■1 文化・歴史の振興に向けた変化
(歴史的な空間の維持・保全・活用の推進)
■歴史・文化を活かしたまちづくりの推進
我が国では、城郭や神社仏閣等、歴史上価値の高い建造物と、その周辺の歴史的建造物とが相まって、歴史的なまちなみが形成されている地域が全国に存在している。そうした地域においては、祭礼行事をはじめとした地域の歴史や伝統を反映した人々の活動が行われ、歴史的なまちなみと一体となって情緒や風情のある極めて良好な市街地の環境(歴史的風致)が形成されていることが多い。
こうした歴史・文化を活かしたまちづくりを推進するため、国土交通省は、2008年(平成20年)に「地域における歴史的風致の維持及び向上に関する法律(歴史まちづくり法)」注7を制定・施行した。市町村は同法に基づく計画を作成し、国の認定を受けると、計画に位置づけられた取組み(図表I-2-2-1)に対して重点的な支援を受けることができる。
図表I-2-2-1 歴史まちづくり
現在、歴史まちづくり法に基づき、国から認定された計画を持つ市町村は、全国で76(2019年3月末時点)にのぼる。同法に基づく取組みを進めた結果、観光客数の増加などの効果が発現した市町村が多く存在している(図表I-2-2-2)。
図表I-2-2-2 認定市町村での観光客数の増加事例注8
■無電柱化の推進
電線を地中に入れること等により、電柱をなくす「無電柱化」は、良好な景観の形成や、歩道の幅を広げることによる歩行者の安全性・快適性の向上、大規模災害時の電柱の倒壊の防止等の効果が期待されている。諸外国を見ると、ロンドン・パリ・香港・シンガポール等では、ほぼ完全に無電柱化が進められており、日本と比較すると、非常に高い水準となっている。
日本においても、全国で無電柱化が着実に進んできている。特に、平成において、大都市の幹線道路に加え、歴史的な街並みを保全すべき地区や、バリアフリー重点整備地区などの良好な住環境を形成すべき地区なども、その対象として広げている。法整備としては、1995年(平成7年)に「電線共同溝の整備等に関する特別措置法」を、また、2016年には「無電柱化の推進に関する法律」を制定し、「無電柱化推進計画(2018年)」等に基づき無電柱化を進めている。
このような中、川越市では、市の下水道工事に合わせて無電柱化を実施するとともに、蔵造りの町並み保存等を行っている。川越市の観光客数は約200万人(1983年)から約660万人(2017年)にまで増加しており、こうした取組みも寄与しているのではないかと考えられる(図表I-2-2-3)。
図表I-2-2-3 川越市一番街の無電柱化
(日本の歴史・文化を反映した空間の活用)
■日本の魅力を伝える空間づくり
平成を通じて、我が国では、空港や鉄道駅等の玄関口で、日本の歴史や芸術・文化を活かした空間づくりを行うことにより、国内外に向けて日本の魅力を積極的に発信するようになってきている。このような空間づくりは、増加する訪日外国人客等からの期待に応えるだけでなく、日本人にとっても心地良い空間を創出している。
例えば、金沢駅では、北陸新幹線の延伸を見越して、この地域の歴史を活かした改良を行った。特に、2005年(平成17年)に完成した「鼓門(つづみもん)」は、伝統を感じられる木造建築を基本に、地域の伝統芸能である能や素囃子(すばやし)などで使用される鼓をイメージして作られており、地域文化を発信するシンボルとなっている。金沢駅は、2017年にアメリカの旅行雑誌注9において、日本で唯一「世界で最も美しい駅」のひとつにも選ばれるなど、国外からも高く評価され、インバウンドを含め、多くの観光客が訪れている(図表I-2-2-4)。
図表I-2-2-4 金沢駅「鼓門」
さらに2010年に完成した奈良駅はホーム部分に寺社をイメージした飾り鉄柱を設置するなど、「奈良らしさの表現−青丹(あおに)よし−」を基本コンセプトとしている。隣接する前駅舎は、屋根には九輪が置かれ、内部中央は格天井(ごうてんじょう)となるなど、寺院風の貴重な建物であった。このため、文化的価値を踏まえて保存されることとなり、現在、奈良市総合観光案内所として生まれ変わっている。奈良駅及び奈良市総合観光案内所は、国内外の観光客が訪れる奈良の玄関口において、歴史や文化を反映した空間を作り上げ、地域の魅力を効果的に発信している(図表I-2-2-5)。
図表I-2-2-5 奈良市総合観光案内所と奈良駅
また、2010年にオープンした羽田空港の国際線ターミナルでは、江戸の街並みをイメージした商業施設である「江戸小路(こうじ)」が設けられている。「江戸小路」は現代の名匠が漆喰壁など伝統の日本式工法を用いて再現した「江戸の街並」であり、空の玄関口である羽田空港において日本の魅力を発信している(図表I-2-2-6)。
図表I-2-2-6 羽田空港「江戸小路」
■歴史的・文化的価値のある公共建築物の維持・保全と保存・活用
我が国には、歴史的・文化的に価値のある公共建築物が数多く存在しており、平成を通じ、こうした建築物を維持・保全するとともに、保存・活用していくことを推進している。
例えば、国立西洋美術館は、東アジアに唯一現存するル・コルビュジエ注10の作品として歴史的・文化的価値が高い。国土交通省は、この建物のデザインや機能を損なわずに地震に対する安全性を高めるために、日本で初めて免震レトロフィット工法を採用した保存改修を実施した。その後、2016年(平成28年)に、この建物は世界文化遺産に登録された(図表I-2-2-7)。
図表I-2-2-7 国立西洋美術館
免震レトロフィット工法は東京駅の保存・復原工事にも採用された。これにより、既存のレンガ壁を残すなど、20世紀における日本の近代化を象徴する貴重な空間を保存しつつ、耐震性の強化がなされた。ドーム等の失われた部分の復原など創建当初の姿を取り戻し、2012年に全面再開業を果たしている(図表I-2-2-8)。
図表I-2-2-8 東京駅
また、歴史的・文化的価値のある公共建築物を活用していくことについては、例えば、2016年の「明日の日本を支える観光ビジョン」において推進していくこととされている。このこと等により、迎賓館赤坂離宮が一般に公開されるなど、多くの歴史的・文化的価値のある公的施設が活用されつつあり、日本の魅力を広く伝えていくことが期待される(図表I-2-2-9)。
図表I-2-2-9 迎賓館赤坂離宮
■海外にある日本庭園の再生
日本庭園は、1873年にウィーンの万国博覧会に出展されてから、海外からも注目されるようになった。20世紀には、欧米諸国におけるジャポニズム注11の広がりや、戦後の文化交流などから、多くの日本庭園が海外において整備されてきた。現在、海外には500箇所以上の日本庭園が存在しているが、中には適切に維持管理がなされていないものも存在する。
このような状況を受け、国としても海外に存在する日本庭園の修復を支援することとし、2017年以降5年間で50箇所程度の庭園を修復することを目標としている。
これまで実施してきた修復支援の中でも、特に米国カリフォルニア州グレンデール市にある「ブランド公園」の日本庭園は、飛び石とつくばい注12の再整備や滝石組み注13の修復が行われ、現地において高く評価されている。さらに修復を契機として新たに桜祭りが開催され、多くの訪問客が訪れるなど、海外における日本文化の普及を一層促進している(図表I-2-2-10)。
図表I-2-2-10 ブランド公園(米国カリフォルニア州グレンデール市)
(我が国における多様な文化の発展)
■アイヌ施策の推進
アイヌの人々の文化の振興や普及啓発のため、1997年(平成9年)には「アイヌ文化振興法」が制定され、それ以降、北海道を中心に、様々な施策が展開され、これまで一定の成果が得られた。しかし、アイヌ文化の伝承者等は減少し、アイヌ語や伝統工芸等、存立の危機にある分野が存在しており、さらに、未だ、アイヌの歴史や文化等について、国民の幅広く十分な理解が得られていないといったような課題も有していた。
このような中、アイヌの歴史、文化等に関する国民の幅広い理解促進や、将来へ向けてアイヌの文化の継承、新たなアイヌ文化の創造等につなげるために、アイヌ文化の復興・創造の拠点として「民族共生象徴空間(ウポポイ)」を2020年4月の開業に向けて整備しているところである。また、本年、「アイヌの人々の誇りが尊重される社会を実現するための施策の推進に関する法律」が制定され、アイヌの人々が先住民族であるとの認識を示した上で、従来の福祉政策や文化振興に加え、地域振興、産業振興、観光振興等を含めた総合的な施策を推進していくこととしており、上記のウポポイについても、同法に基づき指定する法人にその管理を委託することとしている(図表I-2-2-11)。
図表I-2-2-11 民族共生象徴空間(ウポポイ)中核区域のイメージ
注7 文部科学省・農林水産省との共管法として制定・施行した。
注8 「観光客数」は、国内及び訪日外国人旅行者数の合計値である。また、対象とした14の地方自治体は、平成24年以前に認定された計画を有し、かつ、その観光客数が年間100万人から1000万人程度のところである。伸び率は、平成24年の観光客数を1とした場合、それぞれの年の観光客数の値である。また、歴史まちづくり実施団体の観光客数は、選定した14都市の観光客数の合計値から算出している。
注9 「トラベル・アンド・レジャー(Travel + Leisure)誌」、米国旅行雑誌で最大手。
注10 フランスを中心に活躍した建築家(1887年〜1965年)。合理的、機能的で明快なデザイン原理を追求し、20世紀の建築や都市計画に大きな影響を与えた。
注11 日本の美術品を19世紀中頃の万国博覧会へ出展したことを背景に、西洋で日本美術への注目が高まり、モネをはじめとする多くの画家・作家に影響を与えたことで生まれた芸術の潮流の一つ。
注12 茶室に入る前に、手を清めるために置かれた背の低い石製の手水鉢のこと。
注13 滝のように水が流れ落ちるように組んだ石のこと。