2 技術開発の状況


  上述のように運輸に係る技術分野は幅広く,また,研究開発に対する社会的要請も多いが,以下,現在実施されている研究開発を中心に記述することとする。

(1) 先端技術を利用した交通機関の開発

 (進む高信頼度知能化船等の研究開発)
  海運のニーズに即応した優秀な船舶を安定的に供給するとともに,内外の厳しい環境を克服し造船業を活性化するためには,積極的な造船技術開発の総合的かつ効率的な推進が極めて重要である。
  57年8月,運輸技術審議会は今後開発すべき重要技術課題として「高信頼度知能化船」及び「造船のロボット化技術」を取り上げ,それを受けて運輸省では「高信頼度知能化船研究開発推進委員会」を設置する等産学官の総力を結集し,5か年計画の研究開発を鋭意進めている。これらの研究開発は,エレクトロニクス,新素材等の先端技術を積極的に取り入れ,船舶技術及び生産技術両面の抜本的な高度化を進めようとするものであり,高信頼度舶用推進プラント技術研究組合(58年9月設立),(社)日本造船研究協会を中心に実施されている。
  「高信頼度知能化船」は,信頼性を飛躍的に向上させた「高信頼度プラント」及び海陸一体化と知能化による「高度自動運航システム」の開発により運航経済性の抜本的向上をめざすもので,これまでの基礎的検討・実験等の成果を踏まえて,試作システムの設計,本格的な評価試験等を進めている。一方,造舶のロボット化技術の研究開発は,労働集約型産業である造船業の生産工程を大幅に省力化し生産性の向上を図ろうとするものであるが,可搬式溶接ロボット等既に造船現場において実用に供されているものもあり,今後の開発成果に大きな期待が寄せられている。
  また,60年度からは,飛躍的な省エネルギーを図るとともに新しいニーズに対応した次世代船舶の開発を進めるため,超伝導技術等先端技術を活用した船舶の推進性能の飛躍的向上のための調査研究に着手した。
 (原子力船の研究開発)
  原子力船「むつ」の研究開発及び経済性・信頼性に優れた舶用原子炉の研究開発について,日本原子力研究所(従来から原子力船の研究開発を実施してきた日本原子力船研究開発事業団を60年3月に統合)が,内閣総理大臣及び運輸大臣が定めた基本計画に基づいて実施している。
 (先端技術に取り組む超電導磁気浮上方式鉄道等)
  37年度から開発が進められている国鉄の超電導磁気浮上方式鉄道開発も先端技術を利用した技術開発の一つであり,運輸省としても54年度から補助金を交付している。現在は,宮崎実験線において3両連結走行実験及び時速約300kmでの有人走行実験を進めている。
  さらに,60年度は,高速走行のための電力供給設備の開発,超電導磁石の高性能化等を引き続き進めることとしている。
  また,常電導磁気浮上方式鉄道については,日本航空が中心となって開発を進めており,60年度に,筑波科学技術博覧会において,時速30kmのデモンストレーション走行が実施された。
 (衛星を用いた航行援助実験)
  将来の航空交通管制,船舶の測位,捜索救難の飛躍的改善を図るため,衛星を利用した通信・測位技術等の開発をめざして,62年度に打ち上げられるETS-V衛星(技術試験衛星V号)を用いた航行援助実験の計画を進めている。この研究は,運輸省,郵政省,科学技術庁(宇宙開発事業団)の共同研究として実施されているが,その中で運輸省電子航法研究所は,本計画の中枢をなす衛星搭載用中継器の開発を58年度から60年度にかけて行うとともに,地上局設備,航空機搭載装置の開発を60年度から61年度にかけて行うこととしている。

(2) 低コスト輸送の推進

 (建設コストの低減,海洋空間の高度利用に資する港湾技術)
  港湾施設の建設は,従来,技術的,経済的に立地が容易な海域から進められてきたことから,今日では残されたより厳しい工事条件の海域で進める必要に迫られ,港湾の立地条件の苛酷化が急速に進んでいる。このため建設コストが急激に増大しており,近年の財政事情による予算の制約等と相まって建設コストの低減が大きな課題となっている。このようなことから,港湾建設技術の開発については,大水深,大波浪等の苛酷な立地条件に対処するとともに,経済的な施設の建設を可能とするべく進めている。
  59年度においては,新しい設計の考え方により,在来工法に比べて2〜3割建設コストを低減することが見込まれるマルチセルラー式防波堤,軟弱地盤着底式防波堤の現地実証実験を実施している。また,大水深等において安全かっ効率的に水中調査を実施するため,水中調査ロボットの開発を進めており,59年度においては陸上試験のための歩行ロボットを完成し,制御システムの開発を進めるとともに,60年度には水中環境に対応するための防水技術等の研究開発を進め,61年度には水中における実験を行うための試作機を完成させる予定である。
  海洋エネルギーの利用については,防波堤を利用した波力発電等の研究を進めており,この成果を踏まえて60年度から波エネルギー利用の実現に向けて,総合的な利用システムの検討に着手することとしている。
  このような技術開発のほか,近年社会的に大きな問題となっている鋼材腐食,コンクリートの劣化,地震時の地盤の液状化問題等にも取り組んでいる。
 (リニアモータ駆動小型地下鉄の開発)
  最近民間で開発が進められているリニアモータ駆動小型地下鉄は,トンネルの小断面化,急勾配・急曲線走行,低公害性に優れており,実用化の一歩手前まできている 〔1−4−1図〕
  そこで,運輸省は緊急課題である地下鉄建設費の低減化を図るために,60年度から3か年計画で「地下鉄の低コスト化に関する研究開発(リニアモータ駆動小型地下鉄の実用化研究)」を実施することとし,そのため産学官による総合研究会を設置した。

 (省エネルギー帆船技術の普及)
  運輸部門において,省エネルギー,石油代替エネルギー対策を推進するため,53年度から風力エネルギーを利用する近代帆装商船の技術開発が進められており,59年度からは帆走装置が省エネルギー設備の特別償却(初年度18%)の対象に認められ,近代帆装商船の普及に寄与している。これまで11隻(60年10月現在)が建造されているが,59年末には,世界初の外航用の帆船が就航しており,従来の省エネ船に比べ,一層の燃料節約が可能となっている。

(3) 安全の確保,公害の防止

 (開発進む自動車の安全,公害防止,省エネルギー技術)
  自動車の安全性については,最近における道路交通環境の変化等に対応し,@高速化対策,Aトラックの安全対策,B火災防止対策を重点に研究開発が進められている。また,超音波電子制御サスペンション等にみられるように自動車のエレクトロニクス化が種々の部位において進展している。
  自動車の公害防止については,排気ガス・騒音の規制強化に対応するための研究開発が進められている。一方,省エネルギーについても自動車の安全,公害防止を両立させつつ,エネルギー消費効率を更に向上すべく研究開発が進められている。
 (有害液体物質検知システムの開発)
  「海洋汚染及び海上災害の防止に関する法律」の改正に伴い,近く,新たに排出規制の対象となる有害液体物質について,海洋に排出された場合の検知手法を確立するため,58年度から3年計画で有害液体物質を自動的に検出し採取する検知システム及びその物質を特定するための分析手法の開発に関する研究を行っている。59年度は電気伝導度検出器,紫外線検出器等を装備した検知システムの試作を行った。
 (安全運航をめざす航空技術)
  航空部門においては,航空機の安全かっ効率的な運航に資するため,国際民間航空機関(ICAO)等と国際的協調を図りつつ,電子航法研究所において,高精度で曲線進入等各種の進入コースがとれるマイクロ波着陸装置(MLS)の試作評価,改良型2次監視レーダー(SSRモードS)を用いた航空機衝突防止装置,高性能の操縦室用音声記録装置等の開発を進めるとともに,航空路用管制卓の性能向上等の現用システムの改善,航空管制方式の改善等の研究開発を行っている。
  また,航空管制の情報処理化を一層進展させるため,管制情報処理システムに用いる各種のソフトウェア開発を行っている。
  さらに,交通安全公害研究所において,設定仰角の異なる4つの灯器ユニットの灯光により,視覚進入角情報を与える精密進入角指示灯(PAPI)の研究を進めてきているが,59年度には運航評価試験を実施し,その有効性を確認した。

(4) 気象,海象,地象の観測,予知・予報精度の向上

  近年,地震予知,気候変動対策,長期予報精度向上等の研究開発が要請されてきており,気象庁では天気予報精度向上のための研究等のほか,次のような技術開発を推進している。
 (実用化をめざす地震予知技術)
  直下型地震の監視,予知の実用化に必要な技術を開発するため,59年度から5か年計画で「直下型地震予知の実用化に関する総合研究」を進めている。59年度には前兆現象資料の収集・分析による異常現象の評価手法の開発や特異地点を検出・評価するための機器の整備と観測を行った。
 (気候変動の解明等をめざす研究)
  異常気象・気候変動の機構解明及び長期予報精度向上を図るために,大気大循環,海洋大循環のシミュレーションモデルの開発等を進めてきている。この研究には大規模な数値計算が不可欠であることから,60年度には気象研究所にスーパーコンピューターを導入することとしている。
  また,気候形成・変動の重要な要素である雲と放射の特性の観測手法を開発するため,59年度から3か年計画で「雲及び放射の総合的観測手法の研究」を進めている。59年度には雲粒子ゾンデシステムや航空機搭載の各種観測システムの開発に着手した。
  56年度から5か年計画で進めている「中層大気の研究」では,これまで中層大気の組成,日射,放射等の観測及び数値モデルによるシミュレーション等を実施してきたが,今後これまでの観測結果等を整理・解析し,成果の取りまとめを行うこととしている。


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