2 運賃問題
地方鉄道,軌道の運賃は現在諸物価に比較して著しく低位にすえ置かれている。ところで、運賃制度には,対キロ制,区間制および均一制の3種類があるが,このうち対キロ制についてみると,昭和11年当時,基本賃率の平均は2銭8厘であつたが,昭和38年3月末現在においては4円9銭3厘となつており,昭和11年の143倍になつているに過ぎない。これに対して卸売物価指数は352倍となつており,新聞420倍,米554倍,理髪737倍といずれも相当高率の値上がりを示しており,比較的値上がりの少ない電報で240倍,電話で200倍となつている。
このように鉄軌道の運賃が他の諸物価に比較して低い原因は,戦後の資金,資材の不足な時代にまず重要産業や国民生活のために直接必要な産業の急速な復興を図ると共に国民生活に対する負担を出来るだけ軽減するために各種交通機関の運賃を極力低く押える政策が採られてきたことと,最近数年間に低物価政策の一環として公共料金抑制の措置が強力に推進されてきたためである。
この点に関し,最も問題になるのは,国鉄の場合と同様,定期旅客の運賃割引制度である。従来から一般の経済政策や社会政策或いは文教政策のために特に定期旅客運賃の値上げが抑制されてきたために,各鉄軌道の定期割引率は相当高率となつている。すなわち大手私鉄および大都市の公営の平均割引率は通勤6割2分ないし7割8分,通学7割8分ないし8割8分となつており,中小私鉄においても通勤4割ないし5割,通学6割ないし7割が大部分を占めている。これに対してバスの定期割引率は比較的低いために定期旅客は鉄軌道を利用する傾向がますます強くなつている。
鉄軌道としても限られた資金で輸送力増強に努力してはいるものの到底輸送需要に応じきれたい実情であり,通勤,通学時の混雑を緩和して交通安全を期するには相当巨額の投資を必要としている。これに伴つて資本費が当然増大してくるが,この投資はもつぱら定期旅客の輸送緩和のためのものであることを考慮すれば,経費増の相当部分は当然定期旅客に負担させるべきである。したがつて定期旅客運賃についてはいつまでも公共的割引を強制することなく,従来の高率割引率は漸次是正していくべきであろう。
今一つの問題は,適正な運賃を決定するに当り兼業部門の収支をいかに取扱うべきかということである。鉄軌道業者としては,他事業として索道,自動車,土地建物,遊園地,百貨店等を総合的に経営することによつて事業の維持,発展を期しているものが少なくない。そのため鉄軌道の運賃決定に際し全事業の収支関係を考慮すべきであるとの意見がある。
しかしながらこれらの兼業は鉄軌道業と密接な関係を持つていても鉄軌道の提供する運送サービスとは直接関係のない別個の事業であり,したがつて運送サービスに対する対価であるところの運賃を決定する際には当然控除すべきであろう。事業全体としての収支計算から運賃を決定するとすれば,兼業部門で相当赤字を生じている場合,鉄軌道利用者に対して運送原価を上回るさらに高率の負担を強いることになり,また兼業部門で相当の収益をあげている場合には鉄軌道運送原価を遙かに下回つた運賃を決定することになり,かくては事業者の鉄軌道に対する経営意慾を喪失させることにもなる。
したがつて鉄軌道の運賃算定に当つては,兼業部門の収支は除外して運賃を決定する必要があり,38年度においても一部事業者について兼業部門の好収益によつて配当を行つているもりの,鉄軌道部門においては相当の欠損を計上しているので,収支の均衡を図るために運賃改訂を認可した経緯がある。
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