第2章 技術的規制に求められる条件と今後のあり方

1.国の関与のあり方について
(i) 「安全性の確保」に関する国の関与
 安全であることは交通運輸の基本であり、交通機関の利用者等は本来、「安全性」の低いものは選択しない。しかし、現状では、運送事業者や輸送機器製造事業者と、利用者やユーザー(以下「利用者等」という。)及び運輸基盤施設整備者と利用者の何れの関係においても、交通運輸の「安全性」に関する情報については、十分に公開されていないか、公開されていても内容が極めて専門的であるため利用者等に十分に理解されていないなどの状況にある。このように、両者の有する情報は量・質共に差があるため、交通運輸の「安全性」に関して利用者等が適切な選択を行うことができない、いわゆる「不完全な市場」が生じている。
 この情報の量・質の格差を解消するため、国が事業者に対して利用者等への適切な情報の提供を要請したり、国自らが情報の提供を行うことが重要であるが、この場合、いかなる情報提供の努力を行ったとしても、必要な情報の全てを利用者等が完全に把握することは不可能であり、情報の量・質の格差を完全に解消することはできない。よって、「安全性の確保」を市場に委ねることは困難であり、国は「安全性の確保」のための適切な措置を講じる必要がある。
 また、技術的欠陥によって事故や災害が生じた場合、人命の喪失や公共交通機関の信頼性の失墜、交通渋滞、物流の停滞などの社会的損失の生じるおそれがあることを勘案すれば、国が事故・災害の未然防止や発生した際の影響を最小限に抑えるといった観点から輸送機器や運輸基盤施設の技術的要件を規定するなど「安全性の確保」について、適切な技術施策を講じることが重要である。
(ii) 「利便性の向上」に関する国の関与
 「利便性」については、基本的には、運送事業者、製造事業者等のサービス戦略として各者の自主的な取り組みに委ねられ、事業者等の間での価格・サービス競争を通じて、多様なものが市場に展開されている。
 しかしながら、移動制約者を含め、利用者全般に対する円滑な移動環境の整備については、需要の喚起に結びつき難い、あるいは事業者間の調整を要するなど、個別の事業者や施設の設置管理者の自主性に委ねるのみでは利用者にとって必ずしも十分な水準の確保が図られないものがあるため、国が必要最低限の機能の確保の観点から、適切な措置を講じる必要がある。また、使いやすい運輸基盤施設や輸送機器とすることは、単に「利便性の向上」に資するということに留まらず、「安全性」の向上にも資することとなる。
(iii)「環境の保全」に関する国の関与
 環境問題については、公害や自然環境破壊など、第三者に対して影響を与えるいわゆる「外部不経済」という性格を有しているため、運送事業者等と利用者等との間の問題として市場原理のみに委ねることはできない。また、機器の製造、施設の整備からその廃棄、撤去までを含めたライフサイクル全般を見通した適正な措置は、個別の事業者等の対応だけでは困難な場合がある。
 さらに、最近の環境問題のグローバル化、深刻化、緊急性等に鑑みれば、「環境の保全」を一層確実にするために、国が必要な施策を講じることが重要である。
2.技術的規制に求められる条件
(1)行政の効率化・透明化
 利用者や事業者の自主性に配慮した国の関与が求められていることに対応し、安全性や環境水準に関する情報の提供により、市場を通じて優良な交通運輸サービス等が選択される環境の整備を図る必要がある。
 また、技術的規制においては、導入及び実施段階でその効果を点検するなど、不断の見直しや改善が加えられていくことが重要である。このため、技術的規制の合理性及び妥当性について評価を行うとともに、その結果を国民に提供するなど、国民に対する「説明責任」を果たし、行政の透明化を図ることが必要である。
(2)技術の進展への柔軟な対応
 製造事業者や運送事業者などは、耐久性の優れた材料の活用や、品質管理技術の改善、運行システムの自動制御化など新技術の活用を図ることにより、絶えず、信頼性の向上や、新たな製品、輸送サービスなどの開発、各種コストの縮減などに努めている。輸送機器や運輸基盤施設についての技術基準や認証制度が、技術の進展を踏まえた事業者のこうした努力を阻害する要因になってはならず、むしろ、これを促進する弾力的な施策に改めていくことが肝要である。
 また技術の進展は、例えば、自動制御技術におけるマン・マシン・インターフェイスの安全性問題や、リサイクル技術の進展に伴うライフサイクル・アセスメントの必要性など交通運輸分野における「安全性の確保」や「環境の保全」の推進の観点からの新たな政策課題を提起することにも十分留意する必要がある。
(3)国際化への対応
 地球温暖化問題など地球規模の環境問題や、国際条約で定められた要件に適合しない外国船舶の増大、外国籍航空機の事故の発生といった問題が顕在化しているが、このような一国の取り組みでは解決が困難な課題に対して国際的に協調して取り組む必要がある。
 また、いわゆる大競争時代の到来に対応するため、技術的規制がそれぞれの国の制度や慣習、事故、公害の状況によって異なる面があることに十分に配慮したうえで、可能な限り国際規格の活用など基準や認証制度の国際的調和を図り、企業の国際的な活動の活性化に資する基盤の提供に努める必要がある。
3.技術的規制の今後のあり方
 このような条件を踏まえた、今後の技術的規制及び関連施策のあり方は以下のとおりである。
(1)情報の量・質の格差を解消するための情報提供等の推進
 交通運輸においては、事業者と利用者等の間などに生じる情報の量・質の格差を完全に解消することは困難であるが、利用者等が適切に選択するための判断材料として、安全や環境に関する性能水準、不具合発生状況、事故原因等に関する情報を適切に提供することは、事業者等のサービスに対する意識や、利用者等の選択意識の向上を促すという観点から重要である。
 なお、交通運輸の「安全性」や「環境水準」に関する情報は、利用者等の適正な判断に資することが目的であることを念頭に置き、公開すべき対象や情報の内容については、各モード毎の事情を十分に配慮する必要がある。また、このような情報の提供については、公正なデータの入手や公正な立場での情報提供など、現時点では国が実施するほうが適切な場合が多いが、民間の役割も重要であり、今後、国及び民間が関与すべき情報提供関連業務の内容について十分に検討するべきである。
 また、情報を効率的に管理し、広く一般に公開して効果的に活用するため、データベースの構築やそのネットワーク化を推進する必要がある。
 具体的な取り組みとしては、以下のものが考えられる。
T)輸送機器に関する安全等の情報の公開
 量産型の輸送機器について、機器の購入者の選択時における参考となるよう、安全性能や対環境性能等に関する情報の提供を一層推進することが必要である。これにより、質の高い機器の普及促進が期待できる。
U)不具合に関する情報の提供
 量産型の輸送機器又は輸送機器等に使用される量産型の部品に技術的不具合が発生した場合に、当該情報を製造事業者、運送事業者及び機器の使用者に対して迅速に周知することが重要であり、そのための方策を検討すべきである。これにより、技術的不具合による事故の大量発生を防止することが可能となる。
 この場合、製造事業者に対する製品リコール制度、運送事業者に対する整備の改善勧告等による不具合への対処方策も併せて実施することにより、一層の安全性向上を図ることができる。
V)事故情報の活用
 運送事業者や利用者等が「安全性」などに関して選択を行う際のより適切な判断材料の提供や、技術基準や認証制度の見直し、試験研究課題の策定等に効果的な反映を図るべく、発生した事故の状況を詳細に調査分析し、その情報を活用することが重要である。このため、これを効率的に実施するための事故調査機能の充実が必要である。
(2)技術的規制の評価制度の充実・強化
 技術的規制に関しては、当該施策の効果や効率性を評価し、併せて広く国民の意見を求めていくことが重要である。
 施策の評価に当たっては、施策による便益とその費用について検討することが必要であり、例えば、便益としては事故率・故障率の低下、死亡又は負傷者の減少、事故・故障に伴う渋滞等の社会的損失の低減などを考慮し、費用としては輸送機器の性能向上や施設整備に必要な投資、技術的基準の策定や検査など技術的規制の実施に伴う経費などを考慮することが考えられる。また、評価手法、判断基準等を予め策定、公表するなどにより、透明性を確保した施策評価制度の充実・強化を目指すべきである。
 このような施策の評価を行うに当たっては、施策の根拠となる事故や不具合の状況や原因の明確化、関連する事故統計や事故の影響に関する情報の整備などが不可欠であり、また、各輸送モード毎の特性に配慮しつつ検討する必要がある。
 なお、技術的規制の合理化を図るうえで、「安全性」については個々の輸送機器のみならず乗員要件や運行(航)管理など輸送システム全体の安全性を考慮した評価、「環境水準」については輸送機器や運輸基盤施設の製造・整備から維持・管理、廃棄までを含めたライフサイクル全体での環境影響の評価に努めるべきであり、その評価手法の検討が望まれる。
(3)基準及び認証制度について
(i) 技術基準における性能基準の活用
 輸送機器や運輸基盤施設の設計の自由度を高めることにより、多様な製品やサービス等の開発、製造・整備コストの低減などの企業努力を促進することが求められている。このため、細部に至る仕様まで規定されている技術基準のうち、設計の自由度を確保することが望ましいものについては、必要とされる性能を示す基準とすることが適当である。
 技術基準をこのような性能基準とした場合には、仕様による技術基準に比べ画一的な設計や審査が困難となり、一般的により高い設計能力や審査能力が求められることとなる。このため、設計や審査の実施主体の技術能力を向上させることが必要であるとともに、設計者や審査者の基準適合性に関する判断を支援する観点から、必要に応じ性能基準に適合する標準的な仕様を提示すことも必要である。
 なお、標準的な仕様として、様々な任意規格の活用も考えられるが、これらは必ずしも「安全性の確保」や「環境の保全」の観点から定められたものではないことに留意する必要がある。
(ii) 認証制度における民間能力の活用
 個々の製品・設備の認証制度において、技術革新の進展状況、企業の品質管理能力の向上、製品・設備の特性等を踏まえ、受検者の負担軽減や認証制度の効率化を図るため、国民の生命・身体・財産の保護などに支障が生じないことを前提として、公正・中立な第三者による認証の導入等、可能な限り民間能力の活用を推進する必要がある。
 なお、これらの施策を推進するに当たっては、第三者認証機関等民間に対する国による随時の立入検査の実施など、業務が適正に行われることを確実にする措置を併せて講じる必要がある。
(iii)技術基準及び認証制度の国際化
 技術基準や認証制度は、それぞれの国の固有の事情もあることから一律に国際的整合性を確保することが困難な場合もあるが、企業の国際的な活動の活性化などの観点から可能な限り国際的整合化を図ることが望ましい。
 この場合、国際的な基準の整備が必要となるが、我が国の技術基準に立脚した基準の提案など、国際基準の策定に積極的に貢献すべきである。
 なお、既に国際基準が存在するものにあっては、受検者の負担軽減の観点から、その認証に当たり、他国のデータの活用を図るとともに、認証の国際的な相互承認の導入について検討し、条件が整ったものからその導入を図るべきである。
(4)その他の関連施策
(i) 技術の進展に伴うマン・マシン・インターフェイス等への配慮
 交通機関の自動制御や航行支援システムの高度化等に伴う人と機械、システム相互間のインターフェイスの在り方、ハードウェアに一体的に組み込まれるコンピュータソフトウェアの信頼性の確保方策等技術の進展とその活用の結果として提起される新たな課題に対して、適切な対応を行っていく必要がある。
(ii) 交通運輸分野における二酸化炭素排出の削減努力
 「気候変動に関する国際連合枠組条約第3回締約国会議(COP3)」において、我が国は二酸化炭素等の排出量を1990年を基準年として、2008年から2012年までに6%削減することを約束した。交通運輸分野においても、技術の進展を踏まえたエネルギー使用の効率化施策を進めることにより、これに貢献する必要がある。
(iii)「安全性の確保」や「環境の保全」に関する国際条約の履行の確保
 船舶や航空機など国際的な輸送手段について、国際条約の履行を確保し、我が国の国土や国民の安全性と環境水準を確保するため、安全性や環境に関する国際条約を遵守していないものを排除することが必要とされている。このため、国際的な協調の下で、例えば外国船舶への立入検査などの施策の強化や、国際機関が行う安全監視活動への協力の推進が必要である。
(iv) 移動・輸送の円滑化の推進
 従来より国は、移動制約者対策として公共的施設における段差、通路の狭隘等の障害物の改良、エレベーター・エスカレーターの設置や、利用しやすい輸送機器の普及の推進などに取り組んできた。今後とも、人の移動や物の輸送の一層の円滑化により、交通運輸の利用者の利便性向上を図るため、技術の進展などを踏まえ、臨機に既存の規則・ガイドラインを見直し、より実効性のある施策とすべく検討していく必要がある。また、移動制約者の一層の社会参加を促すためのバリアフリー施策の推進や、異なる事業者間、異なるモード間の結節点における案内標識や機器様式の統一化などの施策の推進が望まれる。


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