2 自動車をめぐる国際問題への対応


(1) 自動車をめぐる国際環境と自動車の審査・検査問題の背景

  56年における我が国の乗用車の輸出入は,輸入3万3千台(55年4万3千台)に対して輸出が394万7千台(55年と同数)と,輸入1台に対して輸出が約120台の比率であり,この輸出入の比率は,この10年間を通じての一貫した基調である 〔2−2−24図〕。また,我が国の56年の乗用車総生産台数に占める輸出台数の割合は56.6%(55年56.1%)と,西ドイツ,フランスとほぼ同程度であるが,アメリカと比べてかなり高い数字となっている 〔2−2−25図〕。他方,輸入については,乗用車の我が国の新車登録台数に占める輸入車の割合は56年に1.1%(55年1.6%)であり,自動車生産国の中で新車登録に占める輸入車の割合が比較的低いアメリカの35.5%に比べても極めて小さいものとなっている 〔2−2−26図〕
  こうした我が国の乗用車輸出入の不均衡は,後述するように主として自動車の総合的な競争力の差によるものと思われるが,欧米各国では,我が国の乗用車の急速な輸出拡大による自国への影響を懸念し,イギリス,アメリカ等においては日本に対して輸出自粛を求めたり,フランス,イタリアにおいても日本に対する差別的輸入制限を行うなど保護貿易主義的な動きがみられる。
  我が国は,輸出の自粛を行うとともに,自動車の輸入について,完成車及び主要自動車部品の関税の撤廃等,様々な市場開放努力を重ねるとともに,自動車の審査・検査に関しては,後述の様々な改善措置を図ってきたが,欧米各国における乗用車の輸入台数との隔たりが依然として大きいことが,欧米自動車生産国,特にアメリカとの間で自動車の審査・検査に関する問題のくすぶり続ける背景となっている。

(2) 欧米との自動車問題協議の経緯

 ア アメリカ関係

      アメリカからは,自動車審査・検査に関し,50年に申入れがあり,51,52年と随時開催された日米自動車問題協議の場で検討が続けられてきた。54年末から56年初にかけては,輸出自粛のほか,対米投資,部品調達,部品関税等に関する協議の中で幅広い問題について検討が行われ,アメリカ側の不満と誤解は,日本側の改善措置と十分な説明により一応解消されることとなった。
      しかし,日米間の自動車輸出入台数の不均衡を背景としたアメリカの不満は,日本車の対米輸出自粛にもかかわらず,アメリカ車の輸入台数の激減をきっかけとして再燃し,56年10月には,安全・騒音に関する自己認証制度(self-certification)の採用を我が国に申し入れてきた。この制度は,主要自動車生産国ではアメリカのみが採用しているもので,自動車メーカーが国の審査・検査を受けることなく自由に販売できる制度である。このため政府は,市販車の抜取り試験等により安全性を事後的に確認するとともに,事故等により欠陥が判明した場合には,メーカーが事故に対する賠償及び自動車の回収(リコール)を行うことになっている。我が国の自動車安全公害対策の基本的な考え方は,国が自動車の使用前に安全性等を確認すること(事故の未然防止)にあり,自己認証制度は,この考え方と相容れないものである。なお,排出ガス規制については,アメリカでも事前に審査が行われている。
      この申入れの背景には,アメリカ国内での失業者の増加に加え,アメリカの貿易に対する基本的な考え方である相互主義の追求,即ち日本車は米国において排出ガス規制を除いて自由に輸入できるのに対して,アメリカ車は日本への輸出に際して安全・騒音の面についても審査・検査を受けなければならないことへの苛立ちがあるものと思われ,アメリカにおけるこの問題の深刻さを示しているといえよう。なお,我が国は,56年12月,57年3月の日米貿易小委員会,同年2月の日米スタンダード協議において,自己認証制度の採用を受け入れられない旨回答している。

 イ EC関係

      自動車の審査・検査手続の改善について,48年に西ドイツ,50年にイギリスからの申入れを受けて,両国との間で2国間協議が持たれた。51年以降は,原則として,年2回開催される日・ECハイレベル協議の場において,個別,具体的要望について検討が進められている。我が国としては,審査・検査手続について様々の改善措置を講じてきており,地道な相互理解と改善の努力を続けているところである。

(3) 市場開放への取組み

  56年央から,対日貿易収支の悪化を背景に,日本の規格,輸入,投資,サービス,産業政策等広範囲の問題について市場開放を求める動きがアメリカ,次いでECから起こり,同年10月以降経済対策閣僚会議を中心に政府をあげての取組が行われ 〔2−2−27表〕,同年12月には市場開放対策等の対外経済対策,57年1月にはいわゆる第1弾の市場開放対策として輸入検査手続等の改善,更に同年5月にはいわゆる第2弾の市場開放対策が決定された。自動車関係では 〔2−2−28表〕に示す項目が1月に決定され,逐次実施に移されている。これらの項目のうちの多くは,50年以降の欧米からの要望により引き続き実施中のものであるが,同決定を受けて少数台数取扱い制度の導入等,改善措置の拡大が図られることとなった。このほか,基準の適用についての製作年月日証明の受入れ(6か国)及びブラッセル,ニューヨークに開設した連絡窓口による照会の便宜を図っている。

(4) 自動車国際問題の今後の見通し

 ア 輸入車の不振とその原因

      自動車国際問題の今後の展開は,我が国における乗用車の輸入の動向に大きく左右されるものと思われるが,我が国が審査・検査の面において種々の措置を講じているにもかかわらず,乗用車の輸入台数は,アメリカ車が対前年比半減するなど,54年以降かつてないほどの落ち込みを示している 〔2−2−30図〕。自動車の審査・検査関係費については,アメリカ製乗用車の価格について分析した1979年9月のアメリカ会計検査院の報告によると,日本における販売価格の約4%であり,またこのうちの約8分の7が基準の相違による改造費用,残りの約8分の1が基準に適合していることを証明するための費用であるといわれており,むしろ審査・検査以外にこのような減少の原因を求めるのが妥当であろう。最近における輸入車の不振の原因としては,次のようなものが考えられる。
      我が国の乗用車市場は,国内に9社と世界的にみても相対的に多数の乗用車メーカーを抱え,熾烈な販売競争が行われている。更に,日本車の輸出自粛に伴い,競争が激化している状況にあるので,輸入車が国産車と現時点において対等に競争していくことは,特徴のある車種を除いて,容易でないものと考えられる。

      また,輸入車,特にアメリカ車の価格がインフレ,ドル高等を通じて一層割高となって,高級車を除く車種の購買意欲をそいでいること,ガソリン価格上昇に伴って,ユーザーの小型車志向,燃料節約志向が高まり,燃料経済性の劣る輸入大型車は敬遠されていること,輸入車ディーラーの輸入販売業からの相次ぐ撤退により,販売量の一層の減少を招いていることなどの環境要因が大きく影響しているものと考えられる。
      加えて,従来から指摘されていることであるが,例えば,輸入車はハンドル位置,車両サイズ等あるいは仕上り,装備等に関して日本市場,日本人の嗜好に合致しない点があること,アフターサービス,市場調査,商品企画等に関して相対的に企業努力が不十分であることなど,自動車メーカーにおける問題が考えられる。
      ちなみに,消費者の輸入品に対する意識を調査した結果によれば,603人中111人(18.4%)が輸入車の購入を考慮しており,輸入車に対する関心の高さを示しているものの,輸入品を買わない理由について回答した125人のうちでは, 〔2−2−31図〕に示すように,輸入車について価格が高すぎる,国産車が良い,アフターサービスが劣るなどがあげられている。

      しかし,このような不振の一方では,欧州自動車メーカーが我が国のディーラを100%子会社化するなどの積極策により57年10月現在で4,403台,対前年同期比145.6%と大幅に販売台数を伸ばしている例もあり,また,アメリカ車のうちにも,従来の国内仕様に加え外国の基準に配慮した輸出仕様を設定する動きもみられ,今後このような輸出努力がどのように結実するかに輸入車の台数の伸長がかかっている。

 イ 自動車問題協議の今後

      アメリカについては,一層拡大しつつある片貿易の現状や両国間の自動車に関する制度の相違を背景に,我が国の審査・検査が日本市場の閉鎖性の象徴であるとの一般的な認識がアメリカ国内において依然として続くものとみられる。つまり,自動車の審査・検査に関する問題の火種は,依然残っているといえ,感情的問題としてこじれかねない要素を有しているため,今後とも日本の自動車市場が開放されていることについて理解を広く求める努力を続けるとともに,根気強い対話により相互理解を深めていくべきであろう。なお,57年8月,9月と日米通商実務者協議で市場開放対策の実施状況のフォローアップが行われており,今後月1回を目途に同協議が行われる。
      ECについては,日・EC間の諸問題が57年5月からのガット協議に持ち込まれたものの,自動車については,これまでの諸措置がEC側に評価され,鎮静化している。このように,今後とも合理的で実施可能な欧米からの要望については,誠意をもって対応していくこととしている。

(5) 基準等の国際的調和活動への参加

  自動車は,欧米のいずれの国にとっても重要な貿易産品であり,国際的商品として自由に流通することが望まれており,そのためには,各国が国情に応じて定めている自動車の基準の統一化が必要となってきている 〔2−2−32表〕

  基準の国際的統一化は,長期間を要し,即効性を有するものではないが,基準の統一化が可能であれば,改造に要する負担を軽減することができ,審査・検査に係る摩擦の解消にもなる。なお,臨時行政調査会,経済対策閣僚会議等においても,市場開放対策として「国際規格,基準への合致に努めること」を掲げているところである。
  55年5月には,我が国においてもガット・スタンダード・コードが発効し,その目的とする「技術上の基準,それへの適合性を証明する認証制度及びその運用が不必要な貿易障害とならないよう内外無差別の原則と手続きの公開性を確保すること」が自動車の審査・検査に係る行政のうえで重要な課題となっている。同コードは,各国が基準を制定する場合において,国際基準への準拠を求めているが,国際的に統一された自動車に係る基準がない現時点において,基準等の国際的統一化に中心的役割を果たせる機関は,安全・公害等に係る基準・認証制度について欧州内統一規則の作成を行っている国連欧州経済委員会自動車安全公害専門家会議(ECE・WP29)である。WP29には,欧州諸国,アメリカ,オーストラリア,日本等主要自動車生産国が参加している。我が国は,52年からWP29に毎回出席し,規則作成の動向を把握するとともに,各国と情報交換を行ってきたが,WP29における基準等の調和活動は,ガット.スタンダード・コードの各国における批准に伴い活発化しており,ECE規則は,実質上の国際基準としての位置を固めつつある。
  WP29では,現在,特別作業部会等において欧米間の統一基準の作成作業が進められており,特にブレーキ,灯火器,衝突時乗員保護等の分野の作業は大きな進展をみている。我が国は,57年2月からブレーキ特別作業部会において,日米欧統一基準案の作成を行うなど,逐時,積極的な参加分野を広げていくこととしており,今後は,基準案への意見提出,技術データ提供等を行い,我が国の意見を十分に反映させながら,基準等の国際的統一化を推進することにより,摩擦の解消に寄与し,併せて世界一の自動車生産国としての国際的役割を果たす必要がある。また,今後の我が国の規則作成に当たっては,従来以上にECE規則との整合に留意することが必要となってきている。
  更に,実験安全車(ESV)会議,国際自動車検査会議(CITA),国際自動車燃費研究会議等を通じ,国際的な協調と役割分担を果たす必要がある。57年11月には京都で第9回ESV会議が開かれ,各国の自動車安全研究関係者が一同に会し,研究成果,行政施策等について意見交換が行われた。


表紙へ戻る 目次へ戻る 前へ戻る