第2節 経済動向とインフラ整備

■3 インフラと生産性の関係〜生産性革命に向けて〜

 国土交通省は、2016年を「生産性革命元年」と位置づけ、総力を挙げて生産性革命に取り組むこととしている。ここでは、国土交通行政、特にインフラが生産性、さらには経済成長に及ぼす影響を考察する。
 インフラ整備の効果には、フロー効果とストック効果があり、フロー効果は、公共投資の事業自体により、生産、雇用、消費等の経済活動が派生的に創出され、短期的に経済全体を拡大させる効果とされている一方、ストック効果は、インフラが社会資本として蓄積され、機能することで継続的に中長期的にわたり得られる効果であり、生産性向上をはじめとする様々な効果がある。これまで一般に、公共投資の効果を論ずる場合、フローとしての短期的な効果が注目される傾向もあったが、インフラのストックとしての本来的な効果を見る視点が重要である。
 ストック効果については第2章で詳しく述べる。

(生産性が経済成長のカギ)
 経済成長を生み出す要因としては1)労働力、2)資本、3)全要素生産性(TFP)注30の3つがある。我が国における過去の経済成長を成長会計注31によって分析すると、労働力以上に資本やTFPの寄与が大きかったことが分かる(図表1-2-47)。
 
図表1-2-47 成長会計の推移
図表1-2-47 成長会計の推移
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 また、高度経済成長期のうち1956年から1970年における実質GDP成長率と労働力人口の伸びを比較すると、GDP成長率が年平均約9.6%なのに対し、労働力人口の伸び率は年平均約1.4%にすぎず、高度成長は労働力人口の増加のみに依存したものではないことが分かる注32。2030年までの20年間に、労働力である生産年齢人口は毎年1%近く減少すると見込まれているが、上記のことは、資本蓄積や生産性の向上が労働力減少分のマイナスを補うことができれば、今後の人口減少下においても、経済成長を達成することが可能であることを示唆している注33。このことから、今後の経済成長を支えていくためには、安全・安心の確保を前提に、生産性を意識していくことが重要となっている。

(生産性革命プロジェクト)
 国土交通省では、「生産性革命プロジェクト」として、1)「社会のベース」の生産性を高めるプロジェクト、2)「産業別」の生産性を高めるプロジェクト、3)「未来型」投資・新技術で生産性を高めるプロジェクトという3つの切り口に分けて個別プロジェクトの生産性向上に取り組んでいる(図表1-2-48)。
 
図表1-2-48 生産性革命プロジェクト(3つの切り口)
図表1-2-48 生産性革命プロジェクト(3つの切り口)

 例えば、1)「社会のベース」の生産性を高めるプロジェクトに関して見てみると、我が国経済社会には多くの非効率・ムダが存在する。例えば、図表1-2-49のとおり、道路移動時間の約4割は渋滞に費やされている状況であり、これは年間約280万人分の労働力に匹敵する。
 
図表1-2-49 渋滞損失の大きさ
図表1-2-49 渋滞損失の大きさ

 都道府県別に人口あたり渋滞損失時間を見てみると、都市部以外でも多大な渋滞損失が発生していることから、渋滞損失の解消は都市部のみならず、日本全体での生産性向上に資すると考えられる(図表1-2-50)。このことから、今後は、地域の潜在力を引き出し、社会全体の生産性を高める「社会のベース」の生産性を向上させる取組みが重要である。
 
図表1-2-50 都道府県別の人口あたり渋滞損失時間
図表1-2-50 都道府県別の人口あたり渋滞損失時間
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(社会資本の蓄積とTFPの相関関係〜生産性のパズルに対する回答〜)
 プロジェクトレベルで生産性向上を積み重ねることは非常に重要であるが、マクロ経済的観点から、公共投資により蓄積された社会資本ストックが経済活動の生産性を押し上げる効果(生産力効果)についても、様々な研究がなされている。1970年代から日本の都道府県別データを用いた研究が行われているが、Aschauerによる1989年の論文「政府支出は生産的か」注34を端緒として関心が高まり、世界的に研究が進んだ。当時米国では、1970年代以降のTFP増加率の低下について原因が分かっておらず(いわゆる「生産性のパズル」)注35、それに対する回答として期待されたためである。
 Aschauerの論文では、1950年以降の米国におけるTFPの推移と社会資本の純資産(資本減耗を除いた資産)の推移とが重ね合わせられたグラフが掲載されている(図表1-2-54)。本研究の結果をもってただちに社会資本ストックの伸びがTFPを引き上げたとは断定できないが、社会資本の生産力効果を示唆するものとして注目される。
 
図表1-2-54 Aschauerによる社会資本の生産拡大効果分析
図表1-2-54 Aschauerによる社会資本の生産拡大効果分析

(社会資本の生産力効果)
 我が国においても、社会資本ストックの生産力効果についての複数の既往研究が存在し、社会資本整備がプラスに寄与するとの結果が多い(図表1-2-55)。
 
図表1-2-55 日本における社会資本の生産力効果の研究事例
図表1-2-55 日本における社会資本の生産力効果の研究事例


注30 「全生産量の伸びから労働投入及び資本投入の寄与分を除いた残差」として定義され、具体的には、技術革新や資源配分の変化のほか、労働又は資本に関する質的な変化(教育訓練による労働者の能力の向上、最先端のIT技術を含む設備投資など)等が含まれる。
注31 経済成長の源泉を資本ストックの増加、労働人口の増加、全要素生産性(TFP)の向上に分け、どの要因の寄与が大きいかを量的に把握する手法。Y:GDP、A:技術水準、K:資本ストック、L:労働量、α:資本分配率、1−α:労働分配率として、コブ・ダグラス型の生産関数を仮定すると、GDPはY=AKαL(1−α)と表すことができる。両辺の対数をとり、時間に関して微分すると脚注計算式(Y、A、K、LはそれぞれY、A、K、Lを時間に関して微分したもの)となり、GDP成長率を技術進歩、資本ストックの増加、労働人口の増加の3つの要因に分解することができる。
注32 内閣府「日本経済2014-2016」、経済産業省「通商白書2005」をもとに計算
注33 選択する未来委員会の推計(図1-1-4)によれば、人口減少下でも、生産性向上シナリオと生産性停滞シナリオを比較すると、実質GDP成長率で1%強の差が生じる。
注34 Aschauer,D.A.(1989)“Is Public Expenditure Productive?” Journal of Economics, vol.23, pp.177-200.
注35 米国における1970年代以降のTFP増加率低下の原因としては、1)エネルギー価格の高騰、2)技術的に未成熟なベビーブーマーの労働市場への大量参入など様々な要因が指摘されたが、どれも決定的な説明にはならなかった。


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