第2節 急がれる次なる災害への備え 

3 津波対策の強化に向けて

 東日本大震災は、我が国の津波災害史上最大級の被害をもたらした。三陸沿岸地域を中心に、過去幾多の津波被害が繰り返され、また、昨年には1960年のチリ地震津波から50年を迎え、その教訓を受け継ぐ様々な啓発イベントがなされていたにもかかわらず、広域にわたり甚大な被害が生じ、津波への備えが必ずしも十分ではなかった。
 インド洋大津波に引き続く今般の大津波災害は、津波の破壊力のすさまじさを改めて全国、世界に知らしめることになった。しかしながら、その猛威を前にしてなすすべがないと立ち止まることなく、津波災害の特性を改めて認識し、津波対策の現状を踏まえ、これまでの備えが活かされた面、不十分であった面を点検しつつ、津波被害の軽減に向け更に努力を重ねていかなければならない。
 特に、防波堤、防潮堤、海岸堤防や護岸等を打ち砕き、浸水予想区域を越えて押し寄せ、指定されていた避難所自体をのみ込んでしまった今般の大津波の教訓として、ハード・ソフト対策における従来の津波想定のあり方を見直すことはもとより、いくら防波堤、防潮堤、海岸堤防や護岸等のハード対策を講じ、津波ハザードマップを整備していても、既存の対策を絶対視することはできず、一定の想定の範囲を超える事態においても命を守るための津波避難対策を重点的に強化していく必要が浮き彫りになった注1
 津波は大雨等に比べて発生頻度の低い災害であることから、今般の悲惨な災害の教訓を後世に語り継ぐことも重要な課題である。

(津波対策の現状における課題)
 ハード面における津波対策として、これまで海岸堤防・護岸の整備が進められてきた。海岸における津波に対する高さの現状は、全国の海岸保全施設延長約1万5千kmのうち、約59%は想定津波高よりも高く、約17%は想定津波高より低くなっており、また、約24%は想定津波高が未設定か調査未実施となっている。
 今般のような最大クラスの大津波を完全に押さえ込むことは困難であるとしても、津波の威力を低減させる効果を有する施設の整備については、今般の大津波による施設の被害状況の検証も踏まえつつ、地域の実情に応じ着実に進めていく必要がある。
 
図表104 海岸堤防・護岸の整備状況
図表104 海岸堤防・護岸の整備状況
Excel形式のファイルはこちら

 また、ソフト面の対策として、津波ハザードマップにより、想定津波高や防波堤、防潮堤、海岸堤防や護岸等の効果を考慮し、浸水予想区域や施設の危険度を事前に点検し、どの程度の津波が発生すれば、地域のどのエリアが危険かを示すことは、津波避難の重要な拠り所となる。
 今般の大津波の教訓を踏まえ、どの程度の津波を想定するかは大きな課題となるが、津波ハザードマップの整備水準は現状においても十分とはいえない状況にある。津波ハザードマップを整備している市町村は、全国653の沿岸市町村のうち53%にとどまっているほか、津波浸水予想地域を特定した上で津波避難に関する具体的な対策を定めた計画を策定している市町村も41%となっている。こうした取組みを実施していない市町村では、作成したいが作成方法や手順が不明等の理由を挙げており、対策を進めるための技術的な支援が求められている。
 今後更に、津波ハザードマップの整備促進を図るとともに、従来の津波ハザードマップについてもその改善・充実を図っていく必要がある。
 
図表105 津波ハザードマップの整備状況
図表105 津波ハザードマップの整備状況
Excel形式のファイルはこちら

 
図表106 津波避難計画の策定状況
図表106 津波避難計画の策定状況
Excel形式のファイルはこちら


(津波避難対策の強化)
 こうした一定の想定を置いたハード・ソフト対策の充実・強化を進める一方で、想定を超える事態も考慮し、なんとしても命を守るためには、何より迅速な避難対策を重点的に強化していく必要がある。
 津波災害から命を守る最大の対策は、できる限り高い場所に迅速に避難することであり、避難場所と避難ルートの再点検が不可欠である。特に、避難時間が限られる近地津波災害の場合、遠くへの避難より近くの高い場所への避難が優先される。また、地域で増加する高齢者や障害者、妊産婦や乳幼児など、災害時要援護者の避難支援に最大限配慮することも大きな課題である。地域の実情に応じ、浸水エリア外の高台への避難が可能かどうか、それが困難な場合や想定を超える津波が襲来する場合にも備え、浸水エリア内にも高台がない場合には、強固な高層ビル等の避難場所を確保する必要がある。
 これまで、津波避難ビル等の指定を行っている市町村は21%にとどまり、74%の市町村は指定を行っていないものの、指定数は年々増加しており、約半数は民間の施設となっている。今般の大津波において、鉄筋コンクリート構造物など建築物被害についての詳細な実態調査を踏まえつつ、民間のビルやマンションも含め津波避難ビルとしての利用促進や新たな避難施設・避難路の整備を図る必要がある。
 
図表107 津波避難ビル等の指定状況
図表107 津波避難ビル等の指定状況
Excel形式のファイルはこちら

 津波避難に当たっては、沿岸付近で強い揺れを感じた時や、弱い揺れでも長い時間ゆっくりとした揺れを感じた時は自らすぐに避難することが重要である。一方で、1960年のチリ地震津波や2010年2月に発生したチリ中部沿岸の地震による津波のように、揺れを感じない遠地津波の場合も含め、住民等の適切な避難行動を促すために、津波の発生や予測に関する監視・観測体制や正確な災害・避難情報の伝達体制を充実していく必要がある。
 気象庁では、10万とおりのシミュレーション計算結果を有する津波予報データベースを構築しており、緊急地震速報の技術も活用し、地震発生から2〜3分程度で津波警報や注意報を発表するなど、警報等の迅速化に努めている。また、実際の津波発生の状況を観測するため、気象庁では、独自に設置している77の潮位観測施設や国土交通省港湾局が沖合に設置しているGPS波浪計(12箇所)を含め、関係機関と連携し全国184地点で津波の高さ等の観測値を発表している。しかしながら、東日本大震災ではこうした観測施設の一部に被害が及び、機器による津波の監視・観測が一部できなくなる事態も生じたことから、今後、より災害に強い監視・観測体制の整備を図っていく必要がある。
 また、津波警報等も踏まえ、市町村による避難指示等の情報が出されることとなるが、防災無線はもとより、携帯電話の活用など、多様な情報伝達手段の確保が求められる。

 こうした取組みの強化は必要ではあるが、最終的には実際の避難行動が迅速に行われるかにかかっている。2010年のチリ中部沿岸の地震の際には、17年ぶりに津波警報(大津波)が発表されたが、住民の避難率の低さや市町村の避難勧告・指示の発令等で問題が指摘された注2。津波のような低頻度の災害においては、災害・避難情報を過小評価して、今回もたいした津波はこないだろうと避難意識を弱めてしまうおそれもあることから、関係機関が連携し、住民等から信頼される災害・避難情報のあり方について、効果的なハザードマップとの連携も含め検討するとともに、津波に関する知識の普及啓発に努める必要がある。

(津波防災まちづくりに向けた施策の総動員)
 東日本大震災による甚大な津波被害を教訓に、こうした課題を克服しつつ、まちづくりと一体となって、津波防災・減災対策を強力に推進していく必要がある。これは、東日本大震災における被災地の復興における基本的な考え方であることはもとより、東海、東南海、南海地震等の発生も懸念される中、津波による大きな被害が想定される地域等において、二度と同じような悲劇がもたらされないようにするためにも取り組む必要がある。
 このため、政府の東日本大震災復興構想会議による「復興への提言〜悲惨のなかの希望〜」やこれを踏まえた「東日本大震災からの復興の基本方針」、内閣府中央防災会議の東北地方太平洋沖地震を教訓とした地震・津波対策に関する専門調査会での検討、国土交通省社会資本整備審議会・交通政策審議会交通分科会の計画部会による「津波防災まちづくりの考え方」等を踏まえつつ、地域ごとの特性を踏まえ、ハード・ソフトの施策を組み合わせた「多重防御」による「津波防災まちづくり」を推進するための制度の創設やその実施に向け重点的に取り組むこととしている。


注1 内閣府中央防災会議の「東北地方太平洋沖地震を教訓とした地震・津波対策に関する専門調査会」が6月26日に公表した「中間とりまとめ〜今後の津波防災対策の基本的考え方について〜」及び「中間とりまとめに伴う提言」においては、地震・津波の想定のあり方について、「これまでの考え方を改め、津波堆積物調査などの科学的知見をベースに、あらゆる可能性を考慮した最大クラスの巨大地震・津波を検討していくべきである」とするとともに、今後の津波対策の考え方について、「住民の避難を軸に、土地利用、避難施設、防災施設の整備などのハード・ソフトのあらゆる手段を尽くした総合的な津波対策の確立が急務である」などとされている。
注2 内閣府と消防庁が2010年3月に実施した「チリ中部沿岸を震源とする地震による津波避難に関する緊急住民アンケート調査」(津波警報(大津波)が発表された青森、岩手、宮城の市町村を対象)によると、「避難した」方(指定避難場所以外への避難や津波が到達しない安全な地域への外出を含む)は4割弱(37.5%)、「避難の必要性は認識していたが避難しなかった」方又は「避難しようと思わなかった」方は6割弱(57.3%)であった。


テキスト形式のファイルはこちら

前の項目に戻る     次の項目に進む