第2章 経済・社会状況の変化と住生活へのインパクト

第1節 我が国経済・社会の動向
1 最近の我が国の経済状況
 最近は、金利が極めて低い水準で推移する一方、地価、家賃及び住宅建築費は下落傾向にあり、住宅・宅地をめぐる経済状況の変化は大きい。
 住宅着工戸数についてみると、首都圏の分譲マンションを中心に近年は高水準で推移しているが、今後は、1960年代後半から70年代前半にかけての住宅ブーム期に建てられた住宅の建替え需要や80年代後半から90年代前半の住宅ブーム後のストック調整等の要因により変動していくものと考えられる。

2 最近の我が国の社会状況
 我が国の人口の高齢化、少子化、世帯構造の変化は世界的に見ても急速に進んでいる。
 高齢社会が到来する反面、当面は、団塊ジュニア世代が21世紀初頭には世帯構成期に入ると見込まれているとともに、世帯分離の進展、単身世帯の増加等により、世帯数は一貫して増加している)。
 世帯分離が進む一方、高齢者世帯との隣居・近居は相当程度ある。平成5年住宅統計調査から、65歳以上の高齢者夫婦世帯について、その子の住んでいる場所別割合でみると、約1割が徒歩で5分程度の近くに住んでおり、同居を含め1時間以内に子が住んでいる世帯は、約6割に達している。

3 住宅、住生活等に関する意識
 住宅、住生活、住環境に対する要望・意識はどのように変化してきたのであろうか。時代、地域、世帯属性などで分けてみた。
(1) 時代別
  昭和40年代には、(1)住宅の狭さ、(2)建物が傷んでいる、(3)設備が不十分、が主たる不満要因であったが、最近では、遮音性や断熱性、収納スペースといった住宅の性能に関する不満に変化してきている。
 最近の持家、借家別に見てみると、借家では、(1)遮音性や断熱性、(2)収納スペース、(3)台所の設備、広さが不満の上位に来ており、持家では、借家より不満率が低いものの、(1)収納スペース、(2)傷み具合、(3)遮音性や断熱性となっている。
 住環境については、平成5年の住宅需要実態調査でみると、(1)集会所、図書館の接近性、(2)子供の遊び場・公園などの量、接近性、(3)火災・地震・水害などに対する安全性への不満が高い。
(2) 地域別
 住宅については、関東臨海部では、(1)収納スペース、(2)遮音性や断熱性、(3)台所の設備、広さ が不満の上位に来ており、九州・沖縄では、(1)傷み具合、(2)遮音性や断熱性、(3)収納スペースとなっており、地域によって不満に思う点が異なっている。
 住環境について地域別に見ると、関東臨海部においては、(1)集会所、図書館の接近性、(2)騒音、大気汚染などの公害の状況、(3)火災・地震・水害などに対する安全性が不満の上位に挙げられているのに対し、四国地方においては、(1)子供の遊び場・公園などの量、接近性、(2)集会所、図書館の接近性、(3)まわりの道路の整備状況が挙げられている。
(3) 世帯属性別
 住宅も、住環境も基本的には世代や世帯属性によって要望が異なる。他の世帯属性と比較して相対的に重視している条件を東京都の調査によって見てみる。たとえば、同じ若年層でも、若年単身世帯の選択の基準は、通勤・通学の利便性、商店街への利便性などの条件を重視する傾向にあり、成長期ファミリー世帯では、住宅の広さ、子供の教育施設への利便性などを重視している。
 他方、高齢者夫婦のみ世帯では、火災・地震・水害等に対する安全性、日当たりや風通しが上位に挙げられており、ライフスタイルに応じて選択が単一でないことがわかる(図1−37)
 このように、地域別、世帯別に住宅及び住環境に求める条件は多様化しており、単に住居費だけが低ければいいという状況にはない。公園・遊び場の近さ、図書館や集会所といった周辺環境の充実、商店街等でのショッピング等の生活全体の満足度を高める要素も重視されつつあると考えられる。
 したがって、住生活の充実のためには、多様な世帯構成及びニーズに対応した住宅と住環境、さらにはレクリエーションの場、まちづくり等を総合的に進めていく必要がある。

第2節 住生活の充実に向けて
 前節で見たような経済・社会状況の変化の下では、住宅・宅地による資産運用、キャピタルゲインにあまり惑わされず、より「効用」、「利用価値」に着目した住宅・宅地のあり方を考えられる状況にあると思われる。
1 最近の住宅・宅地供給の状況
 最近の経済・社会状況の変化の下では、どのような住宅供給がなされているのだろうか。
 最近10年間の住宅着工戸数は、比較的高水準で推移しており、戸当たり平均床面積をみると、全国ベースでは給与住宅を除き、安定的な伸びを示している。
 特に首都圏について、規模別着工戸数をみると、貸家では、床面積30m2以下の小規模物件については、バブル期に急増したが、現在ではその占める割合は低下しており、ファミリー向けの規模の大きな住宅については、その占める割合は増加しているものの、戸数は増加していない。一方、共同建ての分譲住宅は、床面積71〜100m2の物件が急速に増加している
(図1−38)
 また、住宅の敷地面積を見ると、東京都、大阪圏といった大都市において最近狭い敷地の住宅が増加している
(図1−39)
 このように、大都市圏においては、敷地面積が狭い住宅、床面積が小さい借家の割合が依然多く、成熟社会に相応しいものが増えているとはいえない状況にある。
 現在の低金利、地価下落、建築費の低下、さらには家賃の低下傾向を前提とすると、1次取得者層は、バブル期の極めて厳しい状況と比較して住宅を取得・選択しやすい状況にある。それにもかかわらず良好な住宅が十分供給されていないことは、今後第2次ベビーブーム世代が世帯構成期に入り、ファミリー向けの貸家に対する需要が増大することなどを考えると大きな問題である。これらの世代等が良好な住宅を確保、取得できるような環境づくりを進めていく必要がある。
 併せて、これらの世代が住宅を確保するに際して、いかに耐久性の高い住宅、省エネルギー性に配慮した住宅、高齢化に対応した住宅など良好な住宅ストックの形成に誘導していけるかが重要な課題となろう。これは、残された貴重な期間と投資余力を活用し、高齢・成熟社会において良好な住宅ストックが社会全体に行き渡ることにつながるものである。
 一方で、中古マンション等現住住宅を売却して買い換えをしたい2次取得者層にとっては、現住住宅の時価が大幅に下落したことから、買換先の価格の値下りの分だけ借入金を少なく抑えることができるという面はあるものの、厳しい状況にあるという指摘もある。いずれにしても、長期的にみれば建設コスト等の低下は、良質な住宅の供給及び取得を促す効果が期待できる
(図1−40)
 ところで、環境共生住宅、免震マンション、土地の所有より利用を重視する定期借地権付住宅などの供給が増えていることは、単に価格や家賃が安いといった理由だけにとらわれず、多様な価値観(第1節)に応じた多様な住宅が需要に的確に対応して供給されている例であるといえる。このように、今後は、多様な需要に的確に対応した住宅・宅地供給を推進していく必要がある。
 また、住宅・宅地の広さ、質の向上だけにとどまらず、公園・遊び場の量や近さ、ショッピングの容易さ、さらには医療・福祉サービスとの連携といった周辺環境、生活環境も併せて充実させていく必要がある。このような住まいづくり、まちづくりを通して、住生活の充実が実現できることとなろう。
2 成熟社会に相応しい住宅ストックの活用
 今後、高齢社会に向け投資余力が低下し、新規投資が現在より行いにくくなることが見込まれることから、今のうちから耐用年数の長い住宅ストックを充実させておく必要がある。他方、耐用年数が長いだけでは不十分であり、ライフスタイル及びライフステージに合わせ、可変性が大切である。具体的には、躯体は耐久性が高く、リフォームが容易で、間取りや設備が可変性に富んだ住宅をストックとして充実させる必要がある。
(住宅ストックの量及び活用状況比較)
 欧米においては、成熟社会になる前に豊富な資金・資本蓄積等の経済力を利用して良好な住宅ストックを形成したのであり、経済活力が相対的に低下した現在では住宅の新設に頼っていない状況にある。
 日本の住宅も1人当たりの住宅数では欧米の状況に追い付いたが、借家の規模が欧米に比べ小さいことなど、依然として課題は多い
(図1−42)
(住み替えが少ない理由)
 日本の住宅の寿命は、建築時期別のストック統計から試算してみると、過去5年間に除却されたものの平均で約26年、現存住宅の「平均年齢」は約16年と推測されるが、アメリカの住宅については、「平均寿命」が約44年、「平均年齢」が約23年、イギリスの住宅については、「平均寿命」が約75年、「平均年齢」が約48年と推測され、日本の住宅のライフサイクルは非常に短いものとなっている。
 この理由は、日本は戦後急速に住宅ストックを充実させてきている中途の段階にあることや、そもそも住宅ストックの質の低さ、リフォームのしにくさ、或いは使い捨てのライフスタイルに合わせて住宅も建て替えにより対応していることなどが考えられる。このように日本の既存住宅流通量は新築に比べて少なく、大量建設・大量廃棄の構造になっている。これはGDPを押し上げるかもしれないが、良質なストック形成が行われないまま、住み替え需要に的確に応じられず、住生活の充実にコストと手間暇がかかる構造になっていると考えられる(図1−43)
 住み替えについては、社会の流動性が低いように言われるイギリスにおいても、世帯の移動率はかなり高く、これは、住み替えを前提にしたライフスタイル・意識や、住み替えを円滑化するための制度が整備されていることにも支えられていると考えられる(表1−1)
(ストックを活用する住み替えの効果)
 これまでになされた住み替えによっても居住水準は相当程度向上しており、良質なストック形成と併せて住み替えが円滑に行われるようになれば、一般的には、居住水準の向上効果が一層出てくるものと考えられる(図1−46)
(ストックの質を向上させるリフォームの現状と課題)
 現在、日本のリフォーム市場が欧米に比べ発達してこない理由は財産保全意識の対象が住宅(米)でなく土地(日本)という違いなのか、空き家の中身に見られるように、流通ストックの基本的な広さ、構造等が確保されていないのかなど、様々な点が考えられるが、今後新規投資余力の低下が見込まれる中では、新築に比べコストのかからないリフォームの充実は、住宅ストックを良質なものとするための重要な手段であると考えられる。
 以上のように、我が国においては、住み替えやリフォームの前提となる良質なストック形成を進めると共に、円滑な住宅流通の確保、住み替えコストの低減、リフォーム関係の制度の整備などを進めていくことが、成熟社会へ向けての大きな課題であろう。
3 住宅金融の役割と今後の課題
(住宅金融の歴史と役割、今後の課題)
 住宅金融公庫などによる公的住宅融資は、国民の住宅取得を支援し、住宅の質、居住水準の向上を誘導するとともに、併せて景気対策などに寄与してきたといえる。
 しかしながら、近年、より良質な住宅ストックの形成や、民間住宅ローンとの協調の観点から、公庫融資について、政策的な役割をより明確化することが求められるようになってきた。このため、従来からの質、居住水準の向上といった政策誘導機能の強化の観点から、平成8年10月より、従来の規模別の金利区分を見直し、高齢者に配慮した住宅等一定の良質な住宅に対して基準金利を適用することを予定している。
(英米における住宅ローンの延滞の状況)
 ところで、欧米の状況を見てみると、変動金利制を基本としているイギリスにおいては、経済状況の変化に応じてローンの延滞率が上昇することもあり、基本的に変動金利は金利低下時のメリットと金利上昇のリスクを秤にかけた自己責任原則が強く求められるものであることを示している。
 今後、我が国の住宅金融においても、消費者が選べる住宅ローンの多様化と自己責任原則のバランスを適切に取っていくことが重要となってこよう。

第3節 豊かさ実現のための住宅・宅地政策の新たな展開
 これまで述べてきたような成熟社会への移行、個人の価値観の多様化といった変化に対応し、住宅・宅地のストックの形成状況を基本に、すべての国民が望ましい住宅サービスを幅広い選択肢の中から享受できるようにすることにより、国民の住生活の質の向上を図ることを目的として施策を講じる必要がある。
 一方、経済構造の変化の中で、これまで右肩上がりの経済を前提として組み立てられていた宅地開発事業はこれまでと同様のやり方では成り立ちにくくなってきているが、前節でみた需要の変化に対応すべく、良質な宅地を適正な負担で供給していく必要がある。
 それでは、最近の変化に対応して住宅・宅地政策はどのように変化してきているのであろうか。  具体的には、以下のような視点でまとめられよう。
1 「ゆとり」への対応
 大都市圏における中心部の人口空洞化、遊休地の放置、民間の都市開発の停滞の状況の中で、職住近接によりゆとりある生活を実現することが特に近年の重要な課題である。
 このため、都心地域におけるファミリー向け賃貸住宅供給を図る都心共同住宅供給事業の創設、住宅系用途に対する容積率の優遇などの都市計画制度の改正、定期借地権付住宅の促進等の様々な手段を講じてきているところである。
 現在の状況を見てみると、都心部の共同住宅、近郊の宅地供給の減少傾向はやや好転しつつある。
2 「質の高さ」への対応
 第2節で見たように、後世に残すに相応しい、良質な住宅・宅地ストック形成、住環境を実現するため成熟社会に向けて課題は多い。建設省としても、大都市地域における住宅及び住宅地の供給に関する基本方針のなかで良質な住宅の確保を基本目標としたほか、公庫融資による質の高い住宅建設へのインセンティブの付与、特に居住水準の低い借家への対応として、特定優良賃貸住宅等による民間市場の活用等の施策を講じているところである。
 また、ストックの活用を促進するために、リフォーム事業者に関する消費者への情報提供、公共住宅における住み替えの優遇、既存住宅の取得に関する不動産取得税の特例措置の拡充等の対策を講じてきている。
 宅地については、今後、宅地の資産価値、保有価値だけで判断される時代から、利用価値の高さ、付加価値の高さ(成熟社会にふさわしいストックであること)、で判断される時代へと向かっていこう。この点を基本として、質の向上の観点から施策を行っていくことが必要であり、緑、景観、高齢者等に配慮した良質な宅地開発の促進、鉄道整備と一体となった宅地開発の推進、定期借地権の普及促進等の施策を講じているところである。
3 社会状況の変化への対応
(急速な高齢化等に対応するための住宅対策)
 高齢者等が可能な限り住み慣れた地域社会で安心して生活できるよう、そのまま又は軽微な改造により対応可能な住宅の仕様を確保するという考え方に基づき、「長寿社会対応住宅設計指針」を策定した。
 また、公共賃貸住宅の長寿社会対応仕様の標準化を進めるとともに、高齢者の生活特性に配慮した設備・仕様の採用と併せて居住の安定を確保するサービスの提供等を行うシルバーハウジング、シニア住宅等の供給を推進しているのと併せて、歩道等のバリアフリー化を進めている。
 さらに、高齢者等の活動を支える住環境の整備のための各種施策を推進するとともに、高齢期の居住の安定の確保と資産等を活用したサービスの充実のためのリバースモーゲージの導入方策の検討を行うこととしている。
(多様性への対応)
 価値観、ライフスタイルの変化、多様な居住ニーズへの対応として、家族構成等の変化に応じて間取りを変えられる“プラス・YOU”住宅の普及を推進するとともに、住宅と育児サービスとの連携の検討を行っている。
 また、例えば、これまでの住宅団地と異なった、にぎわいと安全・安心の両面に着目した住宅も作られている。千葉県の幕張新都心の住宅地区では、住棟に囲まれた中庭は小さい子供の安全に資するという点と、1階が商店の沿道型住棟はにぎわいと通行人に安心感を与えるという利点を生かした街並み参加型住宅の並ぶ中層住宅地区を公民共同して作り上げつつあり、その中で住都公団では賃貸住宅(パティオス7番街)を、民間では分譲住宅を供給している。
(地域の実情に対応した住宅・宅地供給)
 第1節で見たような、地域によって差がみられる住宅、住環境に対する意識の差異等に対応して、住宅・宅地政策も地域の実情に応じたものとしていくことが望まれる。
 具体的には、地域によっては、居住水準そのものだけでなく、地域の活性化、地場産業の振興、伝統的景観、高齢化への先駆的対応といった側面も考慮する必要がある。
4 「コスト低減」と「品質の確保」
 住宅建設コストの低減については、平成7年12月に策定された「構造改革のための経済社会計画」において、平成12年度までに標準的な住宅の建設コストをこれまでの水準の3分の2程度に低減することを目指す等の目標が示された。これに基づき、住宅生産性の向上、流通の合理化、市場競争の促進、規制の合理化等に係る施策を総合的に実施してきたところであるが、平成8年3月には、法務省、厚生省、通商産業省とともに「住宅建設コスト低減のための緊急重点計画」を発表した。
 重点計画では、経済社会の構造改革や国際協調に向け、規制緩和の観点からも、住宅建設コスト低減のための施策を一層総合的に展開する必要があり、平成8年度に重点的に取り組む事項を明らかにした。
 具体的には、住宅や建設資材の導入の円滑化に向け、建築規制を寸法や材質、工法を個別に定める現行の「仕様規定」から、一定の性能を上回れば構造、材質などを問わない「性能規定」とするための制度的枠組みの策定、国際間での建築資材等に関する認証手続を円滑に図るための建築基準に係る相互認証協議の推進などを行うこととしている。
 また、断熱性能、高齢者への配慮等基本性能を備え、居住者のライフステージやライフスタイルの変化に応じ、間取り等を居住者がDIY方式によって追加変更もでき、かつ、住宅の建設コストを3分の2にするモデルプロジェクトである“プラス・YOU”住宅の推進のため、民間から提案募集を行った。入選した35作品についてはほぼ平成8年度中に実用化される見込みである。
 このようなコスト低減により生じる余力を質の高さに振り向けること、同時にそのグレードを個人がライフスタイルやライフステージに応じて選択できるようにすることが、良好なストックを形成し、住生活の充実をもたらすこととなろう。