1 国際情勢の変化


  世界的にみて,国際旅行者の大部分は,〕にみられるとおりアメリカ又は西ヨーロッパをその旅行の目的地としている。一方,このようにアメリカ又は西ヨーロッパを旅行している国際旅行者の大部分は,それぞれ域内の諸国(アメリカでは,カナダおよびメキシコ)からの旅行者である。なお,西ヨーロッパヘの域外からの国際旅行者ではアメリカからの旅行者が,アメリカヘの域外からの国際旅行者では西ヨーロッパからの旅行者が主要な部分を占めている。また,北アメリカおよび西ヨーロッパ以外の地域を目的地とする国際旅行者も,もちろん少くないが,その多くは,やはり,アメリカ又は西ヨーロッパからの旅行者である。
  また,わが国を含めて太平洋アジア地域においても,アメリカからの旅行者,西ヨーロッパからの旅行者および域内の諸国からの旅行者で来訪した国際旅行者のほとんどを占めている。
  このように,西ヨーロッパおよびアメリカは,旅行者の送り出し及び受け入れの両面においてきわめて高い比重を占めており,したがつて,世界の国際観光の傾向も,これら地域の動向に影響を受けるところが大きい。

(1) 観光客送り出し市場の概況

  まず,アメリカの観光客の送り出し状況を概観すると,アメリカ人の海外(カナダおよびメキシコを除く)旅行は,1961年には一時停滞をみたものの,その後1962年は177万人(対前年12%増),1963年は199万人(対前年12%増)と増大している。また,消費額も,1962年は10億2000万ドル,1963年は11億ドルに達し,カナダ,メキシコにおける消費額を含めると,それぞれ19億ドル,20億7000万ドルに達している。
  一方,OECD加盟欧州諸国の1962年における観光支出総計も,34億5000万ドル(対前年比17%増)と相当な伸びを示したものと推定されている。世界全般における国際旅行者の動きは,このようなアメリカ及び西ヨーロッパの観光客送り出しの状況に象徴されるように,近年自由主義諸国にみられる著しい国民所得の向上と国際緊張の緩和を背景に,1961年には,そり伸び率に一部若干の停滞をみたものの,その後1962年,1969年と著しい活況を示しているものと推定される。

(2) 西ヨーロッパにおける観光客受け入れの状況

  ヨーロッパのOECD加盟諸国への来訪外客数は,1961年には対前年増加率8%と伸び悩み状態を示したが,1962年には10%と対前年伸び率においてなかりの回復を示して来ている。特に,オーストリア,ルクセンブルグ,ギリシヤ,アイスランド,トルコの増加率が著しい。さらに,これら域内諸国からの旅行者は,1961年同様著しく増加しており,1961年に対前年比1%の減少を示した北アメリカからの旅行者も,1962年には前年比13%の増加を示している。
  このような回復のきざしはその観光収入の面に特に表われており,1961年には対前年わずか1億ドルの増収にすぎなかつたものが,1962年には対前年5億ドル増収の47億5000万ドルに達している。なお,1962年の観光支出の総計は前に述べたように約34億5000万ドルであるから,ヨーロッパのOECD加盟諸国全体で,観光により約13億ドルの黒字を生み出したことになる。
  この観光収支の状況を国別にみると,1962年の観光収入の額の一番多い国はイタリアで8億4700万ドル,以下フランスの6億3900万ドル,イギリスの6億1600万ドル,西ドイツの5億4000万ドル,続いてスペイン,スイスの順となつており,観光支出の額では西ドイツの11億2100万ドル,イギリスの6億7200万ドル,フランスの4億4100万ドル,以下スイス,オランダの順となつている。この観光収支の差額ではイタリヤが第1位で,7億2300万ドル,オーストリアの2億7800万ドル,フランスの1億9800万ドルの順となつている。
  このような観光収支が,各国経済に占める地位をみるため,観光収支と各国の貿易および貿易外取引額との比較をすると,たとえば,イタリヤの観光収支の黒字7億2300万ドルは,貿易外収支の4億5600万ドルの黒字を生み出す原動力となつているし,スペインについても同様に観光収支が同国の貿易外収支6億8000万ドルの黒字を生み出す原動力となつている。オーストリアについてみても,観光収支の黒字2億7800万ドルは,貿易外収支の赤字1億9500万ドルを補てんし,なお,6400万ドルの経常収支の黒字を生み出す原動力となつている。このように観光収入がヨーロッパのOECD加盟諸国の経済に果たす役割について,過去の経緯を眺めてみると,観光収入は,1951年〜1961年の間において約4倍増,その増加率は国民総生産の成長率の約3倍,またその国民総生産に占める割合は倍増しており,観光収入は,ヨーロッパのOECD諸国の経済にとつて,急速度に,きわめて重要な地位を占めつつあるということができる。このようなところから観光収入の増加を図るために,海外観光宣伝,出入国手続きの簡易迅速化等の諸般の観光客誘致策が,各国で独自に,またヨーロッパ地域内各国の協議のもとに実行ざれている。海外観光宣伝についてみれば,各国がそれぞれ独自に,海外の観光宣伝事務所を持つて外客誘致に努めているほか,ヨーロッパ諸国がヨーロッパ地域観光委員会(ETC)のもとに,強力な対米共同宣伝を実施している。また出入国手続についても,後に述べるように域内で相互にその簡易化を実施しているほか,アメリカ人およびカナダ人に対しては,一方的に査証を免除している。このほか,ホテル等の宿泊施設がシーズンの需要に応じきれないようになつてきており,その対策として自国民の休暇の調整を行ない,シーズンには来訪外客のために宿泊施設を提供しようという動きが活発に起つてきている。

(3) アメリカにおける観光客受け入れの状況

  アメリカヘの来訪外客数は,1961年,618万5000人,1962年,613万6000人.1963年.599万3000人と年々減少している。これらの外客を,地域別にみると,海外諸国からの来訪外客ば,1961年,51万6000人,1962年,71万3000人,1963隼,73万5000人と年々増加している。また,訪米メキシコ人も,1961年,19万8000人,1962年,22万3000人,1963年,25万8000人と年々増加している。これに対し,訪米カナダ人は,1961年,547万1000人,1962年,520万人,1963年,500万人と年々減少している。このように訪米外国人の80%以上を占めるカナダ人の来訪数が減少していることが,全訪米外国人数の減少をもたらしているのである。この原因として考たられることは,第一に,1962年5月に行なわれたカナダドルの切下げがある。第二に考えられることは,同年6月に行なわれたカナダ人国外旅行者の持ち帰る土産品に対する免税点の引下げ措置である。

  しかし,このような来訪外客の減少傾向にもかかわらず,アメリカの観光収入は増加を続け,1961年,9億ドル,1962年,9億2100万ドル,1963年,9億3400万ドルに達している。
  ところで,アメリカ政府は,第2次大戦の直後,世界のドル不足緩和対策の一環として,自国民の海外旅行を積極的に奨励した。その結果,アメリカ人の海外旅行者は増加の一途をたどり,世界の観光客受け入れ国は,これに対応して強力な観光客誘致宣伝活動をアメリカ本土に展開し,相争つてアメリカ人旅行者の誘致に努めてきた。
  しかし,1961年2月に故ケネディ大統領は,「国際収支と金間題に関する特別教書」においていわゆるドる防衛策を公表し,その一端として,外国人旅行者のアメリカへの積極的な誘致策,アメリカ人海外旅行者の持ち帰るみやげ品に対する免除点の引下げの諸措置が強力に打ち出ざれた。ドル防衛策は,さらに1963年7月の故ケネディ大統領の「国際収支に関する特別教書」によりアメリカ人の国内旅行の奨励運動(See America Now)を行なうなど一段と強化されるに至つた。
  アメリカがこのような措置をとるに至つた背景には,アメリカの観光収支の大幅な赤字という事情が存在する。すなわち,アメリカ人の外国旅行による支出額は,年間20億ドルに達するのに対し,外国人旅行者からの
 受取額は10億ドル程度に過ぎず,この観光収支の赤字額は国際収支の赤字総額の約3分の1を占めており,したがつて観光収支の改善を図ることがドル防衛の重要な一環を形成することになつたのである。ところで,前に述べたアメリカ人海外旅行者の持帰り土産品に対する免税点の引下げおよび国内旅行の奨励策は,ドル防衛の消極策としての意味をもつものであり,たとえ一時的にせよ1961年には海外旅行者数の伸び率に停滞状況をもたらすという効果を示した。また外国人旅行者の積極的誘致策は,ドル防衛策の積極的な面を示すものであり,1961年6月「アメリカ国際旅行法(Internatioal Travel Act of 1961)」と略称される法律を制定し,これに基づき商務省内に観光局(USTS)を設置し,1964年9月までに,ロンドン,パリ,フランクフルト,ローマ,サンパウロ,メキシコシティ,ボゴタ,東京,シドニーの世界9カ所にその海外事務所を設け,積極的な海外観光宣伝を開始した。
  アメリカの世界観光市場に占める地位の大きさからみて,このようなアメリカの観光政策の転換は,従来の観光客受け入れ諾国に相当の影響をおよぼすものと考えられ,今後のアメリカの観光政策の動きが大いに注目される。
  また,カナダの動きも大いに注目されるところである。
  先に述べたように,カナダドルの切下げおよび持帰り土産品に対する免税点の引下げ措置によつて,カナダ人の外国旅行は減少しているのであるが,カナダが,アメリカと同じく持帰り土産品に対する免税点の引下げ措置を行なつた背景には,やはり,観光収支の大幅な赤字という事情が存在するのである。
  すなわち,最近におけるカナダ人の外国旅行による支出額は6億3000万ドルに達しているのに対し,外国人旅行者からのカナダの受取額は4億7000万ドル程度にすぎず,差引き1億6000万ドル程度の赤字となつている。観光収支におけるこの赤字額は,カナダの経常収支の赤字額の5分の1程度に相当するものであつて,観光収支の改善を図ることが必要となつたのである。
  そして,これらの措置を反映してか,1962年の観光収支は,4700万ドルの赤字にとどまつた。


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