に履行することに止まらず、世界有数の海運・造船国として、海上における安全の確保について実効性のある国際規則を制定するために国際的な場で積極的に貢献することが期待されている。
これらを総合すると、船舶検査について、@国民の生命や財産を守るという国の基本的な責務を果たすこと、A社会情勢の変化等を踏まえた必要最小限の規制を志向すべきこと及びB国際的に積極的な役割を果たすことという3つの視点に立って、船舶検査を取り巻く状況の変化に的確かつ迅速に対応するための制度の見直しを行うべきである。
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2.定期的検査の間隔と実施時期の見直し
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前記のような船舶検査を取り巻く状況の変化を総合的に検討した結果、定期的検査の間隔と実施時期について、以下のとおり見直すべきとの結論を得た。
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(1) 定期的検査の間隔の延長
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船舶及び舶用機器の信頼性の向上、我が国周辺の海難事故の減少、検査間隔の世界の趨勢等を考慮して、定期的検査の間隔を以下のとおりとする。
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a.外航船舶(外航旅客船及び外航貨物船)については、定期検査の間隔を4年から国際的に大勢となっている5年に延長する。中間検査は国際条約の規定に従って従来どおり1年ごとに行う。
b.内航船舶(内航旅客船及び内航貨物船)及び漁船については、外航船舶と同様、定期検査の間隔を4年としているものはこれを5年に延長する。中間検査は、従来どおり、それぞれ内航旅客船にあっては1年ごとに、内航貨物船及び漁船にあっては定期検査と定期検査との間に1回行う。
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(2) 次回検査受検時期の起算日の見直し
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受検者利便の向上を図る観点から、検査受検時期の起算日の取扱いを次のように改める。
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a.定期検査を繰り上げて受検した場合に新証書の有効期間は検査完了日から起算される現行制度を改め、証書の有効期間の満了前3月以内に定期検査が完了した場合は、新証書の有効期間の起算日は旧証書の有効期間の満了日の翌日とする。また、上記により繰り上げ受検に伴う不利な取扱いがなくなることから、有効期間の満了日を過ぎて定期検査に合格した場合は、新証書の有効期間の起算日は検査完了日の如何にかかわらず旧証書の有効期間の満了日の翌日とする。
b.中間検査を繰り上げて受検したときに次回検査時期が当該繰り上げ検査の完了日から起算される現行制度を改め、原則として検査基準日の前後3月の期間内に中間検査を完了する場合は、次回の検査時期を変更しないこととする。
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(3) 証書の有効期間の延長特例
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船舶検査証書の有効期間を4年から5年に延長すること及びその起算日の取扱いを変更することに伴い、定期検査は従来よりも受検しやすくなるが、不測の事態により証書の有効期間の満了日に受検地に入港できない場合が依然想定されることから、船舶の運航の実態を考慮して、外国の港から受検地に向け航海中となる船舶にあっては3月、その他の船舶にあっては1月をそれぞれ最長期間とする証書の有効期間の延長特例を認めることとする。
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(4) HSSCの早期実施
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SOLAS88議定書及びLL88議定書については、上記(2)及び(3)の内容を含むHSSCの早期実施のために両議定書の発効前にその内容を実施することが国際的に勧告されていることを踏まえ、これを速やかに実施すべきである。
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3.定期的検査の実施内容の見直し
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定期的検査の間隔と実施時期を見直すことに伴い、検査の実施内容についてもこれに調和したものとする必要があるが、特に以下の点に留意して見直しを行うべきである。
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(1) 継続的視点に立った検査
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定期検査の間隔の延長に伴い、船舶や舶用機器の状態をより正確に把握した上で検査を行う必要がある。このため、機関の部分開放検査を計画的に順次実施し、機関全体の健全性を確認する継続検査の一層の活用、機関の運転時間等に応じて開放、整備、部品交換等を一定の条件の下に行う計画的保全方式を考慮した検査等、より継続的視点に立った検査に移行していく必要がある。
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(2) 効力試験の重視
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船舶に搭載される機器の多くは、エレクトロニクス技術をはじめとする各種技術の進歩により高度化・複雑化しているため、船舶検査においてこうした機器の機能確認を行う効力試験の充実を図っていくべきである。
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(3) 自主的保守整備の促進
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船舶の高度化により船上での保守整備・修理を行うことが困難な設備が増加していること、乗組員の少数化、労働時間の短縮化等により乗組員が自船の状態を完全に把握することが困難となってきていること等から、船舶所有者等による計画的保守整備の重要性がますます高まっている。このため、これらの自主的保守整備を促進する観点から、船上での自主整備を含めた保守整備記録の充実を図り、これらの記録を活用した合理的な検査の方法を採用することが適当である。
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(4) 検査受検時期の弾力化等
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受検者利便の向上を図る観点から、定期的検査の受検時期に入渠が困難となるおそれのある船舶に対して、一定の条件の下に、入渠しなければできない検査項目を定期的検査と分離して受検できるよう措置するほか、継続検査の実施方法についても弾力化を図る必要がある。
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4.その他の船舶検査の課題と対応
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定期的検査の間隔と実施時期及び実施内容の見直しに加え、船舶検査の合理化を今後さらに一層推進していくため、以下の施策を講じる必要がある。
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(1) 技術進歩への迅速な対応
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@基準の見直し
設計や工作の自由度を高め、技術革新や機器の多様化に迅速に対応できるようにするため、船舶の技術基準に関し、主として構造・設備の材料、寸法等の仕様を定めている現行の基準(仕様要件)から、船舶が保持すべき安全機能を直接的に規定する基準(機能要件)への変更を推進していく必要がある。
また、船舶に搭載が義務づけられる機器の種類は大幅に増加し、船舶の各システムの機能は高度化している点に留意し、法定設備の効用と必要性について、迅速かつ不断に見直していく必要がある。
A検査情報管理システム等の整備
船舶及び舶用機器について、不具合等の少ないものについては検査の方法を簡素化し、不具合等の多いものについては迅速に対策を講じるなど、機動的な検査の方法を採用できるようにするため、船舶及び舶用機器の損傷・不具合等に関するデータを常時把握できるよう検査情報管理システム等を整備する必要がある。
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(2) 立入臨検の活用
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船舶の定期的検査は、船舶の安全性の確保に対して第一義的に責任を有する船舶所有者が自船を適切に保守管理していることを前提として、船舶の基準適合性を後見的に確認するものである。逆に言えば、定期的検査は、これを通じて船舶所有者による船舶の安全性の確保を促す役割を担っている。また、保守管理の状況、積載貨物の性状、船齢等によって船舶の状態は大きく異なっている。したがって、定期的検査を補完し、かつ、船舶所有者等の自主的保守管理を促進する観点から、船舶の運航に支障を生じないよう十分に配慮しつつ、立入臨検の活用を図っていくことが必要である。
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(3) 国際的な貢献
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@サブスタンダード船対策
深刻な海難事故の多くがサブスタンダード船によって引き起こされている現状を踏まえ、国際的な協調の下に、我が国も、これらの船舶に対して入港時における監督(ポート・ステート・コントロール(PSC))を強力に推進しているところである。こうしたサブスタンダード船の廃絶に向けて、今後は、船舶の構造・設備の表面的な欠陥部分のチェックのみならず、船舶の安全運航のための管理システムが適切に機能しているかどうかについてもチェックする等PSCの一層の強化を図る必要がある。
A国際規則案の積極的提案
船舶が国際規則に基づいて規制されることが重要かつ基本的である点を踏まえ、技術進歩に的確に対応する観点から我が国が作成した規則案を積極的に国際規則の検討の場に提案し、世界有数の海運・造船国にふさわしい貢献をしていくことが適当である。
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[おわりに]

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諮問第20号に関して検討した結果は以上のとおりであるが、船舶検査制度は技術革新、船舶の運航実態の変化等に応じて不断に見直していくべきものであるので、当審議会としても、これらの状況の変化を踏まえ、船舶検査のあり方について、本答申で指摘した事項の補足意見を必要に応じ提言していくこととする。
また、当審議会は、船舶の安全確保は、国をはじめとした検査実施主体のみならず、船舶所有者、乗組員、船舶及び舶用機器の製造・整備事業者等全ての関係者がそれぞれの役割を的確に果たすことにより初めて達成されるものであるとの認識の下に、これら全ての関係者が本答申の趣旨に沿って船舶の一層の安全確保に向けてさらなる努力を行うことを期待する。
