第3章 技術研究開発に求められる条件と今後のあり方

1.国が関与すべき技術研究開発
(1)技術研究開発における国の役割
 例えば将来の総合交通体系の構築、二酸化炭素等の温暖化ガスの排出量の効果的削減、交通事故撲滅のための総合政策の構築など、国が主体的に取り組むべき重要な行政課題に関しては、国は達成すべき行政上の目標や技術研究開発の課題を明確化し、産学官の連携体制を構築し、それぞれの役割を調整するなど主導的な役割を果たすとともに、先導的な技術研究開発を推進していく必要がある。
 また、国民生活の向上に大きく貢献するが、民間の自主性のみに任せていては十分な成果が期待し難い技術研究開発に関しては、国は自ら技術研究開発を行い又は民間への所要の支援を行うことにより、その推進を図る必要がある。
(2)国が関与すべき技術研究開発の性格
 輸送機器や運輸基盤施設などの技術基準の策定に必要なデータの公正・中立性の確保、基礎的研究における国が果たす役割の重要性、あるいは実用技術に向けた民間の技術研究開発の促進などの観点から、以下のような性格を有する技術研究開発に対し、国は積極的に関与する必要がある。
(i) 公正・中立性が求められる技術研究開発
 交通運輸における技術基準のうち、国民生活において必ず遵守されるべきものは、法律に基づく強制基準とされ、さらにその遵守を確実にする必要がある場合には認証制度等が設けられている。このような技術的規制の実施においては、国は、公正性及び合理性確保の観点から、その根拠となるデータの収集・解析や効果の評価手法の技術研究開発に関与することが求められる。
 また、最近のナホトカ号の油流出事故や阪神淡路大震災に代表されるような、事故や災害などに対しても、公正さを確保しつつ迅速に安全対策を確立するため、その発生原因の調査・分析に国が中立的な立場で関与することが求められる。このような、公正・中立性が求められるデータの収集・解析や、事故・不具合の発生原因の調査・分析など政策の目標レベルを設定するための技術研究開発は国が関与し推進する必要がある。
(ii) 国民生活の向上に資する技術研究開発のうち、先導的・基礎的であるため投資の回収が不確実である技術研究開発
 超電導磁気浮上式鉄道(リニアモーターカー)、超大型浮体式海洋構造物(メガフロート)、次世代航空航法システムなど将来その活用が期待される技術研究開発、不特定多数の幅広い分野に貢献する基礎的研究など、技術研究開発の成果が国民生活の向上や経済の発展などの社会全体の利益として期待できるものの、大規模な研究経費を要するため投資リスクが大きいもの、先導的・基礎的であるため技術研究開発投資の回収が不確定であるものについては、確実な利益を重視する民間においては行われない可能性が高い。
 このような技術研究開発については、国が関与し適切に推進する必要がある。
(iii)社会的ニーズは高いが、直接企業利益に結びつき難い技術研究開発
 環境に配慮した輸送機器や運輸基盤施設の整備技術、バリアフリー等移動制約者の利用に資する技術、運用の安全性や耐震性向上など運輸基盤施設の安全性を高める技術、効率的な公共施設整備のための技術などに関する技術研究開発は、社会的ニーズは高いが、その成果によって十分に収益が得られないことから採算性を重視する民間においては行われない可能性が高い。
 このような技術研究開発については、国が関与し適切に推進する必要がある。
(3)技術研究開発の実施に当たって配慮すべき事項
 上記の技術研究開発の実施に当たっては、その実施体制のあり方について、特に以下の2点に配慮する必要がある。
 第一に、技術研究開発においては、具体的な研究開発目標に沿った形で基礎的な段階から実用化の段階まで一貫して推進することが極めて重要であるため、この点に配慮した技術研究開発の実施体制とすることが必要である。
 第二に、交通運輸分野においては、行政機関のみならず国の研究機関が、国の役割の中で技術研究開発の実施主体として重要な位置を占め、また、事故や災害など緊急な対応を要する事態に対して専門的見地から迅速に対応する必要があることに鑑み、行政と研究機関との一体的な連携が重要であることにも留意する必要がある。
2.技術研究開発に求められる条件
(1)研究活動の効率化・透明化
 我が国の厳しい財政状況等に鑑み、政府はその再建を目指し平成9年11月、「財政構造改革の推進に関する特別措置法」を制定した。また、国民の公共投資に関するコスト意識も高まっており、公的資金の効率的執行が一層強く求められている。このような状況に対応すべく、技術研究開発投資の一層の効率化はもとより、基礎から応用に至る技術研究開発活動全般を効率的・効果的に実施していくことが必要である。
 また、平成8年7月に策定された科学技術基本計画において、国費による技術研究開発に係る厳正な評価のための枠組みの整備とその評価結果を技術研究開発資源の配分に反映していくことが重要な施策の一つとして位置づけられ、平成9年8月には評価を実施するうえでのガイドラインとなる「国の研究開発全般に共通する評価の実施手法の在り方についての大綱的指針」が策定された。
 交通運輸分野においては、国立試験研究機関、特殊法人、民間等の技術研究開発の実施主体において、目的・性格の異なる多様な技術研究開発が実施されているが、国の関与する技術研究開発の評価を実施するため、厳正で透明性が高く、かつ、効果的・効率的な枠組みを整備する必要がある。
(2)技術の進展を踏まえた総合的な対応
 運輸技術の対象は、輸送機器や運輸基盤施設、運行(航)支援システム等幅広い分野に及んでいる。従来の技術研究開発においては、各モード毎にこれを推進することが基本であったが、今後は、新技術の導入、高度情報技術などの新技術と既存技術との融合、人や環境に優しい交通運輸システムの構築などを考慮しつつ、モード横断的な交通運輸システム全体の技術研究開発を総合的な視点から推進していくことも必要である。
 さらに、我が国の経済社会の活力を維持・向上させるためには、交通運輸の高度化に必要な新たな技術の創出を促進することが重要であり、そのためには特定の実用技術の開発を目指した応用研究のみならず、その基盤となる基礎的研究を効率的に推進する施策が必要である。
 なお、新技術の実用化に際しては、事前にその安全性、信頼性を十分に評価するとともに、その技術が広く社会に受け入れられるものとすることが求められる。
(3)国際化への対応
 交通運輸の技術研究開発においては、古くから国際的な協力協定を締結するなど、協力体制の整備に努めてきたところであるが、諸活動のグローバル化に対応して、研究者、技術者の交流や共同研究の実施など一層の国際的な協力体制の整備を図り、共通課題についての協調した取り組みや技術研究開発の成果の共有化を促進することが必要である。さらに、可能な分野では我が国が世界への情報発信や主導的な技術研究開発に関する役割を担うなど積極的に取り組んでいくことが重要である。
3.国が関与する技術研究開発の今後のあり方
 以上の条件を踏まえ、今後の技術研究開発のあり方は以下のとおりである。
(1)総合的な交通運輸システムの構築を目指した技術研究開発の推進
 21世紀の交通運輸システムの構築を目指し、高度情報化技術など将来技術の可能性を見通しつつ、環境影響やコスト縮減などについてライフサイクル全般を考慮し、効率的な物流システム、都市内・都市間の新しい交通システム、人と機械、及びシステム相互間の円滑なインターフェイス構築などの総合的な技術研究開発を積極的に推進する必要がある。この場合、そのために必要とされる技術を的確に把握したうえで実現方策を検討し、技術研究開発計画を明確化したうえで推進していくことが肝要である。
 現在、各輸送モード固有の要素や交通運輸システムに関する技術研究開発の長期的あり方については、運輸技術審議会の16号答申(平成3年6月)及び関連答申に基づき鋭意推進されているが、今後、総合的な視点、社会経済状況の変化、これまでの技術研究開発の進捗状況や21世紀の交通運輸行政の課題を踏まえつつ見直していくことが必要である。
(2)国際的な技術研究開発への貢献
 地球環境問題をはじめとして国際的な対応が求められる技術研究開発について、積極的に貢献していかなければならない。例えば、地球温暖化問題について、「気候変動に関する国際連合枠組条約第3回締約国会議(COP3)」の結果を踏まえ、各国と連携をとりながら、温暖化ガスの排出削減に向け一層の技術研究開発を推進することが必要である。また、世界の各地域で技術者資格の相互承認が進んでいる状況にも留意し、これに対応した条件整備など技術研究開発活動の国際化にも配慮していく必要がある。
 また、デファクトスタンダードによる市場の占有など規格を制したものが市場を制する状況にあることを踏まえ、将来の国際標準となることを視野に入れつつ技術研究開発を推進することが重要である。具体的には、技術研究開発の成果が国際的に取り入れられるものとなるよう努めるとともに、そのための国際的な連携体制の整備等を積極的に推進することが必要である。
(3)効率的・効果的な技術研究開発の実施体制の確立
 技術研究開発を陸・海・空の各モード間において十分調整の図られたものとし、各モードにおける技術研究開発の成果を総合的に活用するなど一体的な技術研究開発を促進するため、運輸技術審議会の一層の活用及び運輸省技術研究開発推進本部機能の充実を図ることが肝要である。
 また、交通運輸分野における技術研究開発を一層推進するためには、産学官の研究機関が人材、施設、情報などについて相互に連携を図り、技術研究開発資源の一層の有効活用を図ることが重要である。
(4)技術研究開発の評価の実施
 国が実施する技術研究開発の課題と体制について、外部の者による評価を基本とした厳正な評価制度を導入するとともに、評価結果の公開及び研究資金などの技術研究開発資源の配分への反映等を図り、技術研究開発の一層効率的な実施に努めるべきである。また、国費を投入した技術研究開発を実施する特殊法人などの行う技術研究開発についても、これに準じた評価の枠組みを整備する必要がある。その際、基礎的研究など達成目標が立て難く、その成果は必ずしも短期的に発現するとは限らない技術研究開発があることにも十分留意することが肝要である。
 なお、評価の基準、評価者、評価結果などについては、特許権等の知的所有権、個人情報の保護等に十分配慮しつつ、可能な限り公開を図るべきである。
(5)新技術の実用化方策の推進
 交通運輸に関する技術は、国民生活に直接結びつく公共性の高いものが多く、社会に必要とされる新技術が速やかに導入され、普及するためには、その有効性や経済性を分かりやすい形で国民に明らかにし、社会的認識を高めることが重要である。このため、実用化を迎えた新技術について、期待される社会経済効果を明示する有効な手段の一つとして実証試験を積極的に展開し、広報するとともに、必要に応じ公的支援にも配慮することが望ましい。
 さらに、社会が真に求める技術を実現していくためには、輸送機器や運輸基盤施設単体での実証に止まらず、総合的な交通運輸システムとしての効率性・利便性を実証する必要があることにも今後一層留意していく必要がある。
(6)21世紀に向けた技術シーズの発掘
 科学技術創造立国を目指す我が国にとって、21世紀に向けた技術シーズの発掘は重要な課題といえるが、ここ十数年の技術研究開発の状況は、革新的な進展があったとは言い難く、むしろ過去の発明や発見の遺産に依存しているともいえる。このような状況は運輸技術においても同様であり、今後は、交通運輸分野における基礎的研究の推進によって創造的な技術シーズの発掘に努め、その成果を蓄積することにより我が国の運輸技術のポテンシャルを高めることが肝要である。
 このような状況の下、平成9年10月には、陸上輸送、海上輸送及び航空輸送の円滑化に資する技術のさらなる向上を図るため、研究テーマの選択を公募方式とした「運輸分野における基礎的研究推進制度」が創設された。今後は、本制度の拡充により基礎的研究活動の一層の活性化を図るべきである。


戻る