第1節 賢く使う

◯1 市場メカニズムの活用

 「賢く使う」ことの意味には、既存のインフラから生み出される便益を最大化したり、同じだけのサービス水準を生み出すのに必要となる費用を最小化したりすることが含まれると考えられる。市場メカニズムとは、一般に価格を通じて需要と供給を均衡させるメカニズムのことをいうが、供給が限られた社会インフラについても、価格をシグナルとして最も効率的に利用できる主体を特定する仕組みを構築することができる。

(1)需要の調整への活用
 現在、自動車利用者が車中で過ごす時間は年間約130億時間(1人あたり約100時間)であり、そのうち約4割に相当する約50億時間(1人あたり約40時間)が渋滞により余計にかかった時間であると推定されている注21。これは年間で約280万人分の労働力を失っていることになる注22。主要な渋滞箇所への対策等により渋滞が緩和されれば、利用者の利便性が高まるとともに騒音や排気ガス等の周辺環境への影響も緩和されるなど、道路の有効活用につながる。
 以下では、道路ネットワークの一層の効率的な活用に向けた取組事例を紹介する。

■料金割引による迂回交通への誘導
 特に大都市圏においては、郊外と都心部を往来する交通や通過交通が多く、渋滞が慢性化している。通常、ある地点からある地点までのルートが二つあり、課される料金が同一であれば、より最短の距離が選択されることになる。しかし、それが渋滞を引き起こす要因の一つともなりうる。このため、環状道路ルートと都心通過ルートの料金に差を設けることで、環状道路ルートを選択しやすくすることができれば、都心部の渋滞を緩和でき、両方のルートがより効率的に活用されるようにすることができる。
 そこで首都高速では、2012年1月、都心へ流入する交通を中央環状線に誘導し、都心環状線の渋滞緩和を図るため、中央環状線迂回利用割引を導入した(図表2-1-1)。同制度下では、都心を迂回して中央環状線を利用した場合、普通車は100円引き、大型車は200円引き(2014年4月より210円引き)となる。対象はETC車に限定し、中央環状線より外側の出入口を利用し、中央環状線を利用した方が都心環状線を利用した場合より遠回りとなる場合に割引が適用される。
 
図表2-1-1 中央環状線迂回利用割引
図表2-1-1 中央環状線迂回利用割引

 この結果、都心環状線の交通量が減り、中央環状線の迂回交通が増加している(図表2-1-2)。
 
図表2-1-2 割引による交通量の変化
図表2-1-2 割引による交通量の変化

■料金圏の撤廃
 首都高速、阪神高速においては、2012年より料金圏ごとの均一料金制から、走行距離に応じて課金する対距離制に移行した(図表2-1-3)。これまでの均一料金制では、料金圏をまたいで利用すると料金が割高になるため、料金圏付近で高速道路から降りてバイパスを利用する者も多く、それがバイパス道路の混雑の原因となっているケースもあった。
 
図表2-1-3 首都高速における対距離制への移行
図表2-1-3 首都高速における対距離制への移行

 例えば、埼玉県にある与野出入口から東京都の富ヶ谷出入口まで行く場合、従来の均一料金制では埼玉料金圏と東京料金圏の二つの料金圏をまたぐため、1100円の料金を支払う必要があった。このため、料金圏をまたがないよう併走する新大宮バイパスを選択する利用者も多く新大宮バイパスの道路混雑につながっていた。しかし、対距離制にすることで料金は900円(2014年4月より930円)となったため、高速道路と新大宮バイパスの分担率は変化し、高速道路の有効活用と新大宮バイパスの渋滞の緩和につながった(図表2-1-4)。
 
図表2-1-4 料金圏撤廃による利用の変化(東京線−埼玉線の例)
図表2-1-4 料金圏撤廃による利用の変化(東京線−埼玉線の例)

 このように、料金施策を柔軟に活用することで、インフラの稼働率を高めるとともに渋滞等による社会的な損失を減らすことができ、インフラをより賢く使うことが可能となる。

(2)社会インフラの最も効率的な供給主体や利用主体を選定する仕組みの工夫
 市場メカニズムを活用することにより、社会インフラとしての性格を持つサービスを最も効率的に供給し、また、社会インフラを最も有効に活用することができる主体やアイディアを選定することができる。本項では、海外及び我が国における関連の取組みを紹介する。

(海外における事例)
 海外では、インフラを利用して供給されるサービスに関して、最も効率的にインフラを活用できる事業者を選ぶためにオークションの性質を取り入れた仕組みを導入している事例がある。

■EUにおけるPSO
 EUでは、離島や遠隔地域を広域的な交通ネットワークと結ぶ航空路線は、ナショナル・ミニマムとして供給されるべきサービスと認識されているが、赤字となりがちなこうした路線への事業許可及び補助金の支給にあたっては、オークションの性質を導入した仕組みが採用されている。
 EU加盟国は、離島等の生活路線となっている航空路線が商業ベースでは供給されないとき、その路線に対して「公共サービス輸送義務(Public Service Obligations: PSO)」を指定することが認められている注23(図表2-1-10)。
 
図表2-1-10 フランスのPSO路線
図表2-1-10 フランスのPSO路線

 ある路線がPSOの指定を受けると、EU域内で認可を受けたどのような航空会社でも、定められた運行条件でその路線を運航できるようになるが、それでもなお、独自に当該路線を運航しようとする航空会社が現れないとき、当該路線への参入に対する公開入札が行われる。すなわち、PSO路線を指定した政府が運行頻度や運航機材、タイムテーブル、運賃等に関する基準を示し、入札者はこれらの要素に関する自社の運行計画を、自社が必要とする補助金額と合わせて提示する注24(図表2-1-11)。運航者の決定についての詳細な制度設計は各国政府に委ねられているが、補助金額を提示することについてはEU域内で共通に定められている。そして、当該路線を運航することが決まった航空会社は、契約期間中、その路線で独占的に営業することが認められる。
 
図表2-1-11 PSO路線におけるサービス最低水準
図表2-1-11 PSO路線におけるサービス最低水準

■英国における鉄道営業権
 公共交通事業者の決定において同種の競争的なシステムを導入する取組みは、英国における鉄道営業権の入札においても見られる。
 英国では、線路や鉄道施設等の鉄道インフラは、非営利企業として設立されたネットワークレール社が管理を行い、運行事業者が当該社から線路等を賃借して行う旅客運送事業に対して、入札を行うという上下分離方式がとられている注25
 任意の路線における運行事業者の決定のプロセスとしては、まず現行の運行契約(フランチャイズ)の終期と新たなフランチャイズの決定スケジュールを示した事前情報通知が運輸省により公表される。その後、運輸省と市場関係者等とのコンサルテーションを通じ、運輸省内で詳細な仕様の検討が行われ、それを踏まえ、サービス要件やフランチャイズ契約案等が提示される。それを見た入札参加希望者は、自社の経営安定性や事業実績といった業務遂行能力を示す事前審査書類を提出し、運輸省はそれを基に一定の者に入札参加資格を与える。入札参加者は、運輸省の提示するサービス要件を満たす事業計画と、それを契約期間中実行することで運輸省に支払う対価(プレミアム)ないし必要となる補助金の額を入札する。最終的に、各提案は、予め公表された算式に従い、プレミアムまたは補助金の額とサービス水準が一定のウェイトで点数化され、契約者が決定する注26
 
図表2-1-12 鉄道の産業組織
図表2-1-12 鉄道の産業組織

 英国では、国鉄民営化とフランチャイズ制の導入は1994年に行われたが、その後の鉄道事業の動向を見ると、旅客キロは着実に増加している(図表2-1-13)。また、サービスの質については、定時性指標を見ると、2000年に発生したハットフィールド脱線事故の時点まで悪化しているが、それ以降では改善を続けている注27(図表2-1-14)。また、政府支出への影響を見ると、2003/04年以降は、鉄道事業者に対する補助金が減少傾向にある(図表2-1-15)。
 
図表2-1-13 英国における鉄道事業の旅客キロの推移
図表2-1-13 英国における鉄道事業の旅客キロの推移

 
図表2-1-14 英国における鉄道事業の定時性指標の推移
図表2-1-14 英国における鉄道事業の定時性指標の推移

 
図表2-1-15 ネットワーク会社及び運行事業者に対する政府支出
図表2-1-15 ネットワーク会社及び運行事業者に対する政府支出

(我が国における取組み)
 国内においても、近年、既存の社会インフラの有効な活用を図るため、競争的プロセスを通じ優れた提案や能力ある実施主体を特定する取組みが行われるようになっている。

■道路占用における入札方式の導入
 道路分野において、オークションとしての性格を持つ仕組みにより高架下等の道路空間を利用できる者を決定する制度を導入することとしている。従来、道路は一般交通の用に供することが本来の目的であり、道路の特別使用たる占用は、道路の区域外に物件を設置する余地がない場合に限って許可してきたところである。事実、占用料収入に占める業種別割合を見ると、公益事業に必要な管路等を敷設するための占用が大宗を占めており、商業的な利用は少ない(図表2-1-16)。
 
図表2-1-16 2008年度占用料収入における業種別割合(直轄国道)
図表2-1-16 2008年度占用料収入における業種別割合(直轄国道)
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 一方で、人口減少や少子高齢化が進み、都市機能の集約が求められるなか、まちづくりや地域活性化の観点から、店舗等の占用希望者が増加することが想定され、このような場合には、従前の維持管理能力や営業時間等の外形的な事項に加え、どの占用主体が最も高い占用料額を提示するかという評価観点から、占用主体を選定しようとするものである。
 こうした考え方から、高架下の活用にあたっては占用基準を緩和し、占用主体の選定にあたっては、基準に該当する者のうち最も高い占用料の額を提示した入札参加者を落札者とすることができるよう措置するため、「道路法等の一部を改正する法律」が2014年5月に成立した。

■政策コンテストによる空港発着枠配分
 航空分野では、2013年9月より、航空会社の自助努力のみでは路線の維持・充実が困難な低需要路線注28について、地域と航空会社による路線充実に係る共同提案を募集し、有識者委員が評価を行った上で、優れた提案を行った路線に対して羽田空港国内線発着枠を配分(最大3便分)するという「羽田発着枠政策コンテスト」が行われた。提案の評価においては、需要見込みや運航コストの効率化といった路線自体の収益性に関する観点だけでなく、地方公共団体と広域的な関係者の連携体制や、地域における観光やビジネス需要の開拓方策に関する観点も含めた評価が行われた。
 このコンテストには、4地域から応募があり、上位の評価を得た羽田−石見路線、羽田−山形路線、羽田−鳥取路線にそれぞれ1便ずつ配分することが決定された。1位となった石見路線の提案には、増便後の利用者数が目標を下回った場合の地域と航空会社間のリスク分担の仕組みや、旅行商品の造成支援といった施策が含まれている。

 当然ながら社会インフラの利用や公共サービスの供給においては、経済合理性だけではなく、高い公共性の確保や地域間・個人間の平等への配慮といった様々な社会的要請を満たすことが重要であり、一様にどのような分野にも市場メカニズムを導入しようとすることは望ましくない。しかしながら、本節の取組みに見られるように、市場メカニズムの活用が適切と認められる状況においては、公正で透明性の高い方法により、公共的性格を持つサービスの供給を効率化したり、希少な社会インフラから生じる便益を最大化していくよう促すことが有益と考えられる。


注21 2012年度プローブデータ。プローブデータとは、個々の車両が走行した位置や速度、前後左右の加速度等の多種多様なデータ。p63参照。
注22 50億時間を一人あたり実労働時間(1,788時間/年(事業者規模30人以上の平均労働時間、厚生労働省「2011年毎月勤労統計調査」より))で除すことにより算出。
注23 REGULATION (EC) No 1008/2008 Article 16
注24 小熊仁(2012)「EUの航空分野における公共サービス輸送義務(Public Service Obligation)と空港運営に対する効果」『運輸と経済』第72巻第4号 '12.4
注25 柳川隆、播磨谷浩三、吉野一郎(2007)「イギリス旅客鉄道における規制と効率性」『神戸大学経済学研究年報』第54巻
注26 入札のプロセスについては、Department for Transport「Rail Franchising Competition Guide」(https://www.gov.uk/government/uploads/system/uploads/attachment_data/file/208428/franchise-competition-guide.pdf)参照。
注27 ハットフィールド脱線事故とは、1994年の民営化後に鉄道インフラを管理・運営することになったハットフィールド社において、保守点検に対する投資不足や、外部委託の際の監督が不十分であったこと等により、2000年に起こった大規模な脱線事故。
注28 1便・3便ルール対象路線(庄内、佐賀、鳥取、三沢、八丈島、能登、石垣、稚内、南紀白浜、大館能代、中標津、奄美大島、宮古、石見、紋別、山形、大島、三宅島、中部、久米島)の増便又は新規路線の開設


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