3 生活交通の維持のための方策 3 生活交通の維持のための方策
(1) 生活交通維持方策の必要性
 1(2)で述べたように、そもそも交通需要が少ない地域については、需給調整規制が廃止されても競争的な交通サービスの市場が形成されず、むしろ一時的又は部分的な参入によって採算が一層悪化すること等による交通事業者の退出により、生活交通サービスの休止や廃止といった地域の住民にとって重大な不利益がもたらされるという問題が生じるおそれがある。
 また、交通事業においては、従来から、生活交通サービスの維持についての地域の要請もあり、同一事業者内の異なる路線、区間又は季節の間の内部補助により交通サービスあるいはそのネットワーク全体を維持運営することが事業経営上の判断から一般的に行われており、その結果として、現行の助成制度と相俟って、採算上問題のある交通サービスの維持が図られてきたという事実がある。しかしながら、今後、需給調整規制の廃止による採算路線・区間における競争の激化に伴い、採算路線から不採算路線の維持のための財源を確保することが困難となり、その結果、生活交通の維持に支障をきたすことが予想され、一方では、生活交通を維持するために必要となる公的負担が増加するといった切実な問題が生じることとなると考えられる。
 これらの問題に対処するためには、政策的に維持する必要がある生活交通の分野において、サービスの供給の休止や廃止の防止又はその円滑な代替の確保のための何らかの適切な仕組みを例外的かつ限定的に用意する必要があり、そのための具体的な方策としては、各交通モードの事情を考慮して、4に述べる経営効率化を促進するための措置を含め、以下のような各種の方策を適切に組み合わせて対応することが適当である。

(2) 参入及び退出についての仕組み

(i) 参入についての仕組み
 需給調整規制が廃止された場合には、バス、海上交通及び航空においては、モードによってその蓋然性や程度に差異はあるものの、次のような一時的又は部分的な参入が予想される。
イ. 夏休み等季節により一時的に需要が増大する場合のみを対象とする参入
ロ. 朝・夕のラッシュ時間帯に一時的に需要が増大する場合のみを対象とする参入
ハ. 一つの路線や航路のうち需要の多い一部の区間のみを対象とする参入
又は、
ニ. ネットワークによる面的なサービスが供給されている場合における需要の 多い一部の路線・エリアのみを対象とする参入
 このような参入は、一般的には、市場原理の導入の結果として当然予想され、これによる競争を通じて利用者利益の増大がもたらされるものと考えられるが、(1)で述べたように、需要が少ない生活交通の分野においてこのような一時的又は部分的な参入、いわゆるクリーム・スキミング(※)が行われる場合には、地域の生活交通について年間を通じて一体的にサービスの安定供給を担う者の収入を減少させ、その採算に悪影響を及ぼし、結果として、当該地域の生活交通サービスの維持に支障をきたすことが懸念される。このような、一部の利用者の利益にはなっても、結局、当該地域の生活交通サービスの利用者全体にとっては不利益につながるような事態については、生活交通サービスの確保の観点からこれを回避する必要があると考えられる。このような場合においては、例外的かつ限定的に、上記のような参入を制限するための一定の規制、調整等の措置を制度化する必要があると考えられる。このことは、現下の厳しい財政状況の中で、国・地方双方の限りある公的財源に基づき生活交通維持のための支援策を講じていかなければならないという現実的要請に応えるものでもある。
 この場合における措置としては、例えば、上記のような参入の制限のための直接的な規制や、このような参入に対し一定の経済的な負担を求めることによる調整なども考えられ、今後制度設計の段階で具体的に適切な仕組みを検討することが適当である。併せて、一定の規制、調整等の措置を適用するための基準・要件の明確化や、手続の透明性の確保について十分配慮するとともに、これらの措置により経営効率化のインセンティブが阻害されることのないように、4に述べるように適切な措置を講ずることについて検討する必要がある。
 なお、生活交通の分野における一時的な参入であっても、供給力が一時的な需要の増加に十分対応できないような場合には、むしろ利用者利便の増進に資することもあることに留意すべきであり、このような場合には、一時的な参入が認められ得ると考えられる。


※「クリーム・スキミング」とは、「牛乳から美味しいクリームだけをすくい取ること」より転 じて、ある分野のうち利潤の多い部分にのみ参入することを意味する。英語表記では、 “skimming the cream”。
 

(ii) 退出についての仕組み
 需給調整規制の廃止により参入の自由化が図られる場合には、退出についても事業者の自由な判断に委ねられることとなるのが基本である。しかし、生活交通からの退出については、必要な生活交通サービスの維持を図る観点から、参入についての仕組みや公的支援措置等との整合性を考慮して、一定の調整等の適切な仕組みを設けることを検討する必要がある。
 なお、この場合においても、その基準・要件の明確化や手続の透明性の確保について十分配慮する必要がある。

(3) 地域における多様な手法による対応
 生活交通の維持のための方策としては、以上のような参入及び退出についての仕組みのほかに、例えば、地方公共団体等関係者による当該地域における生活交通サービスの維持のための計画の策定や代替交通手段の確保を含む生活交通維持のための協議の仕組み、路線単位又は地域の交通ネットワーク全体を対象とした地方公共団体と交通事業者との契約による生活交通サービスの確保、民営事業者によるサービスが期待できない場合における公的主体による生活交通サービスの供給等の地域における多様な手法が考えられる。したがって、各交通モードの事情を考慮しつつ、これらの手法の導入及びその円滑な実施に必要な措置について検討することが適当である。
 その際、各地域における効果的な取組みの事例やノウハウが地方公共団体や交通事業者など生活交通の維持に携わる関係者に広く共有されるような仕組みを設けることが特に必要であると考えられる。

(4) 公的支援措置
 生活交通について、(2)及び(3)に述べたような仕組みや4に述べる経営効率化の促進のための措置を講じても、なおそのサービスを維持することが困難な場合には、以下に述べるように、国及び地方公共団体は、生活交通サービスを維持するための財政上・税制上の適切な支援措置を講ずることが適当である。
 国は、2(1)に述べたように生活交通の維持について一定の責任を有していることから、その責任の範囲内で、適切な支援措置を講ずることが適当である。
 一方、地方公共団体は、2(2)に述べたように地域及び地域住民に対する様々な観点から生活交通の維持について一定の責任を有していることから、それぞれの地方公共団体における生活交通の実情等に応じ、適切な支援措置を講ずることが適当である。
 生活交通の維持のための公的支援については、地方公共団体が単独で支援を行う場合は別として、国・地方公共団体それぞれの責任の範囲・程度に応じた交通モードごとの適切な分担・協同関係に基づいて、これを反映した仕組みを今後制度設計の段階で整備する必要がある。
 また、その際には、可能な限り公的負担の最少化を図る観点から、4に述べるように適切な措置を講ずることについて検討する必要がある。
 なお、国が支援を行うに際しては、所要の財源の確保に努めることが必要であり、現行の助成制度の活用を含め検討していく必要がある。また、地方公共団体が行う支援については、適切な地方財政措置が講じられることが望ましい。


4 経営効率化の促進
(i) 生活交通の維持のための方策においては、その制度的枠組みの中に不断に事業経営の効率化を促進するための措置が組み込まれていることが必要であり、このことが前述のような一定の規制、調整等の措置や公的支援措置が講じられることの大前提であると考えられる。
 このため、生活交通の維持方策を制度化する際には、各交通モードの事情を考慮して、以下に掲げるような経営効率化を促進するための措置をそれぞれ適切に制度に組み込むことにより、可能な限り、事業経営の効率化、サービスの改善、収入の確保等を追求することが適当である。
イ. 経営の透明化のための措置
  ・事業の経営情報の開示等
ロ. より効率的な事業主体への交替可能性を担保するための措置
  ・期限付きの事業許可、補助金入札方式による契約制等
ハ. 補助金の最少化のための措置
  ・補助金入札方式による契約制、標準経費制等
ニ. コストの圧縮・最小化のための措置
  ・分社化、独立採算化、外部委託化等を含む事業経営効率化の徹底
ホ. 収入の確保のための措置
  ・適切な水準の運賃設定等

(ii) 併せて、事業経営上の創意工夫を発揮させ、コストの圧縮を促進するための適切な規制緩和を引き続き推進するとともに、市場に関する情報提供等を通じ常に新たな参入への意欲を持たせることに努めることが望ましい。
 また、離島や過疎地域をはじめとして交通に対する需要が少ない地域における生活交通の維持を図るに当たっては、前述の各種の方策や経営効率化を促進するための措置と併せて、観光振興をはじめとした地域の活性化を通じた交通需要の喚起が重要であり、このための各般の施策が今後とも引き続き推進されることが望ましい。


5 離島交通
(i) 離島については、海により本土その他の生活拠点から隔絶されているため、交通機関の途絶が直ちに住民の基本的な生活を脅かすおそれがある。このため、従来から離島住民の足としての役割を果たす海上交通による公共交通サービスの確保が行政の最重要課題とされ、昭和27年以来離島航路整備法に基づく特別の生活交通維持方策が講じられている。
 離島と本土及び離島相互間の交通については、その手段が海上交通及び航空に限られることから、その維持方策について検討する際には、両モードについての考え方を明らかにしておくことが必要である。

(ii) このような視点に立って考えると、海上交通については、離島住民の生活必需物資の輸送の大部分を担っていること、空港が整備され航空が利用できる離島は限られること等の事情から、これが離島における基本的かつ普遍的な交通手段であると考えられ、したがって、国は、そのサービスの確保について一定の責任を有し、かつ、その責任は、航空との関係では相対的に大きいと考えられる。

(iii) 他方、航空については、別途海上交通という基本的な交通手段が存在するという事情にかんがみれば、航空サービスの確保に関する国の責任の程度は相対的に低いと考えられるが、近年及び将来における時間価値の高まり等を考慮すれば、一定の要件(離島と日常生活に必要不可欠な拠点都市との間を結ぶ路線であって、海上交通によることが著しく時間を要する場合等)を満たす離島航空路線については、国は、そのサービスの確保につき一定の責任を有すると考えられる。

(iv) 以上のような離島交通に係る海上交通、航空それぞれのモードの相違・特色を考慮しつつ、政策的に維持すべき生活交通の範囲、離島航空の維持のための運航費補助を含む生活交通維持のための方策等について、1から4までに述べた基本的な考え方に基づき、今後、制度設計の段階で具体的な基準、措置等を検討することが適当である。


6 陸上交通
(1)(i) 陸上における生活交通の維持方策について検討するに当たっては、離島交通の場合と比べ、一般的に自家用自動車その他の自家用交通手段を利用できる可能性が高いという大きな特色を有していることに留意しつつ、バスと鉄道について、その考え方を明らかにしておくことが必要である。

(ii) バスについては、地域内の交通手段として主として自家用自動車を利用できない住民の貴重な足として機能すること等を考えると、これが陸上生活交通における一般的かつ最低限の公共交通手段であり、国は、そのサービスの確保について一定の責任を有すると考えられる。この場合において、廃止バス路線の代替運行等既に市町村がその維持について役割を担っている生活交通の分野があることを念頭に置く必要がある。
 また、現在のバスサービスの実態が真に地域の利用者の需要に適合しているかについて疑問の声もあり、バスという従来のモードにとらわれずに、より小規模の需要に応じた新たなサービス形態の出現を視野に入れたり、あるいは、地域のスクールバス、福祉バス等他の行政目的で提供されている交通サービスとの連携を図ることについても、今後検討する必要がある。

(iii) 鉄道については、利用者が少なく収支採算性が悪化しているローカル線について、鉄道事業者が当該路線の維持に最大限の努力を払うことが期待されている。
 それにもかかわらず採算の確保が困難な路線は、交通需要が少なく鉄道のもつ優位性を十分に発揮できない状況にあり、また、コスト面でもバスなどの自動車交通の方が経済的であると考えられる。このような場合には、本来、より適切なモードへの転換を図ることが適当であるが、当該路線を廃止した場合に、代替交通機関による適切な輸送サービスの確保が困難で、かつ、その鉄道輸送サービスが継続されないと地域住民の日常生活に著しい障害が生じる路線については、地域における生活交通サービスの確保を図る観点から、より適切なモードによる輸送が可能となるまでの間の輸送サービスの確保について、国は、一定の責任を有すると考えられる。

(iv) 以上のようなバス、鉄道それぞれのモードの相違・特色を考慮しつつ、政策的に維持すべき生活交通の範囲、生活交通維持のための方策等について、1から4までに述べた基本的な考え方に基づき、今後、制度設計の段階で具体的な基準、措置等を検討することが適当である。

(v) なお、バスによる生活交通の維持方策については、
イ. 全国の広範な地域において、民営・公営合わせて約4万の系統から成るネットワークにより面的なサービスが供給され、その輸送人員も年間56億人に達しており(平成8年度)、都市部、地方部を問わず、その大半が現に生活に不可欠な交通サービスとして重要な機能を果たしていること。
ロ. しかしながら、その経営実態をみると、全系統の約7割が赤字という状況にあり、民営事業者については、その赤字をごく一部の優良路線の収益や国・地方公共団体による公的補助等で埋め合わせることにより、かろうじてそのネットワークが維持されているというのが現状であること。
という固有の事情を考慮しつつ、政策的に必要なバスサービスの維持に支障をきたすことのないよう、引き続き自動車交通部会において具体的な検討がなされる必要がある。

(2) 陸上交通においては、前述のとおり自家用自動車が利用される場合が多いが、今後地球温暖化などの環境問題やエネルギー問題への対応という面からは、相当程度の需要が存在する場合には、一般的にはバスや鉄道という大量公共交通手段の方がより優れていると考えられる。このような観点から、バスや鉄道の利便性の向上を図ることなどを通じて自家用自動車の利用から大量公共交通手段の利用へと誘導することは、生活交通の維持にも資する面があることにかんがみ、そのための施策の充実を図ることが適当である。
 さらに、今後の高齢化社会に対応した安全で快適な交通サービスの実現などの観点からも、バスの走行環境の改善や低床車両の導入促進などの公共交通手段の利便の増進を図るための措置を積極的に推進することが適当である。


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