国土交通白書 2020
第1節 災害から身を守るために
(1)総力戦で挑む防災・減災プロジェクト
頻発・激甚化する自然災害に対し、国土交通省ではこれまでも分野ごとにさまざまな対策を講じてきたが、今後は分野横断的に連携しつつ、さらに国民の防災意識を高め、防災・減災が主流となる安全・安心な社会づくりを進めていく必要がある。そのため、これまでの教訓や検証を踏まえ、国土交通省の総力を挙げ、抜本的かつ総合的な防災・減災対策を講じるため、国土交通大臣のプロジェクトとして、2020年(令和2年)1月に「総力戦で挑む防災・減災プロジェクト~いのちとくらしをまもる防災減災~」を立ち上げた。「いのちとくらしをまもる防災減災」をスローガンに、国民の視点に立った抜本的・総合的な対策を講じることで、行政機関、民間企業、国民一人ひとりの意識・行動・仕組みに防災・減災を考慮することが当たり前となる社会を目指している。
このプロジェクトの基本的な考え方は、「国民目線」及び「手段・主体・時間軸の3つの総力」の2点である。これまでも国土交通省では、有識者会議などの議論を踏まえ、分野ごとにさまざまな防災・減災対策を講じてきた。しかし、これまでと次元の異なる自然災害が頻発している現状に鑑み、これらの取組みと連携しつつ、切迫する災害に対して国民と危機意識を共有し、防災対策を国民の視点に立ってわかりやすく発信することが必要となっている。また、分野ごとの縦割りではなく、分野別の取組みに横串を刺し、省全体・関係省庁や自治体・企業・住民等のあらゆる主体が一体となって取り組むほか、ハード・ソフトの両面からの対策を組み合わせ、平時からの対策を徹底し、非常時、復旧・復興時の取組みを円滑化していくことが求められている。なお、本プロジェクトについては2020年6月頃までの取りまとめが予定されているが、ここからは本プロジェクトの取りまとめに向けて、現在検討等を進めている、いくつかの具体的な施策例を紹介していく。
(2)具体的な施策例
(大雨時の住民へのわかりやすい注意喚起)
令和元年東日本台風において、大雨特別警報が解除された際に、これを安心情報と捉えた住民が自宅に戻った後、上流部で降った雨が下流部に流下し、時間が経ってから河川が氾濫した事例が発生した。このように、大雨の後に時間が経って発生する氾濫に関しても住民に注意喚起を行うなど、住民の的確な行動につながる情報発信の取組みが必要である。
このため、国土交通省では、大雨特別警報解除後の氾濫への警戒を促すため、大雨特別警報の解除を警報への切替と表現するとともに、警報への切替に合わせて、今後の水位上昇の見込みなどの河川氾濫に関する情報を発表し、引き続き氾濫への警戒が必要であることを注意喚起していくこととした。その際、「引き続き、避難が必要とされる警戒レベル4相当が継続。なお、特別警報は警報に切替」と伝えるなど、どの警戒レベルに相当する状況かを分かりやすく解説する。また、メディア等を通じて住民への適切な注意喚起を図るため、予め本省庁等の合同記者会見等により周知を図るとともに、SNSや気象情報等のあらゆる手段で注意喚起を実施することとした。さらに、住民等の的確な判断や行動につながるよう、防災用語・表現をわかりやすく見直す取組みも実施することとしている(図表I-3-1-4)。
(流域治水への転換)
気候変動による水災害リスクの増大に備えるためには、治水計画等を「過去の降雨実績などに基づくもの」から「気候変動による降雨量の増加などを考慮したもの」に見直すとともに、河川、下水道、砂防、海岸等の管理者が主体となって行う治水対策に加え、集水域と河川区域のみならず、氾濫域も含めて一つの流域として捉え、その河川の流域全体のあらゆる関係者が協働して流域全体で行う治水対策、「流域治水」への転換を進めていくことが必要である(図表I-3-1-5)。流域のあらゆる関係者の協力によって、施策や手段を充実し、それらを適切に組み合わせ、加速化させることによって効率的・効果的な安全度向上を実現する。
(「流域治水プロジェクト(仮称)」に基づく事前防災の加速と抜本的対策への着手)
令和元年東日本台風により甚大な被害が発生した7水系注2において、国・都県・市区町村が連携し、今後5~10年でハード・ソフト一体となった「緊急治水対策プロジェクト」を実施している(図表I-3-1-6)。具体的には、河道掘削、堤防整備といったハード対策と、水位計・監視カメラの設置、マイ・タイムライン策定推進などのソフト対策をまとめ、「プロジェクト」として実施する。今後、7水系における対策のみならず、全国の一級水系における早急に実施すべき流域全体での対策の全体像を「流域治水プロジェクト(仮称)」(図表I-3-1-7)として示し、ハード・ソフト一体となった事前防災対策を加速していく。
(浸水リスク等に係る土地利用規制・誘導等)
近年頻発・激甚化する自然災害に対応するためには、災害が発生するリスクの高い地域にできるだけ人々を住まわせないようにし、安全なまちづくりを進めることが不可欠である。
このため、国土交通省では、2020年(令和2年)の通常国会に「都市再生特別措置法等の一部を改正する法律案」を提出した。
具体的には、開発許可制度により土砂災害特別警戒区域などの災害レッドゾーンにおいては、都市計画区域全域で自己居住用を除く住宅等に加え、店舗、病院、ホテルといった自己の業務用施設についても開発を原則禁止としている。また、浸水ハザードエリア等においては、市街化調整区域における住宅等の開発許可を厳格化している。
また、災害ハザードエリアから住民や施設が移転する際、市町村が移転者のコーディネートを行うとともに、具体的な移転計画を作成し手続きを代行するなど、負担が軽減されるようにし、災害ハザードエリアからの移転を促進することとしている。
さらに、立地適正化計画の居住誘導区域から災害レッドゾーンを原則除外するとともに、居住誘導区域内等で行う防災対策・安全確保策を定める防災指針を作成することとし、立地適正化計画と防災の連携を強化している。(図表I-3-1-8)。
このほか、不動産取引においては、その相手方に取引の対象となる物件に関する水害リスクを認識してもらうことが重要であることから、水害リスクに係る説明を宅地建物取引業法上の重要事項説明として義務付ける方向で対応を進める。
(交通関係における分野横断的な防災・減災対策)
近年の災害でも、鉄道河川橋梁の流失や道路の洗掘等による鉄道・道路ネットワークの寸断が非常に多く発生している。交通分野における被害は地域の経済や生活に多大な影響をもたらしており、交通分野の取組みは、防災・減災だけでなく、災害発生後の復旧・復興の観点からも非常に重要な要素となる。
また、令和元年房総半島台風では、成田空港において鉄道・高速バス等の空港アクセスが途絶した結果、空港に多数の滞留者が発生し、空港管理者と交通事業者間の連携が課題となるなど、分野の垣根を超えた様々な事業者間の連携も非常に重要性を増している。
このため、国土交通省では、鉄道河川橋梁の流失等防止対策、道路の法面や橋梁の洗掘防止対策、空港の護岸の嵩上げや耐震化、港湾の施設の嵩上げ・補強及び耐震強化岸壁の整備など、交通インフラの強靱化に向けた取組みを行っている。その際、例えば鉄道事業者や道路管理者が、河川管理者の保有する情報を活用して、鉄道河川橋梁や道路構造物の点検を行い補強工事を行うなど、鉄道事業者・道路管理者・河川管理者・砂防事業者などの様々な事業者が連携した防災・減災対策を進めることとしている。
また、ひとたび災害が発生した場合も、河川・道路・鉄道等の関係者による「鉄道等の災害復旧に係る事業間連携に関する連絡調整会議」の場を活用するなど、関連する事業が連携して、迅速な復旧を進めることとしている。
さらに、事業者が災害予防や応急活動をより円滑に実施できるようにするため、事業者が活用しやすく精度の高い情報の提供を進めることとしている。具体的には、台風の進路や豪雨の発生を前もって高い精度で予測することで事業者の数日前からの災害対策を支援する。また、台風や大雨時に順次発表される情報について、交通事業者がこれに基づき適時・的確に計画運休、運転再開、車両避難などの判断が行えるよう、ワークショップを実施するなど、災害関連情報に対する交通事業者の理解・活用を促進することとしている。
(激甚化・広域化する災害にも機能を発揮する交通ネットワークの構築)
交通インフラは、災害発生後の救命救急・復旧活動を支える重要な役割を担っているが、近年の災害でも、交通インフラの途絶により、こうした活動が妨げられる事例が発生している。幹線道路など重要な交通ネットワークは、いかなる災害が生じても機能喪失させないことが重要である。
このため、激甚化・広域化する災害に対し、道路構造物の耐災害性能の確保や、ルート選定時の浸水想定区域の考慮など、気候変動に適応した道路計画を行うこととしている(図表I-3-1-9)。また、岸壁の耐震補強、高速道路の4車線化、ミッシングリンクの解消、踏切道の立体交差化など、災害発生時にも途絶しにくいよう、インフラの機能強化を進める。
また、令和元年房総半島台風でも、電柱や沿道建築物の倒壊による交通インフラの途絶も非常に多く発生したことから、交通インフラ自体の機能強化に加え、無電柱化や沿道建築物の耐震化など、交通インフラ周辺のリスク軽減に向けた取組みも推進することとしている。さらに、災害時の避難行動や救命救急、復旧・復興活動に貢献するため、道路の高架区間の一時避難場所としての活用や、広域的な復旧・復興の活動拠点となる「道の駅」を「防災道の駅」として認定するなどの取組みを進める。
(平時からの土地の適正な利用・管理の促進)
人口減少の進展等に伴う土地利用ニーズの低下等を背景に、管理不全の土地や所有者不明土地が増加している。これらの土地は、生活環境の悪化の原因や、インフラ整備、防災上の重大な支障となることなどから、対応が喫緊の課題となっている。
このため、2020年(令和2年)3月には、適正な土地の利用及び管理を確保する施策を推進する改正土地基本法が公布・施行されたところであり、今後は、同法に基づく土地基本方針を通じて、法務省による民事基本法制の見直しも含め、防災・減災の観点からも重要な管理不全土地対策、所有者不明土地対策等の個別施策を着実に展開していくこととしている。
また、防災・減災対策や災害時の復旧・復興に当たっては、土地の境界を明確にする地籍調査が重要である。このため、地籍調査の円滑化・迅速化を目的として、2020年3月に国土調査法等の改正を行い、具体的には、所有者が不明な場合等でも調査を進められるような調査手続の見直しを行うとともに、都市部における道路等と民地との境界(官民境界)の先行的な調査や山村部における航空写真などのリモートセンシングデータを活用した調査といった地域特性に応じた効率的な調査手法の導入を行ったところである(図表I-3-1-10)。この改正を受けて、2020年度からは、第7次国土調査事業十箇年計画に基づき、新たに措置された効率的な調査手法の導入等により、円滑かつ迅速に地籍調査を推進していくこととしている。
- 注2 阿武隈川、鳴瀬川、荒川、那珂川、久慈川、多摩川、信濃川