道路

Ⅳ.近代の道

近代における道路政策

  • 輸送網整備は、第一義的には、殖産振興より富国強兵(国土防衛)のためのもの。
  • 陸路において兵員・物資輸送等を担ったのは主に鉄道。
  • 道路政策は多くが頓挫し、本格的な道路整備が始まったのは第二次大戦後。

背景


馬車文化が未成熟で、道路網を整備しても、効率的な車両の製造能力・整備能力がなかった。

内務省土木政策「道路のごとき利益を後年に期する類と異にして目下禍害を防禦するの要務」
(原文はカタカナ表示)


<日本政府の主な道路政策(終戦まで)>


明治9年 国道・県道・里道を定め、国道を3等級に分けるが、国道の路線は指定されず。

明治18年 44路線を国道に認定。幅員を7間(12.7m)と定めた。

大正8年 初めて道路法を制定。明治期の道路路線を廃止し、新たな国道(大正国道)を定めた。(計64路線)

大正9年 「第一次道路改良計画」を実施するが、3年後に発生した関東大震災のため頓挫。

昭和9年 「第二次道路改良計画」を実施するが、不況と戦時体制への移行によりまたも頓挫。

昭和18年 戦時下での輸送体系確立の一環として、「全国自動車国道計画」を内務省が立案。

東京・神戸間の実地調査などが行われたが、昭和19年に打ち切り。


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