第3節 国土交通分野におけるイノベーションの課題と今後の取組みに求められること

■1 国土交通分野におけるイノベーションの現状と課題

(1)企業の取組みと課題
 以下では、文部科学省科学技術・学術政策研究所が実施した「第4回全国イノベーション調査」注61の結果を中心に、国土交通関連産業として、建設業、不動産・物品賃貸業、運輸・郵便業、宿泊・飲食サービス業におけるイノベーション実現やイノベーション活動の実態及び課題を分析する。

(イノベーション実現及びイノベーション活動実施状況)
 国土交通関連産業におけるイノベーション実現企業(プロダクト・イノベーション、プロセス・イノベーション、マーケティング・イノベーション、組織イノベーションのいずれかを実現した企業)注62の割合は、宿泊・飲食サービス業では46%であり、全体(全産業平均)の40%を上回った。その一方で、不動産・物品賃貸業、建設業、運輸・郵便業における実現割合はそれぞれ38%、31%、24%であり、全体の実現割合を下回った(図表2-3-1)。
 
図表2-3-1 イノベーション実現企業の割合(対全企業)
図表2-3-1 イノベーション実現企業の割合(対全企業)
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 また、同調査ではプロダクト・イノベーションとプロセス・イノベーションに係るイノベーション活動の実施状況を調査している注63。全体では23%の企業がプロダクト・イノベーション又はプロセス・イノベーションに係るイノベーション活動を実施し、同20%がプロダクト・イノベーション又はプロセス・イノベーションを実現しており、活動を実施した企業の多くがプロダクト・イノベーション又はプロセス・イノベーションを実現している。このことから、国土交通関連産業は、イノベーション活動を実施する企業の割合が低く、それが実現割合の低さにもつながっていると言える(図表2-3-2)。
 
図表2-3-2 イノベーション活動実施企業の割合(対全企業)
図表2-3-2 イノベーション活動実施企業の割合(対全企業)
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(イノベーションの阻害要因)
 イノベーションの阻害要因には、全体の傾向と同様、「能力のある従業者の不足」、「良いアイデアの不足」、「目先の売上・利益の追求」を挙げる企業が多い(図表2-3-3)。
 
図表2-3-3 イノベーションの阻害要因
図表2-3-3 イノベーションの阻害要因
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 業種別では、宿泊・飲食サービス業は、全体に比べて、「内部資金の不足」など資金面の問題を阻害要因に挙げる企業の割合が高い。この要因の一つとして、宿泊・飲食サービス業に含まれるホテル・旅館産業は建物や設備を使用したサービスを顧客に提供する産業であり、設備等の投資負担が大きいことが挙げられる。中小企業庁「平成27年中小企業実態基本調査」図表2-3-4によると、宿泊業、飲食サービス業の固定比率(純資産に対する固定資産(建物、土地等)の比率)は697%、負債比率(純資産に対する負債(借入金等)の比率)は827%と、他産業に比べて突出して高い(図表2-3-4)。金融機関等からの借入金が固定資産に投入され、イノベーションのための投資が過小となる一因となっている。
 
図表2-3-4 固定比率と負債比率
図表2-3-4 固定比率と負債比率
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(オープンイノベーション等の取組み)
 イノベーション活動において、他社・他機関と協力する企業の割合では、運輸・郵便業、飲食・宿泊サービス業が全体より10ポイント以上低い(図表2-3-5)。
 
図表2-3-5 イノベーション活動における他社・他機関との協力
図表2-3-5 イノベーション活動における他社・他機関との協力
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 協力相手に注目すると、全体ではサプライヤーと協力する企業の割合が最も高いが、運輸・郵便業はクライアント・顧客と協力する企業の割合が最も高い。また、建設業は政府・公的研究機関、大学等の高等教育機関と協力する企業の割合が他産業と比べて低い。
 イノベーションの1つの源泉となる研究開発の状況を見ると、建設業、運輸業、郵便業では研究開発を実施する企業の割合が低く、総売上高に対する研究費の支出額も1%未満と製造業平均や全産業平均に比べて少ない(図表2-3-6)。また、建設業は社外支出研究費の割合が非常に低い。
 
図表2-3-6 総売上高に対する研究費比率
図表2-3-6 総売上高に対する研究費比率
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(イノベーション実現の成果)
 次に、イノベーション実現による成果の達成状況に注目する。
 プロダクト・イノベーションの成果として、「新しい市場の開拓(市場開拓)」と「高付加価値化による顧客単価・製品単価の維持・上昇(高付加価値化)」の2つの達成状況を比較する。「市場開拓」では、運輸・郵便業で目標以上の成果を上げた企業の割合が58%と全体の43%を上回り、目標達成度が高い。一方で、業種によっては「市場開拓」に積極的に取り組むことに不向きな場合があるが、宿泊・飲食サービス業、不動産・物品賃貸業の目標達成度はそれぞれ33%、32%と低く、「市場開拓」に取り組んでいない企業の割合が高い(図表2-3-7)。「高付加価値化」では、建設業で目標以上の成果を上げた企業割合が20%と、全体の45%と比べて目標達成度が非常に低い(図表2-3-8)。これは、建設業が発注者の要望に沿って多種多様な建設を行う受注産業であることや、図表2-3-6で示したように研究開発投資が不足していることも関係していると考えられる。
 
図表2-3-7 プロダクト・イノベーション実現による成果(目標:新しい市場の開拓)
図表2-3-7 プロダクト・イノベーション実現による成果(目標:新しい市場の開拓)
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図表2-3-8 プロダクト・イノベーション実現による成果(目標:高付加価値化による顧客単価・製品単価の維持・上昇)
図表2-3-8 プロダクト・イノベーション実現による成果(目標:高付加価値化による顧客単価・製品単価の維持・上昇)
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 また、建設業は「市場開拓」、「高付加価値化」のいずれの項目でも、成果は未検証という回答の割合がそれぞれ30%、27%と突出して高い。
 次に、プロセス・イノベーションの成果として、「コスト削減」と「需要変動への対応能力・柔軟性強化(需要変動への対応力)」を見ると、「コスト削減」では、飲食・宿泊サービス業で、目標以上の成果を上げた企業割合が64%と、全体の50%を上回る(図表2-3-9)。「需要変動への対応力」では、運輸・郵便業で62%の企業が目標以上の成果を上げている(図表2-3-10)。
 
図表2-3-9 プロセス・イノベーション実現による成果(目標:コスト削減)
図表2-3-9 プロセス・イノベーション実現による成果(目標:コスト削減)
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図表2-3-10 プロセス・イノベーション実現による成果(目標:需要変動への対応能力・柔軟性強化)
図表2-3-10 プロセス・イノベーション実現による成果(目標:需要変動への対応能力・柔軟性強化)
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 また、建設業は「コスト削減」、「需要変動への対応力」のいずれの項目でも、成果は未検証という回答の割合が34%と突出して高い。
 運輸・郵便業は、プロダクト・イノベーション及びプロセス・イノベーションに係るいずれの成果項目に関しても、着実に目標を達成している。これはイノベーション活動において、ニーズを有する顧客・クライアントとの協力を重視し、プロダクト・イノベーション又はプロセス・イノベーションの実現につなげていることが要因と考えられる。他方、建設業は、いずれの成果項目においても、イノベーションによる目標達成度が低い。また、建設業では成果を検証していない企業の割合が高く、実効性のあるイノベーション活動の実施とともに、行政と業界全体が新技術等を積極的に活用・評価する仕組みづくり等を継続していく必要がある。

(社会課題への対応)
 我が国は、課題先進国として様々な社会課題に対応していくことが求められているが、そうした社会課題をビジネスチャンスと捉える一方で、そのような社会課題を意識した研究開発テーマの創出に着手している企業はそれほど多くない。図表2-3-11、図表2-3-12を見ると、「少子化」を事業の発展に貢献すると考える企業の割合は38.3%であるのに対し、「少子化」を意識した研究開発テーマを創出している企業の割合は15.0%と低い。将来的に事業にプラスになると認識しているが、目先の売上・利益が優先されることや、一企業による解決や市場の形成が難しく、具体的な研究開発に着手できていない可能性がある。
 
図表2-3-11 社会課題による事業発展の可能性
図表2-3-11 社会課題による事業発展の可能性
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図表2-3-12 社会課題からの研究開発テーマの創出状況
図表2-3-12 社会課題からの研究開発テーマの創出状況
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(2)イノベーションに対する国民の意識
 国土交通分野における新技術やサービスが、どの程度社会に受け入れられているのか、また社会実装を行うために必要とされることについて、国土交通省が実施した国民意識調査注64の結果をもとに考察を行う。なお、本調査では、個別の新技術・サービスについて認知度と利用意向、普及に必要なことを調査したうえで、国土・インフラ整備分野、交通分野、暮らしに関する分野(暮らし方分野)の3つに分類し、整理・集約している(図表2-3-13)。
 
図表2-3-13 国民意識調査における新技術・サービスの分類
図表2-3-13 国民意識調査における新技術・サービスの分類

(認知度、利用意向、普及に必要なこと)
 分野別に新技術・サービスに対する認知度や利用意向を見ると、国土・インフラ整備分野は、新技術・サービスを認知・理解していると回答した回答者は13.5%で、3分野の中で最も認知度が低いが、利用意向では、利用したい・実現してほしいと回答した回答者は70.1%と最も高い結果となった。国土・インフラ整備分野には、防災や減災に関係する新技術・サービスが多く含まれており、近年の災害の激甚化等を背景に、災害の予防・対応等に対する国民の利用意向や関心は高まっていることが窺える。一方、そうした新技術・サービスの認知度・理解度は低く、社会実装には認知度の向上も必要と考えられる(図表2-3-14、図表2-3-15)。
 
図表2-3-14 新技術・新サービスの認知度(分野別)
図表2-3-14 新技術・新サービスの認知度(分野別)
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図表2-3-15 新技術・新サービスの利用意向(分野別)
図表2-3-15 新技術・新サービスの利用意向(分野別)
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 対照的に、暮らし方分野は、認知度が3分野の中で最も高いが、利用意向は最も低くなっており、社会実装に当たっては、国民が受容しやすい環境等の形成が必要と考えられる。
 今後、新技術・サービスの普及に必要なことについては、国土・インフラ整備分野では、他の2分野に比べ、「機能・サービス向上による利便性の向上」、「利用・運用のための環境・インフラの整備(ハード面)」が多くなっているほか、「認知度の向上、優位性の周知」が必要という回答も多い。交通分野では、「安全性の確保、安全性・品質の基準の設定、有事の際の代替手段の確保」が必要という回答が最も多く、技術的な安全性の向上と心理的な安心感の付与が求められていると考えられる。暮らし方分野は、他の2分野に比べて、「プライバシーの保護」、「現在の暮らしや社会との調和」が必要という回答が多く、新技術・サービスの導入により生じる不調和や新たなリスクの解消が求められている(図表2-3-16)。
 
図表2-3-16 新技術・サービスの普及に必要なこと(分野別)
図表2-3-16 新技術・サービスの普及に必要なこと(分野別)
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 次に、トピックごとに傾向を分析していく。

(防災・減災関係)
 国土・インフラ整備分野のうち、防災・減災に関する新技術・サービスとして、衛星と連携した災害防止システム、事故履歴と地理情報の統合技術、地中センサと連携した警報・避難支援システム、災害時用ロボット、避難活動を支援するナビゲーションシステム、SNS災害情報システムの6項目について見てみる。
 認知度については、災害時用ロボットを除き、認知・理解している回答者の割合が20%未満と低い。災害時用ロボットは、近年の大震災や災害時に利用されている様子がメディア等でも伝えられており、他の5項目に比べて認知度が高くなっていると考えられる(図表2-3-17)。
 
図表2-3-17 新技術・サービスの認知度(防災・減災関係)
図表2-3-17 新技術・サービスの認知度(防災・減災関係)
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 新技術・サービスの普及に向けては、「機能・サービス向上による利便性の向上」が必要との回答が、全体的に多いが、災害時用ロボットについては、「安全性の確保、安全性・品質の基準の設定、有事の際の代替手段の確保」、「利用料や価格、コストの低下」が、他の5項目に比べて突出して多い。また、避難活動を支援するナビゲーションシステム、SNS災害情報システムは、「利用・運用のためのルール作り(ソフト面)」、「認知度の向上、優位性の周知」、「プライバシーの保護」が必要との回答が、他の4項目より多い。災害時に直接、国民一人ひとりとつながる新技術・サービスであり、ソフト面のルールづくりとともに、認知度向上や個人情報にも配慮した取組みが求められていると考えられる(図表2-3-18)。
 
図表2-3-18 新技術・サービスの普及に必要なこと(防災・減災関係)
図表2-3-18 新技術・サービスの普及に必要なこと(防災・減災関係)
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(シェアリングエコノミー関係)
 2章2節にあるように、シェアリングエコノミーという新たな価値観や、それに基づくサービスについて、国民はどう考えているのか。ライドシェア、民泊、シェアハウスについて見てみる。民泊、シェアハウスは、若い年代ほど利用意向が高いが、ライドシェアは50代の利用意向が最も高く、年代により傾向は様々である(図表2-3-19)(図表2-3-20)(図表2-3-21)。
 
図表2-3-19 ライドシェアの利用意向(年代別)
図表2-3-19 ライドシェアの利用意向(年代別)
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図表2-3-20 民泊の利用意向(年代別)
図表2-3-20 民泊の利用意向(年代別)
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図表2-3-21 シェアハウスの利用意向(年代別)
図表2-3-21 シェアハウスの利用意向(年代別)
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 また、これらの新技術・サービスの普及に必要なことについては、シェアハウス、民泊は「プライバシーの保護」が必要との意見が最も多く、ライドシェアは「安全性の確保、安全性・品質の基準の設定、有事の際の代替手段の確保」が最も多く、「利用・運用のためのルール作り(ソフト面)」が続く(図表2-3-22)。
 
図表2-3-22 新技術・サービスの普及に必要なこと(シェアリングエコノミー)
図表2-3-22 新技術・サービスの普及に必要なこと(シェアリングエコノミー)
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(物流)
 物流に関する新技術・サービスとして、宅配ボックス、ドローンによる宅配、自動運転等を活用した無人配送サービスについて見てみる。男女別の利用意向では、宅配ボックスは男女ともに60%以上が利用したいと回答しており、他の2項目に比べて利用意向が高い。宅配ボックスは既に首都圏を中心に導入が進められており、サービスの優位性・利便性等が認識されていると考えられる。ドローンによる宅配、無人配送サービスでは、女性の利用意向が男性に比べて低い(図表2-3-23)(図表2-3-24)(図表2-3-25)。
 
図表2-3-23 宅配ボックスの利用意向(性別)
図表2-3-23 宅配ボックスの利用意向(性別)
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図表2-3-24 ドローンによる宅配の利用意向(性別)
図表2-3-24 ドローンによる宅配の利用意向(性別)
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図表2-3-25 無人配送サービスの利用意向(性別)
図表2-3-25 無人配送サービスの利用意向(性別)
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 また、これらの新技術・サービスの普及に必要なことについては、ドローンによる宅配、無人配送サービスは「安全性の確保、安全性・品質の基準の設定、有事の際の代替手段の確保」が最も多い。宅配ボックスは、「プライバシーの保護」が最も多く、「機能・サービス向上による利便性の向上」が続く(図表2-3-26)。
 
図表2-3-26 新技術・サービスの普及に必要なこと(物流関係)
図表2-3-26 新技術・サービスの普及に必要なこと(物流関係)
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 以上のように、国土交通分野における新技術・サービス等の社会実装に必要な要件は様々であり、イノベーションの分野や技術等の発展状況に応じた取組みが必要である。


注61 文部科学省科学技術・学術政策研究所が調査主体として2015年10月に実施した一般統計調査。第4回全国イノベーション調査では2012年度から2014年度までの3年間を調査参照期間とし、この間に実施された企業活動に対して設問している。調査の対象母集団は常用雇用者数10名以上の民間企業380,224社。対象母集団から24,825社を標本抽出して調査票を配布し、12,526社から有効回答を得ている(有効回答率50%)。
注62 第4回全国イノベーション調査ではイノベーションの種類を以下の4つに分類している。1)プロダクト・イノベーション:新しい又は大幅に改善された製品又はサービスの市場への導入、2)プロセス・イノベーション:新しい又は大幅に改善された生産工程又は配送方法の自社内における導入、3)マーケティング・イノベーション:製品又はサービスのデザイン又は包装の大幅な変更、販売経路、販売促進方法、あるいは価格設定方法に係る新しいマーケティング方法の自社内における導入、4)組織イノベーション:企業の業務慣行、職場組織又は社外関係に関する新しい方法の自社内における導入。
注63 イノベーション活動実施企業とは、プロダクト・イノベーション又はプロセス・イノベーションを実現した企業、又はプロダクト・イノベーション又はプロセス・イノベーション実現に向けた活動を実施したが未完了に終わった企業のことをいう。
注64 2017年3月に全国の個人を対象としてインターネットを通じて実施(回答数1,500)。性別(2区分:男、女)、年齢(5区分:20代、30代、40代、50代、60代)、居住地(3区分:三大都市圏(埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、岐阜県、愛知県、三重県、京都府、大阪府、兵庫県、奈良県)、地方都市(三大都市圏を除く政令指定都市または都道府県所在地)、その他の地域)の計30区分に対して均等割り付け(各区分50人)となるように調査を実施。


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