第2部 海上交通をめぐる現状・課題と政策的対応
3.安全・環境問題への対応

(1)外航海運の安全対策 〜ISMコードの導入〜

(i)ISMコードの策定
 近年起こった船舶事故の多くが 人的ミス に起因していることから、主として船舶のハード面に着目し、船体向上や設備の充実により対処してきた従来の安全対策とは別に、人的要因というソフト面からの安全対策の必要性が世界的に認識され、IMO(国際海事機関)において「人的要因(Human Element)」についての検討が進められてきた。
 この結果、船舶の運航管理体制に関する国際的規範を定めることにより、各海運企業の運航管理体制を確立し、船舶の安全運航の向上を図ることが決定され、1993年10月IMO総会においてISMコード(国際安全管理コード)として採択された。これを受け、1994年5月には「海上人命安全条約」(SOLAS条約)が改正され、旅客船・タンカー等について1998年7月1日から同コードが強制化されることとなった。また、同コードの実施にあたり、世界的に統一のとれた実施を図るためのガイドラインが、1995年11月のIMO総会において採択された。

(ii)ISMコードの概要
 上述のとおり、ISMコードは、人的要因に係るソフト面での安全対策を充実・強化することにより、船舶の安全運航を実現しようとするものである。
 具体的には、船舶所有者等に対し、安全管理システム(SMS)の策定・実施、陸上担当者の選任、安全運航マニュアルの作成・船舶への備え付け、緊急事態への準備・対応手続きの確立、船舶・設備の保守手続きの確立等を行わせる一方、船長に対しては、船内における安全管理制度の実施、海運企業への報告等の義務付けを行ったうえ、旗国(船の登録されている国)政府による安全管理システムの審査や、寄港国政府による検査 (PSC) 等により、その実効性を担保しようとするものである。
 同コードは、船上の安全管理のみならずそれを支援する陸上部門の管理体制を含めた包括的な安全管理体制の確立を図ったものであり、事故防止対策として極めて有効なものであると考えられる。

(iii)国内法制化への取り組み
 ISMコードによる安全管理システムの審査は、船舶の旗国政府の責任において実施され、審査に合格した海運企業及び船舶にはそれぞれ証書等が発給されることとなる。同コードは1998年7月1日から全世界的に適用されるため、それ以前に対象船舶全てが必要な証書等を備えていることが必要である。また、証書等を取得するためには、事業者側での安全管理システムの確立や行政側での所要の審査に相当の期間を要することから、運輸省としても、船舶安全法体系での国内法制化等実施体制の整備を行ったところである。また、同コード導入後は、その定着と実効ある運用が図られるよう、PSCを含め実施体制の強化を行っていく必要がある。

(2)油濁損害賠償保障制度

 油濁損害賠償保障制度は、船舶による油の海上輸送の健全な発達のため、タンカー等から流出した油により発生した汚染損害について、船舶所有者及び石油会社等の荷主が互いに補完しつつ被害者の救済を図ることを目的として、「油による汚染損害についての民事責任に関する国際条約(以下民事責任条約という。)」及び「油による汚染損害の補償のための国際基金設立に関する国際条約(以下国際基金条約という。)」のいわゆる旧油濁二条約に基づき創設された国際的制度である。
 旧油濁二条約については、制定後20年以上を経過し、インフレによる補償限度額の実質的な目減り等の情勢の変化により両条約を再検討する必要性が高まってきたことから、船舶所有者の責任限度額及び国際油濁補償基金の補償限度額の引き上げ等の制度の充実を内容とする改正議定書(新油濁二条約)が1992年に採択され、1996年5月30日に発効している。
 我が国においては、新油濁2条約に基づき、1998年5月15日に旧油濁2条約を廃棄して新たな条約体制に移行した。

○油濁損害賠償保障制度の基本的な仕組み
 
(A)民事責任条約に基づく賠償保障制度
・船舶所有者は、タンカーに積載されている原油等の流排出による油濁損害について、原則として無過失責任を負う。
・船舶所有者は、自己の故意等がない限り、船舶の大きさ等により定まる責任限度額(条約改正前においては最大約24億円、改正後においては最大約100億円)を限度としてその賠償責任を制限することができる。
・被害者に対する損害賠償の確実な履行を担保するため、一定量を超える油(2000トン以上)を輸送する船舶の所有者は、当該船舶の責任限度額をカバ−する保障契約の締結を義務付けられる。
 
(B)国際基金条約に基づく補償制度
・船舶所有者の責任限度額を超える油濁損害に対して、国際油濁補償基金(IOPCF)は、一定金額(条約改正前においては約100億円、改正後においては約225億円)を限度として補償を行う。
・年間15万トンを超える油を受け取った者(石油会社等)は、その受け取り量に応じた拠出金を国際基金に納付する。

マラッカ・シンガポール海峡の航路標識設置 (3)マラッカ・シンガポール海峡における安全対策

 マラッカ・シンガポール海峡は、船舶交通が輻輳する世界有数の国際海峡であり、我が国海運企業にとっても極めて重要な航路の要所となっている。そのような中、近年、中国、韓国等アジア諸国の経済発展によって同海峡の通航船舶数が増大し、航行安全対策の一層の充実が望まれてきた。国連海洋法条約では、国際的な海峡については沿岸国と利用国が合意により管理体制を確立し、航行安全確保に向けて協力していくこととされており、我が国としても自らが主要な利用国の一つであるとの認識の下、利用実態に見合った協力を行う必要があることから、1993年、「マラッカ海峡航行安全問題検討会」を運輸省内に設置して、同海峡の船舶通航をめぐる諸問題についての検討を行ってきた。さらに、96年以降同海峡の管理体制や費用負担のあり方を検討する際の前提となる各国商船隊の通航量を把握するべく、同海峡における通航実態調査を実施した。その検討結果については、我が国よりマラッカ・シンガポール海峡沿岸3ヵ国(インドネシア、シンガポール、マレーシア)に説明し、協力体制のあり方について適切な助言を行ってきた。また、沿岸3カ国からの要望により同海峡の12区域、13ポイントの危険個所についての水路再測量を、我が国ODAにより96年9月から98年6月まで実施した。
 このような中、97年7月に開催されたIMOの第43回航行安全小委員会(NAV)において、同海峡における航行安全対策をさらに強化するため、沿岸3ヵ国から、上記水路再測量成果に基づき、18基の航路標識の整備(うち10基は新設、8基は改良)を含む 分離通航方式(TSS) の拡張及び 船舶通報制度 の導入についての提案がなされた。
 同提案は、98年5月に開催されたIMOの第69回海上安全委員会(MSC)において正式に採択され、98年12月から実施されることとなっている。
 我が国としては、同海峡の安全対策の充実に積極的に協力していくため、従来から(財)マラッカ協議会を通じて同海峡における航路標識の整備について協力を行ってきているが、今回新たに整備されることとなった18基の航路標識についても、そのうち9基(新設1基、改良8基)の整備について必要な協力を行うこととしている。さらに、沿岸3カ国は同海峡における電子海図刊行を目指していることから、我が国はこの刊行のための必要な協力を行うこととしている。

4.外航クルーズへの対応

外航クルーズ客船「ぱしふぃっくびいなす」

(1)外航クルーズの振興

 我が国に日本籍の本格的な外航クルーズ客船が登場し「クルーズ元年」といわれた平成元年から、運輸省は運輸政策審議会総合部会に「外航客船小委員会」を設置し、我が国における健全な外航客船旅行の発展を図るための施策について審議をすすめた。同小委員会は、「健全な外航客船旅行の発展を図るためには、安全の確保と利用者の保護という基本的な条件を整備すること」が必要であるとし、安全運航コード及び利用者保護コードを策定した。これを受けて、我が国の主要な外航客船事業者により設立された(社)日本外航客船協会は、安全運航コード及び利用者保護コードを遵守することを決議し、客船クルーズの普及のための環境整備を図ってきた。
 その後(社)日本外航客船協会が中心となり、外航クルーズに関する正確な情報の提供、外航クルーズ適地の調査及び海外クルーズ事情調査、フライ&クルーズの促進等外航クルーズ促進のための活動を行ってきた。平成9年度には「クルーズキャンペーン'97」を展開し、全国4都市において港に停泊中の外航クルーズ客船のホール等を会場として外航クルーズに造詣の深い文化人による「クルーズ文化講演会」等を実施した。
 しかしながら、外航クルーズには「豪華」、「堅苦しい」、「船酔いが避けられない」といったマイナスイメージがいまだ払拭されておらず、必ずしも正しい情報が広まっているとは言いがたい。さらに、日本のクルーズ利用者はリピーターが主流であること等から一部のマニアの世界というイメージも残っている。
 こうしたことから、平成9年12月、これまでの10年間をレビューし、国民のクルーズ利用をより一層拡大する観点から、今後の客船クルーズ事業の振興のための方策について検討するため、クルーズ事業者、旅行会社、学識経験者、港湾管理者等の委員からなる「客船クルーズ事業振興懇談会」が設けられた。
 平成10年5月に同懇談会においてまとめられた報告書においては、現状のままではクルーズ人口の拡大は厳しいため、我が国近海の季節的な海象(台風)等を考慮しつつ、クルーズ事業者のみの努力だけではなく、旅行会社、航空会社、国・地方公共団体との連携を深め、バラエティーある商品や他のレジャー商品と比べて競争力のある商品を開発することにより新規顧客の開拓を行う等の方策が必要であり、これら方策を実施することにより、平成20年にはクルーズ人口を100万人にすることが可能であるとしている。
 また、クルーズ人口拡大のためには、居ながらにして異なる風景、異なる文化に接することができるという客船クルーズの魅力を最大限に発揮させるとともに、何より「気軽に楽しめるレジャー」、「楽しい旅」、「人とのふれあい」、「自然とのふれあい」といったプラスイメージの構築が必要であるとしている。



 
<コラム> タイタニック号沈没〜その後
 
 1912年4月、当時世界最大級であった旅客船タイタニック号(英国籍、46,328総トン)が、米国への処女航海の途中、北大西洋上で流氷と衝突して浸水・沈没し、乗船者2,201名中およそ1500名の人命が奪われた。このことは、最近の映画「タイタニック」の大ヒットで一躍脚光を浴びた。
 この時のタイタニック号の惨事をきっかけとして、船舶の航行安全に関する国際会議が開かれ、「海上人命安全条約(SOLAS条約)」が採択された。現在のSOLAS条約においては、沈没・火災の防止や事故発生時の確実な救命を図るよう船舶の構造面、消防、救命、通信などの設備面、乗組員の訓練面などについて細かい規定が整備された。
 現在就航している旅客船の安全対策は次のとおりになっている。

(1)事故自体を避けるよう、見張りの肉眼に頼っていたタイタニック号の時代とは異なり、危険を
   予知するための、レーダーや、他船との衝突を予知して警報を発する装置等、様々な航海
   用機器が装備されている。
(2)船体については、仮に流氷等と衝突して浸水しても沈没をくい止められるよう、いくつもの区
   画に区切り、浸水をその区画内だけにくい止めて、船の沈没を防ぐようにしている。
(3)最悪の場合である沈没する船から離れざるを得なくなるときには、乗船者が安全に脱出し海
   上で生存できるよう、乗船者全員の125%以上の収容力を持つ救命艇(又はいかだ)の装備
   が義務付けられている。

 このように、タイタニック号の惨事をはじめとする多くの経験から得られた貴重な教訓が生かされて、現在の安全な旅客船の旅が実現している。



戻る