3 未来への挑戦


(1) 運輸技術の開発

  運輸技術の開発は,様々な分野で活発に行われており,こうした技術開発の成果が実用化されている21世紀の我が国の経済活動は,大きく変化しているものと思われる。
  例えば,鉄道について見ると,リニアモーターカー(磁気浮上式鉄道)の実用化は,我が国の経済・社会構造に大きな変革をもたらすことになろう。
  明治22年に東京と大阪の間の鉄道が全通したとき,この間の移動には22時間を要した。しかし,現在,新幹線を利用すれば,3時間たらずで移動することができ,我が国の一日行動圏は飛躍的に拡大している。この結果,経済活動の面では,東京と大阪の間は日帰り出張が可能な距離となり,また,社会活動の面では,新幹線を利用して,東京から100km以上離れた住宅から通勤・通学する人も現れている。このように,新幹線の出現は,我が国の経済活動を大きく変えてきた。
  こうした変化は,仮にリニアモーターカーにより,東京と大阪の間が1時間程度で結ばれれば,さらに顕著なものとなろう。東京と大阪の2大都市にはさまれた都市では,副都心的機能の集積が進み,また,通勤圏の飛躍的な拡大により,土地問題の解決にも,大きく役立つと思われる。
  そして,海上交通や航空交通の分野においても,我々の社会に大きな変化をもたらす技術開発が行われている。海上交通の分野では,より高速で経済的な運航を可能とする新しい船型の船舶の研究が検討されており,この船舶を利用すれば,新しい海上物流網や産業構造の形成が可能となろう。また,航空交通の分野では,最近の高性能の電子技術を利用して,新しい着陸システムやニアミス防止システムの開発が進んでおり,こうしたシステムが世界的に導入されている21世紀の航空の安全性は飛躍的に向上していよう。
  さらに,21世紀の交通機関に大きな影響を及ぼすことが予想されるものが,衛星の利用技術である。衛星利用は,既に,気象観測にあっては,不可欠なものとなっているが,今後,衛星通信の利用により,交通機関の安全性の飛躍的向上が期待されるほか,交通機関が移動手段として利用されるだけでなく,様々な通信手段により本社や支社と連携したオフィスとしての利用も可能となろう。
  このように,現在の運輸技術の開発の成果が,21世紀の我が国の経済・社会活動の多方面にわたって,新たな可能性を開拓することが期待されている。
  運輸省は,こうした期待に応えるため,付属の研究機関で自ら研究を進めるとともに,補助金による民間の研究開発に対する支援,産学官の共同研究の実施など,多角的な技術開発を行っている。
  以下では,21世紀に実用化が期待される技術開発の事例を紹介する。

 (ア) 磁気浮上式鉄道の開発

      先にも述べたように高速鉄道の開発は,我が国の幹線交通に大きな変革をもたらし,大都市の土地問題を抜本的に解決する可能性をもっている。このため,磁気浮上式鉄道の早期実用化に対する期待が高まっている。

 (a) 超電導磁気浮上式鉄道の開発

      39年に国鉄が開発を始めた超電導磁気浮上式鉄道については,超高速,低公害等の性格を有する都市間大量輸送機関として,(財)鉄道総合技術研究所において開発が続けられており,運輸省はその開発費の一部について補助を行っている。
      この方式は,車上の超電導磁石と地上のコイルとの反発力を用いて浮上するとともに,地上からの制御により,リニアモーターを用いて推進する構造となっている。
      54年には,無人の実験車両で517km/hを達成し,また,62年には有人の実験車両で400km/hを達成するなどの実験成果をあげてきている。
      こうした実験成果を受けて,62年度においては,62年3月に完成した将来の営業用車両の原形車を用いた走行実験を宮崎実験線において行っており,63年6月には無人走行で最高速度374.8km/hを記録している。今後,50km程度の短距離システムを実用化するためには,建設運営コストの見極め,機器の安定性の確認,異常時における安全対策の検討等残された技術的課題の解決が必要であり,これらの課題解決のために走行試験等の積み重ねを行っていく必要がある。また,62年度より,長距離システムへの対応として,複数変電所間を円滑に走行するために必要な変電所渡り制御装置や,追い越しを可能とするための超高速で通過可能な分岐装置の技術開発を行っている。
      運輸省においても,これらの技術開発の進捗状況を考慮しつつ,63年度より2年間の予定で,実用化に向けた今後の技術開発の進め方の検討と合わせて,新しい実験線に関する調査を実施している。

 (b) 常電導磁気浮上式鉄道の開発

      常電導磁気浮上式鉄道については,49年より日本航空によって研究が開始されたHSST(High Speed Surfase Transport)があり,超電導方式のものと同様の特性を有する鉄道として,現在,(株)エイチ・エス・エス・ティで開発が続けられている。この方式は,56年に運輸技術審議会が開発指針を建議したものであり,浮上に電磁石の吸引力を利用するとともに,車上制御によるリニアモーターを用いて推進する構造となっている。HSSTの場合,目標速度が300km/hと比較的低いことや,技術的にも超電導技術のような先端技術を必要としない分だけ実現性は高いと考えられるが,現時点では,300km/h走行のものについては実績もほとんどなく,鉄道システムとしての実現までには一部の技術開発や実証試験等も残されている。ただ低速のものについては,現在までに博覧会等においてデモンストレーション走行が行われており,64年度には横浜博において最高速度60km/hで半年間の鉄道事業が行われる予定となっている。

 (イ) 高速道路における追突事故防止に関する研究

      63年度に入り交通事故が著しく増加する傾向にあるが,その原因の一つに自動車乗車中の事故の増加があるため,より安全性の高い自動車の開発が求められている。
      また,こうした安全性の高い自動車の開発は,今後の高齢化社会のなかで,高齢者のモビリティを確保するためにも重要である。こうした要請に応える技術の一つとして,自動車の追突事故防止システムの研究を進めている。
      高速道路における大型トラックの追突事故は,重大な損害を発生する危険性がある。このため,レーザーレーダーを用いて前方の車両との車間距離を刻々測定し,これを運転席に表示すると同時に,これと自車速度に基づいて装置内のコンピュータが車間距離が適当であるかを判断し,不適当な場合に追突防止の警告を発する追突防止警報装置の開発が進められている。

 (ウ) 造船技術開発の促進

      かつて,超大型船舶の出現が臨海型の重工業を発展させ,世界的な産業構造の変革をもたらしたように,次世代を担う船舶の開発は新たな物流構造や産業構造の展開をもたらす。そして,こうした変化は,新たな造船需要をもたらし,造船業,海運業の活性化を促進することが期待される。こうした観点から,63年8月の海運造船合理化審議会造船対策部会の答申の補足意見でも指摘されたように,次世代を担う新しい船舶の技術開発を強力に推進していく必要がある。

 (a) 高信頼度知能化船等の開発

      57年8月,運輸技術審議会は,今後開発すべき重要技術課題として「船舶の知能化・高信頼度化技術」を取り上げ,それを受けて運輸省では,産官学の共同により研究開発を進めてきている。
      「船舶の知能化・高信頼度化技術」は,信頼性を飛躍的に向上させた「高信頼度プラント」及び気象・海象情報の提供等の陸上支援による海陸一体化と,知能化による「高度自動運航システム」の開発により運航の経済性の抜本的な向上をめざすものである。これまでに実施した基礎実験等に続き,「高信頼度プラント」については,テストエンジンによる検証試験が実施されており,「高度自動運航システム」については,研究成果の検証・改良を行うために総合シュミレーションが実施されている。
      また,最近のコンピュータ,情報関連技術等先端基盤技術の革新に対応して,船舶に関する製品技術及び生産技術を高度に情報化,自動化するなど,新世代造船技術の研究に積極的に取り組むこととしている。

 (b) 新たな造船技術の開発

      近年,技術革新の著しい超電導等先端技術は,造船技術の分野にも大いに活用される可能性がある。例えば,推進効率の優れた船舶を開発するため,超電導技術を利用して海水中に電流を流し,船体周りの流れを積極的に制御する調査研究を行っている。また,超電導技術を推進力として利用した電磁推進船の研究も行われている。
      また,原子力船については,国が定めた基本計画に基づき,日本原子力研究所において,原子力船「むつ」による研究開発を実施しており,さらに,「むつ」による研究の成果を取り入れて,経済性,信頼性等の向上をめざした舶用炉の研究を実施している。

 (エ) 人工衛星の開発利用

      先にも述べたように人工衛星の利用は,気象観測の分野にとどまらず交通機関の安全性と利便性を飛躍的に向上させる可能性があり,様々な利用が進められるものと予想される。

 (a) 気象衛星による観測手法の研究

      静止気象衛星「ひまわり」は,東経140度の赤道上空で運用され,気象現象の監視,台風等による災害の防止・軽減に活躍している。「ひまわり」の資料は,我が国のみならず,アジア・オセアニアの24か国・領域で活用され,各国の天気予報の精度の向上に多大の貢献をしており,今後とも,この安定的な運用が望まれている。このため,64年度には現在の「ひまわり」と同型の静止気象衛星4号(GMS-4)を打ち上げる予定であり,さらに,63年度から,68年度に打ち上げる計画である静止気象衛星5号(GMS-5)の技術開発に着手した。また,気象庁では,予報にかかせない海面水温や雲の高さ等の測定精度の向上を図るため,新しいデータ処理方法の開発を行っている。

 (b) 衛星を用いた航行援助実験

      洋上を飛行する航空機は,安定している超短波帯の管制通信及び航空路監視レーダーの覆域外にあるため,短波通信を用い,パイロットからの位置通報を基に管制を行っている。しかし,この短波通信は不安定かっ容量が少なく,増大を続ける国際航空交通を安全かつ適切に管制していくためには,通信手段等を抜本的に改善する必要がある。これに対処するため,航空衛星システムが検討されている。
      航空衛星の利用により,地上の管制機関と洋上を飛行中の航空機との間の通信が大幅に改善されるとともに,航空機の位置を地上で直接把握できるようになり,洋上飛行の安定性及び管制処理能力の飛躍的向上が期待される。
      我が国では,電子航法研究所を中心として,62年8月に打ち上げられた技術試験衛星「きく5号」 〔1−3−14図〕を用いて,航空機に対する通信・測位・監視技術の開発を目的として航行援助実験を行っている。この実験は最新の技術を取り入れた本格的実験であることから,国際的に注目を集めており,実験成果を国際民間航空機関(ICAO)等の場で積極的に公表し,国際的技術基準の作成に貢献するとともに,将来の航空衛星導入に備えて技術の蓄積を図ることとしている。

 (c) 衛星を用いた海上における捜索救助システムの導入

      現在,国際海事機関(IMO)は,衛星通信技術を利用して,船舶の遭難時における救難信号を捜索救助機関に伝えるシステムを,67年から世界的に導入することが見込まれている。このシステムは,海難船舶に対し迅速な救助活動を可能とするなど,海難時における人命救助にとって画期的なシステムであり,海上保安庁では同システムに対応した地上局の整備のための調査を,63年度から実施している。

 (d) 衛星を用いた海洋観測の推進

      海上保安庁では,我が国の管轄海域の確定のために,海図上の本土及び離島の位置を世界測地系で表示しておく必要があり,世界測地系に基づく本土の位置関係を高精度で求めるために,57年から米国の測地衛星「ラジオス」,また,61年から国産測地衛星「あじさい」を利用した観測を行うなど,人工衛星を利用した測地観測を推進している。なお,「あじさい」を利用した観測では,本土と離島間の距離を4ミリメートルの精度で測定できることが62年度の観測で実証されたところである。

 (e) 多目的な衛星システムの開発

      以上のように,運輸行政においては,気象・海象の観測,測地,船舶・航空機の捜索救助,航空管制等の分野で人工衛星利用の重要性が増大しており,一方,民間においても,船舶・航空機の安全で効率的な運航管理,移動体通信を利用した輸送サービスの高度化等の面で,人工衛星による通信・測位機能を活用しようとする動きが高まっている。
      このような背景の下,運輸省では,63年度から,気象観測等運輸に関する様々な衛星利用ニーズを効率的かつ経済的に満たすため,大型で多目的な機能を有する衛星システムに関する調査研究に着手した。

 (オ) 海洋開発利用技術の開発

      利用可能な平地が限られている我が国にとっては,海洋利用が特に重要である。海洋の利用により,24時間空港の建設が初めて可能となり,さらに,今後は,工場やホテルなども海洋に設置されていくものと思われる。そして,こうした海洋利用が進めば地価の高騰など陸上の土地問題の緩和にも寄与するものと考えられる。

 (a) 海洋建造物の沖合展開のための開発研究

      近年,海洋スペースの利用に対する需要は著しく増大してきており,今後の海洋利用は沿岸部のみならず,より沖合に場を求める必要があるが,沖合の大水深域という厳しい環境において大規模な海洋構造物を建設するためには革新的な技術が必要である。
      このため,これまで開発されてきた要素技術を集大成した実物大模型による実証実験を行い,安全性,信頼性を確認し,その成果を海洋構造物の設計,施工技術の確立のために活用することとし,61年度から「海洋建造物の沖合展開のための開発研究」を進めている。
      このうち,浮遊式海洋建造物については,船舶技術研究所等において実物大模型「ポセイドン」 〔1−3−15図〕を山形県沖の日本海に浮かべて実海域実験を実施しており,着底式海洋建造物については,港湾技術研究所等において今後の実海域実験に向けて室内模型実験等を実施している。

 (b) 港湾技術の開発

      近年,港湾の建設は,大水深,高波浪,超軟弱地盤という過酷な条件となっており,また,港湾施設に対し景観,快適性等多様な要請もあるため,これらに対処する技術や,建設コストの低減,沖合人工島や外海を内湾のように静かな海にして利用する静穏化海域構想の実現等のための革新的な技術開発が求められている。
      こうした要請に応えるため,港湾技術研究所等において種々の技術開発を行っており,62年度には,軟弱地盤で地盤改良の必要がなく,防波堤の底面の粘着力で波力に抵抗し防波堤の重量を軽減することのできる軟弱地盤着底式防波堤等の現地実証実験を終了した。この軟弱地盤着底式防波堤は,既に63年から熊本港で実用化されている。
      また,大水深で建設される防波堤においては,その建設コストに占める消波機能の割合が高くなってきている。このため,波のエネ
     ルギーを防波堤前面に設けた空気室において空気の流れに変換することにより,波力及び反射率を低減させ,この変換したエネルギーを用いて発電もできる経済的な波エネルギー吸収型防波堤 〔1−3−16図〕の現地実証実験を63年度から酒田港で行っている。

      さらに,防波堤等の港湾建造物の建設海域が数10メートルと大水深化し,従来の潜水士による建造物の施工状況の確認等各種の調査は困難になってきている。こうした作業を自動化するため,海底を歩行しながら各種の調査を行う水中調査ロボット 〔1−3−17図〕の開発を行っており,62年度に実海域実験を行った。63年度には,実用化に向け,64年2月に工事区域において実海域実験を行う。

 (カ) 航空機の安全運航のための技術の開発

      羽田,成田,関西のいわゆる3大プロジェクトの進展や地方空港等の整備等により,増大し多様化する航空交通の安全を確保するため,各種の航空保安システムの開発を進めているところであるが,特に,従来の一つの進入コースしか持たないILS(計器着陸システム)に比べて,様々な機種の航空機に適した,また,空港周辺の状況に応じた多くの進入コースの選択が可能な21世紀の航空機着陸誘導システムであるMLS(マイクロ波着陸システム),及び,航空機間のデータ通信により衝突の危険性を警告し回避するCAS(航空機衝突防止システム)等の新しい航空保安システムの開発・実験を重点的に推進している。

 (キ) 地震予知・気象予報技術の開発

      我が国の国土は,風水害や地震などによる災害を受けやすい特性を持っている。こうした災害から我々の生活や経済活動を守っていくためには,災害発生の予知を的確に行い災害を未然に防いでいく必要がある。このため,地震の予知技術や気象予報の精度を向上させていく技術開発が必要である。

 (a) 地震予知技術の開発

      気象庁では,直下型地震の前兆現象に関する知識を集積し,客観的な前兆現象判定手法を開発するため,「直下型地震予知の実用化に関する総合的研究」を59年度から5か年計画で進めており,63年度も前年度に引き続き,前兆現象の評価判定の研究,地殻の歪みの異状検出方法の開発,機動観測システムの研究を進めている。

 (b) 気候変動の解明

      気象庁では,62年5月より気象研究所に気候研究部を設置し,異常気象・気候変動の解明及び長期予報精度向上を図るために,スーパーコンピュータを利用した地球規模の気候モデルの開発等を引き続き進めている。62年度からは4か年計画で,異常気象・気候変動に密接に関係する雲の役割を解析し,それをモデル化する「雲の放射過程に関する実験観測及びモデル化の研究」を実施している。

(2) 情報化への対応

  経済のソフト化・国際化,所得水準の向上,余暇時間の増大,地域振興の必要性の高まり等の経済社会の変化が進展し,また,小型高性能コンピュータの開発,パソコンの家庭への普及など情報伝達手段が高度化・多様化する中で,現在,情報システムを活用して様々な運輸関係サービスが展開されている。
  今後とも利用者ニーズの高度化・多様化に対応し,あるいは先取りする形で種々のサービスが展開されようとしているが,これら情報システムの利点を活用した運輸関係サービスの展開は,利用者の利便を増進し,生活にゆとりや豊かさをもたらすものとして,人々に大きな夢を与えるものである。

 (ア) 運輸関係サービスの展開

 (a) サービス享受の容易化

     (どこからでも予約サービスを受けられる)
      情報入手・伝達の即時化,容易化が進み,輸送サービスの予約・享受は大変容易になってきている。例えば,旅行,出張の際の交通機関,宿泊施設の予約は,従来,駅の旅行センター,旅行業者の窓口等で行うのが通常であったが,最近では,交通ターミナルはもとより,企業,家庭に置かれたビデオテックス,パソコン等を通じて空席・空室状況を見ながら予約を行えるようになってきている。さらに,航空会社の予約システムにおいては,パソコンを通じて,座席予約に加え,内外の観光情報やレストラン・ショッピング情報の入手,コンサート,ミュージカル等のイベント・チケットの手配等を行うというサービスが始まっている。また,企業に設置した端末で発券まで行うサービスが一部JRの予約システムに採り入れられており,利用者の好評を博している。
      このような運輸関係情報へのアクセスの場の拡大,提供される情報・サービスの充実は,今後とも,情報を時間・場所を問わず即時に入手したいという利用者の欲求の高まり,ビデオテックス,パソコン等端末装置の普及及びCATVの双方向機能の活用等に伴って一層進むと考えられ,将来的には,家庭,企業の端末で代金決済を行うことも試みられよう 〔1−3−18図〕

 (b) 交通機関利用の際の利便の向上

     (交通もキャッシュレス時代へ)
      テレホンカードに始まったプリペイドカードは,急速に小銭用意の必要性を減少させているが,交通機関においても,カード・システムの導入により,利用の際の利便が向上している。JRや営団地下鉄など鉄道事業者18社が導入しているプリペイドカードは,切符購入時の小銭用意の煩雑さを解消したが,一部バス会社においては,既に,歩進んで,プリペイドカードのままで直接乗降できるという「ストアード・フェア・システム」を導入しており,鉄道への導入も検討されている。また,高速道路でも「ハイウェイカード」が利用できる区間が拡がってきており,65年度までには全国で利用できるようになる予定である。さらに,プリペイドカードについては,タクシーへの普及も検討されており,カードの共通化の試みも行われている。
      また,同じく交通機関利用の際の利便の向上の観点から,運輸省では,積雪地帯,観光地,大都市など地域の特性によって異なる公共交通機関利用の態様に対応した情報提供システムの整備を進めている。毎年積雪による交通の障害等が発生する積雪地帯については,富山県をモデル地区に選定して,バスの運行状況等を家庭・企業や交通ターミナルに置かれたビデオテックスを通じて,即時に画像で提供する実験を行った 〔1−3−19図〕

      観光地のように旅客需要が時期に集中する地域については,従来より,観光情報やイベント・コンベンション情報に関しデータベースの整備を行ってきているが,観光客及び地域住民の間には,もっときめ細かな,リアルタイムの情報を入手したいという要望が高い。このため,63年度においては,旅博覧会の開催も2年後に予定される長崎県をモデル地区に選定し,地方自治体,警察,道路管理者等との協議調整を図りつつ,公共交通機関に係る総合的情報提供システムのあり方について調査研究を行っている。

 (c) 移動時間の有効活用

     (旅行中の“情断”が解消される)
      列車,航空機,自動車等で移動中に,電話による外部との通信を行ったり,映像装置を用いてビデオを放映する等,移動体に置かれた端末装置の活用により,移動時間・空間の有効活用が図られるようになってきている。例えば,公衆電話については,現在,ほとんどすべての新幹線列車に設置され頻繁に利用されているほか,一部JR・私鉄の特急列車,国内線航空機の大部分の大型機,都市間高速バスのかなりの車両,一部のハイヤー・タクシーにも設置されている。他方,ホテル,旅館等の宿泊施設においても,館内CATVを用いた情報提供に加え,ファクシミリ,通信機能を備えたパソコンの設置等を進めているものがあり,宿泊時間の有効活用が図られている。
      今後は,新幹線列車について,電話台数の増加,ファクシミリの導入,ラジオの再送信,文字放送を用いたニュース・事故情報の提供や,車内で次に利用する列車の予約を行えるようにするシステムの導入が計画されている。また,衛星通信の普及により,国際線航空機への電話,ファクシミリの導入が予想される。ホテルについても,パソコン通信サービスの国際的展開等が進むものと考えられる。

 (d) ニューサービスの開発

     (暮らしに潤いをもたらすニューサービス)
      情報システムを活用したニューサービスも多数開発されてきている。例えば,物流の分野においては,迅速な輸送や小口・多品種・高頻度輸送に対するニーズの高まりを背景に,移動体通信の活用等により,宅配便について産地直送販売,期日指定配送,貨物の追跡等のサービスが付加されてきており,また,物流業者のなかには,荷主を含めた情報ネットワークを形成して,総合物流業に積極的に進出している者がある。今後は,国際複合一貫輸送に対応した国際的な貨物追跡システムの構築,トランクルーム等のような少量・多品種の物品の保管と宅配を組み合わせたサービスの一層の発展が期待される。
      他方,一部私鉄の沿線住民に対しては,線路敷に敷設した光ファイバー・ケーブルを効果的に利用して,CATVサービスが開始されており,従来のテレビ放送とは異なった番組で特色を打ち出しているが,さらに,サービスエリアの拡大,双方向機能の活用によるホーム・ショッピング,ホーム・リザベーションの導入等が検討されている。

 (イ) 運輸関係施設等の多角的利用

     (ターミナルが情報拠点になる)
      鉄道駅,空港,港湾等の交通ターミナルは多数の人や物の集散する交通の結節点であるとともに,地域コミュニティの核として,また地域の経済活動の核としての機能を併せ有しており,各種の施設が集積している。したがって,ターミナルを情報拠点として総合的な情報の提供・処理を行えば,利用者利便の向上や産業活動の活発化が図られるばかりでなく,地域社会の振興にも資する。
      鉄道駅には,既に,デパートや飲食店が併設されていたり,旅行予約,買物代行,クリーニング,D.P.E.等各種予約・取次サービス等が提供されているものも多いが,さらに,駅や空港の持つ情報拠点としての有利性を活かして,ニューメディアを導入し,交通情報,観光情報など種々の情報を提供することにより,利用者利便の向上を図る「メディア・ターミナル」が,成田空港,渋谷駅,大分駅・空港,札幌駅の4地区で,既に実験されている。
      また,国際交易活動の拠点である港湾においても情報拠点整備の要請が高まっており,衛星通信受発信地球局及び情報多消費・依存型企業がテナントとなる業務ビルを整備し,国際物流に伴って発生する情報ニーズに応えていくため「テレポート(衛星通信高度化基盤施設)」計画が進められている。現在,大阪において「テレポート」整備計画が認定されており,63年度に事業に着手することとしている。また,東京,横浜,名古屋等でもテレポート計画が検討されている。
      さらに今後は,交通ターミナルに限らず,運輸関係事業者の持つ光ファイバー・ケーブル網,情報通信技術,データベース等ハード・ソフトの資源を広域的に活用したサービス,事業も開発されるものと予想される。例えば,鉄道線路敷に敷設された光ファイバー・ケーブル網の活用については,既に,日本テレコム(株)による通信事業の開始,一部鉄道事業者によるCATV事業の開始等にみられるが,今後は,特に高度な情報処理・通信ニーズの高い首都圏を中心として,運輸関係施設等の多角的利用による広域的情報ネットワークの形成を図る必要がある。このため,63年3月に,運輸事業者をはじめ運輸関係以外の業界も含めた「Tネット研究会」が組織され,首都圏における広域的情報ネットワークを活用する事業の可能性について検討を進めている。

 (ウ) 気象・海洋に係る情報提供システムの整備

     (個人のニーズに応じた気象・海洋情報が入手できる)
      国民生活が向上するに伴い,気象情報も主に防災のための利用から,レジャーや産業活動のため,利用者の個別ニーズに対応したきめ細かい情報の提供が求められている。このため,気象庁では,各種気象情報の内容の充実及び提供の迅速化を推進している。また,民間の気象事業者においては,気象庁からの情報をもとに,利用者の多様なニーズに対応するために独自の気象情報提供システムを整備するほか,ビデオテックス,CATV等ニューメディアによる情報提供を行っている 〔1−3−20図〕

      また,海上保安庁では,波浪,海流,水温,海底地形等の海洋情報を,日本海洋データセンターを通じて,ファクシミリ等により一般に提供してきたが,これらの情報を地域の特性に応じてきめ細かく提供することを目的に,地域海洋情報センター構想を推進している。これは,沿岸域の利用・開発の促進,海洋レクリエーションの利便の向上等のため地域に海洋情報データベースを整備し,センターを通じて幅広いユーザーに提供しようとするものである。


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