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学生によるボランティアへの参加事例

※参加者からの体験談です。

体験者

【お名前】 佐々木敦斗
【所属】 東京大学4年
【年齢】 22才
【訪問先】 盛岡市
【活動内容】 物資の仕分け、学習支援、サロン活動
【訪問時期】 2011年8月、9月 2012年1月、2月、3月

体験談

あ

 私は岩手県盛岡市で被災地支援に取り組んできました。盛岡市は私の故郷でもあります。盛岡市は津波で直接被害を受けたわけではありませんが、沿岸への後方支援の拠点として重要な役割を果たしてきました。盛岡にも、沿岸から避難されてきた方々がいらっしゃいます。盛岡市で震災直後から精力的な活動をしているのが「一般社団法人SAVE IWATE」という団体です。私はここで継続的に活動を行ってきました。炎天下の中支援物資を仕分けたり、沿岸に向けて車を飛ばし、支援物資を配ったり、内陸に避難した方々のつながり作りをサポートしたり・・・。様々な活動に参加させて頂く中で、現場の生の声を知ることができました。その後私はSAVE IWATEの東京支部を立ち上げ、「東京だからこそ、できることがある」を合言葉に東京から被災地を応援しています。東京で支援物資を集めて岩手に送ったり、被災者の方が作られた手縫いの「復興ぞうきん」を販売してきました。被災地の復興はこれからです。厳しい状況に置かれても、復興のため立ち上がろうとしている人々がいます。東北に足を運び、復興に向け「どうにかするぞ」と前を向く人々の姿に触れてください。みなさんの一歩が復興に向けた力になります。

体験者

【お名前】 野中 里菜
【所属】 岩手県立大学 復興girls*
【年齢】 20歳
【訪問先】 陸前高田市宮古市大船渡市田野畑村岩泉町など
【訪問時期】 平成23年5月~
【活動内容】 沿岸地域の企業、法人の復興の手助けがしたいと思い、実際に企業、法人で働く方々の話を聞き、私たちの活動に活かそうと考えました。


 

体験談

あ

 私たち復興girls*は、2011.03.11に起きました東日本大震災をうけ、イベントを通して被災地支援を行おうと考えたグループです。沿岸の商品を県外でPRし販売することで沿岸地域の企業さんを力づけ、雇用に繋がればと思い結成しました。県外に発信するために私たちが沿岸のことをしっかりと知ることが大事だと考え、現地に何度も足を運びました。TVなどで見る被災地と実際に見る被災地とでは違いがありました。TVなどで映されている地域は県内であってもどこか遠い地域のような気がしていました。実際に行ってみると、全壊や半壊、そして臭いがしていて、東日本大震災はとても大きな影響を及ぼしたのだなと改めて感じさせられました。また、実際に現地にいってから今まで以上に被災地の手助けになることをしようと思いました。
 活動していく中でいろいろな方と出会い、通常の大学生活では得られないことを得ることができました。この活動を行っていく中でたくさんの方に応援をしていただきました。沿岸地域と県外の方とのパイプ役を今後も務めたいと考えています。
 最後になりましたが、現在、被災地訪問をしたら迷惑ではないかと思っている方々が多いと聞きました。私の考えですが決して迷惑ではないと思います。今復興の手助けが出来るのは足を運び、沿岸地域の方々と話すこと、沿岸地域の商品を沿岸地域で買うこと、沿岸地域の方々のあたたかさに触れることなどが一番の復興の近道なのではと考えます。また、私たちは復興のために何かしたいと思い現地に足を運びました。実際に現地にいってみると自分が何をしたいのか、何をすればためになるのかが見つかると思います。ぜひ実際に足を運んでいただければと思います。

体験者

【お名前】 安村美紀
【所属】 フリーマガジンLily 
【年齢】 20歳
【訪問先】 陸前高田
【訪問時期】 平成24年3月11日
【活動内容】 小中学生と遊ぶ 現地探索

体験談

 参加したきっかけは私の友人で被災地支援の学生団体に入っていた友達が学生を被災地に送り込むというプラグラムを作成して誘われたので参加してきました。丁度一年たったということで、被災地に対する意識の風化防止のために作られたものだそうです。
 私自身も以前から被災地にお手伝いしに行きたいと思っていたのですが安全性やボランティアが本当に求められているのか疑問でした。しかし、丁度一年たって、新聞やテレビが被災地を報道しなくなる事に気付き、今の日本の現状から目を背けるのではなく、きちんと向き合いたいと思い参加したことで1年たっても消えない現地の傷や被災した方々のお話を聞くことができ一年たってようやく向き合った自分に恥ずかしさを感じました。
 “無知は罪”という言葉を聞きますがその言葉通りだと思います。
被災地に行き直接目で見ることでテレビと違った思いをたくさん感じることができました。現地の方が『あそこの高さまで津波が来たんだよ』という言葉と目の前の高さを実感して鳥肌がたちました。それはテレビ越しでは感じられないことだと思っています。
 もっと多くの学生に肌で感じる機会をこれからも作っていくことで日本の未来にもまた新しい輝きが生まれるのではないでしょうか。

体験者

【お名前】 岡田歩
【所属】 早稲田大学
【年齢】 21歳
【訪問先】 陸前高田・気仙沼
【活動内容】 個人宅の草むしりとがれき撤去作業、気仙沼散策
【訪問時期】 6月頭

体験談

 私は今回初めて東北ボランティアに参加しました。今までずっと参加しようとは思っていたものの、中々一歩が踏み出せないでいました。しかし大学で震災関係の講義を受講するなかで、報道だけでは伝わらない被災地の現状を自分の目で確かめたいと考え、今回の参加を決めました。
 実際に現地へ行って感じたことは、「意外と片付いている、しかしまだまだ復興とはいえない」ということです。作業をしたお宅はすでにほぼ何もない状態で、草むしりとがれき撤去を主に行いました。しかし何もないように見えても、作業をする中でお風呂のタイルやカセットテープなどが見つかりました。ここに人が生活をしていたという事実が一気にリアルに感じられ、何とも言い難い悲しい気持ちになりました。作業をしてある程度片付いたとはいうものの、自分の微力さを痛感しました。しかし、作業をさせていただいたお宅の方には非常に喜んでいただくことが出来ました。私たちボランティアの出来ることは限られているかもしれませんが、その活動を通して東北の方にたとえ僅かでも希望を与えることは出来ると思います。
 東北には豊かな自然、おいしい海産物があります。観光地としての明るい東北のイメージをもっと発信していきたいです。被災地の報道が減っていく中、震災を風化させないためにも、ぜひ一人でも多くの人に東北へ訪れ、感じてきてほしいと思います。

体験者

【お名前】 山口 南
【所属】 専修大学
【年齢】 20歳
【訪問先】 石巻市、女川町
【訪問時期】 平成23年12月、平成24年2月・3月(3日ずつ)
【活動内容】 視察、石巻市の仮設団地での交流活動

体験談

 私が初めて被災地に向かったのは、震災から9カ月経った12月でした。ずっと行きたい、行かなくちゃとは思っていましたが、自分の自由の時間がなく、やっと時間ができたのが12月というタイミングでした。大学で、先生がボランティアをしてみないかという提案でメンバーが集まったのですが、まず、何をしよう。そこからはじまりました。
 実際に行ったのは、仮設住宅で交流のイベントを行うことです。本当に小さなことで、これが何かの役に立つのか不安にもなりましたが、知らない私達だからこそふと話してくれた心の声や、辛い経験をした子どもが私達と遊んだことをすごく喜んでくれた笑顔を見て、ちょっとした話し相手でも遊び相手でも、少しでも喜んでくれることができたのかと思うと、これからも何か力になることができないか考え続けていきたいと思うきっかけになりました。
 被災地を視察して回ったとき、観光バスで団体の方が見学をしていましたが、私達と一緒に行動していた実際仮設住宅で暮らす被災された方は、観光でも歓迎している。この状況を少しでも多くの人に目に焼き付けて欲しい、という被災地を忘れないでほしいという一番のメッセージを感じました。
 いきなりボランティアであれしてこれして…と考えるより、一度観光でも何でも訪れることが大切なのだと思います。それが私達のできる第一歩ではないかと思います。

体験者

【お名前】 中村さつき
【所属】 専修大学
【年齢】 20歳
【訪問先】 石巻市、女川町
【訪問時期】 平成23年12月、平成24年2月・3月(3日ずつ)
【活動内容】 視察、石巻市の仮設団地での交流活動

体験談

 私は大学の先生に誘われてボランティアを始めました。昨年の12月、今年の3月と2回、宮城県石巻市を訪れています。
 「いま被災地に行ってなにをするの?」という質問をよくされますが、ボランティアの内容は、仮設住宅の集会所で集まってくださった方と話しをするという、とてもシンプルなものです。
 2011年3月11日から1年3ヶ月が経ちました。震災当初は瓦礫撤去などのため多くのボランティアの方々が被災地を訪れました。しかし今ではその姿もほとんど見受けられません。だからこそいま被災地に行き、話しをしたり遊んだりふれあいをすることが大切なのではないかと考えています。「被災地と一緒に頑張っていくんだ」という私たちの姿勢を少しでも現地の方に感じ取っていただければ、そして少しでも心の支えになてたら嬉しいです。
 ボランティアに参加する前から、行った先のことを案じても仕方ありません。行ってみなければ本当の被災地の状況も、人々の生活もわからないのです。ぜひ、テレビや新聞というメディアを通してではなく、自分の目で見て、肌で感じていただければと思います。

体験者

【訪問先】 陸前高田、気仙沼
【訪問時期】 6月下旬

体験談

 震災から一年以上がたった今、もう大丈夫であろうとか心のどこかで思っていた自分がいました。しかしそれは大きな間違いでした。市の中心部に向かうにつれて見えてきたのは半年前と変わらぬ姿。夏に向けて草が青々と茂っていたものの、目の前には瓦礫の山が存在し元の町の姿からはほど遠いものであり、まるで片付られるのを拒んでいるかのようでした。なんだか、多くの人々に何かを訴えかけているようでなりませんでした。そんな被災地の”影”の姿を垣間見えた時間でした。
 その後、陸前高田ボランティアセンターでマッチングを作業場へ。今回の仕事はこども達の運動場に芝生を植える作業でした。この背景には校庭が仮説住宅となり運動するスペースが無くなっていたこども達に運動場をあげようというものがありました。ボランティアには本当に素晴らしいものがつまっています。力を合わせてゴールに向かって協力していくうちに生まれる一体感。夢中に続けて終わったときの達成感。普段の生活から感じることが出来ない様々な思いを感じることが最大の魅力だと思います。1人の100歩より100人の1歩これが最大のテーマです。これからの行かれる方も、以前行ったけどなかなか行けてない方もまず考えるより感じに現地へ赴いてみてください。かならず日本人としての心を再確認できるはずです。

体験者

体験談

【きっかけ】
 所属しているボランティアサークルが学園祭にプロの写真家の写真展を開催する事になり、一度現場を訪れてみようという話になりました。
 「一度、東北がどのようになっているのかを見てみたい」と以前より考えていたため、行く事を決断しました。

【感想】
 「この場所は、以前とは全く違ったものになってしまったんだな」と一目見て理解する事が出来ました。あちらこちらに存在する瓦礫。人気や車の気配が殆どない町並み。そしてこんな状況に負けじと、出来る事をしようとするVCに集まる人たち。車をVCに泊めて、そして現場の田んぼへ。この場所は瓦礫が散乱されており、まとまってるとは言えない状況にありました。
 そのような状況の中瓦礫撤去を実施。現場全てを整えるのは時間の関係上出来ませんでしたが、「少しでも役に立てた」という充実感を持てるようにはなりました。

【メッセージ】
 3.11と被災地を他人事ととらえず、自分にも関わりがある事だと少しでも思ってくれればと思います。そのために、一度東北を訪れて、どのような状況になっているのかを見て欲しいなと思っています。決してボランティアである必要はなく、一人旅や観光の形式でも構わないと考えています。
 訪れた結果がどのようなものであれ、「現場を見て来た」という経験は決して無駄なものではないはずです。是非、一度東北へ足を運んでみてください。