[検証]1999年の災害
台風18号
【REPORT7】 熊本県八代海沿岸

 犠牲者12人
 早朝の漁村を襲った
 異常高潮の不意打ち

 被災住民の声を復旧事業のハード・ソフト両面に反映
Assess the disaster damage that occurred along the coast in Yatsushiro on Sep. 24, 1999

昭和34年以来の大惨事

■台風18号による八代海沿岸の浸水状況
(平成11年9月29日現在)
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平成3年9月に九州・中国地方を縦断して東北、北海道に再上陸した台風19号は、全国で死者62人を出したほか、青森県では収穫間近のリンゴを大量に落果させるなど多大な被害を出したため、別名“リンゴ台風”とも呼ばれている。
平成11年9月24日、熊本地方気象台で観測史上最大の瞬間風速66.2 m/sを記録した台風18号は、九州・中国地方に上陸し、かつてのリンゴ台風とほぼ同じ経路を高閧ネがら各地に大きな爪跡を残した。中でも熊本県の八代海(不知火海)沿岸では、台風による気圧低下と強風によって高潮・高波が発生し、その湾奥部の不知火町松合地区では一瞬にして12人もの犠牲者が出た。
台風の勢力はリンゴ台風の方が大きく、被害が及んだ範囲も広かったが、この時は台風が干潮時に通過したため高潮・高波の被害はほとんど出ていない。今回は大潮と満潮が重なったことから、同県では昭和34年9月の台風14号で天草地方を中心に発生した高潮災害(死傷者17人、家屋の全半壊・流失223棟など)以来の大惨事となってしまった。
県防災消防課の調べでは死者16人、負傷者309人の人的被害のほか、家屋の全壊144棟、半壊1684棟、床上浸水925棟、床下浸水942棟、さらに随所で河川堤防の破堤や崖崩れなどが発生している。また、農林水産業への影響も大きく、その被害総額は1143億円以上に上ると見られている。

■台風18号による異常高波のメカニズム

台風18号による不知火町松合地区での異常潮位は、熊本大学工学部の滝川清教授の調査によれば、被災した家屋等の痕跡からt.p. + 4.5 mと報告されている。当日の天文潮位は1年の中でも最も高くなる中秋の名月に当たったこともあり、三角港でt.p. + 1.03 mであった。また、中心気圧940 ミ 950 hpaという台風の通過時には、気圧低下による吸い上げ効果で海面は約70 cm上昇していたと考えられる。このことから風による吹き寄せ量は2.77 mと推定され、結果的に全体としての潮位は、通常より3.47 mも高かったことが分かる)

満潮前に船溜まりの護岸から氾濫
高潮に襲われバラバラに壊れた松合地区の民家

今回12人の死者を出した不知火町松合地区は、交易で栄えた昔を土蔵・白壁に残す静かな小漁村で、これまで高潮・高波による大きな被害を受けたことはなかった。海岸沿いには高潮を防ぐために、国道266号が通るt.p.(海抜)約5 mの高さの海岸堤防が設けられ、地区内に3か所ある船溜まりにも堤防・護岸が整備されていた。 船溜まりの堤防は海岸堤防より1.5 mほど低く設定されていた。死者が集中した松合西・仲地区の地盤高は、船溜まりの堤防よりさらに2 m前後低く、まるで“洗面器の底”のような土地だったが、風害や崖崩れの心配のない“安全地帯”と考えられていた。ところが台風18号は、一年で最も潮位が高くなる大潮の満潮時刻の約2時間前(午前6時)に八代海を直撃した。台風の接近に伴い、午前5時30分頃には堤防の開口部から進入した海水が、船溜まりの護岸を越えて氾濫。民家は5 ミ 10分の短い間に、軒並み1階の屋根まで冠水してしまったのだ。 同地区には町内に一斉に連絡できる防災無線はない。町農業就業改善センターに設置されていた災害時用のサイレンも、高潮発生前にスピーカーが強風で飛ばされ、役に立たなかった。町役場では前日の午後9時に災害対策本部を設け、職員10名ほどが泊まり込みで警戒していたが、高潮対策の堤防があったことなどから、事前に住民への避難勧告などは出していなかった。 西地区で亡くなった9人の家はすべて平屋住宅で、犠牲者は車椅子の老夫婦、肢体や耳が不自由な人、一人暮らしの女性、子供など、2階という避難場所がなく、また素早く逃げられない人たちだった。当時の状況は、「平成11年台風18号高潮災害に対する松合・救の浦住民意識調査」で紹介する被災者調査によく表れている。
台風による高潮に襲われた不知火町松合地区(写真右端が仲西船溜、左端が和田船溜、手前は防波堤)
高潮により護岸を越えた海水は、一瞬のうちに民家の1階の屋根まで達した


被害は八代海の湾奥部一帯に

見る間に海水が広がった八代干拓地。水田の稲はほとんど見えない
水が引いた畑に残されたのは、塩害で商品にならない作物と粒子の細かい干潟の泥

今回の高潮災害は、八代海の湾奥部一帯に及んでいる。特に湾を挟んで松合地区の対岸にあたる八代郡竜北町、鏡町及び下益城郡松橋町、小川町では、海水が八枚戸川、砂川、氷川、鏡川を逆流して流れ込み氾濫、広い範囲で家屋や田畑が冠水した。山が海岸線近くまで迫っている松合地区と違って、こちらは平坦な干拓地のため、堤防を越えた水は一気に広がっている。 この時の様子を、氷川の堤防のすぐ近くに住む石丸正勝さんは「高潮になるとは予想もしなかった。ただいつもの台風とは風の当たる音が違っていた。ドスン、ドスンという音。家族皆で車の中で一晩明かしましたが、朝の4時半過ぎだったでしょうか、まず家の屋根が飛んでしまいました。しばらくすると潮が勢いよく堤防を越えてきたので、このままでは流されると思い、避難場所の当てもなく急いで車を走らせ、できるだけ川から遠ざかりました」と語る。 また、堤防から水が%れる様子は「まるでナイアガラの滝のようだった」と、同じく八枚戸川の氾濫に遭った松岡富雄さんは証言している。 県土木部河川課によれば、今回の高潮による被害は、八枚戸川流域で床上浸水56棟、床下浸水63棟、田畑冠水252 ha、砂川流域で床上浸水48棟、床下浸水27棟、田畑冠水268 ha、氷川流域で床上浸水24棟、床下浸水227棟、田畑冠水569 ha、鏡川流域で床上浸水169棟、床下浸水405棟、田畑冠水255 ha、さらに不知火海湾奥の永尾地区で床上浸水29棟、床下浸水15棟、田畑冠水12 ha、不知火海岸で床上浸水9棟、床下浸水9棟、田畑冠水53 ha、大野川流域で床上浸水364棟、床下浸水60棟、田畑冠水91 ha、野崎海岸で床上浸水16棟、床下浸水20棟、田畑冠水132 haとなっている。なお、鏡川流域では今回の越水が原因で2日後の26日に75歳の男性1人が死亡している。

 

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被災経験の有無が明暗を分けた
台高潮は堤防や道路を削り去る

今回の高潮災害で、被害を大きくした原因は、@大潮の満潮A南aゥらの強風B気圧b瘟コによる海面上昇C湾奥とc「う地理・地形特性ミといった、この地域にとって最悪の条件が重なったためだ。さらに、今まで高潮の被災経験がなかったことも1つの要因となっている。 高潮には大潮など天体の影響で起きる「天文潮」と、台風など気象の影響で起こる「気象潮」がある。中秋の名月にあたる24日は大潮で、しかも台風の通過時間(午前4時から6時)が潮位上昇時間帯と一致してしまった。また、気圧が1 hpa下がp驍ニ海面は1 cm上昇する「吸い上げ現象」が起こるが、中心気圧が940 ミ 950 hpaあっpス台風18号の場合は、松合地区の沖で海面が60 ミ 70 cm上昇していた。 それが南北に細長い八代海の湾奥部という地理・地形特性によって増幅され、通常より3.5 mも高い高潮が発生。行政ばかりでなく、自然といつも相対している地元の漁師でさえも予期し得ない災禍となってしまった。今回の高潮は、過去の体験や従来の観念までも粉砕してしまったのだ。 被害に遭った松合地区と隣の救の浦地区の全世帯(487世帯)を対象に、不知火町が行ったアンケート調査によると、今後の復興計画に対する住民の要望としては、施設設備面では「避難場所に通じる安全な避難通路の整備」(62.1 %)に次いで、「高潮が来襲しても集落に入らないような護岸・堤防の整備」(42.6 %)を望む人が多かった。

また「船溜まりや河川河口での水門・樋門整備」(7.2 %)という声も挙がっている。 県ではそうした住民の意向を@んで、現在の堤防の嵩上げ、船溜まりや河口への水門設置などの改良復旧事業を決定し、平成12年3月末より着手する予定になっている。また、町でも平成12年9月をめどに、町全体に防災無線を設置することにした。 しかし、ハード面をいくら改良し強化しても、いつかは想定以上の災害に見舞われる可能性がある。県や町でも、災害緊急時の組織体制や情報伝達体制など、ソフト面の整備を充実させるよう検討を重ねているが、住民サイドにとっても自主的な取り組みが重要になってくる。行政サイドからの災害に関する日常的な情報提供が行われ、少なくとも避難方法や避難場所などについては、日頃から家族間や近所同士で話し合い、確認し合うなどの必要があるだろう。 一方、建設省では7省庁合同による「高潮災害対策の強化に関する連絡会議」を平成11年10月に設置。「地域防災計画における高潮対策の強化の手引き(仮称)」や「高潮防災情報システムの整備マニュアル(仮称)」策定に向けて検討を始めた。その活動の一環として、平成12年2月15日、河田惠昭・京都大学巨大災害研究センター所長を座長に、熊本県の防災消防課長、関係省庁の課長ら12人の委員で構成される「高潮防災情報等のあり方研究会」を発足させた。この研究会では、昨年9月の台風18号による高潮で八代海沿岸が大きな被害を受けたことを踏まえ、高潮予測情報の内容や提供方法の改善策、住民の避難方法などが話し合われる。 また、熊本大学工学部の滝川清教授をはじめ九州内の各大学の海洋工学者を中心に、九州各県の海岸について、高潮・津波に対するハザードマップ作りが進められている。このようなマップの完成が、防災・避難体制見直しの端緒となるに違いない。 今回の高潮で、家屋77棟が壊れ、102棟が浸水したものの、住民のほとんどが避難していたため、6人が負傷(重傷1人、軽傷5人)しただけにとどまった地区がある。八代海の入り口にある天草郡龍ケ岳町だ。県内の被災地20自治体の中で、唯一避難勧告を出していたが、実際にはそれ以前から自主的に避難した住民もいたという。それは14年前の高潮災害(1人死亡、139棟浸水)を教訓に、行政と住民が一体となって高潮に対する防災・避難体制を見直すなど、不断の取り組みが実を結んだ結果といえる。

stories from disaster victims
【被災者調査】
■平成11年台風18号高潮災害に対する松合・救の浦住民意識調査より
 約9割の人が「外に出る方が危険」と思っていた
 要望で多いのは有線放送、安全な避難通路、堅固な護岸・堤防などの整備
不知火町では、被災した松合地区と隣の救の浦地区すべての世帯(487世帯)を対象に、今回の災害について住民意向調査を実施した。 その結果を見ると、「被災当時、就寝していたか起床していたか」という質問に対しては、「夜半に風がひどくて起きて、そのまま高潮来襲時点まで起きていた」が62.1 %、次いで「前日の夜から心配でずっと起き続けていた」が27.3 %で、約9割の人が起床していたと答えている。特に、被害の大きかった須の前、仲、西、上げ、和田、救の浦地区の住民は起きていた人が多かった。 「事前に屋外の安全な場所に避難したか」については、「家の中が安全と思い、ずっと家の中にいた」が84.5 %で最も多く、「風が強くて外には出られなかった」の4.2 %を合わせると、約9割の人が家の中にいたことになる。関係者や住民への聞き取り調査によると、当時はまだ早朝で暗く、強風で瓦などが吹き飛ばされている状況だったので、むしろ外に出る方が危険との認識が勝ったものと思われる。また、これまで松合地区に高潮・高波の被害がなかったため、強風の怖さの方が大きかったようだ。集落背後の高台に避難した人は仲、西、和田、救の浦地区の5人(0.9 %)のみで、集会所や学校、不知火町中心部などに避難したという人もそれぞれ10人(1.8 %)、8人(1.4 %)と少なかった。 情報収集面で頼りになったのは(複数回答)、停電でテレビが使用不能だったため、電池式の「ラジオ」190人(34.3 %)が1位だったが、以下、「地域の消防団」149人(26.9 %)、「近所同士の情報交換」140人(25.3 %)と、地域住民間の密接な情報交換が安心感にmがることが分かった。幸いにも電話線が無事だったため、外部との連絡の窓口として「電話」102人(18.4 %)も安心感にmがったようだ。 今後の復興計画については、災害や避難に際して有効な情報伝達施設・手法の整備(複数回答)では、「有線放送設備の整備」242人(43.7 %)、「地中化等による電話線の確保」166人(30.0 %)、「消防団や役場職員による戸別訪問」144人(26.0 %)のほか、「集落毎の自家発電施設等の整備による照明やテレビ等の電源確保」140人(25.3 %)、「隣り組や区会等による情報交換のしくみづくり」138人(24.9 %)がほぼ同数で並んでいる。 また、ハード面の施設整備(複数回答)では、「避難場所に通じる安全な避難通路の整備」62.1 %、「高潮が来襲しても集落に入らないような護岸・堤防の整備」42.6 %、「地区内の小学校や公共施設を安全な避難場所として整備」37.2 %などが多かった(下表参照)。
■災害復興のための施設設備意向
順 位
項    目
回答数
比 率
1位
避難場所に通じる安全な避難通路の整備
334
62.1 %
2位
高潮が来襲しても集落に入らないような護岸・堤防の整備
236
42.6 %
3位
地区内の小学校や公共施設を安全な避難場所として整備
206
37.2 %
4位
船溜まりを埋め立てて安全な避難場所を整備
110
19.9 %
5位
船溜まりや河川河口での水門・樋門整備
40
7.2 %
6位
集落内の低地帯の地上げ整備
30
5.4 %
7位
集落内の低地帯の建物を強固な2、3階建てにする
25
4.5 %
8位
どこか安全な場所に集団移転する
9
1.6 %
9位
安全な場所に移転したいので有利な金額で土地・家屋買収
4
0.7 %

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