1 ビジョン

 以下、「市町村アンケート」とは、建設省において全国の市町村に対して、まちなみや景観に関する市町村の施策とその評価について平成12年3月に行ったアンケートを指す。このアンケートは、全国の全市区町村(671市、23区、2,558町村[平成11年11月現在])計3,252市区町村を対象とし、回答を直接建設省までファックス等により返却していただいたもので、都市計画・景観形成を実際に担当している方々に回答をいただいている。回答があったのは1,548市区町村で、アンケートの回収率は47.6%である。

 市町村アンケートにおいて、「貴市町村で美しいまちなみや景観の形成を重視していますか」との質問に対して、77.8%の市町村が「重視している」と回答しているように、景観形成に対しては前向きな姿勢で取り組んでいる市町村は多い(図表4-2-1)。
 また、その際、必要となる取組みとしては、「市としての景観形成の方針を明確にし、それを住民にPRしていくことにより一人一人の意識の向上を図る」「まちなみ景観の将来を見据えたマスタープランの作成」「地域としての統一されたビジョン(歴史風土等を理解した上で地域の共通の価値観を共有すること。)」などがあげられているように、まずはまちづくりや景観に関する長期的な展望をビジョンとして分かりやすく示すとともに、それを地域の住民と共有して、住民と一体となって良好な景観形成に努めて行くことの必要性が認識されている。
 このため、都市計画法や建築基準法では、都道府県や市町村が都市計画マスタープラン、地区計画制度、まちづくり・景観条例等を用いて、住民の意見を十分反映したビジョンを策定し、また、それに基づいての規制誘導策を施すためのツールを用意している。

[都市計画マスタープラン]
 都市計画マスタープランは、人口、人や物の動き、土地の利用の仕方、公共施設の整備等についての将来の見通しや基本構想等の目標を明らかにし、将来の生活像等を想定しつつ、都市全体や身の回りのまちを将来どのようにしていきたいか、具体的なビジョンとして定めるものである。都市計画はマスタープランに沿って定められるため、都道府県・市町村の将来像を定めるものとして重要な役割を持つ。
 建設省都市局調査(平成12年)によると、マスタープランには「景観の概念」「景観の構成要素」「景観形成方針」という項目が盛り込まれている場合が多く、また「景観」の内容としても、「環境」「街づくり」「都市デザイン」と多岐にわたっている。
 マスタープランの作成においては、あらかじめ住民の意見を反映させるための措置が図られることとされており、策定過程における住民の参加を前提とすることで、住民の合意形成の促進に資する点が重要である。

[地区計画]
 地区計画制度は昭和55年の都市計画法及び建築基準法の改正により創設された制度である。市町村アンケートによると、美しいまちなみやまちづくりの成功要因として「地区計画の策定」を挙げる回答が多い。
 地区計画制度においては、一体的に整備及び保全を図るべき地区において、それぞれの地区の特性にふさわしい態様を備えた良好な環境の各街区を整備・保全するため、地区の目標・将来像や、公共施設の整備、建築物に関する事項、土地利用の制限等を一体的かつ総合的に定める「地区整備計画」が明らかにされる。建築物の高さ、壁面の位置、意匠等に関する制限を必要に応じて選択する「メニュー方式」により定めることができ、これに基づいて個別の建築については届出勧告制度が適用されるとともに、その内容を市町村の条例で定めた場合には建築基準法に基づく建築確認の対象となる。これによって、住民の多様化するニーズに応じ、きめ細やかな対応を可能とする制度である。
 平成12年の都市計画法改正により、地区計画を定める際は、条例において、住民又は利害関係人から、地区計画の決定やその案について申し出る方法が定められることとなり、より早い段階から住民の意見を吸収し、地区計画に反映するための手法として期待される。

[伝統的建造物群保存地区・歴史的風土特別保存地区]
 市町村アンケートによると、「歴史的遺産の保全活用」による景観形成の取組みについても多くの市町村で実施されていた。これには、伝統的建造物群保存地区制度や歴史的風土特別保存地区制度を活用し、開発規制を行う場合などが想定できる。歴史的な風土や伝統・文化に根づいた遺産はそのまち独自の「顔」であり、個性を主張できるアイデンティティとなることから、貴重な建築・土木遺産を核にしたまちづくりを進めることは有効な策であろう。
*伝統的建造物群保存地区
 文化財保護法に基づいて、伝統的建造物群及びこれと一体をなしてその価値を形成している環境を保存するために、市町村が定める。伝統的建造物群保存地区内においては、条例により現状変更の規制及びそのために必要な建築基準法の一部条項の適用除外、並びに保存のための各種事業が行われている。
*歴史的風土特別保存地区
 古都における歴史的風土の保存に関する特別措置法(古都保存法)に基づいて、内閣総理大臣の指定した歴史的風土保存区域内において、当該区域の枢要な部分を構成している地域について、歴史的風土保存計画に基づき、府県が都市計画に定める。歴史的風土特別保存地区内においては、一定の行為(建築物等の建築、宅地造成、木竹の伐採等)については知事又は政令指定都市の長の許可が必要であり、不許可の場合は、府県は生じた損失について補償を行うほか、土地所有者からの申し出に応じ、必要な土地の買入れを行う。

[美観地区・風致地区]
 美観地区や風致地区は都市計画法上定められた地域地区であり、美観地区は全国で5地区、風致地区は743地区が指定されている。
*美観地区
 市街地の美観を維持するため、市町村が都市計画に定める地域地区の一つ。美観地区内において、美観の保持のために必要な建築物の敷地、構造又は建築整備に関する制限について条例で定め、建築確認の対象とすることができる。
*風致地区
 都市の風致を維持するために緑地等の保全を視野に入れて土地利用規制を行う手法であり、都道府県が都市計画に定める地域地区の一つである。風致地区内において、一定の行為(建築物等の建築、宅地造成、木竹の伐採等)は都道府県・市町村の条例により規制することができる。

[屋外広告物の規制]
 屋外広告物法に基づいて、各都道府県、政令指定都市、中核市は屋外広告物に関する条例により、美観風致を維持し、公衆に対する危害を防止するため、屋外広告物の表示、掲出について禁止地域・許可地域及び禁止物件・許可物件を定め、広告物の形状、面積、色彩等について必要な基準を設定する。

[まちづくり条例]
 市町村アンケートでは、良好な景観形成のための成功手法としてあげられるものに「まちづくり条例」「景観条例」が多い。
 また、建設省都市局調査(平成12年)によると、「まちづくり条例」「景観条例」等を制定している地方公共団体は276件あり、その内容としては、都市景観の修景・創造を目的とするもの、歴史景観の保全・修景を目的とするもの、自然・生活環境の保全・修景を目的とするものなど、多岐にわたる。また、良好な景観を目指すことの狙いとして掲げられているものは、地方都市では地域振興、産業振興の一環として、中小地方公共団体では、自然景観の保全、大都市圏・中核都市では都市景観の保全とされており、地域のニーズや景観に対する考え方を反映して、条例の主眼とする対象に多様性があることが分かる。
 まちづくり条例を制定する際は、住民との懇談会、ワークショップ等における住民とのコミュニケーションを通じて住民同士、また住民・地方公共団体のコンセンサスを得ながら進めていくことが重要であり、その対話のプロセスを通じてまちの将来像が住民から生まれたものとして共有されることとなる。

[啓発等諸活動 〜ビジョンのコミュニケーション〜]
 市町村アンケートでは、「景観デザイン賞」などの「景観表彰事業やまちづくりシンポジウムの開催等を通じて、まちづくりに対する関心を広く一般に呼び起こし、市民の意識を高めて行くことが有効な手段である」と回答する市町村が多かった。また「住民、建築士、設計士が景観に対し十分理解すること」の必要性が認識されている中で、専門家やまちづくりに積極的に関わっている住民以外にも、広く一般の市民にも目指すべき景観やまちづくりについての理解を得るためには、地道な啓発活動を継続して実施していくことが大切である。特に、都市部において、地域に転入してきてまだ期間の短い住民や、地域と孤立して生活しがちな若年層に対して、「市民意識」「まちづくりへの参加意識」を形成することに資する。
 建設省においても、都市景観に対する国民意識の高揚を図り、市民、企業等の民間参加による良好な都市景観の形成を促進することを目的として、平成2年度より毎年10月4日を「都市景観の日」と定め、この日を中心に都市景観に係る各種イベント等が全国各地で展開されている。
 さらに、望ましい都市空間の整備及び都市景観に係る諸活動をより一層促進するため、活動の一環として平成3年度より「都市景観大賞」を創設し、総合的な都市空間のデザインの良好な事例、都市景観形成に寄与した空間整備等を表彰している(図表4-2-2)。
 また、平成12年5月の都市計画法改正により、「国及び地方公共団体は、都市の住民に対し、都市計画に関する知識の普及及び情報の提供に努めなければならないものとする(都市計画法第3条第3項)」とされ、都市計画法上も都市計画に関する普及啓発の重要性が位置付けられたところである。
〈静岡県掛川市のまちづくりに関する生涯学習〉
 静岡県掛川市では、「生涯学習都市宣言(昭和54年)」を行うなど、「向都離村の教育をやめ、お国自慢の多い住み良い都市に」するためのまちづくりに関する学習の大切さや「掛川の歴史・文化・統計などをたのしく学び、誇りに思う自己充実文化人」になることを謳っている。平成3年に「生涯学習まちづくり土地条例」を制定した際も、「土地の所有と利用に関する地域学習を推進し、地権者と地域住民が推譲の美徳により地域の将来像に方針をもち、良質なまちづくりをすすめること」を位置付けている。これに基づいて、土地に関する学習のための説明会や検討会をこれまでに約400回(延べ参加人数は人口の約11%に当たる約9,000人)行い、生涯学習施設のネットワークの形成やシンポジウムの開催等を通じ、受身ではなく自主的にまちづくりを進めるための議論の輪を拡大している。

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