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火山災害に係る検討について

4.検討対象とする火山の特性

北東地域、中央地域に被害を及ぼしうるものとして、検討対象とする火山のそれぞれについて、過去の噴火事例を整理するとともに、それらの火山が噴火した場合に、降下火砕物が堆積する可能性のある範囲(広域的な影響)及び溶岩流、火砕流等により直接被害を受ける可能性のある範囲(局地的な影響)を検討する。

【検討項目】
1) 過去の噴火・被害履歴
2) 降下火砕物の影響範囲(広域的な影響として)
3) 溶岩流、火砕流等の影響範囲(局地的な影響として)

(1)噴火および被害履歴

学術研究論文等をもとに、検討対象とする火山ごとに、火山概要、噴火履歴・被害履歴の整理を行う。

1) 蔵王山
蔵王火山は、宮城県と山形県の境に位置する第四紀の成層火山群で、噴出物は北北東〜南南西に約20kmに渡って分布している。主な山頂は、北部の瀧山(標高1678.3m)、中央部の熊野岳(1840.5m)、五色岳、刈田岳(1758m)、中丸山(1562m)、南部の烏帽子岳(1681m)、杉ヶ峰(1745.3m)、屏風岳(1817.1m)、不忘岳(1705.3m)などである。中央部の五色岳の東部には直径約300mの火口湖、御釜がある。
これまでに公表された地質調査結果や放射年代値などから蔵王火山の活動は以下のようにまとめられる。まず、約100万年前には北部の瀧山と南部の杉ヶ峰などで玄武岩を主体とする活動が起こり、約60〜80万年前には中央部の丸山沢付近で玄武岩質の活動が生じた。その後40万年間ほどの休止期間を経て、約30〜40万年前に南部の不忘山と中央部の中丸山付近で活動が再開した。不忘山は玄武岩質の活動で、中丸山は安山岩〜デイサイト主体の活動であった。さらに活動が引き続き、約10〜30万年前には南部の屏風岳−烏帽子岳、中央部の熊野岳−刈田岳を中心とする活動によって、主に安山岩質の厚い溶岩流が多数流出した。約10万年前以降は御釜−五色岳付近を中心とする活動が継続している。
御釜−五色岳付近の活動によって、馬ノ背〜大黒天へかけてのなだらかな地形面や五色岳及び御釜が形成された。噴出物は主に玄武岩質安山岩からなる集塊岩や降下スコリア(粒子直径が2〜64mm程度の多孔質の火砕物)堆積物が主である。酒寄淳史氏は濁川沿いに点々と分布する溶岩流もこの時期に形成されたと考えている。この活動の間に、馬ノ背の東部に位置する東方に開いた馬蹄形カルデラ(馬ノ背カルデラ;酒寄、1992)及び五色岳の東部の小規模のカルデラが形成されている。井村隆介氏のテフロクロノロジー注)の研究によれば、馬ノ背カルデラは約3.1万年前、五色岳カルデラは約1.5万年前以前に形成されたと考えられている。御釜の活動はこれ以降である。歴史時代の噴火記録(800年代以降)が多数あるが、これらは全て御釜あるいはその周辺の活動によるものである。

(参考文献)
酒寄淳史 (1992)蔵王火山の地質と岩石.岩鉱,87,433-444.
井村隆介 (1994)蔵王火山五色岳の噴火史.地球惑星科学関連学会合同大会講演予稿集.370.

注)テフロクロノロジー:堆積物にはさまれたテフラ(火山噴出物のうち、固体として地表に噴出される物質の総称)を利用して、地質現象の年代や順序の決定を行うことであり、火山灰編年学とも呼ばれる。

2) 吾妻山
吾妻火山は、山形・福島県境にある3つ以上の成層火山体からなる火山群である。噴出物の分布する範囲は25km×15kmである。吾妻火山の噴出中心はおおまかに西南西−東北東に配列し、大きく二つに分けられる。K-Ar注)年代と地形の新鮮さの程度から吾妻火山の噴出中心は西から東に移動して来たと考えられる。吾妻火山は、西吾妻火山群、中吾妻火山群、東吾妻火山群に分けられる。このうち、西吾妻火山群が最も古く、東吾妻火山群は最も新しい。
東吾妻火山は、東吾妻山、一切経山、吾妻小富士などの火山錐から構成されている。本火山体の活動後期には、浄土平付近を火口底とし、東方に開口する径約2kmの馬蹄形爆裂カルデラが形成され、さらにその後の噴出活動で中央火口丘の吾妻小富士や桶沼などが生じている。
古一切径山の山体崩壊に伴った馬蹄形爆裂カルデラ形成は、約10万年〜約28万年前(おそらく15万年前頃)の間に起こったと推定される。
吾妻小富士(と桶沼)は、約5,000〜6,000年前に火砕丘形成後期の活動をしていたと考えられる。
歴史時代の噴火は、一切経火山の頂上部に限られ、その規模は噴出量が107m3以下である。1893年5月19日から始まった噴火活動は断続的に1896年まで続いた。1893年の噴火では火口近くにいた2名が噴石のために死亡した。最近では1977年に噴火が起こっている。

(参考文献)
鴨志田毅 (1991)東吾妻火山の爆発カルデラ,吾妻小富士のテフラ層序による形成年代の決定.地球惑星科学関連学会合同大会講演予稿集.15.

注)K-Ar:放射性元素であるK(カリウム)、Ar(アルゴン)を使って測定された年代

3) 安達太良山
安達太良火山は、福島市の南西に位置する玄武岩−安山岩の成層火山群で、その大きさは東西9km、南北14kmにわたる。火山群は、地形的に北から箕輪山(標高1718m)、鉄山(1709m)−安達太良山(1700m)、和尚山(1602m)の3つのまとまりに大きく分けられ、ほぼ南北に配列している。火山群の中心部、鉄山の西には直径約1.2km、深さ約250mの沼ノ平火口があり、西に向かって開いている。
これまでに公表された放射年代値をまとめると、安達太良火山は約80万年前の噴出物に始まり、約40〜60万年前の和尚山山体の活動を経て、約20〜40万年前の箕輪山−安達太良山山体の活動へと続いている。約12万年前からは山頂部で爆発的噴火が繰り返されるようになった。特に、約12万年前に起きた岳噴火の総マグマ噴出量は109m3を超え、山麓には火砕流が流下し、降下火砕物は太平洋岸にまで広く堆積している。これ以後、総マグマ噴出量108m3前後の爆発的噴火が数万年間隔で起き、山麓に降下火砕物が堆積した。さらに最近1万年間では総マグマ噴出量107m3前後の中噴火が500〜1500年間隔で起き、最後のマグマ噴火は約2,400年前に発生している。また、1900年には沼ノ平火口内で水蒸気爆発が起き、火口にいた硫黄鉱山の作業員72名が死亡する災害が生じている。その後、1950年に小規模な噴煙が観測されたほかは、特に顕著な異常は報告されてはいなかったが、1995年10月から火山性微動が観測開始以降初めて観測されるようになり、沼ノ平火口でも泥熱水の噴出や噴気帯の拡大が始まった。1996年9月1日には火口中央部で微小な水蒸気爆発が起き、直径約100mの範囲に泥を飛散させている。さらに、1997年9月15日には沼ノ平を登山中の4名が火山ガスにより死亡する事故が発生した。

(参考文献)
山元孝広・阪口圭一 (1998)地質調査所平成9年度研究終了概要報告書(非公開)
山元孝広 (1998)安達太良火山西山麓の完新世酸川ラハール堆積物.火山,43,2,61-68

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