2 市場原理によっては克服できない課題への対応


 交通運輸の分野においては、今後は、市場原理の活用を通じて事業の活性化、採算性の向上あるいはサービスの向上等を図ることが基本であるが、一方、市場原理によっては対応できない課題がある。交通運輸は、国民生活及び経済社会活動の基盤という高度の公共的性格を有するため、そうした課題をも同時に克服して、利用者のニーズに応えていく必要がある。

(1) 過密・過疎地域等における円滑な交通運輸の確保

 現在、我が国の交通運輸の分野においては、都市部において抜本的な対策が採られないまま慢性的となっている道路交通渋滞、職住分離型の都市構造のための長時間通勤、通勤時の鉄道混雑等様々な都市交通問題が顕在化、長期化している。その一方で地方部においては、自家用乗用車の普及拡大や、従来の都市部を含めた事業の内部補助構造が需給調整規制の廃止により影響を受けること等から、交通運輸サービスの質の低下やネットワークの維持自体が困難となることが懸念されている。
 こうした過密地域、あるいは過疎地域等の域内において円滑な交通運輸を確保していくため、都市部では、走行環境の整備や大量交通機関の利用促進を通じた渋滞対策、鉄道輸送力の増強やオフピーク通勤の推進を通じた通勤混雑対策等について、他の都市政策との連携を図りつつ、さらにハード面・ソフト面の両施策を一体として遂行していく必要がある。一方、地方部では、国民生活に不可欠の足となっているバス路線、離島航路、離島航空路線等の生活交通を地方公共団体等と適切に分担・協同しつつ、また、経営効率化にも配慮した上で各種支援措置を講じることにより、維持していく必要がある。

(2) 利用者が安心して利用できる交通運輸の確保

 市場原理を活用した事業の活性化が期待される一方、競争の激化に伴うサービスの質の低下、運賃の高騰、運賃の多様化による利用者の混乱等を懸念する指摘もある。
 このうち、運賃等価格の規制については、競争の促進による利用者負担の軽減等を図るため、ゾーン制や上限価格制への移行等一層の弾力化を図ることが必要であるが、一方、非競合路線において利用者に過度の負担を強いる価格設定等の市場原理のみでは利用者の利益に合致しない場合に対しては、十分な注意を払い、必要最小限の行政関与を行っていくことが必要となる。
 また、市場原理を有効に機能させるためにも、利用者の判断の基礎となる比較可能でわかりやすい情報の開示を促進し、利用者が交通運輸サービスを自由に選択できるようにする必要がある。

(3) モード間の連携調整の強化

 交通運輸を全体として調和のとれたものとするために、各モードを総合した旅客・貨物の流動実態を的確に把握した上で結節点を整備する等各モード間の連携を図り、移動の連続性と高い利便性を確保していく必要がある。また、情報通信技術の発展等を踏まえ、需要・供給両サイドからの、かつ、モードを超えた取り組みにより、自家用交通利用も含めた総合的な視野に立った交通運輸サービスを確保していく必要がある。具体的には、次のような施策が考えられる。
・ 空港ターミナルへの鉄道の乗り入れ、港湾の整備とアクセス道路の連携等のアクセス手段やモード結節点の整備
・ 高度道路交通システム(ITS)等の新技術の自家用交通及び大量交通機関への活用
・ 自動車、鉄道、海運等の各モードの特性を踏まえてそれらに係る交通需要の転換・調整を図る交通需要マネジメント(TDM)施策の展開

(4) 交通運輸における中小企業対策と雇用の確保

 需給調整規制の廃止等により大きな影響を受けると予想される交通運輸中小事業者の経営及び交通運輸における雇用機会の確保については、適切に対処する必要がある。
 中小企業の経営基盤の確立・強化等のための近代化の促進、経営の効率化等に当たり、公的融資や信用保険制度、特例的な税制等の各種支援措置の活用が図られるよう周知・あっせんを行うとともに、必要に応じてこれらの制度を拡充することが求められる。また、雇用の確保の面においても、雇用保険等の支援措置の活用のための周知・あっせん等が必要となる。

(5) 安全で災害に強い交通運輸の確保

 安全の確保は、交通運輸に課せられた最も基本的な課題であるが、近年の大震災等の大規模な災害の経験等により、安全で災害に強い交通運輸の確保への意識が従来にも増して高まってきている。
 今後、需給調整規制の廃止が進む中で競争の激化により安全の確保が損なわれることがないようにするため、運転者の資質の確保等安全の確保のための措置が必要であり、また、技術の進展その他の経済社会情勢の変化に対応した安全基準の見直しや安全確保のための国際協力等を進める必要がある。
 さらに、高度情報通信機器等による安全性向上のためのシステムの開発、事故防止への取り組み、交通運輸施設の耐震性の向上、リダンダンシー(代替輸送手段、経路等)の確保等を通じて、不断の安全性の確保及び災害発生時においても国民生活や経済を支え得る交通運輸ネットワークの確保に万全を期す必要がある。

(6) 環境と共生し、誰にでも使いやすい交通運輸の実現

 近年、交通運輸にとって環境と共生していくことは最も重要な課題のひとつとなっている。自動車の普及を背景として、その排出ガスを主因に、都市部においては窒素酸化物等の排出による大気汚染が、地球環境面では二酸化炭素の排出による地球温暖化が、国内的にも国際的にも大きな問題である。
 こうした環境問題に対して交通運輸分野として的確に取り組むため、低燃費車や低公害車の技術開発及び普及促進、バス等の大量輸送機関への需要の誘導、モーダルシフト及び共同輸配送の推進や物流拠点の整備等による物流効率化などの諸施策を、機動的に各モードを連携して、かつ、ハード面・ソフト面を一体的に推進して、「環境にやさしい」交通運輸の体系を整備していく必要がある。
 また、社会の高齢化の進展、障害者の自立と社会参加の要請等により、交通運輸の分野においても、バリアフリーの推進が重要な課題となっており、移動制約者が使いやすい交通運輸をめざして各関係者の連携の下にハード面・ソフト面ともにバリアフリー化を図っていくことが必要である。しかしながら、これらの施策はコストに見合うような事業収入の増加に直ちに結びつかないことから、市場原理に委ねた事業者の自主的努力だけでは早期解決は困難であり、今後とも、官民一体となった施策の推進が必要である。

(7) 先端技術の研究開発及び導入のための環境整備

 交通運輸サービスの高度化や効率化を進めていくためには、近年進歩が目覚ましい情報通信技術の積極的な活用が不可欠である。このような情報通信技術の活用については、民間事業者の自由な創意工夫に委ねることが基本であるが、規格の標準化や交通弱者を支援するための情報通信技術の活用等、市場における事業者の自由な競争に委ねるのみでは必ずしも十分な進展が期待できない分野では、行政が主導的又は調整的な役割を果たしていく必要がある。

(8) 人的交流拡大のための環境整備

 最近においては、観光、経済、文化、スポーツ等の様々な分野で人的交流が盛んになっており、これにより地域の活性化と国際化、国際相互理解の増進等が図られつつある。
 今後、さらなる人的交流の拡大を進めるには、(1)海外における観光宣伝等の訪日旅行促進策の推進、(2)旅行者の多様な検索ニーズに対応できる総合的な観光情報提供システムの構築、(3)ハード・ソフト両面からの魅力あるまちづくりの推進、(4)国際観光テーマ地区の整備等を通じた複数の観光地間の広域連携の推進、(5)トラブルがなく安心して旅行できるようにするための旅行取引の公正確保等、個々の民間事業者や地方公共団体だけでは対応できない諸施策の着実な推進について、行政の主導又は支援により関係者間の連携協力を深め、環境整備を図る必要がある。
 特に、上記(3)については、官民の連携により交通をはじめとした基盤整備を総合的かつ計画的に進め、住民が暮らしやすく快適なまちづくりを行っていけば、そこを訪ねる人々にとっても魅力あるまちになると考えられる。また、地域固有の自然、歴史文化、伝統芸能等を住民自らが大事にし、これを守り育て、訪れる人々との交流の中でその良さを共に分かち合う地域ぐるみのサービスの提供に努めれば、ホスピタリティの醸成にもつながる。こうした地域主体で進める「住んで良し、訪ねて良し」のまちづくりを行政としても支援していく必要がある。

(9) 都市公共交通サービスの新たな構築

 今日、活力ある都市の再創造が重要な課題となっているが、市街地内外の人の往来の活発化を通じた都市の活性化のためには、快適で利便性の高い公共交通サービスを都市整備と一体となって構築していく必要がある。このような事業は単一の事業者の自主的努力のみでは十分に果たし得ないものであることから、交通運輸行政と関係地方公共団体、事業者等が連携して、総合的に取り組んでいくことが必要となる。
 具体的な施策としては、鉄道やバス等の個別の公共交通機関について、高速化、情報化やソフト面の改善等による利用者の利便性の増進を図っていくとともに、これらの結節点となる交通ターミナルについても、乗り継ぎ抵抗の軽減等によるモード間の連携強化のための整備を、周辺整備と一体となって行っていくことが必要である。
 なお、このための取り組みの一環として、10年7月に施行された「中心市街地における市街地の整備改善及び商業等の活性化のための一体的推進に関する法律」においても、公共交通機関利用者利便増進事業を都市整備と一体的に推進していくこととしている。

 以上、総合的な交通運輸政策の新たな展開の方向性をみてきたが、交通運輸が、経済社会情勢の著しい変化に適切に対応し、今後とも安全、円滑かつ効率的な交通運輸サービスを提供していくためには、経済の長引く停滞、都市交通問題の慢性化等の厳しい経営環境下にあるものの、まず、交通運輸サービスを供給する側において、市場メカニズムの活用とこれによる競争等を通じて、利用者ニーズに沿ったサービスの向上・多様化と事業経営の効率化等を図っていく必要がある。
 しかしながら、他方、公正な競争を可能とするための環境づくりや市場原理にのみ委ねていては解決できない問題への対応の分野において、交通運輸行政に期待される役割は大きいものがあり、今後、関係各方面との連携協力の下に、より良い交通運輸サービスの実現をめざしていく必要がある。


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