4 大都市交通問題


  わが国における昭和30年代から今日にかけての経済の目覚ましい高度成長は急激な都市化傾向をもたらした。大都市の都市機能を維持するうえに交通の果たす役割はきわめて大きいが,東京,大阪に見られるような急激な都市人口の膨張による交通需要の激増は通勤・通学輸送の逼迫,路面交通の渋滞,流通機能の低下,交通事故と交通公害の増大をもたらし,ひいては都市機能の停滞,低下にまで及ぶことが懸念されている。
  居住地の郊外拡散による住居と就業,就学地との分離現象は年々著しくなつているため,この間をむすぶ通勤・通学輸送に対する需要も著しく増大しており,都心部に対する流入人口は東京都区部では昭和35年の79万人が40年には139万人と76%増となり,大阪市では59万人が88万人と49%増となつている。
  また,距離的にみても年々通勤・通学圏が拡大され,通勤・通学時間は伸びつつある。これに対し,通勤・通学輸送の大部分を受けもつている高速鉄道は,新線建設,線路増強などに積極的に投資を行ない,輸送力の増強を図つてきた。
  しかし,今後一層の増大が予想される通勤・通学輸送需要に対処した輸送基礎施設の整備には巨額の資金が必要となり,これらを借入金によつてまかなうことは償還と利子負担により鉄道事業の経営をますます圧迫することとなり,開発利益の還元等の制度的措置が講ぜられる必要があろう。
  わが国のモータリゼーションは近年急速な進展を見せているが,膨大な用務輸送量の発生と所得の向上による自家用車保有欲のたかまりとによつて,大都市圏における自動車の保有台数は東京圏(東京都,神奈川県,千葉県,埼玉県)では全国の23.4%,大阪圏(大阪府,兵庫県,京都府,和歌山県,滋賀県,奈良県)では17.0%を占めている。自動車輸送量の増加は 〔2−2−26図〕にみるように自家用乗用車の増加によるところが大きい。このような自動車輸送量の増加によつて路面交通混雑が深刻化し,都心部においてはバスなどの公共輸送機関が十分その機能を果たしえなくなりつつあるばかりでなく,災害,事故発生時の緊急活動にも支障をきたすに至つている。東京都内における近年の道路混雑状況は 〔2−2−27図〕に示すとおりであり,今後の車両の増加,経済活動の活発化などによつてますます深刻化するものと予想される。このような路面交通の渋滞を解消するために,都市高速道路および街路の整備が進められているが,都心部においてはもはや道路容量拡張にも限度があり,また道路容量の拡大は潜在化している自動車輸送需要の一層の顕在化を招くことが予想され,今後の都心部における輸送は公共輸送機関を根幹とするとの基本的方針のもとに,地下鉄網の整備,乗合バスの優先通行,乗車拒否の防止などタクシーサービスの改善等の施策と並んで,自家用乗用車の都心乗入れ規制措置等が検討されている。

  つぎに,大都市圏に流出入する貨物輸送量は,旺盛な生産活動と消費活動を反映して膨大な量に上つており,昭和41年度で,東京圏における貨物輸送量は全国貨物輸送量の20.1%を,大阪圏では15.0%をそれぞれ占めている。貨物輸送需要の源である工業活動および商業活動,とくに問屋,倉庫,トラックターミナル,市場等の流通業務は都心部に集中しているため,ここに発着する貨物量も集中的に多く,都心部における道路混雑に拍車をかける結果となつている。また,流通機構や輸送技術の現状では,中継輸送量や重複輸送量は,東京,大阪とも全輸送量の半分以上を占めており,これらは流通施設の再配置,輸送技術の改善,情報取引の普及等によつて減少させることができるものである。このため東京,大阪等の都市周辺部に流通センターの整備がすすめられており,都心を通過しない環状道路網の整備とあいまつて,都心部の貨物通過輸送の回避に役立たせようとしている。しかしながら都市機能の純化がいかに進んでも,消費物資を中心として都市指向型産業の原料あるいは製品,住居や事務所の移転に伴う貨物,都市の廃棄物など膨大な輸送需要が依然として都市内部に発生することが考えられ,都市内再開発による道路率の向上に努めるほか,大口集配業務の夜間利用,下水道,パイプラインの整備など大都市にふさわしい輸送体系および輸送技術面での改善を検討すべきであろう。
  さらに,交通事故・公害現象は大都市における過密現象の1つである。東京圏および大阪圏における道路交通事故の死者数は 〔2−2−28図〕にみるように横ばいであるが,負傷者数は著しい増加を示している。大都市における交通事故の発生は道路交通の渋滞,鉄道の運行遅延等を招きやすく,これが都市における諸活動の阻害となることが少なくない。また,自動車の排出ガスは大都市における大気汚染の一因となつている。 〔2−2−29図〕にみるように自動車交通量の多い地点で一酸化炭素,窒素酸化物などの有毒ガスが年々増加しており,人体への影響が問題となつている。このほか自動車,航空機による騒音も都市住民にとつて大きな問題である。これらの交通事故・公害の対策としては,道路網の整備,道路や踏切の立体交差化,自動車車両の保安基準の改善等の対策も勿論必要であるが,都市における交通体系のあり方の問題の一環としてとらえたうえでの対策がなされる必要があろう。
  大都市交通問題を解決するためには根本的には都市構造の変革によらざるをえない。その際の基本的考え方としては,都市はまず第1にわれわれ人間が生活し活動する場であるとの当然の理を再確認するところから出発し,ともすれば機能本位にとらえられがちな都市構造の問題を人間尊重の観点から再検討することが必要であろう。しかしながら,このような都市構造の変革を一挙になしとげることはむつかしく,現実的になしうることは将来の都市像へ一歩でも近づく方向で目前の問題を解決していかざるをえないであろう。


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