(2)市場原理の活用のみでは十分対応できない課題への対応

 前章 で述べてきた政策課題の中には、市場原理だけでは対応できず、行政の積極的対応が必要なものが含まれている。
 また、市場原理を活用することは大きな便益をもたらすが、それに伴い、新たな弊害が生ずる可能性があることも否定できない。大胆な規制緩和を実施した後の交通政策においては、市場原理の活用による弊害を最小限にするよう取り組むことが必要である。

1)安全の確保
 安全性を欠く事業者は、信頼を失い最終的には市場から淘汰され得る。しかし、事業者は安全に関する情報の量と専門性において利用者よりもはるかに優位な立場にあるため、利用者は必ずしも適切な選択を行うことができない。
 また、公共交通機関による事故は、一度発生すると多大な被害をもたらす可能性がある。このため、「安全の確保」を市場原理の活用によるだけで確保することは適当ではなく、今後とも行政が一定の役割を果たす必要がある。
 さらに、米国同時多発テロ事件のようなテロ・ハイジャック事件等を防止するためには行政の積極的役割が不可欠である。

2)環境にやさしい交通の実現
 一般に環境問題については、社会的費用(注)が市場において通常は財・サービスの費用としては勘案されないため、市場に任せるだけでは解決できないとされており、交通に関する環境問題も例外ではない。
 したがって環境問題の解決のためには、規制等により直接的に介入したり、民間事業者による環境への取組みを誘導する等の役割を積極的に果たすことが行政に期待される。

3)地域における円滑な交通の確保
 都市交通における渋滞・大気汚染等の問題については、先に述べた社会的費用の問題により、市場に任せるだけでは解決できない。したがって、行政においては渋滞解消や公共交通利用への誘導等を図るための取組みを通じて引き続き積極的な役割を果たす必要がある。また、過疎地域や離島等需要の少ない交通路線においては、従来、公的補助や需要が多く利益を生む路線からの内部補助により公共交通サービスの維持が図られてきた。しかし、大幅な規制緩和により事業者が不採算路線から撤退することは基本的に自由となるため、需要の少ない路線について料金の高騰やサービスの低下が懸念されるところである。このため、行政サイドが住民と一体となって生活交通の維持を図る施策を実施することが重要である。

4)少子・高齢社会への対応
 迫り来る少子・高齢社会に対応するため、交通機関のバリアフリー化は喫緊の課題であるが、バリアフリー化のための投資はコストに見合うような事業収入の増加に結びつかない。このため、市場原理に委ね、事業者の自主的努力に期待するだけでは早期解決は困難であり、官民一体となった施策の推進が必要である。

5)異なる交通機関間の連携・調整の強化と観光の促進
 総合的な交通体系を形成していくためには異なる交通機関が競争・補完していく必要がある。このうち「補完」については、必ずしも企業の収益に結びつかないため、市場原理に委ね、事業者の行動に期待していては実現が困難な部分がある。このような場合に、異なる交通機関の補完が促進されるよう行政が一定の役割を果たす必要がある。
 また、このような連携を通じて人や物の交流を活性化することは地域の発展に大きく寄与するが、とりわけ観光は行政による交通ネットワークの整備や魅力ある観光地づくりによって促進される。このため、国や地方自治体は民間事業者と連携して観光振興に取り組んでいく必要がある。

6)消費者利益の保護
 一般に、市場が完全に競争的であれば、不当な料金等により消費者の利益を害する事業者は市場から淘汰され得る。しかし、交通市場の特性から、自然に、あるいは競争の結果として特定の事業者が独占的・支配的な地位を占めることがしばしば起こる。また、市場が競争的である交通分野においても、消費者がサービス内容等に関する情報を十分に持っているとは限らない。このような場合に、消費者の利益が守られるよう、行政が一定の役割を果たす必要がある。



(注)ある財・サービスの生産・消費により生産者・消費者以外の第三者が負担を被る場合、これを社会的な「費用」とみなす。市場においては通常、社会的費用は財・サービスの費用としては勘案されないため、社会的費用を伴う財・サービスは望ましい場合よりも過剰に供給・消費される傾向にある。

 

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