第3節 国土交通分野におけるイノベーションの課題と今後の取組みに求められること

■2 国土交通分野におけるイノベーション促進に求められるもの

 国土交通分野におけるイノベーション活動の実態や課題、イノベーションに対する国民の意識を踏まえ、以下では国土交通分野におけるイノベーション促進に求められることをイノベーションの創出と社会実装に焦点を当てて考察していく。

(1)イノベーション創出力の強化
(多様な人材が活躍できる環境づくりと新技術等導入による生産性向上)
 国土交通関連産業でも、他産業同様、能力のある人材の不足がイノベーションを阻害する主要因となっており、多様な人材の取り込みと人材が活躍できる環境づくりが重要である。
 建設業や運輸業は、男性中心の職場というイメージが強く、業界全体で女性の活躍を促す環境づくりや意識改革に取り組んでいるが、女性に限らず、多様な人材を取り込むことは、企業に新しい風を吹き込むきっかけになると言える。多様な人材・働き方に対応した労働環境や教育制度を整備することにより、今までの固定観念にとらわれず、積極的に人材を取り込むことが重要である。また、人材評価や円滑なコミュニケーション等を通して、多様な人材の活躍をイノベーションに結びつけていくことも必要と考えられる。
 また、様々な業界で、担い手不足への対応や生産効率を高めることを目的に、新技術や新しいシステム等の導入が行われている。このような取組みは、より多くの時間や人材を、イノベーション活動に投入する機会を増やすことにもつながるため、創出された時間や人材を積極的に活用していくことも必要である。
 国土交通省と建設業界は、2章2節にあるi-Constructionの取組みによる生産性向上とともに、技能者の技能や経験を適切に評価し、処遇の改善等につなげる「建設キャリアアップシステム」の構築に取り組んでいる(図表2-3-27)。また、「建設業担い手確保・育成コンソーシアム」が2014年10月に設立され、関係機関による人材の確保・育成の促進や取組事例の横展開を行っており、こうした業界一丸となった取組みも重要である。
 
図表2-3-27 建設キャリアアップシステム
図表2-3-27 建設キャリアアップシステム

(多様な資金調達手法によるイノベーション活動の活性化)
 宿泊・飲食サービス業における資金不足の緩和や、国土交通関連産業における起業活動等を活発化するためには、多様な資金調達手法で資金面のサポートを行うことも重要である。
 現在の資金調達手法は、株式や社債を中心とする直接金融あるいは金融機関からの間接金融が中心ではあるが、最近では直接金融の一手法として、インターネットを通じて資金調達を行うクラウドファンディングの利用が増えている(図表2-3-28)。クラウドファンディングは、事業の実績がなくても、新規性や将来性が見込まれる事業であれば、事業内容に共感した支援者から資金を集めることができるため、金融機関から支援を受けにくい新設企業や中小企業等でも利用が進んでいる。また、資金調達を通して、市場の関心を高めることや、事業に対する市場の評価を知るマーケティングの効果も期待できる。
 
図表2-3-28 国内クラウンドファンディングの市場規模推移
図表2-3-28 国内クラウンドファンディングの市場規模推移
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 クラウドファンディングは、観光産業による施設の改修や、地域の空き家や古民家の再生等、不動産投資にも活用が始まっている。こうした動きを受け、2017年5月26日に成立した「不動産特定共同事業法の一部を改正する法律」では、不動産特定共同事業注65について、書面による取引だけではなく、電子化対応等、クラウドファンディングに対応するための環境整備を定めるとともに、参入できる事業者の資本金要件を緩和するなど、地域の不動産事業者や新しいアイデアを持つ事業者等の新規参入を後押しするものとなっている(図表2-3-29)。
 
図表2-3-29 不動産特定共同事業法の一部を改正する法律概要
図表2-3-29 不動産特定共同事業法の一部を改正する法律概要

 また、行政による補助も効果的に行う必要がある。例えば、産業振興に関する支援では、支援の目的を明確化し、業種やプロジェクトに応じて支援期間・支援方法を柔軟に設定することで、自助努力による事業継続を促すことが重要である。今後は、資金支援だけではなく、ベンチャー企業の発掘・育成にも取り組むことで、起業活動を活性化し、国土交通分野におけるイノベーションを促進することも求められる。一方、エコカー減税やクリーンエネルギー自動車等導入促進対策費補助金、認定長期優良住宅に対する税の特例措置のように、事業者側ではなく新商品・サービスの購入者に補助等を行うことで、事業者を支援し、イノベーションの普及に努めることも重要である。

(2)イノベーションの社会実装の促進・強化
(オープンイノベーション、オープンデータ)
 生産性向上や社会課題への対応が求められるなかで、国土交通分野においてもオープンイノベーションの取組みを促進していくことが重要である。
 生産性向上においては、ICTの利用など他産業のノウハウも活用し、新しいサービスや商品の開発促進、生産効率の向上等に取り組むことが重要である。例えば、拡張現実(AR)技術を利用した米国のNiantic, Inc.(ナイアンティック)の「ポケモンGO」が社会現象となり、観光客の誘致等に活用された事例は、他産業の技術発展や新サービスが国土交通分野にイノベーションを起こす可能性を示していると言える。また、運輸・郵便業のように顧客やクライアントと協力してイノベーション活動を行うことは、ニーズ起点の事業開発につながり、自社に不足するノウハウを持ったベンチャー企業や外部企業と連携して、新たなイノベーションを産み出すきっかけとなり得る。
 AIやICT等を活用した世界的な技術革新については、我が国が一体となって技術開発と社会実装を進めていく必要がある。例えば、自動運転技術は、AIやセンサ技術等様々な技術を融合した技術開発が必要とされている。実用化に向けては、車の安全基準や事故発生時の賠償責任等のルールの整備、道路等のインフラ側の対応、実証実験等により、社会の受容性を向上していくことが求められ、産学官の連携が重要になっている。
 次に、少子高齢化や環境問題等の社会課題については、民間企業が単独で将来見通しを立て、市場を形成することが難しく、研究開発や事業化が進みにくい側面がある。社会課題に対応していくことは、企業の新たなビジネスチャンスにもつながることから、行政が有識者や民間企業等を巻き込み、方向性の決定や市場の形成を行う必要がある。
 最後に、今後ますます情報化が進む中で、オープンデータの取組みも重要となる。内閣府が提供する「地域経済分析システム」(RESAS)は、官民の保有するデータを集約し、地域内の資金循環の状況や、地域間取引の状況、観光客の動向や需要等の情報を図やグラフ等で表示することで「情報の視覚化」を行っている(図表2-3-30)。地方公共団体では、RESASを活用して、地域に訪れる外国人観光客の国籍や移動エリア等を把握することで、重点的に観光プロモーションを行う国や優先エリアを抽出し、観光施策に活かしている。このように民間や行政の持つデータを効果的に公開していくことは、情報の活用を促し、客観的なデータに基づく企業や地方公共団体の自発的なイノベーション活動を促進すると考えられる。
 
図表2-3-30 RESASの概要と活用例
図表2-3-30 RESASの概要と活用例

(イノベーションが社会に受け入れられる基盤づくり)
 国民意識調査や前述の自動運転の社会実装の取組みからわかるように、新技術や新サービスが社会に受容されるためには、技術的な安全性の確保とともに、ルール化や社会実験を通して利用者や社会に安心感を得てもらうことも必要である。例えば、物流事業へのドローン等小型無人機の活用では、性能向上や制度整備等を通じて、国民の安全性に対する不安解消を図りながら、事業化に向けた環境整備に取り組んでいる。
 また、国民の暮らしや地域社会との不調和を解消し、イノベーションが効果的に利用される環境整備を行うことも必要である。例えば、民泊サービスは、我が国で急速に普及が進んでいるが、近隣トラブル等も発生しており社会問題となっている。国土交通省では、2017年3月に住宅宿泊事業法案を国会に提出し、同年6月9日に成立しており、地域の事情にも配慮した健全な民泊サービスの普及を図っている。

(イノベーションのPDCAサイクルの確立)
 イノベーションを実現した企業の中には、目標を達成していない企業や成果を検証していない企業も多く見られた。イノベーション活動では、目標設定と成果の検証を行うことで、次のイノベーション活動につなげていくPDCAサイクルを作っていくことが重要である。また、業界における品質や技術等の評価基準の統一や、ベストプラクティスの共有により、各企業が目指すべき目標をつくっていくことも有効と考える。


注65 組合形式で出資を受け、不動産の売買や賃貸による収益を投資家に配当する事業等。


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