鉄道施設における視覚障害者の基本的な歩行訓練プログラム 令和7年11月20日 国土交通省鉄道局 日本歩行訓練士会 1ページ はじめに 鉄道施設は、日常的に多くの方が利用される公共の空間である一方で、多くの危険が潜在している場所でもあります。特に、駅構内におけるホームの移動は、ちょっとした思い違いやわずかな不注意が重大な事故につながりかねないということを、すべての利用者の皆様に正しくご理解いただきたいと考えております。   このような背景を踏まえ、ホームドアの整備や声かけ運動などを安全対策を行っていますが、これらの取り組みに加え、視覚障害者のホーム上における安全な歩行の実現の一助となるべく『鉄道施設における視覚障害者の基本的な歩行訓練プログラム』を作成いたしました。歩行訓練には、個別訓練とイベント型の訓練がありますが、本プログラムは、主にイベント型の歩行訓練を想定したプログラムとなっております。視覚障害者の安全な移動に資する基本的な内容を盛り込んだものであり、特にホーム上での歩行に関する留意点を重点的に取り扱っております。 本プログラムはあくまでも基本的な内容に留まっており、実際の利用環境において想定されるすべての状況や危険を網羅するものではありません。事故の大半はうっかりしたり、確認不足だったり、間違った判断をしてしまったりなどのミスが原因で発生しております。本プログラムの訓練を受けることで、ホーム上を常に安全に歩行できる、あるいは列車への乗降を常に安全に行えると過信することのないよう、強くご留意願います。  鉄道施設を利用する際には、周囲の状況に細心の注意を払い、安全を最優先とした行動を心がけていただくことを、改めてお願い申し上げます。 2ページ 目的 視覚障害者の駅ホームからの転落事故は、点状ブロックやホーム端、車両の確認を白杖などで適切に行っていないことが背景の一つ。「新技術等を活用した駅ホームにおける視覚障害者の安全対策検討会※」においても、白杖を正しく用いていれば転落事故を防ぐことができるとの意見も多い。 歩行訓練により、白杖の使い方、視覚障害者誘導用ブロック(点状ブロック・線状ブロック)や内方線付き点状ブロックの役割を学ぶことで、転落の危険性を減少させる可能性があると考えられる。 しかしながら、現状では鉄道施設における歩行訓練は一部事業者において実績があるものの、視覚障害者、事業者共に認知度が高いとは言えず、歩行訓練の認知度向上や訓練場所の提供等の鉄道事業者の協力体制が必要である。 これを受け、「鉄道施設における視覚障害者の基本的な歩行訓練プログラム」を作成し、視覚障害者や歩行訓練主催者に対し、鉄道施設における歩行訓練の実施を促すとともに、鉄道事業者に対し、鉄道施設の活用について理解を求める。   ※「新技術等を活用した駅ホームにおける視覚障害者の安全対策検討会」 国土交通省では、視覚障害者による痛ましいホーム転落事故の防止を目的として、ホームドアが整備されていない駅ホームにおいて、ITやセンシング技術等を積極的に活用し、駅係員のみならず鉄道利用者による協力も視野に入れて、視覚障害者の方々に駅ホームを安全にご利用いただくための対策について検討しています。(https://www.mlit.go.jp/tetudo/tetudo_fr7_000032.html) 3ページ プログラム構成 鉄道施設における視覚障害者の基本的な歩行訓練プログラム 1.歩行訓練の全体像 2.基本訓練 3.乗降訓練 ■参考(報道発表資料) ・鉄道施設における視覚障害者の歩行訓練の試験的実施 (https://www.mlit.go.jp/report/press/tetsudo07_hh_000253.html) ・駅ホームや車両を活用した視覚障害者の歩行訓練を実施します!(https://www.mlit.go.jp/report/press/tetsudo07_hh_000293.html) 4ページ 1.歩行訓練の全体像 白杖の使い方や視覚障害者誘導用ブロック等の役割を学ぶことで、駅ホームからの転落の危険性を減少させることを目的に、基本的な歩行訓練プログラムを作成し、鉄道施設での訓練の実施を促す。 基本訓練の内容 0 事前説明(訓練目的、視覚障害者誘導用ブロック等の役割等) 所要時間 :約 10 分 思い違いや不注意などによる転落事故事例を説明した上で、ホーム端や車両の確認の重要性、視覚障害者誘導用ブロック(点状ブロック・線状ブロック)や内方線付き点状ブロックの役割等を学ぶ 1 スライド法 所要時間 :約 5 分 線路と平行(長軸方向)にスライド法で歩行する練習 2 短軸方向でホーム端に接近 所要時間 :約 5 分 線路に向かってスライド法で接近し、白杖が落ち込んだらすぐに止まる練習 3 白杖より前に足を置く 所要時間 :約 5 分 線路と平行に立ち、電車乗車時に床を確認する方法の練習 乗降訓練の内容 ホーム端に近づいた際の車両位置を4パターン想定して訓練を実施 正面が車体(パターン1) 所要時間 :約 7 分 短軸方向でホーム端に近づいたところ正面に車体があり、伝い歩きの途中で車体が切れた部分が「扉部分」であるパターン 正面が車体(パターン2) 所要時間 :約 7 分 短軸方向でホーム端に近づいたところ正面に車体があり、伝い歩きの途中で車体が切れた部分が「連結部分」であるパターン 正面がドア(パターン3) 所要時間 :約 7 分 短軸方向でホーム端に近づいたところ、目の前にドアがあるパターン 正面が連結部(パターン4) 所要時間 :約 7 分 短軸方向でホーム端に近づいたところ、目の前が連結部となっているパターン 訓練終了後に関係者(視覚障害者や歩行訓練士、鉄道事業者等)で訓練に関する意見交換の時間を設けることが望ましい 5ページ 2.基本訓練 乗降訓練の実施に先立ち、白杖を使用した基本的な歩行方法を学ぶため、「スライド法」、「短軸方向でホーム端に接近」、「白杖より前に足を置く」の3パターンの訓練を実施。 0 事前説明(訓練目的、視覚障害者誘導用ブロック等の役割等) 所要時間 :約 10 分 【参考例】公共交通機関の旅客施設に関する移動等円滑化整備ガイドライン バリアフリー整備ガイドライン 旅客施設編(https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/barrierfree/sosei_barrierfree_mn_000001.html) 【画像出典】同ガイドライン P123 (JIS T9251 高齢者・障害者配慮設計指針-視覚障害者誘導用ブロック等の突起の形状・寸法及びその配列  日本規格協会) 1 スライド法 所要時間 :約 5 分 歩行時に白杖の石突き(先端)を床面に常時触れながら左右に振って歩行する訓練 ※ホーム端に接近するなど白杖が落ち込んだときに、すぐに停止できる速度でゆっくり歩行する 2 短軸方向でホーム端に接近 所要時間 :約 5 分 短軸方向(ホーム中央から線路側)に向かってスライド法で歩行し、ホーム端で白杖が落ちたら止まる訓練 3 白杖より前に足を置く 所要時間 :約 5 分 電車への乗降時、自分の前方に白杖をついて車両の床、ホームがあることを確認し、その後に白杖部分にかかとを置くようにして足を踏み出す訓練 ※ 白杖部分であれば確実に床面があるため(白杖より手前だと、隙間から転落のおそれがある) 6ページ 3.乗降訓練 ホーム端に近づいた際の車両位置について4つのパターンを想定し、パターン1では「正面が車体」だった場合の乗降訓練を実施。 正面が車体(パターン1) 短軸方向でホーム端に近づいたところ正面に車体があり、伝い歩きの途中で車体が切れた部分が「扉部分」であるパターン 所要時間 :約 7 分 1 スライド法で歩行し、短軸方向でホーム端に接近 2 ホーム端で白杖が落ちたら一旦止まり、それから白杖を前に出して在線状況(車両の有無)を確認 3 白杖を再度手前に戻した後、白杖を持っていない側の手を前に出し、車両に手が触れることを確認 4 車両に手が触れたら、白杖を持っている手の側に体を90度回転させ、白杖はホーム端に沿ったまま車両に手を触れながら伝い歩き 5 車体が途切れた部分(扉部分)を確認後、ホーム端に沿わせていた白杖を上げ、そこに車体があることを確認(連結部分でないことを確認) 白杖は裾部(車両下端)に接触 連結部分の確認方法は6ページを参照  6 再度白杖をホーム側に戻した後に体の向きを変え、車両に正対 7 白杖で体の正面に車両の床があることを確認後、床についた白杖の部分にかかとを置くようにして乗車(白杖をついた部分より前に足を置くと、車両とホーム間に転落する可能性があるため) 7ページ 3.乗降訓練 正面が車体(パターン2) 短軸方向でホーム端に近づいたところ正面に車体があり、伝い歩きの途中で車体が切れた部分が「連結部分」であるパターン 所要時間 :約 7 分 伝い歩きの途中、車体が途切れた部分が「扉部分」であるか「連結部分」であるかについては、以下の方法により判断。 車体が切れた部分が「扉部分」の場合 手が触れていた車体が途切れる。 ホーム端に沿わせていた白杖を左側に上げる。 車体裾部に接触するため、そこに車体があると判断。 パターン1の⑥〜⑦の方法で乗車。 車体が切れた部分が「連結部分」の場合 手が触れていた車体が途切れる。 ホーム端に沿わせていた白杖を左側に上げる。 車体に接触しないため、今度は白杖を前方に出す。 車体妻部(連結面)に接触するため、そこが連結部分であると判断。 パターン1の④〜⑤の方法で、扉部分まで再度伝い歩き。 パターン1の⑥〜⑦の方法で乗車。 8ページ 3.乗降訓練 同様に、パターン3では「正面がドア」だった場合、パターン4では「正面が連結部」だった場合を想定した乗降訓練を実施。 正面がドア(パターン3) 短軸方向でホーム端に近づいたところ、目の前にドアがあるパターン 所要時間 :約 7 分 1 スライド法で歩行し、短軸方向でホーム端に接近 2 ホーム端で白杖が落ちたら一旦止まり、それから白杖を前に出して在線状況(車両の有無)を確認 3 白杖を再度手前に戻した後、白杖を持っていない側の手を前に出し、手が触れないことを確認 正面が連結部(パターン4) 短軸方向でホーム端に近づいたところ、目の前が連結部となっているパターン 所要時間 :約 7 分 1 スライド法で歩行し、短軸方向でホーム端に接近 2 ホーム端で白杖が落ちたら一旦止まり、それから白杖を前に出して在線状況(車両の有無)を確認 3 白杖をホーム端に戻し、白杖を持っている手の側に体を90度回転させ、手を前方に出しながら進む。車両に手が触れたら、白杖はホーム橋に沿ったまま、車両に手を触れながら伝い歩き 9ページ 鉄道事業者へのお願い 鉄道施設における歩行訓練の普及に向けた協力のお願い 本プログラムをはじめとしたイベント的に行う歩行訓練は、視覚障害者を含めた多くの鉄道利用者の方に安全な歩行技術習得の重要性を感じていただけるだけでなく、駅係員が視覚障害者の方をご案内する際の注意点などの理解促進にも寄与します。ついては、鉄道事業者の皆様に以下お願いします。 視覚障害者に対する接遇や誘導方法等を学ぶ場を設けることは視覚障害当事者、鉄道事業者双方の理解促進に寄与することから、主催者として社内研修等の一環としての歩行訓練等の組込みを是非ご検討いただくようお願いします。 福祉団体や盲学校等から申し出があった場合は、鉄道施設の提供について、積極的にご検討いただくようお願いします。 必要に応じて、歩行訓練主催者に対し、歩行訓練に関わる番線・時間帯毎の混雑状況等の情報提供をお願いします。 歩行訓練は、歩行訓練主催者の責任のもと行われるものですが、歩行訓練主催者と調整する上で、安全・安定運行に支障を及ぼすと判断される場合においては、留意事項をお知らせするなど、必要な措置を講じていただくようお願いします。 10ページ 本プログラムの留意点及び今後の検討課題 本プログラムを使用する上での留意点 本プログラムは、あくまで「基本的」な歩行訓練プログラムであるため、訓練参加者等の要望に合わせた運用を行うことが望ましい。 【要望例】 〇改札から階段・エレベーターを使用し乗降するまでの一連の動作を確認する訓練を行いたい。 〇スライド法は十二分に習得しているため、最低限の訓練時間に留め、他の訓練に時間を割きたい。 〇プログラムより(長い・短い)時間で訓練を実施したい。 〇車両がない場合の歩行訓練を行いたい。ホームから転落した際の対応についても訓練で学びたい。  ○他の利用者がいる状態で訓練を行いたい。いつも利用している駅で訓練を行いたい。       等 イベント型の歩行訓練や個別で実施される歩行訓練が考えられるが、どのような規模であっても訓練参加者の安全性の観点から必要に応じ事業者とよく相談することが望ましい。 今後の検討課題 歩行訓練の普及に向けては、イベント的な実施では効果が限定的であるため、実績を積みながら改善等を加えつつ、恒常的な取組とするための検討が必要である。 以上