第2節 時代に合った構造的な地域づくり

■1 「コンパクト+ネットワーク」の効果

 第1章で見たように我が国では、人口減少と高齢化が進行し、特に地方都市において、必要な都市機能を維持することが困難になることが予想される。大都市と地方都市の人口の推移を見ると、今後大都市では人口の流入が続く傾向があるのに対して、地方都市では急速に人口が減少していく。県庁所在市については既に2005年に、その他の10万人クラスの都市については2000年にピークを迎えており、高齢人口の増加は緩慢になるが、生産年齢人口は大幅に減少することが見込まれている(図表2-2-1)。したがって、今後は、より少ない生産年齢人口で、都市活動、都市経済を支えていくことが求められる。
 
図表2-2-1 県庁所在市と10万人クラス都市の人口推計
図表2-2-1 県庁所在市と10万人クラス都市の人口推計
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 また、過去40年あまりの地方都市における人口の動向を見ると、人口増加と共に市街地が郊外へと急速に拡大していることが分かる。県庁所在市においては1970年から2010年までに人口が約2割増加する一方で、DID注44面積は2倍以上に拡大してきた(図表2-2-2)。
 
図表2-2-2 県庁所在市における人口及び県庁所在地のDID面積の動向
図表2-2-2 県庁所在市における人口及び県庁所在地のDID面積の動向
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 今後、このように拡散した市街地を抱えたまま人口が減少することとなれば、ますます市街地の低密度化により市民の日常生活を支える都市機能の維持が困難となり、都市の衰退が進行してしまうおそれがある。
 国土交通省の国民意識調査によると、公共施設や商業施設等の都市の各種施設の適切な立地については、「自家用車で行きやすい中心」や「郊外」とする回答がいずれも減少する一方で、「公共交通機関で行きやすい中心」とする回答が、商業施設、公共施設のいずれにおいても増加しており、人々の意識においても都市機能の集約化とそれを結ぶ公共交通ネットワークへの要請が高まっていると考えられる(図表2-2-3)。
 
図表2-2-3 適切な公共施設、商業施設の立地
図表2-2-3 適切な公共施設、商業施設の立地
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 これに伴い、実際の人々の交通手段には変化の兆しも見られる。2008年と2014年の目的別の交通手段を比較すると、通勤・通学、買い物、病院及び銀行・郵便局・役所の利用など多数の項目において、交通手段として徒歩を選択する者が増加しており、一方で交通手段として自家用車を選択する者は減少している(図表2-2-4)。
 
図表2-2-4 2008年から2014年における目的別交通手段の変化(回答率の差)
図表2-2-4 2008年から2014年における目的別交通手段の変化(回答率の差)
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 しかし、公共交通の現状は、地域によって大きく差があり、地方都市を中心に公共交通の位置付けは相対的に低下している。例えば、乗合バスの輸送人員は、1990年度に比べて2010年度は35%減少し、また、過去5年間で約6,463kmのバス路線が廃止されており、輸送人員の減少、サービス水準の低下が続いている。
 以上のような状況も踏まえ、「国土のグランドデザイン2050」において「コンパクト+ネットワーク」の考え方が提示された。ここで「コンパクト」とは、空間的な密度を高める「まとまり」を意味し、「ネットワーク」とは、地域と地域の「つながり」を意味している。すなわち、行政や医療・介護、福祉、商業、金融、エネルギー供給等生活に必要な各種サービスが効率的に提供できるよう、これらの機能を一定の地域に集約することで「まとまり」をつくり、交通や情報ネットワークによって「まとまり」同士を結ぶ「つながり」をつくることを指している。
 今後、人口減少、高齢化が進む中、様々な課題が生じることが予想されるが、それらの課題に対して都市構造の面からも対応が求められている。地域の構造を見直し、一定区域内の人口密度を維持するとともに、医療・福祉施設、商業施設や住居等がまとまって立地する、あるいは、高齢者をはじめとする住民が公共交通により医療・福祉施設や商業施設等にアクセスできるなど、日常生活に必要なサービスや行政サービスが住まい等の身近に存在する都市構造を目指すことが重要である。その際、重要となるのが「コンパクト+ネットワーク」の考え方である。以下では、具体的なデータを通して「コンパクト+ネットワーク」の効果を見ていく。

(1)「コンパクト+ネットワーク」の定量的な効果
 都市構造をコンパクトにすることで、まず、日常生活の拠点となる地域及びその周辺における人口密度が維持され、その結果、一定の周辺人口が必要とされる、医療、福祉、商業施設等生活サービス施設の持続性が向上することが挙げられる。そして、これらのサービスに徒歩や公共交通機関等のネットワークで容易にアクセスできるようになることで生活の利便性が高まるとともに、外出が促進されることにより、健康の増進にもつながるといったライフスタイル面での効果が期待される。
 また、除雪や介護等の公共サービスの提供の効率化や、公共施設の再配置等によって財政支出の削減につながるという財政面での効果、自動車から公共交通へと移動手段が変化することによってCO2排出量が削減されるなど環境面での効果も期待される。
 ここで、人口密度が一定以上の区域であるDID地区における人口密度と、都市機能に関する各種指標との関係を市町村別のデータをもとに見る。まず都市の生活利便性については、生活に必要最低限の機能として、医療、福祉、商業の各施設と公共交通施設が考えられる。これらすべての施設が、徒歩圏内にある場所に住んでいる人々の割合を「日常生活サービスの徒歩圏充足率」として人口密度との関係を見ると、DID地区における人口密度が高いほど、徒歩圏充足率は高くなっており、コンパクトな都市ほどこれらの日常生活サービスを徒歩圏で享受できる市民が多く、日常生活の利便性が高いことが分かる(図表2-2-5)。
 
図表2-2-5 日常生活サービスの徒歩圏充足率
図表2-2-5 日常生活サービスの徒歩圏充足率
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 そして各種施設が歩いて行ける範囲に立地していれば、日常生活においても外出する機会が増加すると考えられる。特に高齢者においては、コンパクト化により生活関連の施設が徒歩圏内に多く立地することで外出機会の増加が見込まれることから、健康面での効果も期待される。実際に、高齢者の外出率と人口密度の関係には一定の相関が見られ、人口密度が高い都市ほど高齢者の外出率が高まる傾向にある(図表2-2-6)。
 
図表2-2-6 高齢者の外出率
図表2-2-6 高齢者の外出率
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 なお、高齢者を対象とした筑波大学の研究によれば、一歩あたり0.061円の医療費抑制効果があると試算されており、仮に都市のコンパクト化によって人々の外出機会が増えれば、医療費が削減される効果も期待できる。
 ここまで、コンパクト化が人々のライフスタイル等に与える影響について紹介したが、以下では経済的な効果の側面についても見ていく。
 コンパクト化により人口密度が高くなれば、小売業等の周辺人口が増加し潜在的に多くの来店客数を見込めるため、小売業やサービス産業を中心として売上げに一定の効果が見込まれる。特に、サービス産業はモノと異なり輸送や保管が困難であるため、売上げが来店者数に左右されると考えられる。また、コンパクト化により売上げが増加すれば、結果として販売の効率性も向上する。実際に、人口密度と小売商業床面積あたりの売上高は正の相関関係にある(図表2-2-7)。
 
図表2-2-7 小売商業床面積あたりの売上高
図表2-2-7 小売商業床面積あたりの売上高
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 また、介護保険の訪問系サービスでは、事業所と同一建物内(養護老人ホーム、軽費老人ホーム、有料老人ホーム、サービス付き高齢者向け住宅に限る。)に居住する利用者へのサービスの提供について移動等の労力が軽減されることを踏まえ、事業者に対して支払われる介護報酬の減算がなされている。例えば、減算対象である訪問介護事業所と、減算対象でない訪問介護事業所を比較した場合、訪問介護員の移動時間及び訪問回数について差が見られる(図表2-2-8)。このことから、コンパクト化の結果として、事業所の近くにサービス利用者が多く居住するようになれば、それだけ福祉の移動にかかるコストも削減できると考えられる。
 
図表2-2-8 訪問介護員の訪問件数及び移動時間
図表2-2-8 訪問介護員の訪問件数及び移動時間

 さらに、都市構造がコンパクトになり、人口密度が高まれば、効率的に行政サービスが提供できるようになり、行政コストが節減される効果も見込まれる。また、コンパクト化により公共施設や都市インフラのより効率的な維持・管理が可能になれば、そのために要する費用も削減されると考えられる。またそれ以外にも、除雪やごみ収集等、行政が市民に対して提供するサービスの中には、都市構造によってコストが変化するものが多く存在する。実際に、市町村の人口密度と一人当たりの行政コストの関係を見ると、両者には負の相関が認められる(図表2-2-9)。
 
図表2-2-9 市町村の人口密度と行政コスト
図表2-2-9 市町村の人口密度と行政コスト
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 なお、都市がコンパクトになった結果、人々の移動手段が自動車から公共交通や自転車、徒歩等に変化すればCO2排出量の削減や排ガスによる汚染の低減など、環境面での効果も期待できる。実際に、人口密度と自動車CO2排出量の関係を見ると、負の相関が確認できる(図表2-2-10)。
 
図表2-2-10 市民一人当たりの自動車CO2排出量
図表2-2-10 市民一人当たりの自動車CO2排出量

(2)「コンパクト+ネットワーク」と地域経済循環
 ここまで示した効果を踏まえ、「コンパクト+ネットワーク」が地域経済循環に与える影響を、第2章第1節の経済循環のフロー図(図表2-1-102)に反映したものが、図表2-2-11である。まず、コンパクト化等により、地域経済に対する以下の効果が期待される。
 
図表2-2-11 「コンパクト+ネットワーク」が地域経済循環に与える影響
図表2-2-11 「コンパクト+ネットワーク」が地域経済循環に与える影響

 さらに、交通ネットワークの改善等の効果として、企業立地の促進や物流等企業活動における生産性の向上、生産額の増加効果(B)が期待される。
 このようにコンパクト化等による小売商業等の売上増加効果と、ネットワーク等による生産額の増加効果を相乗的に生じさせることにより、地域内の従業員の所得増加(2))が地域内の消費として再び地域内を循環する正の循環につながるなど、「コンパクト+ネットワーク」には地域経済循環を改善する効果もあると考えられる。


注44 「DID」は国勢調査による人口集中地区(Densely Inhabited Districts の略)を指し、具体的には、人口密度4000人/km2以上の国勢調査上の基本単位区が互いに隣接して、5000人以上の人口となる地区のことである。市町村単位の人口密度では、その市町村内における特定の地域での人口の集中度合いまでは把握することが困難である。DID地区における人口密度はその市町村内でも特に人口が集中している区域の人口密度を比較できるためより人口の集中度合いを比較しやすいというメリットがある。


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