むすび
――地域経済と輸送近代化の方向――

  (地域経済における輸送の役割)
  これまでに述べたように,わが国では人口,生産,所得等はおおむね京浜葉,中京,阪神を中心とする地域に集中し,運輸関係社会資本の形成もまたこの地域を中心として行なわれてきた。
  運輸関係社会資本のあり方には,輸送需要に追随する面と,積極的に他の経済社会活動に先行しようとする面のあることが指摘されているが,わが国の輸送施設の整備は,終戦時に荒廃していた輸送施設の全面的修復という形から出発し,一応の修復をみて後は経済の発展にしたがつて受身の形で行なわれてきた。しかし,この輸送施設の整備は,輸送需要の増加に追いつけず,幾多の隘路現象が大都市およびその周辺を中心にあらわれている。
  この間においても,輸送が先駆的な役割をつとめ,わが国の地域経済社会の発展に寄与した面も多く,たとえば港湾施設と一体的に整備された臨海工業地帯への石油精製,石油化学,鉄鋼,機械,造船,火力発電など重化学工業を中心とした企業の進出はその最も顕著なものであつて,引き続き明日の日本を支えるものは近代的諸設備をもつたこれら臨海工業地帯の工業群にあるといつても過書ではあるまい。
  また,当初東海道における輸送ひつ迫の解決を目途として建設された東海道新幹線は,わが国中枢管理機能を形成する三大都市圏を短時間で結ぶことにより経済の効率化に予想以上の大きな役割を果たしつつあり,これに続く山陽新幹線等の高速新幹線鉄道の建設が期待されている。さらに近年ようやく積極的に行なわれはじめた道路,特に高速自動車道の整備は,その沿線への工場およびトラックターミナル,倉庫等の流通施設の立地を誘導して新たな日本産業地図を形造つてきている。
  しかししながら,全国的にみると,わが国経済の発展による利益を享受していない地域が存在している。これらの地域に対しては,三大都市圏と全国の主要点に位置する地方中核都市との連けいを密にすることにより地域開発を促進し,国土の均衡のとれた発展を図ることが望ましく,このためには地域間の経済的,時間的距離を短縮する必要がある。これらの実現のために現在進められている高速幹線鉄道および道路,さらには現在調査中の本・四連絡橋,青函トンネル等の建設は,今後の地域経済を大きく変化させるものと思われる。この意味において,今後の経済社会の開発計画は,先行型輸送投資をも十分考慮して押し進められなければならないであろう。
  (地域経済と流通の近代化)
  輸送施設の整備およびその近代化は,日本経済において重要な役割を果たしてきた諸産業に大きな影響を与え,ひいては地域経済の変化をうながしている。これら諸産業がその流通費用を低減しようとするとき,その方法として一方では立地的配慮により原材料,製品の輸送そのものを可能な限り節約する方法と,他の一方では輸送の大量化,専用化による輸送単位あたりの費用を最大限に節減する方法とが考えられ,従来も各産業は業種ごとの特殊事情にしたがつて,これらの措置をとつてきている。
  前者の方向が比較的顕著にあらわれているのが,鉄鋼,石油精製,石油化学など臨海立地型の装置産業であつて,これらの産業では,原材料輸送技術の飛躍的発展を背景とした原材料輸入量の増大と,販売市場条件を重視した立地動向を示しており,三大工業地帯への集中傾向がみられる。このように,わが国経済の重化学工業化の担い手となつたこれらの諸産業では消費地の近辺に立地することによつて輸送そのものをできうるかぎり少なくする努力がなされているが,この場合,先に臨海工業地帯高速自動車道で例示したような先行型輸送設備は大きな貢献をしている。
  しかし,大量生産,大量消費型の経済においては,原材料産地を指向して立地する産業はもちろん,消費地に立地される産業でも,相当量の域間輸送を行なうことは避けられない現象であり,いずれの場合も,輸送単位あたりの費用を極力引き下げることが望まれる。そして,この解決方法として各産業に採用されつつあるのが主要消費地へのデイストリビューションセンターの設置であり,特に着地ターミナルと結びつくことにより,主要消費地までは物資を大量定型輸送し,そこからは各輸送需要単位に応じて配送するという流通体制をとることができ,コストの低減が図られる。
  さらに,大量輸送の効果をいつそう高めるために近年急速に普及されつつあるのが輸送の専用化である。これは物資の形状,品質に適合した輸送サービスを提供することを意味するが,こうした専用化の方向は,原油,鉄鉱石など輸入原材料の外航専用船輸送のみならず,石油製品の沿岸タンク船,タンク車,タンクローリーによる輸送,鋼材輸送における専用船,自動車輸送における専用船,専用貨車,専用自動車輸送,セメント,穀物など粉粒体物質におけるバラ積輸送,生鮮食料品におけるコールドチェーン,雑貨におけるコンテナ輸送など,国内輸送においても各方面で採用され,もしくは軌道にのりつつある。この専用輸送はターミナル機能を裏付けとして,域間輸送と域内輸送とを円滑に結びつけ,輸送コストのなかで大きな比重を占める荷役包装費の大幅なコストダウンをもたらすものであり,今後いつそう普及するものとみられる。
  (大都市交通の方向)
  大都市人口の激増を緩和するために低開発地域の開発,地方中核都市の育成,新産業都市の育成,都市と高速道路で結ばれた衛星都市の建設など各種の方策が検討されているが,大都市における集積の利益を求めて集中する人口は,今後とも増大していくことが予想される。
  大都市の過密化は,住宅難,公害の発生等とともに都市交通のひつ迫をもたらし,通勤・通学時の鉄道の殺人的混雑,道路交通の慢性的停滞等大きな社会問題を惹起している。通勤・通学輸送対策として,地下高速鉄道をはじめ都市高速鉄道網の整備増強を押し進めなければならず,道路交通対策としては高速道路の整備,路面電車の撤去等道路の量の拡大とともに,路面交通需要の都市高速鉄道への転移をさらに推進する必要がある。
  しかし,抜本的に都市問題を解決するためには,都市交通施設についての受身の整備にとどまらず,鉄道,道路の効果的な先行投資によつて都市構造を変革することが必要であり,宅地開発を目的とした通勤超高速鉄道の建設について検討しなければならない。


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