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T.都市をめぐる社会経済の動向と都市整備の基本戦略

 1.社会経済の現状と動向

 現在、我が国は転換点にあると言われている。急速な経済成長が終焉し、内外において次のような大きな潮流の変化が生じつつあり、この機会を捉えて、我が国の都市の課題解決と機能の充実を進めることが求められている。

1)地球時代

 社会経済活動の地球規模での高度化・広域化に伴い、食料、資源、エネルギーの供給制約や温暖化、酸性雨といった地球環境問題が顕在化してきている。これに対応して、地球環境の保全と資源の循環利用を推進するための国際的枠組みが強化されつつあり、この中で我が国が主体的・先導的な役割を果たすことが期待されている。特に、二酸化炭素の排出量抑制は、産業や交通の総量を規定するものとして、環境負荷の小さな構造の実現など都市のあり方や生活水準を規定する重要な要素となる。
また、経済活動の相互依存度が高まり、地球全体が一つの圏域へと変化した結果、企業の立地や人の住み働く場所が国を越えて選ばれ、地域や都市間の競争が国際的広がりをもつ大競争時代が到来している。このため、次世代を担う新産業の受け皿として、また生産性の高い労働力の活動の場として、都市が魅力を高めることが重要となる。

2)人口静止時代

 我が国の総人口は、少子化を主な要因として21世紀初頭に減少に転じる。同時に、高齢化が先進諸国でも例を見ない速度で一層進展するものと予想されている。
 これに伴い、労働力の不足、貯蓄率の低下、医療・介護負担の増加等による経済成長率の低下と投資余力の減少が生じている。この影響を最小限にするため、生産や消費の効率化等の経済構造の変革、公共投資の重点化・効率化等が一層求められる。また、高齢者の社会参加を支えるため、その基本となる交通基盤や自宅介護を可能とする居住条件など、都市システムの変革が求められる。
 今後、高齢化とも相まって、都市への人口流入は縮小し、自然増を加味しても都市は、人口増加の圧力から解放されることになる。このような状況の変化は、人口集中への対応が中心であった我が国の都市政策、特に大都市政策を変容させ得るものとなる。

3)都市の安全

 平成7年1月17日の阪神・淡路大震災は、都市の安全性への信頼を打ち砕き、既成市街地を中心に多くの人命・財産を奪うとともに、幹線交通や産業基盤の機能を停止させ、被災都市のみならず全国の社会経済活動に影響を与えた。基盤整備が立ち後れた密集市街地において、建築物の倒壊や延焼が集中的に発生し、多くの死者を出したが、戦災復興事業により市街地整備が進んでいた地区では大規模な火災を免れるなど、相対的に被害が小さくなっている。また、倒壊家屋による多くの区画道路の閉塞やオープンスペースの不足が避難や救急救援活動に大きな障害となった。
 これを教訓として、住民や諸機能を守り得る安全な都市をハードとソフト両面で早急に形成することが求められている。

4)社会連携

 情報化の進展や交通基盤の整備に伴い、国民の意識・行動や企業の活動は広域化しており、人と人、公と民、地域と企業等のつながりが社会活動に重要な要素となるなど経済・文化・生活等様々な分野で多様な社会連携が生まれてきている。
国土構造にも変化の兆しが見え始め、大都市圏では業務核都市の成長に伴い多核構造化が進展し、郊外都市間の交通流動が増大するといった現象を生んでいる。地方圏では高速道路を中心とした高速交通ネットワークの整備を背景に中枢・中核都市がその拠点性を高めつつあり、その効用が広く周辺地域にも及んでいる。
 日常生活圏においても、都市が周辺の地域と一体となって住民や企業のニーズを充足する都市圏の形成が進んでいる。さらに、より高次なニーズに対応して、地域的に結び付きの強い都市圏間での広域連携も芽生えつつある。
 これらの社会連携の進展を受け、都市のあり方を地域のまとまりの中で考える新たな視点が求められている。

5)都市の個性と活力

 これまでの都市は、経済の高度成長と都市への人口集中に対応することに追われた結果、個性が失われてきたきらいがある。今後の都市は、地域固有の文化・歴史を尊重し、個性を伸ばすことによる自立を図ることを重視する必要がある。これは、経済の低成長の中での大競争時代、社会連携に対応するためにも重要なことであり、大都市は世界の大都市と競争する活力と魅力を、地方都市は社会連携の中での拠点となる魅力を有することが求められている。
 このため、地方分権化の流れにも対応しつつ、国と地方の適切な役割分担のあり方を踏まえ、都市の自立に向けた都市政策を確立することが求められている。

6)生活の豊かさと市民参加

 経済的な豊かさの実現や、自由時間の増加を背景として、物の豊かさよりも心の豊かさを、物質的な生活の利便性よりも自然とのふれあいや地域固有の文化・歴史を大切にする方向で人々の価値観が大きく変化している。同時に、地方都市はもとより大都市においても、定住意識の高まりによって身近な環境や生活空間への関心が高まり、まちづくり活動への取り組みが進められている。また、ボランティアやNPO、NGOなど市民の自発的な社会活動や地域社会への参加も高まっている。
 このような動きを踏まえ、豊かさを実感できる社会を実現するため、身近な都市空間のアメニティを重視し良好な環境の形成に努めるとともに、市民の参加意欲を生かしたまちづくりを推進することが求められている。
(注)
NPO(Non-Profit Organization):非営利法人及び市民運動やボランティア活動などをする人々が結成する民間非営利団体。
NGO(Non-Governmental Organization):政府機関に該当しない民間の活動組織。

  2.都市整備の方向性

 我が国は人口・産業が都市へ集中する「都市化社会」から、国民の大多数が都市住民となり産業・文化等の活動が都市を共有の場として展開する成熟した「都市型社会」への転換期にある。このため、都市化の中で生じた一極集中や住宅の遠隔化、交通混雑といった各種の歪みを是正し、高齢化等の動きに的確に対応するため、今後の都市整備も目指すべき方向を転換することが必要である。

1)量的拡大から質的充実へ

 産業の高度成長や都市への人口集中を背景として、新市街地の拡大及びこれに対応して都市基盤の整備を行う「量的拡大型」の都市整備を進めてきた。今後、社会経済の潮流の変化や時代の転換に的確に対応するため、都市整備を効率的に進める必要がある。特に、効率的で活力があり、同時に環境負荷の小さな社会を実現することやこれまでの都市整備の過程で課題となっている都心部のコミュニティの再構築を進めることが重要である。
 このため、地域の人々の理解と協力を得つつ、既成市街地のストックを活用した良好な環境の形成を進めるとともに、利用方法も含めた住宅・社会資本の再充実に施策の重点を移行することを意識して、「質的充実型」の都市整備を進めることが必要である。

2)連携と交流

 新たな社会連携の動きに対応し、地域の自主性を尊重した分権型の地域社会に転換するため、個性が活力を生み連携が不足を補う成熟社会の構築が不可欠である。このため、都市を取り巻く交流基盤としての広域交通体系の一層の整備を進めるとともに、中心となる都市における都市機能の充実、快適な生活環境の形成により、地域の自立を促し、個性的で活力ある地域社会を形成することが必要である。
 具体的には、地域の活力・文化・交流等の中心となる都市において、地域特有の風土、歴史・文化的資産、産業の集積等に根ざした個性的で魅力ある都市づくりを推進することが重要であり、個々の都市が全国一律ではない自画像としての将来像を描き、都市整備を進めることが必要である。
 同時に、一つの都市が全ての機能を持って独立するのではなく、生活圏としてつながりを持った地域の中にあるそれぞれの都市が、都市機能の一部を分担し合うことも含めた連携を促進することが必要である。このため、都市圏として将来像を共有し、圏域内の交通や情報基盤を充実するとともに、核となる中心市街地や拠点的な市街地を圏域全体の交流の場として充実させていく必要がある。

3)公民の協同と役割分担

 都市化社会においては、公共が主導的立場にたち、かつ公共と民間の役割が明確であったため、公共と民間が社会資本と住宅に代表されるそれぞれのストックの形成を第一義としてきたが、成熟した都市型社会を迎えつつある今日、これまでの取り組みから転換し、相互に連携を取って良質な地域社会を実現しようという機運が芽生えてきている。また、都市へのニーズが高度化・多様化し、市民や地域の住民の参加意欲も高まっていることから、都市整備の分野においても、市民・住民や民間企業などの多様な担い手の参加と協力が重要となってきている。
 このため、今後は、都市整備を有効かつ円滑に進める視点から、公民がそれぞれの役割と責任を分担しつつ、協同して都市整備を推進する必要がある。
 特に、行政と住民の協同のあり方としては、行政が主導的立場に立ち、その考え方を積極的に住民に提示して意見を吸い上げていくという行政からのアプローチ(行政提案型)と、住民が主導的立場に立ってまちづくりの方向性をとりまとめ、行政に支援と協力を求めるという住民からのアプローチ(住民提案型)があり、都市整備の内容やスケールによって適切な方式を選択することが必要である。例えば、都市構造、広域交通、既成市街地の再生・再構築といった都市全体の必要性からの都市整備については、住民の意見を求めつつ、行政が責任を持って推進する必要がある。また、身近な地区スケールのまちづくりは、住民が主体的に取り組み、その実現にあたる中で行政が必要な支援を行う、という公民協同のシステムを構築する必要がある。
 さらに、行政と住民との間で的確かつ広範囲に情報を発信するマスメディアの役割と、接着剤的立場で公共と民間双方に提案を行うコーディネーターの役割が、一層重要になると考えられる。

  3.都市整備の進め方の改革

 都市機能の充実及び快適な居住環境の形成を図り、「質的充実型」の都市整備を実現するためには、効率的・効果的な投資と財源の確保が必要である。このため、これまでの取り組みを踏まえ、都市や地域の将来像実現の視点に加え、空間、財源等の各種制約を念頭に置きつつ計画及び事業の進め方を改革する必要がある。

1)ビジョンの策定と実現

 将来の都市像や市街地像が流動的であった「都市化社会」から「都市型社会」への移行に伴い、長期的な視点からそれぞれの将来の都市像や市街地像をビジョンとして明らかにし、実現に取り組む都市整備の進め方が求められる。
 このため、具体の都市生活像を念頭におきつつ、将来の都市像と市街地像及びその実現に向けた基本的な進め方をマスタープランとして策定する必要がある。また、策定されたマスタープランは固定させることなく、都市や市街地を取り巻く状況の変化に応じ適切に見直していくことが重要である。
 それぞれの都市のマスタープランの策定にあたっては、行政と市民・住民が意見交換し、必要に応じ実現に至る手順や役割分担まで踏み込んだ検討を行い、その結果を共有することによって、都市整備の実施段階においての市民・住民の協力を確実にすることが重要である。このようなマスタープランとして、「市町村の都市計画に関する基本的な方針」を活用することを基本としつつ、これが広く都市整備の方針としても機能することが必要である。
 また、都市間の多様な交流・連携を進め、圏域内で高次都市機能が享受できる自立的な地域構造を確立することが必要であり、まとまりを持った都市圏として将来像を共有することも重要である。このようなマスタープランとして、「整備、開発又は保全の方針」の充実・活用が求められる。
(注)
「市町村の都市計画に関する基本的な方針」:市町村自ら定める都市計画のマスタープランとして、住民の意見を反映させて、都市づくりの具体性ある将来ビジョンを確立し、地域別のあるべき市街地像、地域別の整備課題に応じた整備方針、地域の都市生活、経済活動等を支える諸施設の計画等を市町村がきめ細かくかつ総合的に定めたもの。「市町村のマスタープラン」とも略称される。
(注)
「整備、開発又は保全の方針」:都市計画全体の指針となり、それぞれの都市のマスタープランとなるべきものとして、市街化区域及び市街化調整区域に関する都市計画に定められるもの。

2)既存ストック活用の重視

 快適で活力ある都市を形成するためには、引き続き都市基盤の充実が重要である。この整備に当たっては、幹線道路網のように、その形成が不十分であるため交通混雑の慢性化や土地の有効利用の妨げとなっているような根幹的な施設の整備を効率的・効果的に実施することが必要である。あわせて、これまでに築いてきた社会資本ストックを活用し、地域の経済や交流を支える空間として、或いは良好な市街地を形成する施設として、再整備・再構築することが重要である。特に、人口・産業が集積し一定の社会資本の蓄積はあるものの新しい時代のニーズに応えきれていない中心市街地をはじめとする既成市街地の再整備を進めるとともに、バイパスや環状道路の整備により交通負荷が軽減され機能更新が可能となった既存道路の空間の再構築や、容量にゆとりのある貨物線の旅客線としての活用を進めることが必要である。
 なお、この場合、効率的な投資に配慮しつつ、後世に良質な社会資本を引き継ぐという視点から、ライフスタイルが長く景観や文化性にも配慮したストックの形成が必要である。

3)総合的・効果的な事業の展開

 国民のコスト意識の高まりに応えつつ、行政分野でのコストの削減及び我が国の高コスト構造の是正を進めるため、都市整備においても、国民意識や地域のニーズを的確に把握しつつ、計画と事業の各段階における進め方を改革し、効率的・効果的な投資を行うことが必要である。
 このため、事業の重点化、制度の柔軟な運用を行うとともに、建築物の整備や公共交通の運営改善等関連事業の一体的な実施等によって、投資効果の早期発現や効率的な事業実施を実現することが求められる。
 また、都市整備の進捗により、都市活動が円滑になり社会の高コスト構造が改善されることや、環境負荷が少ない都市が形成されるといった視点も重要であり、円滑でエネルギー効率の高い都市交通システムの実現や技術開発を誘発する次世代市街地の先導的整備等の視点を重視していくことが必要である。
 さらに、国民に対し、都市整備の事業実施に関する透明性を確保するため、事業を進めていくうえでの基本方針や整備優先順位の策定・公表、効果の周知等を行うことが重要である。

4)地方分権型社会における地域の選択と国の支援

 個性豊かな都市の実現のためには、それぞれの地域や都市が自律的に将来像を選択することが必要である。これにより、都市の自立が促されると同時に、各都市が自己の責任において全国的な都市間競争に対処していくことが重要である。
 一方、国は、国家的見地、例えば、都市間の階層型構造から水平的ネットワークへの国土構造の転換の促進、大都市圏対策、業務核都市や地方拠点都市等の政策区域の整備推進、さらには、地球環境への負荷の軽減、エネルギーや資源の有効利用の促進、高齢者や障害者等の社会参加を支える社会環境の確保、安心して子供を産み育てられる環境の整備等の観点から、国として目指すべき都市の方向を想定し、その実現に向けて、財政的、制度的な面で重点的に支援を行うべきである。
 さらに、全国的に共通で重要な都市問題の解決のための施策は、その実施や効果が地域的に限定されるものであっても、国として先進的な取り組みに対し各種の支援を行い、その解決の道筋や評価を全国に示すことが必要である。同様に、将来の市街地像を実現する先導的な技術開発を取り込んだ都市整備に対しても、開発リスクを軽減し導入を促進するために、国としての支援が求められる。