1 海洋法条約の採択


(1) 海洋法条約採択までの経緯

  海洋の利用をめぐる国家間の基本的な権利義務関係を律するいわゆる海洋法は,従来第1次国連海洋法会議(昭和33年)において採択された「領海及び接続水域に関する条約」,「公海に関する条約」,「漁業及び公海の生物資源の保存に関する条約」及び「大陸棚に関する条約」のジュネーブ海洋法4条約を基本的枠組として形成されていた。
  「領海及び接続水域に関する条約」では,沿岸国の主権の及ぶ範囲を統一するという点で海洋法上極めて重要な問題である領海幅員問題については明確に規定することができなかった。このため,その統一を目指して第2次国連海洋法会議(35年)が開催されたが,この問題は,軍事,海運,漁業等その国の置かれた状況により大きく利害関係を異にしていること等から遂に合意をみることはできなかった。
  その後,発展途上国の国際社会における発言力が増大し,広大な海域をその管轄下に置くことを要求するようになったこと,科学技術の進歩に伴う海洋の開発・利用の活発化によって資源の乱獲や海洋汚染を防止する必要性が高まったこと等から沿岸国権限の拡大の方向で伝統的な海洋秩序の見直しが求められるようになった。このような海洋をめぐる世界情勢の変化のなかで,特に深海底における鉱物資源の開発問題を契機として第3次国連海洋法会議が開催されることとなった。
  第3次国連海洋法会議は,48年12月にニューヨークの国連本部において幕をあけた。第1会期において海洋法会議に3つの主要委員会,即ち,深海底開発制度を扱う第1委員会,領海・大陸棚・漁業などの海洋法の一般問題を扱う第2委員会並びに海洋汚染及び海洋科学調査を扱う第3委員会を設置すること,会議の運営母体となる一般委員会の構成,起草委員会の構成等が定められ,このようなフレームワークによって審議が進められることとなった。
  第3次国連海洋法会議は,条約の対象範囲を大きく拡大した上に,@会議参加国により条約の草案作りを行う,A条文案作成は,票決によらずコンセンサスによる,B全体を1つの条約とし,複数の条約に分割することは認めない等の合意のもとに会議を進めたこともあり,非常に長期間を要することとなった。会議は足かけ10年,11会期にわたったが,55年(再開第9会期)には海洋法条約草案(非公式草案)が作成され,56年にはこの草案が公式化された。
  第11会期は,57年3月8日からニューヨークにおいて開催された。この会期においては,深海底開発問題に対する米国からの大幅な修正提案,これに対する発展途上国側の反発,中間的なグループ(スウェーデン,ノルウェー,カナダ,オーストラリア等12か国)の妥協案提出等と会議は大きく揺れたが,前会期になされた「第11会期を実質交渉を行うための最終会期とする」旨の合意に基づき,海洋法会議議長を中心に審議の促進が図られた。
  その結果,4月7日には,長期にわたり進められてきた非公式協議を締めくくり,公式協議に移行することが合意された。これを受けて,深海底開発問題のほか,領海,国際海峡,島の制度,海洋汚染問題について公式修正案が提出され討議された後,会期末日の4月30日に条約草案が関連決議案とともに一轄して投票に付された。
  投票の結果は,賛成130,反対4,棄権17と大多数の賛成をもって条約が採択された。主要国のうち,我が国とフランスは賛成,アメリカは反対,イギリス,西ドイツ,ソ連は棄権した。
  本条約採択のための署名会議は,57年12月にモンテゴベイ(ジャマイカ)で開催される予定となっており,その後2年間署名のために開放され,60か国が批准又は加入した後,1年間を経過した時点で発効することとなっている。

(2) 海洋法条約の概要

  今回採択された条約の内容は,領海,国際海峡,群島国家,排他的経済水域,大陸棚,公海,島の制度,内陸国の権利,深海底開発,海洋環境保護,海洋科学調査,紛争解決等となっており,条文数も本文320条,9附属書に上る膨大なものであるが,運輸にかかわりの深いものを中心にその概要を述べると次のとおりである。

 ア 領海

      領海の幅員を12海里以内と規定するとともに,「すべての国の船舶は,領海において無害通航権を有する」旨規定し,無害でないとみなされる行動として,武力による威嚇等のほか,故意かつ重大な汚染行為なども掲げている。また,無害通航に関する沿岸国の法令制定権について具体的な規定を設けている。

 イ 国際海峡

      領海が12海里に拡張されることに伴い,マラッカ海峡等世界の主要な海峡の多くは海峡沿岸国の領海によっておおわれることとなる。これらの海峡では,無害通航権を認めるだけでは通航が制限されるおそれがあり,できる限り自由な通航を確保するため,新条約では,「すべての船舶及び航空機は妨げられない通過通航の権利を享受する」と規定し,一般領海に比し,より自由な通航を認める制度を適用することとしている。

 ウ 群島国家

      群島からなる国(群島国家,例えばインドネシア,フィリピン等)は,一定の条件の下に,最も外側の島を結ぶ直線基線(群島基線)を引くことができ,領海,排他的経済水域,大陸棚の幅等は群島基線から測定することができることとなっている。
      また,群島基線によって囲まれる水域(群島水域)には群島国家の主権が及ぶこととなっているが,通航に関しては,すべての国の船舶に無害通航の権利を認めるほか,群島国家が指定する航路帯,航空路等において継続的,迅速かつ妨げられることのない通過の目的のみのための通常の形態での通航及び上空飛行の権利(群島航路帯通航権)を認めている。

 エ 排他的経済水域

      沿岸国は,距岸200海里までの範囲の排他的経済水域を設定しうることとし,同水域において天然資源の探査,開発,保存及び管理の目的のための主権的権利,経済的な探査及び開発のための他の活動に関する主権的権利並びに人工島,施設,構築物の設置及び利用,海洋の科学的調査,海洋環境の保護に関する管轄権を有することが規定されている。
      また,排他的経済水域においては,当該沿岸国以外の国は,公海と同様,船舶通航及び上空飛行などの自由を有することとなっている。

 オ 大陸棚

      大陸棚は,「沿岸国の領海を超えてその領土の自然の延長をたどって大陸縁辺部の外縁まで延びている海面下の区域の海底及びその下,または,大陸縁辺部の外縁が領海基線から200海里の距離まで延びていない場合には,200海里までの海面下の区域の海底及びその下」と定義されている。ただし,大陸棚は,領海基線から350海里又は2,500メートル等深線から100海里を超えてはならないこととなっており,海嶺に関する制限も規定されている。
      沿岸国は,大陸棚を探査し,その天然資源を開発するための主権的権利を行使する旨を規定している。

 カ 公海

      基本的には33年の「公海条約」,「漁業及び公海の生物資源の保存条約」の考え方を踏襲しているが,排他的経済水域又は大陸棚における沿岸国法令違反の場合の追跡権の行使,麻薬又は向精神剤の不法な取引及び公海からの許可を得ていない放送の取締りなどに関し,新たな規定を設けている。

 キ 海洋環境の保護及び保全

      海洋における船舶起因の汚染,海洋投棄による汚染,陸上起因の汚染,大気を通ずる汚染,海底活動からの汚染及び深海底における活動に起因する汚染の防止についての国家の権利・義務を規定している。また,船舶の旗国が第一義的に海洋汚染防止に責任を持つという従来の制度・考え方に加え,沿岸国は,自国領海のみならず排他的経済水域においても,一定の条件の下に,汚染防止のための措置をとることができることとするとともに,外国船舶の入港国は,公海における当該船舶による汚染行為に対しても,自ら一定の措置をとることができることとしている。

 ク 海洋の科学的調査

      平和目的に沿った海洋の科学的調査の権利を国家及び国際機関に認めるとともに,海洋の科学的調査に関する国際協力の促進をうたっている。
      また,領海の科学的調査について,沿岸国の排他的権利を認めるとともに,排他的経済水域,大陸棚における科学的調査についても,沿岸国の同意を必要とすることとしている。

(3) 海洋法条約への対応

  海洋法条約は,海洋に関する包括的な条約であり,新しい海洋秩序の骨格をなすものである。我が国は,周囲を海に囲まれた海洋国家であり,必要資源の大部分を海外に依存する小資源国であって,本条約には極めて大きな影響を受けることとなる。特に運輸の分野においては,船舶通航,海洋開発,海洋環境の保全等の面で大きなかかわりを有しており,今後沿岸国権限の拡大という新たな情勢の下で,我が国の総合的な国益を十分に検討しつつ新海洋秩序の形成に適切に対処していく必要がある。
  船舶通航に関していえば,領海における無害通航権は従来から認められているが,新条約においては,無害通航と認められない行動及び沿岸国が法令を制定できる事項について具体的に規定されている。この中には,故意かつ重大な海洋の汚染行為も含まれており,沿岸国における大型タンカーの通航等に関する規制強化のための法令制定等の動きについて注意していく必要がある。また,国際海峡,群島水域の通航については,それぞれ通過通航権,群島航路帯通航権が認められることにより,我が国の物資輸送に重要な位置を占めているマラッカ,ロンボック海峡等の通航については,今後なお関係国の動向を見守る必要があるものの,ほぼ従来どおり確保される見通しである。
  一方,我が国は,その地理的特性から,新海洋秩序の下では極めて広大な海域において管轄権を行使することができる。このような状況の下で,資源やスペースの制約が顕在化しつつある今日,我が国としては,領海や国土面積の10倍を超える広大な200海里水域,大陸棚に対して,我が国の権利を有効に行使し,これらの海域における各種の資源を積極的に開発,利用していく必要性が高まっている。このため,海上保安体制の整備,海洋調査の充実,海洋利用技術の開発等に関する各種の施策を今後一層推進していくことが要請される。


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