はじめに

  

(1) 目的

 官庁施設においては、膨大なストックの蓄積の一方で、ストックの老朽化が進行しており、修繕・改修等に要するコストの急激な増加が予測される。また、使用年数の長期化、行政需要の多様化、環境保全、コスト縮減等の要請への対応が急務となっている。しかし、少子・高齢化社会の到来などにより、投資余力の減少が予測されており、より一層効率的な保全の実施が求められている。
 そこで、保全計画や保全情報を有機的に連携させて、保全を適正に行うシステムを、マネジメント技術として確立することにより、官庁営繕部による保全指導の充実を図るとともに、官庁施設の一層の有効活用を実現することを目的とする「官庁施設のストックマネジメント技術」について検討するため、「官庁施設のストックマネジメント技術検討委員会」を平成11年10月に設置した。本委員会は、平成11年度、12年度の2ヶ年で検討を行う予定であるが、本報告書は平成11年度における検討内容についてとりまとめたものである。 

(2) 検討体制

 建設省に「官庁施設のストックマネジメント技術検討委員会」を設置し、包括的な検討を行うとともに、(財)建築保全センターに分科会を設置し、具体的検討を行った。

官庁施設のストックマネジメント技術検討委員会

委 員 長 沖塩荘一郎 宮城大学デザイン情報学科教授
副委員長 今泉 勝吉 工学院大学名誉教授
委  員 小松 幸夫 早稲田大学建築学科教授
委  員 樫野 紀元 建築研究所第二研究部長
委  員 石神 隆  法政大学人間環境学部教授
委  員 佐藤 隆良  株 サトウファシリティーズコンサルタンツ代表取締役
委  員 松縄 堅   株 日建設計取締役
委  員 後藤 志郎  社 建築業協会
委  員 梶野 善治  社 全国ビルメンテナンス協会
委  員 島田 高樹  社 日本電設工業協会
委  員 遠山 精一  社 日本空調衛生工事業協会
委  員 木口 修二 郵政省大臣官房施設部建築企画課保全企画室長
委  員 山本 康友 東京都財務局営繕部コスト管理室長
委  員 石塚 義高  財 建築保全センター審議役
委  員 塩原 壮太  財 建築コスト管理システム研究所 審議役
専門委員 野城 智也 東京大学生産技術研究所第5部助教授
専門委員 柳瀬 正敏  株 柳瀬建築総合研究所代表取締役
専門委員 丸尾 聰  日本総合研究所主任研究員 
専門委員 関  幸治 日本IBM(株)FMS事業開発部FMコンサルティング部長
専門委員 吉岡 洋一 日本メックス(株)研究開発部担当部長
専門委員 伊香賀俊治 東京大学生産技術研究所第5部助教授
専門委員 本橋 健司 建築研究所維持保全研究室長
専門委員 阿部 絋己 日本建築設備診断機構技術委員長
委託者側委員  長谷部俊治 官庁営繕部管理課長
前委託者側委員  春田 浩司 前官庁営繕部営繕計画課長
委託者側委員  横井 孝史 官庁営繕部営繕計画課長
前委託者側委員  横井 孝史 前官庁営繕部建築課長
委託者側委員  奥田 修一 官庁営繕部建築課長
委託者側委員  坂  智勝 官庁営繕部設備課長
委託者側委員  佐々木 良夫 官庁営繕部監督課長
委託者側委員  足立 守  官庁営繕部保全指導室長
 
   分科会((財) 建築保全センターに設置)
  保全計画分科会






 


主 査 佐藤 隆良  (委員会委員)
委 員 石神 隆   (委員会委員)
委 員 野城 智也  (委員会専門委員)
委 員 柳瀬 正敏  (委員会専門委員)
委 員 土屋 邦男  官庁営繕部営繕計画課建設専門官
委 員 林  理   官庁営繕部保全指導室建設専門官
委 員 高久 信彦  官庁営繕部保全指導室課長補佐
 
 
情報化分科会






 


主 査 沖塩荘一郎  (委員会委員長)
委 員 丸尾 聰   (委員会専門委員)
委 員 関  幸冶  (委員会専門委員)
委 員 吉岡 洋一  (委員会専門委員)
委 員 山田 稔   官庁営繕部特別整備企画室課長補佐
委 員 大町 徹   官庁営繕部保全指導室課長補佐
 
 
保全技術体系化分科会







主 査 小松 幸夫  (委員会委員)
委 員 伊香賀俊治  (委員会専門委員)
委 員 本橋 健司  (委員会専門委員)
委 員 阿部 紘己  (委員会専門委員)
委 員 柊平 健   官庁営繕部建築課課長補長
前委員 仲江 肇   前官庁営繕部建築課課長補佐
委 員 鈴木 寿一  官庁営繕部設備課課長補佐
委 員 辻川 孝夫  官庁営繕部保全指導室施設管理官
 

1.官庁施設の保全の現状と課題

    

1.1 保全の現状

(1) 現状の保全の仕組み

国家機関の建築物等の保全については、「官公庁施設の建設等に関する法律」第9条の3において、「各省各庁の長は、その所管に属する建築物及びその附帯施設を、政令で定める技術的基準に従い、適正に保全しなければならない」と規定している。この政令で定める技術的基準に相当するものとして、昭和57年に「国家機関の建築物等の保全に関する技術的基準」「保全基準」)を定めている。
これらに基づき、建設省は各省庁に対し保全指導を行っており、また保全の実施に必要な技術基準類は、(財)建築保全センターが出版等の普及活動を行い、各省庁の施設管理者や保全に関する技術者を支援している。


(2) 保全指導行政の経緯

 保全指導行政は、筑波研究学園都市完成後の施設管理が課題となってきた昭和50年代前半より、新たな展開をしており、昭和52年には、「官庁施設の保全のための方策について」を建築審議会に諮問し、答申を昭和54年に得ている。これに基づき、昭和57年に各省庁へ上記「保全基準」が通知されている。
 昭和59年から昭和61年にかけて「保全の適正化に関する研究会」(委員長:白山和久筑波大学教授)を行い、「保全基準」を実施するための基準類の体系的整備を進め、保全業務共通仕様書(昭和62年)をはじめとする主要な基準類が整備されている。
 一方、昭和58年より、霞ヶ関地区を含む全国各地区において、保全連絡会議を開催し、各省庁に対し情報提供と意見交換を行っているほか、昭和62年より保全実態調査を行い、保全の現況の把握に努めている。
しかしながら、現在の保全の状況は、未だに改善を要する現況であり、今日の社会的要請も踏まえた新たな対応が必要となっている。


(3) 官庁施設の現状と将来予測

 官庁施設のストックは平成10年3月末現在において約8,860万m2となっており、その大部分は、戦後の高度経済成長期以降に整備されている。建設省官庁営繕部においては、所掌施設(約4,700施設、約1,300万m2)に対して官庁建物実態調査行い、施設の老朽・狭隘の状況等を把握している。この調査結果に基づき所掌施設のストックの推移を図1.1に示すが、過去のピークがほぼそのまま推移しており、近い将来、保全のための経費が大幅に増加することが懸念される。

図1.1 官庁施設のストックの推移

    

(4) 保全の実施状況
 建設省官庁営繕部では、所掌施設(約4,700施設、約1,300万m2)を対象に表2.1に示す内容の保全実態調査を行っている。この調査では、保全の実施状況を点数化して評価しており、60点以上を概ね良好と判断している。調査結果を図1.2に示すが、施設数では大多数を占める小規模庁舎を中心に全体としてまだ改善を要する状況であると判断している。
保全責任者、設備概要、管理要員
保全業務実施状況
 (記録整備、定期点検、測定、衛生、清掃)
保全状況及び措置状況
 (測定値、劣化状況、衛生・清掃状況)
保全関連経費
 (維持管理費、光熱水費、修繕・改修費)
表2.1 保全実態調査項目

図1.2 保全実態調査結果

(5) 施設管理者の現況
 全国各地区における保全連絡会議等を通じて行った調査結果(図1.3)から、官庁施設の施設管理者の実態は、「保全業務の経験がほとんどない事務職が、他の業務のかたわら保全を担当し、経験も少ないために、保全に関する知識が十分でなく困っている。」という一般像が浮かび上がっている。

図1.3 施設管理者の現況

1.2 保全を取り巻く社会的背景

(1) 財政動向
 現在の我が国の財政状況は、景気回復の諸施策に伴う歳出の増大や大幅な減税により、公債依存度が高まっており、平成12年度末の国と地方自治体をあわせた長期債務残高は645兆円に達すると予想されている。歳出については、経費の一層の合理化・効率化・重点化が図られ、官庁施設の保全に対する予算はますます厳しい状況になるものと考えられる。

(2) 人口動向
 我が国の人口は、出生率の低下傾向から、2007年をピークに減少傾向に転ずると予測されているが、一方で平均寿命は延びていることから、かつてない少子・高齢化社会を迎える。あわせて、労働力人口の減少と高齢化が進むため、これまでのような経済成長は望むことができない。したがって、これまでに整備されたストックを有効な資産として21世紀へ引き継ぎ、次世代の経済的負担を低減することが大きな意味を持ってくる。

(3) 地球環境問題
地球環境問題はいまや全世界に共通の課題であるが、特にCO等の温室効果ガスは、1997年のCOP3京都議定書において、削減目標定められた。しかし、その達成は困難視されており、また、図1.4に示すように我が国のCO排出量における建築関連の割合は高く、建築物の運用段階における削減対策を率先して実行する努力が求められている。

図1.4 我が国のCO排出量における建築関連の割合

1.3 課題

以上の問題点をまとめると次の3点である。
 1) 官庁施設の膨大なストックと老朽化の進行
 2) 厳しい財政状況と地球環境問題等の社会的要請
 3) 施設管理者は、技術的知識に乏しく、良好な保全に対する動機付けも少ない。
 このような問題点と課題に対応する新たな保全システムとして、下図のように「官庁施設のストックマネジメント技術」を構築するものである。

図1.5

2.保全計画の立案・実行システム

     

2.1 ストックマネジメント技術の体系

(1) 体系図
 官庁施設の保全に関する課題に対応して、ストックマネジメント技術の体系は、保全計画の立案・実行システム保全情報システム保全技術体系から構成される。この体系では、保全に関わる各機関等の役割分担と、継続的な保全のためのサイクルを重視している。
1) 各機関等の役割分担は次のとおりである。
 ・保全指導を行う「建設省」          
 各省各庁において              
 ・施設(群)の保全に責任を有する「施設保全責任者」
 ・各施設を直接管理する「施設管理者」   
 ・業務を実施する「外部業者・コンサルタント等」 
2) 計画的、継続的な保全を行い、かつ状況の変化への対応も可能にするためには、「保全計画の立案→保全業務の実施→保全状況の評価→保全計画の改善」のサイクルで業務サイクル保全が行われる必要がある。       
 官庁施設のストックマネジメント技術の体系図を図2.1に示す。図中、網掛けの部分が今後充実しなければならない業務である。

図2.1 ストックマネジメント技術の体系

 この体系は、各機関が、計画、実施、評価・改善の各段階でどのような役割を果たすべきかを「保全計画の立案・実行システム」として示し、同時に、そのシステムを円滑に実行するために必要な「保全情報システム」「保全技術体系」の位置づけを示したものである。

(2) 保全計画の立案・実行システム
 各省庁における保全計画の立案・実行フローを図2.2に示す。

図2.2 各省庁における保全の業務フロー

建設省は各省庁に対し、次の保全指導を行う。

保全指導方針の周知、徹底
業務を実施するために必要な技術基準類の整備、提供
各省庁における評価結果に基づく、官庁施設全体の建物状況、保全状況の評価


外部業者、コンサルタント等は、施設管理者からの委託を受け、次の支援を行う。

保全計画の立案の支援
保全業務の実施
建物状況、保全状況の評価支援
 
(3) ガイドライン・マニュアル類の位置付け
 このシステムを円滑に実行するには、誰が担当となっても、各機関における役割分担と、各段階における業務内容が把握できるようになっていることが不可欠である。そのため、図2.3に示すような、ガイドライン(A〜C)とマニュアル(D〜F)を整備することとした。

図2.3 ガイドラインとマニュアル


 平成11年度の検討においては、D.保全計画作成指針(案)を作成し、他のガイドライン、マニュアルについては骨格の検討にとどめている。       

2.2 保全計画の立案

(1) 概要
 保全計画は、各施設の立地・用途・規模・特殊性等を考慮して、ライフサイクルにおける目標設定、長期的な修繕・改修計画、各年度ごとの点検保守計画を立案する。

1)「ライフサイクル(LC)計画」
 各施設ごとに設定する施設性能水準とその施設の目標耐用年数を明記し、ライフサイクル的視野に立った計画目標を立案するものである。性能の項目は「国家機関の建築物及びその附帯施設の位置、規模及び構造に関する基準」及び「官庁施設基本的性能基準(案)」に基づき表2.1に示す項目を設定した。 また、保全に際して重点的に考慮すべき項目として、性能項目に、利用状況、コスト等を加え、 省エネルギー、耐震性、バリアフリー、 室内環境、建物の規模・用途(利用状況)、 建物の安全性(耐震以外)、保全コストの7項目を「重点管理項目」として設定した。                

2)「長期保全計画」
 「LC計画」に基づき、各施設の20年間の修繕・改修・更新計画を立案するものである。 

3)「年度保全計画」
 「長期保全計画」に基づき、年度ごとの維持管理、点検保守計画を立案するものである。

    表2.1 施設の性能項目
 1社会性   1-1 地域性
        1-2 景観性
 2環境保全性 2-1 環境負荷低減性
        2-2 周辺環境配慮性
 3安全性   3-1 防災性
        3-2 機能維持性
        3-3 防犯性
 4機能性   4-1 利便性
        4-2 バリアフリー
        4-3 室内環境性
        4-4 情報化対応性
 5経済性   5-1 耐用性
        5-2 保全性

(2)保全計画作成指針
 以上の計画の具体的な立案・作成方法を示したものとして保全計画作成指針(案)作成した。その内の保全計画書書式イメージを次に示す。

図2.4 保全計画書書式イメージ

3.保全情報システム

     

 3.1 保全情報システムの全体像

 保全情報システムは、情報を取り扱う側の立場から設定した情報カテゴリーに必要な業務支援システムデータベースのネットワークを対応させることにより、図3.1に示すように整理できる

3.1 保全情報システムの全体像

3.2 情報カテゴリー

 保全情報システムが、官庁施設の保全に携わる様々な立場から利用されるシステムであることから、保全計画の立案・実行システムとも対応させて各機関(担当者)の扱う情報を各々の立場から4つに分け、情報カテゴリーとして設定した。

    情報カテゴリー1 : 保全指導を行う立場の建設省が取扱う情報
    情報カテゴリー2 : 各省各庁の長または施設保全責任者が取扱う情報
    情報カテゴリー3 : 個別施設の施設管理者が取扱う情報
    情報カテゴリー4 : 関連業者・コンサルタント等が取扱う情報

 カテゴリー3の個別施設の施設管理者が、主として個別単体の施設に関する情報を取扱うのに対し、カテゴリー1の「保全指導を行う立場の建設省」及びカテゴリー2の「各省各庁の長または施設保全責任者」は、施設群としての情報を取扱うことになる。また、カテゴリー4の「関連業者・コンサルタント等」は、受託した業務に関連する情報を取扱うことになる。

3.3 業務支援システム

 前項に示した情報カテゴリーの1〜3について、保全業務の実施に必要な業務支援システムを整理した。情報カテゴリー4の業務については、施設管理者等の行う業務の一部が、外部委託されるものなので、情報カテゴリー3に含まれている。

 また、各業務支援システムは、複数のカテゴリーにまたがって利用されるのため、業務支援システムと主な利用者との対応を表3.1に整理した。これらの業務支援システムとデータベースが、インターネットを含む省庁間ネットワークによってつながり、保全情報システムを構成することになる。

3.1 各カテゴリーで主に利用する業務支援システム

 
3.4 データベース

 (1) データベースの位置づけ
 データベースに含むべきデータ項目は膨大な数となるが、施設管理に関する既存のデータベースも個別に整備されているので、それらを参考としてデータ項目を抽出した。抽出したデータ項目を表3.2に示す。 また、データベースと支援システムとの連携が保全情報システムにとって重要であるので、その対応を整理した。対応表を表3.3に示す。
 
(2) 未整備のデータ項目
 今後の保全情報システムにとって重要であるが、既存のデータベースには含まれていないものあるいは不十分なものは、次のデータ項目である
 ・保全計画DB(LC、長期、年度)……・「社会性」、「環境保全」などの、施設の基本的性能に関する項目、
                    ・「LCC維持保全管理費」、「LCCO2」などの、ライフサイク
                     ルを考えて評価する項目
 ・委託先DB           ……・保全業務の委託先情報に関する項目
 ・建物現況DB          ……・建物機能に障害が発生した場合の、影響度合いに関する項目
 ・点検整備履歴DB         ……・点検結果と点検業者に関する項目
 ・修繕更新DB           ……・修繕結果に関する項目
 ・環境衛生管理履歴DB       ……・衛生管理結果と衛生管理業者に関する項目
 ・予算 積算DB          ……・保全業務の分類

  上記のうち、保全計画DBに含まれている項目については、保全計画作成指針(案)の中で「重点管理項目」として位置付けられている内容が含まれている。これらは、いくつかのデータを収集・加工して得られる情報で、今後は、その算出方法及びデータ収集のしくみについて、建設省で実施している官庁建物実態調査及び保全実態調査の拡充を含めて検討する必要がある。

表3.2 抽出したデータ項目

4.保全技術の体系化

     

 4.1 体系化の観点

 保全技術の体系化は、官庁施設の保全の課題に対応して次の3つの観点から検討した。

1)限られた予算の中で、メリハリのある効果的な保全を実行するため、これまで、どちらかといえば「事後保全」的な要素が大きかった官庁施設の保全に、不具合を未然に防止する「予防保全」の考え方をどのように導入するかを検討すること。
2)良好な保全を行うメリットは何かを検討することであり、これは官庁施設の保全の担当者が、良好な保全を行う動機付けとなるものである。
3)「保全計画の立案・実行システム」に対応する保全技術体系を提案し、同システムの円滑な実施のために必要な技術を体系的に整理し、緊急に整備が必要なものを抽出することである。

 
 
 
 

 1)予防保全の考え方の導入  → 部位・機器別の保全方式の導入 
 2)良好な保全を行うメリット → 保全効果の定量評価
 3)新たな保全技術体系の提案 → 保全技術の体系的整理        
 

 
 
 
 
                                                

4.2 部位・機器別の保全方式の導入

(1)保全方式の設定
 建築物は多数の部位や機器で構成されており、それらの劣化や故障が人命や財産に及ぼす影響の度合いは、それぞれの部位・機器によって異なる。
 限られた予算の中で、メリハリのある効果的な保全を実行するためには、前述の影響の度合いに応じて、各部位や機器ごとに、相応の保全のやり方が選択されるべきである。航空機などの分野では、従来から部位や機器の重要度に応じた保全のやり方が定着しているが、建築分野においては、これまで同様の取り組みがあまりなされてきていない
 ここでは、点検・監視のレベルと更新・補修の緊急度のレベルを組合せることにより、保全への取り組み方のパターンを示す「保全方式」を設定した。 施設管理者等が、個々の施設の重要度や部位・機器の故障の影響度等に応じて、各部位・機器別の「保全方式」を選択するためのメニューを示し、効果的な保全に資することとしている。以下に保全方式の設定と、その選択方法の概要を示す。
4.1 保全方式の設定

       保全方式

     略称

   具体例

方式1
   

常時監視又は定期点検を行い、
不具合を未然に防止する。  

「定期点検・未然防止」
           

24時間稼動の
設備機器

方式2
   

常時監視又は定期点検を行い、
不具合の発見を早期に行う。

「定期点検・早期発見」
 

受変電設備
 

方式3
   
   

不具合に対する迅速な対処体制
を整えることによって、点検を
省略できるもの。

「点検省略・迅速対処」

 


照明器具

 


方式4
   

不具合が生じても、
迅速な対処を要しないもの。 

「点検省略・適宜対処」
 

人目につかない
外壁の汚損

方式5
   
 

定期的に更新等を行い、
不具合を未然に防止するもの。
 

「定期更新・未然防止」

 


美観が重要な建
物の外壁の汚損
 

(2)保全方式の選択
 施設管理者等が各部位・機器に応じた保全方式の選択を行う場合のために、図4.1のように各部位・機器を3つの視点から評価し、それらの総合判定により、各々にふさわしい保全方式を選択するという流れを検討している。

4.1 保全方式の選択の流れ

4.3 保全効果の定量評価

(1)メリットの項目
 良好な保全による効果として、損失・危険の回避によるメリットと改善・延命によるメリットとの2つが考えられる。望ましい保全のやり方を検討するには、このメリットと保全に係るコストとの費用対効果を検討する必要があり、そのためには、メリットの定量的評価を行う必要がある。
  メリットの項目としては、次の5つが考えられる。
損失・危険の回避によるメリット
 1)機器の故障によって生じると想定される、執務者の業務能率の低下の回避
 2)来庁者などが本来受けられるべきサービスが受けられないことによる損失の回避
 3)事故によって生じる人的・物的被害の回避
改善・延命によるメリット
 4)施設の改善によって得られる業務能率の向上
 5)部位・機器の延命

(2)定量評価の試み
 今年度は、1)の項目について、特定の機器の故障を想定し、その際の業務能率低下に関するアンケート調査を実施してメリットの定量化を試みた。
 アンケートの有効回答数として、共に営繕業務を主な職務とする官公庁職員91件、民間企業87件を得た。男女構成、年齢構成は、両者ほぼ同じであった。
 調査結果集計による業務能率低下の度合いを、大きなものから列挙すると、表4.のようになる。情報化の進展を反映して、パソコンの使用不能による業務能率低下が顕著であり、通常時の1/4の業務しか処理できないとの回答になっている。次いで夏季の空調機器の故障、電話機の故障の順となっている。

4.2 機器の故障による業務能率低下の度合い


 

 

 

 

 

 

 

 
 


             想定条件

  業務低下率

 照明とコンセントが故障し、パソコンが使用不可の場合 

  75.4 %

 空調機器が故障した場合(夏季、室温 ℃の場合)   

  47.6 %

 電話機が故障した場合                

  41.2 %

 空調機器が故障した場合(冬季、室温 ℃の場合)   

  36.6 %

 空調機器が故障した場合(夏季、室温 ℃の場合)   

  27.9 %

 給排水設備が故障した場合              

  21.7 %

 空調機器が故障した場合(冬季、室温 ℃の場合)   

  17.5 %

 エレベーターが停止した場合             
 

  15.4 %
 
















 

 今回のアンケート調査結果を用いて、特定の条件を設定することにより、機器の故障による職員の業務損失を金額に換算することも可能である。これは、良好な保全を行うメリットを定量的に説明するものと考えられる。

4.4 保全技術の体系

 保全計画の立案・実行システムに対応する保全技術体系は、官庁施設の保全の各段階(計画、実施、評価・改善)における業務に対応して必要となる技術(手法を含む)を網羅的に整理したものであり表4.のように示される。表中、各技術の主な利用者を◎で表示し、◎以外で利用が想定される者を○で表示している。

4.3 保全技術体系表(案)

 上表に対して、既存技術の整備状況は、保全業務の実務に関する技術の整備が進んでいる一方、保全計画の立案に関する技術や保全の評価・改善に関する技術の整備が遅れている状況である。
 次年度は、保全業務サイクル(計画立案→業務実施→評価→改善))の定着に寄与する技術で未整備のもののうち、
保全水準設定手法、建物状況評価手法 、保全状況評価手法、保全業務(業者)評価手法の4つの技術を検討する予定としている。

5.平成12年度の課題

  

 平成12年度は、次の視点をより明確にしつつ、(1)(3) に示す具体的課題について検討を行う。
  1) 施設管理者が容易に理解できる技術であること。
  2) 限られた予算の中で、重点的・効率的な投資を行うための戦略的な技術であること。

(1)保全計画の立案・実行システムの整備

 ・保全指導ガイドライン及び保全ガイドラインの整備
 ・保全計画作成指針(案)の試行とその結果による見直し
   (代表的な官庁施設においてケーススタディを実施)
 ・施設保全マニュアルの整備
 ・個別施設のマネジメント技術の検討
 ・施設管理者、保全技術者の研修・育成方法等の検討


(2)保全情報システムの整備

 ・支援システム及びデータ項目の精査
 ・効率的なデータ収集・入力の方策の検討
 ・保全情報システムの全体構成の検討、提案
   (ネットワーク、情報センター機能など)
 ・保全計画作成指針(案)の試行にあわせ、保全計画策定支援システムの開発


(3)保全技術の体系化

 ・優先的に整備が必要な基準類の作成
    保全水準設定手法
    建物現況評価手法
    保全状況評価手法
    保全業者評価手法
 ・保全方式の設定の検討
 ・保全効果の定量評価の検討
   (平成11年度に行った調査の検証と他の手法の調査、来庁者による評価の検討)