3 健全な事業体への再生をめざして


 -国鉄問題への取組みの視点-

      国鉄改革の基本理念は前述のとおりであるが,この事業に取り組むに当たって特に重要と思われる点を取りあげれば,次のとおりである。
      まず第1に,改革は今やらなければならないということである。交通体系における鉄道に期待される役割は大きいが,このまま放置すれば国鉄の債務は増大し,円滑な鉄道事業の遂行すら危うくなる可能性が強い。そして,従来の再建策の延長上で解決策が期待できないことは,過去の経験からみて明らかである。今日この改革を実施することこそ国鉄を再生させる唯一の道であり,またそれが結果的に国民負担を最小にすることになるものといえよう。
      第2は,今回の改革のねらいが,今の国鉄の事業を,自主的な経営努力によって将来にわたって健全な活力ある運営を続けていくことができる姿に再生させることにあるということである。そして,そのねらいを達成するためには,分割・民営化を行うことがどうしても必要であるということである。
      国鉄の事業が将来とも国民の期待に応え,我が国の交通体系の中で適切な役割を果たし続けていくためには,何よりも大量の輸送を高速でかつ定時に行うことができるという鉄道本来の優れた特性を最大限に発揮し,また,市場環境の変化に敏感に反応して需要の実態及び地域の交通の事情にあったサービスを提供し,さらには逆に需要に働きかけ,宅地開発や観光開発などを通じて地域の発展に寄与し,自ら需要を生み出していくといった経営努力が必要であると考えられる。しかし,今の国鉄の公社制度及び巨大組織による全国一元的運営という経営形態の下では,制度に内在する問題としてこうした経営努力を十分尽くすことが極めて困難である。すなわち,公社制度には,@外部からの干渉を避け難く,A経営の自主性がほとんど失われているため経営責任が不明確になっていることのほか,B労使関係が不正常なものとなりがちであること,さらに,C私鉄とは異なり事業範囲に制約があり,多角的弾力的な事業活動が困難となっていることという問題がある。また,巨大組織による全国一元的運営については,@適切な経営管理が行われ難いこと,A事業の運営が地域の実情から遊離して画一的に行われがちなこと,B全国一体の収支管理が行われるため,各地域や旅客,貨物など各事業部門の間に不合理な依存関係が生じやすく,経営の効率化が阻害されること,C同種企業間における競争意識が働かないものとなっているという問題が内在している。このため,前述のねらいを達成するにはこの経営形態にメスを入れることがどうしても必要となる。すなわち,分割・民営化という施策を,改革の基本とする必要があるのである。
      したがって,分割・民営化は,国鉄事業の再生というねらいと一体としてとらえる必要がある。分割・民営化後の新事業体の長期債務等の負担は,最大限の効率的経営を前提に当面収支が均衡し,かつ,将来にわたって健全な経営ができる限度とし,また,経営環境の厳しい北海道,四国,九州の旅客鉄道会社については,長期債務を負わせず,かつ,必要な基金を設定するとしているが,これもまさしくこうしたねらいを達成するために必要な措置であるからであり,逆にこのようなねらいが達成されてこそ,分割・民営化という思い切った施策を講ずる意義があると言うことができよう。また,この考え方からすれば「分割・民営化」は決して不採算路線の切捨て論ではない。逆に一このような措置を通じて経営が効率化,活性化され,地域の実情に即した運営が行われることにより,より多くの鉄道が再生されることをねらいとしているのである。
      さらに,この改革を生かすためには,分割・民営化に伴って利用者に大きな負担を負わせることはできる限り避けるべきであることは当然である。この観点から,分割は,できるだけ旅客の流動に沿った自然な形で行うこととし,会社間をまたがる旅客が全体の数パーセント程度に止まるようにすることとしている。また,こうした会社間をまたがる旅客についても,運賃制度の工夫や,列車の相互乗入などの手当てを行い,改革に伴う利用者の運賃負担の増大を防ぎ,また,乗換えの増加といったことのないよう措置することとしている。
      第3の点は,今の国鉄を改革し,前述のねらいを実現するためには,過去の累積債務や将来の潜在債務というべきものをすべて新事業体に負担させることは不可能であり,これらを何らかの形で別途処理しなくてはならないということである。
      これについては,可能な限りの手段を尽くしその処理に努めることとし,なお残るものについてはその返済を完了し得るよう政府において対処することとなるが,最終的に国民に負担を求めざるを得ないと考えられる。このため,こうした国民の負担を伴うものであるということを認識し,新事業体にはできる限りの経営努力が必要であり,また,それを前提とした債務負担が求められる。さらに,現在の国鉄が所有する用地からできる限り多くの売却可能用地を生み出すなど自主財源を可能な限り確保して長期債務等の処理財源に充当することが必要である。そして,このような自助努力を尽くすことによって,はじめてこうした負担についての国民の理解を得ることが可能となろう。
      特定地方交通線を除きほぼ現在の事業規模をそのまま承継した新事業体の要員の適正規模は,私鉄並みの効率的経営を前提として試算すると,現経営改善計画の中で進められてきた合理化施策の目標とする61年度首の所要定員の予測値(約25万人)を更に数万人下回ると見込まれる。
      経営の効率化のため,こうした要員の合理化を達成することが必要であり,62年4月1日の改革に向けて現在の合理化施策を更に一層深度化させることが,国民の理解を得て改革を実現する上で必要不可欠の課題であるということができよう。
      第4は,この経営効率化の過程で生じる数万人にも及ぶ国鉄余剰人員の適切な処遇を考えなければならないということである。
      この余剰人員問題は現に働いている職員に関するものであり,極めて深刻な面を有している。しかし,前述のとおり,国鉄改革を進める上で避けて通ることのできないものであり,また,その解決を延ばすことも極めてひっ迫した国鉄経営の現状からは困難である。
      この余剰人員に対しては,経営形態変更前に約2万人の希望退職を募り,変更後においては,3年間「旧国鉄」において再就職促進措置を講じることとしているが,その円滑な実施のため,何よりも国鉄自身が適切な雇用の場の確保に労使協力し,全力を挙げるとともに,政府としても最大限の支援措置を講じなくてはならない。また,同時に対象となる余剰人員の数が極めて膨大であるだけに一般産業界に対してもできる限りの協力を要請していく必要がある。
      国鉄改革には,前述のごとく,積年の弊を除くために抜本的な施策の実施が必要となるが,極めてひっ迫した国鉄経営の状況にかんがみ,諸々の困難を乗り越えて一日も早くこれを成し遂げなければならない。
      運輸省としては,上記の観点を踏まえ,真に国民の足として交通体系におけるその役割を十分に発揮できるよう国鉄事業を再生させるため,全力を挙げて取り組む決意である。
      同時に,この改革の達成には利用者,国民の理解と協力が必要不可欠である。今次改革の意義を認識し,国鉄事業に新たな活力を与えて国民の期待に十分応えていける姿に再生し,次の世代へ引き継ぐために,改革の推進に幅広い支援が得られることを強く望むものである。

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