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10月15日付朝日新聞「窓」の報道に対する建設省の書簡について

1990年12月3日 朝日新聞(朝刊)
「時時刻刻」



「改ざん」はあったのか

水資源開発公団 NHK対立問題


 長良川河口堰(ぜき)問題は、11月26日の環境庁長官による現地視察でひとつの山場を迎えたが、この河口堰建設の前提となった環境調査をめぐり、NHKと水資源開発公団が激しく対立、「調査団の学者たちによる元の報告が、要約版で大きく変化している」とするNHKのテレビ放送に対し、公団側は「あたかも建設省が報告書を改ざんしたかのような番組だ」として抗議している。真相はどうなのか、検証してみた。(本多勝一記者)

 ○表現食い違い追及
 問題の番組は「問われる出発点――検証・長良川河口ぜき」(岐阜放送局制作)として10月27日に名古屋など中部地方で放送された。建設省が生態学者ら八十数人に委託して、1963―67年度に実施した木曽三川河口資源調査(通称「KST」=小泉清明団長)について、そのときの調査報告と、のちにまとめた「結論報告」(68年7月)との間に、表現に大きく食い違う部分があることを、関係学者のインタビューや裁判(河口堰建設差し止め請求訴訟)の証言記録、原資料等で追及した内容だ。著しい実例としてヤマトシジミやアユの場合が紹介された。
 この番組に抗議した水資源開発公団中部支社(名古屋市)の児玉文雄副支社長と小島茂夫用地課長によると、事実関係で次のような点が問題だという。
 (1)「結論報告」が建設省の手によって改ざんされたような内容になっているが、これは調査団の学者たち自身が合宿し、各班で発表した本報告書5巻について討議を重ねた上で「まとめた」もので、建設省がつくったのではない。(討議に建設省も加わったことは認める)
 (2)小泉団長が「建設省に手を加えられて憤慨した」と裁判で証言しているのは事実だが、そのあと「だから結論報告書には手を加えることを許しませんでした」とも証言している。NHKはこれを放映しなかった。
 (3)ヤマトシジミを調査した川合禎次氏(現・奈良女子大名誉教授)は当時外国に行っていて不在で、結論報告作成に加わらず、関係ないはず。
 (4)アユ担当の和田吉弘氏(現・岐阜大教授)が改変を問題視しているのは一般向け説明用のパンフレットのことだ。
 当時の調査団長も副団長も死去したが、川合氏と和田氏に直接きくことができた。川合氏によれば、外遊中で「結論報告」の討議に加わっていないが、調査には加わっており、その調査からすれば結論報告のようなことにはならない、という。やはりシジミを調査した鉄川精氏(現・関西大学教授)は、自分の調査が結論報告で表現が変わった経過は「全く知らぬ間のこと」だったという。
 また和田氏によると、建設省が作ったPR用パンフに怒った点は公団のいうとおりである。そのパンフでは、仔(し)アユは「安全に海に到達させることができます」とか、堰から落下しても「仔アユの受ける衝撃はそれ程大きいものではありません」などと書かれており、これは原研究からすれば明らかに「改ざん」に近い。


 ○「訂正」認める証言
 「結論報告」が改ざんされたかどうか(前述(2)項)については、故・小泉団長が「手を加えることを許しませんでした」と証言した部分は公団のいうとおりだが、裁判記録を検討してみると、結論報告以前に調査団の名で出された様々な要約版では「手を加えられた」と何回も証言している。さらに結論報告自体についても「『重大な影響がある』という個所を、単に『影響がある』というふうに訂正されたことはなかったか」という尋問に「ありました」と証言している。
 以上をまとめると、NHKの内容にやや誤解を招きかねない部分があったことは否めないものの、建設省側がPR用パンフ等で改ざんしたともとれる解説を流したり、調査団の本報告の要約版を作る段階で改ざんしたことはあった、とみられる。


 ○比較検討の論文も
 調査団の名で出されたさまざまな要約版について、NHKの追及とは別に、本報告書と詳細に比較検討した論文が出ている。二松学舎大学の非常勤講師・君塚芳輝氏による「河口堰の影響調査を読む」(『淡水魚保護』第3号)である。とくにアユの場合として、仔アユが「堰・魚道からの落下衝撃で50時間経過までに81ないし97%の個体が斃死(へいし)するという結果が本報告書で明らかになっているにも関わらず、“要約版”では結果が以下のように改変されていく」と、実例をあげている。たとえば
 ▽「距離3mを急激に落下させても影響皆無」(KST・1967年=おもな結果)
 ▽「直ちに長良川の河口堰及び魚道の影響に結びつくものではなく」(KST・1968年=要旨解説編5号)
 ▽「落下水は次第に拡がって流速が減るので衝撃はさほど大きくはない」(同=結論報告)
 この背景として、建設省側の「討議参加」等による“圧力”を示唆する学者がいる。たとえば当時故・小泉団長の助手としてKSTに加わっていた桜井善雄・信州大教授は、表現をめぐる建設省との折衝の現場にいたわけではない、としながらも「甘くみればこういうケースも含まれるなら表現もこう変えてくれ、といった要求はもう普通にありうること」と語っている。
 結局、NHKの番組全体としては、本報告書で指摘された問題点が結論報告では問題がないように大きく変わっている事実を検証する妥当なものだった、といえよう。